TS転生したら人類の敵だった   作:生しょうゆ

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第10話 カーペットの上

「そこまで。条件は、衆目の前で行われることも含まれています。企業と、何より人臓院がそう望んだのです。そんな説明すら出来なかったのですか、裏切り者」

 

 細身のスーツ姿で、先の男よりも年の行った中年男。非常に神経質な顔つきをしている。

 

「……申し訳ありません。祀場時雨(まつりばしぐれ)様」

 

 みぞれちゃんは、時雨という男に深々と頭を下げて、どころかカーペットに頭を擦り付けて謝った。それに時雨は「チッ」と舌打ちし、「そういうことです」と汚らわしいものを見る目で私を見る。

 

 よこみちゃんは呆気に取られたような顔を見せていて、しかし脳裏さんは流石と言ったところ。憮然とした顔で「ふん」と鼻を鳴らす余裕がある。

 

「一、何を偉そうにしている。二、この負け犬が。三、裁定者気取りが出来る面か?」

「ええ、私達は負けましたとも。しかし私達に勝ったのは貴方ではないし、そこの人外にでもない。むしろ、貴方は負けた側でしょう? 人臓院脳裏さん。人臓院側も、貴方の生死などどうでも良さそうで」

「そう言うのなら、君達が負けたのは政治って事になってしまうけど良いのかな?」

 

 私は天井からひょいっと床に着地し、偉そうにする時雨に向かって言う。

 

「政治力を誇る祀場という家が、他ならぬ政治で他に負けてしまったわけだ。このまま横やりが入らなければ私を殺せていたって? それはまず流血機関が言いたいことでしょうね。おほほ」

「一、お前は最悪だが、やはり意見が合う」

「やだ私との相性が良いって認めちゃうわけやったー!」

「二、やはり死ね」

 

 私達が軽快なトークを繰り広げたところ、「それもそうだな」と巨躯の男が便乗してきた。この百合の間に入ってきた不届き者はにやついた顔で時雨を見つめ、「どうするよ。人外の方が正しいってのは中々ないぜ」とおちょくるように言う。

 

「ま、その下手な口に乗せられちまったのが、俺達真削(まそぎ)の分家連中だったつうのも恥ずかしい話だが……。俺は詳しいことは知らねえが、こういうの、策士策におぼれるっつうのかね? 珍しく表に出たと思ったら、表に拘泥して、肝心の裏で失敗しちまったっつうのは、恥ずかしい話だよなあ」

「祀場の黒歴史がまた一ページ。刻まれたところで聞きたいのですが、貴方はどちらさんでいらっしゃる?」

「あ? 糞人外が俺に口聞いてんじゃねえよ」

 

 男はいきなり差別をしてきた。ポリコレがまだ世に広まっていない時代の悲哀である。

 

 しかし「だが、こういうのは礼儀でもあるからな」とにやりと笑い、私に目を向けた。挨拶する気があるなら素直に挨拶して欲しい。

 

「俺の名前は、真削鉄骨(まそぎてっこつ)。お前がぶち殺した連中の同胞よ。よろしくな、人外」

「まあ」

 

 私は口に手を当てた。みぞれちゃんに引き続き、ネームドキャラのご登場である。

 

 とは言っても語れることはほとんどない。何せ、彼は出オチキャラ集団の一人でしかないからだ。伏神以外の退魔七家から、ヒロインちゃんを狙って立ち上がった六人の内の一人。

 

 そして、その場に急に現れた六王朱(ヴァヴ)にぶち殺された六人の内の一人である。名乗りだけで殺されてしまったので姿形の描写もない。どういう戦い方をするのかも知らない。寧ろ、名前だけで良くも覚えていたものだと自画自賛したいくらいだった。

 

「ええ、見事にお仲間をぶっ殺して差し上げましたわ。ところでその挨拶のどこに礼儀が?」

「なに、これから死んじまう奴が、相手の名前も知らないってのは可哀想だろう?」

「なるほど。では、私の名前は伊藤桜。可哀想だとは思わんがね」

 

 そう言うと、鉄骨は獰猛な笑みを見せて言った。

 

「言うなあ、人外ごときが」

「言いますわよ。何せ、事件だろうと事故だろうと、そして戦争ともなれば尚更ですが、自らを殺す人間の名前を知ることなど、中々ないでしょうに」

「そういう意味か? まあいいや。気に食わねえが気は合いそうだ。何せ、俺も不可抗力でこんな場所に立っちまっているんだ。精々楽しませてくれや」

 

「な!」と鉄骨は時雨に向けて笑みを浮かべた。「私だって好き好んでこんな場所にはいませんよ」とぶっきらぼうに彼は言う。

 

「ただ、わざわざ殊勝な態度を取る意味もありませんし、私の悲哀なんぞを理解して貰いたくもない。ましてや、組織を背負うのならば、あらゆる不条理な責任も請け負わなければ。それが組織人というもので、だからこそ、私の出世も開かれる」

「お前ら祀場って退魔よりも官僚にでもなった方が良いんじゃねえの?」

「真削には、退魔よりもまず組織人としてあって欲しいですがね」

「じゃあ私にはどうなって欲しいかな」

 

 男同士の話が続くとむさ苦しいので、茶々を入れるように私は言った。「実は私って可哀想なのよ?」と脳裏さんの白けたような目を無視して微笑んでみる。

 

「だって、突然身体が変になっちゃって、不可抗力で人を殺してしまって、あまりにも不条理じゃない。私は貴方達とは違って組織にも属していないし、偶然だけでこんな事になっているなんて、とても可哀想。この哀れな少女に慈悲を下さってもよろしくてよ?」

「あるか。化物」

「たとえどのような事情があろうと、私達は貴方達を許容しない」

 

 揃って言われてしまった。「しかし」と時雨は、何故かみぞれちゃんに目を向けつつ、「貴方には事情すらないでしょう」と言った。

 

「自らの境遇を可哀想だと思えるのなら、そんな人間性があるというのなら、貴方が殺した人々こそを可哀想だと思い、自ら死ねば良い。そうしないのは、貴方が既に血に飲まれているからだ。汚らわしい朱色の血に飲まれ、人など塵芥に過ぎぬからと思っているからでしょう。慈悲などと嘯いて。その口で血を啜るのだから悍ましい」

「そうかしら。自分こそが何より大事だって思うのは人間性じゃなくって? それを第一にして、なるべく他の人を思うというのも人間性ではあるだろう」

 

「それに私、この血の色は気に入っていますのよ」と私は言った。「色で見れば、汚らしいのは人間の方じゃないかな?」

 

 酸素に触れて、容易く赤黒く変わる人の血よりも、何時までも瑞々しく、日の光を受けて七色に輝く朱色の血の方が美しい。

 

「どう思う?」と私は言った。「脳裏さん。みぞれちゃん」そして青ざめて事態を見守っている「よこみちゃん」

 

「私は、この血の色の美しさだけでも、私が生きていて良いと思うんだけどなあ」

「……そんな、些細なことで?」

「そんな些細な理由で良い程に、自分というものは尊んで良いと私は思うね」

 

 私は微笑み、よこみちゃんは目を逸らした。「そのように」と私は時雨と鉄骨に目を向ける。

 

「殺し合いも血の契約も、よろしくってよ。だけどもう一つよろしくって?」

「だめだ」

「そう言わずに。なに、簡単な事。私が勝ったら、そこの人臓院脳裏さんを戦利品としていただきたい」

 

 部屋中の視線が脳裏さんに集まった。彼女は「一、死ね!」と大声で言った。

 

 しかし、時雨は顎先に指を付けて思案の表情を見せた。鉄骨は全くどうでも良さそうだった。

 

「まあ……良いんじゃないの」とみぞれちゃんが、よこみちゃんの肩を抱きつつ言った。

 

「あちら側からは、どのように使っても構わないって言われているし。私としても……」そこでみぞれちゃんは、よこみちゃんの様子を見た。「人間と朱族の融和の架け橋になってくれることを、期待したいから」

 

 その発言に対する異論はなく、呆気なく私の希望は叶えられそうだった。

 

 それでも脳裏さんは気の抜けた沈黙を吹き飛ばそうと声を上げる。

 

「一、嘘を吐け。二。私を生贄にして、この人外を大人しくさせようという腹積もりだろうが」

「まあ、確かに……どうでも良い人間ではある。何せ相手は人臓院だ。心証を良くする、その心証というものがない。無事に返したとして、死体で返したとして、何も変わらないだろう」

「三、ふざけるなよお前ら」

「可哀想な脳裏さん! 良かったね、私だけが貴方を必要としていて」

 

 脳裏さんはぎゃあぎゃあと騒いでいるが、ほんとかわいそ。この世に誰も必要としてくれる人がいないとか、まるで私みたいじゃない。

 

「つまり仲良し!」

「一、何がだ死ね」

 

 そんな会話をしている内に、鉄骨は白けたような顔を浮かべて部屋を出てしまっていた。時雨がみぞれちゃんに「では、夜に」と告げて背中を向ける。

 

「ところでさ」と私は言った。

 

「貴方とみぞれちゃんって、お顔がよく似ていらっしゃるけど、親子か何かで?」

 

 原作に、そういった情報はなかったはずだ。確かに祀場出身で、だからこその苦悩と、至る友情は描かれていたものの、この様な伝手があることは知らなかった。

 

 私が知っているのは、彼女の内心と、強力な氷の異能を持っているということだけだ。だからこそ、前衛型のよこみちゃんを友情パワーというか調和力の高さで深く取り込み、強力な朱族となる事が出来たのだが、それ以外の、原作で描かれなかった部分はまるで知らない。

 

 私の質問に、時雨は振り返らなかった。みぞれちゃんは目を逸らした。「そりゃ、似ているでしょう」と廊下へ向けて時雨が言う。

 

「人外になり果てたとは言っても、一族ですから。かつては同じ血が流れていた。だからこそ」

 

 僅かに顔を傾け、時雨はみぞれちゃんを見る。

 

「私の姉が、まだ生きているということが、恥ずかしくてたまらない」

「なるほど。それこそ、出世の足枷にもなるだろうしね」

「そういうことです」

 

 時雨は鼻を鳴らし、今度こそ立ち去っていった。

 

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