「しかし、一見して豪華だけど、実際の所は地味じゃないか。遠距離からの飽和攻撃と、それを支援する戦闘ヘリ。タイマンするのは貴方だけだ。他はうざったくて仕方がないだけ」
「お前みたいな化物にうぜえ思わせるだけで効果的だろうがよ」
「それはそうかも!」
空振った鉄骨の拳を頭上にし、胸元を貫こうと伸ばした私の腕。その私の腕を、鉄骨は反対側の拳で打った。
「いってえ!」
そんな打ち方では重心が滅茶苦茶で威力も出ないだろうに、感じた重さは脂汗が出るほどだった。当然だ。鉄骨が両腕に付けている籠手は色目である。触れただけで朱族は血を流し、肉が食われる。
弓矢のような点や、剣のような線ではなく、拳という面で色目の効果を発揮してくるのが厄介だ。加えて、本来ならば触れただけでも十分だろうが、こいつは私を殴ることで、その効果を内部にまで浸透させている。
「つまり、たった一発でかなりの肉が食われてしまう。中々のもんだね。しかし、身体能力で上回る相手の懐に飛び込むのは大変だろう」
「大変に思ったことはねえよ。何せ、大概は俺の方が強い」
「そんなんが人間だとするのなら、朱族は人間のマイナーチェンジでしかないじゃん」
というか、この世界の設定を考えればそれが真実だろう。由来は同じ。結果として遠く隔たっているというだけ。
それでも違いを挙げるとすれば、人間には希少な異能を、朱族はほぼ全員が備え付けで持っているということか。血を操るのと、そして個人に特異のもう一つ。
「しかし、ここまで数を集められちゃ、何が希少なんだって思っちまうがね」
「安心しろ。数だけの連中に過ぎねえよ」
「でも揃え辛い数ではあるでしょう。そういう意味ではやっぱり豪華」
私を覗いていた数多のスコープは、銃弾を発射するためのものではなく、異能を着弾させるための補助器具だったというわけだ。
敢えて楽観的に言うのなら、銃という現実性のある道具を媒介にしなければ能力を行使できない程度の異能者共。しかしそうだとしても、この数は少々厄介で、鉄骨と合わされば必殺に変わる。
「つまり、やっぱり私は最初から始末される運命だったと?」
「だとしたら?」
「みぞれちゃんを殺して良かった!」
何せ、この力を遠慮なく使うことが出来る。みぞれちゃんから半端に奪った、その異能。
私は一旦、距離を取り、その動きもまた遠距離から狙われながらも、腕を広げて呟いた。
「『
瞬間、周囲から冷気が溢れ、氷の壁と槍が夥しく形成される。
鉄骨の足は凍り付き、直ちに無理矢理引き剥がしたが隙が生まれた。私は踏み込んだ。氷もまた、鉄骨を包み込むように動く。環境そのものが移動する。
だが、尚も鉄骨は精強だった。迫り来る氷を振り払い、殴り壊し、私と距離を取る。
その右肘から先をなくしながら。
「あんな明確な隙だったってのに、取れたのは右腕だけか。残念だね」
収穫物を胸の内へ、物理的にしまいながら私は言った。狙撃はまだ続いているが、やはり数だけの連中、氷の壁を突破することは出来ていない。
鉄骨は表情を変えないまま右腕の断面を握り潰し、簡易的に止血をして言う。
「何が隙だ。お前が俺を殺したいんなら近距離でそれを使えば良かっただろうが。思考の隅にもなかった異能だ。確実に取れていただろうよ」
「ああ、それは別に、殺そうとして使ったんじゃないからね。自慢したかっただけ」
「自慢だと?」
「私が、たった今吸い取ったばかりの異能を、こうも円熟に使えるという自慢。そして、みぞれちゃんじゃ大したことのなかった異能も、私の手に移れば、こんなに強いという自慢」
「どう?」と私はよこみちゃんに目を向けた。彼女は時雨の傍にいて、死にかけのみぞれちゃんを抱きかかえながら、私を物凄い目で睨んでいた。
「まあ、普通は朱族同士で食い合うことがないから、そもそも知られていないだろうけど、朱族が朱族の血を吸ったとしても、その異能がすぐに使えるって訳ではないのよね。今まで使っていた異能との齟齬もあるし、異物が中にある感じで使いこなせない。だったら全部溶かして取り込んで、自分の異能の強化に専心した方が早いってね」
「何を……何を言っているの……」
「何って、説明さ。そして問いでもある。どうして私は、こんな簡単にみぞれちゃんの異能を使えたのでしょうか!」
答えは原作知識があったからである。先に本人の性格や個人情報、そして異能に対するイメージがあったからこそ、彼女の、この一見して意味不明な能力名も理解できる。
『私は夜に魅せられた』これは嘘だ。夜に魅せられてはいないし、朱族になったことも喜んでいない。しかし、彼女の繕った表情はそれだった。
『アイス・スクリーム』こっちは本音だ。しかし、繕いの内心で発せられる叫び声さえ、凍り付いて無言になってしまっている。どうにもならない、雁字搦めの氷というわけだ。
「まあ詳細は省くけど、私にはみぞれちゃんの事が分かるわけ。だから、どうかなよこみちゃん」
「何が……!」
「やりたいことなんてないのなら、私と一緒に来ないかい? ひょっとしたら、私はみぞれちゃんかもしれないんだぜ」
戯れに、そう言ってみた。よこみちゃんの顔は青ざめて、吐きそうになっている。死にかけのみぞれちゃんは、死にかけながらも目を見開いて、唇をわななかせた。
「私はここにいる」
「そして半分以上は私の中に」
「騙されないで」
「騙すつもりもない。ただ、友達が欲しいのかもな? 私ってば寂しがり屋だったのか。何だって良いのなら、私だって良いだろう?」
私は笑った。私は笑ってみた。それでもよこみちゃんは唇を引き締めた。そりゃそうだ。
「そうかなあ?」と言ってみる。
「そうなのか、一緒に考えてくれないか?」
「考えるわけねえだろうがゴミ野郎が」
「ふふふ、やっぱり?」
私は鉄骨の左腕を軽々と避けた。右を失ってはな。
それにしても、そちらの方は分からない。どうして鉄骨と時雨は、みぞれちゃんの死に怒っているんだろう。
脳裏さんの線引きは明確で、人外は存在そのものが害悪であると定められていた。こいつらもそれに同調していたじゃないか。それとも、実は裏では親しかったのか。姉を思う弟心とか、仕事の関係で通じ合うものでもあったのか。
そんな関係があったとしたら、私のこれは道理だろう。何せ、この周囲の様子からして、みぞれちゃんは私を殺す気でいたんだ。愚弄は立派な復讐として理解できる。
では、そんな関係もなく、ただただ目の前の光景に義憤を抱いたとしたら。それは身勝手というやつだ。彼らは朱族が死んで喜ぶんだろう。何故、共に死んで当然の二人から、一方だけを取り上げて怒り出す。
或いは、死んで当然の中でも、私があまりに酷すぎると思ったから?
「そいつはあるね。絶対評価ではなく相対評価だ。相対的に、私は朱族の中でも一刻も早く殺さなければならないと思われたか?」
「どうかな」と私は言った。「知らねえよ」と鉄骨は言った。
彼の左腕は私の手の中にある。
「駄目だね。欠ければ脆いのは人らしいけれど、そんなんじゃダメダメだ。前の三人の方が苦労したかも」
「そいつは酷えことを言ってくれる。俺があいつらに劣るとは」
「比べれば君の方が強いんだろうけど、私がちょっと強くなりすぎたね」
「まあ、そうだな。朱族四体分だからな……っ!」
鉄骨は両腕をなくしながらも駆けた。前傾姿勢。深く潜るようにして私の懐に飛び込み、蹴りを放つ。しかし私の身体に当たる前に止まる。
「おおっと」
「やっぱ、だめか」
氷の盾は鉄骨の蹴りを破壊されながらも受け止め、絡みつき、その身体を縫い止めるように氷漬けにした。
未だに周囲から銃撃音と破裂音が響く中、しかし氷の内側、屋上は静かになって、私は言った。
「で、どうなんだろうね。私はそんな、あらゆる朱族に優先して殺さなければならないのかな。だとしたら困るし、ちょっとショックだ。そして、不思議に思う。よこみちゃんはともかく、どうして君達まで怒るというんだ」
鉄骨は諦めたように溜息を吐いた。
「そりゃ、お前の言う通り、お前をあらゆる朱族に優先して殺さなきゃいけないと思ったからだよ」
「それはやっぱり相対評価?」
「そうだな。そこの祀場時雨は違うんだろうが」
鉄骨は階段に繋がる扉の方へと目を向けた。「ああ」と呟いた。
「もう死んでいたか。あいつ、化物の姉と、なんか話したそうだったのにな」
時雨は上半身と下半身を氷に引き裂かれて絶命している。
「彼の最後は立派なものだったね。何せ、みぞれちゃんを抱えたよこみちゃんに、『逃げなさい』と来たもんだ。姉弟愛。泣けるねえ」
「あの化物共を殺さなかったのは」
「そこは君、ついやっちゃったと思ったからだ。罪悪感だ。だって私は朱族だろう」
そう言ってみる。
「ははは」と鉄骨は笑った。
「実は俺、朱族ってのは人間よりもよほど仲間意識が強いもんだと思っていたんだ。それが気色悪くて仕方がないとも思っていた。ゴキブリが徒党を組んでいたら気色悪いだろう」
「それはそうだね」
「だが、身勝手なもんだが、そうじゃない朱族ってのはそれよりずっと気色悪かった。そして、恐ろしかったのさ」
「恐ろしいかい?」
「この世界は最悪の均衡を保っている。人間様とゴミが均衡を保つなど冗談じゃない。だがお前は、きっとその均衡を破り、人間も朱族も分け隔てなく殺しまくるだろうと思って、恐ろしかった」
「そうかしらん?」
私はそんなに恐ろしいだろうか。
「こんなに可愛くて美しいのに」
鉄骨は血に濡れた目で言う。
「何せお前、目的がねえからな。いや、目的がないだけならまだ良い。お前はまるで、目的を探し回っているように見える。まるで、自分の存在に意味を求めているように。だから問いかけたり、自分自身の行動に理由を付けようとしたり」
「ああ、それはあるかもね。自分探し。私がこの世界に生まれた理由というわけだ」
私は私であるというだけで生きて良い。そうだろうか? そうだろう。しかしそれは最低限だ。抵抗のための免罪符。
この世界には危機が迫っている。原作開始という危機だ。そのために力を付けるというのも、やはり最低限で、必要に迫られたものでしかない。
「私はもっと、楽しんで生きていたいわけだ。人生の指針、目的だよ。力を付けるのは最低限。平和を求めるのも最低限。だが、私にはアドバンテージがある」
この先の未来を、断片的にも知っているというアドバンテージ。
「私はどうしたいのかな。見守りたいのか、破壊したいのか。生憎、私はそれほど愛着もなくて、知ったのもついこの間のことだから、急に始まってしまって困っている」
困っている。そう私は困っている。私はこの先どうすれば良いのか。
結局の所、どうでも良いのかもしれないけれど。
「でも」
ふと貫かれ、砕け散った氷のきらめき。
鉄骨に絡まっていた氷が弾け、彼はまるで託すように目を閉じ、自ら舌を噛み千切った。
よこみちゃんはその身体を受け止め、こちらを睨み付けながら、鉄骨の首筋に歯を当てる。
「死ぬ気はない。理由はないけど死ぬ気はないよ。たとえ君が、ようやく私を殺そうとしたってね」
返事はなかった。「いや、違うね」と私は笑ってみた。
「私が君を殺してあげよう。復讐か、義心か、憂慮でも何でも良いが、よってたかって私を嫌うなんて酷いじゃないか。酷いから、私が殺してやろうというんだ」
「……それって凄い自分勝手だね」
「言っただろう。私は私であるというだけで生きて良い。それとも私を殺す正当な理由なんてものがこの世にあるのかな?」
「……そうだね。そんなものは、ないよ」
よこみちゃんは、枯れきった鉄骨の死体を横たわらせて立ち上がった。口元の血を指先で拭い、舐め取る。
そこには笑みがあった。最も深い欲望を満たしたような笑み。
「この人だって勝手だった。私達が私達だというだけで殺すなんて、とっても酷い。みぞれちゃんだって酷かった。不安だから殺すなんて、同じことをしているね」
「そして君だって酷いわけだ。あれだけ言っていたのに、人の血を吸って喜んでいる。鉄骨は君に託したようだが、託されなくたって殺すつもりだったんだろう? 酷いねえ」
「うん。私達って酷いね。桜さんは、ある意味で正しかったのかも。少なくとも、私が甘かったのは確か」
よこみちゃんは僅かに歩み、歩を止めた。対峙する。
「ある意味で?」と私は言った。
「私は正しくないのかな。私が私を生きるべきだと思うことは正しくないのか」
「それは桜さんだけの正しさだから。その価値観を拒否することだって正しいでしょ」
「そうかな?」
「少なくとも、私にとってはそれが正しいの。今の私には、それだけで良い」
よこみちゃんは構えた。
そのために逃げたのか。或いは、そうなったために帰ってきたのか。
それが彼女の理由になったのか。
露わになった胸には、みぞれちゃんの頭と両腕が埋め込まれている。