原作にこんな形態はあっただろうか。そもそもどうやってそれを可能にしているのか。
黄色いツインテールと茶色の目。水色のロリータファッション。その胸元を引き千切って露わとなった、少女の顔と二つの腕。
ポップでファンシーでグロテスク。ともすれば愛の形そのものにも見える。しかしどう考えてもおかしくない?
「普通は取り込もうとした時点で肉は肉に、血は血になるものでしょ。意思はあるのかな。それとも形だけ? 頑張って維持している腫瘍のようなものかしらん?」
言いながら私は駆けた。一足から二足の内に風を巻き起こす。手には血の槍。
よこみちゃんは避けなかった。両手で血の槍を掴む。
しかし「弱いとも」掴んだ両手ごと引き千切る。よこみちゃんの眉間に皺が寄る。血が空中に迸る。
「たかが朱族二体分で、いや一と半分もない状態で、六とそれ以上である私に敵うわけがない。だろ?」
「そうだとしても」
みぞれちゃんが言った。唇はまだ動いていた。
「へえ、動くんだ。死んだと思ってた」
私の言葉に目が向けられる。
「『
氷の異能。両腕から発せられたそれを私は避けなかった。何せ私には同じく。
「しかしより強く。『
過半数を私が持って行った以上、その異能が私に及ぶことはない。粉雪が雪嵐に塗り潰されるようなもの。趨勢は予想するまでもなく決している。
しかしよこみちゃんは飛び出してきた。手には血の剣。氷の中に赤が目に付く。
「確か名前は『
振るう血の槍で剣を打ち砕く。それでもよこみちゃんは剣を再形成し、果敢に打ち合いを続けようとする。同時に彼女は呟いた。
「『
「お……」
みしりと、腕にかかる力が増した。
攻撃が重くなる。速くなる。「『
「ふふふ」と、私は笑ってみた。
「つまり、それが君の能力というわけ。身体能力の向上。単純明快極まりないと」
「そうだよ! それで死んで!」
「お断り致しますわ」
剣を柄で受けて反転。誘い込む形で首を狙う。よこみちゃんはギリギリのところで足を止め、躱そうとしたものの、穂先は瞬間に形を変えた。
何しろこの槍は血で出来ている。私の意思によって形成されている。質量を増やし、腕の形で首を狙うなど造作もない。我ながら槍の使い方が堂に入ってきたものだと自画自賛する。
しかし「『
よこみちゃんは私と距離を取り、息を荒げながら睨んでくる。
「良いね、その能力。地力があるほど強力で、使いどころに困らない。思えばみぞれちゃんってそうだったっけ?」
「何の話っ!」
「こっちの話」
原作でみぞれちゃんがよこみちゃんを取り込んで、すぐに殺戮を引き起こせたのは何故か。
みぞれちゃんは完全に異能頼りの朱族だった。碌に血を吸っていないので出力もない。だからこそ主人公くん達にも警戒されず、演技がバレることもなかったのだが、色目になったよこみちゃんを取り込んでからは一端の朱族だった。
その答えが目の前にある。よこみちゃんの目覚めていなかった異能力。身体能力の向上。私がやったように、対象への理解度が高いからこそ、それを十全に扱えた。
「しかし、疑問もあるわけだ」
瞬間に三十の槍を形成し、面でよこみちゃんを掣肘する。彼女の目は右と左に動き、しかし胸元のみぞれちゃんは叫んだ。
「『
血を吐くような叫び声。それによって面の一部が打ち砕かれ、その隙間を縫ってよこみちゃんの剣が私を狙う。
難なく避ける。槍を振るう。そうして私は笑ってみる。
「あっちは分かるのさ。その場で沢山殺して血を吸って、リソースを確保したからね。だけど君達はどうだろう。鉄骨以外、碌にリソースなんてないんじゃないか?」
朱族と言えども不滅の存在ではない。そうでなくては、どうして人間が朱族を狩ることが出来るだろうか。
いかに人外の身と言えども、存在を維持するためにはリソースが必要だ。それこそが人間の血液だった。朱族及びその眷属である赤族は、人間の血液をリソースとして肉体を再生し、異能の力を使うことが出来る。
激しく損傷すればその分だけ激しく消費するし、異能に関しても同じだ。朱族は必然的に、より多くの血を吸収し、貯蓄しておくことを宿命付けられている。
「だからそんなに息が上がっている。だけど息が上がっているというのに、君達の異能の威力はどんどん増していくようだ。これはどうしてだろう?」
屋上の周囲、氷の外は何時の間にか静かになっていた。しかしそれらを食らったわけではないだろう。彼らは状況の変化を悟ったためか、依然としてホテルを囲みながらも一カ所に集まり始めている。
鉄骨を食らった分にしても、この様子では既に消費し尽くしたと見て良い。二体が共存できていることもそうだが、どうにもよく分からない。
「ひょっとして、愛の力とかかな。そうなら素晴らしい。私も混ぜて欲しいね」
「誰が貴方をっ!」
よこみちゃんが駆け出そうとして、しかし眉間に皺を寄せ、足を止めた。
胸元に目を向ける。みぞれちゃんの顔色はよこみちゃん以上に悪い。既に死んでいるような顔色だ。
額から汗を落とし、その汗が水色のドレスに染みていく。唇は青ざめ、閉じようとする目を無理矢理開けている。
「……そうだね、みぞれちゃん」
よこみちゃんは長く息を吐き、呼吸を整え、言った。
「答えは、単純なことだよ。『血の契約』。私達は、互いに互いを下に置いて、上に置いている。それで互いを強く結びつけて、共存させることが出来ている」
「ふうん? 循環というか、矛盾というか。それじゃ、リソースの元は?」
「それも単純なこと」
よこみちゃんは、恐らくわざと笑ってみせた。
「燃料はお互いのもの。私達は互いに互いを殺しながら、桜さんを殺すんだ」
「ふふふ、朱族の血を直接リソースに使われちゃ、そりゃ強力だね」
だが、それでは先が見えているだろう。肉体すらも維持できなくなり、物言わぬ肉塊になるのがオチだ。
一般的な朱族の処理方法と同じだ。捕えた後、その朱色の血液を利用する方法は多岐に渡るが、手っ取り早く処理したいのなら焼却炉にでもぶちまければ良い。液体であるという以上に燃えにくいだろうが、それでも存在維持のリソースは見る見るうちに削れていって、後には塵も残らない。
「でも、折角助かった命なのに、私を殺すために浪費しちゃ可哀想じゃない?」
その言葉に、よこみちゃんの口端が歪んだ。
「だってそれ、もうほとんど生きてないでしょ。ただ異能を発するだけの機械みたいなもの」
みぞれちゃんは言葉を発さなかった。澱んだ目で私を見つめている。
「息を整える時間はあげたけどさ、もう一度、『そうだとしても』って言えるかな?」
それが遺言だとしたら可哀想じゃない。たとえ私が殺すにしてもさ。
よこみちゃんの手に力が入る。歯軋りの音が聞こえる。鋭く尖った歯が見える。
それでも彼女は「ううん」と首を振った。
「これは、もう決めたことだから」
「みぞれちゃんの遺言に唆されて、私を殺すって?」
「違う。みぞれちゃんは私に逃げろって言った。自分はこのまま死ぬけど、その前に私に食べて欲しいって。そうして逃げて、生きて欲しいって」
よこみちゃんがみぞれちゃんの頭を撫でる。髪の毛を梳き、唇に触れ、指を絡める。
「だけど私はこうした。こうして一緒になって、桜さんの中のみぞれちゃんを取り返そうって決めたの」
「必要性の問題か。それなら正しいね。道理だ」
「ううん。正しいとか正しくないとか、そうじゃない。それに実は、勝てるともそんなに思っていないんだ」
「そうなの?」
自殺希望者だというのなら私に関わらず他所で首を吊って欲しいものだが。そしてその血を私に分けて欲しいものだが、よこみちゃんの目は依然として強くある。
強く、視線だけで刺してくるように、彼女は私を睨んでいる。
「だけど、逃げるのは嫌だった。逃げたら、私には何もなくなっちゃう」
「そいつは隋分と勝手じゃないか。身勝手だ」
「桜さんの理屈だって身勝手でしょ」
「そりゃそうだ」
寧ろ、たとえその意味がなんであろうと、理由があるだけマシだろうか。ドラマチックな理由という奴が。
「私が、今、ここに、私である意味は、桜さんと戦うことにある。誰がどう言ったとかじゃなく、私がやりたいと思うからやるの」
よこみちゃんは胸元を見つめて笑った。その笑みは朗らかだった。
私に向けたものには欠片としてない、信頼と愛情。
「だから、みぞれちゃん。私と一緒に死んでくれる?」
みぞれちゃんの唇は仄かに緩み、そうして呟いた。
「『
目の前で何かが輝いた。
氷の息吹。こちらには来ない。全てよこみちゃんを取り巻いて中に入り、彼女自身を力強く変えていく。
異能力の変化。そんなものはあっただろうか。目の前にあるんだからあるんだろう。事ここに至って原作は関係ない。
今ここにあるのはただ一つ。
「私の敵だ」
死ぬつもりだというのなら、望み通りに殺してやろう。
動体視力は同等だった。私達は互いの姿が見えていた。氷が弾け、夜に露わとなった屋上に、邪魔するものはなく剣と槍を重ね合う。
奔流する血の波。一挙手一投足に生み出される氷。相手は確実に私より劣っているというのに、同じだけの、ともすればそれ以上の出力で対抗してくる。
「つまりは愛の力ってわけ。どうするよ脳裏さん。私達も合体技と洒落込もうか?」
私は笑って血の槍を形成し続ける。返答はない。当然だろう。私は彼女のことなんて何も知らない。
「じゃあ、そろそろ私にも異能力が生まれても良いんじゃない? それが逆転の一手ってわけ」
私は笑って氷を生み出し続ける。反応はない。これに関しては割と本気で思っているのだが、どうにもそんな様子はない。
対してよこみちゃんは縦横無尽に屋上を駆け抜け、血の剣をよく当ててくる。こちらの槍を壊してくる。私の肌に傷を付けてくる。
「『
「いくらなんでも無理しすぎじゃないのって痛ぇ!」
腕を取られた。剣の一振りに肘から先が宙に舞う。「何のっ」と直ちに掴んで断面に繋ぎ合わせるが、それはどうしようもなく隙だった。
「『
「それ攻撃にも使えるのよしてくれませんこと?」
直ちに『
仕方がないので距離を取り、「というかね」と私は言った。
「勝てないのなら仕方がないって事で、そろそろ逃げましょうかねおほほ」
「逃がすかっ!」
「いいや逃げる」
私は十の槍を生み出し、その全てを真っ直ぐに落とした。
揺れる。ホテルが崩れ始める。ゆっくりと私達は傾いていく。地上に逃げ惑う人々の姿が見えている。
その最中によこみちゃんは向かってきた。地形を崩したというのに戸惑ってはくれなかった。私達は剣と槍をぶつけ合う。氷の奔流をぶつけ合う。
「だけど時間はもうないね。下には退魔七家だけじゃなく、事態収拾のために流血機関もいるだろう。私達の決着は別で付けると致しません?」
「いいえ! だってみぞれちゃんは『それなら』って言ってくれた! そしてリリスさんも『それなら』って!」
よこみちゃんは鍔迫り合いの最中にそう叫び、ふと手を離した。
どうして離した。私は槍を押し込んでいく。頭をかち割るまであと僅か。
しかし、いや。
「マザー・リリスが?」
私が首を傾げたその時、よこみちゃんは呟いた。
「『
瞬間、私の中にあった数百の血肉は枯れ果てた。