今から主人公を変えてしまっても良いんじゃないかと思うくらいによこみちゃんの主人公力は溢れていたが、それでも私の人生の主人公は私以外を許さない。
そんなことを瓦礫の中に考える。指先を確かめる。足は動く。頭はどうだ? 今はどこにいる。
あの瞬間、よこみちゃんが更なる能力を発し、私は一気に隙を見せた。それまで使っていたリソースが一瞬で消え失せてしまったのだから仕方がない。
そしてよこみちゃんは私をボコボコに殴り、とどめとばかりに蹴り飛ばしたのだ。
しかし、私は生きている。
そしてよこみちゃんも、たった今、私の目の前に現れた以上、これで死んだとは思っていなかっただろう。
「『
私は立ち上がり、土埃を払いながら言った。
ここはどうやら住宅街のようだ。遠くにホテルが見える。あそこからかなりの距離を飛んで、アスファルトを劈きつつ落下したらしい。
そこかしこに人の死体がある。瓦礫に潰れているものもあれば、引き千切られて死んだものも。さりげなく吸い取れないかと思ったが、よこみちゃんは許してくれそうにない。
そして人の気配。逃げる方は多すぎて分からないが、数十がこちらに向かって来るのが分かる。
流血機関とよこみちゃん。同時に相手をして生き残れるだろうか。
「だから、遺言だ」
私は両手を上げて言った。
「考えてみても分からない。君がマザー・リリスの異能力を使える理由を教えて欲しい。それを冥土の土産にしてくれよ」
「……話を長引かせて、私を消滅させるつもり?」
「よく分かったね」
私は手を下げ、笑ってみた。
よこみちゃんもまた、何故か笑った。
「桜さんって、本当に変わってるね」
「そうかな? お姉様とはよく言われておりましたが」
「そうだね。お姉様って感じがする。でも高校一年生でしょ?」
「中学ではそうでしたのよ。そして高校でもそう呼ばれる予定でしたのよ」
「予定だったんだ」
「そう、予定。こんな風にならなければ、私はきっと高校生活を謳歌していたでしょうね」
「そっか」
来る。
飛来する氷の剣は三十余。血の剣は両手にあり。一瞬で距離を詰められ振るわれる。
しかし私もまた血の槍を形成し、打ち合いの中に距離を取る。距離を詰められる。距離を取る。夜の闇の中には逃げ遅れた人間がいる。
私は笑った。まだリソースはそこら中にあるじゃないか。引き攣った顔の男を殺す。「助けて」と発したのはその妻だろうか。「お父さん」と叫んだのは子供か。いずれにしても残さず殺す。そして吸収。発動。
「『
「まだ使える!」
「使うとも」
逃げの姿勢と見たか、よこみちゃんは回り込んでくる。先んじて家屋を壊し、潰し、人間の血を取り込む。
「助けて」「どうして!」「なんだ」「燃えて」数多の悲鳴。絶叫。「お母さん!」という子供の声。「うんあああうんにいあああああ!」幼い赤子の泣き声が倒壊する家屋の響きの中に立ち切られた。濛々と巻き上がる土埃。
燃え上がった瓦礫の前に彼女は叫んだ。
「『
振るう剣の余波に、辺りの家屋は吹き飛ばされ、そこから血は、よこみちゃんを目指して流れ出る。ひたひたと音もなく、しかし素早くアスファルトの上を這い、血は静かによこみちゃんの足下へ集っていく。
「今更血を吸ったところで何にもならないだろうに」
「放っておいたら桜さんが使うでしょ!」
「使うと来たか。開き直って。あのお優しい融和派の君はどこへ?」
「今もここにいて、こうなった!」
剣が来る。私は笑う。槍で受け流そうとして腹まで切り裂かれる。
空中に肉片と血液を迸らせながら私は吹き飛んだ。浮遊する身体が電線を引き千切って火花が上がる。街灯は目の前で続けざまに消えていく。その消えていく光を受けて、朱色の血は美しく輝いている。
私の血によこみちゃんは手を伸ばした。
「しかし、それは私のものだからね」
血は空中にありながらも滑らかに動き、地面に転がった私の中へと戻ってくれる。六体分とプラスアルファ。たとえその中にみぞれちゃんの血が混ざっていようとも、今となっては私のものだ。
「だから、そろそろ使おうか」
そこら中から手に入る人間の血に比べればこれはとても貴重なもので、リソースとしては使いたくないのだが、四の五の言っていられる状況ではない。
しかし、『
そして、威力によっては朱族と赤族の血さえも完全に蒸発させることが出来るだろう。
「つまり、よこみちゃんが使ったそれは、本物に比べて弱い」
街灯の光を背後にして、私は立ち上がり、言った。
闇の中に、よこみちゃんはみぞれちゃんを撫でている。両腕をだらんと垂れ下げ、顔を伏せた、もう意識もないだろう彼女を撫でつつ微笑んでいる。
「何せ、あの時ほどの必殺の瞬間はないだろうしね。あれが全力だと考えてみる。どうだい?」
「どうかな」
「腹芸が下手だぜ。似合わないことはするもんじゃない。そしてこの状況で使ってこない以上、あの一回が使える限度だろう?」
「どうだと思う?」
「どうにも。あれ以上の威力でもう一度使われたら、私には為す術がない。よって都合良く考えよう」
実のところ、よこみちゃんの表情など読めなかった。踏ん切りが付いて性格が変節してしまったのか、何を考えているか分からない。
足を意識する。巡る血の流れを切り替える。とても大切な私の一部。私だったかも知れない一部を燃やす。
六とプラスアルファから、明確な六へ。
「『
「『
貫き合う。砕き合う。剣と槍が重なり合い、周囲を破壊し尽くしながら私達は殺し合う。
弾け飛ぶアスファルト。砕け散るガラス。街灯は電線を断ち切られ、或いはそのものを砕かれて消えていく。街路樹は音を立てて倒れ、時に火の手が破壊の跡に上がる。
煙。火。光と闇。光景は破壊に明滅する。何時の間にか、辺りは静かになっていて、私達だけが騒がしい。
流血機関はこちらを捕捉しているようだが、動きは遅い。一般人の誘導に専念しているようにも見えるが、腹の内としては共倒れを狙っているのだろう。
だとしても、今の私達にその様な思惑など関係なく、互いに先を争うように周囲一帯を壊していく。そこに隠れ潜んでいた人がいれば躊躇いなく殺し、僅かにもリソースとして相手への攻撃に使う。
「気にしてないね」と、剣を振りながらよこみちゃんは言った。
「私がまだ、リリスさんの力を使えないと思っている。本当かな!」
「気にしていたら飛び込めないし切り込まれる。それで実のところ、どういうからくりで?」
互いに腕を宙に飛ばし、繋ぎ合いながらも切り結ぶ最中、よこみちゃんは段々と口角を吊り上げていった。
流血が視界の中に常にある。私達の朱色は街灯の白色の光、炎の橙色の光にぬらぬらと艶めかしく輝いて、時に七色の、美しい色彩を見せる。
「『血の契約』だよ! 契約を通して、リリスさんは力をくれたの。でもそれって燃料を使わないリリスさん自身の力だから、使いすぎるとリリスさんまで死んじゃうし、私自身、もう使えるほど燃料は残ってない」
「それは便利だね。しかしマザー・リリスも酷い奴だね。力だけくれて見殺しか」
「それで良いって私は思うから!」
「そうか。しかしもう一つ聞きたいんだが」
一合に強く飛ばした血の剣。くるくると飛んだそれをよこみちゃんは目で追った。それは隙だった。開いた胸へと槍を振るう。よこみちゃんの身体が引き千切られながらも回復し、吹き飛んだ先で放置車両にぶつかった。
青色の軽自動車。白色のファミリーカー。軽トラック。玉突き事故を起こして車体はひしゃげ、衝撃がガソリンに引火して炎上する。
遠いサイレンの音。黒色の煙。その中から尚も強くこちらを睨む茶色の目。
「死に向かうことに納得するって、どういう心境なの?」
私にはまるで分からない。分からないからこんな事をしている。
一度、納得して死ねていれば良かったのか。そんな死に方は世にも稀だろう。納得できない人間の方が多いに決まっている。
「よこみちゃんはさ」
私は笑ってみた。笑えるだけの理由があった。
決定的な、残りのリソースの差が
「今まで、何人殺してきたの? 朱族になった時、誰か傍にいたのかな」
炎を氷で振り払い、立ち上がろうとして、しかしアスファルトの上に膝を突いたよこみちゃんへ、私は言った。
よこみちゃんはみぞれちゃんの手を握り、「え」と呟いた。信じがたいような顔を浮かべ、胸元を見つめた。
みぞれちゃんの身体は既に枯れ果て、その面影がないほどに乾き、小さくなっている。
「は」とよこみちゃんは口端を歪めた。歪み、緩んで、「あはは」と笑った。
「みぞれちゃん、死んじゃった。桜さんを殺す前に、私が殺しちゃった」
彼女は涙を流さなかった。ただ笑っていた。
「そうだよね。いくら互いを燃料にしても、私の方が多いんだから、みぞれちゃんが先に死ぬに決まってるよね」
「それも、もう決めた、それで良いと思ったことだったのかな」
「うん。だから私、笑ったの。まだまだ甘かったんだなあって」
「甘いか」
「驚いて、悲しくなって。そんな自分に笑っちゃった」
よこみちゃんは、枯れ果てた腕を胸元に垂れ下げたまま立ち上がった。
「でもね、桜さん。友達を殺したのはこれが初めてじゃないよ。最初は私が朱族になったとき。一緒にいた友達を殺しちゃったんだ」
「それは、悲しかった?」
「悲しかった。だけど、楽しくもあったんだ。こうして、全力を出してみて、楽しかったのと同じように」
よこみちゃんは弱く微笑んだ。
胸元から垂れ下がった腕は、褐色に変化し、強張り、塵も残さず消え失せていく。
「楽しかったか」
「うん。でも、だから私は、私が嫌だったんだ。本当はずっとね」
剣が構えられる。足下はまだ確かだが、これが最後だろう。
「桜さんは?」
よこみちゃんは言った。
「家族を殺して、悲しくなかったの?」
「うん」
私は言って、その胸を貫いた。
血は流れない。貫いた腕から全てを吸収する。
だが、得られたものなどほとんどなかった。動いているのが奇跡と呼べるような量しかなかった。
「遺言は?」と私は言った。しかし、返事はなかった。
よこみちゃんは枯れ果てて、すぐに塵も残さず消え失せた。
「……ふふ」
私は長く息を吐き、ぐいと伸びをした。
「ふふ、ふふふふふ」
これからどうしようかとか、考える暇もない。
血の臭いと瓦礫。ボロボロの道路と煙。そこかしこから上がる火の手を受けて、ぼうっと明るまった紫色の夜空。雲の陰影がはっきりと浮かび上がり、私の頭上に流れている。
そして、私を囲む形で展開する、流血機関の戦闘員共。
白スーツに朱色の得物を持ち、虫けらを見るような目を向けてくる彼らには、今の状態ではどうやっても敵わないし、逃げることも出来やしない。
「じゃ、降参します」
私は笑って両手を上げた。