TS転生したら人類の敵だった   作:生しょうゆ

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第16話 剣の前

 

「ではその場を動かないように」

「あっはい」

 

 厳戒態勢の中からまともな返事が聞こえたので、私は思わず軽く返してしまった。

 

 しかし、考えればこれはまともな返事だろうか。私を囲みながらも少し困惑している様子の白スーツさん達の方がまともと呼ぶべきじゃないのか。

 

「邪魔だ、どいてくれ」と集団を割って現れたのは一人の男だった。

 

 白スーツを身に付けた、細長い体型の若者で、手には巨大なケースを持っている。神経質な目と、傲慢さを表す口元。

 

 その顔は、私としては非常に見覚えがあった。

 

 彼は拘束されてもいない私へ無防備に近付き、じろじろと遠慮のない視線を投げ付けてきた。

 

「こんにちは」

「身体的には特に変わった部分などないな。精神構造だろうか?」

「こんにちはと言ったのに挨拶も返さないとは流石だね、一行誉(いちぎょうほまれ)さん」

「……ふむ。こんにちは、伊藤桜」

 

 一行は大して狼狽えた様子もなくそう返した。

 

 彼もまた、原作に登場したキャラクターだった。流血機関の天才色目開発者、一行誉。ツンデレヒロインであるレンちゃんを材料に最強の色目を作ろうとして、主人公くん達の前に立ちはだかり、敗北し、それでも何故か味方になった頼れる変態野郎。

 

 しかし、その変態的な執着は、あくまで六王朱(ヴァヴ)であるヒロインちゃんにのみ向けられるものである。今、私をじろじろと眺める目付きには熱狂も興奮もない。ただ冷静に観察し、解剖の手順を考えるような目が私を捉えている。

 

「だけど、おかしくも思うね。貴方は外に出るような人だったかな。ましてや人を率いるか」

 

 私は首を傾げて言った。一行には大した戦闘力はなく、人を率いるような人望もない。そしてその気もないだろう。彼が関心を向けるのはごく限られたものであり、こんな場所に出てくるような人間ではない。

 

 一行はケースを地面に置くと、気負った素振りもなく言った。

 

「どうして私の名前を知り、素性を知っているのか。というのは実に陳腐な質問だが、それでもそう聞きたくなったよ。ひょっとして私達が作ったものかな」

「天然物でございますわ。それとも心当たりが?」

「ないとは言えないだろう。私達流血機関は君達を再利用するにしても、それは異能の増強剤や回復剤、そして私の専門である色目であったりと、往々にして元の形を残さぬものだが、それは理念ではなく暗黙の了解のようなものだ。たとえば人臓院や白楽家のように、形を残して加工することもあるだろう」

「加工ねえ」

「人工朱族。朱化兵器というやつだ。私としてはつまらないものだと言ってやりたいが、それを専門とするものもいるし、それに執着するものもいる」

 

「だから私が派遣された」と一行は言って、ケースを開き、中から朱色の小刀を取り出した。

 

 刀身はねじ曲がり、とてもではないが武器としては使えそうにない。そんな奇怪な見た目ながらも、感覚としてこれが色目だと分かった。それも、何体もの朱族を利用して作られた、異常な色目だと。

 

 一行は色目を手に取ると、改めて私を見つめた。

 

「状況はあまりに複雑でね。発端は退魔の家だが、人臓院に白楽家まで絡んでいる。その場で討ち滅ぼしてしまっては裏にあるものまで消えてしまうだろう」

「なるほど。だから彼ら、私達を見つめているだけで碌に介入して来なかったのね。それも貴方の指示。貴方は人の犠牲なんてどうでも良いから」

「よく知っている。それで、どうだい」

「どうって?」

「君の挙動は異常だ。たかが先天的なシリアルキラーにしては動きが良すぎるし、世界を知りすぎている。私達をどこで知ったか。どこで対処法を学んだか。どうして『血の悲鳴』が効かないのか。その答えとして最も妥当なものが、誰かが君を作ったということだ。それを知るために、わざわざ街一つを戦場にしてみせたんだ」

 

 一行は色目を私の首に突き付けた。悍ましい感覚が肌から感じられる。突き刺されば碌な事にはならないだろう。

 

 しかし、彼の言葉は意外でもあった。私の挙動があまりにおかしいものだから、どこかが人工的に生み出したものかもしれないと考えていると。それを解剖して確かめてみようというのだと。

 

 その推論自体は意外ではない。彼が言ったように、人工的に朱族を生産するという試み自体は原作でも当然のように行われていたし、私の正体がそれだとすれば、流血機関としても他組織に対する効果的なカードとなるだろう。そうでなければおかしいという考えだって妥当なものだ。

 

「だけど、意外なんだよね。貴方がそんな仕事を受けたことが」

 

 一行の目は揺るがない。しかし刃もまた動かずにある。

 

「貴方からしてみればつまらない仕事でしょう。たかが人工朱族。たかが陰謀と人体実験。そんなものに仕事だからといって受ける義務があるかしらん」

「私もまた組織人だということだ。悲しいものだ」

「嘘を言っている。貴方ほどの人であれば、そんな仕事など他の誰かに任せれば良い。そうでなくとも、わざわざ私の目の前に出てくる必要もない。何せ貴方は、上層部の弱味を沢山握っていますものね」

「ほう、たとえば」

「レッドドラゴン」

 

 彼が原作にて使用した最悪の色目。冷凍監獄最下層に封印された、流血機関の醜聞の一つ。それを私は知っている。

 

 だが、それでも一行の目は揺らがなかった。

 

 しかし、そこには期待があった。何のための期待なのか。私が何かを言うことを期待して、ここまで来たのか。

 

 何のために? 彼の目的は究極の色目だ。六王朱(ヴァヴ)を材料とした、その存在そのものが崇拝の対象となるような絶対。

 

「ああ、だから?」

 

 私は笑ってみた。そうだとするのなら、一行は全く情熱家だろう。

 

「私の知識が、たかが陰謀によるものだとしても、それはそれで挙動がおかしいからね。知識を囁かれて生まれたにしては知識をべらべら喋っているし、こんなに大暴れするのなら、そもそもそんな知識なんて必要ない。実験途中で研究所から抜け出したと仮定してみても復讐心があるようには見えないし、たった今私が口にしたレッドドラゴンのように、知り得ない知識を知りすぎている。だから貴方は期待したのかな」

「何に?」

「私の知識が、そういう異能力である可能性。それを伝手に、六王朱(ヴァヴ)が手に入るのではないかと」

 

 一行は笑った。刃を首肉に押し当てた。

 

「手に入りますわよ」

 

 私は笑って言った。

 

「私が貴方の夢を叶えて差し上げましょう。だから、見逃してくれません?」

 

 言ってみたが、これでは弱いか。

 

 一行は笑った。くつくつと押し殺して笑っている。

 

「君は狸だな」

「お姉様と言って欲しいですわ」

「年下を姉と呼ぶ趣味はない。それに、君は肝心な所を口にしていないだろう」

「肝心ね」

「そういう異能力どころではない。その知識が異能力によるものだとすれば、それは確実に六王朱(ヴァヴ)に直結する力だろう」

「ああ、そっち。それはそうか」

 

 第一から第六まで存在する六王朱(ヴァヴ)には、それぞれ特権とも呼ぶべき能力が備わっている。通常の異能力とは比較にもならない、概念的な能力。

 

 第六特権(ヴァヴ)、因果固定。第五特権(ヘー)、記録改竄。第四特権(ダレット)、竜。第三特権(ギメル)、偏在。第二特権(ベート)、空間支配。

 

 そして第一特権(アレフ)。南極に隠れ住みながら、度々人類に対して警告を発し続けてきた賢者は、この世の全てを知ることが出来る。

 

「予言。箴言。アカシックレコード。後の五つの六王朱(ヴァヴ)もまた、その言葉によって予見されたという。だから我々は彼らを六王朱(ヴァヴ)と数えてきたんだ。伊藤桜。君はそこに繋がっているんじゃないかね」

 

 彼の口角は上がり、目は細められている。

 

「現に、私の言葉に困惑せず、私よりも理解しているようじゃないか」

 

 私は笑ってみた。

 

「だとしたら?」

 

 首に当てられた切っ先の感触を、指の腹で確かめる。

 

「だとしたら、私に何をするというのかしら。もし仮に、私にそんな素晴らしい力があるとして、貴方はどうするおつもりなのでしょうか」

 

 実際、見当違いも良いところだろう。第一の彼に今更眷属を作るような気概はないだろうし、私の内にそんな強力な力は見出せない。

 

 だが、一行が求めるものとしては正しくもある。彼が欲しているのは完全な六王朱(ヴァヴ)の身柄だ。それなら原作知識という形で、誰がどこにいるか。そしてどうすれば殺せるのか。それを伝えることも出来るだろう。

 

 特に、原作一巻。物語の始まり。ただの人間だった主人公くんに頼らざるを得なかったレンちゃんなど、最も捕えやすい。

 

 一行は私の表情を見つめ、その首に向けてある色目を見つめると、言った。

 

「例えばの話にはなるが、最も手っ取り早いのは、このまま君を解剖し、中にあると思われる六王朱(ヴァヴ)の血を取り出すことだ。この色目はそのための特製でね。朱族一体分を一体ずつ、きっちりと量って取り出すことが出来る」

「出来ますかしらん? 何せ人間って、今まで六王朱(ヴァヴ)の血を欠片でも手に入れたことはないでしょう」

「出来るかどうかではなくやりたいかどうかだ。君も知っての通り、私の目標とはそれだからね」

「そりゃそうですわね。では、私を殺しちゃいますの? こんなに美しくて可愛いのに」

「容姿の善し悪しは知らないが、そこなんだよ」

 

 一行は相好を崩すように苦笑した。

 

「欠片を取り出して、どうするかだ。欠片だけ使っては大した物ではないだろうし、何より私が満足できない。私は完体を求めている。そこに繋がるためには知識が必要だ。今、君の頭の中にある知識がね」

「では、最初の仮定通りに再生産。六王朱(ヴァヴ)の血を人間の中に注入して、都合良く扱う?」

「私は赤族と朱族に同じく人間もまた信頼していない。人外は血に飢えて暴走するが、人間もまた人間らしく暴走するものだ。そんな下らない事に付き合わされては堪ったものではない」

「じゃあどうするのさ。手っ取り早く話してくれませんこと?」

「何、私としても少し驚いているんだ」

 

 彼は色目を取り下げた。

 

「君がどうやら話せる奴で、このまま運用した方が都合が良いのではないか。そんな風に考えていることに、少し驚いている」

 

 その刃が私の首を切断せず、彼の手の内に戻ったことに周囲の人々は驚いたようだった。

 

 ざわめき。向けられる剣。半眼に睨まれる。

 

 その反応は私としても同じことだった。彼がそんな事を思うだろうか。そんな人間らしい振る舞いを、しかもこんな短時間で。

 

「何もかもが信じられないのではなくって?」

 

 私はその場を動くことなく言った。

 

「大体にして、私は天然物。単なる朱族。六王朱(ヴァヴ)の血なんかはないよ。後でバレたら死活問題になりそうだから言うけれど、残念だが期待外れだね」

「それでも君は、私に六王朱(ヴァヴ)をくれると言ったのか?」

「まあ出来るっちゃ出来るね。だけど君は私なんか信じないだろう。どうして話せるなんて思えるのさ」

「君の、六王朱(ヴァヴ)を殺すという言葉。殺せるものだと確信しているような言葉かな」

「それだけ?」

 

 私は首を傾げた。確かに六王朱(ヴァヴ)なんて言葉、日常生活は愚か、一般的な退魔師さえ滅多なことでは口にしないものだが、本当にそれだけだろうか。

 

 しかし一行は「そうかな?」と問い直すように言った。

 

「それが出来ると思っているような人間は稀だろう。私自身、私以外には一人しか知らなかった。その志が気に入ったというのはどうだろう」

「一人ね」

「誰か知っているか?」

 

 一行は私の顔を覗き込む。何かを探るような目付き。

 

「ああ」と私は思い付いて言った。

 

「なるほど。六王朱(ヴァヴ)というのも半信半疑。いえ、当初はそれすらも荒唐無稽と思っていたのでは? 貴方が疑ったのは全く別のものでしたのね」

 

 六王朱(ヴァヴ)を殺せると確信できる人間。それはすぐに思い付いた。何せ、彼がそれを達成できたからこそ、原作は始まったのだから。

 

 そして一行が、私の言葉に笑みを見せ、歯軋りをしているように、彼と一行との関係は非常に根深いもののはず。だからこそ、彼は珍しく仕事を受けたのだろう。

 

「ですが、それも不正解。私はね、貴方のお師匠様である、椿延暦(つばきえんりゃく)の作品でもありませんわ」

 

 私がヴラド・ツェペシュの代わりに数えていた六王朱(ヴァヴ)を、その手で生み出した張本人。鉄骨の他、退魔七家の猛者達をボロ雑巾のように殺した六王朱(ヴァヴ)を生み出した張本人。

 

 彼こそが一巻に語られず、しかし一巻が始まる切っ掛けともなった、つまりこの世界を、原作を開始させた人間。

 

 一行の手が硬く色目を握り締める。「嘘を吐け」と、短く言葉が発せられる。

 

「あの男の作品ならば、どうとでも」

 

 強張りながらも吊り上がった口角。そこだろうと私は思った。

 

「本当に?」

 

 私は笑ってみた。手を伸ばす。背後の戦闘員達が動く。

 

 しかし一行は動かない。ここにいない誰かを見つめているように、その瞳は動かない。

 

「本当に、貴方のお師匠様の作品であれば、何事も、どうとでも出来ると思っていますの?」

「出来るだろう。出来てしまえる。あれが完成すれば六王朱(ヴァヴ)さえ殺せる」

「では、私の存在理由とはなんでしょう。彼が私を作ったとして、その理由は?」

「それは……」

「まさか、出奔した弟子程度に労力を割くほど暇ではないでしょう? 貴方程度ではね。貴方如きでは、何にもなりませんからね?」

 

 一行の目が見開かれた。私はその目に笑ってみた。振り上げられる異形の小刀を前にして、私は笑ってみせた。

 

「本当に?」

 

 私は、首筋を通り抜けた刃を横目に眺め、一行の耳元に囁いた。

 

「何事も、自信がなくちゃ。そのための六王朱(ヴァヴ)でしょう。貴方が証明したいのは自分の手による究極」

「そんなつまらないものであるはずが」

「そして、自我もなく、存在の理由もない。目的のない究極でしょう」

 

 私は笑って囁いた。一行が息を呑む音が聞こえた。

 

 そして「っと」そして、私は引き剥がされた。「大丈夫ですか」と白スーツさん方の声が響く。今更ながらに頭を地面に付けられて、色目ではない普通の剣を背中に刺される。

 

 痛くはなかった。背骨を避け、腹を貫いた鉄の感触が温かくもむず痒い。再生はリソースが勿体ないので止めてあり、私の血は流れ出て、そして体内に吸収される。

 

 よこみちゃんの心境にはなれそうもなかった。笑って死ねる気がしないから、笑っているときは死ぬ気がない。

 

 そして、笑っていれば、本当は何も思っていないのだけれど、何だか楽しんでいるような気がしてくる。

 

 一行は黙し、組み伏せられた私を見つめている。

 

 私は口を開いた。

 

「貴方は人間が大嫌いだから。意思あるものが大嫌いだから。この世で最も無意味な究極を生み出して、貴方のお師匠様さえも含めた、この世全ての意思あるものを笑ってやりたいのでしょう。だって貴方のお師匠様は、意味を掲げて究極を成そうというのですからね。つまり、根本にあるのは嫉妬と厭世でしかない。そして、そんな貴方の天才は、椿延暦の天才には及ばない。その惨めさを貴方自身が何より痛感している」

 

 それを言い当てることにどんな意味があるのか。私には分からなかったし、恐らくは周囲の人々も分からないだろう。

 

 だが、一行だけは唇を震わせていた。その唇の動きに何の意味があるのかも、私には分からなかった。

 

「でも、やっぱり自信は持たなくちゃ」

 

 私はこの場の空気を飲み込むように言葉を発した。

 

「傲慢に、高々と。自分こそが天才だと笑わなくちゃ。私がそれに協力してあげましょう。だって流石に惨めですもの」

「何を……」

「それとも、貴方程度では、やっぱりこの手は取れないのかしら?」

「何をっ」

「所詮は六王朱(ヴァヴ)を殺すと嘯きながら、設計だけで満足しているような人間ですものねえ」

 

 私の目の前に朱色の剣が掲げられた。「そうら最後の時」と急かすように私は言ってみた。

 

 でも結局、それでも良いのかもしれなかった。

 

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