TS転生したら人類の敵だった   作:生しょうゆ

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第19話 黒海海上

「ようし! こんなところに生首が転がっているから試しに伊藤桜の肉片につけ込んでみよう!」

「なんで?」

「うわあああああ!? 生首が伊藤桜の顔になって喋り始めたあああああ!?」

 

 そんな道中だった。

 

 

 

 死にかけたので生きたいのだが、今の自分が死んでいるのか生きているのかどうかも分からなかった。

 

 何せ、推定ラスボスにも分からない状態だ。魂がどうこう言っていた気がするが、そんなよく分からないものを取り出して説明できた気になってんじゃねえぞと言いたい。

 

「というわけで、貴方には存分に私を研究して欲しいのですが、どうでしょう? 私に頭だけでなく身体もくれるというのは」

「それやったらお前絶対逃げ出すでしょ。捕まえるにしても面倒でしょ。暫くそのままでいてね」

「この状態だと私自身、今どうなっているのか分からなくて嫌なんだけどね」

 

 私は自らの身体を眺めた。そんなものはなかった。私の首の下には細切れにされた肉だけがあり、その周囲には円筒形の容器がある。端から見れば筒から頭だけが生えている状態である。

 

 イランからアルメニアを経由してジョージアを進む中、青空の下に車を止めて一休憩という心穏やかな状況ではあるが、ピクニックシートの上に置かれているのがグロテスクな肉とそこから生える生首なのだから、端から見れば不気味という言葉では済まないだろう。ドライバーである世々継嫡子(よよつぎちゃくし)もそっぽを向いて煙草を吸っている。この延暦と同い年くらいのぱっとしないおじさんも、見覚えのある原作キャラだった。

 

「それにしても私、煙草って嫌いなのよね。臭いから。そしてこの状態だと煙を避けることも出来ないから。乙女の前ですわよ。我慢して下さる?」

「椿さん、そのよく分からねえの、よく分からねえならもう捨てちまいましょうよ。首だけでべらべら喋るの気味悪いったらありゃしない」

「おや意外。あんたらはこの状態を気味が悪いと言えるのか?」

「そりゃ、椿さんに言う資格はねえだろうが、少なくとも俺は言うね。俺はそういう、気色が悪くて胸糞悪い人体実験とは距離を置いているんで」

「僕だってこいつには気色悪いと言う資格があるよ」

 

 延暦は缶コーヒーを飲みつつ心外そうに言った。一方で破綻ちゃんは、私をじっと見つめつつ、通りがけに買ったシャワルマを食している。「破綻ちゃんの教育に悪いでしょうが!」と延暦は言ってくるが、元はといえば私がこの状態になったのは彼のせいである。たぶん。

 

 ピクニックシートの周辺には、血に染まった白スーツを身につけた死体が六つ転がっている。

 

 その内の一つには首がなかった。どこに行ったのか? 答えは簡単だ。

 

 それは今まさに私が思考するこの頭に、言葉を発す口になったのだ。

 

「流血機関の追っ手をぶちのめして、『折角だからここで休憩を取ろう!』って言い出した時は、何時も通りに頭がおかしいと思っていたんですが、急に一人の頭を切り出して筒の中にぶち込んで、『こういうの韓国のゲームにあったよな!』とか言い出したのには流石にドン引きしましたぜ。そして、その生首が急にボコボコ膨らんで形を変えて女の顔になって、その女が当然のように話し出すんだから、俺はもう自分の頭もおかしくなったもんかと」

「僕だってビックリしたよ。どわーって尻餅付いちゃったよ。お前ってマジで何なのさ?」

「その答えを探すために胴体と手足も下さいませ」

「だからやらないよ。頭与えたらお前の頭になったってことは、身体与えたらお前の身体になるかもしれないじゃないか」

 

 恐らくはそうなるだろうと私は思った。

 

 彼らが朝鮮半島から中国大陸に渡り、当局の目を避けながらルーマニアに向かおうとする道中、私の意識は肉体の上に浮遊した状態にあった。二人が中国で世々継と合流し、今後の計画を話し合っている間も、私は彼らの傍にいた。傍にいながら、何度か彼らの身体を乗っ取れたりしないかと試したがダメだった。そして私自身の力で身体を再生しようとしてもダメだった。

 

 これは非常に感覚的な話になるが、私が付いている、付属している? 肉体というのは、かつて私の肉だったが、今となってはただの肉である。人の形をしていない、やや腐りかけている肉だ。後から再生するのだと頭では分かっていても、それが私であると認めるのがどうにも感覚的にダメだった。

 

 では、別人の死体ならどうか。たとえば今そこらに転がっている流血機関の死体は。

 

 これに関しては出来そうな感じがあるのだが、残念ながら力が足りなかった。朱族の血も人間の血も全て失ってしまった状態では出来ないという感覚がある。

 

 今、この場にあるリソースは、かつて私の身体だった単なる肉しかなかった。その肉の分しか力が発揮できないのだ。

 

 しかし、肉に直接新たな肉を与えられたのなら、それはもう私の肉である。リソースである。頭の形状を私のものに変えて、話すぐらいの力はある。だから私は頭だけ復活できた。

 

 そういうことを私は言った。

 

「いや、意味分からないよ」

「だよね。私も意味分かんない」

 

 延暦は頭を抱え、私は溜息を吐いた。

 

 こんなもの、現象に後から説明を付け加えただけだ。どのようなプロセスで私という意識が継続できているのか、私自身説明できなかった。

 

「しかし、超常の能力や生物やらが存在する世界で意味不明を嘆いたって、それはそれで滑稽なのではないか」

「馬鹿野郎お前。素人さんはそう思うだろうけど、この世界にもきちっとした法則というものがあるんだよ」

「その法則に従えば破綻ちゃんだって量産できるわけ?」

 

 私をじっと見つめながら、破綻ちゃんはシャワルマを食している。これはケバブに似たファストフードだが、私という肉を見ながら肉を食う姿は素直に気味が悪い。

 

 そして、そのスペックを思えば、私以上にあらゆる人間が気味が悪いと言うだろう。

 

「単独で六王朱(ヴァヴ)を制圧できる存在が、たかが法則で生まれてきて良いものなのだろうか」

 

 それも、この世に生まれてたった三十だか四十だかの科学者が、独自に成立させた手法で。

 

「そういう意味では滑稽というのは確かだね。『出来るわけがない』と『あり得ない』と! そう騒ぐ奴等は滑稽だ。自分で勝手に世界を狭めているんだからね。知らぬも滑稽。知ったと思い込むも滑稽だ」

 

 延暦はドヤ顔で言った。偉そうだった。「まあ量産は出来ないんだけれど」と小声で呟く。出来ないんだ。安心した。

 

「まあ、僕の不遇時代ももうすぐ終わる。人類の夜明けもすぐそこだ。あと一年もあれば僕の名は、神出鬼没の迷惑野郎じゃなく、人類の旗手として語られるようになるだろう」

「自覚あったんだ。しかし、一年ねえ」

「なに? お前も『出来ない』と騒ぐ側なのかな? 僕でもお前という存在を認知の外側に置いているというのに」

「それは褒め言葉かしらん?」

「気色悪いと同義だけれどね」

 

 延暦は笑い、私もまた笑った。彼の目は笑っていなかったし、私もまた繕っただけだった。

 

 一年後はまだ知っていた。原作では、一年経っても彼は目的を達せていない。ほとんどは主人公である白永くんのせいである。

 

 六つの内一つが彼の手に渡り、他の四つも邪魔が入った。それでも残っているのはあと一つだけだったな。そういう意味では、主人公くんという敵がいながらも、延暦は中々頑張っていた。

 

「そろそろ出ましょうよ、椿さん。あまり長居しすぎると連中に先回りされちまう」

 

 新しく煙草に火を付けつつ、世々継が言った。「ああ、そうか」と延暦は私を持ち上げて車の後部座席に置く。そして蓋を閉める。

 

「いや、中身はもう詰まっているんだから、無理矢理入れられると溢れるんだけど」

「しょうがないなー。破綻ちゃん、生首入るくらいに中身捨てといて」

「手が汚れるからやだ」

「それもそうだね。じゃあ首の方を捨てようか」

「いや捨てないでよ。折角喋れるっていうのにさー」

「もうどっかに埋めて後で掘り返そうか」

「親切な人に拾われることを祈るわ。親切な流血機関の人に」

「分かっているんだから始末が悪い。面倒なものを拾ってしまったな」

 

 車は主要な道路を避けながらもどんどん人里へと近付いていった。このまま行けばトルコとの国境に近い、バトゥミという街に行き着くだろう。黒海に面した港湾都市で、右回りでも左回りでもルーマニアへ辿り着ける。

 

 しかし、彼らはバトゥミで車を乗り捨て、港に停泊していた船へと向かった。

 

 今まではなるべく陸路を使った目立たない旅路だったというのに、急に船を使うとは心変わりだろうか。

 

 私としては少し不安でもあった。海の上では逃げ場がないだろう。流血機関の追っ手が現れたら、彼らは破綻ちゃんの力によって逃げられるとしても、私はその戦闘のどさくさに紛れて逃げるということが出来ない。

 

「私としては今まで通り、このまま東ヨーロッパの街並みを眺めたいのだけどね。なるべくならトルコ経由がいいな。イスタンブールを観光してみたかったんだ」

「こっちはお前の観光ガイドじゃないんだよ。マジで頭放り捨ててあげようか」

 

 世々継が発進させた船は小型船舶だった。クルーザーのようにベッドやトイレも付いていない、傍目にはちょっとみすぼらしい船だ。

 

 しかし、その性能は見た目以上のものだろう。私は船には詳しくないが、世々継というキャラクターは知っている。

 

 彼は椿に協力しているが、本業はプロの運び屋だ。世界各国に足と耳を置き、金を積まれれば誰の依頼だって受ける。原作では主人公くんに協力したことだってあった。

 

 だからこそ、たとえ流血機関に襲われようとも、海上で沈没する不安はないのだが、それ故に逃げ場がないということでもある。このままでは私まで六王朱(ヴァヴ)殺しの渦中に突っ込むことになってしまうだろう。

 

 そんなわけで、私は船が凄まじい速度で波を掻き分ける最中にも文句を言い、そのために「羨ましいね黒海の波風を全身で浴びられて」と、延暦に海上すれすれの場所に吊り下げられていた。

 

 だが、ふと破綻ちゃんが言った。

 

「私はその人、そのままで良いと思う」

 

 その言葉に、私と延暦は互いに目を合わせた。

 

「風の感触は胸の感触と同じだって言うけれどどう? 授乳出来てるかな? いやそれって与える側の言葉だよね。吸う側ってなんて言ったら良いんだろうね? 哺乳? 哺乳かな? ちょっと硬いね。ともかく乳吸えてるかな?」

「全然似てないね」

「えっ、マジで? 長年この感触をそうだと信じてたんだけど」

「何だったら触らせてあげても良いですわよ。貴方の肉で作った私の胸を」

「ちょっと魅力的だと思う自分がいる!」

「聞いてる?」

「聞いてる聞いてる」

 

 風に髪を靡かせながら私は言った。「珍しいね破綻ちゃん」と延暦が私を船上に戻す。

 

 破綻ちゃんは白けたような顔で私達を見つめつつ言った。

 

「延暦以外の人と話すの、中々ないから。私の話し相手。いいでしょ?」

「そういうことなら喜んでお供しよう。いいでしょ?」

「いいでしょって、かー」

 

 延暦は船の縁に背中を預けて言った。「かーっ!」と嬉しいのか寂しいのかよく分からない声を発する。

 

「これは破綻ちゃんも、そろそろ自我が育ってきたってことかな! 僕としてはあまりない方が好都合だけれど、一人の生きた人間だからね。そうも言ってられない」

「さりげなく酷いこと言うねあんた」

「感情だからね。しかし感情と事実は切り離して語らなければ。感情で事実をねじ曲げようとすると酷い事になる。だから破綻ちゃんの情緒の発達も受け止めてあげよう。親としてね!」

「だけどそもそも、あんたは感情で世界を変えようって言うんだろう」

「感情を発端としても、事を起こせばそれは事実だよ。破綻ちゃんという事実、六王朱(ヴァヴ)という事実。それらを以て世界という事実を変えようというんだ。感情だけ叫んだって世界は変わりはしないよ。つまり僕って風評とは違ってかなり真面目な男なの。ちゃんと段階を踏んでいるんだからね」

 

 延暦はケラケラと笑って前を見た。「そろそろかな?」とハンドルを握る世々継に言う。

 

 世々継は振り向かず、前だけを見つめて言った。

 

「ご高説、素晴らしいですがね、椿さん」

「ん? なんだい?」

「どう考えてもまともに踏めるような段階じゃないと思いますがね、これは」

 

 咥え煙草に顰め面を浮かべ、世々継は言った。額に冷や汗を滲ませ、左手でスロットルレバーを握る。

 

 船はどんどん速度を増している。波が弾け、海の上に浮いているようだった。時速百キロは優に越しているだろう。

 

「どういうこと?」と私は破綻ちゃんに聞いた。「あ、言ってなかった」と彼女は言った。

 

 その時、悍ましい気配が感じられた。

 

「まあ、破綻ちゃんが欲しいって言うなら良いんだけどさ。お前がこいつを無事に抜けられるかは知らないよ」

 

 延暦が振り向き、嬉しそうな笑みを見せて言う。

 

「尾行していただろう流血機関の奴等も、これで僕達を追えなくなる。ひょっとしたら死んだと思ってくれるかも。そこまで甘いかな。どうだろうか。ともかく絶対に追っ手は来ない。どうしてか分かるかな」

「……分かっちゃった」

 

 私は笑みを浮かべた。場所でそもそも思い出すべきだったか。

 

 今から殺しにいくルーマニアの串刺し公。南極の賢者。日本の白楽家を采配する放浪者。アメリカの偽カーミラ。『六番目の六(レゾンデートル)』ことレンちゃん。

 

「そして、第二(ベート)

 

 延暦は笑みを浮かべた。私も笑みを繕った。

 

 六王朱(ヴァヴ)という特権階級の中でも、最も強く、最も広大で、最も無秩序な、現象とも呼ぶべきもの。

 

 私は感じた。私は見た。それは私の目の前にあった。

 

 風と死体と血と意思の集合体。『混沌(カオス)』『風の魔王(パズス)』『乗られる死(ペイルライダー)』数多に語られ、尚も討ち滅ぼせぬ万民の死。

 

 第二の六王朱(ヴァヴ)第二特権・制空宰間(ベート・テツコンツァラン)

 

 かつて白起が生き埋めにした四十万人を贄として生まれ、ペスト、マラリア、コレラを食らいながら成長し続けた怪物は、第一次世界大戦を経て一億の総量を成し──。

 

 そして今、膨れ上がった質量に押し潰されて、黒海の奥深くから出られなくなっている。

 

「じゃ、行きますぜ」

 

 世々継がハンドルを切った。同時に細かく計器を弄り始める。船はやけに静かな海上を乱暴に駆けて行き、風の吹き荒ぶキンクの領域をギリギリ避けながら突っ走っていく。

 

 しかし、相手は単なる現象ではない。それは生きて蠢き、意思を持って人を食らう。

 

 暴虐の風がこちらに目を向けた気がした。風が吹いてくる。声が響く。

 

 水底から肉片が噴出し、血の雨が降り注ぐ。黄ばんだ歯。大腿骨に肋骨に頭蓋骨。形を残しているものもあれば元の部位が分からぬ破片もあり、それらは霙のように落下して、海上に渦巻き、そして噴出する。

 

 瞬く間に海が赤く染まっていく。血が泡立ち、膨らみ、破裂する。鉄臭く、そして饐えた臭いがそこら中から発せられていた。怪物の胃の近くに私達はいた。

 

 それに立ち向かったのが破綻ちゃんだった。彼女は船の上にいながら、蹴りの一振りに風を巻き起こした。

 

「おお」

「凄いでしょウチの娘」

「ええ、本当にね」

 

 これなら突破できるだろう。そして、ちょっとだけ欲が出そうになった。

 

 しかし、今この場では何も出来る事はない。たとえ六王朱(ヴァヴ)の血が撒き散らされていようとも、それを回収する手段はない。

 

 日本にいる私がここにいればよかったのだけれど。

 

「流石は破綻ちゃんだよね」と延暦が自慢げに言う。そして「何故か、お前も大丈夫そうだね」と私を見つめて言った。

 

「どうしてだろうね? 何せ、六王朱(ヴァヴ)は朱族に対して絶対的な命令権を持っている。あれはただひたすらに質量を増やすだけの化物だ。下す命令はただ一つ、『自分に食われろ』だけだろう。どうしてその命令を無視できるのかな?」

「そりゃ、既に私が朱族ではなく、よく分からない何かになっているからでしょう」

「そうかな? だってお前は、まだ朱族でもあるだろう」

 

 延暦は笑った。船体には血の雨が降り注いでいる。白々とした波と泡が赤色を洗い落としていく。

 

「どういう意味ですの?」

「お前、こっちの肉体だけじゃなく、日本に残してきた血の方にも繋がりがあるんだろう」

「意味が分かりませんわね」

「僕だってよく分からないよ。でも破綻ちゃんが言ったのさ。お前はこの肉だけじゃなく、どこか遠い所にも繋がっているって」

「あちゃー」

 

 私は笑ってみた。見えていたんじゃ仕方がない。

 

「バレちゃってたみたいです」と向こう側の身体で私は言った。「それは凄いのう」と少女は笑った。

 

「しかし、それぐらいしてくれなければ、儂ら(ヴァヴ)を殺すなど出来やしないだろうの」

 

 白楽家の中枢に根を張り、経済界を支配する、異端の六王朱(ヴァヴ)

 

 今は白楽楽土(はくらくらくど)と名乗る特権者は、本当に幼い、小学生ほどの少女の顔で私を見つめている。

 

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