TS転生したら人類の敵だった   作:生しょうゆ

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第21話 工房

 

 私はあった。私はそこにいた。私はここに存在した。

 

 一行誉の工房はよく整理されていて壁の白さが目に付いた。それでも彼の白衣ほどには実験室然とした感じはしない。それは細々とした器具類よりも無骨な道具が多くを占めているからだろう。室内には巨大なフックや拘束台、電ノコやチェンソーなど物騒なものばかりで、この部屋の中にある可憐なものと言えば私ぐらいしかない。

 

「ただし、繊細なものという点では貴方に席を譲りましょうとも。何だかもう少しで壊れてしまいそうだね」

 

 私は笑って言った。安っぽいプラスチックの背もたれに背を預けて足を組んだ。対して一行は笑わなかった。酷い猫背で、見上げるように私を見つめている。

 

「どうして、とか」

 

 一行は顔に手を当て、歯軋りの中に言った。

 

「そんな陳腐な質問を、やはり繰り返したくなった。何だ、君は。死んだんじゃなかったのか。どういうことなんだ。何が起こっている。これも異能力か」

「魔法が存在するからって全ての説明を魔法に求めるのはよろしくない。と言っても、実は魔法なんだなこれが」

「何を言っているんだ」

「私は魔法使いでしたのよ。アブラカタブラと唱えてしまえば、ご覧の通りに直ちに復活!」

 

 私は腕を広げた。この私には腕があった。足もあって口もある。指先に感じられる温度と湿度。素晴らしき肉体の自由を謳歌できている。

 

「……気が狂いそうだ」

 

 一行はようやく笑みを見せた。それは非常に歪んだ、何もかもが失敗したような笑みだった。

 

 しかし、実のところ理屈は単純だった。私がバラバラになってから、その血液の分析や調査などで暫く過ぎていたが、ようやく再利用のお達しが出た。そこで六つに分けられた私の血から、何時ものように一行が色目を製作しようとして、私に血肉を与えた。復活の理由としてはただそれだけである。

 

「まあ、どうしてバラバラになっても私があるのか、私自身も分からないんだけどね。どういう理屈?」

「異能力で答えを出してみるが良い」

「それは貴方の言い訳でしかなかったでしょうに。貴方が私を求めたのは椿延暦の作品かもしれないと疑ったためでしょう。頭の調子は大丈夫じゃないようだね」

「君のようなものを目の前にすれば、誰だってこうなるだろう」

「椿延暦はそんな感じじゃなかったけどな?」

 

 その言葉に一行の唇がわなないた。「どうなのさ」と私は言った。

 

「あれからどうだった? どう思ったのさ。たった一人だけ見逃されて、尋問でも受けたかな。内省はどうだ。自らを省みるに足る時間でしたかしらん?」

「……うるさい」

「ふふふ」

 

 私は立ち上がり、一行に背を向けた。ぐるりと室内を見回す。

 

「それにしても」

 

 私は、今更ながら身体を隠した。

 

「やだ見ないで下さいませ! 全裸なのに顔色悪くするとか美少女に向ける態度じゃないでしょ。自信なくしちゃいますわ。ともかく服を下さいませ!」

 

 血肉の中で生まれたものだからずっと全裸で話していたのだ。そろそろ突っ込んでくれるかと思ったが、どうにもそんな様子がない。仕方がないのでこちらから言ってやった。

 

 それを受けても一行は重苦しい表情のままで、声も発さず白衣を投げ付けてくる。

 

「彼シャツってやつ? こちとら処女なのによ」

「黙れ」

「でも女は知っているから。勘違いしないでよね!」

「黙れ」

 

 麗しき思い出を楽しみつつ、現在進行形で破綻ちゃんと楽土を楽しむ。あちらはあちらで色々と進んでいるが、こちらも是非とも進めておきたい。

 

「というわけで、本題に入ろう。なあに成功しようが失敗しようがどうでも良い事よ。そりゃ成功すれば嬉しいが、失敗したとしてもどうでも良い。そんな保険にもならない娯楽の一つ」

 

 私は白衣を身に付け、改めて一行と向き合った。彼は酷い顔をしている。すっかり痩せたようだった。元々細身ではあったが、今は頬まで痩けて無精髭が生えている。碌に風呂にも入っていないのだろう。髪の毛は脂ぎって非常にばっちい。

 

 だから、「断る」と素気なく言われたのも想定の内だった。

 

「そもそも……君はここから、生きて出られない。私の通報によって直ちに戦闘部隊が駆けつけ、今度こそは跡形もなく滅ぼされるだろう。仮に君の魔法とやらが真実だとしても、流血機関にある分は、それで仕舞いだ。危険性を考慮されて、冷凍監獄に永久に封印されるだろう」

「そうなりたくないから貴方に頼んでいるんじゃないか。貴方には通報されたくないんだ。貴方が必要だからね」

「……必要、ね。頼む側の態度だったか、今まで」

「じゃあ乳首見せたろか?」

「黙れ。というか見せていただろうが、今まで」

 

 一行は溜息を吐き、「ああ……!」と強く頭を掻いた。フケが飛んでばっちい。しかし「まるであの人と話しているみたいだ」とは実に心外なことを言ってくれる。

 

「あの人は……変わってなかった。私が憧れて、忌避した時のままだ。そしてあの娘もまた、依然変わりなく。しかし想定を超えて、遂に完成されてあった」

「そういや貴方って破綻ちゃんのことが好きなの? 思い返すとロリコンな、少女に興奮するタイプ?」

「誰が。人間の精神を持った究極など、悍ましいだけだ」

「人嫌いなのね。じゃあ、アニメとかのキャラクターが好き? オタッキー?」

「アニメ? ああ、テレビの。それらにだって仮初にも人格があるだろう。それも、そうあるように作者によって生み出されたものだろう。創作物だ。創作物なんて、人間の意思が最も塗りたくられたものだ。そんなものは気色が悪くて仕方がない」

「筋金入りですわねえ」

 

 人嫌いもここまで行き着けば立派なものだろう。対人嫌悪どころか対精神嫌悪の域にまで入っている。世の中のあらゆるものが人の手によって生み出されている以上、現代社会でここまで生きづらい人間もそうはいるまい。

 

「でも、それって結局、椿延暦への感情が根源なのですわよね」

 

 人差し指に言葉を乗せ、その事実を突き付けてみる。

 

「生まれながらの万能感を否定された。努力なく、意味なく天才である事はアイデンティティでもあったのでしょう。それは格好付けだったのかも知れませんわね? 自分が天才である意味が見出せない。どうして彼らは必死に努力しているのだろう。どうせ自分には敵わないのに。そんな馬鹿にした、厭世的な傲慢は、物の見事に打ち砕かれたと!」

 

 一行は目を細めた。唇を引き締めた。それでも彼は何も言わなかった。

 

「だから、馬鹿にされたと思ったのでしょう。無意味な天才が、本当は天才ですらなかったのなら、後に残るのはゴミみたいなもの。だから貴方は、自分に代わって、本当に無意味な本当の究極を生み出して、この世の全てを馬鹿にしたいと思った」

「……だから何だと言うんだ」

「あら、どうしてとは言いませんの? どうして知っていると」

「それこそ、無意味じゃないのか。あの人があの人であるように、君も君で、私が問い質したところで理解できない答えを出すんだろう」

 

 一行は卑屈に笑った。すっかり自信を打ち砕かれて、気落ちしてしまっているようだ。或いは、元に戻ったのか。延暦の元から離れて、流血機関というお山で大将をしながら培ってきた自尊心は、唐突な再会によって消え去ってしまったらしい。

 

「元の木阿弥。それを喜んでいるような顔でもない。何せ貴方は鶏口牛後の言葉通り、流血機関に逃げ込んだのですものね。再会など望んでいなかった」

「そうだ。その通りだとも。何だ、偉そうにして。お前は負けた癖に。負けを認めた癖に」

「それでも夢は見続けたのでしょう?」

「絶望から生まれた逃避が夢と呼べるものか。今となってはそうも思う」

「そうも、ねえ?」

 

 その含みを持たせた言い方は何を意味するのかと、私は言外に聞いた。

 

 自尊心を守ろうとする言い方でしかないのか。今までと同じように、あくまで逃避でしかないのか。それとも、と私は微笑んでみた。

 

 一行は卑屈に苦笑して言った。

 

「……そうさ。分からされた癖に、まだ燻っているのが最悪に救えない。灰の中に熾火として、まだこれがある」

 

 彼は胸元を弱く叩いた。薄い胸板だった。「脳ではなく?」と私は言った。「貴方なら、心臓なんてポンプでしかないことは分かっているでしょう」

 

 多くの肉体を開き、その構造を目にしてきた彼ならば、そんな事は分かっているだろうに、何故かそこを叩いた。

 

「だから分けたんだ。私は人間だが、こいつは全く衝動のようだ。人外の、あまりに不利益な衝動のような」

「不利益ねえ」

「こんなものを抱えていても何にもならない。叶わない夢など諦めるべきだ。それでも私は、どうしてか、私の望む究極を以て、椿延暦に一泡吹かせたいと思っている」

 

 心臓の上に掌を広げ、閉じ、掻き毟り、彼は言った。その言葉に私は目を細めた。彼は熾火だと言ったが、私の目には確かに燃えているように見える。それでも彼は足りないのか。それは羨ましいのだろうか? 私にはない熱が目の前で軽んじられたことにどう思うべきか。怒るのか。どうして。眩しいだけだこんなものは。しかし勿体ないのは事実だろう。確かにあるものを軽んじるというのなら私がちょっかいを掛けたって構うまい。

 

「熾火と言うのなら、私が風を起こしてやろうか」

 

 私は言った。

 

「ふうふうと、吹いて差し上げようか。灰を吹き飛ばして、新たに薪をくべてやろうか。私が貴方の夢と共に、ごうごうと燃えてあげようか?」

 

 一行は口角を吊り上げた。

 

「馬鹿げているね」

 

 身体を起こし、真正面に私を見つめる。

 

「君の口振りには恐ろしさがある。復活の原理も意味不明だ。それでも君は弱いだろう。意味不明なだけで弱い。私が声を発すれば立ち所に冷凍監獄へ封印されてしまうほどには弱いだろう。そんな弱い風で、どうして私を動かせる」

 

「そもそもだ」と、一行は段々と調子付いてきたのか、身振り手振りを交えつつ言った。

 

「そもそも、君は負けたんだ。椿延暦と椿破綻にね。肉体はバラバラにされて、血は六つに分割された。たとえその一つ一つに意識を通せるとしても、だからどうした。何が出来ると言うんだ。何をしようと言うんだよ」

「そりゃ勿論。一泡吹かせるのですわ」

「どうやって」

六王朱(ヴァヴ)を殺して成り代わる。そのための、貴方のレッドドラゴン」

「あれを?」

 

 一行は驚いたようにして、しかし直ちに嘲笑を浮かべた。「あれに何が出来ると言うんだ」と、制作者の癖に馬鹿にしたように言った。

 

「確かにあれは、上層部に命令されて、六王朱(ヴァヴ)を殺せる代物として作成したものだ。だが、不出来だよ。現実的じゃない。そもそも私は、あれに納得がいっていないんだ。あんなものは全く美しくないしポンコツだ」

「それでも私は、あれの設計理念は実に貴方らしいと思うのだけどね」

「そうかな。どこがだよ」

「人間では六王朱(ヴァヴ)に敵わず、朱族では六王朱(ヴァヴ)の命令権に服従せざるを得ないのであれば、人間でも朱族でもないものをぶつければ良い。そんな、人格など全く廃したものは、人格を憎む貴方らしい作品ではなくって?」

 

 レッドドラゴン。異形の色目。その形状は最早武器ではない。六十六の人体を繋ぎ合わせ、三十三の朱族の血を全身に巡らせたそれは、あまりに巨大で醜悪で、手の内に握るものではなく、全身を包み込んで駆動させるもの。

 

 そしてその設計の意味とは、人体が朱族に移り変わりながら駆動するという点にある。

 

「繋ぎ合わせた時点で、最早生きているとは呼べないのかも知れないが、それでも六王朱(ヴァヴ)の命令は受け付けない。朱色の血を巡らされて、人間から朱族へと復活しながら敵を殺す。だから、強くなればなるほど、タイムリミットが近付いていく」

「欠陥品だ。でっち上げたものだ。どうかしている。だから活用もされず、設計途中で冷凍監獄に封印だ。そもそも、期待通りに動くかも分からない」

「いいや、動くね」

「どうして言える。また異能力か?」

「そうさ」

 

 私は言った。一行は鼻白み、「君が言うのかよ」と口を曲げた。

 

 だが、動くとも。動いたんだよ。一行が流血機関から離反して、その意趣返しとして放たれたのだ。まさしく六王朱(ヴァヴ)を殺すため、ヒロインちゃんごと殺すため、レッドドラゴンは起動した。

 

 そのパイロットとして敢えなく犠牲になったのが、ええと、誰だったか。ああ、いや。

 

「なんだ、こいつだったか」

 

 私は笑った。一行は眉間に皺を寄せた。

 

「ああ、こっちの話。ともかく。動かしてみようじゃないか。私は朱族だから、それを使わなけりゃ対抗できない。どうだい?」

 

 足を組み、私は言った。しかし一行は太腿には目もくれず、冷たく言った。

 

「どうもこうも、言った通りだが」

「弱いって?」

「何が出来るって話だ」

「たとえばこんな事が出来る」

 

 扉を開けて、工房に入り、私は言った。一行は振り向き、目を見開いて、唖然とした顔を見せた。

 

 その後ろには私があって、戯れに手を振ってみる。

 

「鍵は掛けておきなさいよ。物騒ですわね。まあ誰も近付かないような場所だからそれでも良いのかもしれないが」

「そのお陰で私も気付かれずに済んだということですわ」

「まあ呼び止められてしまったのだが」

「まあ一人殺してしまったのだが」

「それが件のパイロットさんだとは。名前を思い出される前に死んでしまうとは不憫ですわね」

「登場する前に死んでしまうなんて、とても酷い事をしたのかもしれませんわね」

「どうだろうかな」

「どう思う?」

 

 私は私と隣り合って、一行に笑いかけてみた。

 

「ちなみに、あと一つも、既に冷凍監獄の最下層に辿り着いていますわよ」

「ねえ、お花畑さん?」

 

 一行は、ようやく彼女に気が付いたようだった。

 

「うう~……助けて下さい~……一行さん~……」

「き、君ねえ……」

 

 流血機関の超穏健派、桜梅花見(おうばいはなみ)は、立派な成人女性にも関わらず、両手を上げてぼろぼろ泣いている。

 

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