TS転生したら人類の敵だった   作:生しょうゆ

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第22話 電話口

 

「君も流血機関の人間だというのなら、自分の命を賭けてでもそいつ殺すべきじゃないのか。何を私に助けを乞うているんだ」

「だって殺すって脅されたんですもん……。私の目の前で殺したんですもん……」

「見殺しにまでしたのか。何が朱族と人間の融和だ。君は単なる人類の裏切り者じゃないのか」

「酷すぎますよう……」

 

 桜梅花見という女は、一行と同じく白衣を身につけて、一行とは違ってキッチリとネクタイを結んだワイシャツ姿でありながら、どうしてか一行よりもだらしなく見える人だった。

 

 明るい色の瞳にウェーブがかった桜色の髪。染めているわけではないらしいのが不思議なところである。

 

「それで、どうかな」

 

 私は二つの口で同時に言った。

 

「私の準備は出来ているんだ。筋道が出来ているから君に話したんだ。上手く行くかどうかなんて知らないが、どうせ君だって暇だろう。私を助けても良いんじゃないか?」

「助けてあげても良いんじゃないですかね……どうせ一行さんって暇でしょ……」

「伊藤桜はともかくとして、君は何なんだ、桜梅花見。いやともかくでもないが。この、何。なんだ」

 

 縋り付いてくる桜梅を引っぺがし、一行は困惑の顔を見せた。改めて二つの私を見つめる。

 

「ああ、分かったとも。君の話はどうやら真実らしい。分割された上で意識を保てている。理屈は分からないが分かったさ。だがどうして私の目の前に、ここにいるんだ」

「それはですよ一行さん……お肉を与えたら蘇っちゃったんですよ……。そして私を脅してここまで連れてきたんですよ……」

「どうしてこんな奴を蘇らせたんだ君は」

「やりたくてやったわけじゃないですよ! だって私の専門って類外生態学じゃないですか。朱族赤族の思考や志向性を分析するのが私の仕事ですよ。だから伊藤さんの一部も私の下に運び込まれて、そこで色々と試している内に蘇っちゃったんです……」

「保安部はどうした通報しろ」

「通報したら私が食べられちゃうじゃないですか!」

 

 桜梅は当然のようにそう言った。桜梅花見とはそういう人間だった。

 

 理想を語る割には人間臭く、上層部にも食ってかかる割には言動が幼い。人気があるのかないのか、いまいちはっきりとしていなかった。

 

 もっとも、殺されるためのキャラクターに人気が出るというのも、この世界の本当の神様である作者からしてみれば困ることなのだろうけれど。

 

「そもそも、一行さんだって私と同じことになっているじゃないですか! 類外加工学者の癖に生態学や精神学にも通じているのに、はっきり言って不手際ですよ不手際! 助手も介在させていないとは、これは査問の必要があるんじゃないですかね……」

「君だって助手はどうしたよ」

「私って普段はそんなに危険のある実験もしないですし……そもそも嫌われているので助手とかいないんですよ……」

「ああ……だろうね」

「だろうねって何ですかだろうねって!」

 

 桜梅はころころと表情を変えてばたばたと細かく動くものだから見ていて飽きない。「というか何であっちは半裸なんですか!?」とちゃんと突っ込んでくれもする。

 

 これは中々に新鮮なものだった。今まで出会った人達と言えば、脳裏さんを筆頭に陰険で口が悪く、何時も顰め面を浮かべていたのがほとんどだった。

 

『だから破綻ちゃんも笑ってみせな。ほらにいっと』

『にいっ』

『うわすんげえガタついた不気味な笑顔』

『人の娘捕まえて不気味とはふざけんじゃねえお前!』

 

 コンスタンツァにあるホテルの一室で笑い合いながら、私は「さて」と一行へ言った。

 

「桜梅が言ったように、私はそちらでも私としてあった。そしてもう一つ、冷凍監獄にもあったんだよ。それで材料は賄える。後は設計だ。見たところ貴方の言うように、レッドドラゴンは未完成のままだ。人体を数十ほど繋ぎ合わせただけの歪な肉人形。こいつをどうすれば動かせる?」

「……どうしてそこに。分析されて、人臓院と白楽にも送られたのなら、他だって再利用されるだろう」

「そりゃ、手違いじゃない? 何せ私が運ばれたのは誰も使わないような場所でね。ほら、朱化兵器に使う用の素体が置かれている場所だ」

 

 私は六つに分けられて、それぞれを小さな筒の中に封じられた後、方々へ運ばれた。

 

 二つは流血機関の外、人臓院と白楽へ。二つはこうして一行と桜梅の手の下に。そして残りの一つは香港支部に出荷されて、加工される直前に脱出し、今はインドで人を食っている。

 

 そして最後の一つだが、これは何故か誰の手にも渡らなかった。

 

 その私が運び込まれたのは、この流血機関本部の地下にある、六階層からなる冷凍監獄の第一層だった。

 

 この冷凍監獄という場所は、主に捕獲された朱族が運び込まれる場所である。流血機関の理念としては人外は基本的にその場で殺処分され、解体の後に再利用されるのだが、その中でも希少な異能を発現したものや、特異な体質を備えているものは、穏健派という名の研究大好き連中に嘆願されて保管されることになる。研究されて分析されて、その構造や再現が完了したのなら、これまたすぐに殺処分されるという素晴らしい監獄だ。

 

 例を挙げれば、時間や空間に関係する希少な異能力者や、朱族の血を比較的短期間で増殖できる体質など。私にしても一行が目を付けたように、希少な異能力者として保管される運命にあっただろう。その場合は最下層に置かれ、四肢を奪われた状態で留め置かれるに違いない。

 

 しかし、その中でも一階層は危険性が少ないというか、ほとんど倉庫のようなものだった。文字通りに凍結された実験の残骸や、処理途中の色目やらが置かれているだけで、本格的な収容対象は基本的に地下深くに置かれている。

 

 私が運び込まれたのもまた、凍結された実験の残骸が犇めく一室だった。

 

 そこはまるで食肉倉庫のようだった。白い部屋の中に幾多もの人体が整然と並んで吊り下げられており、扉が閉じられれば照明も消え、ただ暗闇の中に冷たさがある。

 

 静けさと冷たさに違和感を覚え、筒の中から液体状のまま何とか這い出た後、近くにあった肉体をとりあえず食し、肉体を形成した私の前にあったのはそんな空間だった。

 

 逆さまに吊られた人体は髪の毛を剃られ、目鼻口耳を焼き潰され、性器もなく、全身には石灰のような粉が吹き付けられていて白っぽい。しかしながら、それでもまだ生きてはいたようで、胸板に耳を当てれば微かな心音が聞こえてきた。

 

 私は感覚で、それが人間ではなく赤族であると分かった。つまり兵器だ。何だかんだ言いながら流血機関も朱化兵器というか赤化兵器を作っていて、しかし実用には至らないまま、こうして霜を被っている。

 

「それを理解した後は色々と考えた。これは罠かどうかとか、どうやれば脱出できるのかとか。でも一日経っても誰も来なかったし、何より寒くて仕方がなかったので部屋の中のを粗方食べた。二十体ぐらいだったかな? それでリソースに余裕が生まれたので、床や壁に穴を開けたりして色々と探ったのさ」

 

 手法としては朱族に固有の血液操作とこれまでの経験を使ってみた。血液もまた私であるのなら、血液から周囲を探れるという寸法だ。

 

 指先に垂れ流した血で壁に僅かな穴を開け、そこからミミズのように中を掘り進んでいく。わざと目を引き千切った後、血液の先に目を再生させれば景色もまたよく見える。目玉のまま穴は通れないので自壊させる必要はあるが、存分に私の機能を試せたのである。

 

「そんで探っていけば、たとえばレッドドラゴンのような、特異なコンセプトの色目が凍結されて置かれていたり。床を掘り進んでいけば死にかけの朱族がいたり。中々楽しかったよ。中にはちゃんと監視されている部屋に行き当たったりもして、その時は慌てて引き返したりね。そんなこんなで地下空間には私の血が張り巡らされて、つい先日、やっと最下層に辿り着いたというわけだ」

 

 まあ、朱族は朱族を察知できるので、天井越しや床越しにあからさまに視線を感じたときもあったのだが、どうせそこら中に朱族がいるのだから気のせいで済むだろうたぶん。

 

「いや、えぇ……」

 

 私の話を聞きながらも表情を変えなかった一行に対し、桜梅はころころと分かりやすく表情を変え、最後にはドン引きしたように硬直した。

 

「いや、あの……一行さん……。これ流血機関乗っ取られちゃってるじゃないですか……私今日でここ退職しますね……」

「さっきから思っていましたのですけれど、融和はどうした融和はですの」

「何事も生きてこそじゃないですか……。私の言う融和ってそういう意味でもあるんですけど……というか私の事を知ってるのか知ってないのかはっきりして下さいよ……」

 

 知っている部分もあるし知らない部分もある。そして忘れている部分もある。そしてそういう意味ってどういう意味だよ。

 

 と口に出す前に、一行が口を開いた。

 

「……癪だが」

「よしじゃあ設計再開ですわね! 時間がないからちゃっちゃと行きますわよ!」

「せめて最後まで言わせろ」

「えーどうせ癪だが実力を認めてやるとか、実質人質を取った脅しだから仕方がないとかそう言うんでしょ? そうやって誤魔化す。私にはお見通しですわ」

「お見通しなんですか一行さん!」

「うるさいな……」

 

 一行は露骨に不機嫌そうに腕を組んだ。髪をガシガシ掻いたので「うわばっちい!」と桜梅が言う。

 

「まあ、そうだよ。悪いか。私が断ったところで君はどうでも良いんだろう。どうせな」

「こっちもお見通しですか!」

「お見通しですわね。このままでも挽回の機会はありますし、寧ろ、このまま行く方が分かりやすくもありますわ」

 

 既に原作キャラをぶっ殺している以上、完全に正しいとは言い切れないが、それでもね。

 

 何せ、私が起こしたあれこれは、ルーマニアにはそれほど影響しないだろう。唯一大きいのが白楽楽土の介入だが、彼女は元来小心者で、何よりその異能力は直接戦闘に向いていない。漁夫の利を得られなさそうだと思えば直ちに逃げ出すだろう。

 

 そうして破綻ちゃんはヴラド・ツェペシュを殺し、レンちゃんを取り逃がす。レンちゃんは日本へと逃れ、白永くんと出会い、原作が始まる。その開始時に私が介入すれば、ルーマニアに向かうよりも余程楽に六王朱(ヴァヴ)を取れるはず。

 

「でも、折角機会があるのですから。機会が出来てしまったのですから。何かしないと後で残念に思っちゃいそうで。後は暇なのでね」

 

 待つよりも派手にやる方が楽しい。どうせこの機会を逃したら、七つに分かれた私がそれぞれこそこそとリソースを集め回るくらいしかやることがないのだ。

 

「折角なら、壮大にやってしまおう。その方が楽しくて愉快で、何だか面白そうじゃない」

 

 私は笑ってみた。「はあ」と桜梅は気のない返事をした。

 

「壮大に、ね」

 

 一行は呟いて、溜息とも苦笑とも付かない息を吐いた。

 

「結局、私が頷くだろうということを、君は知っていたんだろう。この部屋に蘇ってから、取り繕うこともなく話してきて」

「まあね」

「どうして」

「夢のある人間だから」

 

 目的と言い換えても良いだろうか。夜の路上に囲まれ、その中から進み出たあの時。散々へし折られて挫折しながら、まだ私を通して夢を叶えようとしたあの態度。

 

 原作でも同じようにレンちゃんを追い求めたのなら、その根は深く、そして常に燻っているはず。

 

「私が焚き付けてあげたのですわ。私の思い通りに。不愉快かしらん?」

「まあな」

「それで結構。よろしくってよ」

 

 私は微笑んで、そして会話に混ざれなくなって暇だったのか、棒立ちにしていた方の私の頬を突いている桜梅へ「どうです?」と言った。

 

「えっなんです……? 冷静になって見直してみれば可愛いですね貴方って」

「綺麗と言って欲しいですわね。お姉様と呼んで欲しいですわね」

「えー? いやー。流石にお姉様はちょっと……だってリリスちゃんの方がお姉様って感じですし……?」

「ああ、そのマザー・リリスに関することでちょっと頼みたいのよ」

 

「電話」と私は言って手を出した。「え? あっはい」と桜梅は言われた通りに携帯電話を取りだして私の手の上に乗せた。

 

「電話帳に登録されてある数少ないね。というか社用の携帯に家族の番号を入れているのはどうなんだ? まあ今の時代だとリスクも少ないだろうが」

「えっ、人のプライバシーをぬるっと侵害しないで下さいよ。怖いから渡しましたけど何に使うんです?」

「電話だよ。マザー・リリスに電話をかけるの。そして君からも口添えして欲しいなあ」

「はあ。何がです?」

 

 桜梅はすっかり私の言うことを聞いてくれる。一行にも「裏切り方が板に付きすぎていないか?」と疑いの目で見られる始末だった。

 

「それを言うなら一行さんもでしょうが! 私は仕方なくやっていますが、一行さんは望んで降っているんでしょう。そっちの方が裏切りでは?」

「うるさい」

「それで何でも済むと思わないで下さいよ! それともそれで済んできたんですか? これだから天才は……世の不条理を感じちゃいますよ……」

「あっ、繋がった」

 

 彼らが仲良くなっている間に、『リリスちゃん』という名前で登録されてあった番号に繋がった。

 

 電話口から『なあに?』という柔らかな声が聞こえた。『あの子達を殺した子の分析って、どうだった?』と、恐らくは私の事を言っているのだろう。しかしその声色に怒気や苦渋はない。どこまでも柔らかく平坦な、平熱な声で彼女は言っている。

 

「こんにちは」

 

 私は言った。『こんにちは』とすぐに返された。そして沈黙。ややあって声が響く。

 

『私の名前はリリス・ドラクレシュティ。よく人にはマザー・リリスと呼ばれるけれど、子供を産んだことはありませんよ』

「知っているとも」

『物知りなのね。それで、どなた?』

「縦長よこみと祀場みぞれを殺した、伊藤桜ですわ」

『あら、そう。そのような名前でしたね。それで、何の用事かしら?』

 

 私は言った。

 

「私に殺されて、貴方の中にある第四の欠片を奪わせて欲しい」

『あら、そう。嫌だと言ったら、きっと花見ちゃんを殺すのね』

「その通り」

『そう……どうしようかしら……』

 

 マザー・リリスは狼狽えもせず、ただ献立を考えるような声で、私の声を受け止めている。

 

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