TS転生したら人類の敵だった   作:生しょうゆ

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第25話 城内と車内

 

「第三が来ると言っておけば、奴らは当然疑うだろう。『まさか』って馬鹿にもするだろうさ。だけどほんのちょっぴり疑念が残る。その疑念は、破綻ちゃんの強さを目の前にしたとき、急速に膨れ上がってくれるだろう。何せ元公爵様は単に六王朱(ヴァヴ)であるというだけでなく、朱族の代表者まで気取っておられる。つまり理外の強さに対面したとき、その根源を弱々しい人間にではなく、とっても強くて格好いい六王朱(ヴァヴ)に見てくれるだろう」

 

 古城跡でロールキャベツを食しながら延暦は言った。どっから持ってきたのかは知らないが、湯気まで立っている出来たてである。

 

「私にも食べさせて下さいませ」と私は口を開いて「あーん」とまで言ってあげたのだが、延暦はゴミを見るような目を向けただけで語り続けた。

 

「だけどまあ、普通に考えて、動きが悪くなる可能性なんて滅茶苦茶低いだろうね。第三(ギメル)と言えば滅多に姿を現わさない事で有名だ。第五(へー)の方が可能性があるね。ひょっとしたら仕方なしに人間の可能性を認めて、『六王朱(ヴァヴ)も朱族も糞雑魚でございます』とか言ってくれるかもしれない」

「じゃあなんでわざわざ言ったのさ。それもブラフじゃなくて実は本当の話を」

「こういう反応を予見して実際に第三が来たとき、『嘘だと思ったかバーカバーカ!』って煽ってやろうと思ってね!」

「うーん、クズ!」

「褒めない褒めない!」

 

 延暦は笑ってロールキャベツを一口に食した。「あっつ!」とすぐに吐き出す。地面に落ちてもったいない。

 

 しかし、と私は思った。きっと彼は、私の言葉が嘘だろうと本当だろうとどっちでも良いのだろう。

 

 宣戦布告はふざけ半分で、後の半分は自信だけだ。たとえどんな事態が起ころうとも、破綻ちゃんならその尽くを踏みにじることが出来るという自信。だから彼は、きっと私を信じたのではなく、測ってやろうというのだろう。私という人間がどう動くのか。仮に私の話が本当だったとしても、それはそれで意味がある。

 

 掌の上、思考の内側。そこからあくまで抜け出すというのなら、抜け出し方を見ようというのだ。

 

「ロールキャベツみたいですわね、これ」

 

 情報量の格差という形で私達は層を成している。一番内側がヴラド・ツェペシュとレゾンデートルで、その外側に白楽楽土。更に外側に椿延暦。

 

 私が一番外にいるかは微妙なところだ。察せられているか、いないのか。白楽楽土にしても、流石は二千年を生きていることもあり、安易に騙されてくれていると思い込んではならないだろう。

 

「うん? 何が? ロールキャベツ食いたいの? だったら食べて良いよ僕って優しいなあ」

「地面に落ちたものまで食べたい訳ではありませんわ」

「そのリソースだって今のお前からしてみれば貴重なものだと思うけどね」

「そりゃそうですわ。食べさせて下さいませ」

 

「しょーがないなー」と延暦は土に汚れたロールキャベツを摘まみ、私の口に放り込んだ。土の味とはこういうものなのかという新鮮な驚きがあった。それでも更に内側のロールキャベツの味は良かった。

 

 

 

 

 

 もっとも、空の上にいる私が食べているステーキの方が美味い。

 

 しかし、これは仕方がないことだろう。何せシェフがその場で作ってくれたものだ。白楽家のプライベートジェットにはキッチンまで備え付けられており、注文すれば次から次へと作ってくれる。

 

 ステーキだけでなくロブスターの丸焼き、スズキのムニエル、舌平目を開いた中にフォアグラとキャビアとトリュフを詰めてから揚げたやつ。全て訳が分からないくらいに美味い。

 

「ですが、血には合いませんわね。というか料理に血ってペアリングとして良くないのでは。普通にワインで良いのでは」

「お主は未成年じゃろう」

「人殺しに何を言っているんだよ」

 

 殺人と未成年飲酒のどちらが重いかと言われたら殺人に決まっている。「まあ、それもそうじゃが」と楽土も軽く流し、グラスを呷った。

 

 彼女は私とは違い、ステーキとサラダだけをテーブルの上に置いている。その二皿にしても手を付けられている途中で、どうにも食が進んでいない様子だった。

 

「そのような目で見るでない。食い意地が張っとるのう。これも朱族にしてはおかしなことじゃ」

「普通は料理もワインも嗜まず、人の血肉だけが美味しく感じられると?」

「そうじゃ。儂にしても、これらを美味く感じ始めたのは千年ほど経ってから。それも美食に目覚めたわけではなく、血肉の味に飽きたからじゃ」

 

 彼女は牛肉をナイフで小さく切り分け、フォークで口に運ぶ。こんなに美味しいのに楽しんでいる様子はなかった。義務のようにグラスの中の血を飲み、咀嚼する。

 

「美味しいと良いね」

「何が?」

「ルーマニア産の六王朱(ヴァヴ)の血肉が」

「ほほ」

 

 膝の上に広げていたナプキンを手に取り、楽土は口端を拭った。もう食事は良いらしい。

 

「ルーマニアといえば蜂蜜が有名じゃの。奴の血肉は甘いかえ。それとも儂らの血肉もまた、他と同じように鉄臭いか」

「追加で下されば私がソムリエって差し上げますわよ」

「やらん。それにソムリエるとはどういう動詞じゃ。テイスティング、味見、賞味。言葉は正しく使って欲しいの」

「そういうこと言うとお婆ちゃんっぽいよお婆ちゃん。私が若者過ぎるからかしらん?」

「まあ、老いてはいるのかのう」

 

 茶化して言ったが、意外に楽土は真面目に言った。下げられる皿を横目にしつつ、私の口元を見つめて言う。

 

「健啖じゃの。お主は若く、欲望があって、だからこそ食らおうというのじゃろう。儂にはもうなくなってしまったものじゃ」

「そりゃ二千歳ってお婆ちゃんってレベルじゃないからね」

「そうとも。長く生きると、かつての情熱も不満も衰えてしまう。後に残ったのはぼんやりとした不安じゃ。形が掴めないからこそ恐ろしい」

「それでも払っていけるでしょう。ビルの地下室も人形達も、そして白楽家自体もまた楽土様の力。不安への盾と矛というわけ。全く羨ましくってよ」

「払っても切りがないじゃろ。払うこと自体に疲れてもきた。じゃから、こうして不安を形にしてみて、それを食らってやろうというのも新鮮じゃ」

 

 彼女は目を細め、私が切り分ける肉の形を見つめている。

 

「それは恐ろしくて、楽しみでもある。お主が何を考えているのか。儂は分かっているつもりでも、分かっていないのじゃろう。それで良いとも思い始めてきた。お主を見ているとな」

「ますますお婆ちゃんみたい」

「じゃのう」

 

 私はグラスを呷り、血を飲んだ。鉄の味。饐えた味。しかし根源的な部分で甘いと感じる。身体に満ち溢れる原始的な喜び。

 

「それじゃ、不躾ながら言いますがね」

「何じゃ」

「楽土様の全部を私にくれません?」

 

 彼女は口元を綻ばせた。

 

「全部とは?」

「権力から何からまで。白楽家という土台と、六王朱(ヴァヴ)という階級。まるで子供に遺産を相続させるように、私に預けて下さってよろしくってよ」

「ほほ」

 

 瞬間、私の頭は吹き飛んだ。

 

 全身の筋肉が弛緩し、ナイフとフォークを取り落とす。皿の上に頭を失った身体が倒れ、料理が赤く黄色く汚れていく。

 

「戻れ」

 

 楽土がそう呟けば、私の身体は立ち所に再生した。

 

「儂の影響下から抜け出せぬというのに、よくも言えたものじゃのう。お主は指鳴りさえ必要とせず、儂の命令を飲み込むのじゃ」

「中に六王朱(ヴァヴ)の血があれば命令はより強力に。頭の中で血が弾けましたわね」

「この血を飲み干せず、唯々諾々と従うしかないのなら、儂を食らうなど、それこそ二千年早いというものじゃ」

六王朱(ヴァヴ)の血って飲み干せるものなのかな?」

「さあ、知らん。しかし椿延暦はそれをやろうというのじゃろう。なら、お主もやってみんかい」

「手厳しいお婆ちゃんだこと」

「そうかの?」

 

 楽土は微笑み、窓辺を見つめて言う。

 

「お主はもう一つだけでなく、他にもあるではないか。小娘にしてはやりよるものよ」

 

 私はナプキンを手に取り、口を拭った。

 

 東京からアンカラを経由して、飛行機はトゥルグ・ムレシュ空港に着陸しようとしている。私達は既にトランシルバニアに、ヴラド・ツェペシュの領域内にいる。

 

 延暦は『疑うだろう』と言ったが、ここまで来れば疑うも何もない。

 

 楽土の血を僅かにも有しているためか、古城跡から遠目に見つめる私よりも、余程強い視線を感じていた。

 

 

 

 

 

「へえ、マジだったの」

 

 延暦は双眼鏡を覗き、意外そうに言った。

 

「奴さん方、めっちゃ慌てているね。お前が言ったプライベートジェットへ目を向けているよ。僕には感じられないけれど、やっぱ朱族は朱族同士、そして六王朱(ヴァヴ)なら尚更、感じ合っちゃうものなのかな」

「私はそこまで広く感じられるわけではないが、相手はトランシルバニア全域に目を向けられるらしいね。こいつは凄い」

「確か約十万平方キロメートルだったかな。日本の本州が約二十二万平方キロメートルだから、奴は東京にいながらにして青森の出来事を知れるわけだね。はー化物が」

「あっちは休憩もそこそこに真っ直ぐ来るつもりだけど、破綻ちゃんの調子はどう?」

「これっぽっちも問題ない。退屈だからはよ飛ばせってうるさいくらいだね」

 

 破綻ちゃんと世々継が待機しているコンスタンツァからここまでは約四百キロメートルと言ったところ。一方、トゥルグ・ムレシュ空港からは約二百キロといったところか。

 

 楽土は余裕を繕って車で向かい始めたので、後三時間ほどで到着するだろう。

 

「三時間で何が出来るか。逃げ出すのか迎え撃つのか。見学するのも一興だが」

 

 私もまた、延暦と同じように城内を覗いた。二体の六王朱(ヴァヴ)だけでなく、召使いや騎士であるところの朱族に赤族が慌てふためいている。

 

「しかし、驚かせてやりたいってのが正直なところだ。やってしまおうか」

「スクランブル発進ですわ?」

「予定通りのテロリズムさ」

 

 延暦は携帯電話に素早く言った。すぐに切り、車へと歩いて行く。

 

 城内のヴラド・ツェペシュはこちらへと視線を向けたが、すぐに真反対の方向へ目を向けた。

 

「三分から五分ってところと、プラスで八分か。多めに見積もって十五分後に、全部が始まるというわけ」

「身辺の護衛とかは用意していらっしゃらない?」

「伝手は色々あるが今回は呼んでないよ。邪魔にしかならないからね」

「それでも不安じゃない? いくら貴方が色々なものをふらふらと避けられるといっても、流れ弾には気を付けなきゃ!」

「なんでお前にそんな心配をされなきゃならない。……って、ああ」

 

 延暦は振り返り、意地の悪い笑みを見せた。

 

「え? 何? もしかして連れて行って貰えると思ってたの? だから必死で頼み込もうとしているの? 惨めなやつだなー!」

「私も連れて行って下さいませ!」

「素直なやつだなー」

 

 彼は笑って戻ってきた。「しょーがないなー」と私が収まる筒を抱える。

 

「まあ良いよ。面白いものを持ってきてくれたしね」

「ありがとうございますわ!」

「お前がなにを企んでいるのかも興味があるしね」

「何も企んでいませんわ!」

「嘘を吐け。お前が第三を持ってきたのなら、それを殺す用意があるってことだろう」

 

 頭上に延暦は囁いた。それはかなり買い被りすぎている発言だが、今は言わないことにしよう。

 

 疑ってくれればくれるほど、飛び道具は効くものだろう。ましてや、それが単なる偶然任せの思い付き、成功しようが失敗しようがどうでも良いものならば。

 

「身体が戻ったらおっぱい揉ませてあげても良いですわ」

「やる気出てきたねー!」

 

 私達は互いに笑いながら、車に乗り込み、城へと向かっていく。

 

 

 

 

 

「慌てておるのう」と、車の中で楽土が笑う。

 

「遠くからでもよく分かる。数は精々三十か。儂からしてみれば少なすぎる位だが、少数精鋭かのう。もっとも、儂には敵いやしないがの」

「へえ、流石は楽土様。私には全然分かりませんわ」

「まあ、これは特権の応用というものじゃ。命令を下せると同時に、下せる対象の位置も把握できる。癪だが、奴の範囲は儂より広いようじゃ。儂は精々が東京都全域を覆える程度じゃからのう」

「それは広いね。一気にインフレしてきたような気がするね」

 

 窓際から望むトランシルバニアの景観は穏やかなものだった。ぽつぽつと人家が置かれながらも大部分を緑が占め、遠くには山と青空が見える。赤茶けた屋根とクリーム色の壁が異国情緒を感じさせるも、全体としては日本の田舎道に似通った印象を受けた。

 

 運転手は、これは目も口も塞がれてはいないが、脳は同じく縛られているのだろう。空港に迎えに来てから一言も発さない。思えば、私が白楽家に輸出されてから会話したのは、楽土以外には研究員の人と二言三言、そしてジェット機の中のシェフさんだけではないだろうか。私の存在と今回の計画に関しては極秘のものと決められたらしく、こちら側の戦力は楽土一人である。

 

 そんなもので良いのかと思っていたのだが、楽土は見透かしたように「なあに」と隣り合った後部座席で笑う。

 

「お主のそれは杞憂ですらないわ。儂らに敵うものは儂らに限られよう。だからこそ、かの椿延暦の用意したものがどれほどか。見定めてやろうとも」

「そういや楽土様も椿延暦をご存じだったんね。そんなに有名だったりするんで?」

 

 私が彼の名前を知っているのは原作に出てきたためであるが、これが界隈的にどうかと聞かれれば、その界隈に属していないので分からない。一応は原作でも、色々とふざけた事件を起こして四方八方に迷惑を振りまいていたようだが、その最も大きな功績は今から行われる事件にある。

 

 人類史上、初めて六王朱(ヴァヴ)を殺した者。六王朱(ヴァヴ)を手中にした者。人間を六王朱(ヴァヴ)にした者。

 

 表社会にも名前が残っている通り、かつては天才科学者として名を馳せていたようだが、そこから今に至るまでのことは、実はよく知らない。

 

「あやつはのう、元はと言えば、儂の下にいたのじゃ」

「あら、そうだったの? 人臓院から白楽家へ。意外ね」

「しかし、奴からしてみれば、数多ある内の一つに過ぎなかったのじゃろう」

「どういうこと?」

「神出鬼没は今も昔も変わらぬという事よ。表向きの名と同じように、方々で同じように籍を置いては技術を盗み見ていったのじゃ」

「意外とこっすいことするものねー」

 

 同時に言ってみると、「そうかのう」と『そうじゃない』と返ってきた。疑問と回答。共に緩やかな笑みを浮かべている。

 

「あやつにとっては、考えがたいことではあるが、儂の技術などどうでも良かったのではないか。かつて、あやつは真面目な男ではあった。それこそ、迷惑千万の異名が信じられぬほどに、哲人染みた雰囲気を醸していたものよ」

『僕がやっていたのは窃盗ではなく探し物だった。或いは確認と呼ぶべきか。歩き回って探し求めてはその度に失望していった』

「あやつは儂に示唆を残していった。このままで良いものかと。この程度の性能で、儂は本当に安心できるのか。お主と同じように、あやつも儂の不安の種なのじゃ」

『僕の頭の中にあったものが、僕の頭の中にしかないという確認だ。僕がやらなければ誰もやれないという、どうしようもなさの確認だった』

「あやつは儂に、神は存在すると言った。儂はそう思わん。思わんが、しかし、恐ろしくはあった」

『神は存在する。存在してしまうんだ。だから僕はこうするしかなかった』

 

 延暦は空を指差した。私は空を見上げた。そして城内の第四と第六、朱族達も空を見上げ、楽土もまた空を見上げた。

 

 音速を超えて、青空を突き破りながら、第四の領域内に入ったものがある。鈍色の機体。原作での便利屋筆頭、運転のプロである世々継が駆る戦闘機の形が見えた。

 

「これだから、不安で仕方がない」と楽土は言った。「そして、不安は的中して、儂は一手遅れてしまった」

 

 戦闘機からパラシュートも付けず、真っ直ぐに落下した人の形。それは城壁に仕掛けられた異能的防御すらも物理的に突破して、一直線に城を劈いた。

 

「それじゃ、破綻ちゃん」と延暦は言った。「遊びはなく、全て殺し尽くしてしまおう」

 

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