TS転生したら人類の敵だった   作:生しょうゆ

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第27話 一と半分

 

 

「たった今、第二をここに呼び寄せた」

 

 いち早く流血機関の加工室を抜け出して、香港からインドへ、そしてルーマニアのコンスタンツァへ向かう道すがら、数千のリソースを内包した私の血液は、海底に沈む第二への撒き餌としてぶちまけられ、その巨体をゆっくりと呼び起こしていく。

 

 その手助けをするのが、これまた流血機関の加工室から抜け出した私だ。時間がなかったのでこれに殆どリソースはないが、それがために却って身軽になれるだろう。身軽に私を餌として振りまき、第二をコンスタンツァの港へと、数十万人を生贄とするために引き寄せることが出来るだろう。

 

「そう上手く行くかのう。やはり重くて、起き上がれぬようではないか」

 

 楽土は笑って言った。見えているのか。「範囲は精々が東京都全域ではなかったので?」嘘だったか。どうでも良いが。良くないだろう? そうだった。しかし楽土は私の内心を他所に「嘘ではない」とあくまで言う。

 

「ただ、それは朱族と赤族以外の話じゃ。儂が特権として支配下に置くそれらに限れば、国一つは容易いものよ」

「流石は偏在の特権者。或いはそれ以上かしらん? たとえば私は後何個あるでしょう」

「数えて七つ。この国に四つと、日本に三つじゃ」

「もしかしたら海そのものが私になるかも」

「なっとらんということはなれんのじゃろ」

「正解ですわ」

 

 これは私であるという意識が必要なのだろうか? 私は手を叩こうとしたが手がないので出来なかった。代わりに「チッ」と舌打ちをくれてあげる。ちょっとは悔しがって見えただろうか?

 

「じゃが、分からんのう」と楽土は惚けたように首を傾げる。

 

「第二の図体では陸には上がれぬことを、お主も分かっていただろうに、他に何を企んでおる?」

「いいえ、他に何も。こればっかしのやけっぱちですわ」

「嘘を吐け。儂はもう何もせんぞ。何もせずともこの小娘を屠ることが出来るからのう」

「嘘じゃないさ。この国は見るも無惨に滅ぶだろう。私の手引きによって滅びますのよ」

 

 私は笑って言った。楽土もまた笑っていた。だから私は視線を切って言い放った。

 

「分かったかい、レゾンデートルちゃん」

「んあ……?」

 

 楽土は話の矛先が変わったのを訝しく思ったのか眉間に皺を寄せた。対してレンちゃんはびくりと肩を震わせて、ずっと何も見ないように瞑っていた瞳を開き、私を見つめた。

 

 そして、折良く決着が付きそうだった。べらべらくっちゃべっていたものだから、破綻ちゃんがヴラドの動きを読み切って、その巨体を地面に落としたのだ。レンちゃんの顔色は酷い有様になって、その視線は留まることがない。だから私は「私が滅ぼしてやろう」と言ってやった。

 

 視線が留まる。数多の感情が渦巻いた、行き場のない視線が私を捉えて静止した。

 

「それでも君は何も出来ないだろう。何せ君は単なる存在でしかないからね。六王朱(ヴァヴ)であるというだけに君の存在価値がある。でも、その価値は一体誰にとっての価値なんだろうね? まさか君にとっての価値じゃあるまい。寧ろ君は嫌っていたんじゃないのか? 自分が特別であるという事に」

「……あなた、なに」

「陳腐な質問じゃないか。それを言うなら君は何なんだ。君はどうしてここにいるんだ。第四が君の居場所を作ってくれたのか? だとしたらその居場所も価値ももうすぐなくなるだろう。私の手によって、君を守ってくれた人の誇りも何もかも消え失せる。どうだい?」

「……なにが」

「君は頭だけの私も殺せないのか。殺す気もないのか。そうだろうね、君にとって、第四が言う誇りなんてどうでも良いんだろう。ふふふ」

 

 かなり悪辣に責めてみたが、言動とは裏腹に私は割と必死だった。流石に楽土は察しが良かったので、当初の案が上手く行かなさそうだったのだ。第三特権。偏在という名の瞬間移動を私に向けて使用させ、それを利用して全ての私をこの場に集めるという案は。

 

 私の中の第三の血にしても、流石に髪の毛ほどの量では、自由自在には瞬間移動できない。だからこそ、楽土を挑発して体よく利用しようと思ったのだが、流石に浅はかだったか。

 

 だが、丁度良いところに代替案があった。レンちゃんは「誇り」と確かに呟いた。それが今後、心の奥深くを貫いて、却って心の支えとなってしまうことも私は知っていた。トラウマはアイデンティティに、懺悔は行動に変わるだろう。

 

「おっと」と、延暦も察したのか、私を放り投げたのも良かった。「そうかッ」と私の意図を察して、楽土が腕を伸ばしたためである。

 

「だけど残念、この私は朱族じゃない」

 

 絶対的な命令権は、人間であるこの肉体には通じない。だから特権を使う必要があった。「『第三特権(ギメル)──!』」しかしそれは副産物だろう。偏在とは自らを起点とした能力で、他者を瞬間移動させるのは二次的な能力でしかない。

 

 だからこそ、本来ならば押し合うであろう特権同士の鬩ぎ合いは、辛うじてでも先んじて成立する。寧ろ、あらゆるものに先んじて成立するのが最後の特権の役目ならば、この様な論理的優劣がある状況では。

 

「うるさい、うるさい! 私はあなたを──『第六特権・私の答え(ヴァヴ・レゾンデートル)』!」

 

 掌に形成された血の槍は、全くなっていない投げ方で私の元に帰来する。そう、私の元に帰来する。能力によって因果は固定される。私というのはこの場に在る私だけではない。七つある私全てを一つの槍に纏めて貫くために、因果は逆説的に、この場に全ての私があるという事に固定される。

 

 瞬間、一つの私が死んだ。人間の私は血の槍に貫かれて消え去った。しかし血の槍は尚も空中に舞い、更に一人の私を殺そうとする。だが「受け止められるようなそうではないような!」

 

 瓦礫の中に土埃が舞う。「なに」と呻き声でヴラドが言った。

 

「それは、リリスの……!」

 

 血の槍をギリギリで押し留めながら、いや、やっぱ押し負けて一人をぶっ殺してしまったあと、何とかまた捕まえて「そうだとも」と私は言った。あんまり格好が付かない。

 

 それでも、この場に私は、さっき死んだ二つ私を除き、五つの姿としてある。

 

 そして、レッドドラゴンが動き出す。

 

 六十六の人体を繋ぎ合わせ、三十三の朱族の血を全身に巡らせた怪物を、レンちゃんは唖然とした顔で見上げていた。「きっしょ」と延暦が素直な感想を言ってくる。「止まれ!」と言ったのは、レンちゃんとヴラド、そして楽土の三人共に同時だった。

 

「だけど、止まるものかよ」

 

 竜に比肩する巨体は、事前に入力された命令の通りに動いた。それはレンちゃんを殺す、のではなく──。

 

「お主、まさかッ」

「さて何でしょうか!」

 

 丸太のような指先は、因果固定の槍を肉体強化で抱えていた第四の血を含む私と、もう一人、楽土と共に行動していた第三の血を含む私を掴みあげ、黒海へ向けてぶん投げた。

 

「『第三特権(ギメル)──!』」とまたしても楽土は特権を使おうとするが、その前にレッドドラゴンは動いてくれる。彼女の性格を私は知っていた。仮に自分の目の前に危機が迫っているとしたら、何を措いても身の安全を図るという性格。それに加えて動揺を一つ。

 

「どうして命令が効かぬ! そのお主は朱族じゃろうが!」と。

 

「いや、朱族ではないね。だけど人間でもない」

「あら、流石に分かります?」

「弟子の作品だろ。これまた不格好な、実に不満げな作品だね」

 

 残された二つの私は、流石に六王朱(ヴァヴ)に止まれと言われてしまっては動けないので、その場に棒立ちになって状況を見つめていた。「しかし、上手くやったもんだね」と珍しく延暦は褒めてくる。

 

六王朱(ヴァヴ)には朱族も赤族も敵わない。絶対的な命令権があるから。そして人間も敵わない。純粋にスペックが足りないから。なら、六王朱(ヴァヴ)には六王朱(ヴァヴ)をぶつけてしまえということか。つまり君は、最初からここを見ていなかったんだ。あの汚らしい色目だって、道具の一つでしかないと」

「それこそ破綻ちゃんのようなスペックがあれば良かったのだけれどね? だけど私にはないから、あるものを使うしかなかった」

「奪った癖に」

「そりゃ、零から生み出した貴方には負けるさ」

 

 一分は経たなかった。何せ、レンちゃんの能力が手伝ってくれた。第四の血を含んだ私が、進行方向上に槍を受け止め続ける限り、それは際限なく加速していく。同時により威力を増すために、第四特権を真似して、麗しき女学生の肉体を肉色の円錐形へと変化させていく。

 

 その二段重ねの槍は、海上に浮かび上がろうとしていた第二へと突き刺さった。吹き飛んだ。水柱と共に第二の身体に大穴が空く。第四を含んだ私が死に、第六の槍もまた砕け散る。そして。

 

「そして第三の血を核にして、吹き飛んだ第二の血を私という形に形成しますのよ」

「人間の発想じゃないでしょ、それ」

「そうかしらん? 何せ、出来ましたもの」

 

 初めに三百万。直ちに命令権を発動させる。五百万。一千万。三千万。私は私だ。海上に散らばる血の全てが私である。意思のないものは私に集え。意思があろうとも私に塗り潰そう。

 

 しかし「おええ」と、流石に急にはキツかったか。膨らみ続ける肉体は、私の意思を無視して暴れ回ろうとしている。

 

 懐かしい感覚だった。

 

「五千万、丁度半分」

 

 海上に私は呟き、「ギリギリで、これですわね」と、遠くに目をやった。

 

 残りの五千万。第二の二分の一は身軽になって、港町を食い散らかし始めている。見るも無惨であった。「プラス三十万」と私は呟いて笑った。それが端数になってしまう恐ろしさ。気持ち悪さ。人の悲鳴は耳に悪いのかもしれない。私は何をしているのだろう。何のために? 人の生き死にを数字にして。

 

「っと、ダウナーにならない! がんばれ私! レンちゃんもそう思うでしょ?」

 

 笑みを繕って私は言った。もっとも、彼女には見えていないだろう。レッドドラゴンの中にある私は全く動けずにいる。口だけは達者なものだが、これは命令が随分とアバウトだからだろう。そして彼女は続けての命令が下せないでいる。振るわれる拳と、その拳の醜さに怯えてしまって、段々と、しかし着実に、その身を削らされている。

 

「どうしてっ」と彼女は言った。「何が?」と聞いてみる。「どうしてこんなに人を殺すの!?」やっぱり六王朱(ヴァヴ)だから鼻が良いのだろうか。かなり遠いだろうにもう気が付いている。

 

「意味が分からない。理由がない! だって、あなただけ。どうでも良さそうに! あなたは、何がしたいの!」

「知らん」

 

 そう言って右腕を取った。しかし本当に何がしたいのだろう。何がしたくて原作のヒロインちゃんを利用なんかしているのか。そもそもいくら私と言えども、こうもぽんぽんと悪辣な言葉が出てきたのは驚きだった。「何がしたいの」問われた言葉を繰り返してみた。左腕を取ったレッドドラゴンの指先は依然変わりなく駆動しているというのに私自体は動かない。彼女へ向けた鋭利な言葉を思い起こす。存在の意味と居場所の意味。人生の意味と人生が終わる意味。レンちゃんはそれを与えられようとしていたけれど、その六王朱(ヴァヴ)という価値にしてもやっぱり不本意に与えられたものでしかなくて、彼女にとっては今ここに在る自分という存在そのものが苦痛の象徴だと思えばどうだろう。

 

 よこみちゃんの事を不意に思い起こす。格は違えども同じような悩みじゃないか。無理矢理そんな存在にさせられて、求めてもいない立場を押し付けられる。だからその生き様は最後を除いて中途半端だったのだ。自分の人生を生きていなかった。人生に意味はなく、だから死ぬことにも意味はない。「そうだろうか?」少なくともレンちゃんに限っては違うだろう。何せ私は知っている。彼女がこれから運命の人を見つけて、ようやく人生の意味というものを見つけ出して、そのために死ぬことを忌避するようになるまでの物語を私は確かに知っている。その意味のある生を否定するにたるだけの私の意味とはなんだろう。そんなものはない。そんなものはなくても良いとよこみちゃんに向けて言ったのが私ではなかったのか。

 

 なるほど勝手な思い込みだったと私は得心した。私はもしかしたら否定して欲しかったのかもしれない。原作というこの世界に絶対的に置かれた物語の代表者として、レンちゃんには私の身勝手な意味を否定するだけの意味であって欲しかったのかもしれない。だから悪辣な言葉は風のようなものだった。ふうふうと吹いてそこに燃え上がってしまっても良かった。それでこの身が焼け爛れるのも結果の一つでしかないだろう。しかしレンちゃんは私が知っていた通り、この時期は意味も理由も何もなくて、だから私の期待はがっかりに終わってしまった。がっかりだ。がっかりなんだ。その殺意が自分自身の目的のためではなく、そしてヴラドのためでもなく、ただ自分の無意味さを否定する為だけに生まれたものだとしたら、それは劣化した私だろう。

 

 そうだろうか? 私は私の仲間を増やしたいだけじゃないのか。桜梅は人間の人生を無意味と語った。滑稽だとも言った。しかしその滑稽さを認めた上で無意味の中に意味を見出すことこそが人間らしい振る舞いだとも言った。どうして彼女は子供を産んだのだろう。愛した人がいると彼女は言った。愛情は人生の陳腐さを打破しないのだろうか。根本的な陳腐さを? 食事と睡眠と排泄とセックスを軛として私達は同列に陳腐にあるらしい。そうだろうか? 「どうやらそうらしい」と海の上に私は呟いた。「半分、六王朱(ヴァヴ)になったけれど、やっぱり私は私でしかない」その身体にはもう三大欲求も必要ないけれど、それでも精神的には私だから美味しい物を食べたいし寝ようと思えば寝たいしセックスだってするだろう。排泄はばっちいからしないと思う。この選択にこそ精神の陳腐さが表われているとは思えないか。人間を超えて人外すらも超えたというのに私は人間の時と同じように出来るのならば別に排泄なんてしなくて良いと思っている。それと同列の陳腐さをレンちゃんは果たして打破できたのだろうか。そんな生活に密接した陳腐さとはかけ離れた、キャラクターそのものの人間。夢を持って熱意があってその熱に狂っていた多くの人達を私は思ったが、彼らだってこの現実と化した世界ではどうせ同じように食事睡眠排泄セックスをしていたのだから根本的な所では私と同じでしかない。ならば私の生を否定するに足るだけの理由などこの世には存在しないだろう。だってみんな生きている! 私と一緒で一生懸命必死になって生きているのだからどうして私を否定できるだろうか。

 

 レンちゃんだってそうなの? あの原作の挿絵に見た顔も一瞬を切り取ったものでしかなくて、現実と化したこの世界には私と同じようにつまらなくあるというのか。そもそも人生の一瞬を切り取ってその人そのものと語ることが間違っているのかもしれない。まさしく人生という無意味に意味を見出し続けて、その意味を見出そうという行為そのものが何時しか人生に意味を与えるというのなら。悟りを求める行為が悟りそのものとは別に尊いように、私が求めるべきものは蓄積にこそあって、手を伸ばして得られるものではないのかもしれない。そうだろう。そうだ! 私の人生の意味は私の人生の後に作られるものだろう! だとすればその後道を振り返って何を見ようか。私はあまりに殺しすぎたんじゃないのか。そうだろうか? 脳裏さんは殺すべき人だっただろう。私を殺しにきたのだから当然だ。よこみちゃんもみぞれちゃんも鉄骨も時雨にしたってそうだろう。山道で立ち向かってきた真削の三人と傭兵の三人もまた同じく。警察官達はどうだろう。家族は? 私が家族と思っていた父母弟妹は死んで当然の人間だっただろうか。そんなわけがない! 敢えて熱っぽくそう言ってみる。だとしても後悔はなかった。私の身体は朱族になって、だから人間を殺した。それは法則のようなものだと私は捉えているのだろうか。原作通りだから仕方がないと? そんなに薄情なのだろうか。いずれにしても、それらは私の理由になってはくれない。後悔もないし懺悔もないし私はただ生きている。なんだいこれは堂々巡りじゃないか。私の人生が無意味だからこそ後に残るものも無意味でしかない。行為に理由を問われて答えられないのなら、それはやっていないのと同じようなものじゃないか。

 

「だから聞きたい。君は何がしたくて私を殺す」

「っ……! 『第六特権・私の答え(ヴァヴ・レゾンデートル)』!」

 

 因果を逆転して血の槍が向かって来る。私はこの槍に死ぬだろう。それでも私は在り続ける。レッドドラゴンの中にいた私の肉体が機能停止しても、レッドドラゴンそのものは生き続けて、その人間と人外の中途半端な身体にレンちゃんの頭を潰した。私がどうなろうとも、一行の作品は、確かに命令を果たしてくれた。

 

 これで終わった。原作は終わってしまった。たかが頭を潰されただけではすぐに再生するだろうが、その際の命令に関しても完璧に遂行してくれて、レッドドラゴンは動けずにいる私を纏めて持ち上げて、その一人分の血溜まりの中へと押し潰した。潰れて混ざり合った肉塊の中で二つの喉が血を飲み干していく。その二つの私に槍が刺さる。しかし私は血を飲んでいる。命令するものとされるものとの関係を喉の動きに形成させていく。死ぬ前に私が形成できるか、それとも形成できる前に死んでしまうか。

 

「やめろッ!」

「はい、こっちはこっちで」

「ッが、ああ」

 

 竜が倒れる。竜が血を流す。趨勢は決したようだった。妙な静けさが場を満たした。私と破綻ちゃんは共に血を浴びて、延暦はニヤニヤと笑いながら、楽土は引き攣った笑い顔で、私達を見つめている。先に立ち上がったのはどちらだっただろうか。「おのれ」という、楽土の恨めしげな声が聞こえた。

 

「おのれ……折角、儂のものになるはずだったというのに……。こんな好機など、同じだけの時を待とうとも、やって来るかどうかじゃったのにのう……」

「それはそれは、とても残念でしたわね、楽土様」

「そうだね。でも、私達だって好機だと思う」

 

 私達は殆ど同時に相手の顔を見つめたようだった。その顔に血液はなく、足下にもなかった。どちらも全て飲み干せていた。それでも、先に口を開いたのは破綻ちゃんの方だった。

 

「ねえ、延暦」

「なんだい破綻ちゃん」

「全部殺すんだよね?」

「撤退も考慮の内かな、この状況だと」

「私が時間かかっちゃったから?」

「まあね。それに、時間制限もあるでしょ」

 

 延暦は遥か遠方を見つめ、半笑いで言う。

 

「伊藤桜がやらかしてくれたものだから、きっともうすぐ第二が来るだろう。世々継がさっき言ったんだけど、波に呑まれているらしいね。なんだい、あれだけ準備して失敗したのかい?」

「ううん、半分は上手く出来たみたい。もう半分がこっちに来ている」

「それはそれは……じゃあ、撤退しつつその半分を回収するという方向で……」

「伊藤桜と第三が邪魔だよね」

 

 破綻ちゃんは静かに距離を詰めてきた。「どうしたの?」と延暦が、少し心配そうに言う。「珍しいね。意欲があるんだ」破綻ちゃんが軽く頷く。「ちょっと、悔しいから」と彼女は言った。

 

「上手くやられた。上手くやろうとして、やられちゃったんでしょ。だから、悔しいの」

「そっか。なるほどね」

「良い?」

「嬉しい」

「ありがとう」

 

 延暦は微笑んで「好きにやると良い」と言った。そして私達に目を向ける。

 

「そしてなるべくなら、僕の娘の成果として、見事に滅ぼされてくれると助かる。寧ろ、滅ぼされなければおかしいね。破綻ちゃんが成長したのなら、君達が、たとえ六王朱(ヴァヴ)で、一方は年を重ねていて、一方は訳の分からない化物だろうと、今この場で滅びなければおかしいだろう」

 

 楽土はその、狂気を孕んだ目に気圧されるように後退って、一瞬、確かめるように自らの掌を見つめたが、その恐らくは恐怖を寧ろ悔しく思うように握り締めて、顔を上げて言った。

 

「言うのう。六王朱(ヴァヴ)として生まれて一年にも、一月にも、一日にも一時間にも一分にも満たぬ新参者が、儂とまともに戦えると思いてか。特権の使い方も知らぬ癖にのう」

「ちょっと雑魚っぽいですわよ楽土様。こういう時はもっと大物面しないと底が知れてしまいますわよ」

「だまっとれ! お主は本当にもうああもう……」

「可愛いですわねー!」

「こ、殺す……」

 

 急にブチ切れて殺意を向けてきた楽土であったが、破綻ちゃんもまた「うん」と呟いて目を向けてくる。そして「殺そう」と、確かめるように指を鳴らした。

 

「うん、分かる、分かる。私は分かる。それが何でどういうものか」

 

 彼女は歩を進め、腕を伸ばした。

 

「竜じゃなくて、私は、うん」

 

 その呟きに、「まさか」と楽土が笑みを潜めた。何がまさかだ? 「いえいえ」と私は言ってみる。私は知っていたはずだろう。寧ろ、ヴラド・ツェペシュの方が知らなかったはずだ。だから、楽土も覚悟を決めたようだった。私はどうだろうか。「仕方ないですわねー」と笑ってみた。なら良いんじゃないのか。「どうせ全員殺すんだから」そう言ってやる。意味などなく。

 

 それでも、破綻ちゃんの言葉は意外だった。意味を見出したのか。僅かにでも、このキャラクターそのものに見える少女が意味を持った。私を見つめて。私を見て? 私を見ている。私という存在に意味を見出した。私はそこに何も見出せないが、この比較はどういうことだろう。

 

「まあ、結局のところ、どうでも良いのかもしれない」

 

 私達は、互いに互いを見合わせて、互いを殺すためにこう言った。

 

「『第四特権・私は破綻(だいよんとっけん・わたしはわたし)』──!」

「『第三特権・彷徨うもの(ギメル・カルタフィルス)』ッ!」

 

 どちらの名前も知っている。知っていた。だが私のこれは、私自身も知らなかった。

 

 それでも、胸内から溢れ出た言葉がこれだとしたら、私の正体とはこれなのだろう。

 

「『第六特権・あり得ざる答え(ヴァヴ・レゾンデートル・エクストラ)』」

 

 それは因果を固定するものではなく、因果を不定にするものである。

 

 

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