「そういやお主、第二は後どれくらいで着くのじゃ」
「えー? あと十分くらい? あっ、横に広がり始めたからもっとかかるかも」
地上に這い上がった第二は、こちらへ真っ直ぐ向かうことなく、まずはリソースの確保に努めた。波を伴って血と肉と骨が吹き荒れ、家屋は見る見るうちに倒壊していく。その様子は虐殺を楽しんでいるようでもあった。朱族にとって人間の血が最上の味と感じられるのならば、きっとその食事は、世界大戦以来の食事という以上に楽しいのだろう。
「そういや、そっちのお前はどうなっているのさ。第二の半分」と延暦は思いだしたように言った。私は笑って首を振る。
「食べ過ぎて動けなくなっている感じですわね。吐きそうですらありますわ」
「私、アイス食べたくなってきた」
「えっ、そんな事言われても……コンビニもスーパーも遠いよ破綻ちゃん……ここド田舎だから……」
「第四の奴も近くにコンビニくらい誘致しておれば良かったのじゃがのう」
そんな風に会話する間も、殴り合ったり権能をぶつけ合ったりしているのだが、如何せん決着が付きづらい。一応、楽土は私が能力を使わないと破綻ちゃんにボコボコにされて吹っ飛ぶのだが、偏在の能力もちゃんと機能しているのか、「なんで使わんのじゃ!」とタフに復活して殴ってくる。
その拳を避けたりして、そして権能の押し合いに負けて殴られることもあって、私達は曖昧な均衡を続けている。私は呆れてしまった。この雰囲気は一体どういうことだろう。
「えーこうもっとドラマチックにやりましょうよですわよー。たとえば楽土様が逃げずに戦う意味とか、そういうのをドラマチックに吐露して死んでいけば良いじゃないですわよのー」
「めっちゃ失礼なこと言ってくるのうお主。そんなんお主だけが求めていることじゃろうが」
「でも、こんなUNOでもやっているような雰囲気じゃ、死んでいったヴラドとレンちゃんが浮かばれませんわよ。そういや天国とか地獄とかあるのかしら」
「ないんじゃない? 幽霊とかいないし。いるのは世界をこんな風に作った神様だけだと僕は思うね」
「神もまたおらんじゃろ。儂らがこうなのは偶然なだけじゃ」
「偶然というには必然すぎると思うけどねえお婆ちゃん」
「どうでも良いからドラマチックにやりましょうよですわよー」
「まずは貴方がやれば良いと思う。私もその後で頑張ってみるから」
「えーじゃー……この、ええと。あっ、そうだ。一行の仇ですわ椿延暦!」
「お前の恨みですらないのかい」
しかし、そう言って投げた血の槍は破綻ちゃんに叩かれて終わった。「じゃあ今度は楽土様ですわ!」と矛先を変えてみる。「あいつの仇ってこれだけなの?」と延暦が言ってくるが、私からしてみれば実際そんなものである。
「なんじゃ。儂は結構よくしてやった気がするがの。寧ろ裏切ったことにムカつくほどじゃが」
「もっと美味しい物を食べさせて欲しかった」
「なんじゃそれ」
言いながら連続して血の槍を投げると、あり得ない話だが偏在を突き抜けてまともに当たったようだった。「ぐげっ」と変な声を発して、楽土はこちらに殴りかかってくる。
その腕に槍を振るってみれば、これまたあり得ない話だけれども、モロに当たって腕が千切れたので、私はすかさずその腕を取り込んだ。
そこで気が付く。
「あれ、これってもしかして殺せちゃいますわ?」
「えぇ……儂、二千年も生きたのに、こんな風に死ぬのじゃ……?」
「語尾が段々と適当になってません?」
「元々、威厳を付けるためにやっとったのが口癖になっただけじゃし」
くるくると、バトンのように槍を振れば、楽土は確かに権能を発動しているだろうに何故か当たりまくる。「これ踏み込んだ方が良いの?」とか破綻ちゃんは言っているが、「さあ……?」と延暦もすっかり居間の心境になってしまっていて、積極的に動こうとしない。
「なのでまあ、そろそろ殺しますねー」
「そんな整体で足を曲げるときのように言うでない」
「整体行ってますのですわ?」
「実際にはそうでもないが、心労として肩こりを感じてのう」
「かわいそ。遺言は?」
「あっ、なんで戦おうとしたのかというと、二つも入れ替わったのなら、儂なんかもう付いていけないだろうと思ったからじゃ」
「お婆ちゃんねー」
「なんじゃ早う殺せ。恥ずかしいから最後まで隠そうとしたのじゃぞ。それでも勝てればめっけもんじゃし、負けてもあの娘とお主ならば諦めも付く」
「破綻ちゃんは分かるけど、私も?」
「寧ろお主こそじゃろう。意味不明で訳が分からなくて、儂ら以上に化物らしい」
私は腕を止めた。四肢をもがれた楽土に言う。
「それってキャラクター的な?」
「キャラクター? まあ、漫画やらアニメやら。そんなところから出てきたと思う方がもっともらしいがの」
「寧ろ、この世界こそが創作物で、私こそ、現実世界から物語の中に入った一般人だとしたらどうかしら」
「お主のような一般人がいるか。そこでババ抜き始めている親子より、よっぽど理解できんのがお主じゃ」
「そうそう。僕はちゃんと理由あってのこんな感じだし、破綻ちゃんも、ちゃんと目的意識を見つけてきているしね」
「私はまだまだだと思う。あっ、ババだった。権能使って目線分かっているのに何で?」
「それを分かろうとしているから僕はここにいるんだよ、破綻ちゃん」
延暦は微笑んで言う。私に目を向ける。
「だけど伊藤桜、お前には理由なんかないね。理由がなくともここまで来られる。それって異常すぎるほどの異常だね」
「それはこの世界が創作物で、私はその知識を活用していたからですわ」
「だとしても、出来るかどうかは別じゃろう。寧ろ、普通は尻込みするのではないかえ? お主が本当に一般人だとしたら、人の外側にある世界に、怯えて縮こまるのが筋というものではないかえ」
「そりゃ、私がそれを確信したのは、家族を殺した後でしたもの」
「殺した後悔とかあっても良いじゃろ。それともキャラクターでしかなかったのか?」
「まさか。私はちゃーんと家族を愛していましたわよ」
「家族の名前は?」
私は笑ってみた。楽土は不思議そうに私を見つめている。
「どうした。愛していたというのなら、ほんの数ヶ月前のことじゃ。覚えていても良いじゃろう」
「伊藤ですわね。伊藤」
「覚えておらんのか。よくもまあ、それで愛していたなどと言えたのう」
「愛していたよ。どころか、私は愛に溢れていたさ。お姉様と呼ばれるほどにはね」
「そのお姉様呼ばわりした者共の名前は?」
「なんだっけなー」
「お前ってサイコパスなんじゃない? 普通に考えてさ。破綻ちゃんに近付けたくない人種って感じ」
「そうかもと言いたいところだけど、私って別に人と違わないからなあ」
「十分人と違っておるわ。他人という意味ではなく、人外という意味でのう」
「人外に人外と言われるのって誉れかしらん?」
「少なくとも儂は悪口として言ったぞ」
「ひっどーい」
首に噛み付いてその血を吸った。楽土は抵抗しなかった。「五七五で言おうと思ったが思い付かんかったわ」とだけ言って、その身体を朽ちさせていく。
「それで話に付き合ってたわけ?」
私は何だか馬鹿馬鹿しくなってしまった。長々と話したけれど、その結末はやっぱりドラマチックではなくて、まるでこたつから立ち上がってしまっただけのように楽土は消えていく。
「二千年の思い出とか、二千年の恨み言とかは?」
「あるにはあるのじゃが、馬鹿馬鹿しくなってしもうた。こんな時に叫んでも、つまらぬじゃろ」
「それって自分の人生がつまらなかったと言っているようなものですわよ」
「そうじゃ。儂の人生はつまらなかった。これなら二千年も生きる意味などなかった」
「センチメンタルね」
「自分がそのように変えたとは思わんのか?」
「そう言ったら満足? 私のお陰で、最期に人生観が変わったって」
楽土は、既に乾いた唇の、その端だけを僅かに持ち上げて言った。
「どうじゃろ。知らんわ、そんなの」
そうして第三は私の中に取り込まれ、元の保持者は影も形もなく消え失せた。
「どうするよ」
ぱっと手を広げて延暦が言った。一方、破綻ちゃんの手元には一枚だけカードが残っている。どうやらババ抜きには負けてしまったらしい。
「どうするって?」と私は聞き返してみる。
しかし、「これは僕が言うべきセリフじゃないと思うんだけれどなあ」と延暦は困ったような顔を浮かべた。
「だって、第六に加えて第三。そして海の上には第二の半分。いくら破綻ちゃんが可愛くても、流石に分が悪すぎる。この状況をどうするか決めるのはお前の方だと思うんだけれど」
「確かに私は可愛いけれど、大丈夫。勝ってみせるから」
「そんなわけで、こっちはやり合いつつ、コンスタンツァの半分を求めても良いし、逃げたって良い。だけどお前はどうするつもりなのさ」
「はあ。そもそも、どうしてそんな事を聞いてくるというか、分が悪くなる前に楽土様に手を出せば良かったんじゃありません?」
「それはそう。ババ抜きなんて始めたから」
「だってそういう空気じゃなかったじゃん。僕が途中で破綻ちゃんに命令したら、僕がこっすい奴だと思われるだろうし、何より破綻ちゃんには自主的に動いて欲しかったんだよね」
「責任の押し付け」
「親心と言って欲しい!」
瓦礫の上ではもうすっかり静かで穏やかな空気が流れてしまっている。だが、それを裏切ってみても良いだろう。何時ものように、今までのように。それなら延暦だって抵抗しないような気がするし、世界は私の手中に収まる。
だけど、やっぱり収めたって何だというのか。「何ざんしょ」と、お金持ちになった気分で言ってみる。事実として、私は世界一のお金持ちと言っても良い。あらゆるものを奪えて自分のものに出来るのならそうだろう。わざわざ因果を弄るまでもなく、それが可能だという時点で結果は決まっている。
「ハイブランド、アイドルとの合コン、読者モデル」
「何さ急に」
「お金持ちになったらしてみたいこと。かつて妹だった子がそんな事を言っていましたの。それと、東京のスイーツ、東京のデート、東京の夜」
「俗だねえ」
「私もやってみようかしらん」
「人死にが出そう、というか出るね。その場に限らず、それをセッティングするまでの過程でね」
「そうか。相手が必要なのは、暴力イコールで金にはならないな。そう思えば、金っていうのはなんて便利なものなんだろう」
「暴力から進化したのがそれだからね」
延暦は立派なことを言った。今の時代に私達が平和に生きていられるのは努力の賜物だろう。たとえそれが血と暴力の積み重ねだとしても、惨めに思う必要はない。結果から逆算して過程を批判することは無駄でしかない。しかし、だとすれば、折角私は世界で最強になったのに、その使い道は限られてしまう。
暴力で出来る事は何だろう。社会の全てを恐怖のどん底に落としても良いだろうが、どん底に落としたからといって何になるのか。逆に、幸福にしても良いだろうが、幸福にしたとして何になるのか。暴力で出来る事は何だろう?
いや、私は私という地点から離れても良いのかもしれない。つまり、現在の私の目的を探すのではなく、一旦、私の力で何が出来るかを試し尽くして、その中から気に入るものを見つけてみれば良いのかも。そうだろう。そうだ。だとすれば、選択肢は増やすべきだ。殺すだけでは選択肢は閉ざされてしまって、いくら手を伸ばしても届かない場所だって生まれるだろう。
「そういえば、約束があったんだ。それについては果たさなくちゃね」
「何の?」
「
「見逃して良いんだ。余裕?」
「余裕もあるかもしれない。侮っているって言っちゃっても良いかも。それは怒る?」
「怒るよ」
そう言っても破綻ちゃんは手を出してこなかった。それは単純に実力差を勘案したのかもしれないし、この緩やかな空気の中に絆されたのかもしれない。私の希望からすれば後者の方が良いのだが、どちらにしても経緯としては同じことだろう。
私は試すように腕を伸ばした。
指先に、第六を使うように第三を手繰る。因果で遊んでみたように、偏在という概念を指先に遊んでみる。そこに踏み込んでいくと、私は本当に確立そのものになったかのようだ。あるかないか。あり得るかあり得ないか。私という存在は、取り込んだ概念に引っ張られて、ますます曖昧なものになっていくように思う。
「あり得ない答え。こんな最高のチャンスをわざわざ見逃して私は帰る。それでどう?」
「願ってもないことで。破綻ちゃん、お礼を言いなさい」
「ファッキュー」
「どこで覚えたのそんな言葉!」
「私が教えちゃいましたわ。おほほ」
「ファッキュー!」
共に中指を立てた親子に手を振って、私は一旦、黒海海上に集合した。
第六プラス第三プラス第二の半分。五千万の血肉すら飲み込んだ私は真に怪物としてあるだろう。それでも「どう見える?」と私は言ってみた。
突然現れた私に対し、一行と桜梅は驚かなかった。かつてリリスが過ごしていた小屋の中を我が物で占拠して、今やそこら中に研究道具が揃えられている。二人は一瞥しただけですぐに自分達の作業に戻っていった。配線を繋いだりアンテナの角度を調整したりと、まるで秘密基地でも作っているようだ。
「無視しないで下さいまし。どう見えるって聞いたじゃない。帰ってきた私はいかにも人間離れしていますかしらん」
「生憎、私も彼女も学者でね。戦う連中は気配なども感じられるようだが、私は疎い。それより、そこの鉈を取ってくれないか。ああいや、君が木を切れば良いのか。切ってくれ」
「リスペクトはあるんですけどねえ。でも、必要ないからそんな感覚は要りません。それよりも! 強くなったのならこの小屋自体をなんやかんやして立派に出来ないんですか? リフォーム計画を立てていたときは楽しかったんですけれど、自分達で作るとなると面倒でしてねえ……」
「しょーがないなー」
私はオンボロ小屋の朽ち果てた壁を一突きした。それは当然のように吹っ飛んだが、遠くの木に当たると、その木は奇跡的に使い勝手の良さそうな木材へと切り分けられた。それが地面に落ちると、奇跡的な角度でバウンドして、そこら辺にあった釘を巻き込んで家の形を作っていく。
「へえー、因果固定ってこんな風になるんですね。変!」
「因果固定じゃなくて因果不定ですわ。私だけのオリジナルになりましたのよ。それは即ち二次創作ですが」
「はあ。それって何がどう違うんです」
「まあ、こんな状況だと関係ないか」
どうやら自分が手を動かさなくても良いと感じたようで、一行と桜梅も小屋の外に出て、私達は一緒に、不思議な力で建築が進んでいく様子を眺めた。