TS転生したら人類の敵だった   作:生しょうゆ

3 / 24
第3話 春の山道

 

 一週間も経てば人殺しには慣れきって逃げることにも慣れてきた。というか警察の方が諦め始めている感じがある。そんなんで税金をむしり取っていたのかと悪罵したくなるが、代わりに効果的な対処を始めたらしい。

 

 つまり、対人外として名高き政府直属の秘密組織、流血機関の投入である。

 

 彼らは警察機関すら下部に置き、収集した情報を合わせ、効率良く狩りに臨む。その手腕をもってすれば、覚醒したばかりの朱族など赤子同然。

 

 とは行かなかった。恐らくだが、横入りが入ったからである。

 

 何度か車を乗り換え、時には猛スピードで山道から突然谷底へダイブしてみたりと、身体の性能を試しながら逃げ続けてきた私だったが、追ってくる連中の中に妙な手合いが混じってきたのには気が付いていた。

 

 それも、懸念していた流血機関ではない。彼らはこの日本において悪目立ちする白スーツで揃えているので一目でそれと分かる。いや、中には着ていない奴もいたと思うが、そういう手合いはモブではなくネームドだと思うので、流石に雑魚ではないだろう。私が殺せる程度の人間であるはずがない。

 

 明らかに警察官ではなく、そして流血機関でもない。そして私が殺せる程度の連中が、どうしてか私を狙っている。

 

 そういうのはいたはずだ。異能力が存在するのなら、それを活用する商売だって存在する。ぱっと思い出すだけで色々とあるが、それにしたって朧気である。

 

「だから詳しく聞きたいんだが、君達は何なんだろうね」

 

 新しくかっぱらった自家用車の眼前、立ち塞がった三人組は獰猛な笑みを浮かべていた。

 

 三人共にナイフを構え、腰には拳銃と、揃えたような装備の仕方。

 

「国家には流血機関。闇の中の闇が人臓院。白楽家とかの大企業には私兵がいたはずだね。その他に有名だったのは、そうだ退魔七家だ」

 

 車から降り、記憶を探りながら私は言う。確かそこにもサブヒロインがいたのだった。

 

「主人公に味方した勢力だったけど、別に七家が七家とも一枚岩ってわけじゃない。味方したのは確か、伏神(ふしがみ)って名前だったかしら」

 

 しかし言ってみて何だが、伏神という家はもっと立派なものだった気がする。少なくとも拳銃を使っていた記憶はないし、こんないかにも傭兵然とした連中が活躍していた記憶はない。

 

 男達はふと笑みを潜めると、互いに顔を見合わせ、そして大きく笑った。

 

「伏神? 俺達が? そいつはおい、笑っちまうな」

 

 男達は茶化すように互いの肩を叩きながら、「退魔七家なんて、立派なところにはなれねえよ」と割と尊敬しているような言い方をする。

 

「まあ、音頭を取ったのがその内のどれかって話らしいが、俺達には関係ないことだ。何せ俺達は肉漁り。お前みたいな目覚めたばかりの朱族を狩ることしかできない、三流の連中よ」

「流血機関はどうしたのよ」

「へえ。退魔七家もそうだが、その名前知ってるって事はご同輩がやられたらしいぜ。気を付けろよてめえら」

 

 そう言って男は会話を止めた。もう襲ってくるつもりのようである。判断が速い。しかし私からしてみれば遅いという他ない。

 

 何せ、この身体ときたら我慢が効かないもので、彼らが動かすような身体など、既に引き千切ってしまっていた。

 

「はっ?」と男達の内の一人は動かなかった身体に目を丸くして、ついで自らの身体をしげしげと眺めた。そして既に全身を吸い尽くした他の二人に目をやって、驚いたように言った。

 

「なるほど。あんたヤベえのな。脳味噌だけ残して生きている感覚にさせられてたわ」

「何度か試してようやく成功したね。私と来たら我慢が効かないものだから、すぐに全部吸い尽くしてしまう」

「それじゃあこれから始まるのは尋問か。だけど駄目だ! 教えてやんねえ!」

 

 頭だけになったというのに男は剛毅に笑っている。三流とは自称したが、謙遜が入っていたのかもしれない。かなり場数を踏んでいるような振る舞いだ。

 

 しかし、それだと困る。今は相手の血を操り、動かして、脳の働きを維持している状態だが、言ってしまえばそれだけでもある。たとえば血を介して無理矢理言うことを聞かせられるような力も、成長すれば出来るようになるかも知れないが、今の私にはない。

 

「えー、これじゃ生かし損じゃない。折角生かしてあげたんだから話してよ」

「もう死んでるようなもんだろこれ。つまり何を話しても俺にメリットなし!」

「それはそうなんだけど、それじゃ困る。何とかして下さいよ、脳裏(のうり)さん」

 

 私は振り返り、自家用車の後部座席に向けて言った。

 

「一、私がお前の手助けをする意味がない。二、人の名前を気安く呼ぶな。三、さっさと死んでしまえ」

 

 静かに、訥々と声が帰ってくる。「相変わらずつれない」と私は口を尖らせた。

 

「脳裏?」

 

 男が眉間に皺を寄せる。「まさか、その名前」口の端をわななかせた。

 

「あの悍ましい、人間工場の」

「うん。人臓院脳裏(じんぞういんのうり)さん。なんか脳に詳しいみたいで、能力か何かのせいで私も殺す気が起きなかったのよね。だから貴方の脳も何とか出来るんじゃないかしら」

 

 人臓院脳裏(じんぞういんのうり)というキャラクターは原作には登場していなかったように思う。何分、朧気な記憶のことだし、そもそも人臓院(じんぞういん)という一族というか集合体というか、それに属しているキャラクターは多いので私が忘れているだけかもしれないけれど。

 

 しかし、フロントガラス越しにこちらを見つめるその姿。白と黒が入り混じった長髪に、隈の濃いたれ目。そして研究者然とした、こちらを実験動物としか思っていないような暗い目にはゾクゾクしてくる。広い人気は獲得しないだろうが、狭い場所で熱狂的な支持を得そうな女性だ。

 

 私は手を振って微笑んだが、男は目を見開いて顔を引き攣らせた。

 

人臓院(じんぞういん)だけは──」

 

 そう言うと、男は直ちに歯を食いしばって、奥歯に何か仕込んであったのか、途端に頭が爆散してしまった。ああっ、折角の情報源だったのに。

 

 

 

 

 肉はなく、血の跡もなくなった道路に車を発進させ、軽快に飛ばしつつ私は言った。

 

「脳裏さんは好きな曲とかある? 良かったねこの車にオーディオが付いていて。私は特に聞く気はないんだけど好きな曲あったらかけて良いよ」

 

 彼女は表情も変えず、フロントガラスばかりを見つめて言った。

 

「一、特に好きな曲はない。二、カーオーディオはあってもCDがない。三、かけるも何も出来やしない」

「そういやそうだった。ついでに聞くけど好きな食べ物とかある? 私はコンビニ飯で十分だけど、人臓院ってきっと儲かるんでしょ。お嬢様かしら」

「一、特に好きな食べ物はない。二、確かに人臓院は儲かっている。三、しかし私は研究者の一人に過ぎず、本家との血の繋がりはない」

「そうなの? じゃあお嬢様じゃないか。そもそもそんな歳でもないか、二十一歳って。ああいや、これは失礼ね」

「一、二十一歳はまだお嬢様と呼ばれるに値する年齢だろう。二、確かに失礼だ。三、そしてこちらからも聞きたい」

 

 ルームミラー越しに私の目を見つめ、脳裏さんは口をひん曲がらせて言った。

 

「四、お前は何者だ、人もどき」

「その面倒くさい話し方止めたら話しても良いよ。というか催眠術とか洗脳とかだっけ? 人臓院はそれが得意なんでしょう。使わないの?」

 

 私は笑いながら言った。脳裏さんは苦々しげな表情を浮かべる。この反応は中々に面白い。

 

「一、この話し方もまた『開人術式(オペレーション)』の一つだ。二、催眠術でも洗脳でもなく『開人術式(オペレーション)』だ。三、使っているが通じない。四、何だお前は」

「伊藤桜、十六歳。高校生。桜お姉様って中学時代はよく呼ばれていましてよ。しかし通じないのに続けるのは無駄じゃないのかな。いや通じてはいるのか。だって私が殺さないんだし。そこんところどう?」

 

 私は右腕を叩いた。うんともすんとも言わない。それを脳裏さんは胡乱なものを見る目で見つめていた。

 

 この人はさっきの男達と同じく、恐らく私を殺すために雇われた殺し屋の一人だった。同じように最初は格好付けて登場したものの、思うように行かなかったようで、困惑したような顔を見せていたのが印象的だった。

 

 一方で、私としてもこの人を殺さなかったことに困惑した。今までは人を見ればすぐに殺し、その生き血を吸い取ってきたのだが、何故かこの人の言葉を聞くと身体が動かなかった。

 

 それが、そうだ。『開人術式(オペレーション)』とかいう、人臓院の人間が標準的に備えた異能の力によるものなのだろう。

 

「そんな力があるのなら朱族なんてすぐに絶滅させられそうだけどね」

「一、並の朱族なら殺しきれるが、超常の存在には通じない。二、お前がそれを言うのか。三、覚醒初期の段階のくせに何故通じぬ」

「さあ? それにしても、私が貴方を殺さないのはともかく、貴方が私を殺さずに同行しているのはどうして? もしかして私に惚れちゃったのかしら?」

「一、お前を殺せていないのならば、私は仕事を続けなければならない。二、私が殺されていないのならば、私は仕事を続けなければならない。三、惚れるわけがないだろう、人外め」

「仕事熱心なのね。評価ポイントをあげましょう」

「一、いらん」

 

 ルームミラー越しにウインクを飛ばす。脳裏さんは顔を引き攣らせたが、顔を逸らすことはなかった。実に逸らしたそうだったが、そうしない。

 

 きっと私との会話こそが、彼女の能力に関係しているのだろう。言葉によって肉体を縛るということは、目を逸らし、口を閉じたままでは何の力も発揮できないということだ。

 

「しかし、仕事ね。それは私を殺すために?」

 

 ニコニコと笑って振り向く。脳裏さんは答えたくなさそうだったが、答えないと『開人術式(オペレーション)』が解けてしまうので答えざるを得ないだろう。そしてこの人、腹の探り合いは苦手と見た。

 

 その予想通り、実に仕方なさそうに彼女は口を開いた。

 

「一、そうだ」

「どうして? さっきの人達も言っていたけれど、退魔七家が関わっているとかいないとか。それが原因で流血機関は動かないのかしら」

「一、さてな」

「私って、殺す気が出ないだけで貴方を殺す事は出来るのよね。なるべく脳裏さんは殺したくなかったんだけど。人臓院って仲間意識なさそうだし、殺してもなんにも思われなさそうで可哀想だよね」

「一、……何故、元は一般人だったお前が、そういった名前を知っている。二、殺した相手から知ったとしても、何故、当然にあるもののように」

「もっと仲良くなったら教えるかも。たとえば裏切り者の人臓院無心(じんぞういんむしん)の事とか!」

「何故その名前を……っ!」

 

 慌てすぎたのか、脳裏さんは口調を崩した。取り繕うように「一、何故」と言ったって私の腕は止まらない。

 

 しかしその時、ふと頭上から落下してくる姿があった。何度目になるかも分からぬ襲撃者だ。剣を大上段に構え、車ごと切り裂こうとしているのだろうが、自由落下など遅すぎるし、ちょっとタイミングが悪かった。

 

 私の右腕は知らぬ間にハンドルから離れており、血の槍を形成していた。脳裏さんに向けて放るはずだったそれを、あらかじめ開け放っていたドアガラスからひゅっと投げる。ぱぁんと頭上に血の花が咲く。その飛び散った血も纏めて私に吸収される。

 

「レースゲームみたいね」

 

 そう呟くと同時に、脳裏さんにも向かいつつあった血の刃を停止させる。呆気に取られてしまったのか、脳裏さんが会話を止めてしまったので普通に殺してしまうところだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。