朱族を材料に武器を作るという発想は、何も革新的なものではないし、物語終盤で明かされるような衝撃的な真実ってわけでもない。原作第一巻からその存在は示唆されていた。流石に朱族は使われていないが、その下僕である赤族を材料とした武器は、上等な装備として登場していたのである。
それこそ、ヒロインであるレンちゃんを材料に最強の武器を作ろうとした変態科学者だっていたのだ。そいつは何故か味方になっていた記憶がある。
しかし、一巻から登場していたとは言っても、その威力を侮ってはいけない。寧ろ一巻こそが後から考えてみれば色々と例外だったのだ。
たとえば赤族を材料にした武器を持っているだけで実はエリート扱いだとか、あまり効果がなかったように見えて、実は朱族と赤族に特攻的な効果が入るのだとか、後から明かされたことは色々とある。
赤族を材料とした武器『
その違いは、前者が単なる武器に留まるのに対し、後者は武器そのものが生きているという点にあるだろう。
「つまり、ピンチでもありチャンスでもあるってわけだ」
勝手に動いた身体が三方からの攻撃をいなし、いなそうとして怪我を負ったところで呟いた。物凄く痛い。触れただけで掌に、食い破られたような傷を負ってしまった。
「これで身体も少しは学習してくれると良いんだが」
『
そして解釈が分かれるというのは、その悲鳴が単なる鳴き声なのか、それとも意志があるのか。完全に意思がなくなっている場合もあるし、生前を覚えている場合もある。この辺りは場合によってまちまちな部分である。
まあ、そんなことはどうでも良い。
意思があろうとなかろうと、私にとって重要なのは、それらが朱族であるこの身体に致命的なダメージを与えうると同時に、それらを取り込むことによって、朱族として進化できるということだ。
ピンチでありチャンス。絶体絶命であり千載一遇。これからの世界を考え、その推移を思うなら、強くなれるなら強くなるべきだ。
それこそ、相対する
名乗りを上げながらの攻撃から連続し、石鉈を先鋒にして銅剣が遊撃的に隙を補い、錫弓が後方から支援してくる。身体の方は何とかして避けているが、正直言って勝てるビジョンがまるで見えてこない。
「まあ、流血機関には劣るにしても、退魔七家って言えば中々活躍していた連中だからな。真削の連中は殆ど出てはいなかったような気がするが」
それでも主人公が属すことになった伏神の、その序列を思えばこいつらの力量の高さも見えてくる。まず七家の名字を戴いている時点で強者だろう。
一般的な戦闘員ではなく、有数のエリート。立派だったけど私には適わなかった男達とは段違いの強者。子供の頃から人外を殺す為だけに生きている異常者共だ。
そんな連中を前にしては、ただ身体が動くだけでは歯が立たない。
「──っとお!」
首を狙いに来た斬撃を、身体の方がスレスレで避ける。そして追加で狙ってきた弓矢が自慢の黒髪の毛先を引き千切る。
「ってえ!」
普通、毛先なんて切られようとも痛むことはないはずだが、どうしてか痛みが走った。叫び悶えるほどではないが、身体に響くような痛みがある。これは何に由来するのだろうか。朱族の血そのものに干渉していたりするのか。
そんなことを考える暇もなく、石鉈、銅剣が同時に得物を振って来る。またしてもギリギリで避ける。いいや、薄皮一枚が切れる。
その痛みがまた酷いもので、そして異様に血が噴き出て、刀身に吸い込まれた。
「な……るほど、じり貧。なぶり殺しってわけ。こうなると逆転の一手を考えなきゃね。ねえ脳裏さん!」
「一、私は何も関与しない。二、お前は逆転など出来やしない。三、このまま死ね」
「そんなこと言っちゃっていいのかしら。こいつらに私が殺されてしまうと、脳裏さんは任務失敗になるんだけど?」
「一、こいつらが殺した後に回収すればいい。二、『
そう言って脳裏さんは三人組に目を向けた。その視線に決して目を合わせず、しかし初めて表情というものを見せる。
眉間に皴を寄せた、嫌そうな顔。苦渋の表情。
「錫弓、やはり狙えんか」
「いいや、射線上に巻き込む形でなら上手く行ける。誘導してくれ」
短く言葉を発し、彼らは再び得物を振るう。私はその意図を理解して笑ってしまった。
「なんだ。格好いい名乗りをしたのに碌に喋らないと思ったら、貴方達って脳裏さんに敵わないのね? それなら出てこなければよかったのに。素性は分かっていたんでしょう?」
或いは、敵わないからこそ出てきたのか。遠くから弓で狙うにしても、脳裏さんの言葉にかかれば逸れてしまうのか。だとすれば私は敵ですらなく、脳裏さんを狙い殺すための的でしかないわけだ。
「そこんところどう?」
挑発するように言ったが、彼らはまるで応えた様子がなく、冷たい目だけを向けてくる。
「無様を笑うのはこちらの方だ。殺し切れず、人外の捕虜となっていたとは。人臓院も落ちたものだな」
「そして脳裏さんを殺すために、とっくに殺せる私を利用しようって。人外に頼るとか退魔師として恥ずかしくないのかしら」
「寧ろ誇るね。お前のようなものは、この様に、我々に使い潰されてしまえ」
石鉈は獰猛な表情を浮かべ、わざとらしく色目を掲げる。キィキィという、虫のような悲鳴がその刀身から聞こえてくる。
「うん?」
ふと、その悲鳴に反応して、身体の方が何故か竦んだ。「え? おい」僅かな時間ではあったが明確な隙だ。直ちに鉈と剣と弓矢が帰来する。
「人外を以て人外を屠るのが──」
「我ら真削の流儀なれば──!」
竦んだ身体を無理矢理動かし、左右から振るわれる剣を何とか避ける。避けるが、今度は銅剣の剣が悲鳴を上げた。その音を嫌うように、身体が勝手に左へ向かってしまう。
「そこッ!」
「っだぁ!?」
弓矢が狙ったように肩口を射抜き、後方にあった車を打ち抜いた。色鮮やかな朱色の血が噴き出し、車は火をあげ始める。
私は何とか後方に下がり、右肩を押さえながら呟いた。
「あー、脳裏さん? 死んじゃった?」
「一、そんなわけがないだろう。二、悠長なことだな、真削。三、罠を目の前に広げられては、陥るのさえ難しいぞ」
脳裏さんは既に車の外にいて、三人組を馬鹿にするように笑っていた。「チッ」と三人同時に舌打ちする。私の方は置いてけぼりである。
「ねえ脳裏さん、あの悲鳴聞いたら身体の方が勝手に竦んじゃったんだけど。なにこれ? それで都合良いように射撃ルート作られちゃったんでしょ?」
「一、当然だ。二、朱族を材料に生み出された武器を色目と言うが、その悲鳴はお前にとって、同族の悲鳴そのものだ。三、故に、本能的に足が竦み、怯え、恐怖し、怒りを抱くようになる」
「ああ、そういやそうだった」
「一、それで、どうしてお前は平気そうな顔をしている」
「いや全然平気じゃなかったよ。身体の方は」
そういやそんな設定もあった。だから血を吸い取るだけでなく、特攻兵器になるのだ。そして、だから朱族より人間の方が悪辣だと言われてしまうのだ。
何せ、朱族としての機能を残し、本能に訴えかける色目という武器は、人間でたとえるのならば、目や鼻や口が付いた武器が『助けて』だとか『痛い』だとか叫びながら、人外に振り回されているようなものである。そして、朱族というのは血によって同族を認識し、本能的に同族か否かも判別することが出来るので、その感覚は人間以上のものだ。
だから、たとえば朱族の方が人間を材料に武器を作ったって、人間に特攻的な効果など生まれないだろう。『本能的な仲間意識という意味では、朱族以上に冷血で無慈悲なのが人間だ』ということを何巻かのボスキャラが言っていたような気がするが、どうだったか。
まあ確かに、人間対朱族という構図が早々になくなってしまったせいで、朱族を殺す朱族みたいなありがちな存在は出てこなかったように思う。あいつらは仲間内で蔑みはするものの、殺し合ったりは中々しない。私が助けを求めようとしているマザー・リリスにしたって、迷惑が掛からない範囲なら勝手に遊んでろって扱いである。
「しかし、不思議なのは」
慣れて来たのか、身体の方から攻撃を仕掛け始めるのを他人事のように見つつ、私は呟いた。
「確かに脳裏さんの言う通りで、どうして私は不快感を覚えないのか」
刀身に触れることは危険だと学習したのか、私の身体は斬撃を掻い潜り、爪先で血を噴き出させようとする。しかし石鉈と銅剣は流石のコンビネーションで、身体能力はこちらの方が上回っているというのに中々必殺の機会を与えてくれない。
そして、私の攻撃もまたあちらの誘いだったようで、胸元に振るおうとした爪先が剣の悲鳴に竦んでしまった。しかし私自身は何も思わない。何も思うことはないが。
「ああああ痛っだ! 本当に痛いって痛い!」
脳天まで迸る痛みがあった。叫びながらも必死こいて距離を取る。
見れば、振るおうとした右手が手首の所でぶった切られていた。
だらだらと血が噴き出て止まらない。そして千切れた右手とは言えば、石鉈の得物がむしゃむしゃと貪り食っている。余計なことを考えていたからやられてしまった。
「ほら脳裏さん。このまま私が食われちゃったら持ち帰れないよ。ここは味方になるべきじゃない?」
「一、持ち帰りたいのはあちらも同じことだろう。二、故に、肝心な部分は残すだろう。三、そもそも、私の専門は脳だ。脳さえ残っていればどうでも良い」
「酷い事を言う。私って世界で一番不幸な少女ですわね」
まあ言われた通り、流れ出た血をそのまま手の形に形成して再生させる。数回握れば肉の方が追い付いて元通りだ。
しかし手首一つ分、確かな何かがはっきりと削れてしまったような感覚がする。私が色目を取り込もうとしているように、私の血が、あちらの色目に取り込まれてしまったということか。
じり貧もじり貧。真綿で首を締めるというか、肉を削いでの失血死寸前があちらの狙いだろう。
「しかし」
額の脂汗を拭い、笑ってみる。まだ物凄く痛いけれど笑ってやる。
考えていたせいで右手が持って行かれてしまったが、考えていたお陰で、見えてきたものもある。
「私は一つピンときた。必勝の形が見えてきましたわよ」
私は腕を広げ、誘うように手を前に出した。三人の訝しむような目が注がれる。
「どうです真削のお三方。またしても私を誘うというのは?」
「潰れてしまえ」
「よろしくってよ」
私は踏み込んだ。
飛来する朱色の弓矢。
それを先駆けとして左右から振るわれる鉈と剣。
「我ら人外を以て人外を殺し──」
「我ら人外を以て人外を砕き──」
「我ら人外を以て人外を滅し──」
この人外の身体さえも肌を粟立たせるほどの殺意。
「──以て人界を安らげん!」
私の肉体は、操られたように相手の術中に陥っていく。
いくら人外の肉体をしていようとも、相手がそれを考慮の内に置いていては。そして先祖代々に対処法を研鑽し続けているのなら、本能のみで動くからこそ対処は容易になってくる。
私の動きは、まさしく教科書通りといったところだろう。伸び出た腕が肉を削がれつつ弾かれる。浅い踏み込みを崩すような斬撃。ギリギリで避けたその動きこそが相手の狙い。
余裕の表情。それでも慢心することはなく、相手は油断ない振る舞いで私を達磨にしようとする。
「だから」と私は呟いた。
石鉈が、憤りを込めるように柄を握り締め、途端に色目から響いた悲鳴の中。
私は左の、銅剣が待ち構える方向に逃げ出すのではなく、右の石鉈がいる方向に踏み出して、その首を貫いた。
「ぐ──ぅぶ」
石鉈が血の泡を吹く。目を見開く。それでも振るおうとした力の抜けた斬撃を避け「そして」
振り向いた先、銅剣もまた目を見開いていた。その口へ血の槍を叩き込む。血が噴き出る。剣が取り落とされる。
静かになる。
遠くに錫弓が、唖然とした顔を浮かべている。
「ふふふ」
思わず笑い声が漏れた。
「ふふふふふ」
我ながら不気味な。
しかし、笑ってしまうほど上手く行った。
「そうとも。叫び声に反応するというのは、身体が勝手にやっているだけのことだ。私は何とも思わないさ。しかしお二方は、私自身が反応していると思い込んでいたようだ。だから、身体を無視してちょっとばかし踏み込んでしまえば──」
ぐるりと、辺りを見る。二人分の血がアスファルトの上に広がっている。私はそれを吸収していく。血に同じく転がる、先程までは瑞々しかった肉体が、直ちに老人の、いいやミイラのような枯れ木のような様へと変わっていく。
「後は見事に、このように」
そう言って、私は笑った。愉快である。
「っと」
錫弓はまだ弓矢を放ってきた。この世全ての恨みを込めたような、酷い表情で私を睨んでいる。
「お前は、なんだ」
「なんだって、何が?」
「何故、『血の悲鳴』が効かない。いいや、確かに力を付けた朱族なら無効化できるだろう。だがお前は生まれたての……」
彼は首を振った。
「それとも、情報が。我らは踊らされていたのか!」
混乱してしまっているのか、逃げ出すこともせず、彼は弓矢を放ち続ける。迷いが指先に表れて、先ほどまでの正確な射撃とは比べようもない有様だった。
「人臓院!」と彼は叫んだ。
「お前達か。絵図を描いたのは誰だ。いや、いいや。それでは意味が分からない。我らどころか、多くの退魔師を殺して誰が得をする。流血機関も企業共も、走狗として使うのはそれらだろう。だとすれば、まさか朱族の……!」
「凄い妄想。人間追い詰められるとこうなっちゃうのね。よっぽどあの二人を信頼していたのかな」
「兄さん方を侮辱するな人外。いいや、そうだ。そもそもが間違っていたとすれば。生まれながらにして朱族を寄せ付けぬ、朱族の中の朱族。まさか、お前は……!」
「一、違う」
「あら」
弓矢を避けながら接近し、今この瞬間に腕を振ろうとしたのが、急に止まった。
振り返れば、脳裏さんがすぐ近くにいた。結構な距離があったのに涼しい顔をして追い付いてきたらしい。
「一、退魔七家も口ほどにもない。二、狭い世界で生きているからこそ、外の世界に誇大を見る。三、こいつは単なる朱族でしかない」
「ああ──う──」
「一、もっとも、何を言ったところでもう理解できないだろう。二、あの二人は石頭だったが、お前は石頭の上で愚鈍だったな。三、それとも、お前はおこぼれだったのか?」
脳裏さんは見下すように言って、舌打ちを放つ。
「四、いずれにしろ、使えぬ奴め」
錫弓はぐたりと力なく膝を折り、脳裏さんの前に頭を下げた。
どうやら洗脳に掛かってしまったらしい。あんなに気を付けていたのに目を見て叫んでしまったからである。