村上市は普通の地方都市だったが少々騒がしくもあった。何せこの街には現在、非常に凶悪なテロリストが逃げ込んでいる可能性があるのだ。
私である。そして私ではない。私はテロリストなんぞではないからだ。
しかしテレビではそう報じられていた。ブラウン管に流されるニュースの中で、私の顔写真は大きく取り上げられている。彼女は四月二十七日から五月四日、つまり今日に至るまで十三人を殺したのだという。
勿論、実際にはそれじゃまるで足りない。残りの百だか二百だかは、私の代わりに難しい名前のテロ組織が組織的に殺したことになっていた。
「戦後最悪のテロリストの一員とは、まあ出世したものだね。しかしこうなると、ひょっとしたら自首して無期懲役も可能になるかな」
何せ私の顔は広く知れ渡ってしまった。数字だけ見てもセンセーショナルだが、最も大きく取り上げられているのは、そのテロリスト達の一員として唯一目撃証言があるのが女子高校生であり、彼女が初めに殺したのは自分の家族だったことにあるだろう。近隣住民達の声は『まさかあんな優しい子が』というもので、新聞や週刊誌ではあることないこと書かれまくっている。
『田舎町で起きた惨劇』『秋田県の地方都市を端緒とした、戦後最悪のテロリズム。その一員は女子高生!?』『伊藤桜という少女』『白昼の中、パトカーの中から銃撃』『中学では優等生として通る』『麗しい殺人少女!』『正体は某国の工作員か、或いは権力者の愛人か!?』『JKスパイ』『女テロリスト』『各国は関係を否定──』
白黒の写真や、色鮮やかな映像には、艶めかしい笑みを浮かべた黒髪の少女が映っている。
「面白いね。私じゃない私がどんどん膨れ上がっていくようで。だけど、これらの記事を総合すると、私はあらゆる国の権力者の愛人だったということになるんだけど、それには流石に文句を言いたい。私はまだ処女ですわよ」
ベッドの上に新聞と雑誌を雑多に散らかし、実像とはかけ離れた伊藤桜という人間を楽しみながら、私はチョコレート菓子を口に放った。「良かったね脳裏さん」と部屋の隅に声をかければ、直ちに「一、知るか死ね」と返ってくる。
「二、そして、自首しようとも無駄だ。三、表向けに身代わりを用立てて、そいつがお前になるだけだからな。四、そしてお前は切り刻まれるのだ」
「人臓院って整形も出来るの? 今の世の中引っ張りだこじゃないの。私は元から美少女だから必要ないけどさ」
「一、顔を変えるだけではないぞ。二、人格さえも整形できる。三、つまり、お前の美醜など、我らの手でいくらでも作り出せるものに過ぎん」
「四、そして、表向きの生死もまた、この様に、いくらでも操作できる」と、脳裏さんはテレビを見つめながら言った。
流石に全てを隠すことは出来なかったようだが、少なくとも、私の殺人はギリギリ常識的な範囲で収まるものとなっている。「そうかしらん?」どうだろうか。普通の女子高校生が実はテロリストと繋がりを持っていて、家族を殺した後にパトカーを強奪して逃走。その最中に拳銃を乱射して九人を殺害と、とてもではないが信じられそうな内容ではない。
それでも、たった一人で数百人を殺したという事実からすれば、十分に人間の範疇には収まるだろう。人外ではない人間の振るまいとして、許容できる人数として誰かが考えたのが、或いは目撃証言からそうせざるを得なかったのが、十三人という数字なわけだ。
「全く数字だね」と私は呟き、身体を起こした。多すぎると死人の数にしても単なる数字になってしまう。「だけど脳裏さん」
「流石に、整形できるから私の天然美少女顔も無意味だってのは、ちょっとデリカシーがないね。これでも私は女の子なんだから、傷付いちゃったわ」
「一、その傷で死んでしまえ。二、無論、死ぬはずもないが」
「心の傷だって破傷風になるかもしれないでしょう」
「一、確かに、心的外傷は人を死に駆り立てることもあるだろう。二、しかし、お前はこれっぽっちも傷付いていないだろう。三、クソッタレ人外が」
脳裏さんは冷たく言ってくる。「悲しいですわね」と私は呟いて、ホテルの窓に映った自分の顔を眺めた。
こんなに美少女でも容易く似たようなものが作られてしまうというのは、少々悔しい気持ちがある。だが、天然ダイヤモンドは人工ダイヤモンドと殆ど見分けが付かないが、天然というブランドだけで高値を維持できているように、天然であるというだけの価値だってあるだろう。
何せ窓ガラスに映るのは我ながら惚れ惚れするほどの整いようである。折角なので窓ガラスの向こう、遠くのビルからこちらを狙っているスナイパーさんへ向けてにこりと微笑んでみる。スコープを覗いているのだからこちらの表情も分かるだろうに顔色一つ変えない。
「自信なくしちゃうわね」
美少女フェイスによるウインクをご馳走してやっても変わらない。そして。
「止めて」
「あっ、ごめんごめん」
意識しすぎたものだから、身体の方が勝手に血の槍を形成していた。その腕を掴んだのは、黒髪を肩口で切り揃えた、暗い、そして非常に嫌そうな表情を浮かべた少女だった。
「いやー、ごめんなさいね、みぞれちゃん。私の身体って抑えが利かなくてさ。でもそれを何とか抑えるのが脳裏さんの新しい仕事だったのではなくって? これは職務怠慢じゃないのかなあ。真面目にやらないとお賃金貰えませんわよ?」
「一、黙れ。二、死ね。三、化物の首輪を預かるなど屈辱極まる」
脳裏さんは額に青筋を立てて言った。
「四、おい、祀場みぞれ。さっさと話を纏めてこいと何度も言ったはずだが、まだ纏まらないのかこの無能が」
「まあ……」
随分と毒々しく言ったものだが、みぞれちゃんにしても眉間の皺が深まるばかりであり、返事の代わりに溜息を吐いた。
そんな息苦しい空気を「ま、まあまあ!」と取り成してくれるのは、この場で唯一の清涼剤であるよこみちゃんである。
「そんな事を言っても、色々と大変なんでしょ? えーと、みぞれちゃんの友達と、リリスさんが話し合って、何とかするって……そんな感じだから!」
「大雑把すぎるわ、よこみ」
みぞれちゃんはまたしても溜息を吐く。
「私の友達じゃなくて、伝手。私を何とか利用しようとする人達のこと。この人が、あまりにも殺し過ぎちゃったから。そして祀場の、この人を捕えようとする計画も失敗しちゃったから、流血機関や他の退魔七家とかへの言い訳をしようと、リリスさんも交えて協議しているの」
「うん? うーん……。なんか……大変なんだね!」
「……そうね」
みぞれちゃんは眉をひくつかせながらも言った。何とか溜息を我慢したようだが、そんな彼女に追い打ちをかけるように、この部屋に入ってから何度目になるかも分からぬ着信音が響き始める。
これまた何度目になるかも分からぬ溜息を吐いて、彼女は電話を片手に部屋を出ていった。
私がこんなビジネスホテルの狭い部屋の中にいるのは何も好き好んでのことではなかった。その理由は今し方の会話の中にあった。どうにも、流血機関の動きを横に私を捕えようとしたのは、退魔七家の一つ、祀場が主導してやったことらしい。
お仲間は真削とフリーの退魔師達で、覚醒したばかりの朱族相手には少々過剰な戦力である。だからこそ勝算はあり、機と見て迅速に行動した。ここまで動きが速かったのは、そして流血機関の動きを押し留めることが出来たのは、この祀場という家が、退魔七家の中で最も政治力に長けているからだろう。
名は体を表すというか、体を考えてそういった名前を原作者が考えたのか、朱族討伐という祭祀の場を取り仕切るものとして祀場という家は発展してきた。国家機関である流血機関にも一枚噛み、過激派と穏健派の両方に媚びを売り、企業とも仲良くしているなど、退魔七家の中では蝙蝠扱いされている。
だからこそ、武闘派の筆頭である真削とは相性が悪かったはずだが、そこら辺どうなのだろうか?
まあ、どんな関係で計画を打ち立てたにせよ、その計画は見るも無惨に失敗してしまった。私が強過ぎちゃったためである。
へまをやった祀場に対し、流血機関がそろそろブチ切れ始めた。そして肝心の真削の戦力さえやられてしまい、更にはマザー・リリスの元へ、つまり強力な朱族の下へ私が逃げ延びようとしていると聞き、ますますブチ切れた。
そのように、一刻も早く戦力を送り込んで私をブチ殺す腹積もりだったそうだが、ここで面倒になったのがマザー・リリスと超穏健派の皆様方である。
マザー・リリスは強力な朱族で、ネームドのキャラであっても犠牲は避けられない強さをしている。そんな犠牲も構わないから面子を汚された怒りのままにぶち殺してやれという声も大きくあったそうだが、それには超穏健派が待ったをかけた。超穏健派自体というか、彼ら彼女らを支援する権力者様方の待ったである。
そもそも、流血機関の理念からして、人外を使って人外を殺そうとする普通の穏健派ならともかく、朱族及び赤族と人間の融和を掲げる超穏健派なんてものは存在できるはずがない。あったとしても流血機関ではなくその外で、別の団体を立ち上げてやるべきだろう。
それでも流血機関の内部にそんなものが成立できているのは、頭お花畑さんが言うように『自らの理念の暴走を憂慮しているんです。組織としては健全なところもあると思いますよ!』というわけではなく、その裏にいる権力者様方の思想というか、確か
何だっけな。ここら辺の政治というか面倒臭い事情は面倒臭くて読み飛ばしていたので全く覚えていない。
とにかく、流血機関も一枚岩ではなく、旧勢力である退魔七家、そして新興勢力である企業達との板挟み、或いは三つ巴となって、全ての物事を支配的に進めることなど出来やしない。
そんなごたごたのお陰で私の命も繋がれたというわけだ。そしてそのごたごたのお陰で、脳裏さんが取りあえずの対処要員として私に付けられることになったのだ。ありがとうと皮肉を言ってあげよう。
そしてみぞれちゃんには可哀想と、これまた皮肉を言ってあげよう。彼女の態度からして、私という厄介者を同じコミュニティに引き込みたくないのは明白だ。
改めて祀場が音頭を取れたのも、恐らくは彼女が私達の情報を流したからだろうしね。