「そ、それにしてもさー……」
私が長く黙ったままだったので重苦しくなってしまった部屋の空気の中、よこみちゃんが沈黙に耐えかねたのか口を開いた。
「桜さんって……その、意外と、人を殺しても何ともないんだね。それも、ニュースだと十三人だけど、本当はもっとって……」
「意外かな。こんなに美少女な私が、本当は凄く強いなんて!」
「強い、とか。そうじゃなくって……」
よこみちゃんは困ったように眉根を寄せた。「強さはともかく、美少女ではあるよね?」と彼女の歯切れの悪さに思わず脳裏さんに聞いてしまったが、何時ものように「一、死ね」と返される。
さっきからも私が発言した後は尽く「一、死ね」と言っていた。折角の『
しかし、分かっているとも。
何せ、よこみちゃんはみぞれちゃんとは違い、純粋に人と朱族の融和を信じている。そんな彼女からしてみれば、人を殺して平気な顔をしている私などは、理想を邪魔する
だからちらちらと脳裏さんの方を見つめているのだ。人を殺しながらも、殺していない人間もいる。その奇妙な振る舞いに首を傾げ、歯切れが悪くなっているのも仕方がない。
「だけど、それに関しては自分で自分を弁護できるよ」
ベッドの上に横たわったまま、私は気楽に言った。
「むしろ、私は君達の方が不思議なんだけどね。何せ、普通は朱族って、人を殺してその生き血を啜りたくてたまらないんじゃないのかい? 少なくとも、私の身体は人を殺したくてたまらないんだ。そうおかしなものを見るようにするなよ。おかしいのは君の方ですわよ」
「一、お前もお前でおかしいがな。二、まるで、自分の意思で殺していないように言う。三、そして、それがどうやら事実らしいのが最悪だな」
「そう。つまり私は私の殺人を人ごとのように眺めることが出来るわけだ」
「一、本気で最悪だな。二、どうしてこんな奴が生まれてきてしまったのか」
「それは勿論、脳裏さんと出会うために!」
「一、死ね」
軽快なトークで場を和ませていったが、よこみちゃんの顔色が晴れることはなく、むしろ深刻さを増していく。
「そんな……」と信じがたいように口端を震わせて、彼女は言った。
「身体のせいって……でも、桜さんが人を殺したのは、本当のことで……。それを、何てことないように……」
「むしろ、君はどうなのかな」
「え?」
何だか責められているような気分になってきたので、ちょっかいを出すように水を向けた。ベッドの上に起き上がり、視線を合わせて聞いてみる。
「君だって朱族じゃないか。当然、人を殺したいはずだ。そして、今まではどうだったんだ? 覚醒したとき、君は誰を、何人殺したんだ?」
よこみちゃんの顔は明らかに強ばった。
「ああいや、責めているわけじゃない」
にこやかに微笑んでみる。
「融和という理念は立派だ。素晴らしい。たとえどんな過去があろうとも、それを掲げる今は許されるべきだ。だから私もそこにあやかろうというんだ。ただ純粋に気になったのさ。何せ私だって、これから君達と同じような生活をするのだからね。人を殺さない。人を食らわない。そんな生活を、きっと君達はしているんだろう?」
「そう……ね。そう。私達は、リリスさんが用意してくれた、輸血用の血で、この──」よこみちゃんが、自分の喉に触れる。「耐え難い渇きを、なんとか」
「
よこみちゃんは俯いた。喉元に伸ばされた指に力が入っていた。
「死ねば助かるのかしら」
笑って私は言った。
「君は自分を、死ぬべきだと思うかな。この世に居場所なんてないと思うかな。輸血用の血を飲みながら、物足りないと考える自分は嫌いだろうか」
「それは……でも、私は……」
「その私だ。朱族だ。朱族というものは、人間からしてみれば、そもそも存在すら認めていない。そして、たとえその存在が広く明らかになったとしても、きっと拒絶されるだけだろうね。何せこれまでいなかったものが、突然現れて、貴方達の血肉を食らって生き延びたいですと言い放つんだ。悍ましいったらありゃしない」
「だったら……桜さんは、私達が死ぬべきだって言いたいの?」
よこみちゃんは顔を上げ、泣きそうな顔で私に言った。
「私達は、生まれた瞬間に死ぬべきだって、そんな……」
「そんな事は言ってない。そういう事を言われるだろうと思っただけよ。そして私としては、そんな声なんかはどうでも良い。何せ、この世に私以上に大切な物なんてないんだから。そうあるべきと言われたとして、なにくそと返してやるとも」
「君はそう思わないのか」と私は言った。
声は返ってこない。代わりに脳裏さんが鼻を鳴らした。
「一、何を言っているんだお前達は。二、お前達のような人外は、存在するだけで害悪だろう。三、そんな害悪が、人に受け入れられないと、当然のことを被害者面で語ろうというのか。四、滑稽だな。滑稽を超えて醜悪だ。悍ましい」
脳裏さんの率直な物言いに、よこみちゃんは小さく震え始めている。これは流石にまずいかしらん。
「ちょっと脳裏さん言い過ぎですわよ。めっ!」
「一、私はお前が最悪だと思っていたが、認識を変えるよ。二、そこの、まるで人のような顔をして、泣きそうになっている奴こそが、この世で最も悍ましい人外だ」
「あら、私のランキングが上がっちゃった。ありがとね、よこみちゃん! ホテルに入れたら報告してあげるって思ったけどもう一緒に入ってたわ。ふふふ!」
「一、死ね。二、くたばれ。三、そして死ね」
トークにオチを付けたところで、電話を終えたのか、げっそりとした顔でみぞれちゃんが部屋に入ってきた。そして困惑した顔を浮かべた。
「どうしたの?」と彼女はよこみちゃんに聞く。その声にもよこみちゃんは言葉を返せなかった。
「なに、ちょっとばかし真面目な話をしていただけですわ。これからの生活とか、これまでの生活とか。そしたらよこみちゃん、ホームシックになっちゃったみたいで」
「一、お前ら人外の悍ましさを再確認したところだ。二、まさか、人が作った社会の中に、自らの居場所を求めようとする人外がいたとはな」
「こら脳裏さん! そういう意地悪な言い方をしない!」
「……貴方達って。……大丈夫? よこみ」
みぞれちゃんは声に怒りを滲ませた。「……だから私は反対したのに」小さく早く呟く。
だが、それをよこみちゃんも耳にしてしまったのか、はっとした顔をして、私を見つめた。そうして言った。
「……ううん! なんでもない。大丈夫だよ、私!」
実に健気なものである。これからも色々な意味で仲良くしていきたいものだ。
でも脳裏さんとだと二者択一な感じがあるな。脳裏さんはよこみちゃんを嫌うだろうし、よこみちゃんだって脳裏さんと仲良くしたいとは思わないだろう。
そして、マザー・リリスが怪しくも融和を唱える以上、脳裏さんを手元に置いておくことはできない。血を吸って赤族として眷属にする事も出来るけど、相性が悪いとすぐに腐っちゃうからなあ。
でも、やっぱり脳裏さんは残しておきたい。何せ、折角これまで生き残らせているんだから。
「頑張ろうね!」と私は脳裏さんに言った。そして何時ものように「一、死ね」と返された。
一方、よこみちゃんの言葉にみぞれちゃんは色々と察したようで、私をあからさまに睨みつつ言った。
「条件が決まったわ」
「条件って何の? 私はただ大人しく過ごしたいだけですのに。それに関しても条件を決められなければならないとは悲しいですわね」
「その大人しく過ごす先、マザー・リリスも了承した条件よ」
「だったら仕方がない」
そこに行けなければ解剖か、上手く行っても冷凍監獄行きでしかない。私はベッドの上に座り、居住まいを正して話の続きを促した。
「……まず第一に」
よこみちゃんが非常に嫌そうに口を開く。
「貴方には、私と『血の契約』を結んで貰う」
「部下じゃなくて友達がいいなー」
「一応、安心して。これは一時的なものだから。マザー・リリスの元に赴き次第、私との契約は解除して、彼女と新たに契約を結んで貰う」
「なんでそんな携帯会社の乗り換えみたいなことしなきゃならないの」
「はあ……?」
私のたとえがよく分からなかったようで、みぞれちゃんは怪訝そうな顔を浮かべた。もしかして携帯会社の乗り換えって、まだ始まってないか少なくとも一般的じゃない?
なんだか物凄く滑った奴みたいな感じになってしまった。「まあ、意味としては……」とみぞれちゃんがたとえを無視して話を続けるのが非常に恥ずかしかった。
「まず第一に、貴方は人を殺しすぎたのよ。たとえどんな背景があったとしても直ちに殺すべきだと、流血機関及び退魔七家は考えている」
「その退魔七家の祀場がへまやってくれたお陰で私が生きているんだけどね。あっ、その祀場にいいようにされた流血機関もへまやったということになるのかな?」
「……だけど、私達の上にいるマザー・リリスは、あくまで貴方という新参の朱族を保護しようと考えているの。加えて……」
そこでみぞれちゃんは苦々しい表情を浮かべた。
「何故か、
「はあ。企業が」
えっ、なんでだろう。なんでだっけ。たかが朱族一匹を支援する意味なんて、あれにあったっけ? あれの考えていることはいまいち分からん。
何せ、白楽家の中枢に根ざし、それを采配しているのは、他ならぬ
「ん? ああ、いや、そうか。そうだったそうだった。なーるほどね」
私は納得して手を叩いた。合っているかどうかは知らんが、納得は行く。「なんです?」とみぞれちゃんが訝しんでくるが、説明しても分かってくれないだろうし、分からせるつもりもない。
しかし、私には分かった。白楽家のあいつは多分、恩を売ろうとしているのだろう。私にではなく、そしてマザー・リリスにでもなく、彼女とかつて仲の良かった、
ルーマニアの偉大なる元公爵。朱族を代表する者であり、最も気高き
「原作開始前だから、まだ生きていたわけだ」
「はあ……?」
それをすっかり忘れていた。彼がぶっ殺されて、その尊き血を残さず奪われてしまったからこそ、ヒロインのレゾンデートルちゃんが狙われて日本まで逃げることになったのだし、主人公くんと出会うことになったのだ。そこら辺のいきさつをすっかり忘れていた。
何せ、ヒロインの昔の男扱いされて、あまり話題にあげられていなかったものだから。実際にはそんな事ないのだが。ネットを見ると、話題にあげると荒れがちな過去があったらしい。そして彼よりも、その奪った奴の方が印象的だったので、既にそいつを
「そうなると、つまりあれはまだ動いていないわけで、そうなるとこれから……いや、どうせあれのことだから……」
「……よく分からないけれど、白楽家が噛んできたことで、この騒動は祀場が取り纏めることになった。私自身、何がどうなってそうなったのかは分からないけれど、ともかくそうなった。貴方からしてみれば、助かったと喜ぶところじゃないの」
「わーい」
「……だけど、流血機関に要請されている以上に、ただ貴方を放逐するだけでは、面子というものが立たないらしいわ」
「もうズタボロじゃないかな」
「私もそう思うけど、そこで祀場は条件を出したの。まず、貴方自身に信用が置けないから、マザー・リリスの下に向かうまでに、私の下位に置いて、その命令権を確かにすること。そしてもう一つは──」
「俺と殺し合って勝つことだ」
閉じきった扉の前に男が立っていた。無精髭を生やした甚平姿の巨躯。身体が勝手に血の槍を形成し、射出する。
「おっ、今からか?」
男は難なくそれを避け、踏み込んだ。
扉が砕け散ると同時に床が割れ、私の下に男が飛び込んでくる。跳び上がってその拳を避ける。天井に足を着けて「やだぁパンツ見えちゃう」と言いながら、うなじに向けて爪を振るおうとし──。
「そこまで」
ぴたりと、拳と拳が触れ合うあと少しの距離で互いに腕を止め、部屋の外を見た。そこにも男が立っていた。