間違えずに、失う者たち   作:助兵衛

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第10話 デクVSかっちゃん

「では!」

 

 オールマイトが、巨大モニターへ向けて腕を振る。

 

 直後。

 

 ブゥン、と低い駆動音と共に、画面へ立体的なマップが表示された。

 

 複雑に入り組んだビル群。

 

 通路。

 

 屋内構造。

 

 複数階層。

 

 まるで小さな都市そのものだった。

 

「今回の訓練では、諸君らに“ヒーロー”と“ヴィラン”へ分かれてもらう!」

 

 ざわり、と生徒たちがどよめく。

 

「ヴィラン!?」

 

「いきなり!?」

 

 上鳴が目を丸くし、切島が「燃えるじゃねぇか!」と拳を握る。

 

 オールマイトは頷いた。

 

「現実では、災害や街中だけが戦場とは限らない!」

 

 ビシッ、とモニターを指差す。

 

「時には、秘密裏に“ある物”を奪おうとするヴィランを、ヒーローが制圧するケースも存在する!」

 

 モニター上へ、“核”と書かれたアイコンが表示された。

 

「ヴィラン側は、この模擬核兵器を守り切れば勝利!」

 

「ヒーロー側は、それを制圧するか、ヴィランを捕縛すれば勝利だ!」

 

「おおー……!」

 

 麗日が感嘆の声を漏らす。

 

 飯田も真剣な顔で頷いていた。

 

「なるほど、単純な戦闘ではなく制圧と確保を目的とした実践訓練か!」

 

「その通り!」

 

 オールマイトが親指を立てる。

 

「加えて今回は!」

 

 一拍。

 

「“屋内戦闘”特有の制限も存在する!」

 

 モニターへ、新たな項目が表示される。

 

 ・視界不良

 ・死角

 ・閉所戦闘

 ・人質想定

 ・建造物被害

 

「火力だけでは勝てない!」

 

 ドンッ、とオールマイトが拳を打つ。

 

「判断力!」

 

「索敵!」

 

「連携!」

 

「そして!」

 

 ニカッ、と笑う。

 

「“ヒーローらしさ”が試されるぞ!」

 

 教室が、一気に熱を帯びる。

 

「うおおおおっ!!」

「めっちゃ面白そう!!」

「絶対勝つ!!」

 

 盛り上がるクラスメイトたち。

 

 だが。

 

「……」

 

 出久だけは、僅かに顔を強張らせていた。

 

 ヴィラン。

 

 その単語が、以前とは全く違う意味を持ってしまっている。

 

 脳裏へ蘇る。

 

 白い地下施設。

 

 生命維持装置。

 

 AFO。

 

『定期的に情報を流してもらう』

 

『必要に応じて任務を与える』

 

 右腕の奥が、鈍く疼いた。

 

 その時。

 

「デク君!」

 

 麗日が楽しそうに声を掛けてくる。

 

「一緒になれるとええね!」

 

「へっ!?」

 

 出久の肩が跳ねた。

 

「い、いや、その、えっと……!」

 

 顔が赤くなる。

 

 麗日はそんな反応を見て、けらけら笑った。

 

「なんでそんなテンパるんー!」

 

「だ、だって……!」

 

 女子とチーム戦。

 

 しかもヒーローコスチューム。

 

 情報量が多すぎる。

 

 出久の脳がまた処理限界を迎えかけた、その時。

 

「では組み合わせを発表しよう!」

 

 オールマイトが、カードを取り出した。

 

 生徒たちが一斉に静まる。

 

「完全ランダムだ!」

 

 モニターへ、チーム分けが映し出されていく。

 

 そして。

 

 出久の目が、大きく見開かれた。

 

「……え」

 

 表示された組み合わせ。

 

 ヒーローチーム。

 

 緑谷出久。

 

 麗日お茶子。

 

 対するヴィランチーム。

 

 爆豪勝己。

 

 飯田天哉。

 

 空気が、少しだけ変わった。

 

「……チッ」

 

 爆豪が、明確に舌打ちする。

 

 赤い目が、真っ直ぐ出久を射抜いた。

 

「……いい度胸じゃねぇか、デク」

 

 低い声。

 

 怒気。

 

 そして、隠しきれない苛立ち。

 

 昨日の“槍骨”。

 

 未だ説明されていない個性。

 

 無個性だったはずの幼馴染。

 

 全部が、爆豪の中で燻っている。

 

 出久は、その視線を受けながら、小さく息を呑んだ。

 

 屋内戦闘訓練。

 

 なのに。

 

 これから始まるのは、もっと別の何かのような気がしていた。

 

 ──数分後。

 

 訓練場内部。

 

 無機質な金属扉が閉まり、周囲へ静寂が落ちる。

 

 薄暗い通路。

 

 コンクリートの壁。

 

 非常灯だけが、ぼんやりと床を照らしていた。

 

 屋内戦闘訓練場。

 

 本物のビル内部を模した構造らしく、空気には僅かな埃臭さすらある。

 

「おおー……」

 

 麗日が周囲を見回した。

 

「すごいね、ほんとに建物ん中みたい」

 

「う、うん……」

 

 出久も辺りを見回す。

 

 視界は悪い。

 

 曲がり角も多い。

 

 死角だらけ。

 

 しかも相手は。

 

「……かっちゃん」

 

 無意識に、口から漏れていた。

 

 幼い頃から知っている。

 

 爆豪勝己。

 

 強い。

 

 圧倒的に。

 

 個性の火力。

 戦闘センス。

 反応速度。

 

 何より、“勝つ事”への執着が異常だった。

 

 麗日が、少しだけ真面目な顔になる。

 

「幼馴染なんだよね?」

 

「……え?」

 

「爆豪君と」

 

 出久の肩が、僅かに強張った。

 

「う、うん……まぁ」

 

 麗日は少し考えるように唇へ指を当てる。

 

「じゃあ、デク君の方が爆豪君の事よく知ってるのかなって」

 

 一拍。

 

「作戦、どうしようか?」

 

 真正面からの言葉だった。

 

 頼るような声。

 

 信頼。

 

 それを向けられた瞬間、出久は少しだけ目を見開く。

 

「……僕に?」

 

「そりゃそうだよ!」

 

 麗日は当然みたいに頷いた。

 

「だってデク君、分析とかすごく得意そうだし!」

 

「ぁ……」

 

 出久の喉が、小さく鳴る。

 

 分析。

 

 その言葉だけで、少しだけ昔へ戻った気がした。

 

 ヒーローノートを書いていた頃。

 

 まだ、全部が憧れだけだった頃。

 

「……」

 

 出久は、小さく深呼吸した。

 

 そして、訓練場のマップを頭の中で組み立てる。

 

 ヴィラン側は、防衛。

 

 つまり。

 

 基本的に“待ち”の有利がある。

 

 加えて。

 

「爆豪は、多分……真正面から来る」

 

「え?」

 

 麗日が瞬きをする。

 

 出久は、少し迷ったあと続けた。

 

「かっちゃんは、“勝つ”って決めた時、相手を正面から叩き潰そうとするんだ」

 

 一拍。

 

「特に、僕相手なら」

 

 その声には、妙な確信があった。

 

 爆豪は怒っている。

 

 理由を知りたがっている。

 

 だから、隠れたり小細工したりするより、自分から潰しに来る可能性が高い。

 

 麗日は「なるほど……」と頷いた。

 

「じゃあ、まず爆豪君をなんとかした方がいいって事?」

 

「うん」

 

 出久も真剣な顔で頷く。

 

「飯田君は多分、ルール通りに“核”の防衛を優先すると思う。でも、かっちゃんは違う」

 

 一拍。

 

「多分、僕を真っ先に潰しに来る」

 

 断言だった。

 

 幼い頃から見てきたから分かる。

 

 爆豪勝己は、感情を戦闘へそのまま乗せるタイプだ。

 

 しかも今は、怒っている。

 

 自分へ。

 

 ひどく。

 

「だから」

 

 出久は腰の拘束バンドへ触れる。

 

「不用意に突っ込んできたところを、二人で拘束する」

 

「おお……!」

 

 麗日が目を輝かせる。

 

「なるほど! 真正面から戦うんじゃなくて、まず動きを止めるんだ!」

 

「う、うん……!」

 

 出久は少し照れながら頷いた。

 

「かっちゃん、強いけど、怒ると周り見えなくなる時あるから……」

 

 そう言いながら、拘束バンドを取り出す。

 

 麗日も「あ、私も持つ!」と慌ててポーチからバンドを引き抜いた。

 

 その時だった。

 

 ──パチッ。

 

「……え?」

 

 出久の表情が、僅かに変わる。

 

 今。

 

 聞こえた。

 

 小さな音。

 

 爆竹みたいな、乾いた破裂音。

 

「デク君?」

 

 麗日が首を傾げる。

 

 出久は反射的に口元へ指を当てた。

 

「……静かに」

 

「え?」

 

 出久は、じっと耳を澄ませる。

 

 遠い。

 

 かなり遠い。

 

 だが。

 

 聞こえる。

 

 パチ、パチッ、と断続的な爆破音。

 

 壁越し。

 

 複数階層向こう。

 

 普通なら絶対に聞こえない距離。

 

「……来る」

 

 出久が、小さく呟いた。

 

「えっ?」

 

「かっちゃんだ」

 

 麗日の目が丸くなる。

 

「え、なんで分かるの!?」

 

 出久は答えない。

 

 いや、答えられなかった。

 

 耳へ意識を集中する。

 

 するとさらに聞こえてくる。

 

 爆破。

 

 靴底が床を蹴る音。

 

 荒い呼吸。

 

 そして。

 

「……チッ……デク……!」

 

 苛立ち混じりの声。

 

 焦燥。

 

 怒気。

 

 爆豪勝己の息遣いが、まるですぐ近くにいるみたいに聞こえていた。

 

 出久の背筋へ、冷たいものが走る。

 

 五感強化。

 

 AFOから与えられた個性の一つ。

 

 “槍骨”ほど派手ではない。

 

 だからこそ選ばれた。

 

 骨格生成を補助し、戦闘能力を底上げし、それでいて“複数個性持ち”だと露見しにくい個性。

 

『露骨な能力は避けた方がいい』

 

 AFOの声が脳裏に蘇る。

 

『複数個性は悪目立ちするからね。あくまで、君自身の力……という建前が通用する個性を選別した』

 

 耳へ入る情報量が、一気に増える。

 

 遠くの換気音。

 

 建物の軋み。

 

 麗日の呼吸。

 

 自分の心臓。

 

 そして。

 

 こちらへ一直線に近付いてくる爆豪勝己。

 

「……速い」

 

 出久の顔から、僅かに血の気が引いた。

 

「え?」

 

「かっちゃん、一直線にこっち来てる」

 

 麗日がぎょっとする。

 

「えぇ!?」

 

 その瞬間。

 

 ドンッ!!! 

 

 遠くで、爆発音。

 

 建物全体が、微かに揺れた。

 

「っ!?」

 

 麗日が肩を跳ねさせる。

 

 出久の耳には、さらに鮮明に聞こえていた。

 

 爆風を推進力にして、無理やり直進してくる足音。

 

 壁を蹴る音。

 

 そして。

 

 獣みたいに荒い呼吸。

 

「……マズい」

 

 出久が、息を呑む。

 

「想像以上に怒ってる……!」

 

「え、えっと、どうするの?」

 

 麗日が拘束バンドを握り直す。

 

 出久は一瞬だけ目を閉じた。

 

 爆破音。

 足音。

 呼吸。

 曲がり角までの距離。

 

 全部が、頭の中で線になる。

 

「……こっちだ」

 

「え?」

 

「先に動く」

 

 出久は低く言うと、麗日の手を引くようにして通路の脇へ移動した。

 

 十字路の角。

 

 爆豪が突っ込んでくるであろう進路の、ほんの少し手前。

 

 そこへ身を潜める。

 

「かっちゃんは、多分この角を曲がってくる」

 

「う、うん」

 

「僕が止める。麗日さんは、隙ができたら拘束を」

 

「分かった!」

 

 麗日は頷く。

 

 その直後。

 

 ドンッ!! 

 

 爆発音が、今度ははっきりと近くで響いた。

 

「デクゥゥゥゥ!!」

 

 怒声。

 

 通路の向こう。

 

 曲がり角の先から、爆豪勝己が飛び出してくる。

 

 掌の爆破を推進力に、床すれすれを滑るような突進。

 

 普通なら反応できない。

 

 だが。

 

 出久には、来ると分かっていた。

 

 タイミングも。

 角度も。

 踏み込む位置も。

 

「——ここ!」

 

 出久は一歩前へ出た。

 

「なっ!?」

 

 爆豪の目が見開かれる。

 

 予想外。

 

 待ち伏せ。

 

 しかも、真正面ではない。

 

 角の死角から、出久が先に踏み込んできた。

 

 爆豪が掌を向けるより早く、出久の左肩が爆豪の胸元へ入り込む。

 

 右腕は使わない。

 

 “槍骨”も出さない。

 

 ただ、強化された骨格と、AFOの訓練で叩き込まれた重心操作だけで。

 

「っ……!」

 

 出久は歯を食いしばり、爆豪の勢いを横へ流した。

 

 突進の力を、真正面から受けない。

 

 半歩ずらし、肩で押し込み、足を払う。

 

 ドンッ!! 

 

 爆豪の身体が、壁へ叩きつけられた。

 

「ぐっ!?」

 

 コンクリートの壁が鈍く鳴る。

 

 爆豪の背中から衝撃が抜け、肺の空気が一瞬詰まった。

 

「すごい! 達人みたい!」

 

 出久はそのまま拘束バンドへ手を伸ばす。

 

 麗日は興奮気味に身振りをする。

 

 だが、爆豪はそれを見てさらにこめかみを引き攣らせた。

 

「……おい」

 

 低い声。

 

 通路の空気が、熱を帯びる。

 

「誰が、誰に、やられたって?」

 

 爆豪の両掌が、爆ぜる。

 

 小さな火花ではない。

 

 明確な爆発の予兆。

 

 出久は息を呑む。

 

 個性『五感強化』が拾う。

 

 汗腺の発火音。

 呼吸の乱れ。

 床を踏み締める圧。

 

 次は、来る。

 

 本気で。

 

 出久は、麗日の前へ半歩出た。

 

「麗日さん、下がって」

 

「う、うん!」

 

 爆豪が、獰猛に笑った。

 

「調子乗ってんじゃねぇぞ、デク」

 

 次の瞬間。

 

 ドォンッ!! 

 

 爆炎が、通路を埋め尽くした。

 

「っ!!」

 

 出久は咄嗟に身を捻る。

 

 壁へ爆発が叩きつけられ、コンクリート片が弾け飛んだ。

 

 熱風。

 

 轟音。

 

 狭い屋内だからこそ、爆豪の爆破は凶悪だった。

 

「は、速っ……!」

 

 麗日が思わず後退る。

 

 爆豪は、爆煙の中から獣みたいな勢いで踏み込んできた。

 

「すげぇ個性だなぁ!!」

 

 怒鳴り声。

 

 赤い目が、怒りでギラついている。

 

「無個性の振りして、俺の事ずっと嘲笑ってたのかァ!?」

 

「ち、違……!」

 

「じゃあ何だ!!」

 

 爆豪の掌が、至近距離で炸裂する。

 

 パァンッ!! 

 

 出久は個性『五感強化』で先読みし、反射的に身を沈めた。

 

 爆風が頭上を掠める。

 

 髪が揺れ、背後の壁が爆ぜた。

 

 だが。

 

 避け切れない。

 

「ぐっ!」

 

 衝撃が肩を掠め、出久の身体が通路を滑る。

 

 痛い。

 

 速い。

 

 そして重い。

 

 かっちゃんは本気だ。

 

 出久の耳には、爆豪の荒い呼吸まで鮮明に聞こえていた。

 

 怒っている。

 

 本当に。

 

 理解できない事が、許せないのだ。

 

「デク君!」

 

 麗日が駆け寄ろうとする。

 

「駄目!!」

 

 出久が叫んだ。

 

 爆豪の視線が、一瞬だけ麗日へ向く。

 

 危険。

 

 その瞬間、出久の背筋へ悪寒が走った。

 

「麗日さん!」

 

 出久は、半ば反射的に叫ぶ。

 

「ここは僕が抑えるから、爆弾を!!」

 

「えっ!?」

 

「行って!!」

 

 爆豪の爆破が、再び膨れ上がる。

 

 この狭い通路で麗日を巻き込めば危ない。

 

 それに。

 

 飯田は上階で“核”を守っているはずだ。

 

 なら。

 

 勝利条件だけなら、まだ取れる。

 

「でも……!」

 

「大丈夫!!」

 

 出久は立ち上がりながら叫ぶ。

 

 自分でも驚くくらい、声が出た。

 

「僕、かっちゃんの相手は慣れてるから!!」

 

 その言葉に。

 

 爆豪の顔が、さらに歪んだ。

 

「……は?」

 

 爆音。

 

 火花。

 

 怒気。

 

 全部が膨れ上がる。

 

「慣れてる?」

 

 爆豪が、一歩踏み込む。

 

「なんだそりゃァ……」

 

 低い声。

 

 だが、その奥には明確な激情があった。

 

「俺を、下に見てんのかよ……!!」

 

 掌が、爆ぜる。

 

 麗日は迷ったように二人を見比べた。

 

 だが。

 

 出久の表情を見て、ぎゅっと拳を握る。

 

「……分かった!」

 

 そして。

 

「絶対、無茶しないでね!」

 

 そう言い残し、通路の奥へ駆け出した。

 

「行かせるかァ!!」

 

 爆豪が爆風で床を蹴る。

 

 轟音。

 

 熱風。

 

 一直線。

 

 獣みたいな速度で、麗日を追おうとする。

 

 だが。

 

 その進路へ、出久が滑り込んだ。

 

「っ!」

 

 爆豪の赤い目が、怒りで見開かれる。

 

「どけやァ!!」

 

 右腕。

 

 来る。

 

 出久の脳裏へ、幼い頃から見続けた爆豪勝己の戦い方が流れ込む。

 

 右の大振り。

 

 爆破を乗せた、強引な突破。

 

 かっちゃんは、自信がある時ほど大きく振る。

 

 力で押し潰せると確信した瞬間、動きが直線になる。

 

 だから。

 

 読める。

 

 五感強化で加速した知覚が、爆豪の筋肉の動きすら鮮明に捉えていた。

 

 肩が入る。

 

 肘が開く。

 

 掌が向く。

 

 爆発の予兆。

 

「やってみろやァ!!」

 

 爆豪が怒鳴りながら、右腕を振り抜いた。

 

 ドォンッ!! 

 

 爆炎。

 

 だが。

 

 出久は、半歩だけ踏み込む。

 

 爆発から逃げない。

 

 懐へ入る。

 

「っ!?」

 

 爆豪の瞳が揺れた。

 

 出久の左手が、爆豪の右腕を掴む。

 

 熱い。

 

 火薬臭い。

 

 だが離さない。

 

「な——」

 

 次の瞬間。

 

 出久は身体を捻った。

 

 AFOの地下施設。

 

 何度も叩き込まれた体術。

 

 強化された骨格。

 

 重心移動。

 

 爆豪自身の突進力を、そのまま利用する。

 

「う、ぉッ!!」

 

 ドガァンッ!! 

 

 爆豪の身体が、勢いのまま床へ叩きつけられた。

 

 コンクリートが砕ける。

 

 鈍い衝撃音が、通路へ響いた。

 

「がっ……!?」

 

 一瞬。

 

 爆豪の呼吸が止まる。

 

 その隙を、出久は見逃さなかった。

 

 右腕。

 

 疼く。

 

 骨が軋む。

 

 だが。

 

「——槍骨」

 

 ボゴッ、と。

 

 不気味な音が鳴った。

 

 出久の前腕が膨れ上がる。

 

 皮膚の下で骨が増殖し、変形し、白い槍状構造が形成されていく。

 

「っ、デク……!!」

 

 爆豪が顔を歪める。

 

 だが遅い。

 

 ズドッ!! 

 

 床へ、白い骨槍が突き刺さった。

 

 続けて。

 

 ズガガガッ!! 

 

 複数の骨槍が、爆豪の周囲へ展開される。

 

 腕。

 

 胴。

 

 足。

 

 完全に刺し貫かない絶妙な位置で、逃げ道だけを潰していく。

 

 まるで檻。

 

 白い骨の牢獄だった。

 

「っぐ……!!」

 

 爆豪が無理やり動こうとする。

 

 だが。

 

 骨槍が軋み、さらに締め上げる。

 

 出久は荒い呼吸のまま、爆豪を見下ろした。

 

「はぁ……っ、はぁ……!」

 

 心臓が暴れている。

 

 怖い。

 

 ずっと。

 

 かっちゃんは怖かった。

 

 けれど。

 

 今だけは。

 

「……止めた」

 

 その瞬間だった。

 

 爆豪の表情が、変わった。

 

 怒りではない。

 

 憤怒。

 

 理性すら焼き潰しかねない激情が、赤い瞳の奥で爆ぜる。

 

「……止めたァ?」

 

 低い声。

 

 だが。

 

 その全身から漏れ出る圧力は、先程までとは別物だった。

 

 ミシ、と。

 

 骨槍が軋む。

 

 爆豪の掌が、ゆっくりと握られる。

 

「誰が」

 

 火花。

 

 バチバチ、と。

 

 汗腺が異常な勢いで火を噴き始める。

 

「誰に」

 

 熱。

 

 通路の温度が、一気に上がる。

 

 出久の個性『五感強化』が警鐘を鳴らした。

 

 危険。

 

 まずい。

 

 出力が跳ね上がっている。

 

「止められたって……!?」

 

 ドォンッ!!!!!! 

 

 轟音。

 

 至近距離。

 

 骨檻の内部で、爆豪が爆破した。

 

「っ!?」

 

 出久の目が見開かれる。

 

 火炎。

 

 衝撃。

 

 閉所で炸裂した爆風が、通路そのものを揺らした。

 

 骨槍が悲鳴みたいな音を立てる。

 

 バキッ!! 

 

 一本。

 

 さらに。

 

 バギィッ!! 

 

 もう一本。

 

 爆豪は、自分の腕が裂けるのも構わず、無理やり火力を上げていた。

 

 皮膚が焼ける。

 

 スーツの袖が焦げる。

 

 それでも。

 

「ァァァァァッ!!」

 

 さらに爆破。

 

 至近距離。

 

 自傷上等。

 

 勝つためだけの爆発。

 

 ズガァァンッ!!! 

 

 白い骨槍が、ついに吹き飛んだ。

 

「な……!」

 

 出久が息を呑む。

 

 爆煙。

 

 粉塵。

 

 その中から。

 

 ギラついた赤い目が、こちらを睨んでいた。

 

「……ナメてんじゃねぇぞ、デク」

 

 爆豪が、ゆっくり立ち上がる。

 

 肩で息をしている。

 

 腕は赤く腫れ、ところどころ皮膚が裂けていた。

 

 だが。

 

 止まっていない。

 

 むしろ。

 

 怒りはさらに増していた。

 

 出久の耳へ、爆豪の心臓の音が響く。

 

 速い。

 

 危険域。

 

 それでも爆豪は止めない。

 

 その姿に、モニタールームがざわついた。

 

「お、おい……」

「爆豪、自分まで吹っ飛ばしてるぞ……!」

「本気すぎだろ……!」

 

 オールマイトの顔から、笑みが消えていた。

 

「少年たちよ……」

 

 相澤も、僅かに眉を顰める。

 

 一方。

 

 通路内。

 

 爆豪は、ゆっくりと右腕を持ち上げた。

 

 腕の固定具。

 

 大型グレネードめいた籠手。

 

 その側面。

 

 安全装置めいたピンへ、爆豪が指を掛ける。

 

 カチ。

 

 小さな音。

 

 だが。

 

 出久の五感強化は、その音に背筋を凍らせた。

 

「……っ」

 

 空気が変わる。

 

 爆豪の殺気が、一段階跳ね上がった。

 

 そして。

 

 爆豪が、ゆっくりと腕を向ける。

 

 照準。

 

 真っ直ぐ。

 

 緑谷出久へ。

 

「……教えてやるよ」

 

 低い声。

 

 怒りと。

 

 苛立ちと。

 

 そして、理解不能への激情が滲んでいる。

 

「テメェと俺の差をなァ……!!」

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