間違えずに、失う者たち   作:助兵衛

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第11話 いろんな意味でぶちまけろ!

「……教えてやるよ」

 

 低い声。

 

 怒りと。

 

 苛立ちと。

 

 そして、理解不能への激情が滲んでいる。

 

「テメェと俺の差をなァ……!!」

 

 カチッ。

 

 爆豪が、籠手の安全装置を完全に解除した。

 

 次の瞬間。

 

 出久の個性『五感強化』が、絶叫じみた警鐘を鳴らす。

 

 危険。

 

 今までとは桁が違う。

 

 汗腺。

 

 筋肉。

 

 呼吸。

 

 全部が、一気に“爆発”へ集中していく。

 

「っ……!」

 

 出久の顔色が変わった。

 

 ヤバい。

 

 避けないと。

 

 だが。

 

 狭い。

 

 通路が。

 

 距離が近すぎる。

 

「死ねやァァァァァッ!!!」

 

 ドォォォォォォンッッッ!!!!!! 

 

 閃光。

 

 轟音。

 

 直後、廊下そのものが爆発した。

 

「——ッ!!?」

 

 出久の視界が、白く塗り潰される。

 

 壁が吹き飛ぶ。

 

 床が砕ける。

 

 コンクリート片が暴風みたいに乱れ飛んだ。

 

 熱。

 

 衝撃。

 

 圧力。

 

 閉所で放たれた超火力の爆風が、通路を丸ごと呑み込む。

 

 まるで、小型の砲撃だった。

 

 ズガァァァァァンッ!!!! 

 

 訓練場全体が揺れる。

 

 非常灯が明滅し、天井から粉塵が降り注ぐ。

 

 モニタールーム。

 

「うわっ!?」

 

「な、何あれ!?」

 

「廊下消し飛んだぞ!?」

 

 生徒たちが一斉にどよめいた。

 

 モニターへ映るのは、崩壊した通路。

 

 爆煙。

 

 瓦礫。

 

 そして、爆心地を中心に抉れたコンクリート。

 

 切島が目を剥く。

 

「おいおいおい!? 訓練だろこれ!?」

 

「爆豪君やり過ぎじゃない!?」 

 

 八百万も顔を青くする。

 

 上鳴などは完全に引いていた。

 

「いや洒落になってねぇって……!」

 

 一方。

 

 オールマイトの表情からは、完全に笑みが消えていた。

 

「……爆豪少年」

 

 低い声。

 

 普段の陽気さが消え、教師としての厳しさだけが残っている。

 

 モニター越しに、爆煙の中の爆豪を見据える。

 

「次、それを使えば失格とするよ」

 

 室内が静まり返った。

 

 オールマイトは続ける。

 

「拠点である建物を崩壊させかねない攻撃なんて下策も下策、よく考えて行動したまえ」

 

「……チッ」

 

 爆豪が、露骨に舌打ちした。

 

 苛立っている。

 

 今すぐもう一発叩き込みたい。

 

 その衝動が、顔にそのまま出ていた。

 

 だが。

 

「……分ァってるよ」

 

 不機嫌極まりない声ではあったが、爆豪は籠手から指を離した。

 

 オールマイトの制止には従う。

 

 少なくとも、“失格”になるほど理性を飛ばしてはいない。

 

 その点だけは、ヒーロー科としての最低限の線を守っていた。

 

 瓦礫の向こう。

 

 出久は、荒い呼吸を繰り返している。

 

「はぁ……っ、はぁ……!」

 

 肺が痛い。

 

 耳鳴りがする。

 

 右腕も、もう感覚が曖昧だった。

 

 個性『五感強化』が、逆に爆発の衝撃を鮮明に拾ってしまったせいで、脳が悲鳴を上げている。

 

 それでも。

 

 立たなければ。

 

「……っ」

 

 出久が、ふらつきながら構え直した瞬間。

 

 爆豪の姿が、消えた。

 

「——え」

 

 ドンッ!! 

 

 爆発。

 

 直後、横合いから衝撃が叩き込まれる。

 

「がっ!?」

 

 出久の身体が、壁へ激突した。

 

 肺から空気が抜ける。

 

 速い。

 

 さっきまでと比べ物にならない。

 

「砲撃駄目ならよォ」

 

 爆豪の声。

 

 すぐ近く。

 

「普通に潰しゃいいだけだろ」

 

 ドォンッ!! 

 

 再び爆破。

 

 爆風を推進力へ変え、爆豪が一瞬で距離を詰める。

 

 低空機動。

 

 壁蹴り。

 

 方向転換。

 

 狭い通路を、まるで立体機動みたいに飛び回っていた。

 

 出久の個性『五感強化』は、確かに爆豪の動きを捉えている。

 

 だが。

 

 身体が追いつかない。

 

「っ!」

 

 右。

 

 来る。

 

 分かる。

 

 なのに。

 

 パァンッ!! 

 

「ぐぁっ!」

 

 爆豪の蹴りが脇腹へ突き刺さる。

 

 出久が床を転がった。

 

 痛い。

 

 速い。

 

 そして何より、動きに迷いがない。

 

 爆豪勝己は、“戦闘”へ慣れ過ぎていた。

 

 爆破で加速。

 

 爆風で制動。

 

 瞬間的な方向転換。

 

 着地と同時の次動作。

 

 全部が繋がっている。

 

 考えて動いているというより、“身体に染み付いている”。

 

 モニタールームでも、生徒たちが息を呑んでいた。

 

 相澤は腕を組みながら、静かにモニターを見つめていた。

 

「……爆豪は元々センスが高い」

 

 一拍。

 

「自分の個性を、戦闘機動として完全に使い慣れてる」

 

 それは、単純な火力だけではない。

 

 個性を使うタイミング。

 

 姿勢制御。

 

 視線誘導。

 

 全部が洗練されている。

 

 対して。

 

「緑谷は逆だな」

 

 相澤の目が細まる。

 

「個性の出力自体は高い。だが、扱いが荒い」

 

 経験不足。

 

 習熟不足。

 

 そして。

 

 “急造”。

 

 出久の戦い方には、どこか不自然な歪さがあった。

 

 まるで。

 

 短期間で無理やり戦闘技術だけ詰め込まれたみたいな。

 

 その頃。

 

「どうしたァ!!」

 

 爆豪が、爆風で天井近くまで跳ね上がる。

 

 そして。

 

 ドォンッ!! 

 

 真上から急降下。

 

「避けろやァ!!」

 

「っ!!」

 

 出久は咄嗟に骨槍を展開した。

 

 ズガァンッ!! 

 

 爆発が骨へ叩きつけられる。

 

 白い骨片が弾け飛んだ。

 

 衝撃。

 

 熱。

 

 出久の身体が床を滑る。

 

「ぐっ……!」

 

 駄目だ。

 

 防戦一方。

 

 五感強化で読めても、身体性能と経験差が埋まらない。

 

 かっちゃんは、強い。

 

 昔から知っていた。

 

 知っていたはずなのに。

 

 今、真正面から戦うと、改めて理解させられる。

 

 圧倒的だった。

 

「どうしたデク!!」

 

 ドンッ!! 

 

 爆豪が、爆風で横壁を蹴る。

 

 次の瞬間には、もう視界の外。

 

 速い。

 

 速過ぎる。

 

「反撃してみろやァ!!」

 

 パァンッ!! 

 

 至近距離。

 

 爆発。

 

「がぁっ!?」

 

 出久の身体が吹き飛ばされる。

 

 肩から壁へ激突。

 

 コンクリートへ亀裂が走った。

 

 肺が潰れる。

 

 呼吸が出来ない。

 

「っ……ぁ、ぐ……!」

 

 床へ膝をつく。

 

 だが。

 

 爆豪は、そこで終わらせなかった。

 

 本来なら。

 

 拘束バンドを嵌めれば、それで終わりだ。

 

 なのに。

 

「まだ立てんだろ?」

 

 爆豪が、獰猛に笑う。

 

 赤い目が、完全に獲物を見る目になっていた。

 

「ほらァ」

 

 ドォンッ!! 

 

 爆風。

 

 蹴り。

 

「がっ……!」

 

 腹へ衝撃。

 

 出久の身体がくの字に折れる。

 

 そのまま髪を掴まれ、無理やり引き起こされた。

 

「すげぇ個性持ってたんだよなァ?」

 

 低い声。

 

 怒りと。

 

 そして。

 

 どこか愉悦が混ざっている。

 

「だったら見せてみろよ」

 

 パァンッ!! 

 

 顔の横で爆発。

 

 熱風が頬を裂く。

 

 爆豪は、明らかに“遊んで”いた。

 

 いや。

 

 確認している。

 

 自分より下だったはずの存在が、どこまで戦えるのか。

 

 どこまで耐えられるのか。

 

 そして。

 

 どこで折れるのかを。

 

 モニタールーム。

 

「……あれ、拘束しないのか?」

 

 瀬呂が、困惑した声を漏らす。

 

 相澤は無言。

 

 オールマイトの表情も、硬い。

 

 爆豪は勝てる。

 

 誰の目にも明らかだった。

 

 にも関わらず。

 

 わざと終わらせていない。

 

 その頃。

 

「っ……!」

 

 出久は、壁へ叩きつけられながら、荒い呼吸を繰り返していた。

 

 痛い。

 

 全身が。

 

 熱い。

 

 視界も揺れている。

 

 だが。

 

「……」

 

 出久は、爆豪を見ていた。

 

 観察していた。

 

 五感強化。

 

 呼吸。

 

 筋肉。

 

 視線。

 

 そして。

 

 攻撃の“間”。

 

 かっちゃんは、止めを刺さない。

 

 拘束しない。

 

 怒っている。

 

 だから。

 

 “勝つ”より、“叩き潰す”事を優先している。

 

 嗜虐心。

 

 それが、隙になる。

 

「っ、はぁ……!」

 

 出久は、敢えて立ち上がる。

 

 ふらつきながら。

 

 爆豪が、それを見て笑った。

 

「まだやんのかよ」

 

 ドンッ!! 

 

 爆風。

 

 また来る。

 

 右。

 

 低空。

 

 脇腹狙い。

 

 分かる。

 

 だが。

 

 避けない。

 

「っ!」

 

 衝撃。

 

 肋骨が軋む。

 

 口の中へ鉄臭さが広がった。

 

 それでも。

 

 耐える。

 

 爆豪の動きは速い。

 

 機動力では絶対に勝てない。

 

 なら。

 

 捕まえるしかない。

 

 一度。

 

 たった一度。

 

 掴めれば。

 

「どうしたァ!!」

 

 爆豪が吼える。

 

「その骨は飾りかよ!!」

 

 ドォンッ!! 

 

 今度は上。

 

 爆風で跳ね上がり、真上から踏み込んでくる。

 

 爆豪の戦闘センスは異常だった。

 

 空間把握。

 

 重心制御。

 

 攻撃継続。

 

 全部が直感的に完成している。

 

 普通なら。

 

 絶対に捉えられない。

 

 だが。

 

 出久は、動かなかった。

 

 いや。

 

 動けないように見せた。

 

 膝をつき。

 

 肩で息をし。

 

 限界寸前みたいに。

 

 爆豪の目が、細くなる。

 

 来る。

 

 決めに。

 

 今までで、一番深く。

 

 踏み込んでくる。

 

「終わりだデクゥ!!」

 

 右腕。

 

 爆破。

 

 一直線。

 

 その瞬間。

 

 出久の瞳が、ギラリと見開かれた。

 

「——捕まえた」

 

「……ッ!?」

 

 爆豪の右腕を。

 

 出久の左手が、掴み取った。

 

 その瞬間。

 

 出久の身体の奥で、何かが切り替わった。

 

 筋肉ではない。

 

 骨。

 

 腱。

 

 関節。

 

 それらが、ぎしり、と音を立てる。

 

 AFOから与えられた三つ目の個性。

 

『筋骨発条化』。

 

 筋肉と骨格を、一時的に“発条”のように変質させる個性。

 

 溜めた力を、瞬間的に解放する。

 

 ただし、負荷は大きい。

 

 使い方を誤れば、自分の身体が先に壊れる。

 

 だが。

 

 掴んだ。

 

 もう、逃がさない。

 

「てめ——」

 

 爆豪が腕を振り払おうとする。

 

 だが遅い。

 

 出久の右腕が、軋む。

 

 皮膚の下で骨が増殖し、拳の外側へ薄い骨の装甲が展開されていく。

 

『槍骨』。

 

 そして『筋骨発条化』。

 

 二つの個性が、歪に噛み合った。

 

「っ、ぁああああああッ!!」

 

 拳が、跳ねた。

 

 ドガッ!! 

 

 爆豪の腹へ、骨で覆われた拳が叩き込まれる。

 

「がっ……!?」

 

 さらに。

 

 ドドドドドドドドッ!! 

 

 機関銃みたいな連打。

 

 発条化した筋骨が、拳を異常な速度で打ち出し続ける。

 

 一撃ごとに骨の拳が軋み、砕け、再生成される。

 

 白い破片が散る。

 

 血が飛ぶ。

 

 それでも止まらない。

 

「ぐ、ぉ……ッ!?」

 

 爆豪の身体が揺れる。

 

 反撃しようにも、右腕は掴まれている。

 

 距離が近すぎる。

 

 爆破すれば自分も巻き込む。

 

 出久は、逃げ場を与えなかった。

 

「はぁッ、はぁッ、はぁッ!!」

 

 殴る。

 

 殴る。

 

 殴る。

 

 出久の顔は、恐怖と必死さで歪んでいた。

 

 勝ちたいからではない。

 

 倒さなければ、進めない。

 

 麗日が向かった先へ。

 

 爆弾のある場所へ。

 

 飯田のいる場所へ。

 

 行かなければならない。

 

 ドガァッ!! 

 

 最後の一撃が、爆豪の胸元を打ち抜いた。

 

「っ……!」

 

 爆豪の膝が崩れる。

 

 そのまま、床へ落ちた。

 

 ドサッ、と。

 

 重い音。

 

 通路に、荒い呼吸だけが残る。

 

「はぁ……はぁ……っ」

 

 出久は、しばらく動けなかった。

 

 自分の右腕を見る。

 

 骨の装甲は崩れ、拳は震えている。

 

 指先の感覚がない。

 

 けれど、まだ動く。

 

 出久はふらつきながら腰の拘束バンドを取り出し、倒れた爆豪の腕に巻きつけた。

 

 カチリ。

 

 固定音が響く。

 

 爆豪勝己、脱落。

 

「……ごめん、かっちゃん」

 

 小さく呟く。

 

 返事はない。

 

 出久は壁に手をつき、足を引きずりながら立ち上がった。

 

 麗日さん。

 

 爆弾。

 

 飯田君。

 

 まだ終わっていない。

 

「行かなきゃ……」

 

 壊れかけた身体を無理やり動かし、出久は通路の奥へ進み始めた。

 

 階段へ辿り着いた時には、もう足がまともに上がらなかった。

 

「っ……ぁ、ぐ……」

 

 一段。

 

 また一段。

 

 出久は手すりへ体重を預けながら、無理やり身体を引き上げる。

 

 脇腹が痛い。

 

 肺が焼ける。

 

 右腕は熱を持ち、筋肉が細かく痙攣していた。

 

『筋骨発条化』の反動。

 

 急造の身体へ、複数個性を無理やり重ねた代償だった。

 

 それでも。

 

 止まれない。

 

 その時。

 

『デク君!?』

 

 耳元で、通信機が弾けるように鳴った。

 

「っ……麗日、さん……!?」

 

 出久は慌てて通信機へ触れる。

 

 ノイズ混じりの向こう側から、麗日の荒い呼吸が聞こえてきた。

 

『見つけた! 爆弾の部屋!』

 

 その声に、出久の表情が引き締まる。

 

「飯田君は……!?」

 

『いる! 部屋の中!』

 

 一拍。

 

『待ち構えてる!』

 

 出久は歯を食いしばりながら、階段を上がる速度を少しだけ速めた。

 

 個性『五感強化』が、上階の微かな音を拾う。

 

 足音。

 

 空気の流れ。

 

 そして。

 

 金属が擦れるような音。

 

『……っ、デク君、飯田君すごく警戒してる』

 

 麗日の声が、小さくなる。

 

『私の個性、警戒してるんだと思う』

 

 出久は脳裏へ、飯田天哉という人間を思い浮かべた。

 

 真面目。

 

 合理的。

 

 そしてルールに忠実。

 

 だからこそ、相手個性への対策も徹底する。

 

「部屋……どうなってる?」

 

『えっと……』

 

 通信の向こうで、麗日が慎重に覗き込む気配がした。

 

『部屋の中、瓦礫とか、机とか棚とか、全部どかしてる』

 

「……!」

 

『私が触って浮かせられないように、かな』

 

 出久の顔が強張る。

 

 やはり。

 

 飯田は、“無重力”をきちんと脅威として見ている。

 

 数秒後。

 

 出久は、ようやく上階へ辿り着いた。

 

 廊下の先。

 

 開け放たれた一室。

 

 その手前の壁へ、麗日が背を預けるようにして身を潜めていた。

 

「デク君!」

 

 小声。

 

 だが、安堵が混じっている。

 

 出久は息を切らしながら、麗日の隣へ滑り込んだ。

 

「はぁ……っ、はぁ……!」

 

「だ、大丈夫!?」

 

 麗日の顔が青ざめる。

 

 出久の状態は酷かった。

 

 スーツは焼け焦げ、腕は血で汚れ、足も引きずっている。

 

「う、うん……まだ、動ける……」

 

 そう答えながら、出久は部屋の中を覗き込んだ。

 

 そこには。

 

「……」

 

 飯田天哉がいた。

 

 爆弾役のダミー核兵器の前。

 

 真っ直ぐ立ち、腕を組んでいる。

 

 そして、その周囲。

 

 部屋の中は、異様なほど片付いていた。

 

 机。

 

 椅子。

 

 棚。

 

 投げられそうな物。

 

 触れられそうな物。

 

 全部、壁際へ寄せられている。

 

 中央には、何もない。

 

 ただ、広い空間だけ。

 

「……徹底してる」

 

 出久が、小さく呟いた。

 

 麗日も困ったように眉を下げる。

 

「さっきから、ずっとああなんだよね……」

 

 飯田は、こちらへ背を向けていない。

 

 部屋全体を視界へ入れる位置取り。

 

 いつでも迎撃できる姿勢。

 

 完全に、防衛へ徹していた。

 

「爆豪君とは全然違う……」

 

 麗日が小声で言う。

 

 出久は、静かに頷いた。

 

 かっちゃんは攻める。

 

 飯田君は守る。

 

 だから、厄介だ。

 

 しかも。

 

「……時間を使われると、まずい」

 

 出久の額から汗が落ちる。

 

 自分の身体は、もう限界に近い。

 

 長引けば動けなくなる。

 

 だが。

 

 飯田も、それを分かっているようだった。

 

「来ないのかね、ヒーロー諸君!」

 

 部屋の中から、飯田の声が響く。

 

「ならばこちらは、このまま防衛任務を継続するのみだ!」

 

 律儀なまでに真っ直ぐな宣言。

 

 出久は壁へ背を預けながら、荒い呼吸を整える。

 

「……麗日さん」

 

 出久が、小さく声を落とす。

 

「うん?」

 

「多分、正面から二人で入っても駄目だ」

 

 飯田は冷静だ。

 

 爆豪みたいに感情で突っ込んでは来ない。

 

 こちらの個性も、役割も理解した上で、防御を固めている。

 

「だから……僕が注意を引く」

 

「え?」

 

 麗日の目が丸くなる。

 

 出久は壁にもたれたまま、苦しそうに呼吸を整えた。

 

「飯田君は、今の僕を警戒してる」

 

 一拍。

 

「だったら、“僕”を見せれば、そっちへ意識が寄る」

 

 麗日が、はっとした顔になる。

 

 確かに。

 

 爆豪を倒した今、一番危険視されるべきは出久だ。

 

 なら。

 

 囮としては、これ以上ない。

 

「でも、デク君その身体……!」

 

「大丈夫」

 

 即答だった。

 

 大丈夫ではない。

 

 それは、お互い分かっている。

 

 けれど。

 

 時間がない。

 

「……お願い、麗日さん」

 

 その言葉に。

 

 麗日はぎゅっと唇を結び、数秒迷ったあと、小さく頷いた。

 

「……分かった」

 

 出久は、ゆっくり壁から身体を離す。

 

 足が痛む。

 

 脇腹も軋む。

 

 それでも。

 

 前へ出る。

 

 そして。

 

 廊下の陰から、あえて姿を晒した。

 

「飯田君!」

 

 部屋の中。

 

 飯田の目が、鋭く見開かれる。

 

「緑谷君!」

 

 直後。

 

 飯田の姿勢が変わった。

 

 重心を落とし、エンジンの付いた脚部をわずかに開く。

 

 臨戦態勢。

 

 だが。

 

 爆弾の前からは離れない。

 

「……!」

 

 出久は、思わず内心で舌を巻いた。

 

 冷静だ。

 

 自分を迎撃しながらも、防衛位置を維持している。

 

 飯田の視線が、出久の右腕へ向く。

 

 焼け焦げたスーツ。

 

 血。

 

 骨の残骸。

 

 そして。

 

 爆豪を倒したであろう痕跡。

 

「爆豪君を……突破したのか」

 

 飯田の声に、わずかな緊張が混じる。

 

「……っ」

 

 出久は、ふらつきながら一歩踏み出した。

 

 飯田の脚部エンジンが、低く唸る。

 

「来るか!」

 

 飯田が迎撃姿勢を取る。

 

 その瞬間。

 

 彼の意識は、完全に“正面の出久”へ集中していた。

 

 だから。

 

 気付かなかった。

 

 部屋の外。

 

 天井近く。

 

「……!」

 

 麗日お茶子が、静かに浮いていた事に。

 

 自分自身へ“無重力”を掛け。

 

 呼吸すら殺し。

 

 壁を蹴る反動だけで、ゆっくりと。

 

 本当にゆっくりと。

 

 天井すれすれを移動していた。

 

 飯田の対策は完璧だった。

 

 物を浮かせて飛ばす。

 

 瓦礫で攪乱する。

 

 それらは全部潰している。

 

 だが。

 

 “本人が浮く”事までは、意識の外だった。

 

 麗日は、息を殺しながら進む。

 

 真下には飯田。

 

 少しでも視線を上げられれば終わる。

 

 だから。

 

 出久が必要だった。

 

「……飯田君」

 

 出久が、さらに前へ出る。

 

 足を引きずりながら。

 

 今にも倒れそうな身体で。

 

 それでも。

 

 飯田の目を、真正面から見据える。

 

「まだ……終わってない」

 

「当然だ!」

 

 飯田が叫ぶ。

 

「ヴィランは最後まで任務を遂行する!」

 

 轟ッ!! 

 

 脚部エンジンが噴射する。

 

 その瞬間。

 

 飯田の視線が、完全に出久へ固定された。

 

 そして。

 

 その頭上を。

 

 麗日お茶子が、静かに通過しようとした──その時だった。

 

「……っ」

 

 不意に。

 

 麗日の顔色が変わる。

 

 ぐらり、と視界が揺れた。

 

「うぷ……」

 

 吐き気。

 

 猛烈な。

 

 胃がひっくり返るみたいな不快感。

 

 額へ脂汗が滲む。

 

『無重力』。

 

 対象を浮かせる個性。

 

 だが、その負担は決して軽くない。

 

 特に。

 

 “自分自身”を浮かせる行為は、想像以上に消耗が激しかった。

 

 自分の身体。

 

 装備。

 

 移動。

 

 姿勢制御。

 

 全部へ意識を割きながら、長時間浮遊し続ける。

 

 しかも今回は、気配を殺すために極限まで慎重に動いている。

 

 酔い。

 

 平衡感覚の崩壊。

 

 内臓が裏返るみたいな感覚。

 

「っ、ぅ……!」

 

 麗日が、慌てて口を押さえる。

 

 だが。

 

 もう限界だった。

 

「おぇっ」

 

 次の瞬間。

 

 飯田の頭上へ、盛大に吐しゃ物が降り注いだ。

 

「なっ!?」

 

 べちゃっ、と。

 

 極めて生々しい音が響く。

 

 飯田の眼鏡。

 

 肩。

 

 髪。

 

 全部へ直撃した。

 

 部屋の空気が、一瞬で凍る。

 

「……」

 

「……」

 

 出久と飯田の思考が、同時に停止した。

 

 そして。

 

「な、ななななな何ィィィィィ!?!?」

 

 飯田が絶叫した。

 

 完全に予想外。

 

 あまりにも予想外。

 

 真面目な委員長気質ゆえか、精神ダメージが凄まじい。

 

「うわぁぁぁぁごめん!! ごめんなさい!!」

 

 天井付近で麗日が半泣きになる。

 

 しかし『無重力』を解除したせいで、今度はそのままバランスを崩し、

 

「ひゃあっ!?」

 

 ドサッ!! 

 

 床へ落下した。

 

「麗日君!? いやそれどころではなく!! ぬ、ぬめっ!? こ、これは……!!」

 

 飯田が完全に取り乱す。

 

 眼鏡を外し。

 

 制服を確認し。

 

 後退りし。

 

 防衛陣形が一気に崩れた。

 

 その瞬間。

 

 出久の目が、鋭く細まる。

 

「——今だ!!」

 

 痛む脚を、無理やり踏み込む。

 

 ドッ!! 

 

 出久が、一直線に駆け出した。

 

「しまっ——!」

 

 飯田が顔を上げる。

 

 だが遅い。

 

 ほんの一瞬。

 

 たった一瞬の混乱。

 

 それだけで十分だった。

 

 出久は、ボロボロの身体を引きずるようにして爆弾へ飛び込む。

 

 脇腹が悲鳴を上げる。

 

 肺が焼ける。

 

 視界も滲む。

 

 それでも。

 

 右手を、前へ。

 

「っ……!」

 

 そして。

 

 ポン、と。

 

 模擬核兵器へ触れた。

 

 直後。

 

 ブォンッ!! 

 

 訓練終了を告げるブザーが、建物全体へ鳴り響いた。

 

『ヒーローチーム、勝利!!』

 

 機械音声が響く。

 

 部屋の中が、一瞬静まり返った。

 

 飯田は、呆然と立ち尽くしている。

 

 頭から吐しゃ物を垂らしたまま。

 

 麗日は床へへたり込みながら、真っ赤な顔で震えていた。

 

「ご、ごめんなさいぃぃぃ……!!」

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