間違えずに、失う者たち   作:助兵衛

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第110話 異能解放思想、とは

 異能解放軍が用意した宿泊先は、出久たちが想像していたものとは随分違っていた。

 

 山中の隠れ家でも、人気のない倉庫や古びた雑居ビルでもない。

 案内されたのは愛知県泥花市の中心部に建つ、この街でも指折りの高級ホテルだった。

 

 吹き抜けのロビーには柔らかな照明が降り注ぎ、磨き上げられた床には行き交う人々の姿が映っている。

 受付では制服姿の従業員が宿泊客へ笑顔を向け、併設されたラウンジではスーツ姿の男女がコーヒーを片手に談笑していた。

 

 そんな場所に、全国規模で追われている敵連合の面々が堂々と滞在している。

 

 さすがに山中での戦闘によって泥や血に汚れた服は着替えていたが、異能解放軍側から用意された私服へ替えただけで、帽子やマスクを使って顔を隠している者はいない。

 

 中でも出久は、全国へ顔写真が出回っている素顔を晒したままラウンジのソファへ腰掛け、携帯電話を耳へ当てていた。

 

「……うん。とりあえず全員無事。今は解放軍が用意してくれたホテルに泊まってる」

 

『何よりです。別荘が襲撃されたと聞いた時は肝が冷えました』

 

 電話の向こうから聞こえてくるのは、八斎會若頭──治崎廻の声だった。

 

「そっちは? 組の方は大丈夫なの?」

 

『連日警察が訪ねてきているせいで全員苛立っていますが、今のところ問題ありません。兄さんの指示通り、敵連合が無断で別荘を使用していた、こちらは何も知らなかったということで押し通しています』

 

 そこで治崎は僅かに間を置いた。

 

『もっとも、それを額面通り信じる馬鹿はいないでしょうが』

 

「ごめんね。しばらくは見張られると思う」

 

 出久が答えたところで、ホテルの制服を着たウェイトレスが細いトレーを手に近づいてきた。

 

 通話中であることに気づいた彼女は会話を邪魔しないよう軽く頭を下げ、テーブルへ白いカップを置く。

 

「お待たせいたしました。カフェオレでございます」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 出久も携帯電話を耳へ当てたまま会釈を返した。

 

 湯気とともにコーヒーの香りが立ち上り、温めたミルクの甘い匂いが混じる。

 ウェイトレスは砂糖とスプーンの位置を整えると、ごく自然な接客態度のまま出久へ微笑んだ。

 

「ごゆっくりお過ごしくださいませ」

 

「はい」

 

 それだけ告げると、彼女は別のテーブルへ向かっていった。

 

『……今、誰か来ましたか?』

 

「ホテルの人。カフェオレ持ってきてくれた」

 

『兄さん』

 

「何?」

 

『そんな堂々としていて大丈夫なんですか?』

 

 治崎の声には、普段あまり表へ出さない困惑が滲んでいた。

 

『ニュースでは今も兄さんたちの顔が流れています。特に緑谷出久は、世間に顔を知られていない犯罪者というわけではないでしょう。ホテルのラウンジで悠長に飲み物を頼んでいて、通報されないんですか』

 

「それがさ……多分、聞いても信じられないと思うんだけど」

 

 出久は苦笑しながら周囲へ目を向けた。

 

 フロントでは宿泊客がチェックアウトの手続きをしており、少し離れた席では年配の男性たちが新聞を広げている。入口付近の警備員も先ほどから何度かこちらを見ていたが、異変として扱う様子はない。

 

「この泥花市そのものが、異能解放軍の拠点らしいんだ」

 

『……はい?」

 

「住民のほとんどが解放軍の構成員か協力者なんだって。ホテルの従業員も、店員さんも、会社員もそうらしいし、県外から来てる宿泊客もみんな」

 

 電話の向こうが静かになった。

 

『それほどの勢力を維持していたとは……』

 

「僕もびっくりしたよ。でも、そのおかげで久しぶりに変装しないで外を歩けてる」

 

 出久はカフェオレを一口飲んだ。

 

 朝から続いていた緊張が、温かさと一緒に少しずつ緩んでいく。

 

 これまでは外出するたびに帽子やマスクを用意し、人通りの多い場所や監視カメラを避けなければならなかった。

 ところが昨夜この街へ入ってからは、一度も顔を隠していない。

 

 今朝など、ホテルを出て近くを歩いてきたほどだ。

 

「変な感じだけどね。顔を隠さず歩けるだけで、こんなに楽なんだって思った」

 

『……分かりました。ともかく今は休んでください。こちらも何か動きがあれば連絡します』

 

「うん。そっちも気をつけて。警察には僕たちの居場所は知らないで通してね」

 

『言われるまでもありません』

 

「じゃあ、また」

 

『はい』

 

 通話が切れ、出久は携帯電話をポケットへしまった。

 

 警察から監視されている八斎會と必要以上に長く連絡を取り合うべきではない。

 全員の無事と当面の滞在先を伝えられた以上、今のところはそれで十分だった。

 

 出久はテーブルのカフェオレへ手を伸ばし、もう一口飲もうとしたところで、静かなラウンジに似つかわしくない快活な声を耳にした。

 

「やあ、緑谷君! 待たせて悪かった!」

 

 声の方へ顔を向けると、仕立ての良いスーツに身を包んだ四ツ橋力也が、朗らかな笑顔を浮かべながらこちらへ歩いてくる。

 

 国内有数の企業デトラネット社を率いる代表取締役であると同時に、異能解放軍最高指導者──リ・デストロでもある男だ。

 

「四ツ橋さん」

 

「いやあ、すまないね。朝から少々仕事が立て込んでいてね」

 

 出久はそこで、四ツ橋の半歩後ろを歩く黒尽くめの男に気づいた。

 

 腰近くまで伸びた長い髪。全身を黒で統一した服装。

 付き人のようにも見えるが、周囲の従業員たちが四ツ橋と同様に敬意を払っていることから、単なる護衛ではないと分かる。

 

 その顔には見覚えがあった。

 

「あ……Feel Good Incの」

 

 出久が企業名を口にすると、四ツ橋は嬉しそうに頷いた。

 

「おお、知っていたかね! 紹介しよう。近属友保、解放コードはスケプティック。我々の同志であり、特に信頼している幹部の一人だ」

 

 大手IT企業Feel Good Incの取締役ともなれば、表社会でも十分な著名人である。

 

 出久は驚きつつもカップから手を離し、男へ軽く頭を下げた。

 

「あの、初めまして──」

 

「結構だ」

 

 挨拶を最後まで言わせてもらえなかった。

 

 スケプティックは出久を一瞥すると、不機嫌そうに眉間へ皺を寄せる。

 

「緑谷出久。最近巷を騒がせているチンピラ集団、その中心にいるクソガキでしょう。嫌というほど報道で見ていますから、今さら自己紹介は、結構だ」

 

「え、あ……はい」

 

「それよりリ・デストロ。私は『ぜひ紹介しておきたい者がいる』と言われたからこそ朝の予定を変更してここまで来たのですが、まさか相手がこの小僧だとは思いませんでしたよ」

 

「まあまあ、そう言わずに」

 

「私は暇ではないんです。確認すべき案件を後へ回し、移動に時間を割いて来てみれば、紹介されたのが最近ニュースを騒がせている家出少年のようなヴィランとは。会社で会議資料を読んでいた方が、よほど有意義だったのでは?」

 

「家出少年……」

 

「敵連合という名前も随分と大層ですが、活動歴は短く、組織基盤も資金力も情報網も未熟。そのうえ警察と雄英に潜伏場所を突き止められ、全員まとめて捕縛されかけたところを我々に救われている。話題性は認めますが、それだけで私が時間を割く価値があると思われては困りますね」

 

 声を荒らげているわけではないのに、一つ一つの言葉が執拗に突き刺さってくる。

 

 出久は助けを求めるように四ツ橋を見たが、返ってきたのは朗らかな笑顔だけだった。

 

 仕方なく会話を続けようと、出久は無難そうな話題を選ぶ。

 

「でも驚きました。四ツ橋さん以外にも、表で有名な方がいるんですね」

 

 スケプティックの眉が動いた。

 

「昨日デトラネットのことを知っただけでも驚いたのに、Feel Good Incの取締役まで解放軍の人だなんて。もしかして他にも──」

 

「リ・デストロだ、クソガキ!」

 

「えぇ!?」

 

 突然テーブルを回り込んできたスケプティックに、出久は思わずソファへ身体を引いた。

 

「四ツ橋さん? お前は何を聞いていたんだ。この方はデストロの意志を正統に受け継ぎ、異能解放軍を導いてこられた最高指導者、リ・デストロだ、分かったかワカメ頭。表社会で使う名前と同じように扱うな! えぇ!?」

 

「は、はい! すいません!」

 

「お前のような最終学歴・高校中退の家出少年には難しいかもしれんが、以後リ・デストロの御言葉はその空っぽの脳味噌へ一言一句刻み込め陰毛頭」

 

 四ツ橋が苦笑しながら口を挟んだ。

 

「緑谷君、あまり気にしないでくれたまえ。彼は見ての通り、少々気難しい人間でね」

 

「少々?」

 

 出久が思わず聞き返すと、スケプティックの鋭い視線が飛んでくる。

 

「何か?」

 

「何も言ってません」

 

 出久は逃げるようにカフェオレへ手を伸ばした。

 

 四ツ橋は二人のやり取りを楽しそうに眺めてから、ソファへ腰を下ろす。

 

「さて。先ほど君は、他にも表社会で名の知られた者がいるのかと聞いていたね」

 

「はい」

 

「その予想は正しい。異能解放軍には、社会的に大きな影響力を持つ同志が幾人もいる。企業経営者、報道関係者、政治家、文化人──職種は違っても、それぞれの立場から解放思想を支え、組織の基盤を築いてきた者たちだ。中でも中心的な者は、幹部として私を支えてくれている」

 

 それだけ聞いても、組織の規模が敵連合とは比較にならないことが分かる。

 

「君たちがこの街へ来てからまだ一日ほどだが、何人かはすでに同志たちと交流しているようだよ。特に楽しみにしていたのはキュリオスだろうね」

 

「キュリオス?」

 

「解放軍幹部の一人だ。表では大手出版社、集瑛社の専務を務めている」

 

「集瑛社って……あの集瑛社ですか?」

 

「他にどの集瑛社があるんだ、中卒」

 

 スケプティックが呆れた声を差し込んでくる。

 

 雑誌や書籍、漫画、報道誌まで幅広く扱う出版社だけに、出久も当然その名を知っていた。

 

「キュリオスは筋金入りの記者気質でね。気になった相手がいると、立場も時間も忘れて話を聞きたがる。敵連合の中では以前からトガヒミコ君に強い興味を持っていたから、今頃は随分楽しんでいることだろう」

 

「……大丈夫かな」

 

 出久は質問攻めにされているトガを想像したものの、本人が嫌がっている姿はあまり浮かばなかった。

 

「我々と君たちは、まだ互いを知らなさすぎる。昨日も言った通り、いきなり従属や統合の話を押し進めても上手くはいかないだろう。まずは互いの考えを知ったうえで、どこまで同じ道を歩けるのか探っていくべきだと私は考えている」

 

「昨日はかなり強引に握手させてきましたけど」

 

「ははは、細かいことを覚えているね!」

 

 出久が何とも言えない表情を浮かべる横で、スケプティックが呆れたように四ツ橋を見る。

 

「リ・デストロ。だから私は、この小僧相手にそこまで丁寧な段階を踏む必要など──」

 

「君は少し結論を急ぎすぎる。そうだ、緑谷君」

 

 四ツ橋は何かを思い出したようにスーツの内ポケットへ手を入れ、一冊の本を取り出した。

 

 落ち着いた色合いの表紙に題名が記され、その下には著者名が添えられている。

 

「これを君に」

 

「……本?」

 

「うむ」

 

 出久は差し出された本を受け取り、表紙に書かれた名前へ目を留めた。

 

「デストロ……?」

 

「その通り。それは初代異能解放軍最高指導者であるデストロが、獄中で書き上げた思想書だ」

 

 四ツ橋の顔に誇らしげな笑みが浮かぶ。

 

「逮捕され、組織が壊滅したと思われていた時期にも、彼は思想まで奪われることを拒んだ。何故、国家による異能の管理に反対するのか。我々が求めていた自由とは何なのか。そして異能を持つ人間と社会は、どのような関係であるべきなのか。それらを後世へ残すために書かれたものだ」

 

 出久は本を開く。

 

「君が持っているのは原典そのものではない。内容は残しつつ、現代の若者にも理解できるよう注釈や解説を加えた版だよ」

 

 ページを捲ると、本文の脇に細かな解説が並んでいた。

 

「当時の社会制度や言葉の意味は現代と大きく異なるからね。難解な表現には補足を付け、背景となった事件や法制度についても説明してある。原典を初めて読む人間でも、大まかな思想の流れを追えるように編集したつもりだ」

 

「リ・デストロ自ら監修された版だ」

 

 スケプティックが割り込む。

 

「その辺の薄っぺらい要約本と同じにするなよ。原典の文脈を壊さず、歴史的背景まで理解できるよう相当な手間をかけてある。途中で飽きて放り出したら許さん」

 

「まだ読むとも言ってないんですけど……」

 

「読むに決まっているだろう」

 

「決定なんですか?」

 

 困ったように四ツ橋を見ると、本人はにこにこと笑っていた。

 

「無理強いをするつもりはないよ。時間がある時にでも読んでみてくれたまえ」

 

 出久は目次を開いた。

 

『異能と人権』『国家による管理』『自己決定と能力行使』『異能社会における責任』。各章には原典の文章と現代語による補足が併記され、巻末には当時の制度や事件に関する資料も収録されている。

 

「……結構、本格的ですね」

 

「だからそう言っているだろうが」

 

 スケプティックが即座に返した。

 

 出久はそのまま冒頭へ進み、数ページを読み始めた。

 

 古い思想書らしい堅い表現は残っているものの、すぐ横の注釈を追えば内容そのものは理解できる。

 原文が書かれた時代には現在のような個性法制度が整っておらず、異能を持つこと自体が恐怖や差別の対象となっていたことも説明されていた。

 

「へえ……」

 

 出久が次のページを捲る。

 

 その様子を眺めていた四ツ橋は、いかにも満足そうに何度か頷いたあと、腕時計へ目を向けた。

 

「ああ、もうこんな時間か。残念だが、そろそろ戻らなければならないな」

 

「戻る?」

 

「仕事だよ。私も一応、デトネラットの代表取締役だからね」

 

 昨日から異能解放軍最高指導者としての顔ばかりを見ていたため、出久は一瞬その事実を忘れかけていた。

 

「それじゃあ私は仕事に戻るとするよ。急ぐ必要はないから、時間がある時に読んでみてくれたまえ。感想もぜひ聞かせてほしい」

 

「……分かりました。ちゃんと読めたら言います」

 

「結構!」

 

 四ツ橋が立ち上がると、スケプティックも続いた。

 

「では、リ・デストロ。そろそろ予定の時間です」

 

「分かっているとも」

 

 出久も腰を上げようとしたが、四ツ橋は片手でそれを制した。

 

「そのままでいい。昨日から随分と疲れているだろう。今日は好きに過ごしたまえ。泥花市の中なら顔を隠す必要もないし、何か必要ならホテルの者へ頼めばいい」

 

「街の外は?」

 

「出る時だけは一声かけてほしい。今の君たちは全国的に注目されている逃亡者だからね。迎え入れた翌日に捕まられては、こちらとしても格好がつかない」

 

「分かりました」

 

「うむ。それじゃあ失礼するよ!」

 

「では」

 

 四ツ橋は大きく手を振り、スケプティックとともにラウンジを離れていった。

 

 二人の姿がロビーの向こうへ消えたあと、出久はようやく肩の力を抜いた。

 

「……疲れた」

 

 そのままソファへ座り直す。

 

 膝の上には、先ほど渡された本が残っている。

 

 本来なら、ここで閉じてもよかった。

 異能解放軍の最高指導者から渡された以上、付き合いとして後から何章か読んでおけば十分だろうし、現在彼らの庇護を受けている立場を考えれば、相手の思想へ一定の関心を示すこと自体が処世にもなる。

 

 しかし、出久はそのような打算を考えるより先に、開いたままだったページへ視線を戻していた。

 

 そこには、生まれ持った異能を国家がどこまで管理してよいのかという問いが記されている。

 

 個性の行使を完全に本人の自由へ委ねれば、他者へ危険を及ぼす能力をどう扱うのかという問題が残る。

 一方、社会へ適応させるという理由だけで個人の性質そのものを矯正しようとすれば、その人間が自分として生きる権利まで奪うことになりかねない。

 

 出久には、どちらか一方だけを正しいとは思えなかった。

 

 トガのような人間を知っているからこそ、後者の問題も無視できない。

 

「……なるほど」

 

 気づけば、次のページへ指を掛けていた。

 

 誰かに気に入られるためでも、四ツ橋へ感想を伝える義務があるからでもない。

 

 単純に、その先に何が書かれているのか知りたかった。

 

 出久は静かにページを捲り、そのまま読み進めていった。

 

 テーブルのカフェオレが冷めていることには、しばらく気づかなかった。

 

 

 

 

 

 ──

 

 同じ頃、ホテルから少し離れた喫茶店では、トガヒミコが苺のパフェを前にしながら、一人の女性と向かい合っていた。

 

 古い洋館を改装した店内は深い色合いの木材と真鍮製の照明で統一され、窓辺には小さな観葉植物が並んでいる。

 午前と昼の境目という時間帯のため客も少なく、低く流れる音楽の合間に食器の触れ合う音が聞こえる程度だった。

 

 トガの正面に座っているのは、気月置歳。

 

 大手出版社・集瑛社の専務であり、異能解放軍ではキュリオスの解放コードを持つ幹部でもある。

 

 テーブルには手帳と小型の録音機が置かれ、気月は先ほどからトガの話を熱心に聞いていた。

 

「好きな人って、見てるだけでも楽しいんですけど、それだけじゃ足りなくなるのです」

 

 トガは生クリームを掬いながら、友人同士で恋愛話でもしているような明るい調子で続ける。

 

「もっと近くに行きたいし、触りたいし、その人のことをいっぱい知りたい。それで、すっごく好きになると、その人になりたいって思うんです」

 

「あなたにとって『好きな人になりたい』というのは、単なる比喩じゃないのね」

 

「はい!」

 

 トガは当然のことを聞かれたように頷いた。

 

「普通の人も、好きな相手と一緒にいたいとか、もっと理解したいとか思うでしょう。でもあなたの場合、それが文字通り『その人そのものになりたい』という欲求へ繋がる」

 

「だって、好きな人って可愛いじゃないですか。格好よかったり、血だらけだったり、ボロボロだったり。見てると、自分も同じになれたらもっと嬉しいなって思うんです」

 

 気月は興味深そうにペンを走らせる。

 

「その感覚はいつ頃から?」

 

「小さい頃からです」

 

 トガは少し考えてから、パフェの苺を一つ口へ運んだ。

 

「可愛い小鳥を見ても、可愛いから自分もそうなりたいって思いましたし、人でも同じです。可愛い子とか好きな子を見ると、その子みたいになれたらいいなって。昔は、みんなそういうものだと思ってました」

 

「周囲からは違うと言われた?」

 

「いっぱい言われました」

 

 トガは笑っていたが、その声音には僅かな不満が混じる。

 

「普通じゃないとか、気持ち悪いとか、そんなこと考えちゃ駄目とか。私は好きな人のことを好きって言ってるだけなのに、説明するとみんな変な顔をするのです」

 

 気月はその言葉を遮らず、表情や言い回しまで記録するように手帳へ書き込んでいった。

 

「社会はあなたを『異常な殺人鬼』という一言で処理した。でも、何故あなたがそういう価値観を持つようになったのか、そこまで考えようとする人間は少なかったのでしょうね」

 

 トガはスプーンを咥えながら首を傾げる。

 

「私は、私の普通で生きているだけなのに」

 

 気月は最後の一文を書き終えると、手帳を見直した。

 

 それからペンを挟んで閉じ、録音機も停止させる。

 

「よし。とても良い話が聞けたわ、ありがとう」

 

「もう終わりですか?」

 

「取材としてはね」

 

 気月は手帳をバッグへしまいながら、僅かに口元を緩めた。

 

「ただし、最後に一つだけ。これは記事とは関係なく、完全に私個人の興味なんだけど」

 

「はい?」

 

 トガが首を傾げる。

 

 気月は少しだけ身を乗り出した。

 

「ズバリ聞くわ」

 

 一拍置いてから、楽しそうに尋ねる。

 

「敵連合のボス、緑谷出久君とあなた──恋人同士なの?」

 

 トガはきょとんとした。

 

 まったく予想していなかったらしく、スプーンを持ったまま何度か瞬きを繰り返す。

 

 やがて質問の意味を理解すると、その顔がぱっと明るくなった。

 

「まだ付き合ってないです!」

 

 満面の笑みだった。

 

「……“まだ”なのね」

 

 気月の目に、再び記者らしい好奇心が宿る。

 

「ふふ。取材は終わったけど、こっちの話はもう少し聞かせてもらおうかしら」

 

「いいですよ!」

 

 トガは嬉しそうに頷き、残っていた苺を口へ運んだ。

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