間違えずに、失う者たち   作:助兵衛

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第119話 潜入、デトネラット社

 爆豪はデトネラット本社のロビーで、明らかに居心地が悪そうにソファへ腰掛けていた。

 

 全面ガラス張りのエントランスには外光が差し込み、白と黒を基調にまとめられた内装は余計な装飾を極力排した、いかにも大企業らしい洗練された造りになっている。

 受付の背後には企業ロゴが控えめに掲げられ、磨き上げられた床の上を、仕立てのいいスーツや落ち着いたオフィスカジュアルに身を包んだ社員たちが行き交っていた。

 

 社員証を胸元に下げ、タブレットや書類を手に迷いなく歩く彼らの中では、未成年であるというだけでも爆豪は十分に目立つ。

 

 しかも今回は、公安から意図的に身なりを整えすぎないよう指示されていた。

 雄英を辞め、ヒーロー社会から外れつつある少年という経歴を相手へ印象づける以上、面接へ来た学生のように殊勝な格好をしていては、かえって不自然だという判断だった。

 

 そのため爆豪は、暗色のパーカーに使い込まれたパンツという普段以上に柄の悪い服装を選び、髪も特に整えていない。

 最低限の清潔感は保っているものの、このロビーにいる人間の大半とは明らかに雰囲気が違っており、通り過ぎる社員たちが一瞬だけこちらへ目を向けては、何事もなかったように視線を戻していく。

 

「……クソが」

 

 露骨に見られているわけではないからこそ、その反応がかえって気に障った。

 

 潜入任務なのだから目立つこと自体は想定の範囲内だが、だからといって居心地まで良くなるわけではない。

 受付では指定された名前を伝えてあり、担当者が迎えに来るまでここで待つよう言われているため、下手に動くこともできなかった。

 

 爆豪は壁の時計を確認する。

 予定時刻まではまだ少しあり、相手が遅れているわけでもない。

 

「普通の髪型久しぶりだな、前からこんなんだったけか」

 

 小さく吐き捨て、髪を弄りつつ装いながら周囲へ目を向ける。

 

 ホークスから渡された資料によれば、デトネラットは表向きには何の問題もない大手ライフサポート企業であり、社会からもそのように認識されている。

 実際に本社へ入ってみても、受付や警備、社員の動線、来客用スペースのどこにも地下組織との繋がりを窺わせるものはなく、異能解放軍の中枢が食い込んでいると知らなければ、疑う理由など見つけられなかっただろう。

 

 その時、視界の端にこちらへ向かってくる人影が入った。

 

 首から社員証を下げているため、この会社の人間なのは間違いない。

 ただし、周囲の社員たちとは違ってスーツではなく、ラフな上着のフードを被っているため、この空間では少し目についた。

 

 男は途中で進路を変えることもなく、最初から爆豪を目指していたように真っ直ぐ歩いてくる。

 

 爆豪はソファへ座ったまま相手を見た。

 社員証の位置、歩き方、こちらへ向ける視線、両手の位置まで無意識に確認する。

 ここへ来るまで散々叩き込まれてきた観察の癖が、意識するより先に働いていた。

 

 男はそのままソファの前で足を止め、フードの陰から爆豪の顔を確かめる。

 

「よぉ、爆豪勝己君だよな?」

 

「あァ。そうスけど」

 

「じゃ、こっち」

 

 男はそれだけ言って踵を返し、爆豪がついてくることを疑っていない様子でロビーの奥へ歩き始めた。

 

 爆豪も立ち上がって後を追うと、男は受付脇の一般来客用通路ではなく、社員専用と表示されたゲートへ向かい、首から下げていた社員証をセンサーへかざした。

 短い電子音とともにゲートが開く。

 

「入っていいぞ」

 

「ウス」

 

 その先からは来客の姿が消え、社員証を下げた人間ばかりが行き交っていた。

 壁際には部署ごとの案内表示が並び、男は迷うことなく一番端のエレベーターへ向かう。

 

「結構待ったか?」

 

「別に」

 

「そっか。悪いな、こっちも色々あってさ」

 

 ほどなくエレベーターが到着し、男が先に乗り込んだ。

 

 爆豪も続いて中へ入ると、男は通常の階数ボタンには触れず、操作盤の横にある黒いセンサーへ社員証をかざした。

 認証音とともにそれまで暗かった地下階の表示が点灯し、その中から一つを選択する。

 

「地下なんスね」

 

「まあな」

 

 男はそれ以上説明せず、フードのポケットへ片手を突っ込んだ。

 

 エレベーターが下降を始めると、狭い箱の中に何とも言えない沈黙が生まれた。

 爆豪も無理に会話を作るつもりはなく、正面を向いたまま、ラフな服装に深く被ったフード、そして胸元から下がる社員証を視界の端で確認する。

 

 歩いていた時には裏返りかけていた社員証が、今はちょうど正面を向いていた。

 

 爆豪はほんの一瞬だけ視線を落とした。

 

 顔写真と所属部署の下に、名前が記されている。

 

 志村転孤。

 

 その名前だけを頭に残し、何事もなかったように視線を正面へ戻す。

 

 やがて目的の地下階を示す表示が点灯し、エレベーターがゆっくりと減速した。

 

 扉の向こうには、地上のロビーとは違う無機質な廊下が伸びていた。

 白い壁に金属製の扉が並び、人通りはほとんどない。

 

 転孤は先に一歩外へ出ると、爆豪へ振り返った。

 

「ここからはこのフロアの担当者に任せっから、後は事前の話通りよろしくやってくれ」

 

「……アンタは来ねえんスか」

 

「俺はここまで」

 

 そう言うと、転孤はあっさりエレベーターへ戻った。

 

「じゃ、頑張れよ。爆豪勝己君」

 

 軽く片手を上げ、そのまま扉の向こうへ消えていく。

 

 爆豪は上階へ向かって変わっていく表示を確認してから、小さく舌打ちした。

 

「……こっからだ」

 

 視線を戻すと、廊下の少し先に一人の男が立っていた。

 

 最初に目についたのは、頭の左右から大きく張り出した丸い耳だった。

 顔立ちも柔らかく、その特徴的な外見もあって、どこか愛嬌のある印象を受ける。

 

 男は爆豪と目が合うと、にこやかに笑った。

 

「ようこそ、爆豪くん」

 

「……どうも」

 

 男は一歩近づき、胸元から名刺入れを取り出した。

 

「改めまして。サポート課の宮下です。今日は僕が案内します」

 

 差し出された名刺には、デトネラット社のロゴとともに所属部署と氏名が整然と印刷されている。

 

「ども」

 

 爆豪が受け取ると、宮下はそのまま廊下の奥へ歩き始めた。

 

「じゃあ、こっちへどうぞ」

 

 爆豪も少し遅れて後を追う。

 

 地上階とは違い、このフロアには来客向けの華やかさがほとんどなく、白い壁と金属製の扉が等間隔に並び、天井には配管や換気設備の一部がむき出しになっている。

 各部屋の脇には部署名や実験区画を示すプレートが取り付けられ、そのいくつかには関係者以外立入禁止の表示もあった。

 

「ここ、全部サポート課なんスか」

 

「正確には開発と試験、それから一部の保守部門ですね。地下は音や衝撃が出る試験も多いので、まとめて分けてあるんです」

 

 宮下の説明を聞きながら進んでいると、右手の強化ガラス越しに広い試験室が見えた。

 

 中では腕部に大型のサポートアイテムを装着した社員らしい男が、数メートル先の標的へ向けて構えている。

 

 直後、装置の先端から衝撃波が放たれ、分厚い試験用パネルの中央が大きく陥没した。

 ガラス越しにも腹へ響く重い音が伝わり、後方の衝撃吸収材まで揺れている。

 

 爆豪は歩みを緩めた。

 

「……あれ、何に使うんスか」

 

「高出力型の個性補助具ですね。使用者の発生させる衝撃を増幅して、指向性を持たせる試作品です」

 

「民間向け?」

 

「分類上は」

 

 その返答に眉を寄せていると、試験室の男が今度は人間大のダミーへ装置を向けた。

 

 衝撃を受けたダミーは固定具ごと後方へ吹き飛び、床へ叩きつけられる。

 

「驚きました?」

 

「……まあ」

 

「デトネラットって聞くと、もっと生活に寄り添った会社ってイメージ強いですもんね」

 

「普通そうじゃないスか」

 

「ですよね。でも個性補助って範囲が広いんですよ。生活補助もあれば、作業用もあるし、危険区域向けもある。必要な出力も用途次第でかなり変わります」

 

 説明として筋は通っている。

 

 だが、さらに先の区画では脚部へ外骨格を装着したテスターが数メートルの高さまで跳び上がり、その隣では強化グローブを着けた社員が金属板を高速で変形させていた。

 名目上はどれもサポートアイテムなのだろうが、爆豪には実戦で使用することを想定した装備にしか見えなかった。

 

 ホークスから聞かされていた、ヴィランへの流出や正規記録にない装備、紛失扱いになった在庫という情報が頭をよぎる。

 

 少なくとも、疑いそのものに根拠がないわけではなさそうだった。

 

 宮下に案内されてさらに奥へ進むと、実験区画から少し外れた場所に小さなオフィスがあった。

 

 中には資料棚と端末が並び、中央には来客用の机と二脚の椅子が置かれている。

 地下の試験区画と比べれば随分と普通の事務室だった。

 

「どうぞ、座ってください」

 

 促されるまま爆豪が椅子へ腰を下ろすと、宮下も向かいへ座り、机上に用意されていた書類を滑らせてきた。

 

「それで、君に送ったオファーの話なんだけど。今日ここまで来てくれたってことは、承諾してくれるってことでいいんですよね?」

 

 爆豪は答える前に、目の前の書類へ視線を落とした。

 

 契約書には、デトネラット社が爆豪勝己をサポートアイテムのテスターとして雇用し、新規開発品や試作品の性能試験、個性使用時の適合確認、実地データの提供などを行わせることが記載されている。

 

 それ以上に目を引いたのは、何ページにもわたる守秘義務だった。

 

 製品情報や開発手法、性能数値、施設構造、社員情報、試験記録について社外への開示を禁止し、資料の持ち出しや複製、撮影も認めない。

 契約終了後も一定期間は守秘義務が継続する内容になっていた。

 

「……ずいぶん厳しいんスね」

 

「開発部門ですからね。まだ世に出てない製品ばかりですし、競合に情報が漏れれば会社としてはかなり困ります。特にこのフロアで扱ってるものは出力も高いので、ここで見たものや聞いたことは基本的に外では話さない。それだけ守ってもらえれば大丈夫です」

 

「俺、未成年スけど」

 

「もちろん把握してます。その辺りの手続きも含めて、必要な部分はこちらで準備してありますよ。それに、君の場合は普通のアルバイトとして採用するわけじゃない。高出力の個性を持つテスターとして、こっちから声をかけた形ですからね」

 

 ホークスから事前に聞かされていた筋書きとも一致していた。

 

 雄英を辞め、表向きには仮免も持っていない一方で、戦闘向きの強力な個性を持っている。

 その爆豪をサポートアイテムの性能試験要員として採用するなら、会社側から見ても不自然ではない。

 

「君の個性は出力も高いし、瞬間的な負荷も大きい。装備側がどこまで耐えられるか、逆に装備を使った時にどこまで性能を引き上げられるか、かなりいいデータが取れると思ってます」

 

「俺の個性で壊れねえか見るってことスか?」

 

「それもありますね。正直、普通の人じゃ試せない製品も多いんですよ」

 

 爆豪は最後のページまで目を通すと、机の端に置かれていたペンを取り、迷うことなく署名欄へ自分の名前を書き込んだ。

 

 それを見た宮下が、ぱっと表情を明るくする。

 

「おお、流石いい思い切りだ! スカウト部が目をつけていただけはありますね!」

 

 立ち上がって差し出された手を、爆豪も握り返した。

 

「……ども」

 

「こちらこそ。これからよろしくお願いします、爆豪くん」

 

 契約書をファイルへ収めた宮下は、そのまま立ち上がった。

 

「じゃあ、早速なんですけど」

 

「もうやるんスか」

 

「せっかく来てもらってますし、今日のうちに適性を見ておきたいんですよ」

 

 案内された試験室には、強化ガラスと衝撃吸収材が設けられ、中央のテーブルには拳銃を思わせる片手用の装置から、前腕を覆う大型の籠手、腰部へ固定するユニット、肩や背中へ装着する補助機構まで、用途の異なる試作品が整然と並べられていた。

 

 爆豪はその中でも、ひときわ目立つ籠手へ目を留める。

 

 形状そのものは違うが、雄英にいた頃に自分が使っていたサポートアイテムを思い出させる構造だった。

 

「……これ、全部使うんスか」

 

「はい。単体での動作確認だけじゃなく、組み合わせた時の干渉も見たいので、今日は可能な範囲で全部身につけてもらいます」

 

「欲張りすぎだろ」

 

「せっかくなんで」

 

 宮下が笑いながら籠手を持ち上げ、爆豪は言われるまま右腕を差し出した。

 

 内部には腕の形に沿う固定具が並び、装着すると肘から手首までを金属と樹脂の複合素材が覆う。

 見た目ほど重くはないものの、腕を振った際の慣性まで考えれば、実戦では扱い方に癖が出そうだった。

 

「締め付け、どうです?」

 

「平気」

 

「指、動かせます?」

 

 掌を開閉すると内部のセンサーが反応し、手首付近の表示灯が点いた。

 

「問題なし。じゃあ反対も」

 

 左腕にも同型の装備が取り付けられ、その後は腰部ユニット、肩周りの補助器具、背中に固定する制御装置へと続いていく。

 最後に銃型の装置を渡された爆豪は、手の中で軽く動かして重心を確かめた。

 

「……オモチャにしちゃ重いな」

 

「一応、試作品なんで」

 

 全てを装着し終えると、民間用品のテスターというより、実戦用装備を満載した戦闘員に近い姿になっていた。

 

「……これ、まとめて着けたら完全に戦闘装備だろ」

 

「用途次第ですよ」

 

 宮下が悪びれもせず笑う。

 

 その後、計測担当の社員が合図を送り、部屋の端に置かれた人型標的へ照準が合わせられた。

 

「まずは低出力からお願いします。いきなり全開にはしないでくださいね」

 

「分かってる」

 

 爆豪は両脚を少し開き、右腕を前へ出した。

 

 籠手の内部で固定機構が締まり、掌の周囲にあるセンサーが反応する。

 

「じゃあ、始めます」

 

 掌で火花が弾けると、小規模な爆発が籠手の内部で受け止められ、補助機構を通して前方へ押し出された。

 人型標的の胸部が大きく揺れ、計測器の数値が跳ね上がる。

 

 そこからは変わる代わる装備品の着脱を行い、次々と試験をこなしていった。

 時には個性発動と共に壊れてしまうような装備も存在し、その度に職員が色めき立つ。

 

 数時間後。

 

 ようやく休憩を与えられた爆豪は、地下フロアの隅にある自動販売機まで来ていた。

 

 実験は思っていた以上に細かく、装備ごとに出力や姿勢を変え、籠手単体から腰部ユニットとの併用、外部出力装置との組み合わせまで何度も試された。

 

「……だりぃ」

 

 首を鳴らしながら飲み物を買い、自販機の横に置かれたベンチへ腰を下ろす。

 装備は外しているものの、前腕から肩にかけて普段とは違う疲労が残っていた。

 

 缶を開け、一口飲んだところで、廊下の向こうから聞き覚えのある声がした。

 

「よお、お疲れ、爆豪」

 

 顔を上げると、転孤がこちらへ歩いてきていた。

 

「……アンタか」

 

「その言い方ひどくない?」

 

 転孤は気にした様子もなく自販機で飲み物を買い、爆豪の隣へ腰を下ろした。

 

「初日から結構やらされてんな」

 

「見てたんスか」

 

「一応な。お前ねじ込んだ側だし、ちゃんと仕事してるかくらいは確認するだろ」

 

 爆豪は横目で転孤を見ながら缶へ口をつけた。

 

 少し離れた実験区画から、また低い衝撃音が響いてくる。

 

「……ここの試作品、個性サポートアイテムどころか、しっかり武器じゃないスか。すぐにでも摘発できそうなもんスけどね」

 

「危険な製品扱ってる程度じゃ弱いんだよ」

 

 転孤は声を落とした。

 

「高出力だから違法、見た目が物騒だから違法って話にはならねえ。正規の許可を取って試験して、用途も書類上は通ってんなら、それだけで踏み込むのは厳しい」

 

「でも、裏に流してる疑いあんだろ」

 

「疑いはな。必要なのは、あれが実際にヴィラン側へ流されてる証拠だ。誰が出して、誰が受け取って、どの部署が噛んでるのか。解放軍の指示なのか、それとも会社の一部が勝手にやってんのか。そこまで繋げて初めて意味がある」

 

「……めんどくせえな」

 

「捜査ってのはそういうもんだよ」

 

 転孤は周囲を確認してから、さらに声を抑えた。

 

「てか、あんま俺にその話題振んな。お前をここにねじ込むのに、どれだけ苦労したと思ってんだよ。俺までお前と仲良く怪しい話してんの見られたら、全部台無しだろ」

 

「ウス。すんません」

 

 爆豪がそう返してから、改めて隣の男を見る。

 

「……てか、アンタ何者なんスか。会社側の人間じゃねえんだろ」

 

 転孤は少しだけ黙り、缶を傾けた。

 

「表向きはただの三流ヒーロー、実際は公安所属の諜報員」

 

 爆豪の眉が動く。

 

「……マジかよ」

 

「マジ。俺はお前より先にここへ潜ってる。だから、仕事中に公安の話を振るなって言ってんの」

 

「すません。もしかして盗聴器とか……」

 

「それは大丈夫。お前にも俺にも盗聴器はない、今はな。とにかく注意しろ」

 

 転孤はそこで話を切るように缶を飲み干した。

 

「ま、当面は真面目にテスターやっておいてくれ。上層部がお前に興味持ちやすいように、こっちで多少は細工してあるから」

 

「……細工って何したんスか」

 

「お前を無理やり重要部署に突っ込んだとか、そういう雑なことはしてねえよ。『面白そうな奴が入った』って情報が上に届きやすいようにしただけだ。実力も経歴も向こう好みだし、普通にやってりゃそのうち声がかかる」

 

 転孤は立ち上がり、空き缶を回収箱へ放り込んだ。

 

「とにかく、今は変に探ろうとすんな。宮下たちから見たら、お前は試作品を壊せるくらい出力の高いテスター、それでいい。余計なことして目ぇ付けられるより、向こうから近づいてくるまで待った方が楽だろ」

 

「……ウス」

 

「じゃ、俺行くわ。次からは仕事中に公安の話振るなよ」

 

「分かってるっスよ」

 

「今の会話でも結構ギリだからな」

 

「ウス」

 

 転孤は振り返らず、片手だけ上げて廊下の角へ消えていった。

 

 爆豪も残っていた飲み物を飲み干すと、休憩を切り上げて試験室へ戻った。

 

 それからおよそ一週間、爆豪はデトネラットの地下フロアでテスターを続けた。

 

 新型の籠手を装着して爆発の出力を変えながら耐久性を測り、背部ユニットとの併用では急加速や停止に装備がどこまで追従できるかを確認する。

 外部出力装置を使った試験では標的との距離や角度を変えながら何度も同じ動作を要求され、面倒ではあったが、装備の構造や癖を掴むこと自体は爆豪の得意分野だった。

 

 数日も経つ頃には、最初のように宮下を介さず、開発担当者から直接意見を求められることも増えていた。

 

「爆豪くん、このモデルどうだった?」

 

「固定がちょっと甘い気がするっすね。出力上げた時に、ちょっとガタつく感じがします」

 

「やっぱり? もう少し補強入れた方がいいかな」

 

「今でも結構重いんで、ぼちぼちでお願いします」

 

 仕事で結果を出すにつれて周囲の扱いが変わっていくのを見れば、転孤が余計なことをせずテスターを続けろと言った理由も分かる。

 

 一方で、肝心の違法流通については何も掴めなかった。

 装備は相変わらず物騒だったが、爆豪が確認できる範囲では製造記録や試験記録も揃っており、地下フロアへ入る部品も外へ出る試作品も管理されている。

 

 誰が、どこから、どうやってヴィラン側へ流しているのか。

 

 その経路へ繋がるものだけが見えなかった。

 

 そんな生活が一週間ほど続いた頃、その日の試験を終えた爆豪が更衣スペースで上着を着直していると、ポケットの中の端末が震えた。

 

 取り出して画面を見ると、宮下からメッセージが届いている。

 

『爆豪くん、お疲れさまです。明日の業務について少し変更があります』

 

 間を置かず、もう一通届いた。

 

『これまでとは別の試験をお願いしたいので、出社したらいつもの実験室ではなく、僕のオフィスへ来てください』

 

 爆豪は画面を見たまま眉を寄せる。

 

『詳しい内容は明日説明します』

 

「……やっとか」

 

 転孤の言っていた上層部が動いたのか、それとも単なる業務変更なのかまでは分からない。

 

 爆豪は端末をポケットへ戻した。

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