間違えずに、失う者たち   作:助兵衛

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第12話 燻ったままの、火種

 訓練終了を告げるブザーが鳴り終わった後も、モニタールームには妙な静けさが残っていた。

 誰も、すぐには喋れなかったのだ。

 

 爆豪の暴走じみた猛攻、出久の異様な戦闘適応、麗日の奇襲、そして最後の、あまりにも酷すぎる勝敗決着。

 情報量が多すぎて、処理に困っているようだった。

 

「……いや、何あれ」

 

 沈黙を破ったのは上鳴だった。

 

「どこからツッコめばいいんだよ……」

 

 瀬呂も引きつった顔で呟く。切島は未だ興奮が抜け切っていない様子でモニターを見つめていた。

 

「でも、すげぇ戦いだった……!」

 

「いや最後なんか違くない!? なんでゲロで決着ついてんの!?」

 

 芦戸が思わず叫ぶ。その言葉に、部屋の隅で蹲っていた麗日がさらに小さくなった。

 

「うぅぅぅぅ……ごめんなさいぃぃぃ……!」

 

「流石のオイラでもまだそのレベルには達してねぇぜ……飯田は大丈夫なんか?」

 

 峰田が困惑した顔で頭を掻く。

 その飯田は、ちょうどシャワールームから戻ってきたばかりだった。

 髪は少し濡れており、コスチュームも脱いで雄英のジャージへ着替えている。

 普段のキリッとした雰囲気は消え、どこか遠い目をしていた。

 

「……大丈夫だ」

 

 数秒の沈黙のあと、飯田はぎこちなく頷いた。

 

「精神的ダメージは甚大だが」

 

「甚大なのね」

 

 蛙吹がぽつりと漏らした。

 

 その時、部屋の反対側で、ソファへ寝かされていた爆豪がゆっくりと目を開けた。

 

「……ぁ?」

 

 ぼやけた視界、重い頭、腹部に残る鈍い痛み。

 殴られた感覚だけが、妙に鮮明に残っている。

 

「っ……なん、だ……」

 

 爆豪が眉を寄せる。記憶が途切れていた。

 最後に覚えているのは、デクに腕を掴まれた瞬間。

 そこから先は、白い拳の連打だけが断片的に残っている。

 

 数秒、爆豪は天井を見上げたまま動かなかった。

 

 やがて、低い声で言う。

 

「……おい。どうなった」

 

 誰も、すぐには答えなかった。

 空気が微妙に重い。その中で、飯田が静かに前へ出た。

 

「爆豪君」

 

「……ぁ?」

 

 爆豪が視線を向ける。

 飯田は真っ直ぐ爆豪を見返し、言い訳も誤魔化しもなく、事実だけを告げた。

 

「僕らの完敗だよ」

 

「……は?」

 

「緑谷君と麗日君が、模擬核へ接触した。ヒーローチームの勝利だ」

 

 爆豪は、しばらく瞬きすらしなかった。理

 解が追いついていないようだった。

 

「……デク、が?」

 

「そうだ」

 

「……俺が、負けた?」

 

 飯田はゆっくり頷く。

 

 爆豪の喉が小さく鳴った。

 

「……は」

 

 乾いた笑いは、しかし続かなかった。

 爆豪はゆっくり身体を起こす。

 その動作すら、どこかぎこちない。

 

「……俺が?」

 

 拳が、ゆっくりと握られる。

 

 その時、パンッ!! とオールマイトが両手を打ち鳴らした。

 重くなりかけていた空気が、少しだけ切り替わる。

 

「さて! それでは講評へ移ろう!」

 

 教師としての声だった。

 だが、その表情は真剣だ。

 オールマイトはまずモニターへ戦闘記録を表示した。

 

「まず、ヒーローチーム! 緑谷少年!」

 

 出久は椅子へ座ったまま肩を震わせた。

 

「は、はいっ!」

 

「君は非常に優秀な索敵と分析を見せた! 相手の思考を読み、行動を予測し、戦場をコントロールしようとした点は素晴らしい!」

 

「は、はい……!」

 

 出久は慌てて頷く。だが、オールマイトの表情が少しだけ厳しくなった。

 

「しかし! 無茶が過ぎる!」

 

「うぇっ!?」

 

「負傷状態での戦闘継続! 個性の酷使! あれは実戦なら後遺症が残ってもおかしくない!」

 

「す、すみません……!」

 

 出久が縮こまると、相澤が横から淡々と補足した。

 

「勝ったから良かっただけだ。自分の限界管理もヒーローの技術だぞ」

 

「……はい」

 

 出久は小さく俯いた。

 オールマイトはそんな出久を数秒見たあと、ふっと口元を緩める。

 

「……だが、最初から最後まで前線に立ち続けた点は、間違いなくヒーロー的だった! ナイスだ、緑谷少年!」

 

「!」

 

 出久の目が、少し見開かれた。

 

「麗日少女!」

 

「は、はい!」

 

 隣で麗日がびしっと背筋を伸ばす。

 

「君のサポート判断は非常に良かった!」

 

「えへへ……!」

 

「ただし! 個性の副作用管理は徹底したまえ!」

 

「うっ」

 

 麗日の顔が真っ赤になる。クラスのあちこちから笑いが漏れた。

 

「いやマジで伝説だろあれ」

「空爆ならぬ空吐……」

「やめてぇぇぇぇ!!」

 

 麗日が机へ突っ伏す。一方で、オールマイトの表情は再び真面目になった。

 

「そしてヴィランチーム。飯田少年」

 

「はい!」

 

 飯田が立ち上がる。

 

「君の防衛判断は極めて優秀だった。相手個性への対策、視線管理、ポジション維持。非常に冷静だった」

 

「ありがとうございます!」

 

「ただし、不測の事態への対応が少し硬かった!」

 

 飯田の眼鏡が光る。

 

「……善処します」

 

 そして最後に、オールマイトの視線が爆豪へ向いた。

 室内が静まる。爆豪は黙ったまま座っていた。

 

「爆豪少年。君は、非常に優秀だ」

 

 それは事実だった。

 誰も否定できない。

 

「戦闘センスも、個性運用も、一年生としては突出している。しかし、勝利条件を見失った」

 

 爆豪の眉が、ぴくりと動く。

 

「君は途中から、“勝つ”ことより、“緑谷少年を叩き潰す”ことを優先した。感情で視野を狭めれば、ヒーローは簡単に足元を掬われる」

 

 静かな声だった。怒鳴りではない。だからこそ、重い。

 

「……チッ」

 

 爆豪は顔を逸らした。

 だが、反論はしなかった。できなかった。

 誰より、自分自身が理解していたからだ。

 

 自分は途中から訓練ではなく“喧嘩”をしていた。

 そして、負けた。

 

「では! 講評は以上! 次のチーム、準備!」

 

 重苦しかった空気が、少しずつ動き始める。

 待機していた生徒たちが立ち上がり、次々とコスチュームルームへ向かっていった。

 

「よっしゃ次オレらだ!」

「緊張してきた……」

「いやさっきの後だとハードル高ぇって!」

 

 騒がしくなっていくモニタールームの中で、出久は椅子へ深く座り直し、小さく息を吐いた。

 

「っ……」

 

 右腕が痛む。脇腹も、蹴られた箇所が熱を持っていた。

 回復班の簡易治療は受けたため、戦闘続行は無理でも見学くらいなら問題ない。

 そう自分に言い聞かせていると、隣から麗日が心配そうに覗き込んできた。

 

「大丈夫?」

 

「う、うん……! へ、平気! 全然!」

 

「いや絶対平気じゃない顔してるけど……」

 

 麗日が苦笑する。

 

 その時、モニターの向こうで次の試合開始ブザーが鳴った。

 出久の目が、自然とそちらへ向く。

 

「……!」

 

 戦闘。それも、ヒーロー科A組の実戦訓練。

 疲労を押し退けるように、彼のオタク気質が顔を出した。

 

「瀬呂君、あのテープを移動制御に使ってるんだ……! 耳郎さんは索敵を優先してる……! 切島君、硬化を盾にして前衛固定……!」

 

 ノートこそ持っていないが、頭の中ではすでに分析が始まっていた。

 個性の使い方、立ち回り、連携。同じA組でも、戦い方は全員違う。

 上鳴は火力と牽制を中心にし、八百万は即席装備による支援を行い、蛙吹は地形を利用する。峰田の狭所での足止め能力も、思った以上に厄介だった。

 

「みんな、すごいな……」

 

 出久が小さく呟く。

 その声には、純粋な感嘆が滲んでいた。

 強い。全員、自分と同じ一年生とは思えないくらい強い。

 それぞれが自分の個性を理解し、活かそうとしている。

 

 出久は、無意識に右腕を見た。

 白い包帯。骨の軋む痛み。AFOから与えられた個性。急造の戦闘技術。自分だけ、どこか歪だ。

 そんな感覚が、胸の奥を掠める。

 

「おっ」

 

 切島がモニターを指差した。

 

「次、轟じゃねぇか!」

 

 その瞬間、モニタールームの空気が少し変わった。

 

「……推薦組か」

 

 相澤が静かに呟く。

 

 轟焦凍。A組に二人いる推薦入試枠、その一人。

 入学前から名前だけは有名だった。No.2ヒーロー、エンデヴァーの息子。

 推薦枠へ選ばれるだけの実力者。

 

 モニターに映るのは、白と赤、半分ずつ色の違う髪、感情の読めない顔、静かな目をした少年だった。

 

「……」

 

 出久は、僅かに身を乗り出した。

 轟の対戦相手も十分に強い。だが、開始ブザーが鳴った次の瞬間、文字通り空気が凍った。

 

「……え?」

 

 誰かが間の抜けた声を漏らす。

 

 訓練場の床を、壁を、通路を、白い氷が一瞬で埋め尽くしていた。

 ゴゴゴゴゴッ、と重低音が響き、建物内部そのものが巨大な冷凍庫に様変わりしていく。

 

 対戦相手は、何が起きたか理解する間もない。

 逃げる暇すらなく、気付けば動けなくなっていた。

 

 轟は動かないヴィランチームの横を悠々と通り抜け、爆弾をタッチした。

 決着は一瞬で、圧倒的だった。

 

「……は?」

 

 上鳴が口を開ける。

 

「え、終わり?」

「うそだろ……」

 

 瀬呂も絶句する。

 モニターの向こうで、轟はただ静かに歩いていた。

 荒い呼吸も、焦りもない。当然みたいに。

 

「ちょっと待ってろよ」

 

 轟焦凍の左側から炎が上がる。

 ビルを覆っていた冷気が去り、ヴィラン役の尾白と葉隠の足元が自由になった。

 

『ヒーローチームの勝利!!』

 

 轟は軽く笑う。

 その笑みは、出久が想像していたものよりずっと柔らかかった。

 

「索敵助かった。良いとこ奪っちまったな」

 

「問題ない。適材適所というやつだ」

 

「そう言ってくれると助かる」

 

 轟はそう言って片手を上げる。

 障子も少しだけ間を置いてから、その大きな手を合わせた。

 

 ぱん、と静かなハイタッチが響く。

 

 モニタールームに、妙な空気が流れた。

 

「……え、轟ってあんな感じなの?」

 

 上鳴がぽかんと呟く。

 

「もっとこう、近寄りがたいタイプかと思ってた」

 

「俺もだ。漢じゃねえか!」

 

 切島も頷く。出久も同じことを思っていた。

 轟焦凍。見た目は冷たく、雰囲気も静かで、感情を読みにくい。

 だが実際に話している姿は、思ったよりずっと朗らかだった。

 

 圧倒的な個性。圧倒的な制圧力。それでいて、人格面も安定している。

 

「……すごい」

 

 出久は、また小さく呟いた。

 ただ強いだけではない。強さの扱い方が、落ち着いている。

 それが、今の自分にはひどく眩しかった。

 

 それからも模擬戦は続いた。

 派手な勝負もあれば、地味だが堅実な勝負もあった。

 個性の相性で一気に決まる組もあれば、最後の最後まで勝敗が揺れる組もある。

 

 けれど、どの試合にも共通していたのは、誰もが自分の個性を前提にして、そこから戦術を組み立てているということだった。

 生まれた時から、あるいは幼い頃から付き合ってきた力。

 それをどう使えばいいか、どう伸ばせばいいか、皆が身体で知っている。

 

 出久は、包帯の巻かれた腕を見下ろした。

 自分には、それがない。

 あるのは、与えられた力と、叩き込まれた技術と、誰にも言えない後ろ暗さだけだった。

 

 最後の組の訓練終了ブザーが鳴る。

 

『ヴィランチーム、勝利!』

 

 モニターの向こうで、生徒たちがそれぞれ息を吐き、悔しがり、笑い合っている。

 その様子を見届けてから、オールマイトが大きく頷いた。

 

「よし!」

 

 その声で、モニタールームの視線が一斉に集まる。

 オールマイトは腕を組み、堂々と胸を張った。

 

「これにて、本日の屋内戦闘訓練は全組終了だ!」

 

 ざわめきが少し収まる。

 皆、疲れていた。だが、その顔には確かな熱が残っている。

 勝った者、負けた者、納得している者、納得できていない者。

 それぞれ表情は違うが、誰もが今日の訓練で何かを得ていた。

 

 オールマイトは、そこでさりげなく腰のポケットへ手を入れた。

 小さな紙片。メモだった。それをちらりと見る。

 

 そして、何事もなかったかのように顔を上げる。

 

「少年少女らよ! まずは健闘を讃えたい!」

 

 また、ちらりとメモを見る。

 

「ええと……今日の訓練では、勝敗以上に大切なものが多く見えた!」

 

「今カンペ見たな」

「見たね」

「普通に見たわ」

 

 上鳴と瀬呂が小声で囁く。

 オールマイトは聞こえないふりをした。

 

「戦闘能力! 判断力! 連携! そして、勝利条件を見失わない冷静さ!」

 

 爆豪の眉が、ぴくりと動く。

 

「諸君はまだ一年生だ。失敗して当然。未熟で当然。だが、その未熟さを今日知れたなら、それは大きな収穫だ!」

 

 今度はメモを見ない。

 その声は、先ほどより自然だった。

 

「ヒーローとは、ただ強い者ではない。助けるべき人を見失わず、守るべきものを守り、必要な時に前へ出られる者だ」

 

 出久は、静かに顔を上げた。

 その言葉が、胸の奥へ落ちる。

 

「今日、諸君はそれぞれの形で、その一端を見せてくれた。よくやった!」

 

 オールマイトが、にかっと笑う。

 

 その一言で、モニタールームの空気が少し緩んだ。

 緊張が解け、誰かが小さく息を吐く。

 出久もまた、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。

 

 それから、終礼を終えたA組の生徒たちは、ぞろぞろと訓練場を後にしていった。

 

「腹減ったー!」

「今日マジ疲れた……」

「でも楽しかったな!」

 

 騒がしい声が、夕方の校舎へ響く。

 

 コスチュームケースを抱えた者、今日の反省を語り合う者、早速次の訓練へ意欲を燃やす者。

 皆、それぞれに今日の熱を抱えたまま帰路についていく。

 

 麗日は出入口で振り返った。

 

「デク君、ちゃんと病院行くんだよ?」

 

「だ、大丈夫だって!」

 

「全然説得力ない!」

 

 けらけら笑う。その笑顔に、出久も少しだけ笑い返した。

 

「また明日!」

 

「う、うん! また明日!」

 

 麗日は手を振りながら、蛙吹たちと一緒に校門の方へ駆けていった。

 夕焼けが、校舎を赤く染めている。長い一日だった。

 

 出久は包帯の巻かれた腕を軽く押さえ、小さく息を吐く。

 その時、視界の端に一人の背中が映った。

 

 爆豪勝己。

 

 誰とも話していない。

 切島が何か声を掛けていたが、爆豪は短く舌打ちして、そのまま一人で歩き去っていった。

 

 夕陽に伸びる影が、やけに長かった。

 

「……っ」

 

 出久の胸が強く痛む。

 勝った。訓練には。

 でも、それで終わりではなかった。

 

『無個性の振りして俺の事嘲笑ってたのか?』

 

 爆豪の言葉が、まだ耳に残っている。

 違う。そんなつもりじゃなかった。本当に、違う。

 でも、説明できない。

 AFOのことも、与えられた個性のことも、全部。

 

 出久は、無意識に一歩踏み出していた。

 

 呼び止めなきゃ。何か言わなきゃ。誤解だけでも解かないと。足が駆け出しそうになる。

 

 だが、そこで止まった。

 

「……駄目だ」

 

 小さな呟き。

 

 自分には、その資格がない。

 隠していた。嘘を吐いていた。

 結果として、かっちゃんを騙していたのは事実だ。

 事情があるから許される、なんて話ではない。

 

 夕焼けの中、爆豪の背中はどんどん遠ざかっていく。

 呼べば、届く距離だった。

 

 けれど、出久は最後まで声を出せなかった。

 ただ、人気のなくなった帰路を一人で歩いていく幼馴染の背中を、黙って見送ることしかできなかった。

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