デトネラット本社地下の一室には、普段の実験室とは少し違った熱気が漂っていた。
「待って、今のところもう一回!」
「どこです?」
「十二分四十三秒。いや、少し前から。爆豪くんが正面から入ったところ」
「ああ、ここですね」
宮下の指示を受けた技術者がマウスを操作すると、壁際の大型モニターに映る映像が数秒巻き戻された。
夜の工事現場で激しく打ち合っているのは、ヒーロービルボードチャートJP現ナンバー3、ベストジーニストと、顔の大半を試作品のマスクとバイザーで隠した爆豪だった。
映像の状態は決して良くない。
頭部カメラは激しい機動や衝撃を受けるたびに揺れ、途中からはバイザーに走った亀裂まで映り込んでいる。
序盤には爆発音や互いの声も記録されていたものの、戦闘中にマイクが破損したらしく、後半に残っているのはノイズと途切れ途切れの環境音ばかりだった。
もっとも、宮下たちは音声の欠損など大して気にしていなかった。
映像と同時に記録された装備の稼働状況や加速度、姿勢補正、各部に掛かった負荷、出力変化といった実測データの方が、技術者にとっては遥かに重要らしい。
「ここ!」
映像の中で爆豪がジーニストへ突っ込む。
右腕の試作籠手から展開した砲身が掌の爆発を絞り、立て続けに射出した。
ジーニストが操る鉄線が次々と弾かれ、その一部が千切れて画面の外へ飛んでいく。
宮下が椅子から身を乗り出した。
「やっぱりA・P・マシンガンの収束率、実験室で測った数字よりいいですよね?」
「いいどころじゃないですよ。見てください。三射目から姿勢補正が追従し始めてる。爆豪くん本人が反動を相殺してる分もありますけど、腰部ユニットとの連動が想定よりずっと綺麗です」
部屋の中央に置かれた長机には、三台のノートパソコンや分解された試作品、印刷された稼働ログが所狭しと並べられている。
その向かい側には映像の当事者である爆豪本人が座っていたが、誰も彼には目を向けていなかった。
「…………」
右腕には包帯が巻かれ、左手も掌から手首まで厚いガーゼで覆われている。
服の下には固定具が入っているらしく、身体を動かす際には僅かに庇うような硬さがあり、頬には絆創膏、首元にはまだ青黒い痣が残っていた。
今日は「実戦試験後の聞き取り」という名目で呼ばれたはずなのだが、地下へ降りてきてから既に二十分近く経っている。
最初に宮下から「身体大丈夫ですか?」と聞かれ、「ぼちぼちっス」と返したところまでは良かった。
ところが戦闘映像を再生した途端、技術者たちの興味は現実の爆豪から画面の中の爆豪へ完全に移ってしまった。
試作品について聞かれるつもりで、籠手の固定が甘くなったタイミングや腰部ユニットが邪魔になった場面まである程度整理してきたのだが、それを披露する機会は一向に訪れない。
退屈した爆豪が視線を横へ向けると、部屋の隅に設置された壁掛けテレビが目に入った。
音量を絞った昼のニュース番組が流れており、何となく眺めていた爆豪の目が、画面下部に現れた速報の文字で止まる。
『NO.3ヒーロー ベストジーニスト 何者かの襲撃を受け重傷!』
「…………」
眉間に皺が寄った。
数日前に戦った工事現場が映し出され、規制線の向こうには爆発で黒く焦げた地面や損傷した資材が残っている。
その前で記者がマイクを握り、画面脇にはベストジーニストの宣材写真と『トップヒーロー襲撃事件』という字幕が大きく表示されていた。
『事件が発生したのは昨日深夜。関係者への取材によりますと、現場付近でベストジーニストと正体不明の人物が激しく交戦していたとみられ、その後、大規模な爆発が発生。ベストジーニストは負傷し、医療機関へ搬送されました』
確かに最後の爆発では派手に吹き飛ばしたものの、ジーニストは意識を失ってすらいなかった。
念のため一晩検査入院した結果も、打撲と軽い火傷、それに爆風による一時的な聴覚への影響が確認された程度で、翌日には自力で退院している。
その本人からも、
『治療費について君が気にする必要はない。それより次に会うまでに、あの技術の燃費を改善しておきたまえ』
と説教交じりの連絡が届いていた。
それでも報道では、まるで生死の境を彷徨ったかのような扱いになっている。
『また、ベストジーニストの所属事務所は本日、本人の治療と安全確保、今回の襲撃事件に関する状況確認のため、当面のあいだヒーロー活動の一部を休止すると発表しました。復帰時期については未定としています。また、当人は「ダメージジーンズのようにボロボロだ」とコメントしています』
『ダメージジーンズとは負傷の比喩でしょうか』
『……恐らく』
実際の容態を考えれば、事務所が活動を止める必要などほとんどない。
それでもあえて休止を発表したのは、今回の一件を単なる小競り合いで終わらせず、ナンバー3を病院送りにして事務所の活動まで停止させた襲撃として成立させるためだろう。
デトネラット側へ与える印象も、それだけで大きく変わる。
ジーニストから届いた、『しばらく表へ出ない。君も余計な反応はしないように』という連絡の意味を、爆豪は今さら理解した。
「そこまでやるかよ……」
テレビではスタジオへ戻り、コメンテーターが事件について語り始める。
『ベストジーニストといえば、現在国内ナンバー3のヒーローです。その彼をここまで負傷させたとなると、襲撃者は相当な実力者だった可能性があります』
画面の端では、現場近くから撮影されたらしい粗い映像が流れていた。
人物の輪郭すら判別できない距離からのものだったが、最後に工事現場の一角が強烈な光に包まれる様子だけははっきり映っている。
公安から正体へ繋がる映像はほぼ出回らないと聞かされていたとはいえ、自分の起こした爆発が全国ニュースに流れている光景には妙な感覚があった。
しかも、そのすぐ隣では──
「ここ! ここですよ!」
宮下が声を上げた。
大型モニターでは、ちょうどA・P・マシンガンによってジーニストの鉄線を撃ち落としているところだった。
「この時点で右籠手の温度、設計上の継続使用目安を超えてます。それでも収束性能が落ちてない」
「むしろ四射目以降の方が安定してません?」
「それ、爆豪くん本人の補正ですよ。ほら、発射直前に手首の角度変えてる」
「なるほど……じゃあ機械側の制御をそこへ合わせれば──」
日本中ではナンバー3ヒーローを襲った正体不明の人物について好き勝手な推測が飛び交っているというのに、事件へ使われた装備を作った技術者たちは、自分たちの試作品がトップヒーロー相手にどこまで機能したのかという一点に夢中になっている。
その襲撃者本人が目の前に座っていることなど、ほとんど意識していないらしい。
技術者の一人が映像を止めた。
「ここ、腰部ユニットの補正が一瞬切れてますね」
「本当だ。直前に背部側からエラー出てる」
「でも姿勢崩れてませんよ?」
「本人が直してるんでしょう。爆豪くん、ここどうやったんですか?」
「……あ?」
ようやく質問が来たと思って顔を上げたが、相手は返事を待つより早くログへ視線を戻した。
「あ、いや待って。加速度見れば分かるかも」
「おい」
「この値なら個性で修正してるな」
「おい」
「だったら次は補助を──」
爆豪は諦めて口を閉じ、そのまま背凭れへ体重を預けた。
脇腹にまだ痛みは残っているが、座っている分には問題ない。
問題なのは、ひたすら暇なことだった。
画面の中では数日前の自分がジーニストへ突進し、そのたび技術者たちが映像を止め、数秒戻しては好き勝手に分析している。
いっそ寝るか、と考え始めた時だった。
「こらこら宮下君、盛り上がるのは結構だがお客様を放置するんじゃあないよ」
背後から男の声がした。
「──あ?」
振り返ると、いつからそこにいたのか部屋の入口近くに一人の男が立っている。
仕立ての良いスーツに身を包み、柔和な笑みを浮かべた四十代ほどの男だった。
物腰は穏やかだが、単なる社員ではないことは周囲の反応を見るまでもなく分かった。
宮下は相手の顔を認めた途端、勢いよく椅子から立ち上がった。
「リ……社長!」
ほんの一瞬だけ言葉を詰まらせたものの、すぐに取り繕って歩み寄る。
「こちらに来られるとは珍しいですね。何か御用でしたか?」
「用がなければ来てはいけないのかい?」
「いやいや、そんなことはありませんよ。ただ、社長がこちらに来る理由は薄い、ので」
四ツ橋はやや後退し始めている額へ手を当て、大袈裟に眉を上げた。
「おいおい宮下君! 思いついたからって言うんじゃないよ、まったく!」
「ははは」
周囲の技術者から笑いが漏れる。
四ツ橋はそのまま中へ入り、爆豪の方へ歩いてきた。
テレビCMで見ない日の方が少ないほど有名な大企業の代表取締役を前に、爆豪もさすがに僅かに姿勢を正す。
ヒーロー相手ならトップランカーだろうと大して物怖じしないが、潜入先の頂点にいる人物となれば話は別だった。
「君が爆豪勝己君だね」
「……ども」
妙に丁寧に振る舞えば、今デトネラットへ見せている人物像から外れる。
結局、出てきたのはそれだけだった。
四ツ橋は気にした様子もなく笑う。
「爆豪君、君の話は聞いているよ。大変だったようだね」
自然な仕草で肩へ手を置く。
「同級生がヴィランとなり、君自身も雄英を中退した。世間からの風当たりも、さぞ辛かったろう」
爆豪は黙った。
正直なところ、世間から何を言われようとほとんど気にしていない。
本来なら「別に」で終わる話だ。
だが今の自分は、雄英を辞め、ヒーロー社会から外れ、制度や世間への不満を抱いている少年を演じなければならない。
肩に置かれた手を乱暴に振り払う。
「気安く触ってんじゃねえよ」
室内が静まった。
「別にテメェらに心配される筋合いねえから。雄英辞めたのも俺の勝手だし、外の連中が何言ってようが知ったこっちゃねえ。勝手に可哀想なガキ扱いして分かったような顔すんな」
演技ではあるが、同情されるのを嫌うことまで嘘ではない。
そのため言葉に不自然さはなかった。
「爆豪君、社長にその言い方は──」
「いいよ、宮下君」
四ツ橋が片手を上げて制す。
「謝る必要はない。私の方が少し馴れ馴れしかったようだ」
「社長……」
「最初から距離を詰めればいいというものでもないからね。そこは私の落ち度だよ」
四ツ橋は一歩退き、長机の端へ手を置いた。
「それで、爆豪君。幾つか質問があるんだが構わないかな」
「勝手にしろや」
「ありがとう。では最初の質問だ」
モニターへ視線を向ける。
「君はなぜヒーローを、それもトップヒーローであるベストジーニストを相手にする事にしたのかな。まあ、けしかけたのはそこの宮下君なんだが」
「試験の提案をしただけですって」
「似たようなものじゃないか」
四ツ橋は軽く笑ってから爆豪へ向き直る。
「他にも手頃な相手はいくらでもいただろうに」
ここで本当の理由を話すわけにはいかない。
あの戦闘は公安とジーニスト側で調整した潜入用の実績作りであり、知らないヒーローを本当に襲わずに済むこと、そしてトップヒーローを選べばデトネラットへ強烈な印象を残せることが理由だった。
爆豪は椅子へ深く腰掛け直して鼻を鳴らした。
「……むかついたんだよ」
「ベストジーニストが?」
「ああ」
モニターの中のジーニストへ顎をしゃくる。
「あのクソデニム野郎のとこで何日か働いたけどよ、やらされんのは雑用ばっか。事務所の掃除だの、巡回経路の確認だの、近所回ってゴミ拾えだの、ヒーローと関係あんのか分かんねえ事ばっかやらせやがった」
実際には、それらの雑用に意味があることを爆豪は理解している。
清掃活動も地味な事務作業も、ヒーローという仕事が敵を殴るだけでは成り立たないと教えるためのものだった。
「給料だって大したことねえし。朝から働かされて、貰えんのはバイトに毛ぇ生えた程度だ。こっちは元雄英で、個性だってそこらの奴より使えるってのに、ガキ扱いして足元見やがって」
また嘘を重ねる。
無資格で正規のヒーロー業務に就けない自分へ、ジーニストは十分過ぎる額を払っている。
「それに変な服まで着せやがる。何がリジットだ。知らねえっつの。動きにくい服着せて、髪がどうとか口調がどうとか、いちいちうるせえしよ」
ここだけは、当初本当に思っていたことでもある。
そして最後に、最も本心から遠い不満を吐き出した。
「それに、救ってやったって態度が鼻についた。雄英辞めて行くとこねえ俺を拾ってやった。仕事くれてやった。ヒーローになる道残してやった。そんな顔してんのが、ずっとむかついてた」
ジーニストは一度も恩を着せたことなどない。着せられたのはデニムくらいだ。
それでも顔には出さない。
「だからぶっ飛ばしてやったんだよ」
最後の一言だけは妙に自然に出た。
四ツ橋が僅かに目を細める。
「それだけかい?」
「あ?」
「いや。トップヒーローを襲う理由としては、随分と個人的だと思ってね」
「十分だろ。むかつく奴ぶっ飛ばすのに、他に理由いるかよ」
「爆豪君、一応ここ会社だからね。あんまりそういう──」
「うるせえ丸耳」
「丸耳って呼ばないでよ」
宮下が不満そうに耳を揺らした。
四ツ橋はしばらく爆豪を見つめたあと、どこか労るように目元を緩めた。
「そうかそうか。君の鬱憤はよく分かった」
「……そりゃどうも」
「若い時分には、周囲の扱いが気に食わないということもある。まして自分に力があるという自覚があれば、なおさらだろう」
それ以上追及することなく、四ツ橋は宮下へ顔を向ける。
「それで宮下君。試験の結果も申し分ないね?」
「もちろんです社長」
宮下は即答した。
「装備の破損はありましたが、それも含めて非常に有益なデータが取れています。A・P・マシンガンの収束性能、腰部ユニットの姿勢補正、背部装置の限界値、それに爆豪君本人との適合性も想定以上です。正直、試験としては文句なしですね」
「そうか。なら良かった」
満足そうに笑った四ツ橋がスーツの内ポケットから一枚の紙を取り出した。
「では、これは今回の試験の謝礼だ!」
「あ?」
「受け取りたまえ」
怪訝そうに受け取った爆豪は、それが小切手だと分かると記載された金額へ目を落とした。
「…………」
「……え、こんなに?」
完全に素の声が出る。
「ははは! いい顔をするじゃないか!」
「いや、これ……桁、間違ってねえっスか」
「間違っていないとも。ナンバー3ヒーローを相手に実戦データを取ってきたんだ。それも、こちらが想定していた以上の結果を出してね。これでも安いくらいだよ」
高校生が数日働いて得る報酬として考えれば、明らかに常識から外れた金額だった。
爆豪は少しだけ声の棘を減らす。
「……どうも」
小切手を折らないよう慎重にしまうと、四ツ橋はさらに上機嫌になった。
「よし!」
「うおっ」
突然、再び肩へ腕を回される。
負傷している側を避けながらも、かなり気安い距離まで身体を寄せてきた。
「これから打ち上げに行こう!」
「……は?」
「君へのお礼がしたいんだ! お肉は好きかい?」
──
都心の一角にある鉄板焼きの店は、重厚な木製扉の向こうに外の喧騒とは隔絶された静けさを抱えていた。
暖色の照明、磨き上げられた鉄板、余計なものの置かれていないカウンター。
料理人も必要以上に声を上げず、客の会話を邪魔しない流れるような所作で食材を扱っている。
爆豪は、その雰囲気だけで少し居心地が悪かった。
目の前では、値段を考えるのが馬鹿らしくなるような厚い肉が静かに焼かれている。
香りだけなら素直に腹が減るのだが、周囲の客まで品が良く、いつもの調子で振る舞えば何か一つくらい作法を間違えそうな気がした。
対して四ツ橋は、店員への会釈も飲み物の受け取り方も自然で、明らかにこの種の店へ慣れている。
「どうしたんだい。随分と大人しいじゃないか」
「……別に」
「さっきまで随分威勢が良かったのに」
「うっせえな……」
いつもより僅かに声を落として言い返すと、四ツ橋は楽しそうに笑った。
「ははは。なるほど、こういう場所はあまり来ないのかな」
料理人が厚みのあるステーキを切り分け、赤みを残した断面を見せるように並べていく。
「若者にはお肉というのは、少し安直な発想だったかね?」
「いや、肉……好きっすけど」
メニューを渡された時点で、金額の欄は意識して見ないようにしていた。
見れば食べづらくなると分かっていたからだ。
料理人が一切れを爆豪の前へ置く。
「まずはお塩でどうぞ」
「……ウス」
言われた通りに塩だけを少量つけて口へ運ぶと、爆豪の動きが止まった。
「…………」
表面にはしっかり焼き目がついているのに、中は驚くほど柔らかく、噛むたびに肉汁と脂の甘みが広がっていく。
それでいて重たさはなく、塩だけで肉そのものの味が際立っていた。
「……マジかよ」
「気に入ったようだね」
「……うめえ。なんでこんな……」
「その辺りは料理人に聞いてくれたまえ。私が説明しても知ったかぶりになるだけだからね」
鉄板の向こうで料理人が僅かに笑った。
爆豪が二切れ目へ箸を伸ばしたところで、四ツ橋が手元のグラスを置く。
「爆豪君」
「ん?」
「君のような素晴らしい異能を持つ人間が、多少社会のレールから逸れた程度で落ちぶれてはいけない」
爆豪の箸が止まった。
個性ではなく、異能。
その呼び方だけで、話の方向は十分に読めた。
転孤やホークスから事前に聞かされている異能解放軍という存在。
その思想とデトネラットの繋がりを考えれば、これはただの雑談ではない。
「……何が言いてえんスか」
「私はただ、勿体ないと思っているんだよ。君は雄英を辞めても、力そのものを失ったわけではない。爆破も戦闘技術もそのままで、実際にナンバー3を相手にあれだけ戦えた。それなのに学校や資格という枠を外れただけで、その力の使い方まで大きく制限される」
「法律だからだろ」
「そうだね。今の社会ではそう決められている」
四ツ橋は爆豪をまっすぐ見る。
「君はそれで納得しているのかな」
爆豪は少し考えるように視線を逸らした。
「法律がどうとか興味ねえよ。ただ、俺より弱え奴が資格持ってるってだけで好き勝手個性使えて、俺が使えば犯罪者扱いされんのはムカつくけどな」
完全な演技ではない。
仮免を持たず、個性の使用を控えなければならなかった頃、似た苛立ちを感じたことは実際にあった。
四ツ橋の表情が僅かに緩む。
「そうだろう。君自身が弱くなったわけではないのに、社会の側が力の使い方を決めてしまう」
グラスへ伸ばした手を止め、少しだけ声音を強めた。
「私はね、君のように、この矯正ばかりの堅苦しい社会と戦える存在を探していたんだ」
「……矯正?」
「そう。人は身体も適性も考え方も違う。それなのに、社会は『個性を尊重する』と言いながら、結局は全員を同じ枠へ収めようとする」
四ツ橋は穏やかな調子を崩さない。
「強い力を持てば抑えろと言われ、資格がなければ使うなと言われ、言葉遣いや服装、振る舞いまで周囲へ合わせろと言われる。もちろん全てが間違いだとは言わないが、それを本人が納得するより先に『これが正しい』と決められてしまうことはあるだろう?」
「……まあ、言われたな」
「だろう?」
爆豪はわずかに眉を寄せた。
雄英でも、ジーニストの事務所でも、確かに似たことは言われている。
ただ、それを四ツ橋の言う「矯正」と同じものだとは思っていない。
自分自身が間違っていたこともあるし、ヒーローとして直すべき態度があることも今では理解していた。
それでも、現在の社会が完璧だとは思っていない。
「あんたの言いてえ事は分かる」
爆豪が口を開く。
「個性社会の闇だとか、個性カウンセリングの限界だとか、そういうのが定期的に話題になるのは俺も知ってる。個性のせいで周りと上手くいかねえ奴がいるとか、子供の頃に押さえつけられたもんが後から歪んで出るとか、ニュースでも見るしよ」
そこには潜入のための演技だけではない、本心も混じっていた。
「俺だって、抑圧されてるって思わねえ事もない。何するにも資格がいる、許可がいる、ここじゃ使うな、あそこでも使うな。力持ってても、使っていいって言われるまでは持ってねえのと同じみてえな扱いされる時もある」
制度が必要な理由は分かっている。
それでも、その不自由さに苛立ちを覚えたことまで否定する必要はなかった。
四ツ橋は静かに聞いていたが、やがて身体ごと爆豪へ向き直った。
「人はもっと、持って生まれた自分の異能について自分で決めていい」
その言葉と同時に手が伸び、包帯の巻かれていない爆豪の手を取る。
「あ?」
振り払おうとした爆豪の動きが、四ツ橋の表情を見たところで止まった。
先ほどまでの経営者らしい笑顔とは違う。
驚くほど真っ直ぐな目をしていた。
「何度でも言おう、爆豪勝己君!」
握る力が強くなる。
「私は君のような戦士を探していた!」
声を張り上げているわけではない。それでも、言葉には隠しようのない熱があった。
「誰かに用意された道を外れ、それでも自分を失わず、自分の意思で前へ進もうとする者。強大な相手を前にしても退かず、自分の力で道を切り開ける者だ」
四ツ橋は続ける。
「ナンバー3を相手に、君は最後まで逃げなかった。装備が壊れ、身体を痛めても、戦い方そのものを変えて食らいついた。あの映像を見て確信したよ。君は、誰かに命じられたから力を振るう人間ではない。自分で納得し、自分で選んだ時にこそ、本当の力を発揮する人間だ!」
爆豪は何も言えなかった。
公安の指示で潜入している以上、ここで感化されるなど論外だと頭では分かっている。
それでも、「お前には価値がある」「道を外れたくらいで終わる人間ではない」と真正面から言い切られれば、何も感じないほど器用ではなかった。
何より厄介なのは、四ツ橋が本気でそう思っていると伝わってくることだった。
(……人たらしめ)
内心で悪態を吐きながら、爆豪は視線を逸らす。
「……テメェ、いちいち暑苦しいんだよ」
四ツ橋は一瞬黙り、それから声を上げて笑った。
「ははは! すまない!」
ようやく手が離れる。
爆豪は落ち着かない気分を誤魔化すように皿の肉を取り、口へ運んだ。
相変わらず腹が立つほど美味い。
そんな爆豪を見ながら、四ツ橋はまだ熱の残った目で笑っていた。
「爆豪君、週末は空いているかな?」
「……何だよ」
「君に、是非とも紹介したい者達がいるんだ」