ホテルを出てしばらく経った頃には、泥花市の夜もだいぶ静かになっていた。
昼間は人通りの多かった通りにも今はまばらに人影が残る程度で、閉店準備を始めた店の明かりが歩道へ細長く伸びている。
時折、仕事帰りらしい会社員や買い物袋を提げた住民とすれ違うものの、誰も二人へ特別な注意を向けることはなく、出久と爆豪は目的地を決めるでもないまま、その明かりの間を縫うように並んで歩いていた。
連合の面々との話が一段落した後、そのまま部屋に残っていればまた余計な話題へ巻き込まれそうだと判断した爆豪が外へ出たのが始まりだった。
すると何故か出久まで当然のようについてきたため、結局こうして二人で夜の街を歩くことになったのだが、少なくとも爆豪自身に散歩をしているという認識はなかった。
「で」
しばらく黙って歩いていた爆豪が、ふいに口を開く。
「テメェ、どうやって解放軍みてえなでけえ組織とやりあうつもりなんだ」
出久はすぐには答えず、道の向こうにある交差点へ目を向けた。
信号が赤から青へ変わるのを眺めながら、頭の中で考えを整理するように少しだけ間を置いてから答える。
「やりあうって言っても、全員と戦う必要はないと思うよ」
「あー?」
「解放軍って、見た目ほど強い組織じゃないと思う」
爆豪の眉が僅かに動いたが、出久は歩調を変えないまま続けた。
「人数は多いし、企業とか政治家とか、色んなところに入り込んでる。それだけ見たらすごく厄介だけど、逆に言えば中心がはっきりしてるんだよね」
「中心……」
「リ・デストロだ」
その名を聞いた瞬間、爆豪の表情が僅かに変わる。
「……リ・デストロなら知ってる」
「やっぱり」
「異能解放思想の象徴みてえな奴だろ。デストロの血を継いでるとか何とか」
「うん」
出久は頷き、そのまま説明を続ける。
「解放軍は、結局リ・デストロのカリスマと血統でまとまってる部分が大きいと思う。もちろん理念に共感して参加してる人は多いんだろうけど、今みたいな規模の組織として成立してる理由は、かなりそこに依存してる」
爆豪は黙って聞いていた。
少し前までなら、出久が犯罪組織の構造について平然と分析していること自体に何か言っていたかもしれないが、今はそれよりも内容の方が重要だった。
「だから、幹部とリ・デストロをまとめて逮捕できれば、少なくとも今の形では維持できなくなると思うよ」
出久がそう結論づけると、爆豪はすぐには返事をしなかった。
巨大な組織ほど、構成員全員を一人ずつ潰して回る必要はない。
指揮系統と象徴を同時に失わせれば、それまで同じ旗の下に集まっていた者達の間にも温度差が生まれる。
思想そのものまで消えるとは限らないし、むしろ理念だけなら残り続ける可能性の方が高いだろうが、それでも何万人という人間が同じ命令系統の中で動く現在の形を維持することは難しくなる。
理屈自体に異論はなかった。
ただ、一つだけ引っかかることがある。
「……で」
爆豪は歩きながら眉間に皺を寄せ、隣の出久を見る。
「そのリ・デストロってのは、誰のことなんだ」
今度は出久が黙った。数歩進んでから爆豪へ顔を向け、本気で知らないのか確かめるようにじっと見つめる。
知らなかったの?
口にこそ出していないが、顔にははっきりそう書いてあったため、爆豪の眉間の皺がさらに深くなった。
「何だその顔」
「いや……かっちゃん、知ってると思ってたから」
「リ・デストロって名前は知ってるっつっただろ。誰がその名前使ってるかなんて聞いてねえ」
「公安から聞いてないの?」
「聞いてたら今テメェに聞いてねえよ」
「そっか」
出久は妙に納得したように頷いた。
その態度が少し気に障ったものの、爆豪が文句を言うより先に、出久は何でもないことのように答える。
「四ツ橋力也だよ」
爆豪の歩みが止まった。
出久はそのまま二、三歩進んでから、自分だけ先へ行っていることに気づいて振り返る。
「彼はデストロの血を引いているらしい」
「……アイツか。良い肉食ってるだけはあるな」
爆豪がぼそりと呟くと、出久は一瞬だけ意味を測りかねたように瞬きをしたが、気にせず前を向いた。
その一方で爆豪の頭の中では、ここ数日の情報が急速に繋がり始めていた。
デトネラット、異能解放軍、泥花市、そして自分を東京からわざわざここまで連れてきた四ツ橋力也。
単なる協力企業の経営者でも、解放軍の一幹部でもなく、本人こそがリ・デストロだったということになる。
「……待て」
爆豪は一度立ち止まり、こめかみを押さえた。
「四ツ橋がトップなら、あいつ俺に直接接触してたってことか」
「そうなるね」
「何で公安はそれ掴んでねえんだよ」
「僕に聞かれても」
「分かってるわ!」
低く怒鳴った直後、爆豪はすぐに周囲を見回した。
幸い、近くを歩いている人間はおらず、出久も気にした様子を見せないまま再び歩き出す。
爆豪が舌打ちしながら後を追うと、出久はしばらく考えた後、何かを整理するように片手を持ち上げた。
「今、僕が把握してる幹部は……デトネラット社の四ツ橋力也」
一本目の指を折る。
「Feel Good Incの近属友保」
二本目。
「集瑛社の気月置歳」
三本目を折ったところで手が止まり、爆豪はその指先を横目で見た。
「三人だけか」
「今のところはね。もちろん他にもいると思うけど、僕が確実に幹部だって把握してるのはこの三人」
出久は一度自分の手を見下ろしてから、爆豪へ視線を向ける。
「公安の方で、他の幹部は知らないの?」
「知らねえな。少なくとも俺んとこまで降りてきてる情報にはねえし、四ツ橋がリ・デストロだって話すら今初めて聞いたくらいだ」
「そっか」
「むしろ、そういう情報は連合の方がよく知ってそうだな」
その言葉に、出久が僅かに首を傾げる。
「僕らが?」
「お前ら、解放軍から直接勧誘されてんだろ。しかも向こうは取り込む気でかなり近いところまで見せてきてる。俺みたいに潜って探るより、正面から歓迎されてる奴らの方が見えるもん多いだろ」
爆豪は潜入している以上、下手に探ればそれだけで疑われる。
誰が上で誰が下か、誰と誰が繋がっているかといった情報でさえ、露骨に尋ねるわけにはいかない。
一方で連合は、解放軍からすればこれから仲間に引き入れたい相手であり、思想を語り、組織の大きさや人脈を見せつけること自体が勧誘の一部になる。
警戒されながら内部を探る爆豪より、歓迎されながら内側へ招かれている連合の方が、見える情報は多くても不思議ではない。
「確かに。向こうも僕らには結構見せてくれてるかも」
出久がそう言うと、爆豪は考えるように視線を前へ戻した。
街灯の下を通り過ぎながら、先ほど出久が挙げた三人の名を頭の中で並べ直す。
四ツ橋力也、近属友保、気月置歳。どれも表ではそれなりの肩書きを持ち、少なくとも一人は解放軍そのものの中心人物だ。
そこまで分かっているなら、次に考えることは自然と決まる。
「じゃあ、とりあえずその三人とっ捕まえて、残りの幹部吐かせるつもりか?」
爆豪が尋ねると、出久は小さく唸り、すぐには頷かなかった。
「それでもいいんだけど、近々、解放軍の重要な会議があるらしいんだ」
その言葉を聞いた途端、爆豪の視線がすぐに出久へ向く。
「かなり上の人達が集まるみたい。僕もそれに呼ばれてて」
「……テメェも?」
「そう」
出久は特に大事なことを言ったつもりもないらしく、そのまま歩きながら続けた。
「だから、その時に全員捕まえてしまえばいいんじゃないかなって思ってる」
爆豪はしばらく何も言わなかったが、数歩分の沈黙の後、ゆっくりと眉間に皺が寄っていった。
「んな簡単に……」
呆れたように呟きながら片手で額を押さえる。
幹部が一ヶ所に集まるなら、確かに狙い目ではある。
だが相手は何万人もの構成員を抱え、企業や政界にまで食い込んでいる組織で、その上層部をまとめて捕まえるという話を、出久はまるで少し面倒な用事を片づける程度の調子で口にしている。
もっとも、爆豪も出久が何も考えていないとは思っていない。
むしろ逆で、こいつは考えた上で、それなら一度に済ませた方が早いと結論づける。
「もちろん、幾つか仕掛けはするつもりだよ。向こうも僕らを完全に信用してるわけじゃないだろうし、会議に呼ばれたからって何も準備せずに行くつもりはないよ」
「仕掛けって何だよ」
「秘密」
「何で俺にまで隠すんだよ」
「まだ考えてる途中だから」
「じゃあ秘密じゃねえだろ」
「細かいなあ」
「テメェが雑なんだよ! クソが」
爆豪が顔を顰める横で、出久は少し考えるように顎へ手を当てた後、思いついたように続ける。
「あと、公安の方でも応援とか頼んでいいかな」
その一言で、爆豪の足が少しだけ遅くなった。
「……応援つったってな」
「僕らだけで全員捕まえるのは大変でしょ。会議に集まる人数もまだ分からないし、解放軍の構成員まで一緒にいる可能性もある。外から包囲してもらえれば、逃げられる人も減ると思う」
理屈だけ聞けば、そこまでおかしな話ではない。
幹部を逮捕することが目的なら、むしろ警察や公安が必要になる。
問題は、それを言っている人間が現在指名手配中のヴィランだということだった。
爆豪はしばらく何とも言えない顔で出久を見た後、深く息を吐く。
「聞いてはみるけどよ。期待すんな。俺が頼んだからってホイホイ人出してくれるような話じゃねえし、そもそも上にどう説明すんのかって問題もある」
「解放軍の幹部が集まる会議があるって言えばいいんじゃない?」
「その情報源を聞かれんだろうが」
「僕」
「それが一番面倒だろうが」
爆豪は即座に切り返した。
報告書にどう書けというのか。
潜入先で指名手配中の幼馴染と偶然再会し、そのまま情報交換を行い、ついでに別の犯罪組織を一緒に潰す相談までしました──などと事実をそのまま書けば、報告する側の正気を疑われても仕方がない。
「まあ、志村さんに話せば何とかなるんじゃない?」
「聞いてはみるけどよ、あんま勝手なことしてるとストレスで死んじまうぞ」
爆豪がそう言うと、出久は少しだけ目を瞬いた。
今日の転孤の様子を思い返しているのかもしれない。
爆豪と自分が話しているのを見つけた時点で膝から崩れ落ち、その後も公安や潜入の話が出るたびに頭を抱えていた。
「……そんなに?」
「そんなにだよ。ただでさえテメェらと解放軍と公安の間で動いてんのに、そこへ『今度会議あるから幹部まとめて捕まえます、応援ください』とか急に持ってったら、そりゃ死にたくもなるだろ」
「死にたくなるところまでいくんだ……」
「例えだ、真に受けんなや」
爆豪が呆れたように息を吐くと、出久はその横で少し考え込み、それから前を向いたまま頷いた。
「まあ、無茶なことはお願いしないようにするよ」
「その台詞が一番信用できねえ」
「ひどいなあ」
二人はそのまましばらく無言で歩いた。
通りの店はほとんど灯りを落とし、昼間とは別の街のように静まり返っている。
遠くで信号が切り替わる音がして、その少し後に一台の車が交差点を横切っていった。
爆豪は前を向いたまま、今まで聞いた情報を頭の中で整理していた。
リ・デストロの正体、確認できている幹部、近々開かれる上層部の会議、そして、その場に敵連合の緑谷出久が呼ばれていること。
そのどれも今夜ここへ来なければ知らなかった情報で、放置できるものでもない。
「……とにかく、会議の日時と場所が分かったら先に俺に寄越せ。参加者も分かるだけ調べろ。あと、勝手に始めんな」
「分かったよ」
「本当だろうな」
出久は横目で爆豪を見て、少しだけ肩を竦めた。
返事だけは素直だったが、その素直さが信用ならないことを、爆豪は嫌というほど知っていた。
──
同じ頃。
デトネラット社、本社ビル最上階。
昼間なら社員や来客が絶えず行き交う社内も、深夜ともなれば大半の照明が落とされ、その中で代表取締役室だけがまだ明かりを残していた。
大きな窓の向こうには夜の街が広がっており、四ツ橋力也はその景色を背にしながら、執務机の椅子へ深く腰掛けている。
机の上には泥花市へ滞在している敵連合についてまとめた何枚もの資料が広げられ、緑谷出久、渡我被身子、スピナー、マグネ、コンプレス、トゥワイス、そして彼らと行動を共にしている麗日お茶子、ジェントルやラブラバ、壊理について、それぞれ細かな情報が記されていた。
四ツ橋はその中でも緑谷出久の資料へ視線を落としながら、片手に持ったスマートフォンを耳へ当てていた。
「──そういうわけでね。以前話していた敵連合だが、勧誘の進捗はあまり良くなくてね。どうやら、私の誘いを断るつもりらしい」
電話の向こうから、低く落ち着いた声が返ってくる。
『それはまた。随分と残念な話ですな』
「まったくだよ」
四ツ橋は苦笑しながら椅子の背へ身体を預けた。
電話の相手は花畑孔腔。
泥花市を地盤とする与党衆議院議員兼・与党広報本部長、国政に深く関わる彼の知名度は四ツ橋以上かもしれない。
しかし、その肩書きとは別に、彼には異能解放軍幹部というもう一つの顔があり、政界の側から長年にわたって解放思想を支えてきた。
今夜、出久が爆豪へ「把握している幹部」として三人の名を挙げたばかりだったが、その中に花畑孔腔の名前はない。
『あれだけの歓待を用意しても、ですか』
「ホテルも食事も、人員も、随分と融通したつもりなんだがね」
『近頃の若者は贅沢ですな』
「そう言ってしまえば、私達も随分歳を取ったことになるよ、トランペット」
『否定はしませんよ』
電話越しに軽い笑い声が返り、四ツ橋もつられるように口元を緩めた。
彼は敵連合を嫌っているわけではない。
それどころか、社会から弾き出された者達が集まり、自分達を排除した社会へ反抗するその在り方を、異能解放軍の思想を象徴する存在としてかなり高く評価していた。
だからこそ、素直に手に入らないことが惜しい。
『ところで、敵連合とは別にもう一人いましたな。ベストジーニストを破ったという、爆豪勝己はどうでしょうか?』
その名が出た瞬間、四ツ橋の表情が目に見えて明るくなった。
「彼かい? 彼はなかなか見所がある!」
『随分お気に入りのようで』
「ああ。荒削りではあるが、自分の力に絶対の自信を持っている」
四ツ橋は机の上に置かれた別の資料へ手を伸ばした。
表紙には爆豪勝己の名前が記されており、雄英高校在籍時の記録から退学後の動向、ベストジーニストとの戦闘、解放軍へ加わってからの言動までが細かくまとめられている。
何枚かを捲った四ツ橋は、楽しげに目を細めた。
「見ていると、幼い頃の外典を思い出すよ」
『ああ、外典を』
「もちろん性格も戦い方も違うがね。自分の力に対する揺るぎない確信と、それを支えるだけの実力がある。周囲に合わせるより、自分自身を基準に世界を測ろうとするところも似ている」
『随分高く買っていらっしゃる』
「個性も素晴らしいよ。火力、機動力、応用性のどれも高い水準にある上、本人がまだ若い。完成された人材を迎えるより、これから伸びる人間を見ている方が私は好きでね。正直に言えば、なかなかの拾い物だったと思っている」
満足そうに資料を置いたところで、四ツ橋はふと何かを思い出して眉を寄せた。
「そういえば、彼を拾ってきたのは……スカウト部の志村君、だったかな?」
『志村転孤ですな』
「そう、それだ。志村君は地味だが、良い仕事をする」
『地味、ですか』
「悪い意味ではないよ。あの部署では目立たないことも能力の一つだ。こちらから細かく指示を出さなくても人材を見つけ、その上今回は爆豪勝己を連れてきた」
『本人の個性も飛行系でしたな』
「ああ。長距離移動や追跡、偵察、連絡と、ああいう個性は実に使い勝手がいい。本人の持久力も高いようだし、スカウト部へ置いておくだけでは少し惜しいくらいだ」
四ツ橋は机を指先で軽く叩きながら、しばらく考え込んだ。
「志村君も、もう少し評価してやるべきかもしれないな」
『昇進でも?』
「そこまで大袈裟な話ではないさ。ただ、成果を出した人間には相応の報酬を出すべきだろう。待遇改善くらいは検討せねばいけないかな」
『本人も喜ぶでしょう』
「そうだといいね」
もし本人がこの場にいれば、喜ぶより先に別の意味で頭を抱えていた可能性が高いのだが、四ツ橋はそんなことなど知る由もなく、本気で一人の部下として転孤の功績を評価していた。
電話の向こうで花畑が一度だけ息を整える。
『では──敵連合については最後の機会を与え、考えを改めないようならば処分。爆豪君については将来の幹部候補として迎え入れる。そういう認識でよろしいですね?』
「そうなるね」
四ツ橋の返事は早かった。
机に広げた資料のうち、爆豪のものを脇へ寄せる。
その動作には先ほどまでと変わらない好意が残っていたが、隣に置かれた緑谷出久の資料へ目を移した瞬間、表情から僅かに笑みが消えた。
「私は最後まで選択肢くらいは与えたい性分でね。彼らが考えを変えるなら、それに越したことはない。敵連合そのものは実に魅力的だよ。社会から零れ落ちた人間が集まり、それでも消えることなく今の社会へ牙を剥いている。思想の象徴として見ても申し分ない」
『しかし、こちらへ従う気がない』
「ああ。それどころか、こちらを下してやろうくらいの野心を抱いていてもおかしくない」
電話の向こうで花畑が僅かに沈黙した。
『そこまで警戒を?』
「敵連合だからこそ、だよ。死穢八斎會の件を忘れたわけではないだろう?」
『もちろんです』
「彼らは八斎會から庇護されていた。逃亡中の彼らに拠点を与え、食料を与え、身を隠す場所まで提供していたにも拘らず、敵連合は八斎會の内部で起きていたことを知ると、自分達を庇護していた相手へ牙を剥き、最終的にはその組織を下して、今では事実上自分達の傘下へ置いている」
『庇護されたという事実を、恩義として扱う集団ではない』
「その通りだ。自分達の基準で許せないと判断すれば、昨日まで食事を与えてくれていた相手にだって喧嘩を売る」
そして今、自分達が行っていることも本質的には似ている。
ホテルと食事を用意し、泥花市での安全を保証した上で、かなりの好条件を提示して解放軍へ迎え入れようとしているからといって、それが敵連合の忠誠を買える保証にはならない。
「我々も八斎會と同じように考えられている可能性はある」
『利用できる間は利用し、その後は排除する、と?』
「あるいはもっと単純に、我々を下して自分達が上に立てばいい、とね」
四ツ橋は窓ガラスに映る自分を見ながら、僅かに目を細めた。
それは決して荒唐無稽な話ではない。
敵連合は誰かの庇護を受けることはあっても、誰かの下につくことに慣れた集団ではなく、特に緑谷出久は、こちらの思想を理解し、こちらの力も認識した上で、それでも自分の判断を曲げようとしていない。
ああいう人間は、従うより自分で選ぶ。
そして自分で選んだ結果が解放軍との敵対ならば、待遇の良し悪しなど関係ないだろう。
『となれば、来月の定例会は少々危険ですな』
「そこなんだよ」
四ツ橋は低く唸った。
来月に予定されている解放軍定例会には、各方面を担う主要幹部が集まる。
普段ならそれ自体は何も珍しいことではないが、今回は敵連合を正式に招待する方向で話が進んでいる。
「彼らはまだ定例会の全容を知らない。参加者も場所も、具体的な警備体制もね」
『しかし、重要な会合だということは伝えている』
「ああ。それだけで十分かもしれない」
敵連合が本当に自分達へ牙を剥くつもりなら、解放軍上層部が一ヶ所へ集まる会議以上に都合のいい機会はない。
奇しくも、出久が今夜爆豪へ語ったのと同じように。
「定例会が狙われる可能性は考えておいた方がいい」
四ツ橋はしばらく腕を組んでいたが、やがて何かを思い出したように口を開いた。
「彼への最後通牒は定例会の前日にしようか。例の件は上手くいっているかい? 念には念を入れておきたい」
電話の向こうで花畑が少しだけ間を置いた後、先ほどまでとは僅かに違う声音で答える。
『もちろんです、リ・デストロ。敵連合に伝えた会議予定日の数日前には、来日される予定です』
四ツ橋はそれを聞き、満足そうに目を細めた。
「そうか」
『既に向こうとも調整は済んでいます。移動経路についても、こちら側で可能な限り目立たぬ形に整える予定です』
「目立たないと言うのは難しいんじゃないかなぁ」
四ツ橋は苦笑した。
あの人物を完全に人目から隠したまま入国させるなど、最初から無理のある話だった。
電話の向こうで花畑が低く笑う。
『全くその通りです。とはいえ、本来の目的は私の政治的アピールですので。あしからず』
「……なるほど。君も抜け目がないね、トランペット」
『政治家ですから』
「またそれかい」
『便利な言葉ですので』
今度は四ツ橋の方が笑った。
敵連合への牽制としても使え、解放軍にとっての保険にもなり、その上で花畑自身にとっては表の政治家として利用する価値のある来日予定でもある。
わざわざ別々に準備する必要がないのだから、確かに効率的ではあった。
『では、細部はこちらで詰めておきます。定例会について変更が出るようでしたら、またご連絡を』
「ああ、頼むよ」
『それでは』
短い挨拶を最後に通話が切れ、広い代表取締役室に再び静寂が戻った。
四ツ橋はしばらくスマートフォンの画面を眺めた後、ゆっくりと机の上へ置く。
目の前には敵連合の資料と爆豪勝己の資料が並び、その向こうには来月予定されている定例会の資料が置かれている。
四ツ橋は窓の外へ目を向けた。
夜の街は何事もないように静まり返っている。
「……叶うならば、君とも同じ道を歩みたいよ緑谷君」
独り言のようにそう呟きながら、四ツ橋は机の上にある資料へもう一度視線を落とした。