間違えずに、失う者たち   作:助兵衛

14 / 26
第14話 いいぞガンバレ飯田くん!

 ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!! 

 

 耳障りな警報音が、校舎全体へ絶え間なく響き渡っていた。

 

 出久は、その場からしばらく動けなかった。

 

 目の前では、制御端末の画面が未だ激しく点滅を繰り返している。警告表示。エラーコード。意味の分からない文字列。ノイズ混じりの電子音。

 

 全部、自分が引き起こしたものだった。

 

「……ぁ」

 

 喉が、震える。

 

 足元が妙に不安定だった。

 

 吐き気がする。

 

 個性『電波』によって流れ込んだ膨大な情報が、まだ脳の奥へ残響みたいに残っていた。校内回線。監視網。認証信号。無数の電子音が、耳鳴りみたいに頭の中を掻き回している。

 

 だが、それ以上に。

 

「僕、が……」

 

 自分がやった。

 

 雄英の防壁を、一時的とはいえ無効化した。

 

 マスコミを校内へ雪崩れ込ませた。

 

 ヒーロー育成の最高峰。

 

 誰もが安全だと信じている場所を。

 

 自分の手で。

 

「っ……」

 

 胃の奥がひっくり返りそうになる。

 

 だが、ここに留まっている訳にもいかなかった。

 

 誰かに見つかれば終わる。

 

 出久は震える足を無理やり動かし、ふらつきながら通路を歩き出す。

 

 食堂へ戻らないと。

 

 何も知らない振りをしなければ。

 

 そう考えているのに、身体は鉛みたいに重かった。

 

 その時だった。

 

「きゃああああっ!!」

 

 遠くから、悲鳴が聞こえた。

 

「押すなって!!」

「何が起きてんだ!?」

「ヴィランか!?」

「逃げろ!!」

 

「……!」

 

 出久の顔が強張る。

 

 次の瞬間、廊下の向こうから大量の足音が押し寄せてきた。

 

 ドドドドドドッ──!! 

 

 生徒達だ。

 

 しかも一人二人ではない。

 

 別棟から流れてきた生徒まで混ざっているのか、物凄い人数が狭い通路へ殺到していた。

 

 顔には恐怖が浮かんでいる。

 

 誰も状況を理解していない。

 

 警報。

 

 防壁エラー。

 

 外から響く怒号。

 

 それだけ聞けば、“何かが起きた”と思って当然だった。

 

「ヴィランが侵入したってマジか!?」

「いやガス爆発らしいぞ!」

「違う、校舎が封鎖されるって——!」

 

 情報が錯綜している。

 

 誰も正しい情報を持っていない。

 

 だからこそ、恐怖だけが増幅していた。

 

「っ、危な——!」

 

 押された生徒がバランスを崩す。

 

 狭い廊下では、人の流れが詰まり始めていた。

 

 後ろからは更に人が押し寄せてくる。

 

 将棋倒し。

 

 その言葉が、出久の脳裏を過った。

 

 このままじゃ、本当に怪我人が出る。

 

 下手をすれば、もっと酷い事になる。

 

「ぁ……」

 

 出久の喉が、かすかに鳴る。

 

 目の前の混乱。

 

 怯える生徒達。

 

 押し潰されそうになっている人波。

 

 全部。

 

 全部、自分が始めた事だった。

 

「そこの一年! 走るな!!」

 

 遠くで教師の怒声が響く。

 

 だが、パニックになった群衆は簡単には止まらない。

 

「うわっ!?」

 

 一人の女子生徒が、人波へ押されて転びかけた。

 

 その瞬間。

 

 出久の身体が、反射的に動いていた。

 

「危ない!!」

 

 駆け出す。

 

 痛む足も、脇腹も関係ない。

 

 転倒しかけた生徒の腕を掴み、そのまま壁側へ引き寄せる。

 

 直後。

 

 ドッ、と人波がすぐ横を通り過ぎていった。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「あ、ありがとう……!」

 

 女子生徒が青ざめながら頷く。

 

 だが、混乱はまだ収まらない。

 

 警報は鳴り続け。

 

 怒号が飛び交い。

 

 誰もが不安と恐怖に飲まれかけている。

 

 そして出久だけが知っていた。

 

 この混乱の原因が、自分自身だという事を。

 

 ドンッ!! 

 

「っ!」

 

 次の瞬間、出久の身体へ横から強烈な衝撃がぶつかった。

 

 人の波に突き飛ばされたのだ。

 それも、一人や二人ではない。

 

 逃げ惑う生徒達が我先にと廊下を駆け抜け、行き場を失った流れが、濁流みたいに狭い通路へ押し込まれている。

 

「う、わっ……!」

 

 踏ん張れない。

 

 負傷した足が悲鳴を上げる。

 

 誰かの肩が背中へぶつかり、別の誰かの肘が脇腹へ入った。

 

 押され、流され、まともに呼吸すら出来ないまま、視界が人混みで埋め尽くされていく。

 

「押すなって!!」

「前詰まってる!!」

「きゃああっ!!」

 

 悲鳴。

 怒号。

 警報音。

 

 全部が混ざり合い、空気そのものが混乱していた。

 

 出久は咄嗟に壁へ手をつこうとしたが、その腕すら人波に弾かれる。

 

「っ……!」

 

 このままじゃ。

 

 本当に誰か潰される。

 

 そう思った瞬間だった。

 

「皆、落ち着きたまえ!!」

 

 鋭い声が、混乱の中を真っ直ぐ貫いた。

 

「——!」

 

 出久が顔を上げる。

 

 人混みを掻き分けるように、一人の影が飛び出してきた。

 

 飯田天哉。

 

 だが、その姿は妙だった。

 

「飯田君……!?」

 

 飯田の身体が、僅かに浮いている。

 

 いや。

 

 完全に浮遊していた。

 

 どうやら先ほどまで一緒にいた麗日の『無重力』を受けているらしい。彼は慣れない浮遊感に若干顔を引き攣らせながらも、それでも必死に体勢を制御していた。

 

「ぬ、おおおおっ……!」

 

 飯田は壁を蹴り、手すりを掴み、そのまま食堂入口上部の梁へ飛びつく。

 

 ガシッ!! 

 

 そして。

 

 食堂入口の真上へ張り付くように着地した。

 

 まるで避難誘導員みたいに、群衆全体を見下ろす位置。

 

 飯田は大きく息を吸い込む。

 

 その眼鏡の奥には、強い責任感が宿っていた。

 

「大丈──夫!!」

 

 腹の底から響くような大声。

 

 ざわめきが、一瞬だけ揺らぐ。

 

「これは誤報です!!」

 

 飯田が、両腕を大きく広げた。

 

「セキュリティが誤作動を起こし、マスコミが数名入り込んでしまったにすぎません!!」

 

「……え?」

 

「誤報?」

 

 混乱していた生徒達の足が、僅かに止まる。

 

 飯田は、その隙を逃さなかった。

 

「こんな時こそ、雄英生徒という自覚を持った行動を!!」

 

 ビシィッ!! と腕を振る。

 

「走らない!! 押さない!! まずは周囲を確認し、落ち着いて避難経路を確保しましょう!!」

 

 声が通る。

 

 パニックで支配されていた空気へ、飯田の声だけが真っ直ぐ刺さっていった。

 

 的確。

 

 そして迷いがない。

 

 その姿は、普段の“真面目なクラスメイト”ではなく。

 

 まるで、本物の避難誘導を行うヒーローみたいだった。

 

 混乱していた生徒達も、次第に冷静さを取り戻し始める。

 

 人の流れが、少しずつ整い始めた。

 

 押し合いが減る。

 

 怒号が小さくなる。

 

 パニックが、収束へ向かっていく。

 

「……」

 

 出久は、その光景を呆然と見上げていた。

 

 飯田天哉。

 

 数十分前まで、自分と一緒に昼食を食べていたクラスメイト。

 

 委員長になれなかったと悔しがっていた少年。

 

 なのに今。

 

 誰よりも先に前へ出て。

 

 誰よりも冷静に。

 

 誰かを守るために動いている。

 

「……っ」

 

 胸が、痛んだ。

 

 罪悪感で。

 

 そして。

 

 眩しさで。

 

 警報音は、しばらくしてようやく停止した。

 

 代わりに校内放送が流れ、セキュリティシステムの誤作動であった事、既に事態は収束へ向かっている事が繰り返しアナウンスされる。

 

 その頃には、生徒達の混乱もかなり落ち着いていた。

 

「ほら、押すな押すな!」

「順番に戻れって!」

「大丈夫か?」

 

 各所で教師や上級生が誘導を始め、乱れていた人の流れが少しずつ整っていく。

 

 飯田は依然として食堂入口上部へ張り付いたまま、真面目極まりない顔で周囲へ指示を飛ばしていた。

 

「そこの諸君! 走らず移動を!」

「通路中央を空けたまえ! 負傷者優先だ!」

 

 その姿は、もはや完全に委員長だった。

 

「飯田君ー!」

 

 下から麗日が手を振る。

 

「もう大丈夫そうだよー!」

 

 出久は、その輪の少し後ろで立ち尽くしていた。

 

 胸の奥が重い。

 

 皆が落ち着きを取り戻していくほど、自分のした事の大きさが逆に鮮明になる。

 

 もし飯田がいなければ。

 

 もしもっと混乱が長引いていたら。

 

 本当に怪我人が出ていたかもしれない。

 

「デク君?」

 

「っ!」

 

 顔を上げる。

 

 麗日が、心配そうにこちらを覗き込んでいた。

 

「大丈夫? 顔色悪いけど……」

 

「だ、大丈夫!」

 

 反射的に答えてしまう。

 

「ちょっとびっくりしただけで!」

 

「本当か?」

 

 今度は飯田が近付いてきた。

 

 眼鏡の位置を直しながら、真剣な顔で出久を見る。

 

「かなり人波に揉まれていたようだが」

 

「へ、平気だよ!」

 

 出久は慌てて笑った。

 

「飯田君こそ凄かったね! あの状況で皆を止めるなんて!」

 

「む……」

 

 飯田が、僅かに目を丸くする。

 

 それから少し照れ臭そうに咳払いした。

 

「当然の行動をしたまでだ」

 

 一拍。

 

「君も転倒しかけた生徒を助けていただろう」

 

「え、いや、あれは……!」

 

「二人ともヒーローっぽかったよ!」

 

 麗日が、にこっと笑う。

 

 出久の胸が、少しだけ痛んだ。

 

 そんな資格、ないのに。

 

 だが、その言葉へ返事をする前に。

 

「ほら、A組戻るぞ!」

 

 切島が遠くから手を振った。

 

「相澤先生もう教室戻ってるって!」

 

「急げ急げー!」

 

 騒がしく移動していくクラスメイト達。

 

 出久達も、その流れへ合流する。

 

 夕方。

 

 騒動の余韻が残るまま、終礼の時間になった。

 

 A組教室。

 

 相澤はいつも通り気怠げな顔で教壇へ立ちながらも、その目だけは僅かに鋭かった。

 

「……今回の件」

 

 教室が静まる。

 

「大事には至らなかったが、群衆心理の危険性は理解できたな」

 

 誰も口を挟まない。

 

「ヴィランじゃなかったから良かった、で終わらせるな」

 

 一拍。

 

「本物だった場合、あの混乱は致命的になる」

 

 静かな声。

 

 だが、重みがあった。

 

 相澤は教室を見渡し。

 

「特に飯田」

 

「は、はい!」

 

「お前の初動は良かった」

 

 飯田の背筋が伸びる。

 

「パニック時に声を張って流れを制御した判断は正解だ」

 

「……ありがとうございます!」

 

 飯田が力強く頷いた。

 

 すると。

 

「そういえば」

 

 上鳴がふと顔を上げる。

 

「委員長っぽかったよな飯田」

 

「確かに」

「めっちゃ仕切ってた」

「安心感あったわ」

 

 次々に声が上がる。

 

 飯田が少し戸惑ったように瞬きをした。

 

「いや、しかし委員長は緑谷君で——」

 

「……あ、あの!」

 

 出久が、勢いよく立ち上がった。

 

 教室中の視線が集まる。

 

「緑谷?」

 

 相澤が片眉を上げる。

 

 出久は、緊張したように拳を握り締めた。

 

「ぼ、僕……やっぱり、委員長向いてないと思うんです」

 

「えぇ!?」

 

 麗日が驚く。

 

 だが、出久は続けた。

 

「今日だって、飯田君が皆を落ち着かせてくれたし……」

 

 一拍。

 

「僕より、飯田君の方が、委員長に相応しいと思います」

 

 教室が静まる。

 

 飯田本人すら、呆気に取られていた。

 

「み、緑谷君……?」

 

 出久は、飯田を真っ直ぐ見た。

 

「飯田君は、ちゃんと前に立てる人だから」

 

 その言葉だけは、心からだった。

 

 責任感があって。

 

 冷静で。

 

 誰かを導ける。

 

 少なくとも。

 

 皆を危険へ巻き込みながら、何も言えずに立っている自分よりは。

 

「……」

 

 相澤は数秒沈黙したあと。

 

「八百万」

 

「はい」

 

「副委員長続投できるか」

 

「ええ、問題ありませんわ」

 

「なら決まりだ」

 

 飯田は、しばらく呆然としていたが。

 

 やがて。

 

 ぎゅっと拳を握る。

 

「……分かった」

 

 一拍。

 

「委員長として、このクラスを導けるよう全力を尽くそう!」

 

 その宣言へ、教室中から拍手が起きた。

 

 出久も、小さく拍手した。

 

 その顔には笑みが浮かんでいたが。

 

 胸の奥だけは、ずっと重いままだった。

 

 終礼が終わると、教室は一気に放課後の空気へ変わった。

 

「腹減ったー!」

「帰りゲーセン寄らね?」

「飯田委員長、明日から号令とかやんの?」

 

「む、もちろんだ!」

 

 飯田が真面目に頷く。

 

「委員長として、クラスの規律を——」

 

「うわ始まった」

 

「真面目過ぎるぅ!」

 

 どっと笑いが起きた。

 

 その中心で、飯田は少し困ったように眼鏡を押し上げる。

 

 一方。

 

 出久は、鞄へ教科書を詰め込みながら小さく息を吐いた。

 

「……」

 

 疲れていた。

 

 身体も。

 

 頭も。

 

 そして、心も。

 

 個性『電波』を使った影響なのか、未だ耳の奥では小さなノイズみたいな感覚が消えていない。

 

 それでも。

 

「緑谷君☆」

 

「ひゃっ!?」

 

 急に肩を叩かれ、出久が飛び跳ねた。

 

 振り返る。

 

 そこには、青山優雅が立っていた。

 

 金髪。

 

 きらきらした笑顔。

 

 胸元の妙に自己主張の激しいベルト。

 

 相変わらず、全体的に輝いている。

 

「ア、青山君?」

 

「今から少し時間あるかい? ☆」

 

 妙に穏やかな声だった。

 

 だが。

 

 その笑顔が、どこか張り付いたものにも見える。

 

「え、あ……う、うん」

 

「Très bien(とても良い)」

 

 青山は軽く指を鳴らした。

 

「少し話そうじゃないか」

 

 そう言って、くるりと踵を返す。

 

 出久は戸惑いながらも、その後を追った。

 

 廊下を抜け。

 

 人気の少ない渡り廊下を通り。

 

 夕焼けの差し込む校舎裏へ。

 

 人の気配が、ほとんどない。

 

 風だけが吹いている。

 

「……」

 

 青山は、そこでようやく立ち止まった。

 

 出久も数歩遅れて止まる。

 

「えっと、話って……?」

 

 すると。

 

 青山は、すぐには答えなかった。

 

 夕焼けへ目を向けたまま、数秒沈黙する。

 

 その横顔からは、普段の軽薄さみたいなものが消えていた。

 

 そして。

 

「今日の騒動」

 

 ぽつり、と。

 

 青山が呟く。

 

「緑谷君の仕業だよね」

 

「——っ」

 

 出久の心臓が、止まりかけた。

 

 息が詰まる。

 

 視界が揺れる。

 

「……え」

 

 声が、掠れる。

 

 青山は、ゆっくり振り返った。

 

 夕焼けの赤が、その顔へ半分だけ影を落としている。

 

 笑っていない。

 

 だが。

 

 責めてもいなかった。

 

 ただ、静かに出久を見ている。

 

 誤魔化さなければ。

 

 否定しなければ。

 

 そう思っているのに、喉が上手く動かない。

 

 青山は、そんな出久を見ながら、小さく肩を竦めた。

 

「安心して☆」

 

 一拍。

 

「僕、別に君を告発したい訳じゃないんだ」

 

 穏やかな声だった。

 

 だが。

 

 その言葉の奥にある“何か”が、出久の背筋を冷やした。

 

 青山はゆっくり校舎の壁へ背を預ける。

 

 夕陽が、彼の金髪を赤く染めていた。

 

「……僕にもね」

 

 青山が、ぽつりと呟く。

 

「おじ様……AFOから、指示が来ていてね」

 

「——!」

 

 出久の目が、見開かれる。

 

 AFO。

 

 その単語を、他人の口から聞いた瞬間。

 

 全身の血が、一気に冷えた。

 

「君も……」

 

「驚くよね☆」

 

 青山は、自嘲するみたいに笑った。

 

 その笑みは、いつものナルシストじみたものとは違う。

 

 どこか疲れていた。

 

 風が吹く。

 

 校舎裏の木々が、小さく揺れた。

 

 青山は視線を落としたまま続ける。

 

「今日、僕に来た指示は単純だった」

 

 一拍。

 

「“A組が孤立するタイミングを教えなさい”」

 

「……っ」

 

「君の起こした騒動に紛れて、僕は自分の指示を遂行させてもらったよ」

 

 出久の呼吸が止まる。

 

 孤立。

 

 その言葉の意味を、理解できないほど馬鹿ではなかった。

 

 ヒーロー科A組。

 

 将来有望な生徒達。

 

 そこが、“孤立する瞬間”。

 

 つまり。

 

「そ、それって……」

 

 出久の声が震える。

 

「AFOが、何か……」

 

「起こすつもりなんだろうね☆」

 

 青山が、静かに言った。

 

 否定しない。

 

 曖昧にも誤魔化さない。

 

 その事実が、逆に重かった。

 

「……」

 

 出久の頭の中へ、今日の騒動が蘇る。

 

 雄英バリアの停止。

 

 混乱。

 

 パニック。

 

 人の流れ。

 

 もし。

 

 あの瞬間、本当にヴィランが侵入していたら。

 

「……でもね☆」

 

 青山が、不意に口元を緩めた。

 

 その笑みは、普段の彼らしい芝居がかったものだったが、どこか無理に作っているようにも見えた。

 

「緑谷君、でもこれはチャンスかもしれない☆」

 

「……え?」

 

 出久が、呆然と顔を上げる。

 

 青山は壁へ背を預けたまま、空を見上げた。

 

 夕焼けは、もうかなり赤く染まっている。

 

「おじ様——AFOが何をするつもりなのか、僕には分からない」

 

 一拍。

 

「でも、ここは雄英だ☆」

 

 静かな声。

 

 だが、その言葉には妙な確信があった。

 

「そして雄英には、“彼”がいる」

 

「……オールマイト」

 

 出久が、無意識に呟く。

 

 青山は、小さく頷いた。

 

「おじ様本人が、のこのこ出てくる事は多分ない☆」

 

 それは出久にも分かっていた。

 

 AFOは慎重だ。

 

 オールマイトがいる場所へ、自ら姿を現す危険性を理解している。

 

「だから動くとしても、多分おじ様の配下」

 

 出久の喉が、小さく鳴る。

 

「でも」

 

 青山が、続ける。

 

「もし、その配下が雄英で動いて——」

 

 夕陽を反射した瞳が、細められる。

 

「オールマイトに叩き潰されたら?」

 

「……!」

 

 出久の目が見開かれる。

 

「そこから辿れるかもしれない☆」

 

 青山は、人差し指を立てた。

 

「ヴィランの拠点」

 

「資金源」

 

「繋がり」

 

「おじ様の尻尾」

 

 一拍。

 

「つまり、AFO逮捕のきっかけになるかもしれないんだ☆」

 

 風が吹く。

 

 校舎裏の木々が、ざわりと揺れた。

 

 出久は、何も言えなかった。

 

 そんな可能性。

 

 考えた事もなかった。

 

「それに☆」

 

 青山が、少しだけ声を落とす。

 

「僕達は、ちゃんと指示に従ってる」

 

「……」

 

「おじ様からすれば、“役目は果たした”事になる☆」

 

 雄英の情報を流す。

 

 孤立タイミングを伝える。

 

 今日の騒動も起こした。

 

 少なくとも表面上は、従順だった。

 

「なら」

 

 青山が、小さく笑う。

 

「自爆させられる事もないかもしれない☆」

 

 その言葉に、出久の背筋が冷えた。

 

 “自爆”。

 

 まるで当然みたいに口にした。

 

 まるで。

 

 そういう末路を、本気で警戒しているみたいに。

 

「全部が上手くいけば」

 

 青山は、空を見たまま呟く。

 

「おじ様は捕まる」

 

「僕達は生き残る」

 

「雄英も守られる」

 

 一拍。

 

「……全部、丸く収まる。かもしれない☆」

 

 最後だけ、少し弱かった。

 

 自分でも、“かもしれない”としか言えないのだ。

 

 絶対ではない。

 

 保証もない。

 

 AFOがそんな簡単に負けるとも思えない。

 

 それでも。

 

 青山は、その可能性へ縋るように笑った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。