間違えずに、失う者たち   作:助兵衛

23 / 56
第23話 うなれ体育祭!

 ──翌日。

 

 雄英高校ヒーロー科1−Aの教室は、朝から妙に騒がしかった。

 

「体育祭かぁ……!」

 

 上鳴が椅子へだらしなく座ったまま声を上げる。

 

「全国放送だろ!? やっべぇな!」

 

「プロも山ほど見に来るらしいぞ!」

 

 切島も興奮した様子で机を叩いた。

 

「ここで名前売れたら、マジで将来変わるって話だしな!」

 

「当然だ!」

 

 飯田が腕を組みながら真面目な顔で頷く。

 

「雄英体育祭とは、単なる学校行事ではない! 未来のヒーロー社会を担う若者達の登竜門とも言える催事だ!」

 

 いつものように両腕を激しく上下させる飯田を見て、瀬呂が苦笑した。まだ包帯は残っているものの、本人は既に完全復活したつもりらしい。

 

「おぉ、委員長元気だな」

 

「入院してた人間のテンションじゃねぇ……」

 

 その喧騒から少し離れた教室後方で、出久は自席に座り、静かにノートを見つめていた。

 

 開かれたページには、障害物競走、騎馬戦、個人戦についての大量の書き込みが並んでいる。シミュレーション、対策、動線。そこへ更に小さな文字でメモを書き足した。

 

『爆破→視界誘導』

 

『轟君は序盤広範囲制圧?』

 

『常闇君は屋内有利』

 

 そこで、ペン先が止まる。

 

 脳裏に蘇ったのは、あの声だった。

 

『君だけ、手を抜いて戦うつもりかい?』

 

「……っ」

 

 出久は無意識にペンを握り締める。

 

 駄目だ。考えるな。今は体育祭だけを考えろ。

 

 そう自分へ言い聞かせた、その時だった。

 

「……ん?」

 

 芦戸が教室扉の方を見た。

 

「なんか今日、人多くない?」

 

 その一言で、教室の空気が少し変わる。

 

 廊下には、妙に人がいた。他クラスの制服姿がやたらと目に入り、しかもちらちらと1−Aの中を覗き込んでいる。

 

「……なんだぁ?」

 

 爆豪が露骨に眉を寄せた。

 

 次の瞬間、廊下側の空気が一気に騒がしくなる。

 

「おっ、いたいた。あいつだよ爆豪、一般入試主席の問題児」

 

「緑谷ってどいつ?」

 

「相澤先生守ったってマジ?」

 

「うわっ」

 

 麗日が少し引いた顔をする。

 

 教室前には、既に軽い人だかりができていた。しかもその数はまだ増えており、通り過ぎるふりをしながら覗く者、露骨に立ち止まる者、スマホを構えようとして耳郎に睨まれ、慌てて引っ込める普通科生徒までいる。

 

「な、なんだよこれ……動物園か?」

 

 瀬呂が苦笑すると、爆豪が苛立った声で吐き捨てた。

 

「違ぇよ。偵察のつもりなんだろうよ」

 

 その言葉通りだった。

 

 USJ襲撃事件。その現場に居合わせ、生き残ったのが1−Aである以上、校内での注目度は異常なほど上がっていた。

 

「体育祭前に情報を集めたいんだろうな。特に我々A組は、実戦経験持ちとして見られている」

 

 常闇が静かに呟くと、尾白も納得したように頷いた。

 

「あー……確かに、他のクラスからしたら気になるよな。どんな奴がいるか、とか」

 

 だが、その直後だった。

 

「いやあ!」

 

 廊下側から、やけに大きな声が響いた。

 

「A組って色んな武勇伝があるから、どんな人間がいるのかと思って見に来たんだけどさぁ!」

 

 廊下の野次馬達がざわめきながら少し割れる。その中央に、一人の男子生徒がわざとらしく肩を竦めて立っていた。

 

 淡い金髪に細身の体格、整った顔立ち。だが、口元へ張り付いた笑みが致命的に胡散臭い。ニタニタと、人を小馬鹿にするような笑い方だった。

 

「なんだか、思ったよりパッとしないねぇ!」

 

「……あ?」

 

 爆豪の額へ青筋が浮かび、教室の空気が一瞬でぴりつく。男子生徒は、その反応すら楽しむみたいに笑った。

 

「あれぇ? 怒った? いやいや、別に悪口じゃないんだよ?」

 

 わざとらしく両手を広げる。

 

「もっとこう……ヴィランをぶっ飛ばしてきました! みたいな殺気立った集団かと思ってたんだけどさ!」

 

 ちらりと飯田の包帯を見る。

 

「意外と普通だなぁって!」

 

「貴様……!」

 

 飯田がぎり、と歯を食い縛る。だが、男子生徒は止まらなかった。

 

「全国ニュースだもんねぇ、A組。USJ襲撃事件! テレビで見ない日がないよまったく!」

 

 まるで芝居の台詞を読み上げるみたいな口調で、男子生徒は教室内を見回す。

 

「いやぁ〜、そりゃ注目も集まるよねぇ!」

 

「てか、誰」

 

 耳郎が露骨に嫌そうな顔で言うと、男子生徒は待ってましたと言わんばかりに胸へ手を当てた。

 

「これは失礼。僕は物間寧人」

 

 大袈裟な一礼をしてから顔を上げる。その笑みは、相変わらず性格が悪そうだった。

 

「ヒーロー科1年B組さ」

 

「B組……」

 

 瀬呂が小さく呟くと、物間はふっと肩を竦めた。

 

「いやぁ、困るんだよねぇ。A組ばっかり注目されるの」

 

 その声色が、ほんの少しだけ変わる。軽薄な調子の奥に、妙に生々しい感情が混じっていた。

 

「同じヒーロー科なのに、世間はA組、A組。教師も期待の中心はA組。話題も全部A組」

 

 物間がわざとらしく溜め息を吐く。

 

「まるでB組が“ハズレ”みたいじゃないか」

 

 その瞬間、教室内の空気が僅かに変わった。

 

 これは単なる煽りではない。B組として、A組へ対抗意識を抱いている。物間は本気でそう思っているのだ。

 

「だからさ」

 

 物間が、にたりと笑う。

 

「体育祭では、ぜひ期待外れじゃない所を見せてくれよ?」

 

「……上等じゃねぇか」

 

 爆豪が椅子から立ち上がり、掌から小さく火花を散らした。

 

「B組ごときが調子乗ってんじゃ——」

 

 その瞬間、乾いた音が廊下へ響いた。

 

「いっっっっだぁ!?」

 

 物間の後頭部が、横から思い切り叩かれる。勢い余って物間の身体が前のめりに崩れた。

 

「ちょっ強——」

 

 言い終わる前に、今度は真正面から腹へ拳がめり込んだ。

 

「ぶふぉっ!!?」

 

 空気が抜けるような音と共に、物間がそのままくの字に折れ曲がる。

 

「静かにっス!!」

 

 やたら声のでかい叫びと共に、物間を殴った男子生徒がびしっと姿勢を正した。

 

 丸刈りの頭に鋭い目つきの四白眼。大型犬みたいなエネルギーを全身から放っている。そして何より、声量が異常だった。

 

「朝から他クラスへ喧嘩売るのは良くないっスよ!!」

 

「ごっ……!? 夜嵐……っ、君また加減が……!!」

 

 腹を押さえたまま物間が床へ膝をつくと、今度は快活な女子生徒が割って入った。

 

「ほんっとごめんねA組!!」

 

 大きな拳、ショートヘア、活発そうな雰囲気。彼女はぐったりしている物間の襟首を掴みながら、申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「こいつ、あんた達に嫉妬しちゃってんの! 最近ずっと“A組A組”ってうるさいんだから!」

 

「そ、それはB組代表としてだね!? 決して個人的感情では——」

 

「はいはい」

 

 拳藤が雑に流すと、そのやり取りに1−A側からも苦笑が漏れた。

 

「なんだこいつら……漫才か?」

 

 瀬呂が呆れた声を出す。

 

「でも助かった……」

 

 麗日が小さく安堵する。

 

 一方、教室後方にいた轟だけは、少し離れた場所から静かにその騒動を見ていた。だが、腹を押さえている物間の隣に立つ夜嵐イナサの顔を見た瞬間、珍しく小さく反応する。

 

「……おっ」

 

 轟が軽く片手を上げた。

 

「おおっ!? 轟さん!!」

 

 夜嵐の顔が一気に明るくなり、大型犬みたいな勢いで手を振る。

 

「お久しぶりっス!!」

 

「あぁ、推薦組の打ち上げ以来だな」

 

 轟も小さく手を振り返す。その光景に、八百万が目を瞬かせた。

 

「え? 轟さん、お知り合いですの?」

 

「あぁ。推薦入試で一緒だった」

 

 轟が頷くと、夜嵐が大声で反応した。

 

「そうっス!! ご無沙汰してるっス!」

 

 廊下へ響き渡る声量だった。

 

「轟さん相変わらずクールっスねぇ!!」

 

「お前は相変わらず……熱血だ」

 

「押忍っ!!」

 

 夜嵐が眩しいくらいの笑顔で親指を立てる。

 

「轟さんも元気そうで何よりっス!!」

 

「まぁな」

 

 轟は相変わらず淡々としていたが、ほんの少しだけ空気が柔らかい。普段の轟を知っている1−Aの面々からすると、割と珍しい反応だった。

 

「へぇ〜……轟、ちゃんと友達いたんだな」

 

 上鳴が小声で呟く。

 

「どういう意味だ」

 

「いやなんかもっと、“一人で山籠もりしてました”系かと……」

 

「偏見がすぎますわ」

 

 八百万が呆れる。

 

 一方、物間はまだ腹を押さえたまま震えていた。

 

「夜嵐君……! 君はもっとこう、B組の誇りとかを——」

 

「誇りは大事っス!! でも朝から他クラスに嫌味言うのは違うっス!!」

 

「論破された……」

 

 瀬呂が呟くと、拳藤が物間の襟首をぐいっと引っ張った。

 

「ほら行くよ! 体育祭前に問題起こしたら洒落になんないんだから!」

 

「ちょ、待ってまだ僕はA組へ言いたい事が——」

 

「はい黙る!」

 

「むぐっ」

 

 拳藤の手が物間の口を雑に塞ぎ、そのままずるずると廊下を引きずっていく。

 

「おおっ!? じゃあ俺も行くっス!!」

 

 夜嵐も慌てて後を追い掛けたが、去り際にくるりと振り返った。

 

「轟さん!! 今度また飯行きましょう!!」

 

「あぁ……次は粉もの以外で頼むな」

 

 轟が思い出したように頷くと、夜嵐は更に勢いよく笑った。

 

「もちろんっス! 今度こそエンデヴァーさんとか誘ってくださいね!!」

 

「お父さん、最近特に忙しそうだからな。まあ言っておくよ」

 

「絶対っス!」

 

 夜嵐は、物間を引きずる拳藤の後を嵐みたいな勢いで去っていく。

 

「離したまえ拳藤さん!! 僕はまだA組に対する正当な意見表明が——」

 

「うるさい!」

 

「ぐふっ」

 

 再び鈍い音が響き、B組の面々が完全に去ると、廊下には妙な静寂だけが残った。

 

「……なんだったんだ今の」

 

 耳郎がぽつりと呟く。

 

「台風?」

 

 芦戸が真顔で言うと、切島が苦笑した。

 

「いや、マジで嵐だったな……」

 

 だが同時に、1−Aの誰もが薄々理解していた。

 

 自分達は、本当に注目されている。USJ事件以降、他クラスからも、教師からも、世間からも、“見られる側”になっている。体育祭は、その視線が更に加速する舞台だ。

 

 教室内の空気が、少しだけ引き締まる。

 

 そんな中、八百万が静かに口を開いた。

 

「ちなみに、彼——夜嵐イナサさんは、かなりの実力者ですわ」

 

「え?」

 

 麗日が振り向く。

 

「推薦入試枠主席合格ですの」

 

「……は?」

 

 上鳴が固まった。

 

「え、推薦主席って……」

 

「轟君や、わたくしを抑えてですわ」

 

 その瞬間、教室の空気が僅かに変わった。

 

 推薦組。それだけでも、雄英内では別格扱いされる。その中で主席ということは、入学時点の評価だけなら、間違いなく一年の中でも最上位にいるということだった。

 

「……1年の中でもトップクラスって事か」

 

 尾白が低く呟くと、八百万は小さく頷いた。

 

「えぇ。入学当初のポテンシャルだけで言えば……間違いなく、1年生の中でも一番ですわ」

 

 八百万の言葉に、教室の空気が少しだけ静まる。

 

「マジかよ……いや、あのテンションで?」

 

 上鳴が引いた顔をする。

 

「むしろあのテンションだからこそ、底知れないというか……」

 

 尾白が苦笑した。

 

 一方、轟は特に驚いた様子もなく、ただ静かに窓の外を見ている。その横顔を見ながら、出久は無意識にノートへ視線を落とした。

 

 推薦主席。

 

 体育祭で自分が勝ち抜かなければならない相手は、A組だけじゃない。雄英全体、全科、全員が全国へ向けて自分を売り込みに来る。

 

 出久の指先が、僅かにノートを握った。

 

 その時、教室扉が開いた。

 

「はい、ホームルーム始めるぞ」

 

 低く気怠げな声。相澤消太だった。

 

 半眼のまま教室を見回した相澤は、ぼそりと言う。

 

「体育祭前だからって浮かれるなよ。お前らが注目されてるのは事実だ。だが、それで実力が上がる訳じゃない」

 

 静かな声だった。けれど、その一言で教室の空気が少し変わる。

 

「プロが見るのは、派手さだけじゃない。状況判断、応用力、メンタル、ヒーローとしての完成度。全部見られると思え」

 

「……!」

 

 出久の背筋が、ぴんと伸びる。

 

「以上。じゃあ今日も授業だ。体育祭準備で浮ついて単位落とすなよ」

 

 相澤はあっさり話を終えると、そのまま出席簿を開いた。

 

 そして、いつもの雄英の一日が始まった。

 

 ──だが、クラス全体の空気はどこか違っていた。

 

 誰もが体育祭を意識している。休み時間の会話も、トレーニングの話題も、対戦予想も、全部が体育祭へ繋がっていた。

 

 放課後。終礼が終わると同時に、教室の空気が一気に解放される。

 

「よっしゃ帰って特訓!!」

 

「俺ジム寄ってくわ!」

 

「騎馬戦ってどうなるんだろうな!」

 

 そんな声が飛び交う中、出久だけは席に座ったまま動かなかった。

 

 ノートを開き、ペンを走らせる。

 

「障害物競走なら……序盤混雑……いや、轟君が広範囲凍結したら中央突破は危険……」

 

 ぶつぶつと独り言が漏れる。

 

「騎馬戦……ポイント管理……上位狙いなら狙われる前提……いやでも……」

 

 ページが次々と埋まっていく。戦術、仮説、対策、分析。もう周囲の音すら、ほとんど聞こえていなかった。

 

「デク君」

 

「……へ?」

 

 不意に顔を上げると、そこには麗日が立っていた。にこにこと笑いながら、机を覗き込んでいる。

 

「デク君もやる気満々だね!」

 

「えっ」

 

 出久は慌ててノートを押さえた。

 

「あ、いやこれは、その……!」

 

「うわぁ、すご……めっちゃ書いてるやん!」

 

 麗日が感心したように目を丸くする。

 

「え、えっと……その、皆強いから……!」

 

 出久の声が少し上擦る。麗日はそんな出久を見て小さく笑ったが、すぐに少しだけ真面目な顔になった。

 

「でも、なんか安心した」

 

「……え?」

 

「デク君、最近ずっと難しい顔しとったから。なんていうか……ずっと張り詰めてる感じ?」

 

「そ、そんな事ないよ!?」

 

 出久が反射的に声を上げる。

 

「ほら、体育祭近いし! 皆気合い入ってるし!」

 

 早口だった。自分でも分かるくらい、不自然だった。

 

 だが、麗日はそれ以上追及してこなかった。

 

「そっか。ならいいんだけど」

 

「……うん」

 

 出久もぎこちなく笑い返す。

 

 胸の奥が、少し痛んだ。

 

 麗日は何も知らない。自分が今、どこへ踏み込みかけているのかも。だからこそ、余計にまともに目を見られなかった。

 

「じゃ、うち先帰るね!」

 

 麗日が鞄を持ち上げる。

 

「デク君もあんまり根詰めすぎんようにね!」

 

「あ、うん! また明日!」

 

「また明日!」

 

 軽い足音を響かせながら、麗日が教室を出ていく。

 

 その背中を見送り、出久の表情から笑みが消えた。

 

 静かになった教室には夕日が差し込み、机を赤く染めている。出久はゆっくりノートを閉じると、鞄を持ち、誰もいなくなり始めた廊下を一人で歩き出した。

 

 向かう先は、校舎裏。人気のない通路で、夕方になると急に空気が冷える場所だった。

 

 出久は周囲を見回す。誰もいない。グラウンドの喧騒も、ここまでは届かず、風が木々を揺らしているだけだった。

 

 確認するように、もう一度周囲へ視線を走らせる。

 

 そして、校舎壁面の通気口へ近付いた。

 

 四角い金属格子。

 

 以前、あの異形が現れた場所。

 

 出久は少しだけ躊躇ったが、やがてゆっくり手を伸ばし、通気口を軽く小突いた。

 

「ジョンちゃん」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。