出久は、地雷原へ突っ込んだ。
土の色、僅かな盛り上がり、不自然な窪み。
五感強化なら、それらを見分けることはできる。
だが、遅い。
一つ一つ見て、避けて、判断していたら、それだけで差が開く。
五感強化は万能に近く、視覚も、聴覚も、触覚も、嗅覚も、平衡感覚も底上げされる。
だが逆に言えば、特定の一芸へ尖った個性ではない。
地雷の位置だけを完璧に探知する力ではないのだ。
なら、避けない。
出久の足元で、白い骨が軋んだ。
槍骨。
膝下から、鋭い骨杭が伸びる。
外から見れば脚部を補助するスパイクのように見えるが、その実態は、地面ごと踏み抜くための槍だった。
「——行くぞ!」
一歩目。
骨杭が地面を貫く。
直後、爆音と衝撃が足元から突き上げた。地雷が起爆したのだ。
「っ……!」
出久の身体が僅かに揺れる。だが、止まらない。
二歩目。骨杭が地面を穿ち、再び爆ぜる。
三歩目。踏み抜き、爆ぜる。
出久は、地雷原を真っ直ぐ進み始めた。
踏み抜く。爆ぜる。踏み抜く。爆ぜる。
地雷を探して避けるのではない。
槍骨で先に貫き、衝撃を覚悟した上で進む。
『おおっとォ!?』
プレゼント・マイクの声が跳ね上がる。
『緑谷出久!! 避けない!! 避けないぞォ!? 地雷原を正面突破だァァァ!!』
観客席がどよめく。
土煙、爆音、衝撃波。
その中を、出久は真っ直ぐ進んでいく。
表情は動かない。視線は前だけ。狙うのは、先頭集団の背中だった。
「何やってんだあいつ……!」
爆豪が空中から一瞬だけ振り返り、その目を僅かに見開く。
出久は止まらない。
爆ぜる地面を踏み締めながら、一直線に迫ってくる。
まるで、爆発を道標にしているみたいに。
痛い。
衝撃はある。
威力は抑えられていても、足裏から膝、腰へ抜ける振動は馬鹿にならない。
だが、止まる方がもっと嫌だった。
また一歩、骨杭が地面へ突き立つ。
地雷が爆ぜ、土が跳ねる。観客席の歓声が、爆音に混ざって遠くなっていく。
出久の呼吸は、妙に静かだった。
恐怖はある。
だが、その上から別の感情が塗り潰していた。
勝ちたい。
追いつきたい。
見せたい。
自分もここにいるのだと。
「……っ!」
出久はさらに踏み込む。
両脚の槍骨をリズムよく地面へ叩き込み、地雷を起爆させる。
骨杭を打ち込むことで、あらぬ方向に吹き飛ばされることを防ぎ、一歩ごとに起きる爆発の衝撃すら前進へ変えていく。
無茶苦茶だった。
合理的で、非合理的で、それでも速い。
『こいつは強引だァ!! だが速い!! 緑谷、地雷を踏み抜きながら先頭集団へ迫るゥ!!』
プレゼント・マイクの実況を背に、出久は煙の中から飛び出した。
先頭との距離が縮まる。
爆豪が舌打ちし、轟が横目で出久を見る。
夜嵐は、嬉しそうに笑った。
「熱いっスねぇぇぇ!!」
夜嵐が風を纏ったまま叫ぶ。
その直後、さらに暴風が膨れ上がった。
身体を押し出す風圧によって、夜嵐の速度が一段跳ね上がる。
「負けてられるかァ!!」
爆豪も爆破を連続起動した。
空中で細かく爆風を刻み、強引に加速する。
轟も無言のまま、足元へ氷を走らせた。
滑走。摩擦を極限まで減らし、一気に速度を乗せる。
後ろから、とんでもない勢いで追ってきている。
緑谷出久が爆発を踏み抜きながら、真っ直ぐ突っ込んでくる狂った走法。
なら、振り切るしかない。
「……っ!」
出久も歯を食い縛る。
速い。先頭集団が、さらに加速した。
だが、まだ行ける。
槍骨が伸びる。
地面へ突き刺さり、爆発が起きる。
その衝撃を利用して、さらに前へ。
土煙を切り裂き、一直線に駆ける。
『うおおっとォ!? 先頭集団、ここでさらに加速ゥ!!』
実況が絶叫する。
『爆豪! 轟! 夜嵐! そして緑谷!! 四人が完全に抜け出したァ!!』
観客席が揺れる。
巨大モニターへ、先頭集団の映像が映し出される。
爆破、氷、暴風、爆炎混じりの土煙。
その中心を、出久が真正面から突き抜けていた。
だが、走りながら出久の目が細まる。
自分の後ろ、地雷原。
そこには、爆発で抉れた安全地帯ができていた。
槍骨で踏み抜き、先に起爆したルート。
つまり後続からすれば、“既に地雷が無い安全な道”だった。
「前通れるぞ!!」
「緑谷の後ろだ!!」
後方から叫び声が飛ぶ。
複数の生徒が、出久の通ったルートへ雪崩れ込んできていた。
覚悟の上だ。
この突破法は速い。だが同時に、後続へ道を作る。
独走向きではない。
その間にも、先頭三人は加速を続ける。
ゴールまで、あと数十メートル。
観客席の歓声が、爆音みたいに響いていた。
『誰が抜けるゥ!?』
『トップ争いは四人だァァァ!!』
その瞬間だった。
「——捕まえました」
静かな声が、背後から響いた。
「っ!?」
出久の肩へ、何かが絡み付く。
ぞわり、とした感触に振り向くと、そこには鋭い棘を持った緑色の荊が、蛇みたいに這い上がってきていた。
「な……!」
出久の目が見開かれる。
後方の地雷原を、静かに進む少女がいた。
長い緑髪。敬虔な修道女みたいな雰囲気。
その髪は生き物みたいに無数の荊へ変わっていた。
「B組の……!」
B組、塩崎茨。個性『つる』。
現在五位。
出久が作った“安全ルート”を利用し、最短距離で追い上げてきた一人だった。
「どうか、お止まりください」
塩崎が静かに告げる。
その瞬間、荊が一気に出久の身体へ巻き付いた。
肩、腕、胴。棘が食い込み、動きを封じようと締め上げる。
「っ……!!」
出久の身体が大きく引かれ、速度が落ちる。
ほんの僅か。だが、先頭集団を追うこの状況では、その一瞬が致命的だった。
前方では、轟、爆豪、夜嵐の背中が遠ざかっていく。
待て。
胸の奥がざわつく。
焦燥、苛立ち、置いていかれる感覚。
追いつきかけていた。
届きそうだった。
なのに。
こんな所で。
「迂闊でしたね。さあ、四位の座を私に……」
塩崎の声は静かで、穏やかで、まるで諭すみたいな声音だった。
その瞬間、ぶちりと、出久の中で何かが切れた。
「……なんなんだよ」
低い声。
自分でも驚くほど、冷えた声だった。
塩崎の目が僅かに見開かれる。
「え——」
出久の腕から白い骨が突き出した。
槍骨。
鋭く伸びた骨杭が、荊へ食い込む。
「っ……!」
塩崎の荊が軋む。
だが、彼女もすぐに締め上げを強めた。
さらに棘が食い込み、制服が裂け、皮膚へ赤い線が走る。
普通なら止まる。痛みに顔を歪める。
だが、出久は止まらなかった。
むしろ、前へ踏み込む。
「邪魔を……」
槍骨が、さらに伸びる。
骨が軋む音、筋肉が引き裂かれる感覚。
それすら無視して、出久は叫んだ。
「するなァッ!!」
荊が、無理やり引き裂かれた。
白い骨杭が、絡み付く植物を強引に断ち切る。
「っ!?」
塩崎の表情が崩れた。
出久が振り返る。
その目に、いつもの怯えも遠慮もなかった。
ただ、焦燥と苛立ちだけが燃えていた。
「——ぁ」
塩崎が恐怖から息を呑む。
そして、出久の掌が塩崎の肩を強く押した。
「きゃっ——!?」
塩崎の身体が大きくバランスを崩し、後方へよろめく。
荊が散り、地雷原の土が跳ねる。
観客席が、どよめいた。
『お、おっとォ!?』
プレゼント・マイクの声が一瞬詰まる。
『緑谷!! 塩崎を振り払ったァ!!』
出久は聞いていなかった。
頭の中にあるのは、ただ先頭、ゴール、追いつく。
それだけだった。
再び前を向く。
轟。爆豪。夜嵐。
あと少し。あと数十メートル。
「……っ!!」
出久が再加速する。
槍骨が地面を貫き、爆発と衝撃が足元から突き上げる。
土煙の中を、出久は獣みたいな勢いで駆け抜けた。
爆炎、氷、暴風、そして地雷の炸裂音。
雄英巨大競技場全体が、轟音で揺れていた。
『ラストスパートォォォ!!』
プレゼント・マイクの絶叫が響く。
『先頭は轟!! 夜嵐が並ぶ!! 爆豪も食らいつく!! その後ろを緑谷が追うゥ!!』
観客席が総立ちになっていた。
巨大モニターには、轟焦凍、夜嵐イナサ、爆豪勝己、緑谷出久の姿だけが映っている。
全員が、一年生とは思えない速度で地雷原を駆け抜けていた。
「ぉぉぉおおおおッ!!」
夜嵐が風を爆発させ、身体が前へ弾かれる。
轟も氷結を滑走路みたいに伸ばし、一気に加速した。
爆豪は空中で連続爆破し、爆風を蹴るようにして強引に二人へ並びかける。
三人とも、もう後ろを見ていなかった。
勝負は、前だけ。ゴールだけ。
「……っ!!」
出久も走る。
槍骨を突き立て、爆発を起こす。
その衝撃で脚へ鈍痛が走り、肺が焼ける。それでも前へ進む。
だが、届かない。
距離が、縮まり切らない。
塩崎に止められたほんの一瞬。
そのロスが、最後まで響いていた。
轟達との差が、あと少し埋まらないまま、ゴールゲートが目前まで迫る。
『さぁ来るぞォォォ!!』
実況が叫ぶ。
『第一種目障害物競走!! 一位は誰だァァァ!?』
氷の滑走。無駄のない加速。一直線。
轟焦凍が、最初にゴールラインを駆け抜けた。
『一位ィィィィ!! ヒーロー科1−A!! 轟焦凍ォォォォォ!!』
観客席が爆発する。歓声、拍手、どよめき。
だが、終わらない。
「まだっスよォォォ!!」
夜嵐が吠え、暴風を纏ったまま飛び込む。
『二位!! ヒーロー科1−B!! 夜嵐イナサァァァ!!』
「チッ!!」
爆豪が舌打ちしながら地面を爆破し、そのままゴールへ滑り込む。
『三位!! ヒーロー科1−A!! 爆豪勝己ィィィ!!』
そして出久も、最後の一歩を踏み込んだ。
「……っ、ぁ……!」
槍骨が砕け、地雷が爆ぜる。
その勢いのまま、出久はゴールラインを越えた。
『四位!! ヒーロー科1−A!! 緑谷出久ゥゥゥ!!』
歓声が響く。
出久は、そのまま数歩よろめいた。
脚が痺れる。全身が熱を持っていた。
「はっ……はぁっ……」
呼吸が乱れ、汗が顎から滴る。
視線の先には、少し前を行く轟、夜嵐、爆豪の背中があった。
届かなかった。
胸の奥が、ずしりと重くなる。
あと少しだった。追いつけると思った。
なのに、届かなかった。
「……チッ」
爆豪が不機嫌そうに舌打ちする。
「二人も前いんじゃねぇよ……」
一位以外は全部不満らしい。
一方、夜嵐は息を切らしながらも満面の笑みだった。
「いやぁぁ熱かったっス!!」
その横で、轟だけは静かだった。
だが、ちらりと出久を見る。
何も言わない。けれどその目は、明確に緑谷出久を“競争相手”として見ていた。
観客席では、まだ歓声が鳴り止まない。
巨大モニターへ、順位が表示される。
一位 轟焦凍
二位 夜嵐イナサ
三位 爆豪勝己
四位 緑谷出久
その順位表を見上げながら、出久は荒い呼吸のまま拳を握り締めた。
悔しかった。
『OKAAAY!! 予選突破者、出揃ったァァァ!!』
プレゼント・マイクの絶叫が、競技場全体へ響き渡る。
巨大モニターには、通過者の名前が次々と表示されていた。
歓声、拍手、悔しそうに膝をつく者、安堵して座り込む者。
地雷原の向こうでは、まだ何人かが滑り込みでゴールしている。
「はぁっ……はぁ……」
出久は呼吸を整えながら、モニターを見上げた。
四位。
悪くない。
むしろ、十分すぎる順位だ。
だが胸の奥には、まだ焦げ付くみたいな悔しさが残っていた。
あと少し届かなかった三人の背中が、頭から離れない。
無意識に、拳へ力が入る。
『さぁて!! ここから人数をさらに絞っていくぜェ!!』
プレゼント・マイクが、テンション高く叫ぶ。
『続いての種目はァ!!』
巨大モニターが切り替わり、そこへ大きく文字が表示された。
『騎馬戦』
「騎馬戦……?」
普通科の何人かが、怪訝そうな顔をする。
『説明しよう!!』
プレゼント・マイクが、勢いよくモニターを指差した。
『ルールはシンプル!! 四人一組で騎馬を組み、相手のポイントを奪い合う!! 個性使用は、悪質な騎馬崩しはNG! その他は騎手が地面に触れなけりゃなにしてもOKだ!』
巨大モニターへ、鉢巻、ポイント、制限時間の説明映像が映る。
『ポイントは、予選順位によって決定!!』
数字が並ぶ。
一位、二位、三位。順位が下がるにつれ、ポイントも減っていく。
『そしてェ!!』
画面中央へ、異様に大きな数字が映し出される。
1000万。
「……は?」
誰かが間抜けな声を漏らした。
『そう!! トップ通過者の持ち点は、なんと一千万ポイントだァァァ!!』
競技場が一瞬静まり返り、直後にざわめきが会場全体を揺らす。
「一千万!?」
「桁おかしくね!?」
「他と差ありすぎだろ!」
騒然とするのも当然だった。
二位以下とは比較にならないポイント差。
つまり、一位通過者を狙えば一発逆転が可能ということになる。
そして、その一千万ポイント保持者は——巨大モニターへ、顔写真付きで映し出された。
『現在一千万ポイント保持者!! ヒーロー科1−A!! 轟焦凍!!』
歓声と同時に、会場中の生徒達の視線が一斉に轟へ突き刺さった。
視線、殺気、値踏み。その全てを受けながら、轟は無表情のままモニターを見上げている。
「一千万とか、餌ぶら下げてるようなもんだ」
爆豪が不機嫌そうに吐き捨てた。
出久も、静かにモニターを見つめる。
騎馬戦。単純な個人能力だけでは勝てない競技。
連携、役割、判断。そして、チーム。
(誰と組む……?)
周囲の空気がまたざわりと動いた。
何人もの視線が、今度は出久へ向く。
『それじゃあ!!』
プレゼント・マイクが、勢いよく腕を振り上げる。
『今からチーム編成と作戦会議に入ってもらう!!』
巨大モニターへ、制限時間が表示された。
15:00
『制限時間は十五分!!』
「短っ!?」
「いきなりかよ!」
会場がざわつく。だが、プレゼント・マイクは止まらない。
『ヒーローに必要なのは即席チームでの連携力!! 迷ってる暇はねぇぞォ!!』
ニヤリと笑う。
『それでは——開始ィィィ!!』
ブザーと同時に、競技場全体が一気に崩れた。
「緑谷!!」
「爆豪!!」
各所で生徒達が一斉に動き出す。
情報戦、勧誘、駆け引き。
特に人気が集中したのは、当然ながら上位陣だった。
「夜嵐くんこっちです!」
「爆豪ォ!! 火力役欲しいんだが!!」
あちこちで声が飛ぶ。
その中でも最も人が殺到したのは、出久だった。
「緑谷くん!!」
「緑谷!! うち来い!!」
「え、あ、え?」
出久が一歩引く。
だが、もう遅い。
どっと人が押し寄せてきた。
「お前の近接戦闘エグかっただろ!」
「地雷原突破、意味分かんなかったぞ!?」
「USJの時もヴィラン正面から止めてたってマジか!?」
「前衛張れる奴欲しい!!」
障害物競走、そしてUSJ。
そこで出久は“圧倒的な正面戦闘能力”を見せている。
しかも爆豪みたいに扱いづらくない。
少なくとも、表面上は。
「緑谷、お前いたら前線押し切れるだろ!?」
「機動力もあるし!」
「骨のアレ、防御にも使えるんだろ!?」
一気に囲まれ、出久は完全に困っていた。
「ちょ、ちょっと待っ——」
その時だった。
「おいテメェら」
低い声に、空気が一瞬で冷える。
爆豪だった。
「寄ってたかってゴミみてぇに群がってんじゃねぇぞ」
掌からバチバチと火花が散った瞬間、爆豪の周囲から数人がさっと距離を取る。
「げ」
「機嫌悪っ……」
だが、それでも何人かは残った。
「ば、爆豪とも組みたいけどさ……!」
「お前火力ヤバいし!」
「チッ」
爆豪が舌打ちする。
しかし、明らかに人数差があった。
爆豪の周囲にも人はいる。
だが、出久の周囲の方が多い。
それを見て、爆豪の額に青筋が浮いた。
「……なんでデクの方に集まってんだよ」
低く、危険な声だった。
一方、麗日は少し引きながら呟く。
「うわぁ……デク君めっちゃ人気やん……」
「そりゃそうだろ」
切島が苦笑する。
「あの突破見た後だぜ? しかもUSJでも暴れてたし」
「正直、前衛としては一番安心感あるかもしれねぇ」
瀬呂まで頷いた。
「え、いや、そんな……」
出久は戸惑うばかりだったが、周囲の目は本気だった。
この騎馬戦で上位へ行くには、“強い騎手”が必要なのだ。