間違えずに、失う者たち   作:助兵衛

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第27話 追い立てられて

 風が、頬を切る。

 

「うわっ、速い速い速い!!」

 

 麗日が叫ぶ。

 

 出久達の騎馬は、包囲の隙間を弾丸みたいに抜けていた。

 

 轟の氷が地面へ薄く伸びる。

 

 麗日の無重力で、騎馬そのものの重さが消える。

 

 発目のサポートアイテムが、後方へ白い噴射を吐き出す。

 

 その全てが噛み合い、四人の騎馬は普通ではあり得ない速度でフィールドを滑走していた。

 

『おおっとォ!? 緑谷チーム、一気に包囲を抜けるゥ!!』

 

 プレゼント・マイクの実況が響く。

 

『氷! 無重力! サポートアイテム! こいつはとんでもねぇ即席機動騎馬だァ!!』

 

「発目さん、右に寄せられる!?」

 

「できますとも!! 多分!」

 

「多分!?」

 

 出久は鉢巻を押さえながら前方を見る。

 

 抜けた。

 

 包囲の第一波は抜けた。

 

 だが、当然それで終わるはずがない。

 

「逃がすかァ!!」

 

 背後。

 

 爆音。

 

 振り返るまでもなく分かった。

 

 爆豪だ。

 

 爆豪チームが、氷の上を強引に滑るように追ってくる。

 

 芦戸の酸で摩擦を消し、瀬呂のテープで進路を修正し、切島が前面で氷片を弾く。

 

 そして。

 

 騎手の爆豪が、掌の爆破でさらに無理やり加速をかけていた。

 

「かっちゃん……!」

 

「デクゥ!! 止まりやがれ!!」

 

「止まるわけないだろ!」

 

 出久が叫び返す。

 

 その瞬間、爆豪の眉間に深い皺が刻まれた。

 

「口答えしてんじゃねぇ!!」

 

「理不尽!」

 

 麗日が思わず叫ぶ。

 

 爆豪は本当に、出久しか見ていなかった。

 

 轟の氷も。

 

 発目の装備も。

 

 周囲の他チームも。

 

 全部、視界の外。

 

 ただ、出久の額に巻かれた一千万ポイントの鉢巻だけを睨んでいる。

 

 いや。

 

 それすら違う。

 

 爆豪が見ているのは、点数ではない。

 

 出久だった。

 

「爆豪、右から来る!」

 

 瀬呂が叫ぶ。

 

「あぁ!?」

 

 爆豪が反応する。

 

 だが、遅かった。

 

 爆豪チームの右隣。

 

 氷の陰を滑るように、一つの騎馬が並んでいた。

 

 低い姿勢。

 

 無駄のない接近。

 

 爆豪チームが出久達を追うために一直線になった、その死角へ潜り込んでいた。

 

「はい、いただき」

 

 騎手の手が伸びる。

 

「っ!?」

 

 瀬呂がテープを撃とうとする。

 

 切島が身体を捻る。

 

 芦戸が足場を変えようとする。

 

 だが。

 

 爆豪だけが、まだ出久を見ていた。

 

 その一瞬。

 

 すれ違いざまに。

 

 ひゅっ。

 

 爆豪の鉢巻が、抜き取られた。

 

「……あ?」

 

 爆豪の額が、軽くなる。

 

 隣の騎馬は、そのまま加速して離脱した。

 

 手には、爆豪の点数が書かれた鉢巻。

 

 その騎馬は、滑るように距離を取っていた。

 

 無駄がない。

 

 派手さもない。

 

 爆豪チームの死角へ入り込み。

 

 狙いを一点に絞り。

 

 一瞬だけで鉢巻を奪って離脱した。

 

『うおおおっと!! 爆豪チームからポイント奪取成功ォ!!』

 

 プレゼント・マイクが叫ぶ。

 

『この乱戦で、最初に上位陣から点を奪ったのは誰だァ!?』

 

 巨大モニターが、その騎馬を映し出す。

 

 口元に貼り付いたような笑み。

 

「……あぁ?」

 

 爆豪の目が細まる。

 

 その騎手が、にたりと笑った。

 

「やぁやぁA組の諸君」

 

 わざとらしく両手を広げる。

 

「ご覧の通りだよ」

 

 B組。

 

 物間寧人。

 

「物間ァ!!」

 

 切島が叫ぶ。

 

 物間は、爆豪から奪った鉢巻をひらひらと振った。

 

「ありがとう。実に助かったよ」

 

「テメェ……!!」

 

 爆豪の額に青筋が浮く。

 

 だが、物間はまるで気にしない。

 

 むしろ。

 

 観客席へ見せつけるみたいに、鉢巻を高く掲げた。

 

「なんでB組が障害物競走で中下位に甘んじたか」

 

 一拍。

 

 口元が、さらに歪む。

 

「見せてあげようか」

 

 周囲の視線が集まる。

 

 A組。

 

 B組。

 

 その両方が、物間を見ていた。

 

 物間は、わざとらしく肩を竦める。

 

「君達A組は、目立つのが好きだからねぇ」

 

 視線が、爆豪へ向く。

 

 次に。

 

 出久と轟へ。

 

「爆発だの、氷だの、真正面から暴れる事しか頭にない」

 

「んだとォ?」

 

 爆豪の殺気が膨れ上がる。

 

 だが、物間は止まらない。

 

「その点、B組は違う」

 

 静かな声。

 

 だが、棘がある。

 

「目立たず、機を窺い、最適な瞬間だけを奪う」

 

 自分の頭を指で叩く。

 

「ひたすら目立つしか出来ない君とは違うんだよ、爆豪勝己」

 

 爆豪の表情から、感情が消える。

 

 いや。

 

 逆だった。

 

 怒りが、深すぎて消えたように見えた。

 

「……殺す」

 

「だから全国中継!!」

 

 また切島がツッコむ。

 

 だが、今度は本当に危なかった。

 

 爆豪の掌から、バチバチと爆炎が漏れている。

 

 物間は、それを見て楽しそうに笑った。

 

「怖い怖い。図星かな?」

 

「物間ァァァァ!!!」

 

 ドォンッ!! 

 

 爆豪の爆破が炸裂する。

 

 騎馬ごと、一気に加速。

 

 さっきまで出久を追っていたはずなのに、今度は物間へ一直線だった。

 

「うわ完全にヘイト移った!?」

 

 麗日が叫ぶ。

 

「いや、半分くらい残ってる」

 

 轟が冷静に分析する。

 

 実際。

 

 爆豪は加速しながらも、一瞬だけ出久を睨んでいた。

 

「後でテメェも潰すぞデク!!」

 

「理不尽継続中!?」

 

 出久が思わず叫ぶ。

 

 一方。

 

 物間は、迫る爆豪を見ても落ち着いていた。

 

「来るぞ」

 

 B組の騎馬メンバーが重心を落とす。

 

 連携が速い。

 

 障害物競走では目立たなかった。

 

 だが。

 

 騎馬戦という“集団競技”になった瞬間、そのいやらしさが一気に表へ出てきていた。

 

「面白くなってきましたねぇ!!」

 

 発目が興奮した声を上げる。

 

「他人事みたいに言ってる場合じゃないよ発目ちゃん!?」

 

 麗日がツッコむ。

 

 物間の目が、細くなる。

 

 爆豪。

 

 そして緑谷。

 

 二人の間に流れる、あの剥き出しの感情。

 

 敵意。

 

 執着。

 

 競争心。

 

 あまりにも分かりやすい。

 

「……なるほど」

 

 物間が、くつくつと笑った。

 

「面白いじゃないか」

 

 その視線が、出久へ向く。

 

 逃走を続ける一千万ポイントチーム。

 

 そして。

 

 その後ろには、怒りで一直線になっている爆豪勝己。

 

 物間は理解した。

 

 この二人を近付ければ。

 

 勝手に場が荒れる。

 

「なら利用しない手はないねぇ」

 

 物間の騎馬が、すっと軌道を変えた。

 

「おい物間!」

 

 B組のメンバーが声を上げる。

 

「突っ込みすぎじゃ——」

 

「大丈夫」

 

 物間は笑う。

 

「彼、今まともに周り見えてないから」

 

 その言葉通りだった。

 

「待てコラァァァァ!!」

 

 爆豪チームが、凄まじい勢いで追ってくる。

 

 爆破。

 

 加速。

 

 氷上を無理やり滑走する騎馬。

 

 だが。

 

 爆豪の視線は、物間だけを捉えていた。

 

 だから。

 

 物間がわざと出久達の進行方向へ寄っていっている事にも、すぐには気付かない。

 

「来るよ」

 

 物間が、肩越しに言う。

 

 次の瞬間。

 

 ドォンッ!! 

 

 掌から爆炎が炸裂した。

 

「っ!?」

 

 出久が目を見開く。

 

 爆豪の爆破。

 

 いや、違う。

 

 色も。

 

 火花の散り方も。

 

 爆豪のそれと酷似している。

 

 だが。

 

 放ったのは、物間だった。

 

「はぁ!?」

 

 麗日が叫ぶ。

 

「なんで爆発!?」

 

「物間の個性だ」

 

 轟が即座に答える。

 

「コピー」

 

 物間が、にたりと笑う。

 

「ご名答」

 

 掌から、再び爆炎が弾けた。

 

 ドォンッ!! 

 

 牽制。

 

 爆豪チームの真正面で爆発を起こし、進路を乱す。

 

「チィッ!!」

 

 瀬呂がテープで姿勢を支える。

 

 切島が正面へ身体を出す。

 

 爆豪は、その爆炎を突っ切るみたいに叫んだ。

 

「舐めてんじゃねぇぞ偽物がァ!!」

 

 爆豪が突っ込む。

 

 物間は、避けない。

 

 むしろ。

 

 自分から前へ出た。

 

「失礼だな、爆豪君」

 

 その瞬間。

 

 物間の腕が、皮膚が岩みたいに硬化する。

 

「っ!?」

 

 切島の目が見開かれる。

 

「それ——!」

 

「借りてるよ」

 

 硬化。

 

 切島鋭児郎の個性。

 

 物間の個性『コピー』。

 

 触れた相手の個性を、五分間だけ使用できる能力。

 

「邪魔ァ!!」

 

 爆豪が爆破で突っ込む。

 

 ドォォンッ!! 

 

 衝撃。

 

 だが。

 

 物間は、真正面から受け止めた。

 

 硬化した腕で。

 

 ギギギギッ!! 

 

 爆風が弾ける。

 

 騎馬が軋む。

 

 だが、止まらない。

 

 物間は笑っていた。

 

「単純火力だけなら確かに君は強い」

 

 爆炎の向こう。

 

 細めた目が、爆豪を真っ直ぐ見返す。

 

「でも、周りが見えてない」

 

「ァ!?」

 

「だから奪われるんだよ」

 

 その言葉と同時に。

 

 物間の騎馬が、するりと横へ流れた。

 

 そして。

 

 そのまま。

 

 出久達の進行ルートへ割り込む。

 

「うわっ!」

 

 出久が目を見開く。

 

 前方。

 

 物間。

 

 後方。

 

 爆豪。

 

 完全に一直線だった。

 

 物間は、わざとらしく肩を竦める。

 

「ほら、来た」

 

 その背後。

 

 爆豪の殺気が、一直線に迫っていた。

 

「てめぇデクゥゥゥゥ!!!」

 

「なんで結局こっち来るの!?」

 

 麗日の悲鳴じみたツッコミが飛ぶ。

 

 だが。

 

 物間は、その状況そのものを楽しんでいるみたいだった。

 

「いやぁ、だってさ」

 

 物間の騎馬が、ぴたりと出久達へ並ぶ。

 

 距離が近い。

 

 近すぎる。

 

 騎手同士なら、腕一本で届く距離。

 

「君と爆豪の仲が最悪なんて周知の事実さ」

 

 物間が笑う。

 

「利用しない理由がないだろう?」

 

 その目が、出久を見る。

 

 細い。

 

 観察する目。

 

 値踏みする目。

 

「それに」

 

 物間が、ゆっくり手を伸ばした。

 

「君の個性、少し気になってたんだよねぇ」

 

 ひゅっ、と。

 

 出久の背筋を冷たいものが走る。

 

 コピー。

 

 触れた相手の個性を使う。

 

 五分間だけ。

 

 だが。

 

(まずい)

 

 出久の呼吸が、一瞬止まった。

 

 物間が触れる。

 

 それだけで。

 

 もし。

 

 もし本当にコピーされたら。

 

 槍骨。

 

 それだけなら、まだいい。

 

 だが。

 

 それ以上を見られたら。

 

 複数個性。

 

 AFOによって与えられた異常。

 それが露見する可能性がある。

 

(駄目だ)

 

 絶対に。

 

 触れさせるな。

 

「ついでに君のも——」

 

 物間の指先が、出久の腕へ伸びる。

 

 その瞬間。

 

 出久の中で、何かが弾けた。

 

「触るなァッ!!」

 

 バギィッ!! 

 

 出久の腕が、物間の手を全力で振り払った。

 

「っ!?」

 

 物間の目が見開かれる。

 

 ただ払っただけじゃない。

 

 明確な拒絶。

 

 反射。

 

 ほとんど敵意に近い力だった。

 

 衝撃で、物間の上半身が大きく揺れる。

 

「うおっ!?」

 

 B組側の騎馬がバランスを崩しかける。

 

 麗日も、驚いたように出久を見る。

 

「デク君……?」

 

 麗日の声が、少し揺れる。

 

 出久は、自分の手を見た。

 

 震えている。

 

 呼吸も、乱れていた。

 

 まずい。

 

 反応が、露骨すぎた。

 

 だが。

 

 物間の指先が触れる、その直前。

 

 本当に、全身が総毛立ったのだ。

 

 もしコピーされたら。

 

 もし“中”を見られたら。

 

 その恐怖が、理性より先に身体を動かしていた。

 

 一方。

 

「……タイミングがズレちゃったな」

 

 物間が、僅かに目を見開く。

 

 自分の掌を見る。

 

 何も起きない。

 

 タイミングがずれていた。

 

 触れる直前で、完全に弾かれている。

 

「随分露骨な拒絶じゃないか、傷つくなあ」

 

 出久の反応はあまりにも過剰だった。

 

 個性を知られたくない? 

 

 いや。

 

 それだけじゃない。

 

 まるで。

 

 “絶対に触れられてはいけない何か”を隠しているみたいな拒絶。

 

「……へぇ?」

 

 物間の目が、細くなる。

 

 笑みは浮かべたまま。

 

 だが、視線だけが鋭かった。

 

 出久は、思わず息を呑む。

 

 見透かされた。

 

 そこまでではない。

 

 だが。

 

 何かを疑われた。

 

 その感覚があった。

 

「デク君、大丈夫?」

 

 麗日が不安そうに声を掛ける。

 

「……っ」

 

 出久は、すぐには返事出来なかった。

 

 その瞬間。

 

「物間ァァァァァ!!!」

 

 背後で爆音が炸裂した。

 

 ドォォンッ!! 

 

 爆豪だ。

 

 完全に追いついてきている。

 

 爆破の熱風が、背中へ叩きつけられる。

 

「チッ」

 

 物間が舌打ちした。

 

 流石に、この距離で爆豪を無視するのは危険だった。

 

 しかも今。

 

 自分は出久へ接近しすぎている。

 

 爆豪からすれば、“まとめて吹き飛ばせる距離”だ。

 

「物間ァ!! 今度こそ殺す!!」

 

「だから殺さないでくれないかなぁ!?」

 

 物間の騎馬が、素早く横へ流れる。

 

 離脱。

 

 判断が速い。

 

 B組メンバーも即座に重心を切り替え、一気に距離を取った。

 

 その最中。

 

 物間は、一度だけ振り返る。

 

 視線の先は、爆豪ではない。

 

 緑谷出久。

 

「……」

 

 何も言わない。

 

 だが。

 

 あの過剰反応を、完全には流していない顔だった。

 

 出久の喉が、ひくりと鳴る。

 

 物間は、口元だけで笑った。

 

「まぁいいや」

 

 軽い調子。

 

 いつもの薄っぺらい声音。

 

 だが。

 

「面白いもの見つけた気はするし」

 

 その言葉を残して、物間の騎馬は横へ逃げた。

 

 爆豪は、それを見た。

 

 当然、見た。

 

 物間が離脱する。

 

 奪われた鉢巻。

 

 挑発。

 

 硬化と爆破のコピー。

 

 追う理由は、いくらでもあった。

 

 だが。

 

「……」

 

 爆豪の目が、ぎろりと動く。

 

 物間ではない。

 

 出久。

 

 緑谷出久の額。

 

 一千万ポイントの鉢巻。

 

 そして、その下にある顔。

 

 何かを隠したみたいに青ざめた顔。

 

「爆豪!」

 

 切島が叫ぶ。

 

「物間が離れる! 追うなら今だ!」

 

「……」

 

「爆豪、落ち着け!」

 

 切島が、騎馬の前方で踏ん張りながら声を張る。

 

「緑谷と仲悪いのは知ってっけど、まずは点だ! 物間に取られた分、取り返さねぇと!」

 

 正論だった。

 

 今、爆豪達は点を奪われている。

 

 物間を追えば、取り返せる可能性がある。

 

 だが。

 

 爆豪は低く言った。

 

「落ち着いてるわ殺すぞ」

 

「いや絶対落ち着いてねぇ!」

 

 切島が即座に返す。

 

 爆豪は、苛立たしげに舌打ちした。

 

 だが、その目は妙に冷えていた。

 

 怒っている。

 

 間違いなく怒っている。

 

 それでも、ただ感情だけで突っ込んでいる訳ではなかった。

 

「物間は後でいい」

 

 爆豪が言った。

 

 その声は、低い。

 

 怒鳴ってはいない。

 

 だからこそ、切島は一瞬言葉に詰まった。

 

「……は?」

 

「今追っても、あいつは逃げる」

 

 爆豪の視線は、出久達の騎馬に固定されている。

 

「しかも、あの野郎は今、コピーした個性を何個持ってんのか分かんねぇ」

 

 爆破。

 

 硬化。

 

 少なくとも二つは見せた。

 

 だが、それだけとは限らない。

 

 乱戦の中で、物間は誰に触れ、何を保持しているのか分からない。

 

「逃げに徹されたら終わりだ」

 

 爆豪は、吐き捨てるように続ける。

 

「ああいう奴は、今追うより最後に潰した方がいい」

 

「でもよ!」

 

 切島が声を荒げる。

 

「点取られっぱなしだぞ!」

 

「だから一千万を取るっつってんだろ」

 

 爆豪の掌で、爆炎が小さく爆ぜた。

 

「半分野郎の炎や氷は、確かに脅威に“見える”」

 

「……見える?」

 

 瀬呂が眉を寄せる。

 

「あの競技ルールじゃ、騎馬を直接崩す目的の使用は禁止だ。だったら炎も氷も、目眩ましか障害物代わりにしか使えねぇ」

 

 爆豪の目が、鋭く細まる。

 

「直接ぶち当ててくるわけじゃねぇ。てめぇなら突破できる。実際、さっきもできた」

 

「……まあ、氷壁なら割れたけどよ」

 

 切島が苦い顔で頷く。

 

「丸顔の無重力とサポート科のガラクタは機動力だけはある。だが、動きの起点をテープで縛れば封殺できる」

 

「俺頼りかよ」

 

 瀬呂が引き攣った笑みを浮かべる。

 

「出来ねぇのか」

 

「出来るけどさ!」

 

「なら黙ってやれや!」

 

 爆豪は言い切る。

 

 冷静だった。

 

 乱暴で。

 

 口は悪くて。

 

 殺意じみた怒りを撒き散らしているのに。

 

 見ている部分は、異様に冷静だった。

 

 敵の能力。

 

 ルールの制限。

 

 自分達の役割。

 

 物間と出久達、どちらを先に狙うべきか。

 

 その全部を、爆豪なりに計算している。

 

「物間は面倒だ」

 

 爆豪が続ける。

 

「保持できる個性がいくつか知らねぇ。今の乱戦じゃ、次に何を使うか読めねぇ。あいつを追ってる間に、デク達に逃げ切られたら終わりだ」

 

「……」

 

「だったら今、あいつらが崩れてるうちに一千万を奪る」

 

 切島は、思わず息を呑んだ。

 

 正しい。

 

 悔しいくらいに。

 

 爆豪の判断は、感情任せに見えて、その実かなり合理的だった。

 

 だが。

 

 切島は、それでも叫んだ。

 

「じゃあ緑谷はどうすんだよ!」

 

 爆豪の目が、ぎろりと切島へ向く。

 

「轟も厄介だ! 麗日も発目もいる! で、最後に鉢巻取るのは緑谷だろ!?」

 

「……」

 

「あいつ、障害物競走でも相当やばかったぞ! 正面から行って簡単に取れる相手じゃねぇ!」

 

 その瞬間。

 

 爆豪の顔が、ひどく歪んだ。

 

「……おい」

 

 低い声。

 

「俺が」

 

 掌で、爆炎が膨れ上がる。

 

「あいつに負けると思ってんのか」

 

「いや、そういう意味じゃ——」

 

「思ってんのかって聞いてんだよ!!」

 

 ドォンッ!! 

 

 爆破。

 

 騎馬が一気に加速した。

 

「うおっ!?」

 

 切島が慌てて踏ん張る。

 

 芦戸が足元へ酸を広げ、瀬呂がテープで姿勢を補正する。

 

 爆豪は前だけを見ていた。

 

 出久達の騎馬。

 

 そこへ一直線。

 

「俺が取る」

 

 爆豪が言う。

 

「最後にデクの鉢巻を奪るのは、俺だ」

 

 その言葉と同時に。

 

 爆豪チームが、再び出久達へ突っ込んだ。

 

 背後から迫る爆音に、出久が振り返る。

 

「……っ!」

 

 目が合った。

 

 爆豪勝己。

 

 怒り。

 

 冷静さ。

 

 執着。

 

 その全てが混ざった、鋭すぎる視線。

 

 出久の背筋に、ぞくりとしたものが走る。

 

「かっちゃん……」

 

 轟が、静かに言った。

 

「来るぞ」

 

「分かってる」

 

 出久は、額の鉢巻に触れる。

 

 もう、逃げるだけでは駄目だ。

 

 爆豪は止まらない。

 

 なら。

 

 受けるしかない。

 

 その上で。

 

 奪うしかない。

 

 轟が、足を踏み締めた。

 

「なら、止める」

 

 短い言葉。

 

 次の瞬間。

 

 バキバキバキバキッ!! 

 

 出久達の背後から、巨大な氷壁がせり上がった。

 

 一枚ではない。

 

 二枚。

 

 三枚。

 

 進路を塞ぐように、斜めに折り重なった氷の壁が、爆豪チームとの間へ連続して展開される。

 

『轟、ここで氷壁展開ィィ!! 爆豪チームの突撃を止めにかかるゥ!!』

 

 あくまで障害物。

 

 だが、それでも十分すぎる厚さだった。

 

「かっちゃんを止められる……?」

 

 出久が振り返る。

 

 だが。

 

 轟は、静かに目を細めた。

 

「いや」

 

 その直後。

 

「切島ァ!!」

 

「任せろォ!!」

 

 爆豪チームの先頭。

 

 切島鋭児郎が、真正面から氷壁へ突っ込んだ。

 

 全身硬化。

 

 皮膚が岩のように変質し、肩から腕までが鋭い装甲みたいに盛り上がる。

 

「うおおおおおッ!!」

 

 ドガァッ!! 

 

 一枚目の氷壁が砕けた。

 

 破片が四方へ散る。

 

 だが、切島は止まらない。

 

 二枚目。

 

 三枚目。

 

 バギィッ!! 

 

 ドゴォッ!! 

 

 真正面から。

 

 小細工なしで。

 

 全てを割り砕きながら進んでくる。

 

「本当に突破してきた……!」

 

 麗日が息を呑む。

 

「根性のある奴だ」

 

 その氷の破片の向こう。

 

 爆豪が獰猛に笑っていた。

 

「見え見えなんだよ、半分野郎ォ!!」

 

「発目さん!」

 

 出久が叫ぶ。

 

「もう一度、推進補助!」

 

「了解です!! ベイビー二号、出力上げます!!」

 

 発目の背部装備が唸る。

 

 ギュイイイインッ!! 

 

 不穏な回転音。

 

 麗日が即座に全員に触れる。

 

「無重力!」

 

 ふっと、身体が軽くなる。

 

 騎馬全体が浮き上がるような感覚。

 

 最初に包囲を抜けた時と同じ。

 

 轟の氷で滑走路を作り、麗日の無重力で重量を消し、発目の推進力で一気に離脱する。

 

「抜ける!」

 

 出久が前を見る。

 

 だが。

 

 その瞬間。

 

 ひゅるるるるっ!! 

 

 白い帯が、視界を横切った。

 

「っ!?」

 

 瀬呂のテープ。

 

 既に射出されていた。

 

 氷壁を切島が砕くより前。

 

 発目の装備が唸るより前。

 

 出久達が再加速するであろう進路へ、瀬呂は先んじてテープを張っていた。

 

「読まれてた……!」

 

 出久の目が見開かれる。

 

 テープは地面と氷片、さらに競技場の支柱代わりに出現していた障害物へ絡み、即席の網のように広がっていた。

 

 逃げ道を塞ぐ。

 

 完全に。

 

「悪いな緑谷!」

 

 瀬呂が叫ぶ。

 

「爆豪の作戦通りだ!」

 

 次の瞬間。

 

 出久達の騎馬が、テープ網の手前で急制動した。

 

「うわっ!?」

 

 麗日が姿勢を崩しかける。

 

 発目のサポートアイテムが、ぎゅるん、と嫌な音を立てる。

 

「推進停止! 推進停止! ベイビーが悲鳴を上げてます!!」

 

「こっちも悲鳴上げてるよ!」

 

 出久は咄嗟に身を低くする。

 

 前はテープ。

 

 後ろは爆豪。

 

 横は砕けた氷壁の破片。

 

 逃げ道が、狭まった。

 

 そして。

 

 ドォンッ!! 

 

 氷片を爆風で吹き飛ばしながら、爆豪チームが突っ込んでくる。

 

 切島が前面。

 

 瀬呂がテープで軌道固定。

 

 芦戸が足元の酸で摩擦を調整。

 

 その上で、爆豪が爆破を構える。

 

 真正面からの突撃。

 

 だが、ただの猪突猛進ではない。

 

 轟の障害物。

 

 麗日の無重力。

 

 発目の機動補助。

 

 その全てを潰すための形だった。

 

「……っ」

 

 出久は、鉢巻を押さえる手に力を込めた。

 

 爆豪の目が、すぐそこにある。

 

「逃げ場ねぇぞ、デク」

 

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