風が、頬を切る。
「うわっ、速い速い速い!!」
麗日が叫ぶ。
出久達の騎馬は、包囲の隙間を弾丸みたいに抜けていた。
轟の氷が地面へ薄く伸びる。
麗日の無重力で、騎馬そのものの重さが消える。
発目のサポートアイテムが、後方へ白い噴射を吐き出す。
その全てが噛み合い、四人の騎馬は普通ではあり得ない速度でフィールドを滑走していた。
『おおっとォ!? 緑谷チーム、一気に包囲を抜けるゥ!!』
プレゼント・マイクの実況が響く。
『氷! 無重力! サポートアイテム! こいつはとんでもねぇ即席機動騎馬だァ!!』
「発目さん、右に寄せられる!?」
「できますとも!! 多分!」
「多分!?」
出久は鉢巻を押さえながら前方を見る。
抜けた。
包囲の第一波は抜けた。
だが、当然それで終わるはずがない。
「逃がすかァ!!」
背後。
爆音。
振り返るまでもなく分かった。
爆豪だ。
爆豪チームが、氷の上を強引に滑るように追ってくる。
芦戸の酸で摩擦を消し、瀬呂のテープで進路を修正し、切島が前面で氷片を弾く。
そして。
騎手の爆豪が、掌の爆破でさらに無理やり加速をかけていた。
「かっちゃん……!」
「デクゥ!! 止まりやがれ!!」
「止まるわけないだろ!」
出久が叫び返す。
その瞬間、爆豪の眉間に深い皺が刻まれた。
「口答えしてんじゃねぇ!!」
「理不尽!」
麗日が思わず叫ぶ。
爆豪は本当に、出久しか見ていなかった。
轟の氷も。
発目の装備も。
周囲の他チームも。
全部、視界の外。
ただ、出久の額に巻かれた一千万ポイントの鉢巻だけを睨んでいる。
いや。
それすら違う。
爆豪が見ているのは、点数ではない。
出久だった。
「爆豪、右から来る!」
瀬呂が叫ぶ。
「あぁ!?」
爆豪が反応する。
だが、遅かった。
爆豪チームの右隣。
氷の陰を滑るように、一つの騎馬が並んでいた。
低い姿勢。
無駄のない接近。
爆豪チームが出久達を追うために一直線になった、その死角へ潜り込んでいた。
「はい、いただき」
騎手の手が伸びる。
「っ!?」
瀬呂がテープを撃とうとする。
切島が身体を捻る。
芦戸が足場を変えようとする。
だが。
爆豪だけが、まだ出久を見ていた。
その一瞬。
すれ違いざまに。
ひゅっ。
爆豪の鉢巻が、抜き取られた。
「……あ?」
爆豪の額が、軽くなる。
隣の騎馬は、そのまま加速して離脱した。
手には、爆豪の点数が書かれた鉢巻。
その騎馬は、滑るように距離を取っていた。
無駄がない。
派手さもない。
爆豪チームの死角へ入り込み。
狙いを一点に絞り。
一瞬だけで鉢巻を奪って離脱した。
『うおおおっと!! 爆豪チームからポイント奪取成功ォ!!』
プレゼント・マイクが叫ぶ。
『この乱戦で、最初に上位陣から点を奪ったのは誰だァ!?』
巨大モニターが、その騎馬を映し出す。
口元に貼り付いたような笑み。
「……あぁ?」
爆豪の目が細まる。
その騎手が、にたりと笑った。
「やぁやぁA組の諸君」
わざとらしく両手を広げる。
「ご覧の通りだよ」
B組。
物間寧人。
「物間ァ!!」
切島が叫ぶ。
物間は、爆豪から奪った鉢巻をひらひらと振った。
「ありがとう。実に助かったよ」
「テメェ……!!」
爆豪の額に青筋が浮く。
だが、物間はまるで気にしない。
むしろ。
観客席へ見せつけるみたいに、鉢巻を高く掲げた。
「なんでB組が障害物競走で中下位に甘んじたか」
一拍。
口元が、さらに歪む。
「見せてあげようか」
周囲の視線が集まる。
A組。
B組。
その両方が、物間を見ていた。
物間は、わざとらしく肩を竦める。
「君達A組は、目立つのが好きだからねぇ」
視線が、爆豪へ向く。
次に。
出久と轟へ。
「爆発だの、氷だの、真正面から暴れる事しか頭にない」
「んだとォ?」
爆豪の殺気が膨れ上がる。
だが、物間は止まらない。
「その点、B組は違う」
静かな声。
だが、棘がある。
「目立たず、機を窺い、最適な瞬間だけを奪う」
自分の頭を指で叩く。
「ひたすら目立つしか出来ない君とは違うんだよ、爆豪勝己」
爆豪の表情から、感情が消える。
いや。
逆だった。
怒りが、深すぎて消えたように見えた。
「……殺す」
「だから全国中継!!」
また切島がツッコむ。
だが、今度は本当に危なかった。
爆豪の掌から、バチバチと爆炎が漏れている。
物間は、それを見て楽しそうに笑った。
「怖い怖い。図星かな?」
「物間ァァァァ!!!」
ドォンッ!!
爆豪の爆破が炸裂する。
騎馬ごと、一気に加速。
さっきまで出久を追っていたはずなのに、今度は物間へ一直線だった。
「うわ完全にヘイト移った!?」
麗日が叫ぶ。
「いや、半分くらい残ってる」
轟が冷静に分析する。
実際。
爆豪は加速しながらも、一瞬だけ出久を睨んでいた。
「後でテメェも潰すぞデク!!」
「理不尽継続中!?」
出久が思わず叫ぶ。
一方。
物間は、迫る爆豪を見ても落ち着いていた。
「来るぞ」
B組の騎馬メンバーが重心を落とす。
連携が速い。
障害物競走では目立たなかった。
だが。
騎馬戦という“集団競技”になった瞬間、そのいやらしさが一気に表へ出てきていた。
「面白くなってきましたねぇ!!」
発目が興奮した声を上げる。
「他人事みたいに言ってる場合じゃないよ発目ちゃん!?」
麗日がツッコむ。
物間の目が、細くなる。
爆豪。
そして緑谷。
二人の間に流れる、あの剥き出しの感情。
敵意。
執着。
競争心。
あまりにも分かりやすい。
「……なるほど」
物間が、くつくつと笑った。
「面白いじゃないか」
その視線が、出久へ向く。
逃走を続ける一千万ポイントチーム。
そして。
その後ろには、怒りで一直線になっている爆豪勝己。
物間は理解した。
この二人を近付ければ。
勝手に場が荒れる。
「なら利用しない手はないねぇ」
物間の騎馬が、すっと軌道を変えた。
「おい物間!」
B組のメンバーが声を上げる。
「突っ込みすぎじゃ——」
「大丈夫」
物間は笑う。
「彼、今まともに周り見えてないから」
その言葉通りだった。
「待てコラァァァァ!!」
爆豪チームが、凄まじい勢いで追ってくる。
爆破。
加速。
氷上を無理やり滑走する騎馬。
だが。
爆豪の視線は、物間だけを捉えていた。
だから。
物間がわざと出久達の進行方向へ寄っていっている事にも、すぐには気付かない。
「来るよ」
物間が、肩越しに言う。
次の瞬間。
ドォンッ!!
掌から爆炎が炸裂した。
「っ!?」
出久が目を見開く。
爆豪の爆破。
いや、違う。
色も。
火花の散り方も。
爆豪のそれと酷似している。
だが。
放ったのは、物間だった。
「はぁ!?」
麗日が叫ぶ。
「なんで爆発!?」
「物間の個性だ」
轟が即座に答える。
「コピー」
物間が、にたりと笑う。
「ご名答」
掌から、再び爆炎が弾けた。
ドォンッ!!
牽制。
爆豪チームの真正面で爆発を起こし、進路を乱す。
「チィッ!!」
瀬呂がテープで姿勢を支える。
切島が正面へ身体を出す。
爆豪は、その爆炎を突っ切るみたいに叫んだ。
「舐めてんじゃねぇぞ偽物がァ!!」
爆豪が突っ込む。
物間は、避けない。
むしろ。
自分から前へ出た。
「失礼だな、爆豪君」
その瞬間。
物間の腕が、皮膚が岩みたいに硬化する。
「っ!?」
切島の目が見開かれる。
「それ——!」
「借りてるよ」
硬化。
切島鋭児郎の個性。
物間の個性『コピー』。
触れた相手の個性を、五分間だけ使用できる能力。
「邪魔ァ!!」
爆豪が爆破で突っ込む。
ドォォンッ!!
衝撃。
だが。
物間は、真正面から受け止めた。
硬化した腕で。
ギギギギッ!!
爆風が弾ける。
騎馬が軋む。
だが、止まらない。
物間は笑っていた。
「単純火力だけなら確かに君は強い」
爆炎の向こう。
細めた目が、爆豪を真っ直ぐ見返す。
「でも、周りが見えてない」
「ァ!?」
「だから奪われるんだよ」
その言葉と同時に。
物間の騎馬が、するりと横へ流れた。
そして。
そのまま。
出久達の進行ルートへ割り込む。
「うわっ!」
出久が目を見開く。
前方。
物間。
後方。
爆豪。
完全に一直線だった。
物間は、わざとらしく肩を竦める。
「ほら、来た」
その背後。
爆豪の殺気が、一直線に迫っていた。
「てめぇデクゥゥゥゥ!!!」
「なんで結局こっち来るの!?」
麗日の悲鳴じみたツッコミが飛ぶ。
だが。
物間は、その状況そのものを楽しんでいるみたいだった。
「いやぁ、だってさ」
物間の騎馬が、ぴたりと出久達へ並ぶ。
距離が近い。
近すぎる。
騎手同士なら、腕一本で届く距離。
「君と爆豪の仲が最悪なんて周知の事実さ」
物間が笑う。
「利用しない理由がないだろう?」
その目が、出久を見る。
細い。
観察する目。
値踏みする目。
「それに」
物間が、ゆっくり手を伸ばした。
「君の個性、少し気になってたんだよねぇ」
ひゅっ、と。
出久の背筋を冷たいものが走る。
コピー。
触れた相手の個性を使う。
五分間だけ。
だが。
(まずい)
出久の呼吸が、一瞬止まった。
物間が触れる。
それだけで。
もし。
もし本当にコピーされたら。
槍骨。
それだけなら、まだいい。
だが。
それ以上を見られたら。
複数個性。
AFOによって与えられた異常。
それが露見する可能性がある。
(駄目だ)
絶対に。
触れさせるな。
「ついでに君のも——」
物間の指先が、出久の腕へ伸びる。
その瞬間。
出久の中で、何かが弾けた。
「触るなァッ!!」
バギィッ!!
出久の腕が、物間の手を全力で振り払った。
「っ!?」
物間の目が見開かれる。
ただ払っただけじゃない。
明確な拒絶。
反射。
ほとんど敵意に近い力だった。
衝撃で、物間の上半身が大きく揺れる。
「うおっ!?」
B組側の騎馬がバランスを崩しかける。
麗日も、驚いたように出久を見る。
「デク君……?」
麗日の声が、少し揺れる。
出久は、自分の手を見た。
震えている。
呼吸も、乱れていた。
まずい。
反応が、露骨すぎた。
だが。
物間の指先が触れる、その直前。
本当に、全身が総毛立ったのだ。
もしコピーされたら。
もし“中”を見られたら。
その恐怖が、理性より先に身体を動かしていた。
一方。
「……タイミングがズレちゃったな」
物間が、僅かに目を見開く。
自分の掌を見る。
何も起きない。
タイミングがずれていた。
触れる直前で、完全に弾かれている。
「随分露骨な拒絶じゃないか、傷つくなあ」
出久の反応はあまりにも過剰だった。
個性を知られたくない?
いや。
それだけじゃない。
まるで。
“絶対に触れられてはいけない何か”を隠しているみたいな拒絶。
「……へぇ?」
物間の目が、細くなる。
笑みは浮かべたまま。
だが、視線だけが鋭かった。
出久は、思わず息を呑む。
見透かされた。
そこまでではない。
だが。
何かを疑われた。
その感覚があった。
「デク君、大丈夫?」
麗日が不安そうに声を掛ける。
「……っ」
出久は、すぐには返事出来なかった。
その瞬間。
「物間ァァァァァ!!!」
背後で爆音が炸裂した。
ドォォンッ!!
爆豪だ。
完全に追いついてきている。
爆破の熱風が、背中へ叩きつけられる。
「チッ」
物間が舌打ちした。
流石に、この距離で爆豪を無視するのは危険だった。
しかも今。
自分は出久へ接近しすぎている。
爆豪からすれば、“まとめて吹き飛ばせる距離”だ。
「物間ァ!! 今度こそ殺す!!」
「だから殺さないでくれないかなぁ!?」
物間の騎馬が、素早く横へ流れる。
離脱。
判断が速い。
B組メンバーも即座に重心を切り替え、一気に距離を取った。
その最中。
物間は、一度だけ振り返る。
視線の先は、爆豪ではない。
緑谷出久。
「……」
何も言わない。
だが。
あの過剰反応を、完全には流していない顔だった。
出久の喉が、ひくりと鳴る。
物間は、口元だけで笑った。
「まぁいいや」
軽い調子。
いつもの薄っぺらい声音。
だが。
「面白いもの見つけた気はするし」
その言葉を残して、物間の騎馬は横へ逃げた。
爆豪は、それを見た。
当然、見た。
物間が離脱する。
奪われた鉢巻。
挑発。
硬化と爆破のコピー。
追う理由は、いくらでもあった。
だが。
「……」
爆豪の目が、ぎろりと動く。
物間ではない。
出久。
緑谷出久の額。
一千万ポイントの鉢巻。
そして、その下にある顔。
何かを隠したみたいに青ざめた顔。
「爆豪!」
切島が叫ぶ。
「物間が離れる! 追うなら今だ!」
「……」
「爆豪、落ち着け!」
切島が、騎馬の前方で踏ん張りながら声を張る。
「緑谷と仲悪いのは知ってっけど、まずは点だ! 物間に取られた分、取り返さねぇと!」
正論だった。
今、爆豪達は点を奪われている。
物間を追えば、取り返せる可能性がある。
だが。
爆豪は低く言った。
「落ち着いてるわ殺すぞ」
「いや絶対落ち着いてねぇ!」
切島が即座に返す。
爆豪は、苛立たしげに舌打ちした。
だが、その目は妙に冷えていた。
怒っている。
間違いなく怒っている。
それでも、ただ感情だけで突っ込んでいる訳ではなかった。
「物間は後でいい」
爆豪が言った。
その声は、低い。
怒鳴ってはいない。
だからこそ、切島は一瞬言葉に詰まった。
「……は?」
「今追っても、あいつは逃げる」
爆豪の視線は、出久達の騎馬に固定されている。
「しかも、あの野郎は今、コピーした個性を何個持ってんのか分かんねぇ」
爆破。
硬化。
少なくとも二つは見せた。
だが、それだけとは限らない。
乱戦の中で、物間は誰に触れ、何を保持しているのか分からない。
「逃げに徹されたら終わりだ」
爆豪は、吐き捨てるように続ける。
「ああいう奴は、今追うより最後に潰した方がいい」
「でもよ!」
切島が声を荒げる。
「点取られっぱなしだぞ!」
「だから一千万を取るっつってんだろ」
爆豪の掌で、爆炎が小さく爆ぜた。
「半分野郎の炎や氷は、確かに脅威に“見える”」
「……見える?」
瀬呂が眉を寄せる。
「あの競技ルールじゃ、騎馬を直接崩す目的の使用は禁止だ。だったら炎も氷も、目眩ましか障害物代わりにしか使えねぇ」
爆豪の目が、鋭く細まる。
「直接ぶち当ててくるわけじゃねぇ。てめぇなら突破できる。実際、さっきもできた」
「……まあ、氷壁なら割れたけどよ」
切島が苦い顔で頷く。
「丸顔の無重力とサポート科のガラクタは機動力だけはある。だが、動きの起点をテープで縛れば封殺できる」
「俺頼りかよ」
瀬呂が引き攣った笑みを浮かべる。
「出来ねぇのか」
「出来るけどさ!」
「なら黙ってやれや!」
爆豪は言い切る。
冷静だった。
乱暴で。
口は悪くて。
殺意じみた怒りを撒き散らしているのに。
見ている部分は、異様に冷静だった。
敵の能力。
ルールの制限。
自分達の役割。
物間と出久達、どちらを先に狙うべきか。
その全部を、爆豪なりに計算している。
「物間は面倒だ」
爆豪が続ける。
「保持できる個性がいくつか知らねぇ。今の乱戦じゃ、次に何を使うか読めねぇ。あいつを追ってる間に、デク達に逃げ切られたら終わりだ」
「……」
「だったら今、あいつらが崩れてるうちに一千万を奪る」
切島は、思わず息を呑んだ。
正しい。
悔しいくらいに。
爆豪の判断は、感情任せに見えて、その実かなり合理的だった。
だが。
切島は、それでも叫んだ。
「じゃあ緑谷はどうすんだよ!」
爆豪の目が、ぎろりと切島へ向く。
「轟も厄介だ! 麗日も発目もいる! で、最後に鉢巻取るのは緑谷だろ!?」
「……」
「あいつ、障害物競走でも相当やばかったぞ! 正面から行って簡単に取れる相手じゃねぇ!」
その瞬間。
爆豪の顔が、ひどく歪んだ。
「……おい」
低い声。
「俺が」
掌で、爆炎が膨れ上がる。
「あいつに負けると思ってんのか」
「いや、そういう意味じゃ——」
「思ってんのかって聞いてんだよ!!」
ドォンッ!!
爆破。
騎馬が一気に加速した。
「うおっ!?」
切島が慌てて踏ん張る。
芦戸が足元へ酸を広げ、瀬呂がテープで姿勢を補正する。
爆豪は前だけを見ていた。
出久達の騎馬。
そこへ一直線。
「俺が取る」
爆豪が言う。
「最後にデクの鉢巻を奪るのは、俺だ」
その言葉と同時に。
爆豪チームが、再び出久達へ突っ込んだ。
背後から迫る爆音に、出久が振り返る。
「……っ!」
目が合った。
爆豪勝己。
怒り。
冷静さ。
執着。
その全てが混ざった、鋭すぎる視線。
出久の背筋に、ぞくりとしたものが走る。
「かっちゃん……」
轟が、静かに言った。
「来るぞ」
「分かってる」
出久は、額の鉢巻に触れる。
もう、逃げるだけでは駄目だ。
爆豪は止まらない。
なら。
受けるしかない。
その上で。
奪うしかない。
轟が、足を踏み締めた。
「なら、止める」
短い言葉。
次の瞬間。
バキバキバキバキッ!!
出久達の背後から、巨大な氷壁がせり上がった。
一枚ではない。
二枚。
三枚。
進路を塞ぐように、斜めに折り重なった氷の壁が、爆豪チームとの間へ連続して展開される。
『轟、ここで氷壁展開ィィ!! 爆豪チームの突撃を止めにかかるゥ!!』
あくまで障害物。
だが、それでも十分すぎる厚さだった。
「かっちゃんを止められる……?」
出久が振り返る。
だが。
轟は、静かに目を細めた。
「いや」
その直後。
「切島ァ!!」
「任せろォ!!」
爆豪チームの先頭。
切島鋭児郎が、真正面から氷壁へ突っ込んだ。
全身硬化。
皮膚が岩のように変質し、肩から腕までが鋭い装甲みたいに盛り上がる。
「うおおおおおッ!!」
ドガァッ!!
一枚目の氷壁が砕けた。
破片が四方へ散る。
だが、切島は止まらない。
二枚目。
三枚目。
バギィッ!!
ドゴォッ!!
真正面から。
小細工なしで。
全てを割り砕きながら進んでくる。
「本当に突破してきた……!」
麗日が息を呑む。
「根性のある奴だ」
その氷の破片の向こう。
爆豪が獰猛に笑っていた。
「見え見えなんだよ、半分野郎ォ!!」
「発目さん!」
出久が叫ぶ。
「もう一度、推進補助!」
「了解です!! ベイビー二号、出力上げます!!」
発目の背部装備が唸る。
ギュイイイインッ!!
不穏な回転音。
麗日が即座に全員に触れる。
「無重力!」
ふっと、身体が軽くなる。
騎馬全体が浮き上がるような感覚。
最初に包囲を抜けた時と同じ。
轟の氷で滑走路を作り、麗日の無重力で重量を消し、発目の推進力で一気に離脱する。
「抜ける!」
出久が前を見る。
だが。
その瞬間。
ひゅるるるるっ!!
白い帯が、視界を横切った。
「っ!?」
瀬呂のテープ。
既に射出されていた。
氷壁を切島が砕くより前。
発目の装備が唸るより前。
出久達が再加速するであろう進路へ、瀬呂は先んじてテープを張っていた。
「読まれてた……!」
出久の目が見開かれる。
テープは地面と氷片、さらに競技場の支柱代わりに出現していた障害物へ絡み、即席の網のように広がっていた。
逃げ道を塞ぐ。
完全に。
「悪いな緑谷!」
瀬呂が叫ぶ。
「爆豪の作戦通りだ!」
次の瞬間。
出久達の騎馬が、テープ網の手前で急制動した。
「うわっ!?」
麗日が姿勢を崩しかける。
発目のサポートアイテムが、ぎゅるん、と嫌な音を立てる。
「推進停止! 推進停止! ベイビーが悲鳴を上げてます!!」
「こっちも悲鳴上げてるよ!」
出久は咄嗟に身を低くする。
前はテープ。
後ろは爆豪。
横は砕けた氷壁の破片。
逃げ道が、狭まった。
そして。
ドォンッ!!
氷片を爆風で吹き飛ばしながら、爆豪チームが突っ込んでくる。
切島が前面。
瀬呂がテープで軌道固定。
芦戸が足元の酸で摩擦を調整。
その上で、爆豪が爆破を構える。
真正面からの突撃。
だが、ただの猪突猛進ではない。
轟の障害物。
麗日の無重力。
発目の機動補助。
その全てを潰すための形だった。
「……っ」
出久は、鉢巻を押さえる手に力を込めた。
爆豪の目が、すぐそこにある。
「逃げ場ねぇぞ、デク」