間違えずに、失う者たち   作:助兵衛

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第3話 AFO

 数日後。

 

 出久は、制服のポケットから何度目かになる紙片を取り出した。

 

 簡潔に書かれた住所。

 志賀に渡されたそれは、病院のものとは思えないほど素っ気なく、説明も補足もない。ただ場所だけが示されている。

 

 ——本当に、ここでいいのか。

 

 何度目かの疑問が浮かぶ。

 だが、ここまで来て引き返すという選択肢は、もう現実味を持たなかった。

 

 来てしまった。

 

 あの場所で「なりたい」と口にしてしまった以上、これはその先だ。

 

 出久は、スマートフォンの地図と紙を見比べる。

 

 指し示す先は、繁華街の一角。

 

 昼間でも人通りが絶えないはずの場所——のはずだった。

 

 だが。

 

 足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

 

 人はいる。

 いないわけではない。

 

 けれど、流れが違う。

 

 明るい店の並ぶ通りから一本外れただけで、視線は合わず、会話は低く、足取りは速い。

 誰もが長居することを前提としていない空間。

 

 建物は古く、看板は色褪せ、シャッターの閉まった店が目立つ。

 昼だというのに、路地は薄暗く、湿った空気がこもっている。

 

 ——治安が、悪い。

 

 そうとしか言いようがなかった。

 

 出久は、無意識に歩幅を狭める。

 

 靴音がやけに響く。

 誰かに見られているような気がして、何度も背後を振り返る。

 

 だが、振り返るたびに、そこには誰もいない。

 

 いるのは、ただの通行人か、壁にもたれたまま動かない影だけだ。

 

 住所は、さらに奥を指していた。

 

 細い路地に入る。

 

 舗装はひび割れ、ゴミ袋が無造作に積まれている。

 鼻をつくような匂いが漂い、空気は明らかに澱んでいた。

 

 こんな場所に——

 

 言葉にならない違和感が、喉の奥に引っかかる。

 

 ヒーロー事務所でもない。

 研究施設でもない。

 まして、病院の関連施設には到底見えなかった。

 

 出久は、足を止める。

 

 路地の奥は暗い。

 昼間だというのに光が届かず、建物同士の隙間には湿った冷気が溜まっている。

 

 出久は、無意識に拳を握る。

 

 そのときだった。

 

「メルスィー☆」

 

 至近距離。

 

 耳元に直接落とされたような声。

 

「っ!?」

 

 出久の身体が跳ねた。

 

 慌てて振り向く。

 

 そこには、誰も——

 

 いや。

 

 暗がりの奥。

 

 ビルの壁にもたれかかるように、出久と同年代の一人の少年が立っていた。

 

 いつからいたのか、全く分からない。

 

 気配がなかった。

 

 金髪。

 

 長めの前髪の隙間から覗く目は大きく、キラキラと輝いている。

 整った顔立ちだった。モデルか俳優だと言われても信じてしまいそうなほどに整っている。

 

 だが。

 

 その整い方は、この路地裏にはあまりにも不釣り合いだった。

 

 薄暗い空間の中で、少年だけが妙に浮いて見える。

 金髪は光を弾き、制服とも私服ともつかない洒落た装いには埃一つ付いていない。

 

 まるで別の世界から迷い込んできたようだった。

 

 少年は、出久の驚いた顔を見ると、満足そうに笑みを深める。

 

「君が緑谷出久君だね?」

 

 声音は軽やかだった。

 

 警戒感を抱かせないように作られた、柔らかい調子。

 

 だが、出久は逆に背筋が寒くなる。

 

 まただ。

 

 どうして皆、自分の名前を当然のように知っている? 

 

「え、あ……」

 

 言葉に詰まる出久へ、少年は大袈裟な仕草で胸に手を当てた。

 

「僕は青山優雅☆」

 

 そして。

 

 ぱちり、と。

 

 片目を閉じる。

 

「君を案内するように、おじさまから仰せつかっているんだ☆」

 

 語尾に星が付きそうなほど芝居がかった口調。

 

 その場違いな明るさに、出久は一瞬反応が遅れる。

 

 青山優雅。

 

 聞き覚えのある名前ではなかった。

 だが、“おじさま”という単語には妙に引っかかる。

 

 志賀のことではない。

 

 あのパソコン越しの人物。

 

 直感的に、そう理解した。

 

 青山はそんな出久の反応を気にした様子もなく、くるりと踵を返す。

 

「こっちだよ☆」

 

 軽い足取りで歩き出す。

 

 出久は慌てて後を追った。

 

 路地のさらに奥。

 

 廃ビルの側面へ回り込む。

 

 正面入口はシャッターで塞がれていたが、裏側には古びた鉄扉があった。

 錆びつき、塗装も剥がれている。

 

 だが。

 

 青山は迷いなくその扉に手をかけた。

 

 ギィ、と重い音。

 

 隙間から、冷たい空気が流れ出てくる。

 

「どうぞ☆」

 

 青山が、まるで高級レストランにでも招くように手を差し出した。

 

 その笑顔は眩しいほど整っている。

 

 なのに。

 

 その向こうに広がる暗闇は、底が見えない。

 

 出久は、無意識に唾を飲み込んだ。

 

「……ここ、に?」

 

「もちろん☆」

 

 青山は即答した。

 

「だって、君は“選ばれた側”なんだから」

 

 その言葉に、胸の奥がざわつく。

 

 選ばれた側。

 

 無個性として生きてきた出久には、あまりにも縁のない響きだった。

 

 青山は先に建物の中へ入っていく。

 

 出久は一瞬だけ躊躇したあと、その背を追った。

 

 扉の向こうは、想像以上に暗かった。

 

 外観通りの廃ビル——のはずだった。

 

 壁紙は剥がれ、床には細かな瓦礫が散らばっている。

 蛍光灯は半分以上が切れており、残った光も不安定に明滅していた。

 

 空気は冷たい。

 

 湿気と、鉄錆と、薬品のような匂いが混ざっている。

 

 青山の靴音だけが、静かな廊下に軽く響いた。

 

「こっち☆」

 

 案内されるまま奥へ進む。

 

 途中、何部屋かの扉が見えたが、どれも閉ざされていた。

 人の気配はない。

 

 やがて。

 

 廊下の突き当たりで、青山が立ち止まる。

 

 そこにあったのは、エレベーター——ではない。

 

 無骨な金属製の扉。

 

 業務用搬入口のような大型昇降機だった。

 

 青山は慣れた様子でパネルに触れる。

 

 電子音。

 

 直後、重い駆動音と共に扉が左右に開いた。

 

 中は狭く、無機質な箱だった。

 

「地下に行くよ☆」

 

 地下。

 

 その単語だけで、出久の胃が重くなる。

 

 だが、青山は何でもないことのように乗り込んでいた。

 

 出久も後に続く。

 

 扉が閉まる。

 

 直後。

 

 身体が沈む感覚。

 

 昇降機が、ゆっくりと下降を始めた。

 

 静かだった。

 

 モーター音だけが低く響く。

 

 何階分降りているのか、分からない。

 

 体感時間だけが長い。

 

 出久は、無意識に拳を握った。

 

 青山はそんな様子を気にした風もなく、鼻歌混じりに壁へ寄りかかっている。

 

「緊張してる? ☆」

 

「……そ、それは」

 

「大丈夫だよ☆ おじさま、君のこと結構気に入ってるみたいだし」

 

 気に入っている。

 

 その言葉に、なぜか安心より先に恐怖が来た。

 

 やがて。

 

 昇降機が停止する。

 

 重い音を立て、扉が開いた。

 

 出久は、息を呑んだ。

 

 そこに広がっていたのは——別世界だった。

 

 白い。

 

 あまりにも白い空間。

 

 廃ビルの地下とは思えない。

 

 床は磨き上げられ、壁面には無数のモニターと電子機器が並んでいる。

 ガラス越しの区画には精密な医療機器。

 培養槽。

 見たこともない大型装置。

 

 ケーブルが天井を這い、電子音が規則正しく鳴っていた。

 

 研究施設。

 

 いや。

 

 もっと異質だ。

 

 表の荒廃と、地下の精密さが噛み合っていない。

 

 まるで、世界そのものが上下で断絶しているようだった。

 

「……な、なんだ、これ」

 

 思わず漏れた声に、青山は自嘲気味に笑う。

 

「すごいよね……」

 

 その言葉に答える余裕はなかった。

 

 出久の視線は、既に別のものへ吸い寄せられていた。

 

 空間の中央。

 

 そこだけが、まるで玉座のように配置されている。

 

 巨大な椅子。

 

 いや。

 

 椅子型の生命維持装置だった。

 

 夥しい数の管。

 

 循環する液体。

 

 絶え間なく点滅するモニター。

 

 酸素供給装置。

 

 人工呼吸器。

 

 機械の集合体の中央に、“それ”は座っていた。

 

 出久の呼吸が止まる。

 

 人間、だった。

 

 かつて。

 

 目と鼻と耳を含めた顔面は、焼け爛れている。

 皮膚はケロイド化し、原型を留めていない。

 

 頭部は半分以上が失われ、

 胴体に至っては八割近くが消失していた。

 

 残された肉体へ、無数の管が突き刺さっている。

 

 脊椎の代わりに機械骨格が接続され、

 失われた臓器の代替として、外付けの装置群が稼働していた。

 

 生きているようには見えなかった。

 

 死体だ。

 

 そうとしか思えない。

 

 なのに。

 

 モニターは脈動している。

 

 機械は動いている。

 

 そして何より。

 

 その“存在”だけが、空間全体を支配していた。

 

 その人物が視界に入った瞬間。

 

 隣にいた青山優雅の呼吸が、明らかに変わった。

 

 先ほどまでの軽やかな足取りも、芝居がかった笑顔も、綺麗に消えていた。

 顔から血の気が引き、唇が小さく震えている。

 

「……」

 

 青山は、何かを言おうとして失敗したように喉を鳴らした。

 

 出久はその横顔を見て、ようやく理解する。

 

 青山は慣れているのではない。

 

 慣れたふりをしていただけだ。

 

 この場所に。

 この空気に。

 そして、目の前の“存在”に。

 

 青山は一歩前へ出ると、ぎこちなく背筋を伸ばした。あのきらびやかな調子はどこにもなく、声はひどく細い。

 

「緑谷出久君を……お連れしました」

 

 それだけだった。

 

 言い終えると、青山は出久の方を見ないまま、浅く頭を下げる。

 そして、逃げるようにその場を離れた。

 

 足音が遠ざかる。

 

 白い床に響くそれは、ひどく早かった。

 

 出久は、追うことも、声をかけることもできない。

 

 ただ、巨大な椅子型の生命維持装置に座る人物を見つめる。

 

 いや。

 

 見つめてしまう。

 

 視線を逸らせなかった。

 

 そのとき、装置の奥で、低い駆動音が一つ増えた。

 呼吸器が空気を送り込むような音。液体が管を巡る音。機械が命を代行する音。

 

 そして。

 

「……ありがとう、青山優雅君」

 

 声がした。

 

 くぐもっていた。

 

 呼吸器越しに濾過されたような、掠れ、濁り、機械の雑音を帯びた声。

 

 だが、出久は知っている。

 

 この声だ。

 

 パソコン越しに聞いた、あの声。

 

 優しく、穏やかで、心の奥に冷たい爪を立てる声。

 

 生命維持装置の中の男は、ゆっくりと息を吸った。

 いや、吸わされた。

 

 胸の残骸とも呼ぶべき部分が、機械に合わせてわずかに上下する。

 

「そして……初めまして、緑谷出久君」

 

 出久の全身が固まる。

 

「は、はじめ……まして……」

 

 返事は、ほとんど声にならなかった。

 

 男は、わずかに喉を鳴らす。

 

 それが笑いなのか、呼吸の失敗なのか、出久には判別できない。

 

 次の瞬間。

 

「……っ、げほ……ごほっ……」

 

 男がせき込んだ。

 

 機械音が乱れる。モニターの波形が細かく揺れる。

 周囲の装置が反応し、いくつもの数値が変化した。

 

 苦しそうだった。

 

 その姿は、支配者というよりも、死に損なった重病人にしか見えない。

 

 だが。

 

 怖い。

 

 弱っているはずなのに。

 死にかけているはずなのに。

 

 この空間で最も恐ろしいものが、彼であることだけは疑いようがなかった。

 

「……失礼」

 

 男は、苦しげに呻いたあと、また呼吸器越しに声を発した。

 

「少し……話すだけでも、骨が折れる身体でね」

 

 そう言っている間にも、管の中を液体が流れ、装置が低く唸る。

 

 彼は生きている。

 ありえない姿で。

 死体としか思えない姿で。

 

 それでも、確かに生きている。

 

 出久は、喉の奥から絞り出すように言った。

 

「あなた、は……」

 

 男は、焼け爛れた顔の奥で、笑ったように見えた。

 

「僕かい?」

 

 呼吸器の奥で、低い笑い声が鳴る。

 ぞっとするほど穏やかな声音だった。

 

 男は、無数の管に繋がれたまま、ゆっくりと頭部を動かした。

 焼け爛れた顔面には目も鼻もない。表情など読み取れるはずもない。

 

 なのに。

 

 “見られている”。

 出久は、はっきりとそう感じた。

 

「人は色々な名で僕を呼ぶ」

 

 機械音と呼吸器の駆動音、それに脈拍モニターの電子音が、静まり返った地下施設の中でやけに大きく響いていた。

 

 その全ての隙間を縫うように、男の声が響く。

 

「ヴィランの王。裏社会の支配者。災厄。怪物」

 

 男は、わずかに息を吸った。

 

「最も通った名前を名乗ろう、“オール・フォー・ワン”と呼んでくれたまえ」

 

 出久の思考が、一瞬止まる。

 

 知っている。

 

 その名前を。

 

 いや、知らないはずがない。

 

 都市伝説。

 古いネット掲示板。

 ヒーローオタクの間で囁かれる与太話。

 歴史の裏に潜む“最悪のヴィラン”。

 

 個性を奪い、与える存在。

 

 ありえない能力を持つ怪物。

 

 けれど。

 

 そんなものは、現実感のない噂だった。

 

 少なくとも、今までは。

 

「……ぁ」

 

 声が出ない。

 AFOは、呼吸器越しに低く笑った。

 

「驚いたかい?」

 

 次の瞬間。

 

「……っ、ごほっ、がっ……!」

 

 激しい咳。

 生命維持装置が警告音を鳴らす。

 透明な管の一つに、どろりと赤黒い液体が混じった。

 血。

 

 AFOの口から、鮮血が零れ落ちる。

 

「っ!」

 

 出久の身体が、反射的に動いていた。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 考えるより先だった。

 

 恐怖も、警戒も、一瞬だけ吹き飛ぶ。

 

 出久は生命維持装置へ駆け寄り、咄嗟に周囲を見回す。

 

 何をすればいいのかも分からない。

 医療知識などない。

 

 それでも、放っておけなかった。

 

 AFOは、しばらく咳き込み続けたあと、ゆっくりと呼吸を整える。

 

 人工呼吸器が規則正しく空気を送り込み、乱れていたモニターの波形も徐々に安定していった。

 

 そして。

 

「……ありがとう」

 

 呼吸器越しの、掠れた声。

 

「君は、とても優しいねえ」

 

 出久の肩が強張る。

 

「母君の教育が、良かったのかな?」

 

 その言葉に、出久は息を呑んだ。

 

 どうして。

 

 どうして、この人はそんな風に言える。

 

 こんな姿なのに。

 こんな恐ろしい空気を纏っているのに。

 

 まるで、本当に優しい大人みたいに。

 

「僕のことは、いいんだよ」

 

 AFOは静かに遮った。

 

 機械の駆動音が低く響く。

 

「緑谷出久君」

 

 名前を呼ばれる。

 

 それだけで、背筋が冷える。

 

「君は、ヒーローになりたいんだってね?」

 

 一拍。

 

 呼吸器が鳴る。

 

「無個性だってのに」

 

 その言葉は、志賀のような嘲笑ではなかった。

 

 呆れでもない。

 

 むしろ。

 

 興味だった。

 

 まるで、理解できない生き物を観察するような。

 壊れた玩具の動作理由を知りたがるような。

 

 静かな好奇心。

 

 出久は、唇を震わせる。

 

「……なり、たいです。ヒーローに」

 

 しばしの沈黙が落ちた。

 

 機械音だけが、地下施設に規則正しく響いている。

 

 AFOは、焼け爛れた身体を生命維持装置へ預けたまま、ゆっくりと残された右腕を動かした。

 

 その動作は、ひどく鈍い。

 

 まるで、壊れかけた機械を無理やり動かしているようだった。

 

 管が軋む。

 関節部の補助装置が低く駆動音を鳴らす。

 

 それでも。

 

 AFOは、震える掌を出久の前へ突き出した。

 

「素晴らしい」

 

 出久は、息を呑む。

 

 掌。

 

 そこには。

 

 穴が、開いていた。

 

「……え」

 

 小さい。

 

 人差し指が一本入るかどうか程度の、黒い穴。

 

 傷ではない。

 

 肉が抉れた痕にも見えない。

 

 掌の中央に、“最初からそういう構造だった”かのように存在している。

 

 そして何より。

 

 黒かった。

 

 ただ黒いのではない。

 

 光を吸っている。

 

 地下施設の白い照明が当たっているはずなのに、そこだけが完全な暗闇だった。

 

 底が見えない。

 

 覗き込んでも、何も見えない。

 

 漆黒。

 

 ただ、どこまでも続く黒だけが、そこにあった。

 

 出久の背筋に、ぞわりと悪寒が走る。

 

「それ、は……」

 

 思わず一歩下がる。

 

 AFOは、その反応を楽しむように、呼吸器越しに小さく笑った。

 

「怖いかい?」

 

 怖い。

 

 本能が、そう叫んでいた。

 

 なのに。

 

 視線を逸らせない。

 

 穴は静止しているはずなのに、見ていると感覚が狂う。

 奥へ引き込まれるような錯覚。

 

 重力そのものが歪んでいるような不快感。

 

「僕の“個性”の入り口だ」

 

 AFOの声が、静かに響く。

 

「奪い、与える」

 

 掌の穴が、微かに脈動したように見えた。

 

 出久の喉が鳴る。

 

「個性とは、本来、一人に一つの器だ。だが僕は違う。奪い取った個性を保管し、必要に応じて他者へ与えることができる」

 

 淡々とした説明。

 

 まるで、医者が薬の効能を語るような口調だった。

 

「都市伝説だと思っていただろう?」

 

 出久は答えられない。

 

 AFOは続ける。

 

「当然だ。そうなるようにしてきたからね。恐怖とは、曖昧なほうが都合がいい」

 

 そう言って、AFOはゆっくりと掌を閉じる。

 

 黒い穴が隠れた瞬間、出久はようやく息を吐けた。

 

 気付かなかった。

 

 自分が、呼吸を止めていたことに。

 

「……さて」

 

 AFOは、生命維持装置に深く身体を預け直す。

 

「緑谷出久君。君は今、人生の分岐点に立っている」

 

 機械音。

 

 呼吸器。

 

 脈拍モニター。

 

 全てが、やけに大きく聞こえる。

 

「力を得るか」

 

 一拍。

 

「無力なまま終わるか」

 

 出久の指先が、小さく震えた。

 

「僕の手を取りたまえ、緑谷出久君」

 

 AFOの焼け爛れた顔には、もう目もない。

 

 なのに。

 

 その“視線”だけは、確かに出久を見据えていた。

 

「君は、ヒーローになれる」

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