「まずい!」
出久は、控え室の時計を見て跳ねるように立ち上がった。
「もう始まってる!」
「えっ、ほんと!?」
麗日も慌てて振り返る。
外の歓声は、さっきより明らかに大きくなっていた。
レクリエーションの緩い空気ではない。
競技場全体が、勝負の熱で震えている音だった。
「麗日さん、ありがとう!」
そう言いながら、出久はもう走り出していた。
廊下を抜ける。
階段を駆け上がる。
胸の奥にはまだ、AFOの声が残っている。
保険。
ヒーロー殺し。
保須。
黒い画面の携帯。
けれど今は、それを振り払うように足を動かした。
自分が立てなかった舞台で、皆が何を見せるのかを。
「すみません、通ります!」
観客席へ戻った瞬間。
ドォンッ!!
爆音が響いた。
出久は反射的に肩を竦める。
競技場の中央には、白煙が広がっていた。
そして。
『決着ゥゥゥ!!』
プレゼント・マイクの絶叫が、会場を揺らす。
『第一戦! 爆豪勝己対物間寧人!! 勝者ァ——爆豪勝己ィィィ!!』
「……終わってる!?」
出久は息を切らしながら、席の前で固まった。
フィールドの端。
場外ラインの向こうに、物間が倒れていた。
服は焦げ、髪は乱れ、片膝をつきながらも、口元だけは悔しげに歪んでいる。
「くっ……まったく、野蛮だね……!」
その言葉にも、いつもの余裕は薄い。
対する爆豪は、リング中央に立っていた。
肩で息をしている。
だが、その目はまだ燃えていた。
掌からは、白い煙が細く上がっている。
「舐めた真似してんじゃねぇぞ、コピー野郎」
低い声。
観客席まで届くほどではない。
けれど、出久には何となく分かった。
あれは怒っている。
ただ勝っただけではない。
騎馬戦で、物間に鉢巻を奪われたこと。
あの一瞬の屈辱。
自分が狙われ、利用され、出し抜かれた事実。
それを晴らすように、爆豪は物間を叩き潰したのだ。
「……見逃した」
出久は呆然と呟く。
近くにいた切島が振り返った。
「お、緑谷! 戻ってきたか!」
「切島君! 今の試合、どんな感じだった!?」
「いやー、爆豪がすげぇ攻めてたぞ。最初っから最後までずっとだ」
切島は興奮気味に拳を握る。
「物間も結構やりづらい戦い方してたんだよ。挑発して、距離取って、触ろうとして、コピーした個性を混ぜてさ。でも爆豪のやつ全部潰しちまった」
「全部……」
「ああ。逃げ道塞いで、爆風で牽制して、変なフェイントにも乗らねぇで、最後は真正面からドカンだ」
出久はフィールドを見る。
リングの床には、爆破の焦げ跡がいくつも残っていた。
直線的な焦げ。
斜めに走る抉れ。
物間が逃げようとした痕跡を塞ぐように刻まれた爆風の跡。
出久の頭が、遅れて戦闘を再構築し始める。
物間は、おそらく正面からぶつかっていない。
挑発で爆豪の怒りを煽り、判断を粗くさせようとした。
個性をコピーするために接触を狙った可能性も高い。
だが爆豪は、必要以上に近付かせなかった。
爆風で間合いを操作し、動線を削り、逃げ場を潰した。
騎馬戦の時と同じだ。
ただし、今度は爆豪が追い詰める側だった。
「……すごい」
出久は、無意識に呟いていた。
出久は席を探して、観客席の通路を見回した。
しかし、周囲は既に人で埋まっている。
立ち見の生徒もいるし、プロヒーローらしき大人達もちらほら混ざっていた。
「えっと……どこか空いてる場所……」
「緑谷!」
声が飛んできた。
出久が振り向く。
少し離れた席で、轟が片手を上げていた。
「こっち座れるぞ」
「あ、轟君!」
見ると、その周辺にはA組の面々が固まっていた。
飯田、蛙吹、八百万、耳郎、峰田も座っている。
トーナメントに進んだ者と、敗退した者。
それぞれ表情は違うが、皆リングへ視線を向けていた。
「ありがとう!」
出久は通路を抜け、轟達の方へ向かった。
その途中。
ふと、足が止まった。
「……え」
轟の近くに、とんでもないガタイの男がいた。
座っているのに、周囲の大人より頭一つ大きい。
太い首。
分厚い肩。
鍛え上げられた腕。
威圧感というより、そこに一つの壁が置かれているような存在感だった。
しかも、ただの観客ではない。
あの特徴的な炎のような髭。
鋭い目。
巨大な体躯。
出久は、息を呑んだ。
「エ……」
声が裏返りそうになる。
「エンデヴァー……!」
轟の父。
現No.2ヒーロー。
フレイムヒーロー、エンデヴァー。
その本人が、当然のようにそこに座っていた。
出久の背筋が一気に伸びる。
エンデヴァーは、ゆっくりと出久へ視線を向けた。
炎のように鋭い目だった。
ただ見られているだけなのに、身体の奥まで射抜かれるような圧がある。
出久は思わず姿勢を正した。
「は、初めまして! み、緑谷出久です!」
噛んだ。
しかも声が裏返った。
最悪だった。
だがエンデヴァーは特に気にした様子もなく、低い声で言う。
「騎馬戦で焦凍と組んでくれていた子だな」
「え、あ、はい!」
「焦凍が世話になった。轟炎司、フレイムヒーローエンデヴァーで通している」
短い言葉。
だが、それだけで出久は目を丸くした。
まさか、エンデヴァー本人からそんな言葉が来るとは思っていなかった。
「い、いえ! 僕の方こそ助けてもらってばっかりで……!」
慌てて頭を下げる。
しかし、目の前の男の威圧感が凄まじい。
近い。
とにかく近い。
画面越しで見るのとは全然違う。
呼吸一つ、腕を組む仕草一つにまで重圧がある。
出久は、自分の声が妙に上擦っているのを感じた。
「その、轟君すごく強かったですし、判断も冷静で、氷の展開速度も速くて、それに——」
「お父さん!」
突然、明るい声が飛んだ。
出久がびくっと肩を揺らす。
エンデヴァーの後ろの席から、落ち着いた女性が身を乗り出していた。
「そんな仏頂面しないでよ、緑谷君めちゃくちゃ緊張してるよ?」
「……」
エンデヴァーが僅かに眉を動かす。
そこには、轟の家族らしき人達が座っていた。
落ち着いた顔立ちの青年。
そして今話しかけてきた、柔らかい雰囲気の女性。
出久は慌てて頭を下げる。
「あ、えっと、こんにちは……!」
「こんにちは」
女性は、ふわりと微笑んだ。
穏やかな声だった。
エンデヴァーの隣にいるとは思えないほど、空気が柔らかい。
「私は轟冬美。焦凍の姉です」
「は、はい! 緑谷出久です!」
出久は慌ててもう一度頭を下げる。
すると冬美の隣に座っていた女性も、少し控えめに会釈した。
白い髪。
静かな瞳。
どこか儚げな雰囲気を纏った人だった。
「……轟冷です。焦凍の母です」
「!」
出久は目を見開く。
「は、初めまして!」
再び勢いよく頭を下げる。
何だか今日は頭を下げてばかりだった。
冷は少し驚いたように瞬きをしたあと、小さく笑った。
「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ」
「す、すみません……!」
全然大丈夫じゃなかった。
No.2ヒーロー本人。
その家族。
しかも轟の両親。
情報量が多すぎる。
その横で、青年が軽く片手を上げた。
「こんちは」
気怠げだが、嫌な感じではない。
「轟夏雄。焦凍の兄です、よろしく」
「よ、よろしくお願いします!」
「そんな固くならなくていいって」
冬美もくすっと笑った。
「ほんとだよねぇ。焦凍のお友達、みんな真面目な子多いのかな」
「友達……」
出久は思わず轟を見る。
轟は特に否定しなかった。
その事実に、出久の顔が少し熱くなる。
そんな空気の中。
轟がふと周囲を見回した。
「燈矢兄は?」
その名前に、夏雄が「あー」と声を漏らす。
「焦凍が“最高傑作”のくせに最終種目に残る前に負けちゃったから、もう見ても仕方ないって行っちゃった」
「……」
一瞬、空気が止まる。
出久はぎくりとした。
最高傑作。
その単語には、妙な棘があった。
だが轟本人は、特に気にした様子もなく、
「はいはい、最高傑作最高傑作」
と、半ば聞き流すように返した。
慣れている声音だった。
夏雄は苦い顔のまま、肩を竦めた。
「引き摺ってるなぁ、あの事」
「燈矢兄らしいけどな」
轟はあっさり返す。
冬美が小さくため息を吐いた。
「もうちょっと言い方あると思うんだけどねぇ……」
「……」
冷は静かに苦笑している。
その空気を横で聞きながら、出久はそっとエンデヴァーを見上げた。
すると。
「……」
エンデヴァーが、妙に気まずそうに視線を逸らした。
リングの方へ。
ものすごく自然を装って。
だが、明らかに話題から逃げた時の動きだった。
「……え?」
出久は思わず瞬きをする。
あのエンデヴァーが。
テレビでは常に堂々としていて、どんな記者にも、どんなヴィランにも真正面から睨み返す男が。
今、家族の会話から目を逸らした。
夏雄も気付いたらしく、じとっとした目を向ける。
「親父、今絶対聞こえないフリしただろ」
「していない」
「したって」
「していない」
だが視線は頑なにリングのままだった。
出久は困惑する。
怖い。
怖いのだが。
何だか少しだけ、想像していたエンデヴァーと違う。
もっとこう、常に炎みたいに怒鳴っている人かと思っていた。
「お父さん」
轟がふと口を開く。
「仕事いいのか?」
「……」
エンデヴァーは腕を組んだまま答えた。
「今日は日中休みを取った」
低い声。
だが先ほどより少し落ち着いている。
「燈矢が現場に戻ったなら、尚更だ。数時間くらい俺がいなくても問題ない」
「へぇ……」
夏雄が少し意外そうな顔をする。
「ちゃんと休み取ったんだ」
「悪いか」
「いや、別に」
冬美がくすっと笑った。
「お父さん、昨日から結構前倒しで仕事片付けてたもんね」
「体育祭観に行くために?」
夏雄が半笑いで言う。
「うるさい」
エンデヴァーの返しは短い。
だが、否定はしなかった。
出久は、思わずもう一度エンデヴァーを見る。
すると今度は視線が合った。
「っ」
出久の背筋が反射的に伸びる。
だがエンデヴァーは、さっきほど鋭い目では見ていなかった。
「焦凍の試合は終わったが、まだ他の競技もある」
「……はい」
「最後まで見るつもりだ」
それだけ言って、再びリングへ視線を戻す。
出久は少しだけ呆然とした。
何だろう。
上手く言えない。
怖い人なのは変わらない。
威圧感も凄い。
けれど。
家族の体育祭を見に来て、仕事を前倒しして、兄弟にからかわれて気まずそうに視線を逸らす。
そういう部分を見てしまうと。
テレビの中の“フレイムヒーロー”とは、少し違って見えた。
『さぁ続いて第二試合ィィ!!』
歓声が再び会場を揺らす。
出久はリングへ視線を戻した。
『第二試合はァ! 個性駄々被り対決だァァ!!』
プレゼント・マイクの声が、競技場を突き抜ける。
『鉄哲徹鐵対、切島鋭児郎ォ!! 硬い! 硬いぞ! どっちも硬い!! 実況泣かせの真正面勝負、始まるぜェ!!』
リングの上で、鉄哲が拳を鳴らした。
「おっしゃあ!! やっと俺の出番だ!!」
対する切島も、歯を見せて笑う。
「いいなぁ、こういうの! 分かりやすくて男らしいぜ!」
「上等だ切島ァ!」
「来い鉄哲!」
開始の合図。
次の瞬間、二人の身体が同時に変化した。
切島の皮膚が鋭く硬化する。
鉄哲の身体が、鈍い金属光沢を帯びる。
そして。
真正面から、ぶつかった。
ガンッ!!
鈍い音が響く。
拳と拳。
硬化と鋼鉄。
小細工なし。
距離を取るでもなく、フェイントをかけるでもなく、ただ互いの正面に立って殴り合う。
「うおおおおおお!!」
「負けるかああああ!!」
ガンッ!
ゴッ!
ガキィンッ!!
音だけ聞けば、まるで鉄骨同士を打ち付けているみたいだった。
観客席がどよめく。
すぐに、そのどよめきは歓声へ変わった。
『シンプル!! あまりにもシンプル!! だが熱い!! こういうのでいいんだよォォ!!』
マイクの実況に、会場がさらに沸く。
出久も思わず身を乗り出していた。
「すごい……本当に真正面から……」
「相性が悪いというより、同じすぎるな」
轟が隣で言う。
「うん。どっちも防御力と打撃耐性が高いから、普通の攻撃じゃ決定打になりにくい。でも、逆に言えば消耗戦になれば、持続時間と根性比べになる……」
「根性比べなら、どっちも得意そうだな」
「たしかに……」
リングでは、切島が鉄哲の拳を頬で受け止め、そのまま笑った。
「効いてねぇぞ!」
「こっちの台詞だ!」
鉄哲の拳が切島の腹へ入る。
切島の拳が鉄哲の肩へ返る。
避けない。
下がらない。
ただ前へ。
ただ殴る。
そのあまりにも分かりやすい戦い方に、観客席の熱はどんどん上がっていった。
「いけー切島!」
「鉄哲負けんな!」
「どっちも頑張れー!」
A組もB組も、いつの間にか声援を送っている。
耳郎が呆れたように笑った。
「これ、戦術とかある?」
「ある意味、究極に分かりやすいわね」
蛙吹が口元に指を当てる。
「でも、嫌いじゃないわ」
飯田ならきっと、競技規則と安全面について何か言いそうだった。
そう思って、出久は何気なく隣の方を見た。
「……あれ?」
飯田の席が、空いていた。
さっきまで確かにいたはずだ。
眼鏡を押さえながら、いつものように背筋を伸ばして座っていた。
出久は周囲を見回す。
そして見つけた。
観客席の通路。
飯田が、ひとり歩いている。
背中が硬い。
いつもの大股ではない。
けれど、足取りには妙な焦りがあった。
顔は見えない。
ただ、横顔が一瞬だけ見えた。
深刻そうだった。
「飯田君……?」
出久は小さく呟く。
リングでは、切島と鉄哲がまだ殴り合っている。
歓声は大きい。
誰も、飯田が席を離れたことには気付いていないようだった。
出久の胸の奥に、嫌なざわめきが走る。
ヒーロー殺し。
保須。
AFOの声が、胸の奥で嫌に鮮明に蘇る。
『近いうちに、保須で少し騒がしくなる』
出久の中で、繋がってほしくない線が勝手に繋がっていく。
「……っ」
気付いた時には、立ち上がっていた。
「緑谷?」
轟がこちらを見る。
「ごめん、ちょっと!」
出久はそれだけ言って、通路へ駆け出した。
背後ではまだ、鉄哲と切島の拳がぶつかる音が響いている。
観客の歓声。
プレゼント・マイクの実況。
全部が遠くなる。
出久は人の間を縫うように進み、観客席の出口へ向かった。
「飯田君!」
通路の先で、飯田が足を止める。
「……緑谷君」
「どうしたの? 急に出ていくから」
飯田は一瞬だけ視線を逸らした。
「何でもない」
硬い声だった。
「少し、用事が出来た。何でもない」
「何でもない顔じゃないよ!」
出久の声が、思ったより強く出た。
飯田が目を見開く。
出久自身も少し驚いた。
けれど、止められなかった。
「飯田君、さっきから様子がおかしい。いつもなら試合中に黙って席を立ったりしない。何かあったんでしょ?」
「……」
「言えないことなら、無理には聞かない。でも……」
出久は拳を握る。
「一人で抱え込む顔、してる」
その言葉を言った瞬間、自分の胸にも刺さった。
一人で抱え込む。
さっき麗日に言われたばかりの言葉。
飯田は、しばらく黙っていた。
廊下の向こうからは、会場の歓声が響いてくる。
ガンッ、という鈍い音。
切島と鉄哲の試合はまだ続いているらしい。
その音の中で、飯田はゆっくりと息を吐いた。
「……兄が」
声が掠れていた。
出久の心臓が、嫌な跳ね方をする。
「兄が、襲われた」
「……」
「病院に運ばれた、らしい」
飯田は、そこまで言って唇を噛んだ。
“らしい”。
その言い方が、かえって生々しかった。
まだ本人も、事実を掴みきれていない。
信じたくない。
けれど、信じざるを得ない連絡が来た。
そんな響きだった。
「飯田君のお兄さんって……確か」
「言っていただろうか。プロヒーロー、インゲニウムだ」
飯田は答えた。
その声には、誇りと恐怖が混ざっていた。
「兄は、僕の目標だ。僕がヒーローを志した理由そのものだ」
「……うん」
「その兄が……」
飯田の拳が震える。
「ヒーロー殺しに、襲われた」
出久の呼吸が止まった。
廊下の音が、一瞬消えた気がした。
ヒーロー殺し。
AFOの声。
保須。
全部が、冷たい針のように頭の奥へ刺さる。
飯田の兄、インゲニウム。
たしか、保須方面での活動も多かったはずだ。
「……ヒーロー殺し」
出久は、掠れた声で繰り返す。
飯田は、苦しげに頷いた。
「まだ詳しいことは分からない。父から連絡があっただけだ。命に別状があるのか、どの程度の怪我なのか、それもまだ……」
飯田は、一度深く息を吐いた。
感情を押し込めるような呼吸だった。
「……悪いが」
眼鏡を押し上げる。
その仕草だけは、いつもの飯田天哉だった。
「僕は早退して病院へ向かう」
「……」
「相澤先生には、これから連絡するつもりだ。正式な手続きも取る」
声は冷静だった。
冷静であろうとしていた。
だが、拳の震えは止まっていない。
「病院って、保須なの?」
出久が聞く。
飯田は頷いた。
「ん? ああ、兄は保須の辺りで活動していたからな」
保須。
その地名を聞いた瞬間、出久の背筋に冷たいものが走った。
AFO。
ヒーロー殺し。
“近いうちに保須で騒がしくなる”。
偶然だと、思えなかった。
「じゃあ僕も行く」
気付けば、口から出ていた。
飯田が目を見開く。
「なに?」
「僕も一緒に行く!」
「待て、緑谷君」
飯田はすぐに首を振った。
「君を巻き込む話ではない。これは僕の家族の問題だ」
「でも!」
「体育祭の途中だぞ。君は観客席へ戻るべきだ」
「そんな場合じゃないよ!」
出久の声が、廊下に響いた。
飯田が息を呑む。
出久自身、驚くほど強い声だった。
「兄さんがヒーロー殺しに襲われたんでしょ!? しかも保須で! 飯田君、今全然冷静じゃない!」
「僕は冷静だ!」
反射的に返ってきた声。
だが、その直後。
飯田自身が、自分の声の荒さに気付いたように黙り込む。
「……」
出久は、一歩踏み込んだ。
「一人で行ったら駄目だ」
「だから僕も行く」
「緑谷君——」
「駄目って言っても行くから!」
出久は半ば勢いで言い切った。
飯田が完全に固まる。
数秒。
沈黙。
遠くではまだ歓声が響いている。
体育祭は続いている。
だが、二人だけ別の場所にいるみたいだった。
やがて飯田は、諦めたように目を閉じた。
「……君は、本当に」
苦笑とも、困惑ともつかない息。
「強引だな」
「行くよね?」
「……」
飯田は少しだけ迷った。
けれど最後には、小さく頷く。
二人は急ぎ足で通路を進む。
体育祭のスタッフが慌ただしく動き回る裏通路。
モニターには、まだ切島と鉄哲の殴り合いが映っていた。
『両者ダウン寸前!! だが止まらねェ!!』
歓声。
熱狂。
青春。
その全部を背にして、二人は出口へ向かう。