その日の放課後。
教室は、朝とは別のざわめきに包まれていた。
職場体験先の話。
ヒーローネームの話。
指名の話。
皆それぞれに予定や期待を口にしている。
けれど出久は、机の端に置かれた金メダルから目を離せずにいた。
「……」
このまま持って帰るわけにはいかない。
そう思って、出久は金メダルを手に取った。
ずっしりと重い。
ただの金属ではないみたいだった。
爆豪の怒り。
失望。
それから、自分にはまだ分からない何か。
出久はゆっくり席を立つ。
爆豪は鞄を肩に掛け、ちょうど帰ろうとしているところだった。
「かっちゃん」
声をかける。
爆豪の足が止まった。
だが、振り返らない。
「これ、やっぱり返すよ」
出久はメダルを差し出す。
「体育祭で優勝したのは、かっちゃんなんだから。これは僕が持ってちゃ駄目だ」
「……」
爆豪は黙っていた。
その沈黙が怖かった。
「かっちゃん、僕は——」
「いらねえなら捨てとけや」
低い声。
冷たい。
朝と同じだった。
いや、朝よりもっと突き放すような声だった。
「え……」
「何回言わせんだ」
爆豪はようやく振り返った。
だが、出久の手元のメダルを見ることすらしなかった。
「俺はいらねぇっつってんだろ」
「でも——」
ガンッ。
爆豪が椅子を蹴るようにして押しのけた。
椅子の脚が床を擦り、嫌な音が教室に響く。
何人かが振り返った。
爆豪はそれも無視して、出久の横を通り過ぎる。
「邪魔だクソナード」
「……っ」
出久は道を空けるしかなかった。
爆豪はそのまま教室を出ていく。
一度も振り返らなかった。
扉が閉まる。
教室に、気まずい沈黙が残った。
「……」
出久は、メダルを握ったまま立ち尽くしていた。
何も言えなかった。
言うべき言葉が、喉の奥で詰まっている。
謝りたいのか。
怒りたいのか。
引き止めたいのか。
自分でも分からない。
「デク君……」
そっと声がした。
麗日だった。
心配そうな顔で近付いてくる。
「大丈夫?」
「……うん」
答えた声は、自分でも頼りなかった。
麗日は少し迷ったように視線を落とし、それから小さく言った。
「爆豪君さ」
「……」
「デク君が、飯田君の付き添いで途中でいなくなったから……ショックだったんじゃないかな」
「え?」
出久は顔を上げた。
麗日は、言葉を選ぶように続ける。
「もちろん、飯田君のことは仕方なかったよ。あれは絶対、行ってよかったと思う。うちもそう思う」
「……うん」
「でも、爆豪君からしたらさ」
麗日は、閉まった扉の方を見る。
「体育祭で、デク君と本気でぶつかって、勝って。それで、その後も自分の試合を見てほしかったんじゃないかなって」
出久の胸が、きゅっと縮む。
「僕は……」
「分かってる。デク君が悪いって言いたいんじゃない」
麗日は首を振る。
「ただ、爆豪君、ずっとデク君のこと見てたから」
「……かっちゃんが?」
「うん」
麗日は少し困ったように笑った。
「素直じゃないし、言い方もめちゃくちゃやけど……多分、すごく気にしてる」
出久は手の中のメダルを見る。
朝よりも、さらに重く感じた。
爆豪が投げ捨てたもの。
でも、本当は捨てたかったわけじゃないかもしれないもの。
「……っ」
出久は、勢いよく顔を上げた。
今なら、まだ追いつける。
ちゃんと話さなきゃいけない。
かっちゃんが何を思っていたのか。
自分が何を見落としていたのか。
分からないまま終わらせたくなかった。
「麗日さん、僕——」
その瞬間。
ブブッ──。
携帯電話が震えた。
「!」
出久の身体が、反射的に強張る。
空気が変わった。
ほんの一瞬前まで胸の中を占めていた爆豪のことが、冷水を浴びせられたみたいに遠のく。
代わりに。
黒い画面。
低い声。
「デク君?」
麗日が不安そうに覗き込む。
出久は、震える手でポケットから携帯を取り出した。
画面を見る。
「……」
知らない番号。
けれど。
嫌な汗が、背中を伝った。
「ご、ごめん」
出久は咄嗟にメダルを制服のポケットへ押し込む。
金属が腿に当たる。
重い。
まるで、現実へ引き戻す錘みたいだった。
「ちょっと電話……!」
「あ、う、うん」
麗日は戸惑いながら頷く。
出久はそのまま教室を飛び出した。
廊下を早足で進む。
周囲には、まだ下校中の生徒達がいた。
笑い声。
部活勧誘。
職場体験の話。
その全部が、妙に遠い。
「……」
駄目だ。
人が多い。
出久はさらに足を速める。
階段を下りる。
渡り廊下を抜ける。
使われていない実習棟の脇。
人気の少ない非常階段の踊り場。
ようやく周囲に誰もいないことを確認して、出久は止まった。
携帯は、まだ震えている。
心臓の鼓動と同じみたいに。
「……っ」
出久は一度だけ深呼吸した。
だが、全然落ち着かなかった。
指先が冷たい。
喉が渇く。
嫌な予感だけが、どんどん大きくなる。
ゆっくりと、通話ボタンを押した。
「……もしもし」
『やあ、緑谷出久君』
穏やかな声だった。
老人のようでもあり。
教師のようでもあり。
親しげですらある声音。
オール・フォー・ワン。
『青春しているところ悪いね』
電話口の向こうで、AFOが小さく笑った。
まるで、本当に申し訳なさそうに。
『クラスメイトとのすれ違い、仲直り、若者らしくて大変結構だ』
「……なんで」
出久の声が掠れる。
「なんで、知ってるんだ……」
『さて。どうしてだろうね』
否定しない。
そのことが、余計に怖かった。
AFOは続ける。
『それより、職場体験の話が今日辺り出るはずだったが』
「……っ」
出久の肩が揺れる。
雄英の授業内容まで把握している。
いや。
もしかしたら、体育祭の時点で既に——。
『もう体験先は決めたかな?』
穏やかな問いだった。
世間話みたいに自然な口調。
だからこそ、気味が悪い。
「……まだ、です」
出久は絞り出すように答えた。
沈黙したら駄目な気がした。
逆らうのも。
切るのも。
全部、危険な気がした。
『そうか』
AFOは満足そうに頷く気配を見せる。
『なら丁度いい』
「……丁度いい?」
出久は眉を寄せる。
非常階段の踊り場は静かだった。
遠くから運動部の掛け声が微かに聞こえる。
けれど、出久の世界は今、電話の向こうの声だけで満たされていた。
『君の職場体験先を僕の方から指定したくてね』
「……は?」
思わず声が漏れる。
AFOは構わず続けた。
『安心したまえ。別にヴィラン組織へ潜入しろという話じゃない。れっきとしたプロヒーローだ』
出久の喉が鳴る。
嫌だった。
この男の言葉は、どこまで本当で、どこから嘘なのか分からない。
『君に行ってもらいたいのは、とあるヒーロー事務所だ』
そこでAFOは、一人のプロヒーローの名前を口にした。
「……!」
出久は目を見開く。
「な、なんでそのヒーローを……?」
出久の問いに、AFOは少し楽しそうな声音になる。
『彼女の個性には、前から興味があってね。戦闘スタイルも君と近しいから、学べる点は多いだろう』
「個性……?」
『ああ』
穏やかな肯定。
出久は黙り込む。
AFOが“興味”と言う時。
それは単なる好奇心では済まない気がした。
『それに』
AFOの声が続く。
『そのヒーローは、今ちょうど保須の辺りで活動している』
「……っ」
出久の肩が跳ねる。
やはりそこへ繋がる。
保須。
インゲニウム。
ヒーロー殺し。
『色々と丁度良いんだ』
AFOは、くつくつと笑った。
まるで盤面を眺める棋士みたいに。
『君にとっても。彼にとっても。そして、あの街にとってもね』
「……僕を、何に巻き込むつもりなんですか」
出久は低く言った。
声が震えているのが、自分でも分かる。
AFOは少しだけ黙った。
それから。
『巻き込む、か』
どこか面白そうに繰り返す。
『そういう言い方もあるかもしれない』
「……」
『だが私は、君に“見て”ほしいだけだよ』
穏やかな声だった。
『ヒーロー社会の現実を』
出久の指先が冷える。
『正義を掲げる者。怒りに囚われる者。救けを求める者。そして、それを裁こうとする者』
AFOは静かに言った。
『保須には今、その全部が集まり始めている』
ぞくり、と悪寒が走る。
『だからこそ、君をそこへ置いてみたい』
「……なんで、僕なんだ」
掠れた問い。
AFOは、少しだけ優しげに笑った。
『君が、よく見てしまう子だからだよ』
その言葉が。
妙に胸へ刺さった。
「ま、待って——」
『ああ、そうだ』
AFOがふと思い出したように言う。
『もちろん、最終的に選ぶのは君自身だ。僕は強制するつもりはない』
その声音は、本当に穏やかだった。
『もっとも』
一拍。
『君はきっと、保須へ来るだろうがね』
通話が切れる。
ぷつり、と無機質な音だけが残った。
「……っ」
出久はしばらく、その場から動けなかった。
携帯を握る手が震えている。
ポケットの中では、金メダルが冷たく脚へ当たっていた。
──
数日後。
出久は、保須の隣町にいた。
駅前から少し離れた通り。
大通りには車が絶えず流れ、歩道にはスーツ姿の会社員や買い物帰りの人達が行き交っている。
すぐ隣の保須で、飯田の兄が倒れていた。
ヒーロー殺しがいた。
そう思うだけで、胸の奥が重くなる。
「……」
出久は片手にケースを持っていた。
中には、ヒーロースーツ。
もう片方の手には、雄英から渡された紹介状。
紙一枚の重みが、妙に現実感を持っていた。
件のヒーローとは、連絡だけはついた。
だが、やり取りは最低限以下だった。
指定されたのは、待ち合わせの場所と時間だけ。
活動内容も。
事務所の所在地も。
職場体験中の予定も。
何一つ、詳しい話は聞けなかった。
「……事務所を構えないタイプのヒーロー、か」
出久は小さく呟く。
珍しい存在だった。
多くのプロヒーローは、事務所を構える。
サイドキックを置き、事務員を雇い、地域と連携して活動する。
けれど、今回の職場体験先のヒーローは違う。
固定の事務所を持たず、必要に応じて地域を移り、現場単位で活動するタイプ。
だからこそ、待ち合わせ場所も普通のビルではなかった。
駅近くの古い歩道橋の下。
地図アプリで確認しても、そこにはヒーロー事務所らしい建物などない。
「本当に、ここで合ってるのかな……」
出久は紹介状を見直す。
時間は合っている。
場所も合っている。
なのに、不安だけが消えない。
AFOの声が蘇る。
『彼女の個性には、前から興味があってね』
『今ちょうど保須の辺りで活動している』
『色々と丁度良いんだ』
偶然ではない。
絶対に。
出久はそれを理解していた。
理解していて、それでもここに来てしまった。
自分で選んだのだと、言い訳することもできる。
AFOに強制されたわけではない。
けれど、用意された道を歩かされている感覚は消えなかった。
「……僕は」
そこまで呟いて、言葉が止まる。
何を言おうとしたのか、自分でも分からなかった。
ヒーロースーツの入ったケースを握り直す。
その時だった。
「ひったくりよ!!」
鋭い叫び声が、通りに響いた。
「!」
出久は反射的に顔を上げる。
歩道の向こう。
人混みを押し退けるようにして、一人の男が走ってきていた。
片腕には女性物の鞄。
もう片方の腕は、不自然なほど太く膨れ上がっている。
筋肉が皮膚の下で隆起し、足音がアスファルトを叩くたびに重い音がした。
(増強系の個性……!)
出久の思考が、一瞬で切り替わる。
距離。
速度。
周囲の人。
逃走方向。
ケースを地面に置く。
紹介状を鞄に押し込む。
「止まれ!」
出久は前へ出た。
男がこちらを見る。
「邪魔だガキ!」
膨れ上がった腕が振り上げられる。
出久は腰を落とした。
槍骨を出すか。
いや、人通りが多い。
派手に使えば周囲を巻き込む。
なら足を狙って——。
そこまで考えた瞬間。
横から、影が飛び込んだ。
「どけ」
短い声。
次の瞬間、出久の視界を白い何かが横切った。
風が弾ける。
ドゴッ!!
鈍い音。
男の身体が、横から吹き飛んだ。
「ぐあっ!?」
増強した腕ごと、男が歩道の端へ叩きつけられる。
だが、それで終わらない。
飛び込んできた影は、着地と同時にさらに踏み込んだ。
しなやかな脚。
鋭い回し蹴り。
男の腕を弾き、肩を押さえ、地面へ捻じ伏せる。
一瞬だった。
出久が構えてから、男が完全に制圧されるまで。
数秒もかかっていない。
「痛っ、痛ぇ! 離せ!」
「被害者ぶるんじゃねぇよ」
低く、よく通る声。
出久は固まった。
男を踏みつけるように押さえていたのは、白い髪と長い耳を持つ女性だった。
褐色の肌。
鍛え上げられた四肢。
獣じみた瞬発力。
そして、何より。
テレビやランキング番組で何度も見た姿。
「ラ、ラビットヒーロー……」
出久の声が震える。
彼女は顔だけこちらへ向けた。
鋭い赤い瞳が、出久を捉える。
「ん?」
不敵な笑み。
野性味のある表情。
「ミルコ……!」
ヒーロービルボードチャート八位。
ラビットヒーロー、ミルコ。
その本人が、ひったくり犯を片足で押さえつけながら、そこに立っていた。
ミルコは、ひったくり犯の背中を片足で押さえたまま、出久を上から下まで見た。
そして、ふと視線をずらす。
出久の鞄。
そこから、さっき慌てて押し込んだ紹介状の端が少しだけはみ出していた。
「……ん」
ミルコは手を伸ばす。
「え、あっ」
出久が止めるより早く、ぴっと紹介状を抜き取った。
封筒の表。
雄英高校の校章。
緑谷出久の名前。
ミルコはそれを見て、次に出久を見る。
もう一度、紹介状を見る。
そして、口角を吊り上げた。
「お前が緑谷出久だな」
「は、はい!」
「テレビで見たぜ」
ミルコは不敵に笑う。
「骨野郎」
「ほ、骨野郎……!」
出久は思わず固まった。
確かに体育祭では槍骨を使った。
使ったが、初対面のプロヒーローからそう呼ばれるとは思わなかった。
ミルコは紹介状をひらひら振る。
「雄英の職場体験。今日からあたしに付くってわけだ」
「よ、よろしくお願いします!」
出久は勢いよく頭を下げる。
その拍子に、ひったくり犯が地面で呻いた。
「痛ぇって言ってんだろ!」
「あ?」
ミルコが足に少しだけ力を込める。
「ぐえっ」
「喋る元気があるなら問題ねぇな」
その一言で、男は黙った。
出久は冷や汗を浮かべる。
強い。
速い。
荒い。
だが、無駄がない。
男の増強した腕の可動域を潰し、逃走方向を塞ぎ、体重を乗せて押さえ込んでいる。
さっきの一瞬だけで、そこまでやっている。
「すごい……」
出久の口から、思わず漏れた。
ミルコの耳がぴくりと動く。
「感心してる場合か」
「え?」
ミルコの目が、鋭くなる。
「お前、今こいつを捕えるために個性使おうとしたな?」
「……!」
出久の肩が跳ねる。
見られていた。
構え。
重心。
槍骨を出そうとした瞬間の筋肉の動き。
全部。
「まあ、欠伸が出るほど遅くて、あたしが先にとっつかまえたけどよ」
ミルコは笑っている。
だが、目は笑っていなかった。
「ここ、どこだと思ってんだ」
「……街中、です」
「そうだ。人通りもある。逃げてる奴の腕は増強系。周りには一般人。お前の個性は骨を伸ばすやつ」
ミルコは紹介状を出久の胸へ押し付けるように返した。
「で、そこで大振りの個性を出そうとした」
「……」
「足を狙うつもりだったか? 絡め取るつもりだったか? それとも牽制か?」
出久は言葉に詰まる。
全部、考えていた。
でも、その全部が遅かった。
判断している間に、ミルコはもう動いていた。
「答えろ」
「……足を狙おうとしました。周囲に当てないように、低く伸ばして、転ばせるつもりで」
「転ばせた先は?」
「え?」
「こいつが前のめりに転んで、鞄持ったまま通行人に突っ込んだら?」
「……」
「増強した腕で地面突いて、跳ね起きたら?」
「……」
「お前の骨が避けた一般人の足に引っかかったら?」
出久の喉が詰まる。
ミルコは、ひったくり犯から足をどけないまま、獰猛に笑った。
「考えたか?」
「……そこまでは」
「だろうな」
ミルコは鼻を鳴らした。
「悪くはねぇ。飛び出したのは評価する。ビビって固まる奴よりはマシだ」
「けどな」
ミルコは、そこで声を少し低くした。
「何より、お前は今はまだヒーローですらない。ただのガキだ」
「……」
「雄英の生徒だろうが、ヒーロー志望だろうが、職場体験に来てようが関係ねぇ。往来での個性使用は禁止されてる」
出久は唇を噛んだ。
「……はい」
「許可もねぇ。指示もねぇ。緊急時に動く判断自体は悪くないが、だからって何でも許されるわけじゃねぇ」
ミルコは地面に押さえつけた男を一瞥する。
「特に街中はな。ヴィランだけ見てたら駄目だ。人、車、店、段差、逃げ道、巻き込まれる奴。全部見ろ」
「……すみません」
「謝る相手はあたしじゃねぇよ」
その言葉に、出久は視線を落とした。
自分は助けようとした。
けれど、それだけでは足りない。
助けようとして、別の誰かを傷つける可能性まで見なければならない。
当たり前のことのはずなのに。
自分は、まだそこまで見えていなかった。
「……考えが、浅かったです」
「そうだな」
ミルコはあっさり頷いた。
容赦がない。
けれど、突き放す声ではなかった。
「まあ、そのための職場体験だ」
「……え?」
「今できねぇことを、ここで知るんだよ」
ミルコは犯人を駆けつけた警官に引き渡し、ぱんぱんと手を払った。
「反省できるなら上等だ。反省だけで止まるなら置いてくけどな」
「止まりません」
出久は顔を上げた。
「次は、もっと見ます」
ミルコはにやりと笑う。
「いいね。あんたを指名してよかった」
そして、顎で通りの先を示した。
「とりあえず歩くぜ」
「は、はい!」
出久は慌ててケースを持ち直し、ミルコの後を追う。
ミルコは大股で歩き出した。
事務所へ向かうわけではない。
打ち合わせ場所へ行くわけでもない。
ただ、街の中へ入っていく。
「目ぇ開けとけよ、骨野郎」
「緑谷です!」
「街は情報だらけだ。何も起きてねぇ時に何を見るかで、何か起きた時の動きが決まる」
人の流れ。
車の音。
路地の暗さ。
店先の死角。
横断歩道の待ち時間。
ミルコは歩きながら、それらを自然に見ていた。
出久も必死に視線を巡らせる。
保須の隣町。
AFOの指定した場所。
ミルコの背中。
ポケットの中の金メダル。
全部が、まだ重い。
けれど今は。
歩くしかなかった。