間違えずに、失う者たち   作:助兵衛

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第36話 ヒーロー殺し

 ──少し前。

 

 保須市。

 

 夕方の街は、人で溢れていた。

 

 仕事帰りの会社員、買い物袋を提げた主婦、騒がしく走り回る学生達。ネオンの点灯し始めた商店街を、飯田天哉は職場体験先のヒーローと共に歩いていた。

 

「いやぁ、インゲニウムの弟さんが来てくれるなんて思わなかったよ」

 

 隣を歩く男が、のんびりした口調で言う。

 

 ノーマルヒーロー、マニュアル。

 

 派手さの少ないヒーローだ。大柄でもなく、威圧感も薄い。だが、その視線は絶えず街を見ていた。

 

 横断歩道、路地、歩行者の流れ、停車車両。何気ない調子のまま、すべてを確認している。

 

「君なら、僕のとこ以外にもいくらでも大手から指名来てたでしょ? 人気上位のとこでも全然おかしくなかったと思うんだけどなぁ」

 

 マニュアルは、歩道脇へ寄せられたカラーコーンを直しながら言った。

 

「……」

 

 飯田は答えない。

 

 マニュアルは気にした様子もなく続ける。

 

「それなのに、わざわざ保須の中小事務所選んでくれて」

 

 苦笑する。

 

「ありがとねぇ」

 

「い、いえ! その、僕は——」

 

「ヒーロー殺し追ってるんでしょ?」

 

 飯田の言葉が止まった。

 

 マニュアルは前を向いたままだった。声色も変わらない。まるで天気の話でもするみたいに自然だった。

 

「じゃなきゃ、うちみたいなの希望しないもんね」

 

「……っ」

 

 飯田の喉が詰まる。

 

 否定が出てこなかった。

 

 図星だった。

 

 保須を選んだ理由など、一つしかない。

 

 兄を壊したヴィラン。

 

 ヒーロー殺し。

 

 ステイン。

 

「……すみません」

 

 ようやく絞り出した声は、小さかった。

 

 マニュアルは軽く肩を竦める。

 

「いや、別に怒ってるわけじゃないよ」

 

 その口調は、本当に穏やかだった。

 

「身内をやられたら、そりゃ感情も動く。ヒーローだって人間だからねぇ」

 

 夕方の風が吹く。

 

 遠くでパトカーのサイレンが鳴った。

 

 飯田は拳を握る。

 

 兄の顔が浮かぶ。

 

 白い病室。

 

 包帯。

 

 動かない脚。

 

「でも」

 

 マニュアルの声が、少しだけ低くなった。

 

「おすすめはしないかな」

 

 飯田が顔を上げる。

 

 マニュアルは商店街の先を見ながら続けた。

 

「復讐って、視野狭くなるから」

 

「……」

 

 飯田は黙ったまま歩く。

 

 だが、その視線は無意識に動いていた。

 

 細い路地。薄暗い通路。人目の少ない裏道。ニュースで映った場所。被害現場。

 

 “あの男”が現れそうな場所ばかりを探してしまう。

 

 マニュアルは、その視線の動きに気付いていた。

 

「……飯田君」

 

「はい!」

 

 反射的に返事をする。

 

「今、三回くらい裏路地見たよね?」

 

「っ」

 

 図星だった。

 

 飯田の肩が強張る。

 

「僕は——」

 

 そこで、飯田は言葉を止める。

 

 復讐のためです、とは言えなかった。

 

 ヒーローとして失格だと、自分でも分かっていたからだ。

 

 マニュアルは少しだけ息を吐く。

 

「君、真面目だからなぁ」

 

 困ったように笑った。

 

「真面目な子って、一回“やる”って決めると止まらないんだよね」

 

 その時だった。

 

 街の空気を揺らすような爆発音が響いた。

 

 地面が微かに震える。

 

 通行人達が悲鳴を上げた。

 

「!?」

 

 飯田が顔を上げる。

 

 次の瞬間、さらに別方向から爆発音が響いた。続けて、もう一つ。

 

 黒煙がビルの隙間から立ち昇る。

 

「なっ……!?」

 

 商店街が、一瞬で騒然となった。

 

 人々が悲鳴を上げる。走る。押し合う。子供が泣き出し、車のクラクションが連続で鳴り響く。

 

 そして、緊急警報が一斉に鳴り始めた。

 

 大型モニター、店舗端末、街頭スピーカー。あらゆる場所から、無機質な警告音が響く。

 

『警戒警報。保須市内にて複数ヴィランによる同時騒動発生——』

 

 マニュアルの端末が激しく震えた。

 

「……っ」

 

 彼の表情が変わる。

 

 画面へ次々と通知が流れ込んでいた。

 

【爆発事故発生】

 

【ヴィラン出現】

 

【市民避難要請】

 

【交戦中】

 

【ヒーロー支援求む】

 

 しかも一件ではない。

 

 中央区、南側、駅前、高架下。

 

 保須全域で、同時に異変が起きている。

 

「まずいな……」

 

 マニュアルの声から、完全に穏やかさが消えた。

 

 周囲では既に人の流れが崩壊している。逃げる人、転ぶ人、叫ぶ人。混乱が連鎖していた。

 

 遠くで炎が上がる。

 

 さらにもう一度、爆発音。

 

 ガラスが割れる音が響いた。

 

「飯田君!」

 

「は、はい!」

 

 マニュアルは端末を確認しながら、即座に街の地図を開く。

 

「君は事務所に戻っておくんだ!」

 

「えっ——」

 

「避難指示が出る可能性がある! 勝手に動かない!」

 

 マニュアルは叫ぶ。

 

 既にその視線は現場を見ていた。

 

「いいね!?」

 

 返事を待たない。

 

 そのまま角を曲がり、爆発の上がった方角へ駆けていく。人混みを縫い、倒れかけた看板を避け、叫び声の中へ飛び込んでいった。

 

 飯田は、その背中を見送った。

 

「……」

 

 その場に立ち尽くす。

 

 周囲は混乱している。悲鳴、サイレン、逃げ惑う人々。空気が震えるたび、どこかでまた爆発音が響いた。

 

 マニュアルの指示は正しい。

 

 事務所へ戻るべきだ。

 

 自分はまだ学生で、独断行動を許される立場ではない。

 

「……っ」

 

 飯田は拳を握る。

 

 そして、ゆっくり踵を返した。

 

 事務所へ戻ろう。

 

 今は、指示に従うべきだ。

 

 そう思った。

 

 その時だった。

 

 視界の端で、細い裏路地へ誰かの影が滑り込んだ。

 

「!」

 

 飯田の目が動く。

 

 一瞬だった。

 

 本当に、一瞬。

 

 人混みの隙間。

 

 夕暮れの影。

 

 だが、見えた。

 

 長い布のようなもの。

 

 顔を隠す覆面。

 

 腰に差された、細長い刃物。

 

 飯田の呼吸が止まる。

 

 脳裏に、ニュース映像が蘇った。

 

 血塗れの路地。

 

 倒れたヒーロー。

 

 そして、その中央に立つ男。

 

 ヒーロー殺し。

 

 ステイン。

 

「……っ!!」

 

 頭が、一気に熱くなる。

 

 心臓が激しく脈打つ。

 

 兄の姿が浮かんだ。

 

 病室、包帯、動かない脚、震える母の声。

 

 全部が、一瞬で噴き上がる。

 

『復讐って、視野狭くなるから』

 

 マニュアルの声。

 

『勝手に動かない!』

 

 指示。

 

 だが、もう頭に入ってこなかった。

 

「ステイン……!」

 

 飯田の脚部エンジンが唸る。

 

 排気音。

 

 次の瞬間、飯田の身体は一気に路地裏へ飛び込んでいた。

 

 人混みを置き去りにする加速。

 

 暗い通路、狭い路地、湿った空気。

 

 その奥へ。

 

 飯田の加速は速かった。

 

 直線機動。

 

 瞬間推力。

 

 エンジン個性による爆発的な加速力。

 

 狭い路地だろうと関係ない。排気を吹かしながら、一気に距離を詰める。

 

 湿った地面を蹴り、曲がり角を抜ける。

 

 さらに奥。

 

 人影は、まだそこにいた。

 

「——!」

 

 飯田の目が見開かれる。

 

 黒っぽい服。顔を隠すような布。腰の刃物。

 

 間違いない。

 

 そう思った。

 

 その人影は周囲を警戒する様子もなく、手元の紙を何度もひっくり返していた。

 

「こっちじゃない……? いや、でもさっきの店員は右って……」

 

 ぶつぶつと何かを呟いている。

 

 だが、飯田の耳には入らなかった。

 

 頭が熱い。視界が狭い。ステインという言葉だけで、脳が埋め尽くされる。

 

「ヒーロー殺しッ!!」

 

 飯田が叫ぶ。

 

 その瞬間。

 

「あ?」

 

 人影が顔を上げた。

 

 だが、もう遅い。

 

 飯田の身体が一気に加速し、路地の空気が弾けた。

 

 男の目が見開かれる。

 

「ちょっ——」

 

「貴様ァァァッ!!」

 

 飯田は確認もせず、そのまま男を壁へ叩き付けていた。

 

「ごぶぁっ!?」

 

 鈍い音。

 

 地図が宙へ舞う。

 

 男の身体がコンクリート壁へ激突し、衝撃で周囲のゴミ箱が倒れた。

 

 飯田は即座に男の腕を捻り上げる。

 

「動くな!!」

 

「いっ、いだだだだだっ!!?」

 

「ヒーロー殺しステイン!! 貴様を——!」

 

 そこで、飯田の動きが一瞬止まった。

 

「……?」

 

 押さえ付けた男の腕、首筋、頬。

 

 露出した皮膚が、人間のものではない。

 

 緑色。ざらついた鱗。光を反射する爬虫類めいた肌。

 

「……っ」

 

 飯田の目が見開かれる。

 

 男の顔を覆っていた布が、拘束の衝撃で半ば外れていた。そこから覗いているのは、トカゲのように縦へ裂けた瞳孔と、尖った歯。

 

 明らかな異形型個性。

 

 そして何より、覆面は確かにステインと似ていたが、粗雑だった。布を雑に切って縛っただけで、ニュース映像の男とは骨格も体格も雰囲気も違う。

 

 別人だった。

 

「な——」

 

 飯田の頭が、一瞬白くなる。

 

 男は、その隙を逃さなかった。

 

「いっ……この、偽りのヒーローが……」

 

 ぐにゃり、と男の身体が異様にしなる。

 

「!?」

 

 飯田が反応するより早く、男は地面へ転がるように逃げ出した。

 

「まだヒーローがいやがったのか!」

 

 ゴミ箱を蹴飛ばしながら、男は路地裏を全力で駆ける。長い尾のようなものが服の下で揺れていた。

 

 飯田はその場で固まる。

 

(違う……!?)

 

 ステインではない。

 

 だが、覆面、刃物、騒乱の最中に裏路地をうろつく行動。

 

 明らかに普通ではない。

 

「っ!」

 

 飯田の思考が切り替わる。

 

 間違えた。

 

 早計だった。

 

 だが、危険人物であることに変わりはない。

 

「待て!!」

 

 飯田の脚部エンジンが再点火する。

 

 排気が爆ぜる。

 

 次の瞬間、飯田は再び路地を駆けていた。

 

 逃げる男。

 

 追う飯田。

 

 混乱する保須の喧騒が、遠くで鳴り続けている。

 

 男は速かった。

 

 人間離れした俊足ではない。だが、狭い路地での動きが妙に滑らかだった。

 

 壁に手をつき、配管へ足を掛け、濡れた地面を這うように曲がる。まるで、路地裏という環境そのものに身体を合わせているようだった。

 

「くっ……!」

 

 飯田は数歩で追いつきかける。

 

 だが、角を曲がるたびに男の身体がするりと視界から抜ける。

 

 直線なら圧倒できる。

 

 だが、この入り組んだ裏路地では、エンジンの加速を全て活かしきれない。

 

「止まれ!」

 

「止まれるかよ!」

 

 男が叫ぶ。

 

 その声は、恐怖と興奮で裏返っていた。

 

「俺はまだ、あの人に会えていない!」

 

「あの人……?」

 

 飯田の眉が動く。

 

 男はさらに角を曲がった。

 

 飯田も続く。

 

 薄暗い路地。

 

 室外機の熱気。

 

 割れた瓶。

 

 湿った壁。

 

 そして、その先で男は急に足を止めた。

 

「……!」

 

 飯田も反射的に減速する。

 

 路地の奥。

 

 そこに、もう一人の男が立っていた。

 

 黒い装束。

 

 身体に巻き付けられた無数の刃物。

 

 口元を覆う布。

 

 鋭く、ぎらついた眼光。

 

 粗雑な模倣ではない。

 

 空気が違った。

 

 薄暗い路地の中で、その男だけが異様な密度を持って立っている。

 

 飯田の呼吸が止まる。

 

「……お前は、まさか」

 

 喉の奥から、声が漏れた。

 

 トカゲ男は、その男を見るなり、崩れるように膝をついた。

 

「あんたが、ヒーロー殺しステイン……!」

 

 男は答えない。

 

 ただ、心底興味のなさそうな目でトカゲ男を見下ろしていた。

 

 トカゲ男は構わず身を乗り出す。

 

「俺の名はスピナー!」

 

 胸を押さえ、震える声で叫ぶ。

 

「あんたの意思に感銘を受けた! 俺も、世の中を変えたいんだ!」

 

「……」

 

「偽物だらけのヒーロー社会を正したい! 誰にも見向きもされなかった俺でも、あんたみたいに——」

 

「黙れ」

 

 短い一言だった。

 

 それだけで、路地の空気が凍った。

 

 スピナーの言葉が止まる。

 

 ステインは、彼を見ていた。

 

 敵意ですらない。侮蔑でもない。ただ、道端の石を見るような目だった。

 

「薄い」

 

「……え?」

 

「言葉も、覚悟も、刃も」

 

 ステインの視線が、スピナーの腰の刃物へ落ちる。

 

「すべてが薄い」

 

 スピナーの顔が引き攣る。

 

 飯田は動けなかった。

 

 目の前にいる。

 

 兄を傷付けた男が。

 

 探していた男が。

 

 今、そこにいる。

 

 だが、脚が動かない。

 

 怒りが強すぎて。

 

 憎しみが熱すぎて。

 

 かえって身体が固まっていた。

 

 ステインの目が、ようやく飯田へ向いた。

 

「……スーツを着た子どもか」

 

 低い声だった。

 

 静かなのに、路地の壁を震わせるような重さがあった。

 

「子どもといえど、ヒーローの真似事をするつもりならば」

 

 ステインの手が、ゆっくりと刃へ伸びる。

 

「殺すぞ」

 

「……っ」

 

 飯田の全身が硬直した。

 

 圧。

 

 それは殺気という言葉だけでは足りなかった。

 

 オールマイトの、あの圧倒的な存在感。人を安心させるための絶対的な力。

 

 それと同じほどの密度で、目の前の男は真逆のものを放っていた。

 

 恐怖。

 

 断罪。

 

 血の匂い。

 

 飯田の脚部エンジンが、かすかに震える。

 

 動けない。

 

 動かなければならないのに。

 

 身体が、本能で拒んでいた。

 

「……貴様が」

 

 だが、兄の姿が浮かぶ。

 

 白い病室。

 

 包帯。

 

 動かない脚。

 

 インゲニウムの名。

 

 憧れ。

 

 尊敬。

 

 奪われたもの。

 

「貴様が兄を……!」

 

 憎しみが、恐怖を無理やり踏み潰した。

 

 飯田の脚部エンジンが唸る。

 

 路地の空気が弾ける。

 

「ステインッ!!」

 

 一瞬で距離を詰める。

 

 蹴り。

 

 飯田の全身の怒りを乗せた一撃。

 

 だが、ステインはそこにいなかった。

 

「……ハア」

 

 獣じみた動きだった。

 

 膝を沈めるでもなく、構え直すでもない。ただ、するりと、人間の関節ではないみたいな角度で身をずらし、飯田の蹴りを紙一重で避ける。

 

「!」

 

 次の瞬間、銀色の線が走った。

 

「ぐっ——!?」

 

 熱い。

 

 遅れて痛みが来た。

 

 飯田の腕が、深く裂かれていた。

 

 スーツの布地が割れ、血が噴き出す。勢いを殺せないまま、飯田は壁へ肩をぶつけた。

 

「がっ……!」

 

 ステインは、もう背後にいた。

 

 刃の先から、赤い血が滴っている。

 

「ハア、あまりに浅慮。愚かだ」

 

 ステインは刃の先についた血を見た。

 

 飯田の血。

 

 それを、ゆっくりと舌で舐め取る。

 

「……っ!」

 

 飯田は反射的に脚部エンジンを吹かした。

 

 排気音が鳴る。

 

 反撃。

 

 もう一度。

 

 今度こそ。

 

 そう思った瞬間。

 

「——!?」

 

 身体が、止まった。

 

 脚が動かない。腕も動かない。指先すら、言うことを聞かない。

 

 まるで全身を見えない鎖で縛られたように、飯田はその場へ硬直した。

 

「な……にを……!」

 

 声だけが、かろうじて出る。

 

 ステインは、もう飯田を見ていなかった。

 

「く……そ……!」

 

 飯田は奥歯を噛む。

 

 動け。

 

 動け。

 

 動け。

 

 脚部エンジンは熱を持っている。排気も出ている。だが、肝心の身体が反応しない。

 

「貴様を……」

 

 飯田は、動かない身体で吠えた。

 

「貴様を殺す!!」

 

 ステインの目が、わずかに細まる。

 

 だが、それだけだった。

 

 怒るでもない。嘲るでもない。ただ、興味を失ったように視線を外す。

 

「やはり、ヒーローではない」

 

「っ……!」

 

「私怨に溺れ、救うべき者を見ず、殺すと叫ぶ」

 

 ステインは静かに刃を持ち替えた。

 

「偽物め」

 

 飯田の胸が、強く軋んだ。

 

 その言葉は、刃より深く刺さった。

 

 路地の端では、スピナーが呆然と立ち尽くしていた。先ほどまで熱に浮かされたように言葉を並べていた口が、半開きのまま止まっている。

 

 見惚れていた。

 

 ステインの動きに。

 

 その殺気に。

 

 その圧倒的な実力に。

 

「あ……」

 

 スピナーの喉から、掠れた声が漏れる。

 

「あれが……本物……」

 

 ステインは振り返らない。

 

 飯田の前へ歩く。

 

 一歩。

 

 また一歩。

 

 動けない飯田の視界に、刃が映る。

 

 鈍く光る刀身。

 

 それがゆっくりと持ち上がる。

 

「宣言した」

 

 ステインは言った。

 

「ヒーローの真似事をするならば、殺すと」

 

 刀が振り上げられる。

 

 飯田は睨むことしかできなかった。

 

 悔しい。

 

 動けない。

 

 兄の名を背負ってきたはずなのに。

 

 何一つ、届かない。

 

 そして、刃が振り下ろされる寸前。

 

 夜空が割れた。

 

「——ッ!?」

 

 屋上から、黒い影が落ちてきた。

 

 流星のようだった。

 

 一直線ではない。

 

 壁を蹴り、看板を踏み、配管を弾き、細かい加速を積み重ねながら、黒い影は路地へ突っ込んでくる。

 

 鋭い蹴りが、空気を裂いた。

 

 金属が砕ける音。

 

 ステインの刀が、根元から弾け飛んだ。

 

「!」

 

 ステインの目が初めて大きく動いた。

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