間違えずに、失う者たち   作:助兵衛

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第37話 路地裏の死闘

 砕けた刀身が、路地の床を跳ねた。

 

 緑のコスチュームをまとった出久は、着地と同時に膝を沈める。

 

 職場体験で使っていた、オールマイトを模した無骨なヒーロースーツ。

 

「飯田君! 大丈夫!?」

 

 出久はステインを警戒したまま、飯田を庇うように立つ。

 

「緑谷君……!」

 

 飯田の声は出た。

 

 だが、身体は動かない。

 

「体が……動かん……!」

 

「硬直……ワイドショーの推察通りだ」

 

 出久は奥歯を噛む。

 

 間違いない。

 

 ステインの個性だ。

 

 何かしらの条件を満たすことで身体を硬直させる。ニュースや被害証言から推測されていた情報が、今、目の前で現実になっていた。

 

 ステインは砕かれた刀を見下ろし、それを捨てた。そして、腰から新たな刃を抜く。

 

「スーツを着た子どもが、また一人か」

 

 低い声。

 

 殺気が路地を満たす。

 

 出久は、震えそうになる脚に力を込めた。

 

 飯田を守る。

 

 近付けさせない。

 

 それだけを考える。

 

「君は……」

 

 飯田が背後で苦しげに声を絞る。

 

「なぜ、ここに……」

 

「後で説明する!」

 

 出久は構えた。

 

 槍骨。

 

 筋骨発条化。

 

 ミルコから教わった、止まらない動き。

 

 全部使う。

 

 今ここで。

 

 ステインの目が細くなる。

 

「その眼……」

 

 刃先が、出久へ向いた。

 

「ハア……今日は邪魔ばかり入る……」

 

 次の瞬間、ステインが消えた。

 

「っ!」

 

 速い。

 

 出久は右脚を小さく解放し、壁へ短く槍骨を打ち込む。

 

 刀が、頬のすぐ横を通過した。

 

 冷たい風が肌を切る。

 

(予想よりずっと早い……)

 

 このままでは駄目だ。

 

 飯田は動けない。ステインの狙いは明らかに飯田へ向いている。自分が立っているから一時的に止まっているだけで、少しでも隙を見せれば終わる。

 

 出久は壁を蹴った。

 

 半歩。

 

 さらに半歩。

 

 路地の奥へ。

 

 ステインの視線が、その動きを追う。

 

 その時だった。

 

「緑谷君ッ!!」

 

 飯田が叫んだ。

 

 今まで聞いたことがないほど切羽詰まった声だった。

 

 出久の肩が僅かに揺れる。

 

「逃げろ!!」

 

「……!」

 

「逃げるんだ!!」

 

 飯田の顔は歪んでいた。

 

 怒りとも、後悔とも、絶望とも違う。もっと痛々しい感情だった。

 

「これは……僕の問題だ……!」

 

 声が震える。

 

 身体は動かない。

 

 それでも必死に叫ぶ。

 

「僕の個人的な事情なんだ!」

 

 歯を食いしばる。

 

 目には涙が滲んでいた。

 

「兄さんを傷付けられたのは僕だ!」

 

「飯田君——」

 

「君には関係ない!!」

 

 叫びが路地へ響く。

 

「僕が勝手に飛び出した! 僕が勝手に復讐しようとした! 僕が勝手に失敗したんだ!!」

 

 声が掠れる。

 

 それでも止まらない。

 

「だから逃げろ!」

 

 涙が頬を伝った。

 

「君まで死ぬ必要なんてない!!」

 

 出久は目を見開く。

 

 胸の奥が痛んだ。

 

 確かに、その通りなのかもしれない。

 

 これは飯田の復讐だ。飯田とステインの因縁だ。自分は関係ない。

 

 関係ない、はずだった。

 

 だけど。

 

 だけど。

 

(違う)

 

 頭の中に、別の声が響く。

 

 迷うな。

 

 考え込むな。

 

 動け。

 

 考えるのは後だ。

 

 ミルコだった。

 

 あの圧倒的なヒーロー。

 

 目の前に敵がいるなら殴る。助けるべき人がいるなら助ける。理屈は後回し。まず動く。まず救う。

 

 そういう在り方。

 

 出久は大きく息を吸った。

 

 余計な思考を全部捨てる。

 

 AFOのこと。複数個性のこと。正体のこと。

 

 後でいい。

 

 全部後だ。

 

 今じゃない。

 

「……確かに」

 

 出久は前を向いたまま言った。

 

 ステインから目を離さない。

 

「確かに、僕には関係ないのかもしれない」

 

 飯田が息を呑む。

 

「でも!」

 

 出久は叫んだ。

 

「ごちゃごちゃ考えるのは、君を助けてからだ!!」

 

 路地の空気が震える。

 

 飯田の目が見開かれた。

 

 出久は重心を落とす。

 

 脚に力を込める。

 

 恐怖は消えていない。足も震えている。それでも前へ出る。

 

 それがヒーローだと信じているから。

 

 数秒、静寂が落ちた。

 

 そして。

 

 ステインの口元が、ゆっくりと吊り上がった。

 

「ハ……」

 

 低い笑い。

 

 獣の喉鳴りに近い音。

 

「ハアッ……」

 

 肩が揺れる。

 

 その笑みは愉快そうだった。

 

 嬉しそうだった。

 

 今まで見せていた冷たい無表情とは違う。

 

 獲物を見つけた肉食獣のような、心の底から歓喜している笑みだった。

 

 ぎらり、と目が光る。

 

 次の瞬間だった。

 

 ステインの身体が低く沈む。

 

 本能のまま飛び掛かる獣のように。

 

 そして、爆発した。

 

「ッ!!」

 

 路地の空気が弾ける。

 

 速い。

 

 飯田の突進とも違う。爆豪のような直線加速とも違う。もっと不規則で、もっと読めない。

 

 壁を蹴る。地面を蹴る。配管へ手を掛ける。

 

 人間の格闘術ではなく、生存競争の果てに磨かれた獣の動き。

 

 出久の瞳が見開かれる。

 

「っ!」

 

 出久も反射的に動いた。

 

 右脚を解放し、壁を蹴り、さらに反対側の壁へ飛ぶ。

 

 着地しない。

 

 蹴る。

 

 飛ぶ。

 

 流す。

 

 止まらない。

 

 ミルコから叩き込まれた動きだった。

 

 獣には獣。

 

 理屈で追い付けないなら、本能に近付け。

 

 ステインの刃が通過する。

 

 出久は身体を捻り、天井近くの配管へ片足を掛ける。その反動で反対側へ飛び、路地の奥へ流れる。

 

「ほう」

 

 ステインが笑う。

 

 その目が細くなった。

 

 嬉しそうに。

 

 試すように。

 

「面白い」

 

 出久は答えない。

 

 余裕がない。

 

 心臓が暴れている。

 

 今だけなら。

 

 本当に今だけなら。

 

 速度では優位を取れていた。

 

 筋骨発条化。槍骨による方向転換。若さゆえの瞬発力。それらを総動員して、どうにか先手を取れている。

 

 だが。

 

(駄目だ……!)

 

 出久の額に汗が滲む。

 

 分かる。

 

 圧倒的に分かる。

 

 経験が違う。

 

 身体が覚えている量が違う。

 

 自分は教わったばかりだ。昨日、一昨日、その程度。

 

 対してステインは違う。

 

 何年も。

 

 何十人も。

 

 何百回も。

 

 殺し合いを繰り返してきた。

 

 動きそのものが洗練されている。

 

 獣でありながら、獣以上だった。

 

 だから、少しずつ。

 

 本当に少しずつ。

 

 距離が縮まっていく。

 

「っ……!」

 

 出久が壁を蹴る。

 

 ステインが追う。

 

 出久が方向転換する。

 

 ステインが追う。

 

 まるで影だ。

 

 離れない。

 

 振り切れない。

 

 そして、ついに。

 

「——!」

 

 出久の足が、砕けたブロックの欠片を踏んだ。

 

 ほんの僅か。

 

 コンマ一秒にも満たない乱れ。

 

 それだけだった。

 

 ステインは見逃さない。

 

 銀色の軌跡。

 

 出久は反射的に首を引いた。

 

 だが遅い。

 

 紙を裂くような音と共に、頬に熱が走った。

 

「っ!」

 

 着地。

 

 後退。

 

 距離を取る。

 

 頬から一筋の血が流れている。

 

 深くはない。

 

 本当に浅い傷。

 

 だが、その一滴で十分だった。

 

 飯田の顔色が変わる。

 

「緑谷君!!」

 

 叫ぶ。

 

「気を付けろ!!」

 

 声が裏返る。

 

「奴の個性の条件は血液の摂取だ!!」

 

 出久が目を見開く。

 

 その瞬間、嫌な予感が走った。

 

 遅かった。

 

 もう遅かった。

 

 ステインは既に動いていた。

 

 刀身についた赤い雫。

 

 出久の血。

 

 それをゆっくりと、まるで味わうように舌で舐め取っていた。

 

 路地が静まる。

 

 ステインの瞳が細くなる。

 

 獲物を品定めする捕食者の目だった。

 

 出久は反射的に距離を取ろうとする。

 

 壁を蹴る。

 

 脚へ力を込める。

 

 筋骨発条化を解放する。

 

 そう命じた。

 

 命じたはずだった。

 

 だが。

 

「——ぐっ」

 

 身体が動かなかった。

 

 脚が沈黙している。

 

 いや、脚だけではない。

 

 腕も、肩も、首も、指先さえ。

 

 まるで全身が見えない鋼鉄の枷で固定されたように、ぴくりとも反応しない。

 

 呼吸だけができる。

 

 視線だけが動く。

 

 それ以外は、何一つ。

 

「な……」

 

 出久の喉が震えた。

 

 心臓は暴れている。脳は命令を出している。それなのに身体が応えない。

 

 生まれて初めて味わう感覚だった。

 

 まるで自分の身体ではなくなったような、肉体だけが他人のものになってしまったような、圧倒的な違和感。

 

「緑谷君!!」

 

 飯田の悲鳴に近い声が響く。

 

 だが出久は振り返れない。視界の端でさえ確認できない。

 

 動かない。

 

 本当に。

 

 指一本、動かなかった。

 

 ステインは刀を下ろしたまま、静かに出久を見ていた。

 

 その目に先程までの獰猛な殺意はない。代わりにあるのは観察だった。評価、あるいは審査。そんな色が浮かんでいる。

 

 何を見たのか。

 

 何を判断したのか。

 

 分からない。

 

 だが、ステインの目から敵意が薄れていることだけは理解できた。

 

「お前は」

 

 ステインがゆっくりと口を開く。

 

「生かす価値がある」

 

 出久の目が見開かれる。

 

 予想外の言葉だった。

 

 だが安心などできない。

 

 目の前には、今まさに人を殺そうとしていた男がいる。

 

 そしてその男は、次の瞬間にはもう出久への興味を失っていた。

 

 まるで道端の石ころを見るのをやめるように。

 

 当然のように、自然な動作で、出久の横を通り過ぎる。

 

「ま、待て……!」

 

 叫ぶ。

 

 だが身体は動かない。

 

 腕を伸ばせない。

 

 掴めない。

 

 止められない。

 

 ステインは振り返りもしなかった。

 

 出久を素通りし、そのまま路地の入口側へ歩いていく。

 

 そこには、未だ硬直したままの飯田がいた。

 

 飯田の顔色が変わる。

 

「っ……!」

 

 逃げられない。

 

 動けない。

 

 それは本人が一番理解している。

 

 それでも、その瞳だけはステインを睨み続けていた。

 

 ステインはその前で立ち止まる。

 

 ゆっくりと刀を持ち上げる。

 

 鈍い光が刀身を走った。

 

「貴様は違う」

 

 静かな声だった。

 

 怒鳴りもしない。

 

 感情を爆発させるわけでもない。

 

 それなのに、飯田の顔から血の気が引いていく。

 

「私怨に溺れた」

 

 ステインが一歩近付く。

 

「救うべき者を見なかった」

 

 さらに一歩。

 

「ヒーローを名乗りながら、殺意を叫んだ」

 

 刀が肩の高さまで持ち上がる。

 

 出久は必死に身体へ命令を送った。

 

 動け。

 

 動け。

 

 頼むから動いてくれ。

 

 だが、身体は沈黙したままだった。

 

 ステインは飯田を見下ろす。

 

 その眼差しは冷酷だった。

 

 まるで判決を下す裁判官のように。

 

「故に」

 

 刀が振り上げられる。

 

 路地の空気が張り詰めた。

 

「貴様は偽物だ」

 

 出久の視界が揺れた。

 

 振り上げられた刀。

 

 飯田の硬直した身体。

 

 そして、その先にある結末。

 

 全部が見えている。

 

 全部が分かっている。

 

 なのに動けない。

 

 筋肉は命令を拒絶し、神経は沈黙し、まるで魂だけが身体の中へ閉じ込められてしまったようだった。

 

(動け……!)

 

 必死に念じる。

 

 腕を上げろ。

 

 一歩踏み出せ。

 

 槍骨を出せ。

 

 何でもいい。

 

 だが返ってくるのは沈黙だけだった。

 

 ステインの刀が、ゆっくりと振り下ろされようとする。

 

 飯田の目が見開かれる。

 

 その瞬間。

 

 出久の中で何かが切れた。

 

「──ッッッ!!」

 

 叫びにもならない咆哮だった。

 

 理性ではない。

 

 思考でもない。

 

 ただ目の前の人を助けたいという衝動だけが、身体の奥底へ叩き付けられる。

 

 筋骨発条化。

 

 本来なら全身の筋肉と骨格を連動させ、効率よく爆発的な出力を発揮する個性。

 

 だが今の出久は、制御などしていなかった。

 

 いや、できなかった。

 

 硬直した肉体へ無理やり電流を流し込むように。

 

 壊れることを前提に。

 

 限界を無視して。

 

 出力だけを叩き込む。

 

 筋肉が悲鳴を上げる。

 

 骨が軋む。

 

 関節が砕けそうな音を立てた。

 

 それでも、なお。

 

 出久は止めなかった。

 

「動けぇぇぇぇぇッ!!」

 

 ブチッ、と。

 

 身体のどこかで何かが切れた。

 

 次の瞬間、硬直していたはずの右脚が動く。

 

 いや、動いたというより、弾けた。

 

 制御を失った発条が解放される。

 

 爆発。

 

 路地の空気が破裂した。

 

「なに──」

 

 ステインの目が初めて大きく見開かれる。

 

 出久の身体が砲弾のように突っ込んだ。

 

 技ではない。

 

 構えでもない。

 

 ただ全体重と暴走した出力を乗せた体当たり。

 

 ステインは反射的に身を捻る。

 

 だが間に合わない。

 

 轟音。

 

 路地の壁が揺れた。

 

「ッ!!」

 

 出久の肩がステインへ激突する。

 

 鋼鉄のハンマーみたいな衝撃だった。

 

 二人の身体がもつれ合いながら吹き飛ぶ。

 

 アスファルトが砕ける。

 

 壁が迫る。

 

 そして、隣接する雑居ビルの外壁が内側から爆発した。

 

 コンクリートが吹き飛ぶ。窓ガラスが砕け散る。粉塵が噴き上がる。室内の机や棚がひっくり返り、轟音と共に二人の姿が瓦礫の中へ消えた。

 

「緑谷君!!」

 

 飯田の叫びが響く。

 

 だが返事はない。

 

 崩れ落ちる破片の音だけが続く。

 

 数秒。

 

 長い沈黙。

 

 やがて、瓦礫の山が動いた。

 

 コンクリート片が転がる。

 

 その中から最初に立ち上がったのは、ステインだった。

 

 額から血が流れている。

 

 服も破れていた。

 

 だが、その足取りは驚くほどしっかりしていた。

 

 肩を回し、首を鳴らし、まるで大した事故でもなかったみたいに立ち上がる。

 

「ハア……」

 

 吐息。

 

 その目は愉快そうだった。

 

「なるほど」

 

 粉塵の向こうを見る。

 

「個性の硬直を、出力だけで無理やり突破したか」

 

 一方、瓦礫の奥。

 

 出久は動けなかった。

 

 視界が真っ白だった。

 

 呼吸をするだけで肺が痛む。右肩が焼けるように熱い。脚は感覚がおかしい。腕も震えている。

 

 筋肉が裂けそうだった。

 

 いや、実際に何本か裂けているかもしれない。

 

 さらに最悪なことに、ステインの個性は終わっていなかった。

 

 身体はまだ重い。神経は鈍い。無理やり動かした反動で、全身が悲鳴を上げている。

 

「が……ぁ……!」

 

 息を吸う。

 

 激痛。

 

 吐く。

 

 激痛。

 

 動こうとする。

 

 さらに激痛。

 

 筋骨発条化を暴発させた代償が、一気に押し寄せてきていた。

 

 目の前が霞む。

 

 吐き気がする。

 

 それでも。

 

 それでも立たなければならない。

 

 飯田はまだ生きている。

 

 まだ終わっていない。

 

 出久は血の味を噛み締めながら、震える指を瓦礫へ掛けた。

 

 その様子を見下ろしながら、ステインはゆっくりと新しい刀を構える。

 

 その獣じみた笑みは、先程よりさらに深くなっていた。

 

 粉塵の向こうで、出久は一度だけ目を動かした。

 

 飯田は見えない。

 

 崩れた壁と折れた棚、舞い上がった灰色の粉が視界を遮っている。路地からこちらを覗き込む角度も潰れていた。

 

 外のサイレンと怒号は聞こえるが、このビルの中には人の気配がない。

 

 空きテナント。

 

 運がいい。

 

 いや、ここまで含めて、誰かの盤面なのかもしれない。

 

「……っ」

 

 出久は瓦礫に指を立てる。

 

 硬直はまだ残っている。

 

 筋骨発条化の暴発で身体の内側は焼けるように痛み、右肩はまともに上がらない。けれど、飯田の視線は切れている。ステイン以外には見られていない。

 

 今しかない。

 

 もう、手段を選んでいられない。

 

(……使う)

 

 出久は奥歯を噛み締めた。

 

 AFOから与えられた力。

 

 使えば戻れなくなるかもしれない力。

 

 ヒーローとして胸を張れなくなるかもしれない力。

 

 それでも、ここで使わなければ飯田は死ぬ。

 

「……う、あ……」

 

 喉から漏れた声は、自分のものとは思えなかった。

 

 まず、槍骨。

 

 いつものように腕から一本、二本ではない。

 

 背中から。

 

 肩から。

 

 肋骨の隙間から。

 

 前腕から。

 

 脚部から。

 

 無数の骨が、皮膚を突き破るようにせり出した。

 

 白い骨槍は外へ伸びきる前に細かく枝分かれし、折り重なり、鱗のように全身を覆っていく。ヒーロースーツの装甲が内側から押し広げられ、縫い目が裂け、金具が弾けた。

 

「……なんだ」

 

 ステインの目が細くなる。

 

 出久は止まらない。

 

 次。

 

 筋肉が膨張する。

 

 骨格が軋む。

 

 手足が一回り太くなり、背中が盛り上がり、首から肩にかけて異様な厚みが生まれる。呼吸のたびに肋骨が外側へ押し開かれ、体内から別の生き物が這い出そうとしているようだった。

 

 痛い。

 

 痛い。

 

 痛い。

 

 だが、動く。

 

 動ける。

 

 それだけで十分だった。

 

「が、あああ……ッ!」

 

 出久の身体が、さらに肥大化する。

 

 少年の輪郭が崩れていく。

 

 緑のヒーロースーツは裂け、黒いインナーと骨の外殻が露出し、全身を覆う白い骨鱗の隙間から膨れ上がった筋肉が覗く。指先からは鉤爪のような骨が伸び、背中には槍の束じみた突起が並んだ。

 

 ヒーローではない。

 

 少なくとも、今の姿はそう呼べるものではなかった。

 

 怪物。

 

 その言葉が、あまりにも似合っていた。

 

 出久は荒い呼吸の中で、ステインを見据える。

 

 声を出す余裕はない。

 

 だが、視線だけで告げる。

 

 飯田君には行かせない。

 

 ステインは刀を構えたまま、獣のように笑った。

 

「いいぞ」

 

 その声には、狂気じみた歓喜が滲んでいた。

 

「まだ奥があったか」

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