翌日。
雄英高校、一年A組の教室は、いつもより少しだけ落ち着かなかった。
保須市で起きた連続ヴィラン事件の影響は、当然のように生徒達の間にも広がっていた。職場体験先で事件に巻き込まれた者、ニュースで初めて知った者、プロヒーロー達の動向を気にする者。声の大きさこそ普段と変わらないが、会話の端々には昨日の異常事態への緊張が滲んでいる。
その中で、出久は自分の席に座り、机の下に隠すようにスマートフォンを操作していた。
画面の光を周囲に見られないよう、膝の上で角度を調整する。検索欄には、もう何度打ち込んだか分からない単語が並んでいた。
ヒーロー殺し。
ステイン。
保須。
死亡。
逮捕。
目撃情報。
昨夜から何度も繰り返した検索だった。ニュースサイト、速報欄、SNS、動画投稿サイト、匿名掲示板の断片的な書き込みまで、見られる範囲は全部見た。それでも、出てくるのは保須市での連続ヴィラン発生事件ばかりだった。
大型ヴィランの出現。
複数ヒーローの出動。
市街地の被害。
市民の避難。
そして、そこにいるはずの名前だけがない。
ヒーロー殺しステイン。
昨日、あの路地裏で確かに死んだ男の名前は、どこにもなかった。
「……」
出久は唇を噛む。
見つからないことに、胸のどこかが安堵している。
その事実に、また胃の奥が冷たくなった。
見つかってほしいわけではない。けれど、見つからないことを喜んでいいはずもない。誰かが死んだ。その死体が消えた。自分はそれを知っている。知っているのに、黙って席に座り、何食わぬ顔で教室にいる。
スマートフォンを握る指が、じっとりと汗ばんだ。
その時だった。
ぽん、と肩を叩かれた。
「!」
出久はびくりと身体を跳ねさせ、反射的にスマートフォンを机の奥へ押し込む。
振り返ると、そこには飯田天哉が立っていた。
腕には包帯が巻かれている。制服の袖口から覗く白い布が、昨日の出来事を嫌でも思い出させた。
「緑谷君」
飯田は真面目な顔で、けれどどこか申し訳なさそうに出久を見ていた。
「昨日は、本当にありがとう」
飯田は真っ直ぐに出久を見つめながら、深く頭を下げた。
「昨夜の電話でも礼は伝えたが、やはり直接言いたかった。君が来てくれなければ、僕は今ここに立っていない。あの時の僕は兄のことしか見えておらず、ヒーローとしてあるまじき行動を取ってしまった」
包帯の巻かれた腕へ一瞬だけ視線を落とし、飯田は自嘲気味に息を吐く。
「君は命懸けで僕を止めてくれた。それだけでなく、ステインとも戦ってくれた。君には感謝してもしきれない。本当にありがとう、緑谷君」
出久は返事をしようとして、喉が詰まった。
ありがとう。
その言葉が、胸に鋭く突き刺さる。
飯田は、自分が助けられたと思っている。
目の前にいる友人は何も知らない。ただ純粋に、自分の無事と、自分が駆け付けてくれたことを喜んでいる。
だからこそ、その感謝を受け止める資格が自分にはないように思えた。
「ぼ、僕は……」
出久は小さく首を振り、視線を逸らした。
「そんな、大したことは……」
自分でも情けないほど弱々しい声だった。
飯田はその様子を見つめ、静かに眉を寄せる。
「緑谷君」
「……」
「昨日から君の様子が、どうにも気になっている。電話でも感じたのだが、何か──」
そこまで言いかけた時だった。
教室の扉が勢いよく開く。
「席に着け」
気怠そうな声と共に、相澤が寝袋を肩に担いで教室へ入ってきた。
一瞬で教室の空気が切り替わり、談笑していた生徒達も慌てて自分の席へ戻っていく。
飯田も口を閉ざし、教卓へ視線を向けた。
「……すまない。今は時間がないようだ」
そう言って眼鏡を軽く押し上げると、出久へ小さく頷く。
「改めて礼を言わせてくれ。本当にありがとう」
それだけを残し、飯田は自分の席へ戻っていった。
出久は何も答えられなかった。
離れていく飯田の背中を見送りながら、机の中で握り締めたスマートフォンに力が入る。
飯田は何かを感じ取っている。
それでも何も聞かなかった。
その優しさが、今の出久には責められるよりもずっと苦しかった。
一時間目は、ほとんど頭に入らなかった。
相澤の声は確かに聞こえている。黒板へ書かれていく文字も見えている。それなのに、そのどれ一つとして意味を結ばない。
ノートは開いたまま。
シャープペンシルは手に握ったまま。
気が付けば、同じ場所へ何本もの線を引いていた。
脳裏へ浮かぶのは昨日の出来事ばかりだった。
ステインの亡骸。
AFOの穏やかな声。
飯田の「ありがとう」。
その三つが何度も何度も頭の中で繰り返される。
何か質問されたような気がして顔を上げると、すでに別の話題へ移っていた。教室では時折笑い声まで上がっている。普段通り授業を受けているクラスメイト達と、自分だけがまるで別の世界に取り残されているようだった。
やがて終了を告げるチャイムが鳴る。
出久はほとんど反射的に立ち上がった。
「相澤先生」
教卓へ近付くと、相澤は眠たそうな目をこちらへ向ける。
「ん?」
「今日なんですけど……職場体験の関係で申請していた公欠を使わせてもらいます」
「ああ、聞いてる」
相澤は特に疑う様子もなく頷いた。
「ミルコの方は固定の事務所がないからな。手続き上は公欠扱いになってる。気を付けて行け」
「はい」
その一言だけ返すと、出久は教室を後にした。
背中へクラスメイト達の視線を感じた気がしたが、振り返る余裕はなかった。
校舎を出ると、六月の風が頬を撫でた。
教室の重苦しい空気から解放されたはずなのに、胸のつかえは少しも軽くならない。出久は俯いたまま校門を抜け、昨日ミルコと待ち合わせる予定だった場所へ向かって歩き始めた。
その時だった。
ポケットの中でスマートフォンが短く震える。
「……?」
立ち止まって画面を見ると、差出人の名前に思わず目を見開いた。
『ミルコ』
慌ててメッセージを開く。
『悪い! 昨日とっ捕まえたヴィランの調書でしばらく手が離せなくなった。今日は朝から警察に缶詰だ。今日の職場体験は無し! 埋め合わせは今度きっちりしてやるから、今日は休みにしとけ!』
文面はいつものミルコらしく豪快だった。
仕事が入ったのなら仕方がない。
本来なら、その時点で学校へ戻るべきなのだろう。
職場体験が中止になったことを相澤へ連絡し、残りの授業を受ける。それが一番正しい。
出久はスマートフォンを握ったまま立ち尽くした。
「……戻る」
小さく呟く。
だが、その言葉とは裏腹に足は動かなかった。
今さら教室へ戻れば、どうして戻ってきたのか説明しなければならない。
飯田とも顔を合わせる。
クラスメイト達の何気ない会話も聞かなければならない。
そして何より、何事もなかったように机へ座る自分を想像しただけで、胸が締め付けられた。
「……」
結局、出久は画面を消した。
職場体験は中止。
それでも公欠はそのまま。
学校へ戻ることもせず、一日を過ごそうとしている。
「ずる休みだ……」
乾いた笑いが漏れた。
生まれて初めてだった。
仮病を使ったこともない。
授業をさぼったこともない。
真面目だけが取り柄だった自分が、公欠という制度を利用して学校を休んでいる。
昨日、人を殺した。
その死体を隠した。
そして今日は学校をさぼっている。
まるで坂道を転げ落ちるように、自分が少しずつ変わっていく気がした。
「最低だな……」
誰に聞かせるでもなく呟く。
もう学校へ戻る気力は残っていなかった。
だからといって、家へ帰る気にもなれない。
出久は行き先も決めないまま駅へ向かい、最初にやって来た電車へ乗り込んだ。
窓の外を流れていく景色をぼんやりと眺める。
途中で乗り換え、また別の路線へ移る。
どこへ向かっているのか、自分でも考えていなかった。
ただ、止まってしまえば昨日のことばかり考えてしまう気がして、電車に揺られ続けていた。
何度目かの乗り換えを終え、ホームへ降り立った時だった。
駅名表示が視界に入る。
そこに書かれていた文字を見た瞬間、出久は息を止めた。
「……保須」
無意識だった。
気付けば、自分は昨日全てが始まり、全てが終わった街へ戻ってきていた。
駅を出ると、昨日と変わらない保須の街並みが広がっていた。
事件の翌日とは思えないほど、人通りは戻りつつある。営業を再開した店からは呼び込みの声が聞こえ、信号待ちをする会社員や買い物袋を提げた主婦達が行き交っていた。
日常は、何事もなかったかのように動き始めている。
その光景が、出久にはひどく現実味のないものに思えた。
昨日、この街で何人ものヴィランが暴れ、多くのヒーローが命懸けで戦った。その一角では、自分が人を殺した。
それなのに街は平然と呼吸を続けている。
「……」
出久は人混みを避けるように歩き始めた。
足取りに目的はない。
そう思っていたはずなのに、曲がる角も、渡る横断歩道も、身体は迷うことなく選んでいく。
昨日、飯田を追って走った道。
ステインと遭遇した裏路地へ続く細い通り。
記憶が足を動かしていた。
やがて人通りは少なくなり、見覚えのある路地が視界へ入る。
路地裏にゆっくりと足を踏み入れる。
血の臭いはもうない。
血の痕は清掃され、昨夜までの惨状を知る者でなければ、ここで何が起きたのか想像することすら難しいだろう。
それでも出久には見えてしまう。
壁にもたれた飯田。
瓦礫の中へ吹き飛ばされるステイン。
そして、自分の拳。
耳鳴りのように昨日の音が蘇る。
無意識のうちに呼吸が浅くなっていた。
出久はさらに奥へ歩みを進める。
建物を貫通しながら突進した時に開いた穴は、すでに黄色と黒の規制テープで囲まれていた。
破壊された壁は応急的に鉄板で塞がれ、その周囲には工事用のフェンスが設置されている。
入口には一枚の大きな張り紙が貼られていた。
『昨日発生したヴィラン事件の影響により建物の安全性が確認できていません。危険ですので立ち入りを禁止します』
その文字を、出久は黙って見つめる。
ヴィラン事件。
確かに間違いではない。
昨日、この一帯では複数のヴィランが暴れ、多くの被害が出た。
だから、この建物もその被害の一つとして処理されたのだろう。
誰も知らない。
この壁を砕き、柱をへし折り、何枚もの壁を突き破ったのが、一人の雄英高校一年生だったことを。
誰も知らない。
その最奥の路地で、一人の男が命を落としたことを。
そして、その遺体すら今はもう存在しないことを。
出久はフェンス越しに建物の奥を見つめた。
あの先だった。
最後にステインが倒れた場所。自分が心臓マッサージを繰り返し、AFOへ電話を掛けた場所。今では規制テープの向こう側に隠れ、工事用シートが風に揺れているだけだった。
「……本当に」
小さく呟く。
「何も、残ってないんだ……」
まるで昨日の出来事そのものが、この街から切り取られてしまったかのようだった。
「気になるんですか?」
背後から声がした。
「っ!?」
出久は弾かれたように振り返る。
いつの間にそこにいたのか、路地の入口近くに一人の少女が立っていた。高校生くらいに見える。制服姿で、両側のお団子髪は彼岸花の花弁みたいに所々跳ねており、ふわりと揺れるたびに奇妙な華やかさを帯びていた。
何より印象的だったのは、にこにこと笑う口元から覗く、鋭く尖った剣歯だった。
「気になりますよね」
少女は軽い足取りで近付いてくる。
「ヴィランの事件現場」
「……あ、いや」
出久は慌てて視線を逸らした。
「別に、そういうわけじゃ……」
「そうなのですか?」
少女は首を傾げる。
その仕草は無邪気だった。
けれど、距離の詰め方が妙に自然すぎる。人と人との間にあるはずの警戒線を、まるで最初から知らないみたいに踏み越えてくる。
「でも、ずっと見てましたよね。張り紙」
出久の肩が強張る。
見られていた。
どこから、いつから、どれくらい。
そんな疑問が一気に頭の中へ浮かんだが、出久はそれを表に出さないよう、必死に呼吸を整えた。ここで動揺すれば、余計に怪しまれる。そう分かっているのに、胸の奥では心臓が嫌な音を立てていた。
「……昨日、ニュースで見たから」
出久は、なるべく自然に聞こえるように答えた。
「保須でヴィラン事件があったって。それで、たまたま近くを通ったから……少し気になっただけ」
「へえ」
少女は笑ったまま、出久の顔をじっと見つめる。大きな目が、こちらの表情の揺れを一つも逃さないように見えて、出久は思わず視線を逸らしそうになった。
「じゃあ、ここで何があったか知ってますか?」
「……何が、って」
「この場所です。この建物。この路地。この壊れ方」
少女はフェンスの向こうへ視線を向け、張り紙の文字を指先でなぞるような仕草をした。
「知ってます?」
出久の喉が乾く。
知らないと言えばいい。
何も知らない一般人のふりをすればいい。
そう思うのに、舌が上手く動かない。
「……ヴィランが」
ようやく絞り出した声は、自分でも少し硬かった。
「ヴィランが暴れたんじゃないかな。ニュースでもそう言ってたし……たぶん、その時に壊れたんだと思う」
「ふうん」
少女は納得したように頷いた。
そして次の瞬間、にんまりと笑った。
口元が裂けたように大きく広がり、鋭い剣歯が昼の薄い光を受けて白く光る。その笑みは、さっきまでの無邪気な少女のものとは少し違っていた。楽しそうで、嬉しそうで、同時にひどく危うい。
「……え?」
少女は制服のポケットからスマートフォンを取り出した。
出久の心臓が跳ねる。
嫌な予感がした。理由などない。ただ、身体の奥が先に答えを知っているみたいに冷えていく。
少女は慣れた手つきで画面を操作し、何かの動画を開いた。
「これ、見たことありますか?」
少女が差し出した画面には、出久の知らない動画サイトが開かれていた。国内の大手サイトでも、普段クラスメイト達が使っている投稿アプリでもない。黒を基調にした簡素な画面で、再生数や投稿日らしき数字が並んでいるものの、サイト名にも投稿者名にも覚えがなかった。
そして、動画の説明欄にはこう書かれていた。
『正義の執行者ステインの最期』
その一文を読んだ瞬間、出久の視界がぐらりと歪んだ。
「……な」
声が出ない。
喉の奥が塞がり、舌が痺れたように動かなくなる。少女はそんな出久の反応を楽しむように、スマートフォンを少しだけ近付けてきた。
「すごいタイトルですよね。最期」
軽い声だった。
まるで珍しい動画を友達に見せる時のような調子で、少女は再生ボタンを押した。
画面の中で、暗い路地が揺れる。
映像はひどく荒かった。遠くから撮られているらしく、瓦礫や壊れた壁の陰が画面の大半を占めている。それでも、そこに映っているものを見間違えることはできなかった。
白い鱗に覆われた巨躯の怪物。
裂けたヒーロースーツの残骸。
肥大化した腕。
骨の外殻。
そして、その足元でなおナイフを突きつけようとしている、血塗れのステイン。
出久の呼吸が止まった。
動画の中の怪物が動く。ステインへ飛びかかり、異形の拳を振り下ろす。音声は乱れていて、風切り音と撮影者の息遣いが混じっていたが、それでも殴打の音だけは異様にはっきり聞こえた。
鈍い音。
骨鱗に覆われた拳が、人体へ叩き込まれる音。
画面の中のステインが地面へ押し潰される。怪物は止まらない。拳を引き上げ、もう一度振り下ろし、さらにもう一度叩きつける。画面の端で何かが跳ね、壁に血が散り、ステインの身体が力なく崩れていく。
出久は目を逸らせなかった。
逸らしたかった。
見たくなかった。
けれど、画面の中に映る怪物の動きから、自分の恐怖も、焦りも、止まれなかった瞬間も、全部が嫌になるほど分かってしまう。
あれは自分だ。
誰が何と言おうと、自分だった。
「……やめて」
ようやく漏れた声は、ほとんど息に近かった。
少女は動画を止めない。
画面の中で、最後の一撃が入る。ステインの身体が壁へ叩きつけられ、ずるりと崩れ落ちたところで映像は終わった。再生画面にはサムネイルと説明欄が戻り、『正義の執行者ステインの最期』という文字だけが残る。
「これ、昨日の夜に上がってたのです。何回も見ちゃいました」
少女はスマートフォンを胸元へ引き寄せ、にこにこと笑った。
「……そんな動画、どこに」
出久の声は掠れていた。
少女は嬉しそうに目を細める。
「ディープウェブって知ってますか? 普通じゃ見れないサイトがあるのです。検索しても出てこない、でも欲しい人はちゃんと辿り着ける、そういう場所」
出久は返事も忘れて画面を見つめた。動画に映る怪物の顔、裂けたスーツ、身体の輪郭、周囲の建物、反射したガラス。どこかに緑谷出久だと分かる情報が映っていないか、必死に探す。
幸い、顔は骨鱗と影で潰れている。制服も原形を留めていない。声も咆哮のように歪み、撮影位置も遠い。少なくとも、この映像だけで「緑谷出久」と断定できるものは見当たらなかった。
そのはずだった。
「これ、君ですよね」
出久の心臓が止まりかける。
少女は一歩近付き、甘い声で続けた。
「緑谷出久君」
反射だった。
出久の手が伸びる。自分で考えるより早く、制服の胸元を掴んでいた。
「どうして……!」
声が裏返る。
少女の身体が壁へ叩き付けられた。ドン、と鈍い音が路地に響き、張られていた規制テープがわずかに揺れる。出久はその瞬間、自分が何をしたのか理解して血の気が引いたが、手は離れなかった。
「どうして僕の名前を知ってるんだ……!」
問い詰める声は、ほとんど悲鳴に近かった。
だが少女は怯えなかった。
苦しそうにするどころか、壁に押し付けられたまま、さらに嬉しそうに笑った。鋭い剣歯が覗き、目が細くなる。その表情は、暴力に晒された恐怖ではなく、待ち望んでいたものに触れた喜びに近かった。
「わあ」
少女は小さく息を漏らす。
「やっぱり、やっぱり! 君なのですね」
「答えろ!」
「そんなに怖い顔しないでください。いまの君、動画の中の怪物さんみたいです。素敵過ぎて、好きになっちゃう」
出久の指に力が入る。
自分でも危ないと分かっていた。昨日と同じだ。怖くて、追い詰められて、何かを隠そうとして、また手が先に動いている。
少女は片手でスマートフォンを持ち上げると、掴まれたまま器用に画面を操作した。
「でも、名前が書いてあったわけじゃないのです。ほら」
動画ページを開いたまま、少女は概要欄を下へスクロールする。
出久は息を呑んだ。
そこには、長い説明も、場所の指定も、撮影者の名前もなかった。
ただ一言。
『集え』
それだけが、黒い画面の中に白く表示されていた。
「……集え?」
「そうです。すごく曖昧ですよね。だから、探しました」
少女は楽しげに言った。
「背景の看板、壁の落書き、壊れたビルの形、路地の幅、規制テープの貼り方。動画を何度も止めて、地図と照らして、ニュース映像も見て、昨日の保須の事件現場を一つずつ潰していったのです」
出久の喉が乾く。
少女は胸元を掴まれたまま、まるで宝探しの成果を自慢する子供のように笑っていた。
「そしたら、ここに辿り着きました」
「……なんで、そこまで」
「気になったからです」
少女は即答した。
「ステ様を殺した怪物さん。正義の執行者の最期。そんなものを見せられたら、気になるに決まってるじゃないですか」
出久は震える手をようやく離した。
少女の身体が壁から解放される。だが彼女は逃げない。制服の胸元を軽く直し、壁についた埃を払うだけで、相変わらずにこにこと出久を見上げていた。
「それで、来てみたら君がいたのです」
少女は唇を吊り上げる。
「張り紙を見て、泣きそうな顔で立っている雄英の緑谷出久君が」
出久は一歩後ずさった。
少女は追い詰めるように一歩近付く。
「偶然だと思いますか?」
その問いに、出久は答えられなかった。胸の奥で、昨日からずっと続いていた嫌な予感が、さらに深く沈んでいく。