間違えずに、失う者たち   作:助兵衛

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第5話 個性『槍骨』

 重い駆動音と共に、試験会場へ続く巨大ゲートが開いていく。

 

 外から吹き込んできた風が、受験生たちの制服を揺らした。

 

 その先に広がっていたのは、巨大な仮想市街地だった。

 

 高層ビル群。

 信号機。

 道路。

 立体交差。

 崩れた瓦礫まで精巧に再現された、まるで本物の都市。

 

 そして——静かだ。

 

 異様なほどに。

 

 人の気配はなく、代わりに遠くから機械音だけが響いている。

 

 受験生たちは、ゲート前で一斉に身構えていた。

 

 緊張。

 興奮。

 焦燥。

 

 それらが混ざり合い、空気そのものを熱くしている。

 

 出久もまた、列の中で拳を握っていた。

 

 心臓が速い。

 

 プレゼント・マイクの声が、スピーカー越しに響く。

 

『いいか受験生諸君!! ヒーローってのはァ!!』

 

 一拍。

 

『スタートの瞬間から先手必勝だァ!!』

 

 次の瞬間。

 

『——始めェッッ!!』

 

 爆発した。

 

 受験生たちが、一斉に駆け出す。

 

 地面を蹴る音。

 叫び声。

 個性発動の閃光。

 

 風圧が吹き荒れる。

 

「うおおおおっ!!」

 

 誰かが跳躍した。

 

 別の誰かが炎を噴き上げる。

 

 巨大化する者。

 高速で走り出す者。

 武器を生成する者。

 

 皆、我先にと仮想街へ散らばっていく。

 

 すでに遠方では爆発音が響いていた。

 

 ロボットが破壊される金属音。

 瓦礫が崩れる音。

 歓声。

 

 実技試験は、もう始まっている。

 

「……っ!」

 

 出久も地面を蹴った。

 

 走る。

 

 周囲の受験生たちに遅れないように。

 

 ビル街へ飛び込む。

 

 風が頬を叩く。

 

 頭の中では、これまで叩き込んできたヒーロー分析が高速で回転していた。

 

 ロボの行動パターン。

 市街地戦。

 索敵。

 効率的な移動。

 

 点数を稼ぐなら、まず敵を見つけなければならない。

 

「どこだ……!」

 

 交差点を曲がる。

 

 遠くで爆発。

 

 別方向から衝撃音。

 

 もう戦闘は始まっている。

 

 焦りが胸を焼く。

 

 他の受験生たちは、もうロボを倒しているのかもしれない。

 

 出遅れれば、その分だけ不利になる。

 

「落ち着け……!」

 

 自分へ言い聞かせるように呟く。

 

 呼吸を整える。

 

 視線を動かす。

 

 ビルの陰。

 路地裏。

 高架下。

 

 ロボはどこだ。

 

 その時。

 

 遠方で、警告音のような電子音が鳴った。

 

 出久の目が、そちらを向く。

 

 ガシャン、と。

 

 重い金属音が路地の奥から響いた。

 

「……っ!」

 

 出久の身体が強張る。

 

 次の瞬間、建物の陰から“それ”が姿を現した。

 

 一点ロボ。

 

 雄英入試用の、最も基本的な仮想敵。

 

 サイズは人間より一回り大きい程度。

 丸みを帯びた機体。

 量産型らしい単純なシルエット。

 

 一番弱い敵だ。

 

 そのはずだった。

 

 だが。

 

「……ぁ」

 

 出久の喉が、引き攣った。

 

 ロボは、ゆっくりとこちらを向く。

 

 ギギギ、と駆動音。

 

 頭部センサーが赤く発光する。

 

 機械の視線。

 

 それが、自分を捉えた。

 

 同時に、ロボの腕部が変形する。

 

 無骨な金属音を立てながら展開されたのは、鈍く光る大型の打撃武器だった。

 

 人を殴り潰すためだけに作られたような形状。

 

 訓練用。

 仮想敵。

 安全設計。

 

 そんな知識が、一瞬で吹き飛ぶ。

 

 怖い。

 

 目の前のそれは、明確に“敵”だった。

 

 無機質で。

 容赦がなく。

 躊躇なくこちらへ向かってくる。

 

 センサーが点滅する。

 

 ターゲット認識音。

 

 ギュイン、とモーターが唸った。

 

「っ……!」

 

 出久は思わず一歩後退る。

 

 靴裏がアスファルトを擦った。

 

 頭では分かっている。

 

 一点ロボ。

 

 最弱。

 

 ここで倒せなければ話にならない。

 

 周囲では、今も受験生たちがロボを破壊している。

 爆発音が響くたび、自分だけ取り残されていく気がした。

 

 なのに。

 

 身体が、動かない。

 

 ロボが一歩踏み出す。

 

 重い足音。

 

 金属が擦れる音。

 

 それだけで、心臓が跳ねる。

 

「動け……!」

 

 喉の奥で、掠れた声が漏れる。

 

 だが、膝は震えたままだった。

 

 ロボがさらに距離を詰める。

 

 赤いセンサーが、瞬き一つせず出久を見据えている。

 

 武器が持ち上がる。

 振り下ろされれば終わりだ、と本能が叫んでいた。

 

 なのに。

 

 身体は硬直したまま動かない。

 

 怖い。

 怖い怖い怖い。

 

 無個性だった頃の記憶が、脳裏を埋め尽くす。

 

 爆轟に怒鳴られた記憶。

 ヴィラン事件の映像。

 瓦礫。

 血。

 泣き叫ぶ人々。

 

 自分は、いつだって見ているだけだった。

 

 助けられる側だった。

 

 だから。

 

 目の前の“仮想敵”を前にした瞬間、身体が理解してしまった。

 自分は助ける側の人間ではない、と。

 

 その時だった。

 

『君は、ヒーローになれる』

 

 声。

 

 不意に、脳の奥で響く。

 

 低く。

 穏やかで。

 優しい声。

 

 出久の瞳が揺れた。

 

「……っ」

 

 AFO。

 

 地下施設の白い部屋。

 生命維持装置。

 焼け爛れた肉体。

 

 あの男の声が、記憶ではなく“現在”として耳元へ蘇る。

 

 ロボが迫る。

 

 だが。

 

 その恐怖を、別の恐怖が塗り潰していく。

 

 生命維持装置の駆動音。

 黒い穴。

 あの底知れない存在感。

 

 目の前のロボよりも遥かに恐ろしい“本物のヴィラン”を、出久は知ってしまっていた。

 

『緑谷出久君』

 

 優しく諭すような声。

 

『君には、僕のお気に入りの個性を貸してあげよう』

 

 瞬間。

 

 出久の右手に、熱が走った。

 

 骨が軋む。

 皮膚の下で形が組み変わる。

 掌の中央が裂け、そこから白い骨が滑り出す。

 

 鋭利な槍状の骨。

 

 滑らかな乳白色の表面には、金属じみた硬質な光沢があった。

 

 個性——“槍骨”。

 

 初めて発現した時のような混乱は、もうない。

 

 数か月。

 

 地下施設で繰り返された訓練。

 

 骨生成速度。

 硬度調整。

 射出角度。

 貫通力。

 

 AFOと志賀の監督下で、出久はこの異形の個性を徹底的に叩き込まれていた。

 

 何度も血を流した。

 何度も骨を折った。

 

 それでも。

 

 今、掌から伸びる骨槍は、ほとんど反射のように形成されている。

 

 ロボが武器を振り上げる。

 

 赤いセンサーが点滅した。

 

 警告音。

 

 モーター駆動音。

 

 だが。

 

 出久は、もう後退らなかった。

 

『恐怖を制御したまえ、緑谷出久君。なにせ時間がないからね、手荒に教育していく』

 

 脳裏に響く、AFOの声。

 

『君が恐怖を感じる度、君に罰を与える』

 

『君が目標を達成出来ない度に、君に罰を与える』

 

『さあ、制御したまえ。恐怖を、個性を……』

 

 出久の呼吸が、静かに整う。

 

 怖い。

 

 それは変わらない。

 

 目の前の仮想敵は、依然として恐ろしい。

 

 だが。

 

 地下施設で見てきたもの。

 

 生命維持装置の中の男。

 

 人間を改造する実験設備。

 

 個性を奪い、与える“黒い穴”。

 

 それらに比べれば、このロボはまだ理解可能な存在だった。

 

 出久の瞳が、ロボの挙動を捉える。

 

 右肩駆動部。

 

 重心移動。

 

 武器の振り上げ角。

 

 脳内で、分析が高速回転する。

 

「——遅い!」

 

 地面を蹴った。

 

 ロボの打撃が振り下ろされる。

 

 轟音。

 

 アスファルトが砕け、破片が舞う。

 

 だが、その瞬間にはもう、出久は横へ回り込んでいた。

 

 視界の端で、ロボのセンサーがこちらを追従する。

 

 追いつけていない。

 

 機械的な動作。

 

 単純な索敵。

 

 読める。

 

 出久は走りながら右手を突き出した。

 

「——槍骨ッ!」

 

 骨槍が、一気に伸長する。

 

 空気を裂く白い閃き。

 

 ズドンッ!! 

 

 骨槍がロボの胸部装甲を正面から貫いた。

 

 金属が裂ける。

 

 火花。

 

 内部機構の破断音。

 

 センサーが激しく点滅する。

 

 出久はそのまま踏み込み、さらに力を込めた。

 

「ぁあああッ!!」

 

 骨槍が深く食い込む。

 

 内部ユニットを貫通。

 

 次の瞬間。

 

 ガシャァンッ!! 

 

 一点ロボが大きな金属音を響かせ、地面へ崩れ落ちた。

 

 沈黙。

 

 白煙。

 

 火花を散らしながら、ロボの赤いセンサーが消灯する。

 

 出久は、荒い呼吸のまま立ち尽くした。

 

「……倒、した」

 

 自分の声が、少し震えている。

 

 だが。

 

 身体は動いていた。

 

 戦えた。

 

 遠くで、爆発音が響く。

 

 我に返ったように、出久は顔を上げた。

 

 試験は、まだ終わっていない。

 

「……っ!」

 

 骨槍を引き抜く。

 

 砕けたロボの残骸が、重い音を立てて崩れ落ちた。

 

 掌から伸びる白い骨は、まだ維持されている。

 

 出久は呼吸を整えた。

 

 怖い。

 

 だが。

 

 今の自分には、戦う手段がある。

 

 それだけで、世界の見え方が変わっていた。

 

 地面を蹴る。

 

 再び、市街地を駆け出した。

 

 交差点を抜ける。

 

 視線を巡らせる。

 

 ロボの配置。

 音源。

 受験生たちの戦闘位置。

 

 脳内で情報が整理されていく。

 

「二点ロボなら、あっち……!」

 

 高架下。

 

 機械音。

 

 出久は迷わず進路を変えた。

 

 次の瞬間。

 

 物陰から二点ロボが飛び出してくる。

 

 大型。

 

 一点ロボより厚い装甲。

 

 腕部には回転式の打撃機構。

 

 だが。

 

 もう、立ち止まらない。

 

 ロボが振り向くより先に、出久は踏み込んでいた。

 

「槍骨!」

 

 掌から伸びた白い槍が、一直線に突き出される。

 

 ガギィンッ!! 

 

 装甲表面で火花が散る。

 

 硬い。

 

 一点ロボより明らかに防御が厚い。

 

 だが。

 

 出久の頭の中では、既に分析が終わっていた。

 

「関節部——!」

 

 横へ回り込む。

 

 ロボの追従は遅い。

 

 脚部駆動軸。

 

 そこへ、骨槍を突き込む。

 

 破断音。

 

 バランスを崩したロボへ、更に追撃。

 

 頭部センサーを貫通。

 

 爆発。

 

 二点ロボが倒れる。

 

「次……!」

 

 止まらない。

 

 出久は更なるポイントを求め、仮想市街を走り続けた。

 

 遠方では他の受験生たちも戦っている。

 

 炎。

 爆発。

 衝撃波。

 

 皆、自分の個性を振るい、点数を稼いでいる。

 

 その中へ、出久も混ざっていた。

 

 骨槍を振るうたび、ロボが砕ける。

 

 三点ロボ。

 

 二体同時。

 

 出久はビル壁面を蹴って立体的に移動し、死角から骨槍を突き立てた。

 

 火花。

 

 金属破断。

 

 悲鳴のような警告音。

 

 倒れる。

 

 また次。

 

 気づけば、恐怖より先に身体が動いていた。

 

 止まれば——追いつかれる。

 

 自分より強い受験生たちに。

 期待に。

 恐怖に。

 

 出久は歯を食いしばり、さらに加速した。

 

 その時だった。

 

 ——ゴゴゴゴゴゴ、と。

 

 地鳴りのような音が響いた。

 

「……え?」

 

 出久が顔を上げる。

 

 遠方。

 

 ビル群の向こう。

 

 巨大な影が、ゆっくりと姿を現していた。

 

 高い。

 

 あまりにも。

 

 周囲の建物と比較しても異様な巨体。

 

 受験用ロボなど比較にならない。

 

 圧倒的な質量。

 

 そして。

 

 ズガァンッ!! 

 

 巨大な腕が、ビル外壁へ叩き込まれた。

 

 コンクリートが爆散する。

 

 窓ガラスが砕け散り、瓦礫が雨のように降り注ぐ。

 

 受験生たちの悲鳴が響いた。

 

「なっ……!?」

 

 出久の目が見開かれる。

 

 巨大ロボ。

 

 0点ロボ。

 

 プレゼント・マイクが説明していた、“逃走用ギミック”。

 

 倒しても得点にならない災害級障害物。

 

 そのはずだった。

 

 だが。

 

 目の前のそれは、そんな軽い説明で済む存在ではない。

 

 ビルを破壊しながら進む巨大な鉄塊。

 

 振動。

 

 崩落。

 

 轟音。

 

 まるで怪獣だった。

 

 0点ロボの赤いセンサーが、ゆっくりと市街地を見渡す。

 

 その巨体が一歩踏み出すたび、地面が揺れた。

 

 ズシン、と。

 

 再び地面が揺れる。

 

 0点ロボの巨体が、ゆっくりと前進していた。

 

 ビルの側面へ肩がぶつかる。

 

 コンクリートが砕け、鉄骨が悲鳴を上げる。

 

 轟音。

 

 粉塵。

 

 崩落。

 

 その光景を見た瞬間、出久の背筋を冷たいものが走った。

 

「……あんなの、無理だ!」

 

 思わず声が漏れる。

 

 倒せる相手ではない。

 

 いや、倒す必要もない。

 

 プレゼント・マイクは言っていた。

 

 0点ロボは“逃げろ”という意味の障害物だと。

 

 なら、やるべき事は決まっている。

 

 無視だ。

 

 他のロボを探す。

 

 まだ時間は残っている。

 

 今なら、もっとポイントを稼げる。

 

 出久は視線を切り、地面を蹴ろうとした。

 

 その時。

 

「——ぁ……!」

 

 微かに。

 

 悲鳴のような声が聞こえた。

 

 出久の足が止まる。

 

 反射的に振り返る。

 

 崩壊したビル群の方向。

 

 土煙の向こう。

 

 視界の端。

 

 瓦礫の隙間で、誰かが倒れていた。

 

「……え」

 

 出久の瞳が見開かれる。

 

 少女だった。

 

 茶色の髪。

 

 丸い顔立ち。

 

 必死に瓦礫を押し退けようとしている。

 

 だが。

 

 動けていない。

 

 崩れたコンクリートが、脚を挟んでいる。

 

 そして。

 

「あ……」

 

 出久は、その顔に見覚えがあった。

 

 試験会場。

 

 席を教えてくれた少女。

 

 “大丈夫? ”と、自分を気遣ってくれた少女。

 

 麗らかな笑顔の——

 

「……あの子」

 

 少女もまた、迫り来る0点ロボへ気付いたらしい。

 

 顔が青ざめている。

 

 必死に足を引き抜こうとしているが、瓦礫は動かない。

 

 0点ロボは、真っ直ぐこちらへ進んでいた。

 

 進行ルート上。

 

 このままでは。

 

 出久の喉が、ひゅ、と鳴る。

 

 巨大な足。

 

 崩落。

 

 瓦礫。

 

 あの質量。

 

 踏み潰されれば、人間など跡形も残らない。

 

「っ……!」

 

 周囲の受験生たちは、既に逃げ始めていた。

 

 当然だ。

 

 0点ロボに意味はない。

 

 近付く理由もない。

 

 危険を冒してまで助ける必要もない。

 

 ——ない、はずだった。

 

 なのに。

 

 出久の身体は、迷わなかった。

 

「——っ!!」

 

 地面を蹴る。

 

 爆発的な加速。

 

 アスファルトを砕く勢いで、出久は0点ロボへ向かって駆け出した。

 

 風が耳元で唸る。

 

 背後では、他の受験生たちの叫び声が聞こえた。

 

「お、おい!?」

 

「そっちに行ってはならない! おい!」

 

 だが、止まれない。

 

 視界の先。

 

 瓦礫に脚を挟まれた少女。

 

 0点ロボの巨大な影。

 

 振り下ろされようとしている鉄の足。

 

 間に合わなければ、死ぬ。

 

 その考えだけが、脳内を埋め尽くしていた。

 

 ズシンッ!! 

 

 0点ロボが一歩踏み出す。

 

 衝撃で道路が波打つ。

 

 瓦礫が跳ね上がる。

 

 少女が小さく悲鳴を上げた。

 

「ぁ……!」

 

 出久はさらに加速する。

 

 肺が焼ける。

 

 脚が軋む。

 

 だが、止まらない。

 

 頭の中では、既に計算が始まっていた。

 

 距離。

 

 落下速度。

 

 質量。

 

 通常出力の“槍骨”では止めきれない。

 

 貫通力が足りない。

 

 硬度も、サイズも。

 

 なら。

 

「——制限、なし! 100%中の、100%!」

 

 右掌が、灼けるように熱を持つ。

 

 次の瞬間。

 

 バギバギバギッ!! と。

 

 凄まじい音を立てて、骨が増殖を始めた。

 

「っ、ぁああああッ!!」

 

 激痛。

 

 掌が裂ける。

 

 腕の内部で骨格が軋み、無理やり押し広げられていく。

 

 だが。

 

 止めない。

 

 AFOとの訓練。

 

 志賀の実験。

 

 限界出力時の反動。

 

 全部、知っている。

 

 だからこそ。

 

 出久は歯を食いしばったまま、強引に個性を引き上げた。

 

「——槍骨!!」

 

 ドォンッ!! 

 

 白い骨が爆発的に噴き出す。

 

 一本ではない。

 

 何重にも重なり合い、捻じれ、圧縮されながら巨大化していく。

 

 巨大な骨槍。

 

 ビルの柱にも匹敵する質量。

 

 乳白色の槍が、轟音と共に空へ伸び上がった。

 

 周囲の受験生たちが目を見開く。

 

「な……!?」

 

「で、デカすぎる……!」

 

 0点ロボの巨大な足が、少女へ振り下ろされる。

 

 その瞬間。

 

 出久は、両手で骨槍を押し上げた。

 

「止まれぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 激突。

 

 轟音。

 

 空気が爆ぜた。

 

 0点ロボの足と、巨大骨槍が真正面から衝突する。

 

 アスファルトが陥没。

 

 衝撃波で周囲の瓦礫が吹き飛ぶ。

 

 ギギギギギギギッ!! 

 

 金属が悲鳴を上げる。

 

 0点ロボの巨体が、一瞬だけ止まった。

 

 少女の瞳が、目の前で大きく見開かれる。

 

 出久の両脚が地面へ沈み込む。

 

 重い。

 

 圧倒的な質量。

 

 全身の骨が軋む。

 

 腕が裂けそうだった。

 

 だが。

 

 それでも。

 

 槍は、折れない。

 

 出久は血走った目で0点ロボを睨み上げた。

 

「……下がって!!」

 

 喉が裂けるほどの声だった。

 

 少女は、はっと我に返ったように身体を震わせる。

 

 だが、脚はまだ瓦礫に挟まれたままだ。

 

 0点ロボの足が、骨槍を押し潰そうと軋みを上げる。

 

 ギギギギギ——ッ!! 

 

 巨大骨槍の表面へ亀裂が走った。

 

「っ……ぁぁ……!」

 

 出久の膝が沈む。

 

 靴底がアスファルトを削る。

 

 限界だった。

 

 質量差が違いすぎる。

 

 いくら“槍骨”を最大出力で展開しても、真正面から押し返し続けられる相手ではない。

 

 全身が悲鳴を上げていた。

 

 腕の骨が軋む。

 

 筋肉が裂ける。

 

 視界の端が赤く滲む。

 

 だが。

 

 それでも。

 

 少女の顔が見えた。

 

 恐怖に震えながら、それでも必死に動こうとしている。

 

 試験会場で、自分を気遣ってくれた顔。

 

 “大丈夫? ”と声をかけてくれた時の、あの柔らかな笑顔。

 

 それが。

 

 脳裏に、焼き付いて離れなかった。

 

「……っ、ぅ」

 

 出久の呼吸が乱れる。

 

 その瞬間。

 

 脳裏に、別の姿が浮かぶ。

 

 筋骨隆々の背中。

 

 誰よりも大きく。

 

 誰よりも力強く。

 

 どんな絶望の前でも、笑って立ち向かう男。

 

 オールマイト。

 

 幼い頃から、何度も何度も見上げてきた存在。

 

 助けを求める声へ、迷わず飛び込んでいくヒーロー。

 

「ぁ……ああああ……ッ!!」

 

 出久の瞳に、熱が宿る。

 

 掌から、更に骨が軋み出す。

 

 巨大骨槍が、唸るように膨張した。

 

 0点ロボの足が、一瞬だけ押し返される。

 

 出久は、歯を食いしばった。

 

 血が滲む。

 

 視界が揺れる。

 

 それでも。

 

 叫ぶ。

 

 憧れ続けた、あの男のように。

 

 幼い頃、テレビ越しに何度も聞いた声が、自然と喉から飛び出した。

 

「SMAAAAAAAASH!!!」

 

 瞬間。

 

 巨大骨槍が、爆発的に伸長した。

 

 ドガァァァァァァンッ!!!! 

 

 白い奔流。

 

 骨の槍が、0点ロボの脚部を真正面から貫通する。

 

 装甲が砕ける。

 

 内部フレームが千切れる。

 

 火花と破片が、豪雨のように周囲へ降り注いだ。

 

 さらに。

 

 止まらない。

 

 巨大骨槍はそのまま0点ロボの胴体を突き破り、内部機構を粉砕しながら背面へ突き抜ける。

 

 赤いセンサーが激しく点滅した。

 

 警告音。

 

 エラー音。

 

 破断。

 

 爆発。

 

 0点ロボの巨体が、大きく傾く。

 

 受験生たちが息を呑んだ。

 

「う、そ……」

 

「倒した……?」

 

 巨体が、ゆっくりと崩れていく。

 

 ビルほどもある鉄塊が、断末魔のような駆動音を響かせながら。

 

 そして。

 

 ズゴォォォォォンッ!!!! 

 

 0点ロボが、完全に地面へ崩れ落ちた。

 

 衝撃。

 

 土煙。

 

 吹き荒れる爆風。

 

 周囲の窓ガラスが一斉に砕け散る。

 

 巨大な残骸が、仮想市街地へ横たわった。

 

 沈黙。

 

 誰も、動かなかった。

 

 その中で。

 

 出久だけが、荒い呼吸を繰り返していた。

 

 骨槍は砕け散り、右腕からは血が流れている。

 

 全身が痛い。

 

 立っているのも辛い。

 

 だが。

 

 少女は、生きていた。

 

 瓦礫の向こうで、呆然とこちらを見ている。

 

「……よ、かった」

 

 出久の口から、かすれた声が漏れる。

 

 その瞬間。

 

『——試験終了ォォォォォッ!!!』

 

 プレゼント・マイクの声が、市街地全域へ響き渡った。

 

『受験生諸君!! そこでストーップ!! 実技試験は終了だァ!!』

 

 サイレンが鳴る。

 

 遠方で、試験終了を示すランプが点灯していく。

 

 崩壊した市街地。

 

 倒れた0点ロボ。

 

 そして、その中心で立ち尽くす緑谷出久へ、無数の視線が集まっていた。

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