二日目の夜。
食事と入浴を終えた出久は、合宿施設の裏口から外へ出た。昼間の熱気はすっかり消え、山の空気は肌寒いほどに冷え込んでいる。木々を抜ける風が湿った土と草の匂いを運び、訓練場に残っていた焦げた木や火薬の臭気を薄めていた。
施設の壁際に置かれた古い木製のベンチへ腰を下ろすと、張り詰めていた緊張がほどけ、全身から力が抜けていく。
「……痛いな」
右腕へ視線を落とす。風呂で温めたばかりだというのに、骨の奥には鈍い痛みが残っていた。骨槍を切り離した箇所は既に塞がり、皮膚には薄い赤みがあるだけだが、肘を曲げれば前腕が引きつり、軽く拳を握るだけでも手首まで軋むような痛みが走る。
今日一日で、骨槍を何本作ったのだろう。途中までは三十、四十、五十と数えていたが、その先は痛みと吐き気に耐えながら生成を続けるだけで精一杯だった。終盤には一本作るたびに腕の内側が焼け付くように悲鳴を上げたが、相澤は止めなかった。
生成速度が落ちれば指摘され、先端が甘ければ作り直しを命じられる。密度が均一でなければ、その場で容赦なく折られた。
「しばらくは……作りたくないな」
少なくとも今夜だけは、骨が皮膚を押し広げて外へ突き出す、あの不快な感覚を味わいたくなかった。しかし明日になれば、再び訓練が始まる。相澤が一日で終わらせるはずはなく、今日の成果を基準に、さらに速度か精度を求められる可能性が高い。
出久は足元に置いていた紙パックを手に取った。夕食後、相澤から渡された牛乳だった。食堂でも既に一杯飲んでおり、夕食には普段より多くの肉や魚、豆類、乳製品が用意されていたため、胃はまだ重い。
それでも、骨を作り続ける以上は身体へ材料を補給しなければならない。
ストローを差し込み、一口吸う。昼間にも何本も飲まされたものと変わらない、冷たく僅かに甘い味だったが、舌がそれを感じた瞬間、身体が拒絶するように喉が細く縮まった。
「うっ……」
ストローを離し、鼻からゆっくり息を吐く。吐けば夕食まで無駄になるうえ、相澤に知られれば追加でもう一本飲まされかねない。少し呼吸を整えてから再びストローをくわえ、今度は味を意識せず、飲み込むことだけへ集中した。
胃へ重みが加わるのを感じながらも、時間をかけて最後まで飲み切る。空になった紙パックを軽く潰し、出久は小さく息を吐いた。
「これで、少しでも戻ればいいけど……」
自分の個性が身体の骨を伸ばしているだけなのか、栄養を材料に新たな骨質を作っているのか、それとも全く別の現象なのかは分からない。相澤たちも訓練結果から必要な栄養を推測しているだけで、確かな答えを知っているわけではなかった。
もし、この程度の補給では追いつかないほど身体を削っているのだとしたら。
そこまで考え、出久は小さく首を振った。考えたところで明日の訓練はなくならない。
紙パックをベンチの脇へ置き、ポケットから携帯電話を取り出す。時刻は午後九時を少し回っていたが、通知はなく、電波表示も昨日から空白のままだった。
「やっぱり圏外か……」
山奥なのだから当然ではある。実際、他の生徒たちも同じ状況らしく、夕食中には上鳴が動画を見られないと嘆き、芦戸も写真を送れないと不満を漏らしていた。
だが、出久にとっての問題は暇潰しではない。電話もメッセージも使えず、誰とも連絡が取れないことだった。
送信待ちになっている母宛てのメッセージを開く。無事に到着したこと、訓練は厳しいが元気にしていること、食事もきちんと取っていること。心配しないでほしいという短い文章が、昨日の夜から送れないまま残っていた。
出久は「再送信」の表示を見つめた後、携帯電話を膝の上へ伏せた。
母は心配しているだろうか。合宿中は連絡が取りにくいと説明されているとはいえ、到着したら連絡すると約束した息子から二日も音沙汰がなければ、不安にならないはずがない。
家を出る直前も、母は着替えや薬、怪我をした時のこと、食事をきちんと取ることまで何度も確認し、最後に必ず連絡してほしいと念を押していた。
「心配させてるかも……」
ぽつりと漏れた声が、夜風にさらわれていく。
「携帯、通じないよね」
不意に背後から声を掛けられ、出久は反射的に振り返った。その拍子に右腕へ力が入り、骨を生成しかける。しかし昼間の訓練を思い出させる鋭い痛みが腕の芯を貫き、咄嗟に個性の発動を止めた。
施設の壁沿いに、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツの一人、ラグドールが立っていた。湯上がりなのか、昼間のヒーローコスチュームではなく、軽く上着を羽織ったラフな格好をしている。
「ラ、ラグドール」
「ごめんね。驚かせちゃった?」
「いえ……僕が気づかなかっただけです」
出久が立ち上がろうとすると、ラグドールは片手を上げて制した。
「そのままでいいよ。休憩中でしょ? 今日はいっぱい頑張ってたもんね」
「見てたんですか?」
「もちろん。あれだけ骨を積み上げてたら、見ない方が難しいよ」
笑いながら近づいてきたラグドールは、ベンチの脇に置かれた紙パックへ目を留めた。
「夜も牛乳?」
「はい。明日も訓練がありますから」
「真面目だねぇ。でも、もう嫌になってない?」
「少しだけ。正直、しばらくは牛乳も骨も見たくありません」
「それは末期だね」
二人で小さく笑う。ラグドールは出久の隣へ腰を下ろし、しばらく森を眺めていた。施設の中からは、生徒たちの笑い声がかすかに聞こえてくる。
「やっぱり、ずっと圏外?」
「はい。昨日から一度も繋がってません」
「この辺は山に囲まれてるからね。施設にも固定電話はあるけど、緊急時以外はあまり使わせてないんだ」
「そうなんですか」
「うん。場所を隠してるから、外へ情報が漏れないようにって意味もあるみたい」
何気ない一言に、出久の指先が強張った。携帯電話の側面へ親指が食い込み、脳裏にAFOの声が蘇る。
宿泊施設の場所、同行する教師、移動経路、訓練の予定。何でもいい。新しい情報が分かれば報告しろ。
「緑谷君?」
横から顔を覗き込まれ、出久は我に返った。
「……はい?」
「難しい顔してる」
「あ……すみません。母に連絡できていないことを考えていました」
「そっか」
ラグドールは頷いたが、すぐには視線を外さなかった。柔らかな笑みを浮かべながらも、出久の表情や視線、携帯電話を握る指先を観察しているように見える。
「連絡したい人がいるのかな?」
穏やかな問いだったが、出久は答えを試されているような感覚を覚えた。一瞬だけAFOの姿が頭をよぎる。
違う。連絡したいわけではない。報告するよう命じられているだけだ。
「母さんです。合宿先に着いたら連絡するって約束していたので。二日も連絡できていないから、心配してると思います」
ラグドールは出久の横顔を見つめた後、僅かに表情を和らげた。
「お母さんかぁ。心配性?」
「かなりです。家を出る前も、着替えとか薬とか虫除けとか、何度も荷物を確認されました」
「大切にされてるんだね」
「そうだと思います」
答えた瞬間、胸の奥が重く疼いた。
母は、息子が雄英で厳しい訓練を受けていると信じている。それは間違いではないが、その裏で何を抱えているのかは何も知らない。
ヒーロー殺しとの接触。自らの手で人を殺したこと。AFOから与えられた命令。そして敵連合との繋がり。
全てを知れば、母はどんな顔をするのだろう。
出久は携帯電話を膝へ置き、強張った指をゆっくりと離した。黒い画面には、陰を帯びた自分の顔が映り込んでいる。
「緑谷君」
名前を呼ばれ、顔を上げる。ラグドールの瞳には、先ほどまでの気安さだけではない、真剣な色が宿っていた。
「何か悩んでることがあるなら、ちゃんと言わなきゃ駄目だよ」
「悩んでること……ですか?」
「うん。あちきでも先生でも、クラスメイトでもいい。全部話せとは言わないし、無理に聞き出すつもりもない。でも、一人で抱え込んで、自分だけで潰れちゃうのは駄目」
出久は答えられなかった。相談できることなら、とっくに誰かへ打ち明けている。
ヒーロー殺しと接触し、保須で人を殺し、敵連合と繋がり、今は林間合宿の情報を報告するよう命じられている。どれも口にした瞬間、自分の日常を終わらせるものばかりだった。
教師へ話せば拘束され、警察へ引き渡されるだろう。クラスメイトへ打ち明ければ、彼らまで危険へ巻き込む。母へ話すことなど考えられない。
「僕は……少し、考えすぎてるだけです」
「そっか」
ラグドールはそれ以上踏み込まず、出久の肩を軽く叩いた。
「じゃあ、考えすぎて動けなくなる前に、誰かを頼ること。約束ね」
「……はい」
「うーん。今の返事は半分くらいしか信用できないなぁ」
冗談めかして笑われ、出久も苦笑するしかなかった。
ラグドールは立ち上がり、上着についた木屑を払った。
「今日はもう休みなよ。明日も朝から地獄なんでしょ?」
「多分、今日より厳しくなると思います。最後に、明日は生成速度を上げるって言われました」
「相澤君、容赦ないなぁ。それは早く寝ないとね」
そう言って出久の右腕へ視線を落とす。
「腕、まだ痛いんでしょ?」
出久が反射的に右腕を押さえると、ラグドールは僅かに目を細めた。
「無理だと思ったら、それもちゃんと言うんだよ」
「でも……限界を超えるための訓練ですから」
「限界を超えるのと、壊れるまで黙ってるのは違うよ」
穏やかな口調ながら、その言葉には強さがあった。
「ヒーローは頑丈じゃなきゃいけない。でも、一人で全部背負う必要はないんだから」
「……はい」
今度は先ほどより素直に頷く。その返事に満足したのか、ラグドールは笑みを浮かべた。
「よし。それじゃ、あちきは先に戻るね。緑谷君もすぐ戻ること。消灯時間を過ぎたら、今度は相澤君に怒られちゃうよ」
「分かりました。おやすみなさい」
「おやすみ、緑谷君」
軽く手を振り、ラグドールは施設の中へ姿を消した。
扉が閉まると、辺りには再び山の静寂だけが残った。
誰かに話す。それが正しいことくらい、自分でも分かっている。友人が同じように苦しんでいれば、きっと自分も一人で抱え込むなと声を掛けるだろう。
しかし、自分が抱えているものを打ち明ければ、その相手まで責任と危険を背負うことになる。だから知らない方がいい。少なくとも、今は。
携帯電話の画面を点灯させる。表示は相変わらず圏外で、母へのメッセージも送信待ちのままだった。
「明日も駄目だったら……先生に相談するか」
口にしてみても、現実味はなかった。固定電話を借りて母へ連絡するだけなら何も問題はない。しかし外部へ繋がる手段があると知った途端、頭の片隅で別の考えが浮かび始める。
宿泊施設が山中にあること。A組だけでなくB組も参加していること。相澤、ブラドキング、プッシーキャッツ、そしてエンデヴァー事務所のサイドキックまで滞在していること。個性強化訓練の内容。
「違う……」
電話を借りるなら、母へ連絡するためだ。それ以外の目的で使うつもりはない。
自分へ言い聞かせるように頷き、携帯電話をポケットへしまった。ベンチの脇に残していた紙パックを手に取る。ラグドールと話している間に温くなった牛乳が、底に僅かに残っていた。
もう飲みたくはない。それでも明日も骨槍を生成しなければならない。
覚悟を決めてストローをくわえ、一気に吸い上げる。ぬるい甘さが舌へまとわりつき、込み上げるものをどうにか飲み込んだ。
「う……」
空になった紙パックを握り潰す。消灯時間も近い。そろそろ戻ろうと立ち上がり、裏口へ向かって歩き出した時だった。
「――少年。緑谷少年」
風へ紛れるほど小さな声が、森の奥から聞こえた。
出久の足が止まる。施設の中からではない。耳を澄まさなければ聞き逃すほどの囁き声だったが、間違いなく自分を呼んでいた。
振り返った先には、月明かりさえ届かない夜の森が広がっている。黒々とした木々が並び、その隙間に濃密な闇が溜まっていた。
「少年、緑谷少年」
今度ははっきりと聞こえた。声を潜めようと必死に押し殺している、妙に聞き覚えのある声だった。
「誰だ……?」
右腕を庇うように半身を開き、無意識に腰を落とす。暗闇の中に人影はなく、枝葉の影が地面で揺れているだけだった。
「そこにいるんですか?」
施設内へ届かないよう声を抑えて問い掛けたが、返事はない。
代わりに、足元で何かが湿った音を立てた。
「……え?」
視線を落とすと、靴のすぐ先に黒い染みが浮かんでいた。初めは夜露に濡れた土が月明かりを反射しているだけにも見えたが、それは地面へ染み込むどころか、内側から押し上げられるように膨らんでいく。
表面に粘ついた泡が浮かび、鈍い音を立てて弾けた。
出久が反射的に後退すると、黒い泥はその動きを追うように地面を這い、周囲へ広がっていく。鼻を刺す澱んだ水路のような臭い。自然な傾斜へ流れているのではなく、光を吸い込むほど黒く濁った泥が、意思を持つように脈打ちながら出久を取り囲んでいた。
ベンチの下や木の根元、施設の壁際からも次々と黒い泥が溢れ、何もなかった地面を侵食していく。
「まさか……」
声を上げかけ、慌てて口を閉ざす。裏口から施設内まではさほど離れていない。騒げば教師か生徒がすぐに出てくるだろう。先ほど戻ったラグドールが、まだ近くにいる可能性もある。
誰かを呼ぶべきだ。相澤へ知らせなければならない。
頭では分かっていたが、この黒い泥がAFOの個性によるものだと理解した瞬間、喉が締めつけられた。
助けを呼べば、現れた者を拘束できるかもしれない。しかし同時に、自分がなぜこの現象を知っているのか、なぜ敵連合の接触を予想できたのかを問われる。保須での出来事も、AFOとの接触も、これまで隠してきた全てが露見する。
声が出なかった。
そうしている間にも、泥の中心が人間一人分ほどの高さまで盛り上がった。表面で波紋が広がり、粘ついた泡が生まれては崩れていく。
その中央から、白い手が突き出した。
指先から手首まで、身体へ密着した白い布に覆われている。手が泥を掻き分け、続いて腕、頭部、肩、細身の上半身がぬるりと這い出した。
男は片足ずつ泥の外へ引き抜き、音を立てないよう深く膝を曲げて着地する。
黒と灰色を基調とした全身タイツ。頭部を覆うマスクと、額から鼻筋へ走る白い模様。
敵連合の一員、トゥワイスだった。
「トゥワ――」
「しーっ!」
出久が名前を呼び切るより早く、トゥワイスは人差し指を口元へ押し当てた。その動きは、普段の落ち着きのなさからは想像できないほど素早い。
着地した姿勢のまま森の左右を確認し、施設の裏口や窓、屋根、ベンチの陰へと忙しなく視線を巡らせる。出久へ用件を伝えるより先に、この場に自分たち以外の人間がいないことを確かめているらしい。
トゥワイスの背後では黒い泥が徐々に中心へ引き戻され、最後には掌ほどの染みとなって地面へ吸い込まれるように消えた。後には、夜露に濡れた土と草だけが残った。
「ふう……」
泥が完全に消えたことを確認すると、トゥワイスは僅かに肩の力を抜いた。それでも身体を低く保ったまま、出久との距離を一歩だけ詰める。
「緑谷少年!」
勢いよく呼び掛けた直後、自分の声が大きくなりかけたことに気づき、慌てて音量を落とした。
「緑谷少年。君以外、いないよな?」
出久はすぐには答えず、施設の裏口へ視線を向けた。ラグドールが中へ戻ってから、それほど時間は経っていない。まだ廊下にいるかもしれず、窓から誰かが外を見ている可能性もある。
「少なくとも、今見える範囲には……」
「曖昧だな! 完璧な答えだ!」
トゥワイスは焦ったように両手を振り、すぐにまた声を潜めた。
「誰かに見つかったら、俺のことを思いっきりぶん殴れ。骨折するくらいにな!」
「どういうことですか?」
「俺を捕まえようとしてたことにするんだよ。お前まで仲間だと思われたら大変だろ!」
そこまで言うと、突然大きく首を横へ振る。
「違う! 仲間だって認めろ! 俺たちは仲間だろ、緑谷少年!」
「声が大きいです」
「悪い!」
謝罪まで大声になりかけ、トゥワイスは慌てて両手で口元を押さえた。マスクの上からでは大した意味はなさそうだったが、本人は至って真剣だった。
出久は警戒を解かないまま、トゥワイスの背後へ目を向けた。黒い泥は既に消え、他の誰かが続いて転送されてくる気配もない。
「どうしてここにいるんですか。この場所は、外部には知られていないはずです」
「俺も知らない。完璧に知ってる!」
トゥワイスは即座に矛盾した返事をした。
「俺はただ、黒い泥の中へ入れって言われただけだ。そしたらここに吐き出された! 快適な旅行だったぜ。二度とやりたくねえ!」
「誰に言われたんですか」
答えは分かっていた。この合宿先を知り、黒い泥でトゥワイスを直接送り込める人物など、一人しかいない。
トゥワイスはもう一度だけ森や施設の窓、閉じられた裏口、屋根の上を確認してから、出久へ視線を戻した。
「AFOだよ。あの玉袋野郎だ」
予想していた答えを聞き、出久の胸が重く沈んだ。
やはりAFOは、この場所を把握している。出久が何も報告しなくても、最初から合宿先へ人間を送り込めるだけの情報を持っていたのだ。
その時、施設の中から微かな足音が聞こえた。
二人は同時に裏口へ顔を向ける。トゥワイスは素早くベンチの陰へ身を縮め、出久も息を止めた。足音は扉のすぐ向こうまで近づいたように思えたが、やがて方向を変え、廊下の奥へ遠ざかっていく。
「……行ったか?」
トゥワイスは囁き、すぐに自分で首を横へ振った。
「いや、まだだ。油断するな。少しくらいなら油断してもいい!」
落ち着きなく呟きながら身を起こし、出久の耳元へ近づく。
「俺はメッセンジャーだ」
その一言だけは、不思議なほど真面目だった。
「スマホも使えねえし、こんなアホな方法で伝えさせてもらうぜ」
出久は黙って続きを待った。トゥワイスが危険を冒して送り込まれた理由は、それしか考えられない。
AFOからの伝言。
トゥワイスはもう一度周囲を確認し、声を限界まで潜めた。
「明日、二十時に作戦を開始する」
その言葉だけで、出久の心臓が大きく跳ねた。襲撃まで、もう一日も残されていない。
トゥワイスは指を一本立て、内容を思い出すように続ける。
「目的は前に言った通り、生徒を何人か連れ去って監禁することだ」
言い切った直後、慌てて両手を振った。
「安心しろ! 君の言う通り、生徒は誰も殺したりしねえ!」
出久の身体から、ほんの僅かに力が抜ける。しかし、その安堵は長く続かなかった。
「……まあ」
トゥワイスは気まずそうに頭を掻いた。
「追加で呼んでる助っ人連中までは、知らないけどな」
「助っ人……?」
「ああ。ボスがブローカーを通じて集めた連中だ。俺は詳しく知らねえ。少しだけ知ってる!」
矛盾した言葉を口にしながら、指を折って何かを数え始める。
「とにかく人数は増える。敵連合だけじゃ、人手が足りねえからな。ボスは、お前との約束を守るつもりらしい。『生徒は殺すな』って命令は、俺たち全員に伝わってる」
そこで、トゥワイスの声が僅かに低くなった。
「けどな、俺たちには命令できても、呼び集めた連中全員の頭の中までは縛れねえ。命令を守る奴もいる。守らねえ奴もいる。最初から暴れたいだけで来る奴だっているだろう」
トゥワイスは肩を竦める。
「だから俺は知らないって言ったんだ。安心させたい! 安心なんかできねえ!」
出久は無意識に拳を握り締めた。
AFOは、少なくとも敵連合の構成員には生徒を殺さないよう命じている。しかし、作戦の最中に誰も死なないことを保証しているわけではなかった。
命令の及ばない者が生徒を殺せば、それは自分の指示ではないと言い逃れられる。意図して用意された抜け道なのか、作戦を成立させるために危険を承知で人員を増やしただけなのか、出久には判断できない。
どちらにしても、生徒たちが危険へ晒されることに変わりはなかった。
「……どれくらい来るんですか」
「人数か?」
「はい」
「知らねえ!」
即答した後、トゥワイスは困ったように頭を掻いた。
「いや、知らねえってのは半分だけ本当だ。俺も全部は聞かされてねえ。何人来るのか、その場まで知らされてない奴もいるらしい」
苛立ったように地面を蹴る。
「分かるぜ。自分を飛び越えて、どんどん話が決まっていくと腹立つよな。我慢しろ!」
出久は唇を噛んだ。
明日の二十時。敵連合による襲撃、生徒の拉致、そして統制しきれない助っ人たち。
昼間、訓練の合間に笑い合っていたクラスメイトの姿が脳裏へ浮かぶ。あの中の誰かが連れ去られる。あるいは、それ以上のことが起こるかもしれない。
トゥワイスは出久の動揺に気づいているのかいないのか、伝言の続きを口にした。
「まず二十時にトガちゃんが送られてくる。そこから――」