「なんだ!? 何の話だ!? 後ろを見れない!」
スピナーはバックミラーを何度も確認しようとして、そのたびに慌てて前へ視線を戻していた。
「子供だわ! 何で荷物の中から子供が出てくるの!?」
「俺が聞きたいよ!」
「うるせえ! 運転中なんだよ!」
ただでさえ慣れない高速道路である。
背後の状況を確認する余裕などあるはずもなく、スピナーは騒ぎ立てる一同を怒鳴りつけると、前方に見えた案内標識へ目を凝らした。
「とにかく次のサービスエリア入るぞ! 話は止まってからにしろ!」
それについて異論を挟む者はいなかった。
数分後、黒いワゴン車は高速道路を外れ、サービスエリアの駐車場へ滑り込んだ。
まだ朝が早いこともあって駐車場は空いており、大型トラックが何台か停まっているほか、乗用車の姿はまばらだった。
スピナーは建物から離れた端の区画へ車を停めると、エンジンを切る。
「……よし」
そこでようやく肩の力を抜き、振り返った。
「で、何だって?」
「可愛い女の子です」
トガが答えた。
「それは見れば分かる!」
荷室では、段ボール箱の中から這い出した少女がコンプレスの隣に座っていた。
白銀の長い髪に、額から伸びた小さな角。着ている服は少し汚れており、裸足ではないものの、どう見ても旅行のために準備を整えてきた格好ではない。
何より異様なのは、その年齢だった。
どう見積もっても小学校へ通っているかどうかという程度で、裏社会の取引へ向かう車に乗っていていい年齢ではない。
「さて」
コンプレスが少女と段ボールを交互に見た。
「種も仕掛けもありません、と言いたいところだが……これは俺の手品じゃないよ」
「当たり前だろ」
「もしかして八斎會からの追加の商品?」
マグネが冗談めかして言った。
少女の肩がびくりと跳ねた。
その反応を見て、出久は眉を寄せる。
「違うと思う」
「何で分かるの?」
「さすがに人間まで商品として渡すなら説明するはずだよ。それに……」
出久は少女を見る。
先ほどから、少女は一言も発していない。
六人から一斉に注目されているせいか、小さな身体を縮こまらせ、両手で服の裾を握りしめている。
怖がっている。
それも、単に知らない大人たちに囲まれたからというだけではないように見えた。
出久は座席から身体をずらし、少女と目線が近くなるように姿勢を低くした。
「ねえ」
少女の赤い瞳が、おそるおそる出久へ向けられる。
「僕は緑谷出久」
「……」
「君の名前は?」
しばらく返事はなかった。
出久も急かさなかった。
やがて少女の唇が僅かに動く。
「……えり」
「うん」
「壊理……」
消え入りそうな声だった。
「わたし、壊理……」
「壊理ちゃん、か」
出久が名前を繰り返す。
それを聞いた少女──壊理は小さく頷いた。
「じゃあ壊理ちゃん。どうしてあの箱の中にいたの?」
「……」
再び黙り込む。
壊理は膝の上で両手を握り合わせ、何度も指を擦っていた。
何かを言おうとしているのか、ときおり口を開くものの、なかなか言葉にならない。
「八斎會の人間に入れられたのか?」
スピナーが尋ねる。
壊理は首を横へ振った。
「自分で入ったですか?」
今度はトガが聞く。
僅かな間を置いて、壊理が頷いた。
「何で?」
「……逃げたかったから」
「……八斎會から?」
壊理は答えなかった。
代わりに、車内を見回した。
「……みんな」
「うん?」
「どこかに、行くの?」
「大阪です!」
トガがあっさり答えた。
「言っていいのか、それ」
「この子が警察に密告すると思います?」
「そういう問題じゃねえよ」
スピナーが呆れた声を出す。
しかし、壊理の表情が僅かに変わった。
「おおさか……」
知らない土地の名前を確かめるように、小さく繰り返す。
そして、何かを決意したように顔を上げた。
「あの……」
「どうしたの? 壊理ちゃん」
出久が応じる。
「わたしも……」
途中で声が止まった。
壊理は胸元で両手を握りしめる。
「わたしも、連れていって」
車内が静かになった。
「……は?」
スピナーが間の抜けた声を漏らす。
「大阪に?」
壊理が頷いた。
「どうして?」
「……」
「親は? 八斎會の誰か?」
今度はマグネが尋ねる。
壊理は答えない。
「家はどこだい?」
コンプレスが続けても、やはり返事はなかった。
ただ、先ほどより強く服の裾を握りしめている。
「連れていって」
もう一度、同じ言葉を口にした。
「どこでもいいから……一緒に連れていって」
その声には、子供が旅行へ行きたがるような無邪気さがなかった。
出久は何も言えず、壊理を見つめる。
どこでもいい。
その言葉が妙に引っかかった。
大阪へ行きたいのではない。
ここではないどこかへ行きたいのだ。
「うーん……」
コンプレスが腕を組んだ。
「もしかしてなんだけど」
全員の視線が彼へ向く。
「我々が出発する直前、八斎會の彼が随分と慌てていたよな」
「そうですね」
出久も思い出す。
何度も腕時計を確認し、路地の入口を気にしていた男。
そして最後には、電話を掛けながら、
『くそ、どこ行っちまったんだよ』
そう口走っていた。
「まさか……」
スピナーも気づいたらしい。
コンプレスは段ボール箱を軽く叩いた。
「探していたのは、この子なんじゃないか?」
全員が壊理を見る。
壊理の身体が僅かに強張った。
「確かに」
マグネも顎へ手を添える。
「車に積んであった段ボールへ勝手に入り込んで、それに気づかないまま組員が車を持ってきた。その間にこの子がいなくなったことが分かって、あの男は慌ててた……ってこと?」
「筋は通るね」
「じゃあ、八斎會の子供なのか?」
スピナーが尋ねる。
「組長の隠し子だ!」
トゥワイスが叫ぶ。
「違う、迷子だ!」
「どっちだよ」
「どっちでもないと思いますけど」
トガが呆れたように言う。
コンプレスはしばらく考え込んでいたが、やがて肩を竦めた。
「何にせよ、我々が勝手に連れていくのはまずいだろう」
壊理の瞳がコンプレスへ向いた。
「商品を預かったその日に、向こうが探している子供まで連れて関西へ逃げたとなれば、随分と妙な誤解を招きかねない」
「確かに……」
出久も否定できなかった。
コンプレスは運転席のスピナーへ目を向ける。
「まだそれほど走っていない。引き返そう」
「え?」
小さな声がした。
「さっきの場所へ戻るか、連絡用の端末で八斎會を呼ぶ。あの組員へ渡した方がいいんじゃないか?」
その瞬間だった。
壊理の顔から、血の気が引いた。
「……っ」
先ほどまで僅かに赤みのあった頬が、目に見えて青ざめていく。
小さな身体が震え始めた。
「壊理ちゃん?」
出久が呼びかけても、返事がない。
壊理は自分の身体を抱くように両腕を回し、指先を服へ食い込ませていた。
「おい……」
スピナーも異変に気づく。
「どうした?」
「……いや」
壊理の唇が震える。
「え?」
「いや……」
息が浅くなっていた。
肩が細かく上下する。
「壊理ちゃん、落ち着いて。どうしたの?」
「いや……いや……」
出久が手を伸ばそうとした瞬間、壊理は怯えたように身を縮めた。
「ご、ごめんね」
出久はすぐに手を引く。
触れられること自体を恐れているようだった。
「戻りたくない……」
震える声が、車内へ落ちた。
誰も口を挟まなかった。
「戻りたくない……」
壊理は同じ言葉を繰り返す。
赤い瞳へ涙が溜まり始めていた。
「お願い……」
小さな手が、近くにいた出久の服を掴む。
「お願いだから……」
必死に縋りつくような力だった。
「……分かった」
出久がそう言うと、壊理は涙の滲んだ目を上げた。
「一緒に行こう」
「……え?」
「僕たちと大阪に行こう。ここには戻らなくていい」
壊理は意味を理解するまでに少し時間がかかったらしい。
出久の服を掴んだまま、何度か瞬きを繰り返した。
「ちょっと待て」
真っ先に反応したのはスピナーだった。
「いやいやいや、何勝手に決めてんだよ。どう考えてもまずいだろ」
「俺も反対だね」
コンプレスもすぐに続いた。
「事情は分からないが、この子を探しているのが八斎會だとすれば、勝手に連れていくのは契約上かなり危険だ。こちらは今から彼らの商品を持って関西へ向かうんだぞ?」
「分かってます」
「分かってて言ってるのかい?」
「はい」
出久は壊理の手へ目を落とした。
まだ震えている。
八斎會へ戻すという話が出ただけで、顔色を失い、呼吸まで乱した。
何があったのかは分からない。壊理自身も説明できていない。
けれど、何もなかったとは到底思えなかった。
「ちょっと待てって」
スピナーが運転席から身を乗り出す。
「そもそも誰の子かも分かってねえんだぞ。八斎會の関係者なのはほぼ間違いないとしても、どういう立場なのかも分からねえ。勝手に連れていったら、下手すりゃ──」
「トガさん」
「はい?」
突然呼ばれ、トガが首を傾げた。
出久は壊理へ視線を向けたまま言う。
「壊理ちゃんとソフトクリーム買いに行ってきてくれない?」
「ソフトクリーム!」
トガの表情が一気に明るくなる。
「いいですね! 壊理ちゃん、ソフトクリーム食べましょう!」
「え……」
壊理は戸惑ったように出久を見た。
「大丈夫」
出久はできるだけ穏やかな声で言った。
「僕たちはここにいるから。トガさんと行っておいで」
「……置いていったりしない?」
「うん。大丈夫」
壊理はまだ不安そうだったが、やがて小さく頷いた。
トガが先に車を降り、壊理へ手を差し出す。
「何味がいいですか? バニラ? チョコ? イチゴもあるかもしれませんよ」
「……ばにら」
「いいですねえ。私もバニラ好きです」
壊理はおそるおそるトガの手を握った。
二人がサービスエリアの建物へ向かって歩き始める。出久はその背中を見送り、十分に離れたところで車内へ向き直った。
「何で外に出した?」
スピナーが尋ねた。
「この話を聞かせたくなかったから」
先ほどとは違う声音だった。
コンプレスもそれを察したのか、ふざけた調子を消す。
「何か気づいたのかい?」
「多分ですけど」
出久は壊理が座っていた場所へ目を向けた。
「壊理ちゃん、八斎會で酷い目に遭ってたんだと思います」
「酷い目?」
「虐待……だと思います」
車内が静かになった。
マグネが表情を曇らせる。
「どうしてそう思うの?」
「さっきの反応です」
出久は自分の服を見る。
壊理に掴まれていた場所には、小さな皺が残っていた。
「八斎會って言葉が出るだけで身体が強張ってました。それに、戻すって言われた途端にあれです。顔が真っ青になって、震えて、息までおかしくなった」
「でも、それだけで虐待と決めつけるのは早くないか?」
スピナーの言葉に、出久は頷いた。
「決めつけてはいません。でも、可能性は高いと思う」
少なくとも、壊理にとって八斎會が安全な場所ではない。
それだけは確信できた。
「だから大阪まで連れていく?」
コンプレスが問い返す。
「はい」
「緑谷君。気持ちは理解できるが、それはあまりに危険だ」
コンプレスは窓の外へ視線を向けた。遠くではトガと壊理が売店へ入っていくところだった。
「我々は八斎會と協力関係にある。彼らの商品を預かり、資金まで提供されている。その初日に、彼らが必死に探している子供を攫ったとなればどうなる?」
「それの何が問題なんですか?」
出久の低い声に、コンプレスは言葉を止めた。
「……何?」
「だから、それの何が問題なんですか?」
聞き間違いではない。
出久は怒鳴っているわけでも、感情に任せて食ってかかっているわけでもなかった。
ただ普段より低い声で、当たり前のことを確認するように問い返していた。
「八斎會と協力してる。消失弾を預かってる。お金も出してもらってる。だから、なんだって言うんだ」
出久は座席へ深く腰掛けたまま、窓の向こうへ目を向けた。
サービスエリアの建物が見える。
ガラス越しに売店の中までは見通せない。トガと壊理の姿も、今は見えなくなっていた。
「僕はヴィランだ」
出久は静かに言った。
車内の誰も、すぐには言葉を返さなかった。
「やりたいと思ったことをやる」
出久は窓の外へ向けていた視線を戻し、スピナーとコンプレスを順番に見る。
「法律がどうとか、道徳的に正しいかとか、八斎會と揉めたら損をするとか。そんなものは二の次でいい」
「おいおい」
スピナーが眉をひそめた。
「それ、本気で言ってんのか?」
「本気だよ」
出久は迷わなかった。
「僕はもう、社会に褒めてもらうために生きてるわけじゃない。ヒーローに認めてもらう必要もないし、警察に正しいって言ってもらう必要もない」
少し前までの自分なら、こんな言葉を口にしただけで嫌悪していただろう。
正しいことをする。
誰かを助ける。
ルールを守る。
それらは切り離せないものだと信じていた。
だが今は違う。
「僕は、あの子を八斎會に返したくない」
「だから、その理由を聞いてるんだよ」
スピナーが苛立ったように言う。
「危険を冒してまで連れてく理由だ。何か証拠があるのか? 八斎會が虐待してるって確証でも──」
「ありません」
「じゃあ何でだよ」
「助けたいから」
スピナーが言葉を失った。
出久は、それを何でもないことのように口にした。
「壊理ちゃんが助けてって言った。戻りたくないって泣いた。僕の服を掴んで、連れていってって頼んだ」
その時の感触が、まだ服越しに残っている。
細い指。
震える身体。
必死に縋りついてきた、小さな手。
「あの子、助けを求める顔をしてたんだ」
出久の声が僅かに低くなる。
「だから助ける」
「いやいや……それだけでか?」
コンプレスが確認する。
「それだけです」
出久は頷いた。
「正しいからじゃない」
「子供を助けるのが社会的に正しいとか、ヒーローならそうするべきだとか、そういう話じゃない」
むしろ、それを自分から切り離すように言う。
「僕が助けたいんです、だから助ける」
出久は窓の外を指した。
売店の中にいる壊理の姿は見えない。
「僕が、あの子をあそこへ戻したくないと思った」
視線を戻す。
「だから戻さない」
あまりにも自分勝手な結論だった。
相手の事情も知らない。
八斎會との契約もある。
それによって敵連合全体へ何が起きるのかも分からない。
それでも出久は、引くつもりがなかった。
「法律や道徳が何て言おうと知りません」
それを口にした自分自身に、僅かに驚く。
けれど止まらなかった。
「損得勘定だって、今はどうでもいい」
「緑谷」
スピナーの声が低くなる。
「それ、かなり傲慢だぞ」
「そうだね」
出久は即答した。
否定しなかった。
「傲慢でいい」
その言葉に、今度こそ車内が静まり返った。
「だって僕は、ヴィランだから」
出久がそう言い切った、その直後だった。
こんこん、と車体の横から軽い音がした。
「?」
全員がそちらへ顔を向ける。
窓の向こうに、満面の笑みを浮かべたトガの顔があった。
「ただいまでーす!」
次の瞬間、横のスライドドアが開く。
「お待たせしました!」
トガは両腕いっぱいにソフトクリームを抱えていた。
紙製のホルダーへ無理やり差し込まれたカップとコーンが六つ。
その上さらに自分の分らしき一本を片手に持ち、溶け始めたクリームが指へ垂れないよう、器用に身体を傾けている。
「みんなの分もありますよ〜」
「お前、よくそれ持って歩いてきたな」
スピナーが呆れたように言った。
「はい、どうぞ」
トガはまず一番近くにいたマグネへ一つ渡し、続いてコンプレス、トゥワイスへ配っていく。
先ほどまでの重い空気が、唐突に崩れた。
出久は思わず黙り込む。
数秒前まで、八斎會と敵対する危険性について話していたはずなのに、今や目の前ではソフトクリームが配られている。
「デク君のもありますよ」
「あ、ありがとう」
渡されたのはバニラだった。
出久が受け取ると、トガは満足そうに頷き、最後に運転席へ身を乗り出した。
「スピナーさん」
「運転中じゃないから今は受け取れるけど、これ食ったまま運転しろってのか?」
「急いで食べてください」
「無茶言うなよ」
文句を言いながらも、スピナーは受け取った。
そして最後に、トガの後ろから小さな影が姿を見せた。
壊理だった。
両手でバニラのソフトクリームを持ち、大事そうに胸元へ抱えている。
先ほどまで涙を浮かべていた目はまだ少し赤い。
けれど、表情には僅かな落ち着きが戻っていた。
「壊理ちゃん、こっちです」
トガが車内へ入り、空いていた座席へ腰を下ろす。
それから両手を広げた。
「はい、どうぞ」
壊理は一度だけ出久たちを見回した。
少し迷ったあと、小さな身体で車へ乗り込む。
そして当然のように、トガの膝の上へちょこんと座った。
「……そこなんだ」
スピナーが呟く。
「ここがいいんです」
トガは嬉しそうに壊理の身体を後ろから抱えた。
「ねー?」
壊理は答えず、一生懸命ソフトクリームを舐めている。
ぺろ。
少し考える。
また、ぺろ。
食べ慣れていないのか、一口ごとに味を確かめるような慎重さだった。
「美味しいですか?」
トガが尋ねる。
壊理は小さく頷いた。
「……あまい」
「甘いですよねえ」
トガの頬が緩む。
「冷たい?」
「つめたい」
「溶ける前に食べないと大変ですよ」
言われた壊理は少し慌てたらしく、今度は先ほどより早い間隔で舐め始めた。
ぺろ、ぺろ。
「そんな急がなくても大丈夫ですよ!」
「どっちだよ」
スピナーが突っ込む。
出久はその様子を見つめていた。
ほんの少し前まで、八斎會へ戻されるかもしれないというだけで、壊理は震えていた。
今はトガの膝の上で、ソフトクリームが溶けないよう必死になっている。
その差だけで、もう十分だった。
出久は手元のソフトクリームへ視線を落とし、一口だけ舐める。
冷たく甘い味が口の中へ広がった。
「で?」
コンプレスがチョコ味を食べながら出久を見る。
「結論は変わらないんだな」
「はい」
出久は即答した。
「壊理ちゃんも連れていきます」
「……やれやれ」
コンプレスは肩を竦めた。
「八斎會へ何と説明するつもりなんだ?」
「聞かれたら考えます」
「何も考えてないじゃないか」
「今は大阪に行く方が先です」
マグネが笑った。
「随分と大胆になったわねぇ、緑谷君」
「そうですか?」
「なったわよ」
少なくとも、一か月前ならこんなふうに自分の都合だけで決断する少年ではなかった。
スピナーも諦めたように息を吐き、食べかけのソフトクリームを見た。
「……分かったよ」
「え?」
「ここでいつまでも揉めてても仕方ねえだろ。連れてくなら連れてく。それで八斎會と揉めたら、その時また考える」
「伊口君……」
「スピナーと呼べ!」
指を立てる。
「道中で何かあったら、お前が責任持てよ」
「分かった」
「あと子供乗せてんだから、騒ぐなよ!」
スピナーがギアを入れる。
黒いワゴン車はゆっくりと駐車区画を離れ、サービスエリアの出口へ向かった。
やがて再び高速道路へ合流する。
目指す先は大阪。
荷室には十二発の個性消失弾。
車内には全国指名手配中の敵連合。
そして、その真ん中には、彼らが協力しているはずの死穢八斎會から逃げ出してきた少女が一人。
出発時には存在しなかった問題を抱えたまま、それでも車は西へ向かって走り始めた。
壊理はそんな事情など知らない。
トガの膝の上で、一生懸命にソフトクリームを舐め続けていた。