グラウンドの空気は、少しずつ重くなっていた。
最初こそ盛り上がっていたA組の生徒たちも、今では全員が大型モニターへ視線を向けている。
順位表。
各種目の記録、総合順位、現在の暫定成績。数字が、容赦なく並んでいた。
「うわ、マジで順位出てる……」
「洒落になんねぇ……」
「これ本当に除籍あんのか?」
誰かの声が聞こえる。
だが、出久には遠かった。
視線は、モニターへ張り付いている。
自分の順位は下。中位よりさらに下だった。決して最下位ではない。だが、安全圏とも言えない。
「……っ」
呼吸が浅い。
肺がうまく動かない。
制服の下、見えない場所へ埋め込まれた“保険”が、今も身体のどこかに存在している気がした。
最下位だけは駄目だ。
頭の中で、何度も同じ言葉が反響する。
除籍。
その二文字が、他の生徒たちとはまったく違う意味を持っていた。
他の生徒にとっては、“夢の終わり”で済むかもしれない。だが、自分は違う。
AFOにとって不要だと判断される。
失敗作。役立たず。投資に見合わなかった駒。
その瞬間、自分だけでは終わらない。
母が。
『逆らえば、君の母君を殺す』
「……っ」
胃が捻じれる。
順位表から目が離せない。
無意識に、自分より下を探してしまう。
最低だ、と頭では分かっていた。
誰かが落ちればいいと考えている。自分が生き残るために。
それでも、視線は止まらなかった。
「次、ソフトボール投げ」
相澤の気怠げな声が響く。
「これで最後だ」
生徒たちが移動を始める。出久も重い足取りで歩き出した。
最後。
つまり、ここで順位が決まる。
出久の喉が、小さく鳴る。
視界の端に、青山優雅の姿が見えた。金髪の少年は、いつものように姿勢良く立っている。
大型モニターへ映る順位は中位以上。少なくとも、最下位を心配する位置ではない。
「……」
青山はモニターを見上げたあと、ふと出久へ視線を向けた。
そして、笑った。
いつもの、キラキラした笑顔。
「頑張ってね、緑谷君☆」
軽い口調だった。
だが、その目は笑っていない。
出久の背筋へ、冷たいものが走る。
青山は知っている。
最下位になる意味を。
除籍された場合、AFOが何をするかを。
だからこそ、その笑顔は、どこか引き攣って見えた。
「……っ」
出久は返事ができない。ただ、呼吸だけが荒くなっていく。
周囲では、まだ生徒たちが騒いでいた。
「最後ボール投げかー!」
「ここで逆転あるかもな!」
「俺かなり順位上がりそう!」
楽しそうだった。
競争。記録。個性。
皆、ヒーロー科らしい実力勝負へ熱中している。
だが、出久だけが違った。
これは、命綱だった。
失敗できない。
絶対に。
「緑谷」
相澤の声。
びくり、と肩が跳ねる。
「お前からだ」
「……は、はい!」
反射的に返事をし、出久はふらつきそうになる足を無理やり動かした。
ソフトボール投げのラインへ立つ。手渡されたボールは、妙に重く感じた。センサーの赤いランプが、手の中で点滅している。
モニター。順位。除籍。
AFO。
母。
すべてが頭の中で混ざり合う。
「……ぁ」
呼吸が荒い。掌へ汗が滲む。顔から血の気が引いていくのが、自分でも分かった。
相澤が、僅かに眉を寄せる。眠そうだった目が、ほんの少しだけ細くなった。
「……おい」
低い声。
出久の肩が跳ねる。
「そんなボール投げごときで緊張してちゃ、ヒーロー活動なんて——」
そこまで言いかけて、相澤は言葉を止めた。
「……」
様子がおかしい。
呼吸が異常に浅い。顔色が悪い。指先が震えている。
緊張、というレベルではない。
まるで、何かへ追い詰められている人間の反応だった。
出久はボールを握り締めたまま、モニターから目を離せないでいる。視線が、怯えるように順位表へ縫い付けられていた。
「……緑谷」
相澤の声色が、少しだけ変わる。
観察するような声音。
「お前」
一拍。
「やめるか?」
グラウンドの空気が、一瞬だけ止まった。
「……え?」
麗日が小さく声を漏らす。飯田も驚いたように目を見開いた。爆豪は腕を組んだまま、鋭く出久を睨んでいる。
だが、出久にはそのどれも聞こえていなかった。
やめる。
その言葉だけが、頭の中で反響する。
やめる。
つまり、除籍。
『逆らえば、君の母君を殺す』
瞬間、脳裏へモニター映像が蘇った。
夕暮れ。買い物袋。何も知らず歩く母。その背後に立っていた黒服の男。
「っ!!」
出久の呼吸が乱れる。
駄目だ。
絶対に。
やめられない。
「や、ります……!」
掠れた声。
だが、出久は無理やり顔を上げた。
「やります……やらせて、下さい……!」
その声音には、悲鳴みたいな必死さが混ざっていた。
周囲の生徒たちが、ざわつく。
「お、おい……」
「なんか様子おかしくねぇか?」
麗日お茶子の表情にも、不安が浮かんでいた。
だが、出久には聞こえていない。
聞こえるのは、自分の心臓の音だけだ。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
速い。苦しい。
それでも、止まれない。
出久はゆっくりと投球姿勢へ入った。
右手でボールを握る。左足を引く。腰を落とす。
その瞬間、制服の下で右腕の骨格が軋むような音を立てた。
「……っ」
出久の瞳が揺れる。
脳裏に蘇る。
入試。0点ロボ。少女を守るために解放した、“最大出力”。
あれを使えば飛ぶ。
間違いなく。
だが、腕が保たない。
訓練で何度も叩き込まれてきた。槍骨は、出力を上げれば上げるほど使用者自身を蝕む。骨格強化で耐久は増している。それでも、限界はある。
だが。
最下位だけは駄目だ。
その言葉が、すべてを塗り潰した。
出久の呼吸が、静かに止まる。
そして、右腕へ力を込めた。
ボゴッ、と鈍い音が鳴る。
「……!?」
周囲の生徒たちの顔色が変わった。
制服の袖が、内側から大きく膨れ上がる。異常増殖した白い骨が、腕の内部で蠢いていた。
ミシ。
ミシミシ。
骨格そのものが変形していく。前腕、肘、肩。そのすべてが、槍を形成するための構造へ変わっていった。
「お、おい……」
上鳴が後退る。
「なんだアレ……」
麗日の顔から、血の気が引いていた。飯田ですら言葉を失っている。
相澤だけが、目を細めた。
「……骨の生成系か」
低い呟き。
その時、出久の右掌が裂けた。
ズブリ、と肉を押し退けながら、巨大な骨槍が形成される。
入試の時と同じ。
いや、それ以上。
異常な質量。異常な圧力。白い槍が、出久の腕そのものを覆い隠すほど巨大化していく。
骨の先端が、ギチギチと音を立てながら螺旋状に収束する。
出久の右腕から、血が滴った。
「……ぅ、ぁ……っ」
痛い。
だが、止められない。
止まれない。
ここで終われば、母が死ぬ。
「——ぉおおおおッ!!」
踏み込む。全身を捻る。骨槍が、巨大なバネみたいに圧縮された。
次の瞬間。
解放。
ドォンッ!!!!
爆発みたいな轟音が響き、巨大骨槍が一瞬で伸長した。押し出されるように、ボールが射出される。
空気が裂ける。
衝撃波。
地面が砕ける。
「なっ——!?」
爆豪の目が見開かれた。
ボールは、もはや“投げた”速度ではない。
砲弾だった。
白煙を引きながら、一直線に空へ消えていく。
大型モニターが、凄まじい勢いで数値を更新し始めた。
100。
300。
700。
まだ止まらない。
生徒たちが息を呑む。
「う、そだろ……」
切島が呟く。
さらに数値が跳ね上がる。
1000。
1500。
2000。
そして、ピッ、と電子音が鳴った。
表示が停止する。
『2387.6m』
一瞬、誰も声を出せなかった。
静寂。
その中で、モニター上位へ表示されていた麗日の“∞”だけが、それを上回っていた。
「に、二位……?」
誰かが呆然と呟く。
直後。
ミシッ、と嫌な音が響いた。
「っ……ぁ!!」
出久が膝をつく。
右腕。
骨槍を形成していた腕が、限界を超えていた。
皮膚の下で骨が軋み、筋肉が裂け、血が制服を染めていく。骨槍が、ボロボロと崩れ落ちた。
腕が震える。
それでも、測定は終わった。
最下位じゃない。
除籍じゃない。
その安堵だけで、出久の呼吸が乱れる。
「はぁ……はぁ……っ」
その瞬間。
「——てめぇ」
低い声。
怒気。
地面を踏み抜くような足音と共に、爆豪勝己が前へ出ていた。
赤い目が、完全に見開かれている。
怒り。困惑。理解不能への苛立ち。
そのすべてが混ざっていた。
「なんだ今の」
爆豪の掌から、バチバチと火花が散る。
「デク」
一歩。
さらに距離を詰める。
「お前……“無個性”じゃなかったのかよ!!」
爆豪が地面を蹴った。
ドンッ、と爆発じみた踏み込み。
一直線に、怒気そのまま出久へ突っ込んでくる。
「答えろやァ!!」
掌が振り上げられ、バチバチと火花が散った。
周囲の生徒たちが息を呑む。
「ば、爆豪!?」
「おい!!」
麗日が声を上げる。
だが、次の瞬間だった。
「うるさい」
低い声。
そして、爆豪の身体が突然地面へ叩き伏せられた。
「がっ!?」
土煙。
相澤消太だった。
いつ動いたのか、誰も見えなかった。捕縛布が蛇のように爆豪の身体へ巻き付き、そのまま腕を極めている。
「離せクソ担任!!」
爆豪が吠える。掌へ力を込める。
だが、爆発が起きない。
「……は?」
爆豪の目が見開かれた。
相澤の髪が、ふわりと浮いている。
赤く染まった目。
個性——“抹消”。
「校内でクラスメイト殴ろうとすんな」
気怠げな声。
だが、押さえ込む力は異常だった。
爆豪が歯噛みする。
「っ……!!」
相澤は視線すら向けないまま、淡々と続けた。
「元気余ってんなら、後でいくらでも測定やり直してやる」
「ンだとォ!?」
「黙れ」
一言。
それだけで、空気が冷える。
爆豪の動きが止まった。
相澤はそのまま、出久へ視線を向ける。
地面へ膝をついたままの少年。荒い呼吸。血塗れの右腕。
だが、それ以上に、表情。
「……」
出久は笑っていた。
いや、笑おうとしていた。
最下位ではない。除籍されない。その安堵で、無理やり口角を上げている。
なのに、目がまったく笑っていない。
追い詰められた人間の顔だった。
極限状態から生還した人間みたいな。
相澤の眉が、僅かに寄る。
「……緑谷」
出久の肩が跳ねた。
「は、はいっ」
反射的だった。
その返事の速さすら、不自然だった。
相澤は数秒だけ出久を見つめる。
そして、短く告げた。
「保健室行け」
「……っ」
「その腕、治してこい」
出久は、自分の右腕を見る。
血。腫れ。崩れた骨。
今になって、痛みが押し寄せてきた。
「……はい」
立ち上がろうとして、ふらつく。
麗日が思わず駆け寄りかけた。
だが、出久はそれを避けるみたいに一歩下がる。
「だ、大丈夫だから……!」
無理やり笑う。
その笑顔も、やはり歪だった。
飯田が眉を顰める。
「緑谷君……」
出久は答えない。
俯いたまま、その場を離れていく。足取りは速い。まるで、誰かから逃げるみたいに。
相澤は、その背中を無言で見送っていた。
「……チッ」
地面へ押さえつけられたまま、爆豪が舌打ちする。
「なんなんだよアイツ……」
その声には、怒りだけではない感情が混ざっていた。
理解できないものへの苛立ち。
知っているはずの幼馴染が、知らない何かへ変わってしまったような違和感。
相澤は答えない。
ただ、先ほどの出久の顔を思い出していた。
あれは、単なる緊張ではない。
成績への焦りでもない。
もっと切迫した、何かに追い詰められている人間の顔だった。
「……今年は問題児だらけだな」
小さく、誰にも聞こえない声で、相澤は呟いた。
その日の放課後。
地下施設は、相変わらず白かった。
無機質な照明、薬品臭、低く鳴り続ける生命維持装置。地上の夕暮れなど、一切届かない地下空間。
巨大な生命維持装置の中央で、AFOは静かにモニターを眺めていた。
画面には、雄英高校一年A組の体力測定結果が表示されている。順位、記録、測定データ。
その中で、“緑谷出久”の項目だけが異様な数値を叩き出していた。
『ソフトボール投げ
2387.6m』
「ふぅむ……」
AFOが、ゆっくりと唸った。
呼吸器が、シュウゥ、と音を立てる。
「うんうん」
焼け爛れた指先が、モニターを軽く叩く。
「素晴らしい結果だ」
一拍。
「……しかしねぇ」
その声音に、僅かな呆れが混じった。
施設の中央。
出久は、俯いたまま立っている。右腕はすでに治療されていたが、精神はまったく回復していない。視線は床へ落ちたまま、拳だけが強く握られていた。
AFOは、そんな出久を見て小さく笑った。
「体力測定お疲れ様、緑谷出久君」
穏やかな声。
「いやぁ、随分頑張ったみたいじゃないか」
「……」
出久は答えない。
AFOは構わず続ける。
「しかし」
生命維持装置のモニターが切り替わる。
映し出されたのは、相澤消太のプロフィール。除籍率、合理主義、担任記録。
「除籍なんて、嘘に決まってるだろう君」
出久の肩が、びくりと震えた。
「……え」
掠れた声。
AFOは、くつくつと笑う。
「雄英高校が、入学初日に有望株を本当に退学させるわけがない」
一拍。
「特に今年のA組は粒揃いだ。なおさらねぇ」
モニターには、爆豪、轟、飯田、麗日、そして出久の名前が並んでいる。
「彼は試したんだよ。どこまで精神を追い込めば、君たちが本気を出すのかを」
「……」
出久の瞳が、小さく揺れる。
頭の中で、何かが崩れる音がした。
あの恐怖。あの必死さ。母が死ぬかもしれないという恐怖と混ざり合って、自分を極限まで追い込んだ感情。
それが、“嘘”だった。
「まあ……君の場合は事情が違うけどねぇ」
AFOは楽しそうに笑う。
「必死になるのは理解できる」
一拍。
「だが、必死になりすぎて悪目立ちしちゃ意味がないじゃないか」
その言葉に、出久の身体が強張った。
AFOはモニターを操作する。
映像。
グラウンド。巨大骨槍。周囲の生徒たちの驚愕。爆豪の激昂。相澤の視線。
全部、記録されていた。
「特に」
相澤の顔で映像が止まる。
「この担任」
赤い目。観察する視線。
「君を疑い始めている」
出久の喉が、小さく鳴った。
「ぼ、僕は……」
「焦ったねぇ」
優しい声だった。
だからこそ怖い。
「まあ無理もない。君にとっては、除籍イコール死刑宣告みたいなものだからね」
呼吸器の奥で、愉悦混じりの笑いが漏れる。
「だが、諜報員というものはね」
一拍。
「目立った瞬間に失格なんだよ」
静かに。
淡々と。
AFOは告げる。
「君は今日、“緑谷出久”という存在をクラス全員へ強く印象付けてしまった」
モニターには、ざわめくA組の生徒たちが映っている。
驚愕、警戒、興味。
様々な感情が、画面の中で揺れていた。
「もっと自然に」
「もっと“普通”でいるべきだった」
出久は何も言えなかった。
自分でも分かっている。
今日の自分は、おかしかった。余裕がなく、恐怖で視野が狭まっていた。
AFOはそんな出久を見つめながら続ける。
「まあ、まだ一年生だ」
焼け爛れた口元が、ゆっくり吊り上がる。
「失敗から学べばいい。君も、僕もね」
君のクラスメイトは優秀だ、とAFOは静かに言った。
モニターへ、A組のデータが並んでいく。
爆豪勝己。轟焦凍。飯田天哉。八百万百。常闇踏陰。
どの記録も、高水準。
「流石に、雄英へ合格するだけはある」
呼吸器が低く鳴る。
「彼らは幼少期から個性を使い続けてきた。身体へ馴染ませ、鍛え、失敗し、改良し、十年以上かけて自分の力を扱えるようになっている」
一拍。
「対して君は、つい最近まで無個性だった」
その言葉に、出久の肩が僅かに震えた。
「今更、個性を習熟させて追いつくのは不可能だ」
断定。
残酷なほど、あっさりと。
AFOは告げる。
「少なくとも、“槍骨”一本ではね。いい個性なんだけどねえ、渡したのは所詮、僕の持つ個性の模倣品だからね」
モニターへ、ソフトボール投げの映像が映る。
巨大骨槍。砲撃じみた射出。その直後、崩壊した右腕。
「火力は素晴らしい。だが、燃費が悪すぎる。継戦能力も低い。応用性も乏しい」
淡々と、欠点を並べる。
出久は唇を噛んだ。
反論できない。
全部、自分でも分かっていた。
AFOは、そんな出久を見ながら続ける。
「だから」
焼け爛れた指先が、ゆっくりと持ち上がる。
「今から君へ、新たにいくつか個性を与える」
出久の目が見開かれた。
「……え?」
「それで上手く立ち回ってくれ」
軽い口調だった。
まるで、新しい道具でも渡すみたいに。
だが、出久の顔色は一気に変わる。
「む、無理です……!」
思わず声が漏れた。
「個性を複数持つなんて……!」
息が荒くなる。
「そんなの、普通の人間には耐えられない!」
AFOは黙って聞いている。
出久は続けた。
「それに運用だって……! 複数の個性を同時に扱うなんて、不可能です! それこそ、AFOみたいな特別な存在じゃないと……!」
叫ぶような反論。
だが、AFOはそこで初めて愉快そうに笑った。
「ふふ」
呼吸器の奥で、湿った笑い声が漏れる。
「緑谷出久君」
穏やかな声。
「僕が、何のために」
一拍。
「わざわざ、きょうび絶滅危惧種の“無個性”なんて探していたと思うんだい?」
出久の呼吸が止まった。
「……ぁ」
脳裏に、昔の診断結果が蘇る。
『君は無個性です』
幼い自分。泣きそうな母。諦めた夢。
AFOは続ける。
「引き籠り生活が長くなると、代わりに研究が捗ってね。いくつか分かったことがある」
その声は、どこまでも穏やかだった。
「個性因子を後付けすれば、普通は肉体と精神が耐えきれない。人格崩壊、脳機能障害。最悪、思考すらできない脳無しが出来上がる……まあこれはこれで、利用価値はあったんだが」
淡々とした説明。
まるで研究発表みたいに。
「だが」
焼け爛れた口元が、ゆっくり歪む。
「“空っぽ”なら、話は別だ」
出久の背筋へ、冷たいものが走った。
「無個性というのはね、個性因子の容量が小さいんじゃない」
一拍。
「むしろ逆だ」
AFOは、楽しそうに続ける。
「余計な因子が存在しない分、“追加”しやすいんだよ」
モニターへ、脳構造の図が表示される。複数の個性因子、神経接続、適合率。出久にはそのすべてを正確に理解することはできなかったが、ただ一つ、自分が研究対象として見られていることだけは理解できた。
「もちろん、誰でもいいわけじゃない。適性も必要だ。精神構造もね」
そして、AFOはゆっくりと出久へ視線を向けた。
「だから僕は、君を選んだ」
地下施設が、静まり返る。
出久は動けなかった。
自分が無個性だった理由。
選ばれた理由。
それがすべて、悪夢みたいな理屈で繋がっていく。
AFOはそんな出久の反応を満足そうに眺めながら、小さく笑った。
「安心したまえ」
呼吸器が、シュウゥ、と鳴る。
「君は、まだまだ強くなれるよ」