出久の笑顔を前に、ジェントルはもう顔を上げることができなかった。
先ほどまでなら、どれほど追い詰められても相手の目を見て話すくらいの意地は残っていた。
カメラの前で大仰に名乗り、ヒーローに追われても自らの美学を語ってきた男なのだ。
だが今は、視界の端に出久の顔が入るだけで、あの感情の底をまるで覗かせない緑色の瞳が思い出される。
「じゃあ、話もまとまったことですし」
出久がソファから立ち上がった。
その声に、ジェントルの肩が僅かに跳ねる。
「また連絡するので、その時はお願いしますね」
「……ああ」
返事をしながらも、ジェントルは床を見たままだった。
「あと返済もあるので定期的にここに顔を出してくださいね、逃げようなんて考えない方が貴方の為ですよ」
「……無論だとも」
「よかった」
明るい声だった。
ジェントルはとうとう最後まで出久の目を見ることができなかった。
そんな彼の変化に気づいているのかいないのか、出久は特に追及することもなく、ホテルの入口へ向かって歩き始める。
「じゃあ、外まで送りますよ」
「いや、そこまでしてもらう必要は──」
「送りますよ」
「……お願いしよう」
ジェントルは即座に言い直した。
ラブラバが何とも言えない顔で彼を見上げる。
「ジェントル……?」
「何でもないとも、ラブラバ」
精一杯いつもの調子を取り戻そうとしたものの、声にはまるで張りがなかった。
出久の後ろについて歩き始める。
来た時とは何もかもが違っていた。
敵連合の潜伏先を突き止めた時には胸が躍っていた。
世間を騒がせる凶悪なヴィラン集団の本拠地へ乗り込み、その姿を撮影して華麗に脱出する。
成功すれば間違いなく過去最大級の動画になると考えていた。
実際に待っていたのは、華麗な活躍などではない。
完敗し、ホテルを壊した代償として一千万円の債務を背負い、その返済が終わるまで敵連合から仕事を振られることになった。
しかも、その条件を最終的に受け入れたのは自分自身だった。
「……」
ジェントルの肩がさらに落ちる。
「元気出して、ジェントル」
ラブラバがその手を握った。
「私も手伝うから。一緒に返そう?」
「ラブラバ……」
ジェントルはようやく少しだけ顔を上げた。
「君にまで背負わせるつもりはない。これは私が──」
「あたしも一緒に来たんだから、あたしにも責任あるもん!」
「しかしだね」
「一人で全部背負おうとしないで!」
強い口調で言われ、ジェントルはしばらく黙ったあと、小さく息を吐いた。
「……分かったとも」
「うん!」
ラブラバがようやく笑う。
その時だった。
「あ、あった」
少し離れたところから、お茶子の声がした。
全員がそちらを見る。
お茶子は床に転がっていた黒い物体の前でしゃがみ込んでいた。
ジェントルが劣勢に立たされた際に床に転がってしまった、ラブラバのカメラである。
何度も衝撃が走ったエントランスに転がっていたにもかかわらず、外見を見る限り大きく破損した様子はない。
「……うん」
何かを確認するようにカメラをいじり、それから画面を閉じる。
「はい、ラブラバ……ちゃん?」
お茶子は苦笑しながらカメラを差し出した。
「これ、貴方のだよね」
「そうだけど……」
ラブラバは受け取りながら、不思議そうにお茶子を見る。
「壊れてない?」
「たぶん大丈夫。電源も入ったし」
「ほんと!?」
ラブラバは慌ててカメラを確認した。
外装には多少の擦り傷が増えているものの、レンズに大きな傷はなく、液晶も割れていない。
「よかったぁ……。これ、結構高かったのよ」
ほっと胸を撫で下ろしたラブラバは、もう落とさないようにカメラを両腕で抱え込んだ。
「それでは……今度こそ失礼するとしよう」
ジェントルが力なく告げる。
いつもなら帽子へ手を添え、芝居がかった仕草の一つでも見せるところだったが、今はそんな余裕もない。出久の方へ顔を向けることすらできず、視線を斜め下へ落としたまま軽く頭を下げるだけだった。
「はい。また連絡しますね」
「……承知した」
「返済の方もお願いします」
「必ず払うとも……」
最後の言葉だけは妙に素早かった。
そのままジェントルはラブラバの手を取り、ホテルの外へ向かう。
ラブラバも一度だけ振り返り、出久たちを警戒するように見回してから彼についていった。
歪んだ自動ドアを抜け、二人の姿が外へ消える。
それからしばらくして、ジェントルの白いコートもラブラバの赤い髪も見えなくなった。
「……帰ったね」
お茶子が呟いた。
「帰りましたね」
出久も答える。
戦闘が始まってから随分と時間が経ったように感じるが、ようやくホテルには静けさが戻ってきた。
ただしエントランスは見るも無惨な有様で、床には亀裂が走り、壁も家具もあちこちが壊れている。
ひとまず騒動は終わった。
その空気を感じ取ったのか、それまで少し離れたところにいた壊理が、お茶子のところへ歩いてくる。
「おちゃこさん」
「ん?」
お茶子が振り返る。
壊理は先ほどまでの騒ぎなどもう終わったものとして切り替えたらしく、期待するような目で彼女を見上げていた。
「きょうはなにしてあそぶ?」
「あ……」
お茶子の表情が僅かに止まった。
普段ならすぐに何か提案していただろう。
ホテルの中で遊ぶこともあれば、壊理の希望を聞いて近くへ出かけることもある。
だが今日は違った。
「ごめんね、壊理ちゃん」
お茶子はしゃがんで壊理と目線を合わせると、申し訳なさそうに両手を合わせた。
「用事が出来ちゃったから、今日は帰ろうかな」
露骨に残念そうな顔をされ、お茶子の眉が下がる。
「ごめんね。また今度いっぱい遊ぼ?」
「うん……」
壊理は少し寂しそうだったものの、素直に頷いた。
「約束ね」
「やくそく」
差し出された小指に、お茶子も自分の小指を絡める。
それから立ち上がると、今度は出久へ顔を向けた。
「じゃあ出久君、うち帰るね」
「分かりました。気をつけてくださいね」
「うん!」
お茶子はいつも通り笑って手を振ると、ホテルを出ていった。
外へ出た瞬間、表情が変わる。
「ふんふふーん」
鼻歌を歌いながら歩き出す。
先ほど壊理に用事があると言っていたわりには、急いでいる様子はない。
それどころか足取りは妙に軽く、数歩進んだところで普通に歩くことすらやめた。
右足、左足と交互に弾むように地面を蹴る。
そのまま、るんるんとスキップしながら道を進んでいく。
「ふふん、ふーん」
機嫌がいい。
道行く人が少し不思議そうに振り返ったが、お茶子は気にしなかった。
ホテルから離れ、最寄り駅へ向かう。
電車に乗って自宅のある地域まで戻ってきても、彼女の上機嫌は変わらなかった。
ただし、そのまま家へ帰ることはしない。
「あった、あった」
家からそう遠くない場所にあるコンビニへ入る。
飲み物や菓子が並ぶ棚には目もくれず、お茶子は店の奥に設置されているATMへ一直線に向かった。
鞄から財布を取り出し、その中に入れていたキャッシュカードを差し込む。
暗証番号を入力して、残高を確認した。
「んー……」
表示された数字を見つめる。
決して多くはない。
数か月前まで学生だったお茶子が自由にできる金など、たかが知れている。
普段から無駄遣いを避けているため多少は残していたものの、大した額ではなかった。
それでも、お茶子は迷わなかった。
画面を操作し、全額を引き出す。
機械が内部で動き始めた。
しばらくして紙幣が出てくると、お茶子はそれをまとめて取り出した。
続いて返却されたカードと明細票も受け取り、もう一度金額を確認する。
「よし」
ほぼ空になった口座を見ても、特に惜しそうな顔はしなかった。
むしろ満足そうだった。
膨らんだ財布を鞄へ戻し、お茶子はコンビニを出た。
「ふんふふーん」
鼻歌はまだ続いていた。
やがて駅前の比較的新しい建物が並ぶ一帯を抜け、古い住宅街へ入る。
お茶子が今暮らしているのは、その外れに建つ小さなアパートだった。
神野の事件の後、お茶子は雄英高校を退学になった。
そして時を置かずして、両親の会社も潰れた。
もともと決して経営に余裕のある会社ではなかったところへ、娘が敵連合との関係を疑われた影響が重なった。
取引先は次々と離れ、新しい仕事も入らなくなり、最後には会社を畳むしかなくなった。
家族は散り散りとなり、お茶子は家賃の安いこのアパートへ引っ越してきた。
二階建てで、外壁の塗装はところどころ剥げている。
共用廊下の手すりには赤錆が浮き、階段を上るたびに金属板が小さく軋んだ。
「ふふふーん」
相変わらず鼻歌を歌っていた。
階段を上り、二階の廊下を進む。
そして自宅の前まで来たところで、お茶子は足を止めた。
玄関扉には、今日も紙が貼られている。
『出ていけ!』
太い黒のマーカーで書かれた紙が、扉の中央にガムテープで貼りつけられていた。
その隣には、
『犯罪者』
『ヴィランの手先』
『この町から消えろ』
大小さまざまな紙が重なるように貼られている。
壁にも落書きがあった。
黒や赤の油性ペンで書かれた罵倒が、玄関の周囲を埋め尽くしている。
消した跡の上から新しい文字を書かれた場所もあり、古いものと新しいものが入り交じっていた。
雄英を退学した直後は、ここまで酷くなかった。
最初は遠巻きに見られる程度だった。
だが、お茶子が敵連合と関係を持っていたという話が近所へ知られるにつれて状況は変わった。
誰かが玄関へ紙を貼り、それを剥がせば翌日にはまた増えた。
落書きを消しても、しばらくすると新しいものが書かれる。
最近では、消すこと自体が少なくなっていた。
今日も、お茶子は新しく増えた紙を一瞥しただけだった。
「また増えとるなあ」
感想はそれだけで、腹を立てることも、剥がそうとすることもない。
鞄から鍵を取り出し、『ヴィランの手先』と書かれた紙の端を指で押さえながら鍵穴へ差し込むと、いつものように錠を回した。
扉を開ける。
「ただいまー」
当然ながら返事はない。今この部屋で暮らしているのは、お茶子一人だけだった。
靴を脱ぎ、狭い玄関へ上がる。照明をつけると、白っぽい蛍光灯の光が小さな室内を照らした。
ワンルームに近い狭い部屋は、ひどく散らかっていた。
脱いだ服が床に積まれ、コンビニの袋や空になったペットボトルが壁際へ押しやられている。
洗濯物は畳まれないまま椅子の背へ掛けられ、机の隅には開封すらしていない郵便物が何通も積み重なっていた。
雄英時代に使っていた教科書やノートも残っている。
けれど整理されてはいない。
何冊かは床に落ちたままページが折れ、ヒーロー基礎学と書かれたファイルの上にはスーパーの給与明細が無造作に置かれていた。
かつてなら、こんな状態を放っておくことなどなかった。
忙しくても最低限の片付けはしていたし、制服も翌日に備えてきちんと掛けていた。
教科書を踏むような真似をすれば、自分で自分に怒っていただろう。
それが、ここ最近はどうでもよくなっていた。
食べられればいい。
眠れればいい。
バイトへ行く服さえ見つかれば、それでいい。
そんな生活が続いた結果が、今の部屋だった。
それでも今日のお茶子は、荒れた室内を見ても気分を害した様子はなかった。
「ふんふふーん」
鼻歌を続けながら、床に転がっていた雑誌を足先で避ける。
そして、部屋の中央を通りかかったところで、少しだけ身体を傾けた。
天井から垂れている縄を避けるためだった。
「よっと」
まるで洗濯物でも避けるような軽さで、その横を通り抜ける。
天井からぶら下がるそれは、この部屋の荒れ方とは別の意味で、お茶子がここしばらくどんな状態にあったのかを物語っていた。
けれど本人は見上げもしない。
今日は、それより優先したいことがあった。
鞄をベッドの上へ放り、机の前へ座る。
「さて、と」
机の中央に置かれた古いノートパソコンを引き寄せた。
何年も使っている安価な機種で、外装には細かな傷が目立つ。
電源ボタンを押すと、しばらくしてファンの回る弱い音が聞こえ、黒かった画面にメーカーのロゴが浮かび上がった。
「遅いなあ」
頬杖をついて待つ。
起動には少し時間がかかる。
その間、お茶子は何となく机の上を眺めた。
空になった栄養補助食品の袋。
スーパーのシフト表や書きかけの履歴書。
そして、その隅に一通の白い封筒が置かれていた。
「……あ」
お茶子の手が伸びる。
封筒の表には、自分の字で大きく二文字。
『遺書』
そう書かれていた。
「……これも」
封筒を指先で摘まみ上げる。
少し眺めたあと、お茶子は笑った。
「もういらないや」
両手で封筒を破る。
びり、と紙が裂けた。
中に入っていた便箋ごと、もう一度。
さらにもう一度。
何度か破って小さくすると、そのまま机の脇に置かれていたゴミ箱へ放り込んだ。
「よし」
それで終わりだった。
感傷に浸ることもない。
改めて天井を見ることもない。
ちょうどその時、ノートパソコンの起動音が鳴った。
「あ、ついた」
お茶子の顔がぱっと明るくなる。
椅子へ座り直し、マウスへ手を伸ばした。
ログイン画面にパスワードを入力する。
デスクトップが表示されると、お茶子は待ちきれないように身を乗り出した。
お茶子は検索欄へ文字を打ち込みかけたところで、ふと思い出したように手を止めた。
「あ、そうや」
椅子から立ち上がると、床へ置いていた鞄へ手を伸ばす。
膨らんだ財布を横へ押しのけ、内ポケットの奥を指先で探ってから、小さな黒いものを摘まみ出した。
SDカードだった。
正確には、ラブラバのカメラに入っていたもの。
先ほどホテルでカメラを拾った時、お茶子は故障していないか確かめるふりをして電源を入れ、保存されている映像を少し確認していた。そして返す直前、誰にも気づかれないようカードだけを抜き取っていた。
「……あった」
掌に載せたSDカードを見て、お茶子の口元が緩む。
そこには今日撮影された映像が入っている。
ジェントルが敵連合のアジトへ乗り込んだところから、スピナーやマグネとの戦闘。そして途中から現れた出久が、複数の個性を使って怪物のような姿へ変貌した場面まで。
お茶子が欲しかったのは、それだった。
「ふふ……」
鼻歌を再開しながら机の引き出しを開ける。
中には充電ケーブルや使わなくなったイヤホン、文房具が雑多に詰め込まれており、その奥から小さなUSBカードリーダーを引っ張り出した。
「これでいけるよね」
SDカードを差し込む。
少し向きを間違え、一度抜いた。
「あれ?」
裏返して、もう一度。
今度は小さな手応えとともに奥まで入った。
「よし」
カードリーダーと一体になったそれを、ノートパソコンの側面へ差し込む。
ぽん、と接続音が鳴った。
画面の右下に、新しい外部記憶装置を認識したという通知が表示される。
通知を閉じると、お茶子はエクスプローラーを開いた。
新しく表示された外部ドライブを選び、いくつかのフォルダを順番に辿っていく。
カメラの保存形式など詳しく知らないため、最初はどれを開けばいいのか分からず何度か関係のないファイルを表示してしまったが、やがて撮影日時から今日の映像らしいものを見つけた。
「これかな……?」
動画を開く。
少し待ってから再生が始まり、スピーカーからジェントルの芝居がかった声が流れ出した。
『親愛なる視聴者諸君!』
「あ、これや」
お茶子は嬉しそうに椅子へ座り直した。
映像の中では、ジェントルがカメラへ向かって敵連合の潜伏先へ乗り込んだことを宣言している。
その後ろには見慣れたホテルのエントランスが映り、スピナーやコンプレス、トゥワイスたちの姿も確認できた。
お茶子は再生位置を少しずつ先へ送っていく。
スピナーが吹き飛ばされ、マグネが戦い始める。
その途中から自分も画面へ入ってきた。
「あ」
お茶子は手を止めた。
ジェントルに蹴り飛ばされたマグネへ走り寄り、無重力を発動して助ける自分の姿が、画面の中央近くにはっきり映っている。
顔まで十分に分かる。
「ちゃんと映っとる」
口元が自然と緩んだ。
今の自分が世間からどう見られているかは知っている。
敵連合を逃がした元雄英生。
ヴィランに協力した少女。
ヒーローになる資格を失った人間。
その自分が、全国指名手配されている連中と同じ場所にいて、しかも彼らを助けている。
映像だけ見れば、言い逃れなどほとんどできない。
「……ふふ」
それが、お茶子には嬉しかった。
さらに映像を進める。
やがて出久が現れ、自分とジェントルの間へ入る。
その後、複数の個性を併用し、全身を骨の鱗で覆った怪物のような姿へ変貌していく場面が映った。
「すご……」
実際に目の前で見た時にも驚いたが、映像で見直すと改めて異様だった。
それでも、お茶子の視線は怪物化した出久より、その少し後ろに映っている自分へ向いている。
「これなら……」
十分だった。
誰が見ても、自分がそこにいたと分かる。
お茶子はそのまま最後まで映像を確認しようとしたが、途中で何かに気づいて眉を寄せた。
「……ん?」
数秒戻す。
もう一度再生。
「……あ」
画面の端。
ほんの一瞬だけだった。
コンプレスの後ろから、不安そうにこちらを見ている小さな少女の顔が映り込んでいた。
壊理だった。
「壊理ちゃん……」
お茶子の表情から笑みが消えた。
もう一度巻き戻して確認する。
真正面からではない。
画面の隅に小さく映っているだけで、事情を知らない人間なら見逃す可能性も高い。
それでも顔は判別できる。
「これはあかんかな」
自分や出久たちが映るのは構わない。
むしろ、そのために持って帰ってきた。
だが壊理は違う。
「どうやって消すんやろ……」
お茶子は動画編集などほとんどしたことがない。
とりあえずパソコンに最初から入っていた簡単な編集ソフトを開き、動画を読み込ませる。
画面には見慣れない項目がいくつも並び、お茶子は早くも顔をしかめた。
「……分からん」
適当にボタンを押す。
映像全体が消えかけた。
「わっ、違う違う!」
慌てて元に戻す。
今度は動画の前半部分が短くなった。
「これか?」
何度か試しているうちに、どうやら指定した範囲だけを削除できることが分かってきた。
壊理の顔が映り込む少し前で映像を区切り、少女の姿が完全に画面から消えたところでもう一度区切る。
「ここから、ここまで……」
削除。
映像が一瞬飛んだ。
再生して確認すると、マグネとジェントルの戦闘中に場面が僅かに途切れるものの、注意して見なければ不自然さはそれほど目立たない。
「……うん」
もう一度確認する。
壊理はいない。
「よし」
「これで大丈夫」
お茶子は満足そうに頷くと、編集した動画を新しいファイルとして保存した。
処理には少し時間がかかった。
その間に、お茶子は動画サイトを開く。
普段は見るだけで、投稿した経験などほとんどない。
それでもアカウント自体は昔作っていたため、そのままログインできた。
「動画を投稿……これかな」
投稿画面を開く。
保存したばかりのファイルを選択すると、アップロードが始まった。
進捗を示す数字が少しずつ増えていく。
お茶子は椅子へ座ったまま、その数字をじっと眺めていた。
そこで一度、机の上に置いた財布を見る。
今日引き出した現金が詰め込まれていた。
視線を戻す。
「……」
アップロード完了の表示が出た。
「できた」
お茶子は小さく笑った。
あとはタイトルや公開設定を決めるだけだった。
机の脇では、先ほど破り捨てた『遺書』の紙片がゴミ箱の中に散らばっている。
天井から垂れた縄も、そのまま残っていた。
けれど、お茶子はもうそちらを見なかった。
画面の中に映っているのは、ヴィランとなった出久。
そして、そのすぐ近くにいる自分だった。