ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
「ここが、高度育成高等学校……」
アズ・セインクラウスは、校門を前にしてポツリと呟いた。
彼女はこの学校の新入生であり、その証明として生徒の証である赤い学生服をまとっている。
高度育成高等学校――略称『高育』――は、『将来の日本を背負って立つ若者世代を育成すること』を目的に設立された学校であり、それを思えば外国人の少女であるアズが入学を認められたのはおかしいようにも思えるが、その一方で昨今の『グローバル社会』を思えばおかしくないようにも思える。
アズ自身、入学が認められたのは都合が良いと感じているし、だから深く考えないようにもしている。藪をつついて蛇を出す――ではないが、それで入学が取り消しになったら目も当てられないからだ。ここまできてそれはないとは思うのだが、念には念を入れて損はない。
こう見えて、アズは割と波乱万丈な人生を送っている。まず、アズ・セインクラウスという名からして本名ではない。本名は既に忘れてしまった。
早くに両親を亡くしたアズは施設に引き取られ、そこで育てられたわけだが、それがまあ常軌を逸した施設であった。まるで『天才を生み出さん』とばかりの教育環境。同じ施設の家族とも友人とも言える相手が、一人、また一人と精神を病んでいく。狂っていく。
子供ゆえにその環境から抜け出すことも出来ず、必然としてその様子を見続けることになってしまったアズには、それがトラウマとして刻まれている。同時、その過酷さから思い出のほとんどが塗り潰されてしまったのだ。
唯一の救いは、そんなアズにとって兄と呼べる人物がいたこと。名をエッジ。当然のように、こちらも本名ではない。
アズもエッジも、施設の者によって付けられた記号なのだ。
アズはAZ。施設に入居当初の検査により『非常に才能が豊か』と認められたことに起因する。それにより、『最初から最後まで』=『全て』という意味を込めてAZというコードが付けられた。
一方のエッジはEDGE。反抗的な態度が強いことに起因している。
そんなエッジの導きと協力があり、アズは記憶の大部分を失いトラウマを抱えこそすれ、人間性を失わずに済んだのだ。
そしてある日、エッジとアズは施設を脱走したのである。他の面々が気にならないと言えば嘘になるが、一緒に連れ出す余裕はなかった。あくまでも二人だからこそ脱走が叶ったのだ。
それに、幼い頃からの気心の知れた面々は『既に壊れていた』という理由もある。
施設を脱走した二人は当て所なく彷徨った。経緯が経緯のため、一所には長く留まれないのも一因だ。
身分証は持ち前の技術を持って偽造した。コンピュータ社会だからこそ可能なことではあったが、その程度が出来ずしてAZとは付けられないだろう。アズは施設で学んだことを表に出さなかっただけで、しっかりと習得はしていたのである。
お金に関しては、エッジが日雇いのバイトをしたり、二人に絡んできた不良を叩きのめして失敬した。不良が相手とあって、心はそれほど痛まなかった。
そんなある日、二人は一人の女性と出会った。名をミツバ・グレイヴァレー。本名を灰谷光羽というらしい日系ハーフの人物。
三人は不思議と馬が合った。エッジとミツバは喧嘩ップルもさながらの様相を呈し、それもあってアズはミツバを姉と慕い、ミツバはアズを妹として接した。
彼女の協力もあって日本にやってきたアズは、彼女の家に居候しつつ学校にも通わせてもらった。
なお、生活費や学費は株で稼いで、自分で支払った。一方的なお世話になるのは心苦しかったからであり、幼いアズには働き口が無かったからでもある。元手は多少投資してもらったが、それに色を付けて取り返せるだけの素養がアズにはあった。
これもまた施設で身に着けた能力である。嫌悪感が強い施設での日々だが、こういう部分では感謝もしている。決して口には出さないが……。
僅か一年足らずだったが、日本の中学校で過ごした日々は新鮮だった。過去の境遇もあり、自分から積極的に他人へ働きかけることは少ないアズだったが、そんなアズにも接触してくる人物はいた。
特に櫛田桔梗という少女に対しては感謝の念が堪えない。承認欲求の塊であり、それに伴って猫かぶりが凄まじい少女ではあったが、その擬態によってアズが救われたのも事実だ。
そして、最終的には親友と呼べる気安い間柄になった。その分だけ、アズに対する桔梗の愚痴吐きが凄まじかったのは否定できないが……。
「桔梗は今頃どうしてるかな……?」
アズが高度育成高等学校への入学を目指したのは、ミツバからの推薦があったのも事実だが、謳い文句に惹かれたのも一因だ。
三年間の寮生活と、許可なき外部連絡の禁止。そして、卒業生に対する希望進路の融通。日本政府の直営校というのも良い。
これらの要素は、後ろ暗い過去を持つアズにとって、とても心惹かれる内容だった。
いつまでもミツバの世話にもなっていられないので尚更だ。
どうやらミツバ自身もこの学校の卒業生のようであり、彼女が若くして世界を股にかけて飛び回っていられるのも、偏に卒業特典のおかげだろう。無論、その根底に彼女自身の能力があるのは間違いないが。
まあ、そんなこんなでアズ自身は高度育成高等学校への入学を目指し、その旨は桔梗にも伝えていたわけだが、思えば桔梗の進路については訊いたことがなかった。ここら辺にも、アズの積極性の無さが表れている。
「呼んだ?」
そんな声と共に肩に手が置かれたのは、まさしくアズが桔梗のことを想起した直後だった。
聞き覚えのある声に、アズは思わず振り向く。視界に入ったのは、まさしく想起した人物――櫛田桔梗だった。
「桔梗……?」
「そうよ~。桔梗さんですよ~。アンタの後を追ってきちゃったわよ……」
最初はおどけた表情で、次いで苦笑を浮かべて桔梗は言った。
「ま、ともあれ行きましょ」
言って、桔梗はアズの手を引っ張る。
「あ、うん」
引っ張られるまま、アズも桔梗の後を追う。
当初は桔梗の予期せぬ登場に困惑していたアズだったが、程なくしてその顔には強い警戒を浮かべた。
「桔梗、ちょっと止まって」
「うん? どうしたのよ?」
言葉と同時にグイと引っ張ると、桔梗は小首を傾げつつも素直に止まった。
「見られてる」
「見られてる……?」
端的に語ったアズだが、端的過ぎて桔梗には伝わらなかったと理解する。
「そう、監視カメラで見られてる」
「でも、それって普通のことじゃない?」
「桔梗がそう思うのも無理はないけど、私も日本の中学校に通ったから分かることもある。数が異常。ハッキリ言って多過ぎる」
チラチラとアズが視線を動かせば、桔梗もそれに倣い――見るからに表情をドン引かせた。
「オーケー、納得。確かにこれは異常だわ……。で、どういうことだと思う?」
「まだ分からない。けど、一筋縄じゃ行かないと思っておいた方がいい。実際、姉さんもそんなことを言ってた」
「ミツバさんが?」
「うん。『苦しいこともあるだろうけど、タメになるのは間違いない』って。今までは青春とかモラトリアムを示唆した教訓かと思ってたんだけど……」
「流石にコレを見るとね……。ま、考えても分かんないモノは分かんないわ。今は情報が足りなすぎる。とにかく校舎に向かいましょ?」
「それもそうだね」
桔梗の言うことは尤もである。アズは素直に同意を示し、一抹の不気味さを覚えつつ校舎へと向かった。
校舎前の掲示板には、新入生のクラス分けが貼られていた。
「クッ、人垣が邪魔で見えない」
「アンタ、女子の中でも殊更に小柄だもんね」
アズが舌を打てば、桔梗が揶揄いつつも掲示板を確認した。
「……お! 個人的にはラッキーかな。私とアンタ、同じクラスよ」
「そうなの?」
「うん。Bクラスだってさ」
桔梗の言葉にアズが頷く。
「お! お二方もBクラス? 私も私も! クラスメイトとして一つよろしく!」
そんな、人懐っこい声が二人に掛けられたのはほぼ同時だった。
ドタプン!
振り向いたアズの目に真っ先に入ったのは、その立派な胸部装甲だった。いや、立派なのは胸部装甲だけじゃない。全体的に『セクシー』であった。制服を着ていてもそれが分かるくらいにはセクシーである。
「グヌヌ……! 桔梗といい、何だってどいつもこいつも……!」
自身のスタイルと見比べてしまい、落ち込むと同時に思わず睨みつけてしまうアズであった。
「はいはい、嫉妬しない。スタイルはともかく、アンタも十分に美形であることには違いないんだから。それに、ロリにはロリの需要があるってもんよ」
乱雑にアズの頭を撫でさする桔梗。
「ちょっと、やめてよね。それに私はロリじゃない! そりゃあ、他に比べると小柄であることは認めるけど……」
アズはアズで、乱雑に桔梗の手を打ち払って髪を整える。
そこには確かな慣れがあり、それは紛れもなく二人の親密さを表していた。
「ふふ、仲がいいね。その様子から察するに、二人は入学前からの知り合いなのかな?」
「うん、そうだよ! 私は櫛田桔梗っていうの。これからよろしくね!」
問いかける少女に対し、桔梗は見事な猫かぶりで返した。アズに対する態度とは全く異なるため、それが猫かぶりであることは少女にも一目瞭然だったが、だからこそアズと桔梗の親密性を表してもいた。
「う~ん。出会ったばかりだから仕方ないけど、それが櫛田さんの『余所向けの顔』ってわけね。私も早く雑に扱ってもらえるように距離を詰めたいものだわ。……名乗り遅れたけど、私は月ノ輪フォルテだよ!」
「……アズ・セインクラウス」
フォルテに対し、アズは名前だけを返した。フォルテを警戒していたからである。
その過去もあり、アズは見た目と裏腹に戦闘能力が高い。気配察知も同様だ。
しかし、アズは声をかけられるまでフォルテの気配に気づくことが出来なかった。確かに人垣で混雑しているが、だからこそ常以上に警戒していたし、気配を隠されたなら逆に気付く。つまり、異常を『異常』と認知させなかった。
アズとしては、これで警戒しない理由がない。
「ありゃ、思いの外嫌われちゃったかな……?」
苦笑いを浮かべながらそんなことを宣いつつ、フォルテは更に口を動かした。しかし、声は出ていない。本当に、ただ動かしただけだ。
だが、そこには確かにアズに対するメッセージがあった。持ち前の才能と、それを磨かれた過去が起因して、アズはフォルテの唇の動きを読むことが出来た。すなわち読唇術である。
「私は忍者。後で話をしましょう、認識番号1054」
声には出さず、フォルテはアズに対してそう言ったのだ。
そして、それを読み取ってしまったからこそ、余計にアズの警戒心は高まり、その一方でトラウマがフラッシュバックした。1054とは、施設におけるアズの認識番号だったからである。それを知っている者は自然と限られ、可能性が高いのは施設の関係者に他ならない。
トラウマの発生と共に過呼吸に襲われたアズだが、理性は必死にブレーキを掛けていた。その理由もまた、フォルテのメッセージにあった。『私は忍者』という前半部分である。
短いながらに日本での生活を経て、アズは忍者にも一通りの知識は得ていた。端的に言うと、かつてこの国に存在していたという諜報集団にして、時には暗殺も行う戦闘集団である。伊賀だの甲賀だの風魔だのと色々存在したみたいだし、その末裔が今の世に残っている可能性自体は否定できない。
そして今現在もそれをやっているのであれば、アズの過去と施設の情報を知っていたとしても不思議はないし、アズの警戒を掻い潜ったことにも理解はできる。
「ねえ、この子に何かした?」
笑顔を浮かべ、だけど紛れもない怒気を込めて、桔梗はフォルテに問いかけた。
曲がりなりにも親友だ。詳しくは知らないが、それでもアズとその兄がけったいな過去を背負っているのは分かる。そして、時折そのトラウマに苦しめられていることも。
それを知る桔梗にしてみれば、アズがこうなった原因はフォルテにあるとしか思えなかった。
「そう見えた?」
フォルテは桔梗の質問に質問で返した。
「……ううん、私には分からなかった。あなたが口を動かしたように見えたけど、私に分かったのはそれだけ。それであなたにアズがこうなった原因を求めるのは、ただの難癖にしかならない」
深く息を吐き、怒りを静め、桔梗はフォルテにそう返した。
これでフォルテに難癖を付けたところで、それは桔梗の自己満足に過ぎない。
他人への接触を怖がる癖して、他人との接触を人一倍求めているのがアズなのだ。それでいて、基本的には心優しい少女である。
アズのことで怒っているのに、確たる理由もなしに原因を求めるのは、逆にアズを困らせることになる。桔梗はそう判断したからこそ、怒りを静めたのだ。
「ホント、仲がいいね。正直に言って羨ましいな。私、今まで友達っていたことがないから、尚更にそう思うよ……」
「え!? あなた、そのナリでボッチだったの? もしかして、その態度って『高校デビュー』っていうやつ?」
アンニュイな表情で呟くフォルテだが、桔梗は容赦がなかった。
他者からの称賛を集めるのが目的とはいえ、そのために他者との距離を縮めるのに執心した桔梗は、紛れもなく社交性に重きを置く人物である。
ボッチにはボッチの道理があることは理解するし、多様性として尊重もしているが、その一方で『理解しきれない』とも思っている。ボッチとは社交性に重きを置かないが故にボッチであり、桔梗とは根本的に真逆の存在なのだ。
まあ、こうして自発的に声をかけてくる分、フォルテはボッチからの脱却を目指しているのかもしれないが、そうであるならば経験不足も否めまい。
「まあいいわ。これもクラスメイトの誼。あなたがボッチ脱却を目指すなら、私も協力してあげるね」
「はは、ありがと」
フォルテは苦笑いだが、上手いこと話は逸れたし、距離が縮まるのは彼女としても望むところである。
「ごめん、もう大丈夫。早く教室に行こう」
そうこうしている内にアズも復調し、三人揃って教室に向かうのだった。
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