ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~   作:山上真

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第103話:配給時の一幕。

「水をお求めの方は学生証の提示をお願いしまーす!」

「先着順、かつ配分上限がありますので了承をお願いします!」

「スムーズな引き渡しのため、整列をお願いします!」

 

 一年の学生寮、その食堂では生徒会一年メンバーである三人が声を張り上げていた。

 午後六時の段階で学校側から全生徒に対して正式な通達が行われたわけだが、如何せん、断水自体はそれ以前から起こっていた。あくまでも通達可能な状況になったのが午後六時なだけである。

 必然、水に困っていた生徒たちは、通達が届くや否や、我先にと食堂にやってきた。当然、食堂のスタッフだけで対応できるわけがない。そのままでは混雑・混乱するのが当然で、場の整理は必要不可欠である。

 その事態を予測すればこそ、一年の生徒会メンバーと各担任教師が駆り出されているわけだ。

 生徒会メンバーの三人が食堂にやってきた生徒たちを整列させ、各担任が学生証とリストの照会を済ませて――無料ではあるが――水の販売処理を行い、食堂のスタッフがレシートを確認して水を渡す。

 少ないながらも人手を分散し、作業を工程化することで、どうにかこうにか対応できていた。

 

「チッ、まだかよ……」

 

 とはいえ、可能な限りスムーズに運ぶことを心掛けていようと、あくまでも心構えでしかない。現実には一人当たりに時間が取られるのが道理であり、並ぶ生徒に不満が起こるのは無理もなかった。

 それ自体には理解を示すが、だからといって許す道理はない。

 

「不満があるなら並ばなくて結構だ。とっとお帰り願おう。こちらはあくまでも善意で水を提供しているに過ぎないのだからな。

 他に並んでいる者にも告げるが、この状況で堂々と不満を口に出されると、こちらとしても対処しきれなくなる。不満や不安というものは伝播するものだからな。

 こちらとて人手が限られている状況で、この突発的なトラブルに対し可能な限りの対処はしているのだ。そも、断水が起こっているのはうちの寮だけではない。他に人が割かれるのは道理だし、水道局との情報確認にも割かれている。その上で、夏休みといえど教師には業務もある。

 こちらとしては、その事実に対し理解と協力を差し出せない輩に水を配る道理はない。そんな奴は実力者ではないからな」

 

 舌打ちして愚痴を零した生徒を目ざとく発見した清隆が接近、警告を発した。当人のみならず、他に並ぶ生徒にも聞こえるように。それはつまり、他の生徒たちに対する警告でもあった。

 舌打ちした生徒はダシにされた形だが、その甲斐あって、不満は本格的に爆発する前に収縮した。

 こういう場合には学校の掲げるお題目が役に立つ。高度育成高等学校が生徒に求めるのは『実力者』足ることであり、優先するのもまた然り。そして、学校の定義する『実力』は単なる学力や身体能力に限らない。モラルやコミュニケーション能力だって対象となる。

 その事実があるからこそ、『この状況で周囲へ配慮することなく騒ぐ輩』は排斥されても追い出されても仕方がないのだ。

 

「しゃべるな、会話するなとは言わないから、不満を口にするのは抑えてねー!」

「必要以上に騒がれると、水を受け取るのが遅くなるだけですよ?」

 

 ダメ押しとばかりに、桔梗とアズも言葉を続けた。

 

「ちょっといいか? トイレに行きたくなったんだけどよ、この場合はどうりゃいいんだ? 一旦外れて最後尾から並び直すのは流石に勘弁なんだが……」

 

 手を挙げてそう言ったのは須藤だった。一列に並んで渋滞しているとなれば、当然にして起こり得る事態と言えるだろう。

 

「悪いが、それに関しては『本人の判断不足』と捉えてもらうより他にない。先ほど綾小路も言っていたが、今回の断水は『予定されていた事柄』ではない。『突発的なトラブル』だ。

 一応、事前のタレコミが無くはなかったが、それとて占いを起因としたものだ。組織が大々的に動くには根拠として乏しく、諸々の準備をするには圧倒的に時間が足りない状況でもあった。――それでも動いた結果として、こうして水を配ることが出来ているのだ。

 しかしながら、『人手不足』までは如何ともしがたいのが実情だ。こちらで配慮・対応するにも限りがある。

 小中を含めたこれまでの学校生活、そして先日の特別試験。その双方で、お前たちは『事前のトイレ』を済ませるように何度となく聞いてきた筈だ。

 今回は特にアナウンスしたわけではないが、状況が状況だ。混雑するのは目に見えているし、相応の時間が掛かるのは想定しておいて然るべきだ。

 あくまでもお前たちは『求める側』なのだ。『配る側』の意向に左右される部分が出てくるのは否めない」

 

 須藤の質問に答えたのは、綾小路ではなく真嶋だった。

 その言葉には筋が通っており、オマケに答えたのが学年主任である。生徒としては、不平不満があろうと飲み込むしかない。口答えしても無駄なのは普段が――()()()()()()が証明している。

  

「だが、こちらも諸君の焦燥は理解しているつもりだ。実際に断水が行われてから通達が行くまで結構な時間があったのも事実だしな。先行き不安なればこそ耐えられていたことも、見通しが立った途端に安堵し、気が緩み、耐えられなくなるのは珍しいことではない。

 故に、こちらも救済策は用意している。幸いなことに、この場には三人の生徒会役員がいる。基本的には場の整理に当たってもらっていたが、時間の経過と共にその必要性が薄れてきたのも事実だ。諸君らが用を足しに行く間、代わりに彼ら彼女らに並んでもらう。

 例えば須藤、お前が今からトイレに行くのであれば、その間は代わりに綾小路に並んでもらう……といった感じだ」

 

 しかし、続けられた言葉で一筋の希望が射した。

 今現在起こっているトラブルが『断水』というのも大きいだろう。水に不安がある状況では、用を足すのとて容易ではない。どうしたって『使用後に流せるか?』といった不安が付き纏う。

 だからこそ、常日頃から提唱されている『事前の用足し』は適用しきれないのだ。『用を足しました。でも、水がないので流せていません』では、別種の問題を生むだけだ。

 この状況では、『我慢に我慢を重ね、水を確保した後に用を足す』のもあながち間違いではない。

 かといって、必要以上の我慢もまた身体にとっては害である。

 学校側としては、()()()()()()()()()()を用意する必要に迫られるのが道理だった。

 

「しかしながら、この状況で『絶対の正解』などあり得ないのも事実。故に、生徒会役員に代行を頼みたいのであれば、『己が実力』を以て交渉しろ」

 

 真嶋の言葉に、並んでいる生徒たちの一部は納得した様子を見せ、一部は首を傾げていた。学校への適応具合がよく分かる光景だった。

 

「取り敢えず、須藤。オレが代わりに並んでおくから、お前はトイレに行ってこい」

「いいのかよ? 特に『実力』なんて見せてねえぜ? てか、何を見せればいいのかも分かってねえんだけどよ……」

 

 清隆が須藤を促すと、当の本人は首を傾げて宣った。

 

「これでもオレはお前のことを『友人』だと思っているんでな。すなわち、常日頃の友諠・人脈という『実力』の結果だ」

「ッ……! 悪いな、ここは頼んだ!」

 

 清隆の言葉に須藤はハッとした様子を見せ、言うなりこの場を後にした。よほどに切羽詰まっていたのだろう。走りこそしていないが、その歩幅は大股だ。

 それを機に、他にもトイレを我慢していた者たちだろう。ソワソワとした様子を見せる者たちが続出した。

 そんな中で、手を挙げる生徒が一人。

 

「アズ・セインクラウス。2000ポイントで交代をお願いしたいのですが、よろしいですか?」

 

 それは真嶋クラスに所属する女子、森下藍だった。干支試験を通じ、アズとは知らない仲ではない。

 彼女が仕掛けたのは、この学校では定番とも言えるポイントによる交渉だった。アズの守銭奴ぶりに目を付けた見事な一手と言えるだろう。

 

「知らない仲じゃないし、500ポイントでいいよ。ぶっちゃけ、ポイントはもらわなくてもいいんだけど、それで次から次へと交代を求められるのも面倒だし……。

 うん。私に交代を頼む人はポイントでの交渉をお願いします。価格は時価です」

 

 それに対するアズの返答がコレだった。

 アズは確かに守銭奴ではあるが、あくまでもそういう一面があるだけで『お金第一』というわけではない。普通に『情に厚い』一面も持ち合わせている。

 だからといってこの状況下、引っ切り無しに交代を求められるのも面倒だ。世の中『人情』は大切だが、人情だけではやっていけないのである。

 それ故の『落としどころ』として、アズはこれ幸いと『ポイント交渉』を提示したのだった。

 瞬間、整列者たちに騒めきが奔る。

 アズは『価格は時価』と宣う一方で、藍が提示した金額から大幅に引き下げたのだ。同時、『知らない仲じゃないし』とも口にしている。

 つまり、『どれだけ水を手に入れたいか』、『どれだけトイレに切羽詰まっているか』、そういう部分を『本人の熱意』として提示するポイントに表せ。その上で、『互いの関係性から、ポイントを上乗せもすれば引き下げもする』と、暗にそう言ったに等しいからだ。

 手持ちに余裕がありながら最初から安く済ませようとするようでは、『熱意の欠如』と受け取られてもおかしくはない。かといって、ポイントに物を言わせて高値を提示するようでは損の方が大きいだろう。

 確かに、整列者たちは『実力の提示』を求められることになるのだ。

 

「じゃあ、コレで」

「……うん、確認したよ。じゃあ、代わりに並んでおくから」

 

 ポイントのやり取りを済ませ、藍はその場を後にして、アズが代わりにその場に並んだ。

 自然、群衆の目線は最後の一人である桔梗へと向かった。

 

(はぁ~、視線がウザッ!)

 

 桔梗はそんな内心を一切として表に出すことはなく、群衆を見回して真っ直ぐに歩を進める。

 

「大丈夫? 代わりに並んどくから行っといでよ」

 

 そして、とある女子に対してそう告げた。そのまま、ポンと背中を押して動きやすくする。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 背中を押された女子――誕生日を迎えたばかりである井の頭心は、ペコリと頭を下げてその場を後にする。

 真嶋は確かに『己が実力で交渉しろ』と言ったが、誰も彼もが自発的に行動できるわけではないのだ。その言葉に従っていては、必ず()()()()()()、或いは()()()()()()生徒が現れる。

 この学校のシステムが、そういった生徒に対して優しくないのは、もはや誰もが理解していた。――理解して、諦めていた。

 しかしながら、世の中には誰かに見つけ出しててもらい手を引いてもらうことで、初めて輝けるようになる人物もいるのである。そのことを、桔梗はよく知っている。

 故に、この場における桔梗の行動基準はまさしく『救済』だった。それが自分の人気取りにも繋がるので、桔梗としても拒む理由はない。

 そして、誰も彼もがその光景に目を見開いた。

 確かに心はソワソワとした様子を見せていたが、言ってしまえばその程度。この状況では珍しいことではないし、自発的なアピールも皆無に等しかった。――にも拘らず、桔梗はそれを見逃さなかったのだ。

 大したことではないように思えるが、実行するのは至難の業である。

 

「悪いな。助かったぜ、綾小路!」

「気にするな」

 

 そうこうしている内に須藤が戻ってきて、清隆と交代で列に戻る。

 

「綾小路! 次は俺と交代いいか!?」

 

 列から外れた清隆に対し、手を挙げて声をかけたのは池だった。

 清隆は池の元へと足を進める。

 

「池。ついでだから、オレたちと先生たち、食堂のスタッフたちの分、何か飲み物でも買ってきてくれ。無論、ポイントは払う」

「お、おお、分かった! ポイント払ってくれるってんなら、そのくらいはお安い御用だ!」

 

 ポイントのやり取りを済ませた途端、池は()()()()()()()とその場を後にする。

 清隆が池に頼んだのは、それだけ須藤が切羽詰まっていたのも一因だが、須藤には期待できなかったのも大きい。しかしながら、池はその交流関係が広い。デリカシーの無さを非難されることもあるが、それだけ積極性があればこそでもある。その積極性は生徒だけに留まらず、教師やスタッフにも及んでいる。

 清隆はその事実を知っていた。故に池に頼んだのだ。池であれば、各々の好みに合った、或いは外れのないドリンクを買ってくると踏んだのである。 

 

「お待たせしました、アズ・セインクラウス。お陰で助かりました」

 

 今度は藍が戻ってきて、アズと入れ替わりで列に戻る。

 

「アズちゃ~ん、今度は俺と交代いい?」

 

 次にアズに声をかけたのは、藍と同じく真嶋クラスの橋本だった。

 

「構いませんよ。何ポイント出しますか?」

「んじゃ、最初に森下ちゃんが提示したのと同じ2000ポイントでどう?」

「オーケーです。それじゃあ、ポイントをお願いします」

「え!? 俺の方は値引きなし!?」

「する理由がないじゃないですか。藍と違って()()()()でもないんですし。いやまあ、有栖の派閥ということは知ってますけど、その程度の関係でしょう?

 付け加えると、私、()()ってあんまり好きじゃないんですよ。否定はしませんけどね」

 

 アズの言葉に橋本は僅かに顔を歪め、それでもポイントを譲渡してその場を後にした。

 そうこうしている内に今度は心が戻ってきて、桔梗はまた別の生徒を送り出す。

 もはや一種のルーチンが出来上がっていた。

 そして、行きと異なりビニール袋片手に引き下げて戻ってきた池は、まずは教師と食堂のスタッフに中身のドリンクを渡し――

 

「アズちゃんと櫛田ちゃんはどこ~?」

 

 群衆に向けて問いかけた。

 

『ここ』

 

 声と挙手。双方で応えが返ったこともあり、池も容易に見付けることが出来た。

 

「んじゃ、これがお前の分な。助かったぜ」

 

 アズと桔梗にもドリンクを渡した池は、清隆の元に戻り、袋ごと渡しながら礼を言う。

 

「気にするな。……しかし、やはりお前に頼んで正解だったようだな」

 

 ドリンクを受け取った面々の表情を見回して清隆が言った。

 見事なまでに表情がほころんでいる事実が、確かに池の実力を表していた。

 そして、そう告げる清隆の表情もまた、微かながら笑みを浮かべているのだった。




原作ではサラリと飛ばされてますけど、突発的な断水で、それでも『学校側で水を用意して配ります』って通達がきたら、普通に考えて混雑するよな……と。

なので、この学校特有の要素を加えつつ、想像の上でそんな場面を描写してみました。

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