ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
「南雲先輩の厚意は嬉しいが、んなことを私たちに言われてもな……。どうしろってんだよ、一体……。いや、本当に……」
テーブルに突っ伏したユキが溜息を吐いた。
「俺たち自身の心情や意向はさて置き、やれることをやるしかないだろ」
「うちのクラスってアズや桔梗ちゃんの働きが大きいもんね。あの二人の間がギクシャクしちゃったら、クラス全体にどれだけの被害が出るか……」
嘆くユキに、克己と愛里が続く。
無論、その二人以外にも清隆を始め帆波や神崎といった頼りになる人材はいる。しかし、それはそれとして、アズと桔梗の働きが大きいのは否定しようがない。それが事実で現実だ。
「フフ、いいことを聞かせていただきました。個人的に思うところがないではないですが、星之宮クラスの弱体化はうちのクラスにとっては望むところです」
「公私は別ってね。プライベートを叩く気はないし、必要以上にちょっかいをかける気もないけど、仮に『試合の場』にそれを持ち込んでいる様だったら容赦はしない。遠慮なく叩かせてもらうから」
三人にとって最悪なのは、別クラスに所属する有栖、真澄、池が同席している状況で南雲が語ったことだろう。
案の定、有栖は笑みを見せてきたし、真澄も笑みこそ浮かべていないものの加減する気はなさそうだ。
「そこについては俺も同じだな。確かに俺たちは『同じ学校の仲間』だが、根底にクラス闘争が敷かれている以上、同時に『敵同士』でもある。
うちとそっちのクラスの同盟だか停戦だかは、あくまでも『利害の一致』があればこそだ。基本的に、全クラスが掲げているのは『Aクラスでの卒業』だ。そのために必要だから、時には敵対を避けもするし、協力もする。
それでも、どれだけ良好な関係を続けようと、いつかはぶつかることになるのが現実だ。
頼りにならねえ奴を頼り続けると、足を引っ張られて泥沼に沈むことになる。俺はそんなのは御免だ。
リーダーとなった平田の方針もあるから可能な限り手は差し伸べるつもりだが、限度があることは覚えておいてくれ」
そして池。
池の言うことは何も間違ってはいない。
「ああ。正直、そう言ってくれるだけでもありがたい」
星之宮クラスは最終決定権こそクラスリーダーの帆波が持っているものの、独裁と言うよりかは合議制の側面が強い。
そして、アズ、桔梗、清隆の三人は、生徒会役員になると同時にクラス運営には積極的に携わらなくなったが、その能力の高さもあって頼られることは多い。高い影響力を有しているのだ。だからこそ、その不調はクラス運営にも支障をきたす。
「まったく……。夏休みは明日までしかないってのに……」
克己は溜息を隠せない。
五月に『Sシステム』のネタ晴らしが入ったように、新学期に
何も知らないまま
「普段の方針が仇になったな。『可能な限り敵を作らない』は結構なことだが、それには相応の自衛能力が求められる。綺麗事を貫くにも、それを後押しするだけの暴力は必要だ」
「たとえあの二人が機能しなくなっても、自衛能力はある。――あるけど、あの二人がどれだけ補正を掛けているかって話だからね……」
「兵士が兵士足り得るのは、優れた指揮官に指示され、
「私も同意見です。だからこそ、南雲副会長は敢えてこの場で伝えたのだと思いますよ? 『順風満帆』は詰まらない。『波瀾万丈』の方が面白い。見たところ、彼ってそんなスタンスの人物でしょう? そして、『群れの実力』よりは『個の実力』を尊ぶ。
率直に言って、そちらのクラスとそれ以外のクラスでは差がありすぎるんですよ。いやまあ、それが『実力差』だと言ってしまえばそれまでなんでしょうが、そこに面白みを見出すかは人それぞれのタイミング次第です。
いかなる手段を用いてかそちらのクラスが初期に確保した大量のPP。南雲副会長の目的は、この機会にそれを放出させることでしょうね。
そうすることで、一年同士の戦いを面白くしようとしている。……少なくとも、これが私の見解です」
三人の意見に有栖が重ねる。
「間違っては、ないだろうな……」
否定できない。むしろ同意できる部分の方が大きい。
そもそも、入学早々に一クラスが丸々あれだけ大量のポイントを手に入れたこと自体、学校側としては想定外の筈だ。『協調性の高さ』、『団結力の高さ』が学校側にとって仇となった形である。
無論、その『想定外』を歓迎する者もいるだろうが、中には歓迎しない者もいる。そして、南雲は『歓迎しつつも歓迎していない』。言ってしまえばそれだけのこと。
「あ~もう! めんどくさい! 私たちが今ここであーだこーだと頭を悩ませたところで解決することじゃないんだから、今はほっとくのが一番だ! てなわけで、プールに行くぞ! ここまで来て遊ばないで何とする!」
言葉通り、考えるのがめんどくさくなったのだろう。ユキが吠えて立ち上がった。
「……だな」
「……だね」
暴論ではあるが、道理ではある。顔を見合わせ一つ頷き、克己と愛里も立ち上がる。
クラスのことを第一に考えれば、一刻も早く帆波なり神崎なりもこの場に呼んで相談するのが正しいのだろうが、三人にとっては論外である。
帆波を呼べば高確率で千尋や麻子が同行してくるだろうし、神崎にしても柴田がついてくる可能性が高い。帆波と神崎だけならまだ大丈夫だが、人が増えれば途端に堪えられなくなるのが克己たちである。グループ名『陰キャの集い』は伊達ではないのだ。
そもそも、話し合ったところで一朝一夕で解決策が見出せる筈もない。ならば、少しばかり報告するのを遅らせたところで問題もない。これが吉と出るか凶と出るかは、それこそ『運否天賦』だろう。
極論すれば『クラス全体の問題』に繋がるのだから、必要以上に三人が背負い込む必要もないのだ。
それを『現実逃避』と言われたら否定はできないが、人が安穏と生きるためには、時にはそれも必要となる。
そして実際に席を立ちプールへ向かう三人を、有栖は何を言うでもなく見送った。
「私たちも行きましょうか。……浮き輪とかゴムボードとかってレンタルしてますかね?」
「ああ。言えば貸し出してもらえるぜ。やっぱ、生徒の中には泳げない奴もいるんでな。よければ案内しようか?」
有栖の質問に答えたのは、しかし真澄ではなく池だった。連日訪れていることからして、ある程度は実地で把握しているらしい。
「お願いします。やはり、ここまで来てプールに浸からないというのもね……。泳ぐことは出来ませんが、浮き輪やゴムボードを使って『流れるプール』にプカプカ浮かぶくらいなら出来ますし、それでも十分に楽しめるでしょう」
この齢になって大衆の前で浮き輪を使うことに対しては、有栖としても羞恥心がないではない。
だがそれも、理屈で押し流せる程度であるのも間違いなかった。有栖が泳げないのは、医者も認める『正当な理由』によるものだ。である以上、自分のプライドを抜きにすれば恥ずかしがる理由など微塵もない。
これでバカにする者がいたら遠慮なく訴えてやろう。……そんなことを考えながら、有栖は池の先導で遊泳具の貸し出し所へ向かうのだった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
浮き輪を装備した有栖が『流れるプール』に浮かんでいた。
ゴムボードは貸し出し所の判断で却下された。どれだけ注意を払ったところで、ゴムボードには横転の可能性が否めない。である以上、万が一を考慮すれば『自力で復帰できること』が貸し出しの最低条件であるらしい。そして当然ながら、有栖はその条件に該当しない。
「こうしてるだけでも楽しいね」
「……ですね」
愛里の問いに有栖は答える。
浮き輪の貸し出しは許可されたが、有栖の身体状況を鑑みれば一人で放置など出来るわけがない。当然の処置として、『プールに入る際は同行者の中から誰か一人は傍に付いていること』が義務付けられた。
そして、有栖を除く一行の中で最も身体能力が低いのは愛里である。それもあり、愛里が自発的にその役目を引き受けたのだ。
そのこと自体には有栖も感謝している。仕方のない部分もあるが、普段から真澄を便利に使っているのだ。『偶の機会には羽を伸ばしてほしい』という思いくらい、流石の有栖も持ち合わせている。
だが――。
「はぁ……」
だが、体型がモロに分かる水着姿で隣り合わせているからこそ、その残酷なまでの
背丈の差は殆どない。隣の少女は自分より僅かに高い程度である。――にも拘らずその胸部装甲は、片やドタプ~ン! 片やストーンでペターンである。悲しいことに後者が自分だ。
恨んだところで、そして羨んだところで、どうにかなるものではないし、どうにか出来るものでもない。それは分かっているが、理解と感情は別物なのである。
「はは……」
愛里は有栖の様子に気付いているが、それに対して言及することはない。単に苦笑を浮かべるだけだ。
未だ人付き合いが苦手で交流関係も狭い愛里だが、それでも中学時代よりは広まりと深まりを見せているのだ。それに応じ、自分に対する
そして有栖の反応は、ユキやアズを始めとする、いわゆる『スレンダータイプ』に共通するものであることを理解するには十分だった。
しかし理解したところで、愛里に出来ることなど何もない。ヘタに言葉をかけたところで、余計に怒らせるか傷付けるだけである。『百害あって一利なし』だ。
「佐倉さんは……」
「うん?」
そうこうしている内に、有栖がポツリと口を開いた。愛里は小首を傾げて有栖を見やる。
「佐倉さんは、清隆くんのハーレムには属してないんですよね?」
「そうだね。同じグループには属しているけど、ハーレムには属してないね」
「属する予定はありますか? 正直、清隆くんが佐倉さんを誘わない理由が想像できません」
「そうだね。実際、改めて友達になった時、婉曲的に誘われたね。――断ったけど」
「ッ……!? そうですか……」
愛里の返事を聞いた有栖は、息を呑み、続く言葉を聞いて安堵の息を吐いた。
「坂柳さんは本当に清隆くんのことが好きなんだね。――正直に言えば、少し羨ましいかな……。
坂柳さんの前でこんなことを言うのはどうかと思うけど、私って他の人よりも胸の発育だけは早かったからさ。それで嫌な目にも遭ってきた。他人に対して必要以上に心を閉ざしてしまうくらいにはね……」
愛里は静かに語る。
有栖はその場面を想像できたし、理解を働かせることも出来た。人とは、『自分とは違う』存在を排斥する傾向を持つ生き物である。その『違い』は実に種々様々だ。周囲よりも一早く胸が育った女子がいたなら、排斥されるには十分だろう。
やった側にはそんな意識はないかもしれないが、当人がどう受け取るかは別問題だ。有栖もまた『先天性心疾患』という他者とは違う要素を持つからこそ、そのことはよく分かる。
理屈で考えるなら、『同情』は決して悪いことではない。善良性と優しさの証明とすら言えるだろう。それは有栖も認めているし、それによって助けられてきたのも事実だ。
しかしながら、有栖は自他共に認める『天才』である。十分に誇れる部分を持っていたし、その自信があったからこそ、屈折して受け取ってしまったのも事実である。
有栖にとって、『同情』とは『見下し』に他ならなかった。そして、それは決して間違っているわけではない。人とは、余裕がある状況でこそ他者へと手を差し伸べる生き物なのだから。
言い換えると、『自分に余裕があるから、有栖に同情する余裕がある』ことになってしまうのだ。
自らを『天才』と自負する有栖だからこそ、余計に我慢がならなかった。『無能や低能が、ただ五体満足に身体を動かせるだけで私を見下すのか!?』……有栖がそんな風に思ってしまうのは無理からぬことだったし、そう思いながらそんな連中の助けなしには日常生活も儘ならない事実が、余計に有栖を頑なにさせた。
そんな状況下、有栖は必要以上に他者を『駒』と定義することで、どうにか己を保ってきたのだ。だって、有栖の周りには有栖と並び立てる存在がいなかったのだから。
それでも、幼少期に清隆を目撃したことは、有栖にとって一つの救いになった。それによって、有栖には『明確な目的』が生まれたからだ。目的もなしに傍迷惑に暴れ回る事態は防がれたのだ。
「でも、やっぱり憧れちゃうんだよね。『友達』、『親友』、『恋人』って関係にさ……。
だから、それが具体的にどんな関係なのかは分からないけど、『このままじゃいけない!』って思ったから、自分を変えるためにも芸能界に飛び込んだ……。
だけどそれは、確かに『自分を変えること』、『自分の別側面を表に出すこと』にはなったけど、『特別な相手』を生み出すことには繋がらなかった。――むしろ、仮面を被った姿が広く認知されたことで、そもそもの目的から遠ざかることになってしまった……。
自分を見てくれる人がいるのは、応援してくれる人がいるのは素直に嬉しい。だけど、そんな人たちが見ているのは『本当の私』じゃない。
私はそう思っちゃったし、その事実に苦しんで、だから穏当にフェードアウトするためにこの学校にやって来たの。校則上、グラビアアイドルとして表立った活動は出来なくなる。出来るのは、自発的にブログに自撮り写真を上げることだけ。……普通に考えて、それでどれだけのファンを繋ぎ留めておけると思う?」
愛里が有栖に問いかける。
「さて……? 具体的な部分は分かりませんが、実際にはだいぶ減るんじゃないですか? 根気よくブログにコメントを続ける人もいるかもしれませんが、惰性で続けている可能性は否定できません。実際に佐倉さんが卒業後に活動再開したところで、どれだけの人が再び目を向けるかは怪しい部分がありますね」
有栖は少し考えて、思ったことを素直に語った。
「うん。私もそう思う。自分にも周りにも言い訳が付くと思ったの。『在学中にもやれるだけのことはやってたんです!』ってね。それであれば、事務所も私の辞職を止められないと思った……。
だけどこの学校に来て、別の危惧が浮かんだ。当然だけど、世の中は綺麗事だけじゃ回らないんだよね。素直に辞められるか、辞めさせてくれるか、危惧しないわけにはいかなくなった。
その一方で、『辞めたところで、能力の低い私に他の働き口が見付かるか?』って問題も出てきた」
「ああ……。卒業特典はAクラス限定ですからね……」
そこでもまた、愛里の未来予想図にズレが生じたのである。
確かに、今の愛里はAクラスの所属である。しかし、元々はDクラスの所属だったのだ。その事実を忘れてはならない。
「売れないアイドルが地下アイドルになって、そこからAVデビューなんてよく聞く話じゃない?」
「……否定はできませんね」
愛里の所属事務所だって、愛里には相応の金をかけている筈なのだ。その分が回収できないと思えば、直行でAVに路線変更させる可能性自体は否めない。何せこのビジュアルとこの胸だ。十分に男を欲情させることは適うだろう。
「ともかく、そんな感じで次から次に考えることが出来てきちゃって、友達とかについて深く考えてる余裕がないんだよね。
たぶん、暫くはそんな『なし崩しの状態』が続くんだと思う。そしてその果てに、『ああ、これが友達っていうものか……』って、自然と納得しちゃう。
きっと、私はそんなタイプなんだよ。深く考え始めると、ドツボに嵌っちゃって答えを導けない。それでも導いた答えは、どっかが抜けている。だから、こと人間関係に関しては、流れのままに任せるのが丁度いい。流れ流れて、そのことに自分自身で納得できれば、それが一番なんだと思う。……そう、結論付けたの。
そも、私は『猪突猛進』タイプだからね。頭で考えるのなんか向いてないんだよ」
最後に自嘲するように愛里は付け加えた。
そしてそれを、有栖は否定できない。グラビアアイドルなんぞをやっていた割には、愛里には自信と積極性が無いのだ。少なくとも、『美を誇る積極性は持っていてナンボだろう』と有栖は思ってしまうのである。
正確には持っていないわけではないのだが、二重人格を疑わせるくらいには素の態度と方向性が違う。要は、グラビアアイドルをやるに当たって、必要性に駆られてその顔を作り上げたのだ。雫とは、そうやって生み出された、文字通りの『偶像』なのである。
「そのように自分を卑下する必要はないでしょう。いえ、貴方が猪突猛進タイプであることは否定しませんけどね。その度合いは些か以上に強すぎる。
きっと、貴方の素は私と同じで『人非人』ですよ。私と同じく、他人を『人間』と定義しない方が、実力を発揮できるタイプです。能動的か受動的か、違いがあるとすればそれだけでしょう。
私は他人を『駒』と定義して、能動的に操る。貴方は受動的に相手に合わせた行動を取る。
グラビアアイドルの雫として、『ファン』や『仕事の斡旋者』に合わせた対応を取り、活動期間に見合わない人気を得た事実がそれを証明しています。
普通に考えて、あれだけ素の自分とかけ離れた行動を取ることなんて、そうは出来ませんよ」
有栖による断定は、愛里に影響を及ぼすには十分なものだった。
大衆から見ればどっちも大差なく、互いにとってもそれは同じです。
本作において、坂柳有栖は『天才』にして『怪物』です。
佐倉愛里もまた、『天才』にして『怪物』です。
無論、その肩書に相応しい人物は他にもいます。
それぞれで違いがあるとすれば、力を発揮する方向性だけです。
ただし、『天才』であろうと『怪物』であろうと、一般人と大差ない部分を併せ持ちます。
逆説、誰もが『天才』や『怪物』になり得る素養を持つのが本作です。
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