ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
一行に問題があったとするなら、現在地が
その上で、これまでの学校生活で染みついた感覚が邪魔をした。すなわち、『よほどでない限り、人の目、監視の目がある場所で馬鹿な真似はするまい』という思考だ。
加えて言うと、準備室での一件が余計にその思考を助長した。必要以上に騒いで施設からの強制退去を食らった男子が少なからず存在するのだ。
一行はその場にいた当事者であり、その場面を目撃していた。だからこそ、『後続の出現』を選択肢から切り捨ててしまったのである。
遊び場として開放されてはいるものの、監視の目が行き届いた学校施設。必然、誰もが節度を心掛ける筈。……そんな、ごく当たり前の思考、ごく当たり前の他者への期待に基づいて、一行は別行動をとった。とってしまったのである。
しかしながら、『節度』なんてのは曖昧なものだ。一行の思い描く『節度』と、それ以外の『節度』が同じ保証などあるわけがない。
何が言いたいのかというと、現在、愛里と有栖は男共に囲まれていた。
そりゃあ、方向性の違いはあれ、佐倉愛里=雫と坂柳有栖という美少女が一緒にいるのだ。しかも二人だけで、近くに
そんな光景を目にすれば、周囲の男共は自分に都合よく考える。すなわち、『彼女たちはフリー。ナンパしても問題はない!』……と。
人によってはナンパ自体を『問題行動』と捉える向きもあるが、交流を図ること自体は問題行動でも何でもない。ごくごく自然なことだ。
二人がいるのが『流れるプール』なのも、現状を生み出した一因だろう。
普段は水泳部の貸し切りだけあって設備は行き届いており、その様相はレジャー施設と見紛うほど。その上で、プール自体も三つに分かれている。
一つはスタンダードタイプ。純粋に泳ぐのを目的に来た生徒は、主にこちらを利用するだろう。
一つは流れるプール。ウォータースライダーもここにあり、遊び目的の生徒や、泳ぐのが不得手な生徒が主な利用者だろう。
一つは水中スポーツ用。足を水に浸けてのバレーやドッジボールなど、通常の球技とは一風変わった条件で楽しむことが出来る。水に足を取られながらの着順競争やリレーなども行われる。無論、純粋なまでの水泳勝負もありだ。早い話、『勝負』を付与することで『娯楽』に仕立て上げている。
そして、愛里と有栖がいるのは『流れるプール』である。利用客の大半は、暗黙の了解で
そんな場所に、女子が二人だけでいるのだ。この事実を以て『誘われるのを待っている』と解釈するのは、男子にとって都合のいい解釈であるのは事実だが、決しておかしな解釈ではなかった。
だって、見知らぬ男子に声をかけられるのが嫌なら、誘われるのが嫌なら、もっと大勢で来ていて然るべきなのだから。
誰かが愛里に気付いて『雫だ!』と声を上げた瞬間、それは瞬く間に伝播した。
そして当の雫は、『ナンパ目的』の前提条件を満たしている。――本人にその自覚はなかったが……。
これで囲まれない方がおかしいとさえ言えた。
「どうしよう……?」
「参りましたね……」
興奮で血走った眼を向けてくる男共が怖くないわけではなかったが、それでも二人にはまだ余裕があった。
それは『一人ではない』という事実からくるものであり、純粋に比較対象の問題でもあった。
こうして囲んでこそいるものの、彼らの行動はそこで終わっている。誰一人として積極的に声をかけてくることがない。あくまでもこの状況は、反射が反射を呼んで出来上がってしまったのだ。
また前提として、彼らの目的は愛里乃至は有栖と
誰か一人が行動を起こせば、『遊ぼうぜ』と声をかければ、流れのままに自分も行動を起こすことは出来る。けれど、自分からは行動を起こしたくない。……そんな思考が透けて見えるのだ。
それもあって、身近な男子と比較することで『格下』認定するには十分過ぎた。端的に言えば『恐れる理由がない』ということになる。小物を恐れる理由がどこにあろうか。
しかし、個々人を恐れる理由はなくとも、その数はシッカリとした恐怖であった。
同時、こんな真似をしでかしている辺り、彼らのブレーキは利いているようで完全には利いていない。場合によっては即座に暴走するだろう。
「退いてくれるようにお願いした方がいいかな?」
「順当に考えればそうなるんですけどね。彼らがおとなしくその言葉を聞いてくれるかどうか……」
愛里の質問に、有栖は首を横に振って答える。
素直に退いてくれるかもしれない。――だが、中には退かない人もいるかもしれない。
現状は、彼らの理性が半分飛んでいるからこその膠着状態だ。しかし、退いてくれるように頼むことで理性が戻り、それによって自暴自棄になる可能性も否めないのだ。理性が『追い詰められた』と判断すれば、何をしでかすか分からないのが人間という生き物だ。
「ほらほら邪魔だ! 退いた退いた! 『流れるプール』が全然流れてないじゃないか!」
かくして、事態に変化を加えたのは、二人を囲む男共の、更に外側から届く声だった。
不機嫌さを隠そうともせず、されど涼やかな女性の声が響き渡る。
その言い分は至極尤も。至極妥当。
程なくして、二人を囲む男共は追い立てられた。
「やれやれ、まったく……。アイツ等は何をそんなに……」
言いながら、その女子は姿を現した。
銀の長髪を靡かせる長身。そのルックス・プロポーションは愛里と有栖をして認めざるを得ないほどに優れている。不機嫌そうな表情すら、その美を損なわせるには至らない。むしろ、更に引き立たせるアクセントとして機能していた。
「で、囲まれていたのは君たちか。……ふむ。どこかで見覚えがあるような気がしなくもないが……」
その女性は、紅い目をジロリと二人に向けて呟いた。そして、主に愛里を見ながら唸っている。
「そりゃ、基本的には他人に興味のない楓花でも見たことはあるでしょうよ。彼女、元グラビアアイドルの『雫』だし、入学後は本名でモールのポスターを飾ってるし……」
そんな彼女に、横から口を挿む女性がいた。後者は愛里と有栖も面識があった。過日にモールで出会った朝比奈なずなである。
「ああ、なるほど」
なずなの言葉に、楓花と呼ばれた女性はポンと手を打った。
「しかし、なずなよ。『他人に興味がない』とは随分な言い方じゃないか? 実際、私はこうして君に付き合ってここに来ているだろう?」
「そりゃ、『興味がない』のと『交流を持たない』のは別だからでしょ。それに、『興味』にも分類があって然りだからね」
「違いないな。そんな風に言えるから、私は君が好きだよ」
「はいはい、アリガト。私も楓花が好きだよ。これで雅の相手をしてくれたら、私が精神的に楽になるからもっと好きになりそう」
「南雲か……。どうも最近のアイツは落ち着きが出てきたようだし、遊びに付き合うのも吝かではないが……」
「へえ、そうなんだ?」
「まあな。私は自他共に認める立派な文明人だぞ。誰がすき好んで獣と遊びたがるものか」
「あ~。確かに以前の雅は余裕がなかったもんね。楓花に『獣』認定されても無理はないか……」
愛里と有栖を無視して、なずなと楓花は会話に耽る。
とっととこの場を後にしたかった愛里と有栖だが、結果として楓花に助けられたのは事実である。然るに、礼を言わずに立ち去る気はなかった。人として最低限の礼儀である。
だが、礼を言おうにも二人の間で会話が始まってしまったため、黙って様子を窺っているのが実情だった。
とはいえ、どうやらそれも一段落付いたようなので、有栖はすかさずに口を挿む。
「取り敢えず、お助けいただいたようでありがとうございました。朝比奈先輩は先日ぶりです。そちらの方は『はじめまして』ですね。一年真嶋クラスの坂柳有栖と申します」
「同じく、一年星之宮クラスの佐倉愛里です。ありがとうございました」
それを見て愛里も続く。
「あっ!? ゴメンね、勝手に割って入っといて無視しちゃって!」
二人の礼を受け、なずなが慌てたように片手を立てて謝った。ウインクのオマケ付きである。その仕草が非常に様になっていて憎めない。
「私は2-Bの鬼龍院楓花だ」
その傍ら、楓花もまた名乗りを返した。
「ところで、今日は二人だけなの?」
「いえ、他にもいますよ。真澄さん、克己くん、姫野さんの三人に、そちらが知っているかは分かりませんがDクラスの池くんも」
「あ~、聞いたことあるかも……。『三バカ』とか言われてる男子だっけ?」
こめかみを人差し指でグリグリとしながら、なずなが自信なさげに口を開く。……どうやら、池の名前は先輩にも伝わっているようだ。
「ええ、そうですね。まあ、実のところ『成り行きで一緒になった』と言う方が正しいのでしょうが……。元々プールに用があったのは克己くんなんですよ。――伊吹さんは覚えてますか?」
「うん。あの、青髪ショートの女の子だよね?」
有栖の質問に、今度はハッキリと答えるなずな。
「先輩の前で話題に出たかは忘れましたが、彼女と同じクラスに克己くんの親戚がいるんですよ。もっとも、双方共に疎遠となっており、互いの在籍は知っていても連絡先は知らないという凸凹振りのようですが……。
で、先日の一件を機に『再度交流しよう』という運びになったらしく、このイベントを利用することにしたそうです。
ただ、向こうはクラスの違いもあって『偶然』を演出したいらしく、克己くんもそれに合わせることにしたわけです。
そのために彼は佐倉さんと姫野さんを誘い、その場に居合わせていたこともあり、生徒会役員の清隆くん目当てに私と真澄さんもついてきたわけです」
有栖の説明に楓花となずなは頷いた。……楓花の場合、興味があるかは不明だが。
「まあ、生徒会の奴らはどいつもこいつも忙しなく働いているしな。結果、君は手持無沙汰になったわけか……。
で、池とか言う男子はどこで絡んでくるんだ?」
「そういうことですね。……池くんとは、ここに来てバッタリと出会ったんですよ。で、互いに知らない仲でもないですし、向こうが同行を希望したこともあって御一緒することになったんです。
彼、ポイントに余裕がないこともあって無料で遊べるここに連日訪れているみたいなんですが、そのペースに付き合ってくれる相手はいなかったんじゃないですかね?」
池が同行することになった経緯について、有栖は己が推測混じりに告げる。池本人が言っていたわけではないが、概ね間違ってはいないだろう自信が有栖には会った。
「ま、その可能性はあるだろうね。会場自体は無料開放されているとはいえ、ポイントがなければ本当の意味では堪能できないのも間違いないし……」
なずなもまた、否定することなく同意を示した。
「そんな感じで結果的に御一緒することになったわけですが、それぞれの目的も違えば、楽しみ方も違うわけですからね。分散行動もおかしなことではないでしょう」
それにより、愛里と有栖はモテない男共に囲まれる事態に陥ったわけである。
「んじゃ、私と楓花も御一緒してあげるよ。君たちの場合、ここで別れてもまた囲まれそうだからね」
「ま、構わんよ。たしか、坂柳有栖という少女は先天性の心疾患を抱えているのだろう? 気付いて放置するのも寝覚めが悪いというものだ」
なずなが同行を申し出ると、楓花もそれに同意を示し、愛里と有栖もおとなしく受け入れた。なずなの危惧は、決してあり得ないことではない。
「ん?」
瞬間だった。楓花が勢いよく振り向く。
そこにいたのは一組の男女――池寛治と神室真澄だった。
「あら、真澄さん。池くんと御一緒してたのですか?」
「コイツにポイントをたかられてたのよ」
「ちょっと神室ちゃん、その言い方は誤解を招くんですが!?」
有栖が言葉を投げかければ、真澄は肩をすくめて答え、池が慌てた様子で真澄に訂正を願った。
「正しくは、ちょっとした投資を持ち掛けられたのよ。……ほら、ここって輪投げとか射的とかスイカ割りとか、ちょっとしたミニゲームとかもやってるじゃない? 丸っきり縁日よね」
「ご存知の通り、俺は手持ちのポイントに余裕がないからさ」
「で、代わりに参加費用を払うように頼まれてね。コイツのことは全然知らないわけでもないし、『分の悪い賭け』でもなかったから応じたのよ」
「ほう? 池と言ったか? つまり君は、そっちの子にそう言わせるだけの能力を持っているというわけだ」
黙ってやり取りを聞いていた楓花だが、興味深そうに池に視線を向けた。
瞬間だった。池がその場から消えた。――いや、正確には消えたわけではない。そうと錯覚するほどの速さで移動したのだ。
「ほう? 面白いな! 今の一瞬でそれだけの距離を移動したのか!?」
楓花の視線の先、直前まで立っていた場所から数メートル離れた場所に池の姿があった。
その事実に、楓花はより面白そうに声を上げる。
「どうだ池くん? 私と『鬼ごっこ』に洒落込まないか? 私から逃げた時間に応じてポイントをやるぞ」
「乗ったっす!」
「それでこそだ!」
唐突に楓花が提案すると、手持ちの余裕のなさもあって池は了承。
対する楓花は嬉々として獰猛な笑みを浮かべ、池を目掛けて動き出す。
それを見て、慌てた様子で池も移動を始めた。
「あらら……」
そんな二人を、なずなは呆れた表情を隠さずに見やった。
「こらそこ! 何をやっている!?」
運営からの注意喚起が飛ぶのは当然だからだ。
「鬼ごっこだよ! 可愛い後輩とのレクリエーションだ! あまり野暮を言うものじゃないぞ、会長!」
「鬼龍院!?」
よもや楓花が絡んでいるとは思わなかったのか、彼女の言葉に学は衝撃を受ける。
学の知る楓花であれば、確かにこういったことをやりかねない部分がある。しかし、その可能性は極々低いと踏んでいた。やりかねない部分はあるが、彼女が
だが現実として、彼女は動いている。
「いいだろう、そのレクリエーションを認めてやる。――だが、今からは俺が鬼だ!」
一方的に言い放ち、学もまた動き出した。
「ちょ!? ズルいっすよ、会長! 俺も乗った!」
そして、楓花と学が動いている以上、南雲が動かない理由はなかった。
途端に場は騒然とし、混乱が襲う。
「会長と副会長が揃ってボイコットしてんじゃねえええぇぇっ!」
一年生ながらに『生徒会副会長』として、その混乱を治めるのに尽力せざるを得なくなった桔梗の絶叫が響き渡るのだった。
プールという環境で、有栖と愛里が水着姿で二人だけで行動していたら、そりゃあ男子に囲まれてもおかしくないと思います。
で、実際にそうなった場合、二人に対処手段はないわけですからね。鬼龍院楓花に『颯爽登場!』してもらいました。
ただ、楓花だけだと場が回りそうにないので、なずなも一緒です。
実際に射的とか輪投げとかもやってるのかは分かりませんが、やっててもおかしくないと思います。真澄にも言及させましたが縁日のイメージです。
それでも、この学校ですからね。難易度自体は『高め』を想定しています。
それで結果を出したとあれば、楓花が池をロックオンしても不思議はありません。
結果、池は防衛本能が働いてしまい、それによって余計に楓花の興味を引き付けることになりました。
鬼ごっこに学が参加表明したのは、そもそもにして楓花を止められる人材が限られるからですね。言葉で彼女が止まる筈もないので、物理的に止めるしかありません。
現生徒会には桔梗を始めとする『頼りになる人材』が増えたのも大きいです。『自分が抜けても運営は機能する』と判断して動きました。
ただ、当然ながら学が動けば南雲も動きます。
結果、『副会長』である桔梗に皺寄せが一気に押し寄せることになりました。思わず絶叫しちゃっても無理はないでしょう。
ちなみに、桔梗の二つ名は『聖女(笑)』です。現在の桔梗は『過剰な無理をしないこと』を心掛けているので、ところどころで素が出ます。それを指してのものですね。
ただ、桔梗自身はこの評価に概ね満足しています。真に『聖女』になってしまえば、常に『過剰な無理』をしなければならなくなることを心身で理解しているからであり、だからこそ『頭にエセが付かないだけマシ』と笑い飛ばす余裕すらあります。
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駿河屋で0巻が中古販売されてたんで思わずポチりましたが、高いです。9000円って……。
まあ、作品の人気と希少性を鑑みればそれでも安いのかもしれないですけど……。