ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
(怖っえええぇぇ……!)
美人で恰好いい先輩に視線を向けられた途端、俺は思わず飛び退いていた。
美人に見られるなら嬉しい筈なのに、そんな理屈とは裏腹、俺の内心はバックバクである。冷や汗も凄い。『蛇に睨まれた蛙』とはこういう気分なのだろうか……? ――などと思える辺り、実は冷静なのかもしれないが、自分自身では分かったもんじゃない。
(しかし、どうしたもんかな……?)
俺は頭を悩ませる。距離を取ったのは、ハッキリ言って反射的な行動だ。頭で考えてのことじゃない。
俺は無人島試験からこの方、鈍った身体を鍛え直すことと、諸々の錆を落とすことを重視していた。実際、短い間だったがクロスさんにも散々と叩きのめされた。
咄嗟に動けたのは、まず間違いなくその成果が出たのだろう。
この美人の先輩に目を向けられた瞬間、俺は一瞬だけクロスさんを幻視した。いやまあ、この先輩がクロスさんほどの実力者とは思わないが、俺の中では『格上』=『クロスさん』となっているため、クロスさんを幻視したのもそのためだろう。
早い話、この先輩もまた今の俺にとっては格上に他ならないということだ。
ここら辺の感覚や行動も制御しきってこそ『プロのN.I.N.J.A』なのだろうが、当然ながら未だ俺はその域にはない。むしろ、船でクロスさん直々に無理矢理鍛えられたことが、それも期間的に中途半端だったことが尾を引いて、最近の俺は持て余し気味なのである。
一言で済ませれば『過渡期』に入っている証明なのだろうが、である以上、あとは俺が慣れるしかない。
で、慣れるには反復を繰り返すのが一番の近道だ。同じことや似たようなことを繰り返してりゃあ、その内に慣れるのが世の道理だ。
だから、自発的に繰り返せる部分に関しては、どうにかこうにか慣れた。慣れることが出来たと思う。
だが、受け身な部分に関しちゃそうはいかねえ。例えば、『見られること』、『注目されること』。それに対する慣れは、それを繰り返すことでしか身に着かねえんだ。
とはいえ、それが理屈ではあるんだが、そこに様々な要素が絡んでくるからめんどくせえ。
大きく言えば、『自分が相手をどう思っているか』、『相手が自分をどう思っているか』ってことになるんだが、その中でもさらに細かく分かれるもんだから、尚のことめんどくせえ。
俺は、この『美人で格好いい先輩』を知らない。一応の見当は付いているが確証はない。
それは向こうだって同じだろう。俺のことなんざ知らない筈だ。うちのクラスの劣等生ぶりと、その中でも群を抜く『二バカ――元三バカ――』の悪評を組み合わせれば、池寛治という存在を知ってはいるかもしれない。だが、それと俺を結び付けることは出来ねえ筈だ。
然るに、互いに相手に対する印象はフラット。その中で真っ先に機能するのは第一印象。外見、振る舞い、言動から相手への印象を決めるのだ。
そして幸か不幸か、何が理由かは知らないが、あの美人さんは俺に興味を持ったのだ。余りにも興味津々に俺に視線を向けてきた。
正味な話、俺はそんなのには慣れてねえ。初対面だろうと割とズカズカ他人に踏み込んでいく方だが、俺なりにラインに気を付けてはいるつもりだ。そんなわけで、単に注目されるだけなら割と慣れっこだ。
しかしながら、俺は蔑みの視線を向けられることの方が多かったのだ。特に女子からは。
もっとも、今では一部女子相手なら印象が覆っている自信はある。あくまでも自信だけで確証も確信もないけど……。
何が言いたいのかと言えば、大概において俺は『悪印象』から始まっているのだ。最初はフラットでも、相手の女子の俺に対する興味関心が強まる頃には、それは『悪印象』に舵を切っていることが自然だったのだ。
確かに、悪印象に舵を切ることなく、俺に興味関心を向けてくれる女子もいた。いたが、そんなのは特殊な例に等しく、それなりの根拠もあった。そう自分で納得できている。
翻って、この先輩はどうか。フラットから始まったかと思いきや、一気に『悪印象』とは別方向への舵を切ってきたのだ。
何で……? どうして……? 俺にはその理由が分からず、故に恐怖を抱くのも無理はねえと思う。
相手が美人さんなこともあって迫力があるから尚更だ。
「どうだ池くん? 私と『鬼ごっこ』に洒落込まないか? 私から逃げた時間に応じてポイントをやるぞ」
俺の恐怖と困惑を余所に、美人さんはそんな提案をしてきた。
「乗ったっす!」
そして俺は、悩むことなく返事をしていた。まさに即断即決。ノータイムだ。
何度も言うが、手持ちに余裕がねえんだ。リスクがあるのは承知だが、ポイントを得られる機会があるなら踏み込まずにはいられねえだろうよ!
それに、あわよくばこの美人さんと
「それでこそだ!」
俺の返事を聞くなり、美人さんは一気に距離を詰めてきた。本来の『鬼ごっこ』には付き物の、カウントも何もねえ。慌てて俺も動き出す。
(直線勝負だと俺が不利か!)
そのことは逃げ始めてすぐに分かった。すなわち、純粋な肉体的スペックは彼女の方が上ということ。その事実に内心で舌を打つ。
だが、そもそもにして周辺には他の利用客が点在している。彼ら彼女らが障害物となり、直線勝負の方が逆に少ない。
その事実は、俺に対して吉と働く。未熟なれどこの身はN.I.N.J.A。古来より連綿と受け継がれてきた忍者の正当血統。多角的な機動と軌道こそがその本領。N.I.N.J.Aが真っ向勝負に応じることこそ間違いだ。
人混みの間を縫い躱すようにして動く俺の動きに、先輩はついてこられない。言ってしまえば、彼女は『自動車』で俺は『自転車』だ。出力は彼女の方が圧倒的に上だが、その分だけ小回りが利かない。である以上、俺がそこを利用するのは当然だ。
彼女が『人』という障害物を気にしない動きをすれば一転して俺の不利になるが、これはあくまで俺と先輩による『個人間の遊び』だ。これから先もこの学校で生活することを鑑みると、周りに迷惑を掛けるにも限度がある。
俺に間を駆け回られる人たちは驚きの声を上げているが、こちらは一切合切触れちゃいない。性欲に忠実な一般的な健全男子としては、すれ違いざまに女子の胸や尻を触りたいのが本音ではあるが、生憎とそれだけの余裕はない。実行しようとした瞬間、人という壁にぶつかって俺は逃げ場を失うだろう。思うだけで精一杯だ。
「こらそこ! 何をやっている!?」
そして、そんな声が上がった。
声を上げたのは生徒会長。まあ、向こうにしてみれば当然の対応だろう。
それを受けて俺は動きを止めた。今日は準備室の段階で目を付けられているのだ。幸いにして克己による取り成しのおかげで無事だったが、これ以上目を付けられるとどうなるか分かったもんじゃない。PPの没収だってあり得る。
PPを得るために先輩の提案に乗ったのに、それでPPを没収される羽目になっては元も子もない。
「鬼ごっこだよ! 可愛い後輩とのレクリエーションだ! あまり野暮を言うものじゃないぞ、会長!」
しかし、先輩は堂々として異議を唱えた。
「鬼龍院!?」
それに対し、会長が驚きの声を上げる。
しかし、やはりあの美人さんは鬼龍院先輩だったか。
鬼龍院楓花。現2-Bの生徒。容姿端麗で実力もあるが、その性格を一言で言えば『女版高円寺』らしい。……俺が知ってる彼女の情報はそれくらいだが、確かに頷けるものはある。
まあ、実際に接した感じ、高円寺に比べると格段にマシな性格だとは思うが……。高円寺なら俺のことなんぞ見向きもしないからな。
とはいえ、会長に対する堂々とした異議申し立ては見事だと思うが、その内容は余りに身勝手が過ぎる。鬼龍院先輩の言い分に一定の理があるのは否定しないが、環境や状況には余りにそぐわない。『周りに迷惑をかけない場所でやれ』となるのが普通だろう。少なくとも、こんな利用客が沢山いるプールでやることじゃないのは確かだ。
まあ、彼女の提案を受けた俺が偉そうに指摘できることでもないが……。
そして、鬼龍院先輩がどう言おうと、相手は生徒会長だ。普通に考えて、会長がその言い分を認める筋合いはない。――そう思っていた時期が俺にもありました。
「いいだろう、そのレクリエーションを認めてやる。――だが、今からは俺が鬼だ!」
なんと、会長はそう言い放って瞬く間に駆け出したのだ。
「ちょ!? ズルいっすよ、会長! 俺も乗った!」
すると、南雲副会長までがそんなことを宣って参加した。
俺もそうだが、鬼龍院先輩も、何ならプールにいる人全員が混乱した。無理もないだろう。
「会長と副会長が揃ってボイコットしてんじゃねえええぇぇっ!」
そして、桔梗ちゃんの絶叫が響き渡った。
桔梗ちゃんには同情しつつ、俺自身もまだ混乱しているので、どう動くべきか判断できない。
(結局、今は誰が鬼なんだ……? 俺は誰から逃げればいいんだ……? そもそも、こうなってまで俺は逃げるべきなのか……?)
答えの出ない問いが、頭の中でグルグルと回る。
ポイントを欲する欲は、『逃げるべきだ』と言う。
なけなしの良識は、『逃げるのを止めるべきだ』と言う。
迷い悩んだ末、俺は逃げるのを止めた。優先順位を定めたのである。確かにポイントは欲しいが、この状況で俺が最優先するのは桔梗ちゃんだ。
さっきは困惑したが、会長が参加を表明したのは鬼龍院先輩を止めるためだろう。何せ相手は『女版高円寺』とも言われるような自由人だ。会長が『言葉だけでは止まらない』と判断するのも、然るに実力行使で止めようとするのも分からないではない。
そして、南雲副会長が参加したのは、会長が参加したから。
会長と副会長が運営から抜け出たことで、そのしわ寄せが桔梗ちゃんに押し寄せているのが現状だ。
つまるところ、南雲副会長→堀北会長→鬼龍院先輩→俺という目的構造になっているのだ。
なら、俺の行動次第でこの混乱が一気に治まる可能性もないではない。
俺が逃げるのを止めれば、鬼龍院先輩も動きを止める可能性が高い。何せ、彼女の元々の目的は俺なのだから。俺が勝手に『鬼ごっこ』から降りれば彼女からの印象は一気に下がるかもしれないが、そこに関しては我慢するしかないだろう。
そして鬼龍院先輩が動きを止めれば、会長が動きを止めるにも十分で、それは南雲先輩も同じだろう。結果、乱痴気騒ぎは終わって、桔梗ちゃんは人手不足から解消される寸法だ。
「鬼龍院先輩! ポイントは欲しいっすけど、俺は一抜けです!」
そのように結論付けた俺は、鬼龍院先輩に叫んだ。そのまま、ゆっくりと桔梗ちゃんの元へ向かう。
「何だと!?」
間違いなく俺の言葉に反応したのだろう。鬼龍院先輩が驚愕の声を洩らした。
「おいおい、池くん。こっちは不完全燃焼だぞ?」
俺の近くにやってきた鬼龍院先輩が、やや咎めるように言ってくる。
「そんなこと言われても仕方ないじゃないっすか。俺、桔梗ちゃんに必要以上の迷惑かけてまで続ける気なんかありませんよ。いやまあ、桔梗ちゃんだけでなくアズちゃんや綾小路の奴に対しても同じことは言えるっすけどね。――そりゃあ、ポイントは欲しいっすけど……」
それに対し、俺は顔を向けることなく返事をする。そうすることで、この結果は俺も本意ではないことを伝える。
「アズちゃんは、『部活荒らし』だの『南雲係』だので名を馳せている少女だな。
綾小路も、聞いたことはある。『後輩先生』とか言われていた奴だろう?
だが、桔梗ちゃん……?」
鬼龍院先輩はアズちゃんや綾小路に対しては言及しつつも、桔梗ちゃんに対しては小首を傾げた。なんと、彼女は桔梗ちゃんを知らないらしい。
「櫛田桔梗ちゃんっす。星之宮クラスの生徒で、一年の生徒会役員でもあります。役職は副会長だったかな……?」
「ほう? 一年ながらに副会長なのか」
俺の説明を聞き、鬼龍院先輩は感心したように頷いた。
「何だ、鬼龍院。せっかくお前の言い分を認めてやったというのに、逃げるのはもういいのか?」
そんなやり取りをしていると、近付いてきた会長が口を挿んできた。
「そうだぜ、鬼龍院。会長がハッチャケるのなんか滅多にない――ってか、初めてだったかもしれないってのに……」
同じく、南雲副会長も。もっとも、こちらの方は愚痴の意味合いが強いだろう。
「仕方あるまいよ。お前たちが参加を表明したことで、私のターゲットが意欲をなくしてしまったのだからな。何でも、お前たちの後輩に迷惑を掛けてまで続ける気はないそうだ」
会長と副会長に対し、鬼龍院先輩は肩をすくめて答えた。
「お前は池寛治だったな。お前が鬼龍院に目を付けられる……。どうやら、生徒会に挙がってくるデータだけでは見えない部分があるらしいな」
会長も副会長も、チラリと俺を見やって納得したように頷いた。
「未だ後始末はあるが、きっかけはどうあれ、お前が一早く降りたことで乱痴気騒ぎも早期解決の目途を見た。その事実に対し、俺からもいくらかポイントをくれてやる」
そして視線を前に向けながら、会長は俺に対してそんなことを言ってきた。
「いいんすか? あざっす!」
俺は会長に感謝を述べ、そうこうしている内に桔梗ちゃんの元へ着いた。
桔梗ちゃんに叱られながらも、やはり会長と副会長か。二人が運営業務に復帰したことで、見る間に混乱は治まっていく。
「おっと、いかん。すっかりとなずなたちを放置してしまったな」
「っすね」
それを尻目に、俺と鬼龍院先輩は佐倉ちゃんたちの元へ戻るのだった。
前話後半部分からを池視点でお送りしました。
今回池がやったことは、原作で楓花が南雲にやっていたことと同じですね。不戦敗を敢えて選択した形です。
これにより、楓花は自分が南雲にやっていたことを、池によって意趣返しされたことになります。
今はまだ楓花も池の判断に対し理解と納得が出来ていますが、数を繰り返されたらどうなるでしょうね?
そして、原作で実際に楓花から同じことをされた南雲の不満と絶望は如何ほどでしょうね?
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