ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
「アンタもいたのね」
池と楓花が愛里たちの元に戻ると、そこには克己とユキどころか澪と裕也の姿もあった。いつの間にか合流していたらしい。
澪もまたスクール水着だ。他の女性陣同様に色気がないと言えば色気のない選択肢ではあるが、逆に言うと、だからこそ、その健康的な肢体を惜しげもなく晒すことが出来ているのだろう。
スクール水着は普遍的であり、その点で言えば何ら特別性が無い。しかしながら、泳ぐことに関しては十分以上に役割を果たすことが出来る。
そもそも、学校指定の水着に対して『見せる』、『見られる』という意識を過剰に働かせることが問題なのだ。正直、それで授業を欠席するなど論外と言えるだろう。
そんな澪は、池の姿を見るなり意外そうな表情を浮かべ、次いで獰猛な笑みを浮かべた。
率直に言って、澪は負けず嫌いである。先日のモールにて、自身のカウンター攻撃を悠々と躱された事実には、内心で忸怩たるものを覚えていたのだ。単に、場を鑑みて必要以上に突っかからなかっただけである。
「よっす、伊吹ちゃん」
そんな澪の様子に気付いてか気付かないでか、池は軽く片手を挙げて挨拶する。
「はいど-も。アンタもいるなら丁度いいわ。一泳ぎ付き合いなさい。私って負けず嫌いだから、あのままで終わってられないのよ」
「って言うと? 俺、特に伊吹ちゃんと勝負した覚えもないんだけど……」
単刀直入に言われた言葉を、池は理解できない。いや、言葉は理解できるのだが、それが指し示す事柄が分からないのだ。必然、首を傾げざるを得なかった。
「ええ、そうね。勝負はしてないわよ。……先日のモールで、アンタ、いきなり私に詰め寄ってきたでしょ? それに対し私はカウンターを繰り出し、それをアンタは回避した。
その事実が、私は我慢ならないのよ。これで武道を学んだ身だから尚更よ」
澪は丁寧に理由を説明し、それによって池も理解することが出来た。
確かにそんなことがあった。落ち込んだところを慰められ、それによってテンションが上がり、反射的に詰め寄った。
そして、その行動が悪かったのだろう。澪もまた反射的にカウンターを繰り出し、池は見事にそれを躱した。
とはいえ、その後はどうこうすることもなく、平和裏に終わった。――と、池は思っていたのだが、言葉を聞くに、澪は内心で不満を募らせていたようだ。武道の経験があり、その実力に自信を持っていればこそ、その反応は分からないでもない。
もっとも、流石に『この場で本格的な格闘勝負をするわけにはいかない』という自制心が働いているらしい。代わりに、堪った鬱憤を水泳勝負でぶつけようと考えているみたいだった。
「言いたいことは分かるけど、パスで」
そうと理解しつつ、池は首を横に振った。
「何でよ!?」
「いや、だって、『負けず嫌い』だって自分で言ってんじゃん。元々のきっかけが違うんだから、勝負を受けたところで勝っても負けても延々と付き纏われる可能性があるじゃん。
そりゃあ、俺だって健全な男だからさ。見栄えのいい女子に付き纏われるのなら、その事実に喜びを覚えないわけじゃないよ。――だけど、
憤懣を露わにする澪に対し、池は説明する。
「む……」
余りにも率直に言われたものだから、澪も口を噤まざるを得なかった。
池の言っていることが正論なのも大きい。確かに、この水泳勝負でも澪が負けた場合、再度勝負を吹っ掛ける可能性は否定できない。実際、自分の負けず嫌いが起因して水泳勝負を吹っ掛けているのだから、否定できるわけがなかった。
また、こうして水泳勝負を吹っ掛けてこそいるものの、元々の演目と言うか種目と言うかが異なるので、澪自身、勝ったとしても本当に満足できるか自信は無かった。
つまり、勝っても負けても、勝負を吹っ掛け続ける可能性が存在する。
池が厭うているのはそれで、早い話、双方のメリットとデメリットが釣り合っていないのだ。だから勝負が成立しない。池は勝負を引き受けない。
だが、澪としてはそれだと困る。心底から負けを認めれば話は別だが、そうでないなら負けたままだと引き下がれない。
澪自身、自分でも厄介な性質だと自覚しているが、だからといってそう簡単に修正できるようなら苦労はない。
「……分かったわ。じゃあ、
「そういうことなら……」
引き下がる様子の無い澪に、渋々と池は折れた。
もっとも、基本、女子にモテたいのが池寛治という少年なのだから、女子の頼みをあまり無下にしたくはないのも本当である。
「取り敢えず、勝負自体は一週間に多くても三回までで。俺もこれで本格的にAクラスを目指すことにしたわけだけど、バカだし身体も鍛え直さなきゃいけないしだから、それ以上は時間が取れない」
「……御尤も。学力に関しちゃ私も下から数えた方が早いから、勉強時間の確保は必須か……。どこまで効果が出るかは分かったもんじゃないけど……」
「何なら一緒に勉強する? 正直、フリーの女の子と一緒に勉強できるなら、その方が俺も嬉しいし」
「いやまあ、確かにフリーではあるけど。――って言うか、アンタと一緒に勉強して効果があるの? アンタって自分でも認めるバカなんでしょ?」
「それを言われると弱いんだけどさ」
池は肩をすくめた。そこを突かれたらどうしようもない。
「何なら、君たちの勉強は私が面倒を見てやろうか?」
だが、そこに口を挿んできたのが楓花だった。
「君と同じで、私もそこの池くんには興味があってな。この先興味を失う可能性が無いではないが、それでも、現時点で
「お気持ちは嬉しいっすけど、遠慮するっす。いや、鬼龍院先輩って、俺らの間じゃ『女版高円寺』って有名なんですよ。『実力はあるけど、誰にも制御できない究極の自由人』ってことで……。
頭がいいからって、勉強が出来るからって、それで他人に教えられるもんでもないでしょ? その上で、先輩の通り名です。普通に途中で見放される場面がアリアリと思い浮かぶんですよ。
そりゃあ、その申し出自体は先輩の善意によるものなんで、そうなってもこっちは文句なんか言える立場じゃないんですけどね。でも、やっぱり実力の高さには期待せざるを得ないわけで……。そして期待を胸に努力しても、それが先輩のお目にかかる領域まで行けるかって~と、首を傾げざるを得ないわけっす。
ぶっちゃけ、今のままだと先輩の善意に寄りかかるだけで、関係や状況を成立させるに足る、ある種の『義務感』が根底的に不足してるんすよ。
そうなると、なんかもう、誰にとっても残念な結果にしかならないことが目に見えてるんで、だったら最初からお断りした方がマシっす」
楓花の申し出に対し、池は即座に断った。
そもそもの前提として、楓花は実力が高すぎる。一方の池と澪は実力が低過ぎる。
そして人間とは、基本的に自分を基準にしてしまうものだから、楓花が二人に向ける期待は自ずと高いものになってしまうだろう。コレに関して重要なのは、楓花自身がどう思うかではない。池と澪がどう思うかだ。
だからこそ、根底にはある種の義務感が求められる。
ゴールデンウィーク、清隆が池たちに手を差し伸べたのには、確かに善意や興味もあったが、『クラスの方針に合わせよう』という義務感も存在した。その前提があった故に成立した関係・状況だったのだ。
翻って、楓花の申し出はどうか? 義務感なんぞありゃしない。である以上、楓花はいつ手を引っ込めても構わないのである。
そして池と澪はその事実を認め、戦々恐々としながら勉強に向かいあわなければならない。どうしようもなく追い詰められた状況であるならそれも已むを得ないのかもしれないが、まだそこまでは追い詰められていない。である以上、効率の悪化を招くだけだ。
「むう、よもや断られるとは……。しかし、その言い分を否定できない私がいる。――いや、待て!?」
池の言い分にウンウンと悩んでいた楓花だが、やがて何事かに気付いたかのようにハッとして顔を上げた。
「池くん、率直に訊こう。私は『普通の大学に行って、普通の企業に就職して、普通の人生を送ること』を望んでいるわけだが、出来ると思うかい? 叶うと思うかい?」
そして、恐る恐ると楓花は池に問いかけた。
「正直、先輩の言う『普通』の基準が分からないんで断言は出来ないんですけど、それが世間一般的な『普通』を指しているんだとしたら、現状ではまず無理っす。これは断言します。叶うかどうかは、先輩の努力次第じゃないですかね?」
楓花の問いに、池もやはり率直に答えた。
「ちなみに、理由を訊いても?」
「いやだって、先輩って自分の所属クラスにも協力してないんですよね? そんな人が世間一般的な『普通』に馴染めるわけがないじゃないですか。たぶん、就職が叶ったところで、そこらの一般企業だと先輩を持て余すと思いますよ?」
答えたのは池ではなく澪だった。その顔には、『何分かりきったこと訊いてんだ、コイツ?』的な呆れがアリアリと浮かんでいた。
「グハッ……!」
それを聞き、楓花はオーバーリアクション気味に胸を押さえて蹲った。
「確かに先輩は『仕事をこなす能力』はあるのかもしれませんけど、必要なのってそれだけでもないと思いますしね。特別試験の際に先生も言ってましたが、連帯感とか連携能力とかのチームワークが必要なんですよ。
だけど今の先輩がそこに加わると、間違いなくそれまでのチームワークは崩れます。それでも何とか機能させようとするなら、先輩を軸にしたチームワークを新たに構築するしかない。――んですけど、それを嫌って断ったのが先輩なんですよね?
南雲副会長率いる2-Bの逆転劇については、まあ尾鰭とか背鰭とか胸鰭とかついてると思いますけど、ある程度は知ってます。どこまで信憑性があるかは分からないっすけど、それを聞く限りだと、そう判断するしかないんすよ」
「グウウウゥゥ……ッ!」
「正味な話、先輩の言う『普通』って、先輩の『理想の普通』であって、『現実的な普通』じゃないように思います。何て言うかこう、『独立独歩』の精神が強すぎる的な……?
でも、そんな人間は少ないのが現実なんですよ。程よく頑張って程よく頼って、それで成り立っているのが現代社会です。なのにさっきみたいなことを言われても、こっちとしては首を傾げるしか出来ないです」
「ガハアアアァァ……ッ!」
追加の
「ふ、ふふ……。よもや、そのような落とし穴があったとはな……」
如何にも『重傷を負ってます』的にヨロヨロと立ち上がりながら、そんなことを宣う楓花。
「いや、落とし穴でも何でもないっしょ」
なんかもう、楓花については『愉快な先輩』としか思えなくなっているのだろう。澪の言葉と態度には遠慮がなくなっていた。
「うむ。そうと知っては、余計に君たちの面倒を見なくてはならないな。何せ、私の『普通』に懸ける思いはそんな軽いものじゃないのだから!」
拳をぎゅっと握り、楓花は意気込む。
「いや、その気持ちはありがたいですけど、それより先にクラスに協力しましょうよ。私、先輩のクラスメイトに恨まれるのは嫌ですよ」
そんな風化に、澪から当然のツッコミが入る。
「むう、耳に痛い。――しかしな。今まで雑に扱ってきた手前、今更どう接していいのか分からないと言うか……」
顔を俯け、人差し指をチョンチョンと合わせながら楓花が言う。
池と澪のみならず、一連のやり取りを見ていた生徒たちは思った。――『何だ、この可愛い生き物!』……と。いわゆる『ギャップ萌え』である。
「まあ、まずは謝るしかないんじゃないですか。その上で、キチンと理由を説明するべきです」
「……説明しないとダメか?」
「いや、ダメでしょ」
「恥ずかしいんだが……」
「恥ずかしかろうと、それをやんないと先輩の目指す『普通』には辿り着けませんよ」
「そう言われると返す言葉もないんだが……」
楓花は往生際が悪かった。ひたすらにグズっている。
まあ、彼女なりの羞恥心の表れでもあるのだろうが、そんなのは池にとっても澪にとっても知ったことじゃない。二人は顔を見合わせて一つ頷き、同時に楓花の腕を取った。
「はいはい、行きますよ~」
「すぐ近くで生徒会が活動してるし、そこには先輩のクラスメイトがいるんでしょ? なら、まずはその人に話を通しましょうか」
「慈悲を! ご慈悲をおおおぉぉ……っ!」
楓花は必死に抵抗するが、どれだけ身体能力が高かろうと、所詮は一介の女子高生。二人がかりには敵う筈がない。ズリズリ、ズリズリと、徐々に引っ張られていく。
「2-Bの生徒会役員さんにお届け者で~す。呼んでもらっていいですか~?」
「お、おお……。なんか面白いことになってんな……。ちょっと待ってろ、桐山の奴を呼んでくる」
たまたま対応することになった南雲は、呆気に取られつつも、その顔には笑みを隠さず、一言いい置いてその場を後にした。
そうして呼び出された桐山に対し、池、澪、楓花は事情を説明することになったのだが、その珍奇にして珍妙な光景は動画として掲示板に上げられ、暫しの間学校を騒がせることになったのだった。
アップロード者は『生徒会』。曰く、『生徒会なりの鬼龍院に対するフォローだよ』とのことだが、どこまで本音かは分かったものではない。
唯一確かなのは、以後の楓花がクラスに対し、今までよりは協力姿勢を示すようになったことだった。
今話では鬼龍院楓花に対する筆者の解釈を、池と澪を通じて描写しました。
端的に言えば、『独立独歩』=『自立精神』が強すぎる一方で、それに相応しいだけの高い能力を併せ持っているのが楓花なのだと思います。
ただ、それ故に周りの生徒たちを『温い』、『緩い』と見てしまう。感じてしまう。
それは分からなくないんですが、世間一般的な『普通』って、そんな周りの生徒たちなんですよね。
正味、その事実に楓花が気付いているか疑問です。というか、気付いてないと思います。
卒業後は『普通』の生活を送ることを望んでいるのに、現実的な『普通』に目を向けず、自分が理想とする『普通』にばかり目を向けているようにしか思えません。
周りの生徒に対する興味の無さも、そう考えれば納得がいきます。
良くも悪くも初期の鈴音の上位互換。それが『鬼龍院楓花』というキャラかなと。
で、池や澪が普通に『楓花の歪み』を指摘できたのは、単に『比較対象』と『慣れ』の違いですね。
二、三年生って、原作でピックアップされてるキャラが少ないのも一因なんですけど、『ぶっ飛んだ実力者』が少ないイメージです。
それに対し、一年生は『比較にならないほど多い』感じです。
原作では、葛城が『高度育成高等学校の歴史上、初めて正当な手段で貯めた2000万ポイントを使ってクラス移動をした生徒』みたいですからね。
その後も清隆が移籍したりしてるので特別感は薄いですけど、現二、三年生に成し遂げた人物がおらず、現一年生は複数回成し遂げている時点で、『全体的なポテンシャルとスペック』の差は明らかです。
そのことからしても、二、三年生は周りの実力が低過ぎて、余計に学や南雲、楓花が持ち上げられているイメージです。
で、本作における楓花の解釈結果が『鈴音の上位互換』ですので、落としどころを見付けさえすれば修正も割と容易な部類だと判断して、このような流れになりました。
結論を端的に言えば、『取り敢えず一般的な普通に目を向けろ』、『普通の生活を夢見てるのに、肝心要の普通に目を向けないのは本末転倒』になります。
こうも直言されたら、楓花としても一考せざるを得ないと思います。
感想・評価お願いします。