ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
「突然すみません。私は一年星之宮クラスの一之瀬帆波と申します。今回は全学年、全クラスの皆さんに対し、今回の体育祭における私たちのスタンスをお伝えしたいと思い、この場をお借りしました」
顔合わせのために第一体育館にやって来て暫く。チーム内における最低限の顔合わせが済んだところで、全生徒の前に立った帆波がマイクを片手に口を開いた。
当然ではあるが、多くの生徒が困惑を露わにする。
「今回の体育祭ですが、私たちのクラスは『学力に自信はあるが運動が苦手な生徒』は、最初から勝負を捨てる方針で行きます。自発的に最下位を取りに行きます。
これは『総合成績下位十名に科せられるペナルティ』が、私たち一年の場合は『次回の筆記試験において10点の減点を受ける』からです。
已むを得ない場合もあるとは思いますが、私たちは退学者が出るのを望みません。そこにクラスは関係なくです。そのため、可能な限り退学者が出るのを防ぐべく、今回の方針を取ることにしました」
帆波の言葉に生徒たちは騒つく。
「例えばですが……二人とも!」
その騒めきを敢えて無視し、帆波は思わせぶりに二人の生徒を呼んだ。
呼ばれた生徒が帆波の隣に並び立つ。
「雫だ……!」
「そうだ、雫だ!」
瞬間、否応なく愛里を『雫』として認識する生徒が現れた。普段の
それは瞬く間に伝播し、『雫』コールが巻き起こる。
モールのポスターやら、先日のプールやら、生徒の中に『雫』がいることを認識している生徒は多かった。その一方で、実際に『雫』を見たことのある生徒は極端に少ない。
そこに現れた『本物』だ。その事実を踏まえれば、コールが巻き起こるのも無理はなかった。
「お静かに! お静かにお願いします!」
帆波が必死にマイクに告げ、どうにかこうにか体育館内が静かになる。
「こちらの二人ですが、当然ながら私のクラスメイトです。男子の方は、先程も言った『学力に自信はあるが運動が苦手な生徒』です。そして女子の方は『学力も
皆さんに率直に訊きます! この二人を比較した場合、-10点のペナルティを受けた際に退学になりやすいのはどちらですか!?」
帆波はマイクを生徒たちの方に突き出した。
『雫ーーー!』
瞬間、再び響き渡る雫の名前。声の主は大半が男子なのだろう。その声は野太い。
「はい、ありがとうございます。そうですね、私もそう思います。そして、私はもちろん、私のクラスメイト達はそうなることを望みません。望んでいません。――皆さんはどうですか!?」
『望まねえーーーっ!』
帆波が再びマイクを突き出すと、男子の野太い声が響き渡った。
「はい、ありがとうございます。今しがたの返答を聞けば、皆さんにも私たちの方針について納得を得られたものと思います!」
瞬間、雫の衝撃に正気を失っていた男子たちはハッとした。遅れて、『言質を取られた』事実に気付く。
しかし、気付いたところで今となっては手遅れだ。全校生徒、多くの教師の目が飛び交う中で、『雫の退学を望まない』ことを宣言してしまったのは事実だからだ。
公言を裏切る行為をしてしまったら、評価が下がるのは間違いない。自然、彼らは
「『退学者を出さない』。その一点において、私たちの掲げる方針は筋が通っていると判断しています。
しかしながら、体育祭という勝負のみに目を向ければ、『チームに対する裏切り』であるとも認識しています。
そのため、こうして前に出て、皆さんにご理解とご納得を求めた次第です」
「しかし、何も体育祭そのものを捨てるわけではありません。何せ、最悪は-200CPですからね。それは私たちも望むところではありません。
ですので、全員参加種目の個人戦を捨てる分、私たちは推薦参加種目に全振りします。うちのクラスの中でも特に体力と運動能力に自信のある生徒は、全推薦種目に出場します。例を挙げると、綾小路清隆、アズ・セインクラウス、月ノ輪フォルテ……ここら辺ですね」
帆波の挙げた名前を受け、再び館内がざわついた。フォルテはともかく、清隆とアズの名前はある意味で有名だ。『ハーレムキング』、『後輩先生』、『部活荒らし』、『南雲係』……二人を示す二つ名がそこら中から上がる。
「そして、ここからが本番です!」
帆波のその一言に、いよいよ館内の興味関心は高まった。
「私たちのクラスは、全員参加種目と推薦参加種目、この双方をオークションに掛けます! ――ただし、『誰がどの推薦競技に出るか』や『二人三脚の組み合わせ』に関しては、こちらが決定権を持ちますので悪しからず!
これに関しては、既に私たちの担任である星之宮先生に確認と許可は済んでます! 当初、私たちは推薦競技の出場者と二人三脚の組み合わせを決めたら、あとは学校側にお任せするつもりでしたが、うちのクラスの守銭奴から提言があり、ダメ元で訊いてみたところ通った次第です!」
果たして、いったい何度目の騒めきか。
本来なら自分たちで何から何まで決めるところを、最低限に決めたらあとは『学校にブン投げる』というその度胸。しかし、期限内に参加表を提出できなかった場合、学校側によってランダムに決められることになっているのだから、決してルールに違反しているわけではない。
である以上、『ここまでは決めました。後はお任せします』も、十分に認められる方法だ。ある意味では、『どこに振り分けてもいいですよ。勝つ自信はありますから』という『自信の表明』にもなるのだから、実力者を求めるこの学校に合致したやり方と言えなくもない。
「オークションは枠が細かに分けられます。
例えばですが、南雲先輩が『三学年合同1200メートルリレー』で一走目をアズと競い合いたいと思い1000万PPを注ぎ込んだとします。ですが、それで無事に落札して権利を得られたとしても、それで言及できるのは、あくまでも『三学年合同1200メートルリレー』でアズが出走する順番だけです。アズが出場する他の競技にまでは口出しする権利を持ちません。
同様に、『三学年合同1200メートルリレー』に清隆くんが出場するとしても、その順番に口出しする権利は持ちません。そちらにも言及したいのであれば、同様にして権利を落札してください。
また、元々『三学年合同1200メートルリレー』に参加していない選手とどうしても一走目を競いたい! などという場合もあるかもしれません。その際は期間中にリクエストしていただければ、その熱意――ポイント次第でお受けすることもあるかもしれません」
「ブッハッハッハッハッ……! おいおい、随分と面白えやり方じゃねえか!」
帆波の説明を受け呵々大笑したのは、槍玉に挙げられた南雲だった。
「質問だが、オークションの開始やスタート額なんかはどうなってんだ?」
かと思いきや、南雲は表情を一転させて真面目に問いかける。
「はいは~い、星之宮知恵です。そこに関しては担任である私から説明させてもらうね。
オークションについては、ホームページの体育祭関連項目に専用のページを作成してそこで行う予定だよ。期間については、体育祭の六日前から三日前までを予定してるよ。二日前の段階で、どのクラスがどの権利を落札したのかを、同じくサイト内で全面的に発表するつもりだね。
落札されなかった部分については、当初の予定通り学校側がランダムで決めるよ」
知恵はまず、オークションの会場と期間について言及した。
まあ、実行スペースなんかを鑑みれば、ネットを用いるのは理に適っている。
「基本、スタート額は10万ポイントだね。入学時の評価と同じなんだからおかしくないでしょ?」
続き、知恵はスタート額について言及した。
生徒たちは、入学時に一律で10万ポイントをもらっている。その点で言えば、知恵の言葉は道理だ。否定する余地などない。
「ただし! その上で、学校側からの評価が高い生徒ほどスタート額は上乗せされるよ。それは数百~数千かもしれないし、或いは数万~数十万の可能性もある。
例を出すと、グラビアアイドルの『雫』である彼女。彼女の場合、確かに学力と身体能力に秀でた部分はない。でも現時点で一定の社会的ステータスを有しているし、現在はこの学校の特性もあって休業中だけど、それがなければ今もなお人気と知名度を伸ばしていた可能性は否めないわけだからね。
実際、モールには生徒としての彼女を撮影したポスターが貼られている。当然ながら、それを考慮した数値が上乗せされるよ。
反面、10万というのが初期評価に過ぎないことも事実だからね。必然、これまでの暮らし振りから10万を下回るスタート額を付けられている生徒がいてもおかしくはないよ。
言ってみれば『漫然と日々を過ごしている生徒』であり、より分かりやすく言えばアピール不足だね! 或いは、キチンとアピールして学校側もそこは認めているけど、それ以外の項目のマイナス評価が酷かったりだね!」
その上で、愛里を引き合いに出し、『スタート額が跳ね上がる』可能性についても言及した。
実際、モールには愛里のポスターが大々的に貼られているので、やはりそれを否定できる余地はない。
また、体育祭における個人成績次第では次回の筆記試験でペナルティを受け、それによって『退学する可能性』を孕んでいる事実は全生徒共通だ。である以上、『運動能力』だけを引き合いに出して評価するのが間違いなのも事実だ。最初に『運動能力』という枠だけで留めず『学力』と結び付けたのは学校側なのだから、その点を突かれれば学校側も否定はできない。
更に言えば、学校側の謳い文句もある。『この学校は生徒を実力で評価する! と度々言っていることなのだから、その評価をそれぞれのスタート額に反映してください』と生徒に望まれれば、学校側も断り切れない。
普段はどうしても『クラス評価』のため、個人単位で危機感が不足しがちなのも間違いはないのだ。ただ教えることなど学校側としては許容できないが、『態のいいお題目』があるならその限りではない。生徒個人単位で危機感を持ってほしいのも、やはり学校側の本音であることに違いはないのだから。
「で、オークションに投入したポイントは、手数料として一部を学校側が回収し、残りは該当生徒に振り込まれることになるよ!
それを利用して、例えば二、三年生が直接には関係ない『雫』――佐倉愛里ちゃんの全員参加種目個人競技の枠を大金叩いて落札するのもありだね!
皆も知っての通り、ポイントさえあれば退学も取り消せるからさ! 『個人的に目をかけている後輩に対する応援』。今回のオークションシステムは、そういう側面も孕んでいるってことだね!
さっき帆波ちゃんが言ってた、『推薦枠未登録選手へのリクエスト』もこの枠だよ! 口で『競いたい』、『応援している』と言うだけなら簡単さ。だから、その言葉が本当なら、その熱意を形で示さないとね。そうでなきゃ、ただの『嘘八百』に成り下がっちゃうよ。そんな噓つきが、果たして周りから信用・信頼されるものかな?」
オークションシステムの詳細が明らかになるにつれ、生徒たちは唸り声を上げる。
クスクスと笑って知恵は言葉を閉じた。
「なんか、提案されたばかりにしてはやけに具体的じゃないですか?」
「そりゃそうだよ。だって雛形は出来てあるんだから。私らだって、日々君たちの希望や期待に応えるべく努力は怠っていないんだよ? これまで陽の目を浴びてなかったってことは、単に君たち生徒が求めてこなかっただけの話でしかないのさ。
逆の言い方をすれば、今までの君たちは変な意味で『お行儀のいい生徒』ばかりだったってこと。な~んでこっちの出す試験を受けるばかりで、逆にこっちを試そうとしないのさ? 利用しようとしないのさ?
やろうとするのは、『ルールに則った上で、ルールの裏を掻くこと』ばかり。何だってそんな『リスクの大きい手』ばかり取るのさ?
バレなきゃいい? 極論すればその通りではあるけど、評判だって大切な武器だよ。そして、とかく一般大衆という存在は評判に左右される。なんせ、実態なんか分かりっこないんだからね。だから、どうしたって評判を指標にするしかない。
そんな『現実』を鑑みた上で、君たちみたいな『お行儀のいい生徒』が、本当の意味でこの学校の――母体である『日本政府』が求める『実力者』だと思ってるの? 思っているのだとしたら、『御目出度い』と評価するしかないね。
あ、これはあくまで私個人の意見であって教師の総意じゃないから、そこは勘違いしないようにね!」
知恵の言葉は生徒たち――それも現在の二、三年生に対する『痛烈な皮肉』でもあった。
二、三年の多くは盛大に顔を顰め、それでも文句を言うことはない。自分たちが『オークション』というやり方に気付かなかったのは事実だからだ。
そして、たとえ総意じゃなくとも、『一人の教師』が自分たちの『能力』はともかく『実力』を認めていないことが明らかになったことで、『これまでのやり方』に疑問を思わざるを得なくなったことも確かだった。
「否定の言葉もありませんね。ルール上、学校側は最初から丸投げを許容している。である以上、途中まで決めてからブン投げるのも、アリっちゃアリでしょう」
「その上で、この学校においてポイントは『実力の証明』とも言える。『自分たちに有利な状況を作りたければ、堂々とポイントで交渉しろ。譲れない部分は譲れないが、より高値を付けた相手に譲れる部分は譲る』というのも、十分筋が通っている。
それに教師を巻き込むのも、『面倒事の防止』という観点で捉えれば妥当な判断だ。教師を巻き込むことに対する費用は、システム上、落札しようとする生徒持ち。落札されなければ、当初のルール通りに学校側がランダムに決めるだけだ。それとて、一部分は確定した上で参加表を提出しているのだから、ランダム要素が働く部分も限定的になる。
結局のところ、盛大に頭を悩ませて出走順を組んだところで、他クラスに出し抜かれる可能性自体は否定できないのだからな。学校を介したオークションの開催を予め宣言することで、他クラスからの過干渉を防ぐことにも成功している。
総じて言えば、学校側にオークションを持ち掛けた星之宮クラスに損はない。落札されなければ直接的な得はないが、実に見事な方法と言えるだろう。
通達されたルール通り、何から何まで自分たちで決めようとするのは間違いではないが、それに拘ることに対して『頭が固い』と言われたら否定できないのは事実だな」
生徒会副会長である南雲と、生徒会長である学の言葉が体育館内に響く。彼らが率先して認めたことで、他の生徒たちは余計に不満を露わにすることが出来なくなった。
「生徒会長と副会長の御両人にお認め頂いたところで恐縮ですが、仮に! 仮にですよ? まあ、万が一にも無いとは思いますし、『そんなことは起こらない』と信じたいところではありますが――」
そこまで言って帆波は口を噤んだ。
そのまま溜めに溜め、館内が騒つき始めたところで再び口を開く。
「――仮に『闇討ち』なんかをされた場合、私たちのクラスは徹底的に戦いますから」
似つかわしくない冷たい表情を作って、帆波は静かに宣言した。
「人間、追い詰められれば何をするかも分からない生き物です。私はそのことをよく知っています。だって、他ならぬ私自身がそうなんですから。
個人事情になりますが、私は母子家庭の生まれです。母と私と妹の三人家族で育ちました。
世間一般的な御家庭と比べると生活レベルは不利でしょうが、それでもご近所さんなんかにも支えられて、恥ずかしながら『品行方正』を謳われる程度には真っ当に育っていました。私自身、それに恥じないように努め、中学三年時には生徒会長を務めていました。
ですが、そんな私でも過ちを犯しかけたことがあります。妹の誕生日が近付き、プレゼントを用意するために普段以上に働いていた母は、無理が祟って入院することになりました。……その事実に、当時の私も精神的に追い詰められていたんだと思います。『妹を喜ばせるため』と理由を付けて、万引きを行いかけたのです。
まあ、偶々その場を通りがかった現在のクラスメイトに止められて実際に手を染めることこそなかったわけですが、その後の私は自責の念から暫く苦しみ学校を長期欠席することになりました。当時は『生徒会長』だったにも拘わらずです。
そう、理由なんかどうでもいいのです。妬み、嫉み、不満に愛。人間は何でもかんでも理由にして『自分に都合のいい理由』を作り上げる生き物なんです。そして、衝動的に動いてしまう側面を持っているものなんです。単に、余裕がなくなることによって、それが顕著になるに過ぎません。
だからこそ、私は『人の善性』を信じたい一方で、どうしても信じきれないのです。
ポイントに余裕がない。次の筆記試験で停学するかもしれない。……率直に訊きますが、このような状況で有力者を襲わない保証がありますか? 襲われない保証がありますか? 本来であれば最も安全と思われる個室すら、当人の了承なしに合いカギの確保が出来るんですよ? 普段口にする飲食物にそれとなく下剤を盛られて気付けますか? 下剤は物によっては市販されているんですよ?
要は体育祭当日に機能しなければいいだけなんですから、直接的な暴力に頼る必要なんかないんです」
帆波の過去を告げられた上での、率直的な可能性の言及。聞かされた誰もがその光景を想像せざるを得なかった。
ポイントに余裕のない生徒の貧困ぶりを知るからこそ尚更だ。
今回の体育祭、CPを得られる可能性など殆どない。ならば、他のクラスから裏取引を持ちかけられれば、報酬次第では『チームメイト』の立場を利用して裏切り行為を働きかねない。……少なくとも、そういう人物が現れる可能性を否定できないのは確かだった。
「どうして私が、敢えてこの場で『チームの不和』を招きかねないことを言ったのか分かる人はいますか?」
帆波の質問に答える声はない。一之瀬帆波という女生徒のことをよく知らぬが故に、可能性がありすぎて絞り込めないのだろう。
「率直に言って、先輩方はこの学校に染まりすぎだからです! 学校側の敷いた『クラス闘争』に踊らされ過ぎだからです! 確かに切磋琢磨するのは悪いことではありません! ですが、『切磋琢磨』と呼ぶには度を越し過ぎなのが事実です!
何でクラスが違うからって手を差し伸べないんですか!? 実力がないのが悪い? それで簡単に見捨てる方こそ実力がない証拠でしょう! 実力があると嘯くなら引っ張り上げて見せてください! 導いてあげてください! 誰かに手を引かれることで、導かれることで、初めて『輝ける舞台』に立てる人だっているんですよ!
そして何より、前提として、私たちは『同じ学校の生徒』であり『仲間』なんですよ!
そりゃあ、この学校の目的を鑑みれば、卒業した生徒が将来的には『人材を切る』立場に就くことが理想であり、そのための予行練習をさせることに意味はあります。その点は否定しません。相手を退学に追い込む制度にも理解はできます。――でもだからって、それを利用して、他クラスの生徒だからって積極的に退学に追い込むのは違うでしょう!?
この学校を卒業した後も、私たちの人生は続いていくんですよ? この学校で成功したからって、後に転落する可能性は否めないんですよ? その上で、同級生や同期生と再会することだってあるでしょう。その際に立場が逆転していない可能性がどこにありますか? 恨まれているが故にやり返されない保証がどこにありますか?
『考え過ぎ』、『気にし過ぎ』と言われたらその通りかもしれません。そこについては否定できません。――ですが! この学校が求めているのは、そういう
この学校のシステムに染まりすぎて、卒業後にやっていけると本当に思うんですか? 私は無理だと思います。『上』に立った後なら問題ないでしょう。だけど今のままなら、『上』に行く前に排斥されると思います。
その点について先輩方はどう思いますか!? 私は――私たち一年生は断言します。先輩方は、須らく視野狭窄に陥っています! 擬態能力に欠けています!
そしてそんな先輩方が多勢を占めるからこそ、私たちは先輩方を信じきることが出来ません。世の中、厳しさは確かに必要ですが、厳しさだけだと人はついてこないんです。同じことは優しさにも言えます。『厳しさと優しさの両立』こそが、真に必要とされるんです!」
マイクを片手に帆波は叫んだ。それは確かに『一定の理』を伴っており、だからこそ聴衆の胸を打った。
気にしない者は気にしないだろうが、誰も彼もがそんな筈はない。
「今の社会、『就職難』や『人材難』が叫ばれて久しいです。それは何故か? 端的に言えば、会社が従業員を大切にしていないからです! 何のかんのと理由を掲げて、本当の意味では従業員に目を向けていないからです!
ほんの数ヶ月で『戦力』になることを求められる。安い給料で長時間を働かされる。――そんなの、働く側が不満を覚えない筈がないでしょう!?
端的に言えば、『従業員に対する福利厚生』が絶対的に足りていないんです! 科学の発展に伴い、今では『人の欲望を刺激する』事柄がそこら中に溢れています! それと同じ程度に負担も高まっています! 携帯の無い生活なんてあり得ず、子供ですら携帯を持っているのが当然の世の中になっています! なら、社会はそれに適した対応を取らなければならないんです!
具体的には、『就業時間は短く! 賃金は高く!』。それを以て従業員の幸福度を上げないことには現状は決して良くなりません! 日本という国が真に良くなることはありません! 事実、それが罷り通っていたのなら、私のお母さんも倒れることはなかったと思います!
会社を維持するためには従業員に負担を強いるしかない? 分かります。とても納得のいく理由です。それを従業員も心底から納得し、進んで協力しているのなら別にいいでしょう。
ですが、『辞めた場合の不安』を刺激して働かせているのなら話は別です。『辞めたら次の仕事に就けるか分からない』。『再就職できても、ここより悲惨な待遇かもしれない』。……今の世の中、大多数の働く側にそういう不安が蔓延しているのが現実なんです!
それを皆さんも感じてるでしょう? 不安を覚えてるんでしょう? だから、殊更に『Aクラスでの卒業特典』に拘っているんでしょう? ――それは全て、『確約』がほしいからです!
早い話、根本的な経営体制を見直さなければならない時期に入っているというのに、旧態依然としたままの会社が多過ぎるのが現状なんです! だから、その状況をどうにかしようと、日本政府はこの学校を作ったんでしょう!? 『社会に変革を促せる人材』を求めたんでしょう!?
そして、そんな学校に通い、その恩恵を受けている私たちは、それに応えるべく努力する義務があるんです!
独りでそんなことが出来ますか!? 一つの会社でそんなことが出来ますか!? ――出来ないでしょう!?
複数の会社が手を取り合い、『下』の幸福に目を向け、そうすることで社会に『変革の波』を起こしていく! 私たちに求められているのはそれなんですよ!
である以上、私たちがするべきは、学校の敷いた『クラス闘争』に踊らされず、クラスの垣根に囚われず、時としてぶつかり合いながらも互いの手を取り合っていくことなんですよ! 『なあなあ』と言ってしまえば言葉は悪いですが、『上手い落としどころ』を模索していくことなんですよ!
なのに、将来的に貴重な『仲間足り得るかもしれない人材』を、学校の敷いたルールに踊らされて、利己的な理由で積極的に退学に追いやる! それが先輩方の実情です! 二年生の退学者数を見れば一目瞭然です! 何ですか、あの退学者の数は!?
よく考えてください。『周りに優しくできない』、『周りを信じられない』、『周りから信じられない』。私自身も含め、果たしてそんな人物が『将来の日本を牽引する』ことが本当に出来ると思いますか?
どれだけ素晴らしい環境でも、生活する者が良さを感じられなければ意味がないんですよ。良さを感じられても、負担の方が大きければ本末転倒なんですよ。――ここでの生活が何よりの証明でしょう?
死に物狂いで『上』に昇って、『下』には落ちたくないからと容赦なく周りを蹴落とす。確かに、時としてそういう強さも必要でしょうが、それは終始必要なものですか? 『下』に落ちたくないというのなら、仮に落ちても最低限の納得が出来る程度には『下』の環境そのものを良くすればいいだけでしょう?
その当然の帰結に着手していないが故の現状でしょう? どうしてしないんですか? 単純な話、『上』に昇ったことで、本当の意味では『下』に目を向けなくなったからでしょう? ――皆さんは、そうは思いませんか?」
帆波による弾劾が、体育館内に響き渡った。
同時に発せられた『切なる問いかけ』に対し、答えることの出来た上級生は一人もいなかった。
それは、生徒会長である学も、副会長である南雲も同じである。
皆が皆、帆波の言及に対し、今一度考えざるを得ない状況に立たされたのだった。
愛里を積極的に『雫』として活用してたら、原作でもあり得たかもしれない場面を描写してみました。
また、本作では独自要素として『オークション制度』を組み込んでみました。短絡的に『勝ち』に拘らなければ、十分にありだと思います。
『他クラスの参加表に干渉する権利』をポイントで買い取るのは、不正でも何でもないですからね。学校も認めている正当な権利です。
ただ、当事者間だと問題が発生しやすいので、学校側を仲介人に立てる。決まらなかった部分は、そのまま学校側にランダムで決めてもらう。
言ってしまえばそれだけのことです。何らおかしなことではありません。
で、帆波の告白と弾劾。
普通に考えて、この学校の卒業生が『日本を牽引する立場』に就いたところで、上手くいくとは思えないんですよね。
自派閥とか自分の会社とか、『日本全体』ではなく『狭い範囲』を牽引するのが精一杯だと思います。それで仲間同士で潰し合う。……そんな光景がありありと思い浮かびます。
何故かといえば、『弱者』に目を向けていないからです。退学者を切り捨ててそれで終わりだからです。
『外部連絡禁止』という環境もあるでしょうが、『退学者のその後』を考えることがないからです。
実際、原作の主人公である清隆がそのタイプですからね。と言うより、ある意味で二年生編以降における原作最大の戦犯は学な気もします。
『もし学校に対して何も残すことが出来ないのなら、生徒たちに残せばいい。綾小路清隆という生徒がいたという記憶を、刻まれた生徒たちは忘れることはないだろう」
言ってることは尤もで立派なんですけどね。ここでも言葉足らずです。解釈によっては、学のこの言葉で『清隆のブレーキが壊れた』と捉えることも可能ですし……。
『清隆もまた相手を覚えておく』ことの重要性と必要性を伝えておけば、もしかしたらその後の展開も変わったかもしれません。
ぶっちゃけた話、『よう実』世界の民度ってだいぶ低いと思います。
そこら辺、中学生とは思えないイジメが描写されている時点で否定はできません。
いやまあ、もしかしたら現実世界もそうだったりするのかもしれませんが、流石にそこまでとは思いたくありません。
で、極論すると、それだけ不安や不満が蔓延しているからだと思うんですよね。早い話、国民の幸福感が足りていない。だから、イジメという形でストレスを解消する。
満ち足りていたら、そこまで酷くはならないと思うんですよね。まあ、部分的にはあり得るかもしれませんが……。
以前にも言ったかもしれませんが、それもあって本作の世界観には『ナムカプシリーズ』が統合されました。
秘密結社やらがポコジャカといて、ネットワーククライシスが起こったような世界観なら、『民度の低さ』にも説明が付くと考えた次第です。
もちろん、それ以外の理由もありますが……。
そんな世界観だからこそ、『それでも!』と言える人材は凄く貴重だと思います。
だからこそ、本作の『高度育成高等学校』と言うか『日本政府』が求めているのは、そうなりやすい環境を用意して誘導しておきながら、染まりきらず『それでも!』と言える人材です。
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