ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
「いやはや、本当にあのクラスは信じられない真似をするよね」
星之宮クラスの練習風景を眺めながら、平田洋介は口を開いた。
「上級生に対する弾劾も信じられなかったが、オークション制度も信じ難い。――しかし、言われてみれば頷ける部分も大きい」
相槌を打ったのは幸村輝彦である。茶柱クラス内においては最上級に学力が優秀な生徒だ。
「『ポイントで買えないモノは無い』。この学校で生活するに当たってはもはや慣れ親しんだ言葉だけど、だからこそ、考えようと思えばどれだけの手も思いつく。――実行できるかはともかくね」
「『当人に無断での合いカギ作成』も、それが可能なのは知っていたし、『煩わされなくてラッキー』程度にしか思ってなかったけど、それって相手が友達だからそう思えるんだよね。
見ず知らず――ってのは言いすぎだけど、ろくに親交もない生徒が自室の鍵を持ってると思えば普通に恐怖でしかないわ……」
上級生との顔合わせの中で行われた帆波の発表。彼女たちが取る体育祭の方針。その中で例題として取り上げられた『悪辣な一手』。
そのような方法は思いつきもしなかったが、理屈として可能なのは間違いない。
そして同じことは、参加表に対しても言えるのだ。参加表を見られれば著しく勝算は下がる。
「小型の金庫でも買うか?」
「いや、意味ないでしょ。買うだけなら出来るかもしれないけど、持ち去られるなり、総当たりするなりされたらそれで終わりだし」
須藤の言を、かや乃がバッサリと切り捨てた。
小型であればあるほど、持ち運びは簡単だ。参加表の保管が叶ったところで、保管している入れ物それ自体を奪われたら終わりである。重要なのは中身なのだから、金庫それ自体は壊したところで問題ない。
金庫その物を持っていかれなくても、ダイヤル式とかであれば、総当たりされる可能性は否めない。
そして、茶柱クラスは劣等生が多過ぎるため、逆に『保管係』の絞り込みが容易なのも痛い。『データの流出』や『参加表の紛失』を危惧すれば、どうしたって『保管係』の候補は限られるのだ。
その点では担任である佐枝に預けるのも難しい。佐枝に渡した時点で『提出した』と見做される可能性が捨てきれない。
「そして仮にそうなった場合、難しい選択を迫られる。盗まれた事実を訴えるか、新たな参加表の作成に着手するか。タイミング次第では、同時並行する余裕はないだろうね」
「同時並行しようとすれば、参加表の方はランダムに任せるしかないだろうな。けどそれは、体育祭での成績を捨てるに等しい行いだ」
「かと言って、そのためだけに大型の金庫を買うのもバカらしいしね」
特別試験での報酬が入ったから、買おうと思えば、大型の持ち運びが難しい立派な金庫を購入することは出来る。――出来るが、今度は『そうするだけの価値があるか?』という問題に行き当たる。
「そういう点で言えば、『オークションシステム』は実に見事と言えるよね。一種のギャンブルではあるけど、諸々の煩雑さから見事に解放されている」
「言ってみれば『思考の柔軟性』だな。『何から何まで自分たちで決められる』権利を敢えて放棄することで、あのクラスは他のクラスを手玉に取ったことになる。
正当な方法からグレーな方法まで合わせれば、『他クラスの参加表』のデータを入手すること自体はそれほど難しくはない。
正当な方法としては……例えば、早期に担任に提出したところで、ポイントによる閲覧を求められれば、それが他クラスの生徒だとて閲覧させない理由はない。無論、決して閲覧させないように事前にポイントを払えば話は別だが、それとて絶対を保証するものではない。相手が積むポイント次第では、やはり閲覧を許可するだろう」
平田の言葉に、苦笑しながら頷いたのは担任の佐枝だった。
それを危惧してギリギリまで自分たちで保管しようとすれば、夜間、就寝中に自室に無断侵入されてデータを見られる可能性は捨てきれない。
「『策士、策に溺れる』とはよく言ったものだ。必勝を期せば期すほど、念を入れれば入れるほど、効果が出なかった場合、自分たちのダメージが大きくなる。
星之宮クラスは、敢えて『目先の利点』を捨て去ることで、様々な『異なる利点』を見出すことに成功したのだ。
それも、ただ策の構築を捨てて真っ向勝負に持ち込んだだけではない。自らの生殺与奪を委ねることで、相手の軍資金を――今後の取り得る手段を狭めようとしている。
正味な話、今回の体育祭で負けたところで、直接的に退学者が出るわけではないからな。CPへのダメージだけなら『安い』と見做すことは十分に可能だ。星之宮クラスにはそれだけCPに余裕がある。仮にクラスが逆転されたところで、『再逆転は可能』と判断した上での行動ならばダメージも少ない。極端に調子を落とすこともないだろう。
その上で、早期に優先順位を策定し、味方チームに配慮し、敵チームに揺さぶりをかけている。私たち教師としては、その点を高く評価しないわけにはいかないのが現実だな」
そして、と言葉を続けて、佐枝は星之宮クラスの練習風景に目線を向けた。
「あのダンス練習は、学校側に対する抗議の意味合いもあるのだろう。表向き、『体育祭は、あくまでも体力と運動神経を競い合うもの』という学校側の言い分には異を唱えていない。言い分が間違っているわけではないから、異を唱えるわけにはいかない面もあるだろうがな。
しかし、その言い分を『絶対』とも思っていないのだ。そして、それは正しい。『附随要素にも意味と価値がある』と言われれば、学校側もそれを否定はできない。
だがあのクラスは、学校側に対し『言われたから訂正する』ことを望んではいないのだ。あくまでも『自発的に学校側が訂正する』ことを望んでいる。それ故のあの振る舞いだと考えれば、十分に筋は通る。
ま、『応援合戦』だの『ダンス』だのが、『運動が苦手な生徒がアピールする場』として機能するのは私も認めている。一糸乱れぬダンスを披露されれば、協調性や連帯感の高さを認めないわけにはいかない。
個人的にも、『生徒の実力を評価する。ただしその実力は単一的なものではない』などと宣いながら、『その機会を丸々奪う』のはどうかと思わないでもない。そして、そう思っている教師は私だけではないだろう。
実際、佐倉などは普段の様子からは信じられないほど見事に踊っている。佐倉を中心に華が生まれている。そして、それによってあのクラスの男子たちはテンションを上げている。男女問わず全体的に楽しんでいる。
早い話、アイツ等はそうすることで教師にハッパをかけているのさ。『この光景を見て、それでもダンスや応援合戦に意味はないと言えるのか? 言えないなら変えるために動け』……とな。
そうすれば、今年は無理だとしても、来年にはダンスなどが組み込まれる可能性は否定できない」
そう言って、クツクツと佐枝は笑った。
「実に見事な『意趣返し』だよ。この学校は、生徒に対し『自発的に動くこと』を求めている。それをまんまやり返しているのだからな。
さて、それに対して我がクラスはどう出るのかな?」
そのまま、面白そうに平田を見やる。
「そう言われると困ってしまうわけですけどね。まあ、二番煎じではありますが、こちらもオークションに掛けるのが妥当だと思います」
「ほう?」
「正味な話、チームメイトである星之宮クラスがオークション制度を取った時点で、僕たちに取れる選択はそれしかありません。普通に考えて、敵対チームである真嶋クラスと坂上クラスの手は大きく限られます。
一つは、多大なポイントを費やして星之宮クラスの参加表に干渉すること。――ただ、これは現実的ではないでしょうね。選手一人一人、枠一つ一つがオークションに掛けられるわけですから。
最低落札価格が10万の時点で、推薦競技の交代費用と同じです。星之宮先生が言及したように先輩が個人的に応援する可能性も無いではないですし、それら諸々を加味すると干渉する価値は低いと思います。
そしてそうなると、星之宮クラスに対しては『運を天に任せる』しかなくなるわけです。結果、その分だけ狙いはうちのクラスに集中するでしょう。
ターゲットが分散され、そこに付け込むことが出来ればこそうちのクラスにも勝ちの目は見えますが、一極集中されるとそれも無理です。個人個人では渡り合える生徒もいますが、如何せん、その数は少ないですから。
なら、あとはもう『いくら偵察しても判断が付かない』状況に持っていくしかありません。ギャンブルになってしまいますが、それが尤も
そうは言っても、ただ『ランダムに掛ける』だけだと損はないが得もない。『相手にダメージを与えられる』可能性が生まれる時点で、オークションに掛ける方がよっぽど現実的だ。
クラスを鑑みれば『個人評価が低い』=『スタート額の低い生徒』の方が多そうではあるけど、だからこそ大金を払ってまでそんな生徒に干渉する価値は低い。基本スタート額が10万なのだから、評価が下がるにしても限度はあるだろう。万を下回ることは無いと思いたい。
また、今回の体育祭、CPがプラスされるのは各学年の最優秀クラスしかない。そして現時点におけるクラスの実力を鑑みれば、それを狙うのはとてもじゃないが現実的ではない。好んで勝負を捨てたいわけではないが、それが実情なのだ。
何せ、特典配分が全員参加種目と推薦参加種目で大きく違う。全員参加種目はランダム要素が絡んでくるとしても、推薦参加種目は文字通りに選出された生徒の身体能力やチームワークが物を言う。個人の参加数に上限もないので、体力さえあるなら全ての競技に参加することだって可能だ。
そういう風に考えた場合、茶柱クラスが勝利する可能性はだいぶ低い。
第一に高円寺だ。元より活躍を期待してはいないが、だからこそ、彼の得点は大半が最低点になる可能性が否めない。もしかしたら一種目くらいは一位を取ってくれるかもしれないが、所詮は『雀の涙』である。
そうなると頼みの綱は須藤になるわけだが、彼は彼で激昂しやすい性質だ。入学当初と比べるとマシになってきているのも事実だが、体育祭は彼の本分である運動を主にする舞台だからこそ、悪い意味で点火する可能性が否めない。
それ以外では突出した身体能力の持ち主はいない。平田に三宅、鈴音にかや乃といった具合に優秀な身体能力の持ち主はいるが、全ての競技に出場できるほどではない。
そして、推薦競技の中でも『借り物競争』や『男女混合二人三脚』が鬼門になる。
前者は純粋な身体能力よりも『運』と『人脈』が大きく絡む。『簡単なお題』を引ける運と、それを実行するための人脈だ。
物品に関するお題ならまだしも、誰か特定個人に大きく関わるお題であれば、途端に難易度は跳ね上がる。例えば、お題が『二年の実力者』とか『二年の有名人』とかだったりした場合、須藤や鈴音がクリアできるとは思えない。
単純問題、お題と結び付けられるだけの人脈がないからだ。須藤であれば『バスケ部の先輩』という選択肢はあるだろうが、結局のところ、二人がどう思うかではなく審判がどう判断するかなのだ。
推薦競技の二人三脚は、『男女間のチームワーク』が重要だ。しかし、これがまた難しい。仮に須藤と鈴音が組んだとて、互いの実力を発揮しきれるとは思えないのである。双方が冷静であればワンチャンあるが、本番の熱気の中で冷静さを保っていられるかは分からない。二人とも、根っこは割と感情的だから尚更だ。
「僕たちの場合、最大限に運が良くても、クラス成績では二位に滑り込むのが精々だと思います。現実的に考えると、三位か四位の可能性が大きいです。――単純問題、それだけ個人能力が低い生徒が多いからですね。他の方面で輝くものを持っていたとしても、体育祭で輝けなければ今回は意味がありません。
で、そうして考えていくと『下手の考え休むに似たり』に行き着きます。星之宮クラスの真似をしつつ、他クラスに対する調査期間を練習や勉強に回した方がまだマシかな……? と思うわけですね」
それが平田の結論だった。
世の中、『一挙両得』や『一石二鳥』という言葉はあるが、その一方で『二兎追う者は一兎をも得ず』という言葉もあるのだ。そして、諸々の意味で余裕がない茶柱クラスは後者の方になりやすい。
「今回の体育祭は、『勝利』よりも一人一人の『意識改革』に充てるべきだと思っています。
ゆっくりと、着実に、確実に、一歩ずつでも登っていくためには、個々人の地力の向上は否めません。
そして地力というものは、一朝一夕では身に着きません。時間をかけて、本人が努力をするしかないんです。
今後を見据え、そのための『学びの場』とすることが、今回は最上かと……」
CPへのダメージは、必要経費として受け入れる。最大限に引かれたとしても-200CPだ。現在のCPは370なので、まだ170が残る。どうせ長らくゼロポイント生活が続いていたのだから、そこから更に引かれたとて十分にマシだ。
他のクラスには中々できないだろうけれど、最下位を取り続けた茶柱クラスだからこそ可能な戦術だ。そうして最下位に身を窶しながら、虎視眈々と爪を研ぐ。ハングリー精神を養う。
そもそもにして地力の低い生徒が多かったり、突出型の生徒が多かったりする茶柱クラスが本格的にAクラスを目指そうとするのなら、それ以外の手などなく、それ以外の手は取れないのだ。――取れるとしたら、他クラスにハプニングやアクシデントが起こった時だけだろう。
「フン。ただ勝利を捨てたわけでないのならそれでいい。確かな目算があってのことならば、私もまた最大限にそれを尊重しよう。
実際、百戦百勝など早々あり得ないのだからな。最後の卒業試験を『本番』と捉えるなら、そこまでの過程は各種試験を含めて『練習試合』に過ぎない。そして練習試合でいくら負けても、肝心要の本番で勝つことが出来たなら、『結果よければ全てよし』と言えなくもない。
逆説、練習試合でいくら勝ち越せたとしても、本番で負ければ『水の泡』だ。――全て、とは言わんがな……」
そう言った佐枝は、茫洋とした眼差しで宙を見た。果たして、その視線の先にあるのは、遠い過去か。それとも、まだ見ぬ未来か。
そうして、茶柱クラスもまた、星之宮クラス同様に参加表をオークションに掛けることを決めたのだった。
今回は平田率いる茶柱クラスの動向をお送りしました。
極論、チームメイトである星之宮クラスが参加表をオークションに掛けることを公表した時点で、茶柱クラスもまたそれに倣うしかありません。
個人当たりのデキが低いからこそ、真嶋クラスと坂上クラスの双方から集中して眼を向けられれば、『参加表の防衛』は不可能と言ってもいいです。
体育館で帆波が色々とぶっちゃけましたので、『ダーティーな手段』もそれだけ浮かびやすくなってますし、危機感も高まっています。
その一方で、資金が心許ないからこそ『参加表の防衛手段』も心許ないのが現実です。
こうなると、『調べても意味はないよ』と前以て公表するしかないんですよね。
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