ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~   作:山上真

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第121話:かくして、姫野雪は再誕した。

「清隆あああぁぁっ!」

 

 叫び、去り行く背中に手を伸ばす。

 だけど、相手が振り向くことはない。足を止めることもない。

 その瞬間、確かに『雪』という少女は死んだのだ。少なくとも、その人格が崩壊したのは間違いがない。

 だけど、生命体としては間違いなく生きていたのも事実だ。

 その果てに、記憶のほとんどを忘却しながらも、奇蹟的に『ユキ』という少女として生まれ変わった。

 不幸中の幸いだったのは、忘却されたのはエピソード記憶の方であり、意味記憶の方は忘れずに残っていた。

 だから、生まれ変わった少女が日常生活を送ることに不都合はなかった。食べるも、動くも、通学も、何ら問題はなかった。

 だから、不都合があったとすれば、むしろ少女の家族の方。

 傷付いていた少女の救いになればと、どうにか願いを果たした結果、それを端として少女が自分たちのことを忘れてしまったのだ。――その事実に、少女の家族もまた深く傷付いてしまったのだ。

 だから、むしろ少女の家族の方に冷静さを取り戻させる意味で双方が距離を置くことになり、少女は親戚である姫野の家に預けられた。『姫野ユキ』の誕生である。

 けれど、姫野の家も突然預けられて困惑がない方がおかしい。

 だから、少女はこの学校にやって来たのだ。三年間、許可なき外部連絡が禁止されている『高度育成高等学校』へと……。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

「清隆あああぁぁっ!」

 

 叫び、姫野ユキは自分が『目を覚ました』ことを自覚した。

 片手を伸ばしており、頬には濡れた感覚がある。十中八九、涙を流した跡だろう。――目覚めたばかりだというのに、そう冷静に思考できる自分がいた。

 冷静なのは思考だけではなかった。目覚めたと自覚した瞬間、行動もまた冷静さを保っていた。端からは『寝ぼけたが故の行動』と見えるように装いつつ、最低限の動作で状況を確認する。

 

(ベッドに寝かされている。腕には点滴、カテーテルまでセットされている……。単純に考えれば病院か……?)

 

 時刻は夜だろう。消灯してカーテンを閉めているだけにしては室内が暗すぎる。

 そう判断できる一方で、所々に微弱ながらも光源があるのも事実。それを利用すれば、ある程度の状況を掴むことは出来た。

 

(覚えている最新の記憶では、私はプールの休憩スペースで坂柳と会話していた。状況的に、その内容にショックを受けて気絶。担ぎ込まれたってところか……?)

  

 そう結論付けて、『その後の記憶』を振り返ってみる。

 ビンゴだった。むしろ、そうでもなければ、『今まで忘れていた』過去の情景を思い出す筈がない。

 死んでいた筈の『雪』が蘇った。――と言うよりは、『精神的ショックの余り、療養のために深い眠りに就いていただけ』と考えた方が、今となっては正しいだろう。

 ユキという人格は、療養期間中、外界に対応するために用意された後付けの人格だ。エピソード記憶がなかったのはそれ故でもあるのだろう。そう考えれば筋は通る。

 しかし記憶によると、『雪』が清隆と最後に会ったのは、一般的に言うところの中学二年の終了時だ。つまり、今という時間を迎えるまで二年も経っていない。

 普通に考えて、たったそれだけの期間でオリジナルの傷が癒える筈もなければ、そこまで強固な防壁を敷ける筈もない。

 有栖の言葉によって防壁に罅が入り、結果、『雪』と『ユキ』は一体化した。――或いは、『ユキ』が『雪』を食ったと表す方が正しいかもしれない。

 少なくとも、現在の自己認識でベースとなっているのは『ユキ』の方だ。しかしその一方で、『雪』が抱いたであろう情感や痛みを我が事のように感じられている。

 

(ダセえ……)

 

 その上で自分を振り返ると、そう結論付けざるを得なかった。

 率直に言って、『雪』の世界は狭かった。だから、諸々の理由もあったが殊更に清隆に執着した。――脱落後、自分を支え続けてくれた家族には目を向けることもなく。

 

(いやまあ、そもそもにして私を『ホワイトルーム』っていう地獄に叩き込んだのも親だから、その行動も分からないではないんだけど……)

 

 オリジナルに一定の理解を示しつつも、それによって自己崩壊を招くに至ったんだから愚かというより他にない。それが自分でもあるのだから、尚更自嘲せざるを得ない。

 そうして得た痛みは、思いの外に強固だったのだろう。少なくとも、『ユキ』という外装に影響を齎すほどには。髪を染めたのもその一環なら、人付き合いを好まないのもまた然り。

 だがその果てに、今度こそ正しい意味で生まれ変わったのだから、或いは最適な道のりだったのかもしれない。これまでの道程は生まれ変わるために必要な儀式だったのかもしれない。

 

(本当のところは分からないけど、そう考えた方が精神的に楽だ)

 

 と、自分自身にある程度の決着を付けたところで、()()()は改めて外界に意識を向けた。

 

(私が目覚めてから結構な時間が経った筈だが、誰かが入って来る様子はない。つまり、『厳重な監視下』にはない。精々が『定期巡回』程度と見るべきだな……)

 

 人格が統合されたことで、ベースは『ユキ』にしつつ、『雪』の経験も継承したのだろう。『雪』が途中で『ホワイトルーム』を脱落したのは事実だが、それでも残り四人となるまで残り続けたのも事実。培った経験と実力はそこらの高校生の比ではない。

 能力そのものは鈍化したり錆び付いたりしている部分もあるだろうが、それでも一般的な高校生と比べれば十分に高性能だろう。何せ、『エピソード記憶』がなかったが故に()()()程度にしか身体を扱えなかったユキが、それでも学生を演じるに不都合はなかったのだから。

 

(私に言わせりゃあ、『雪』が脱落したのは彼女が()()()()()()()()からだ。よっぽどまともで、脱落を卑下する理由なんか1ミリだってありはしない。

 清隆への執着も、まあ理解はできる。惜しむらくは、当時の『雪』は幼すぎて自分の感情を自分でも分かっていなかったことだな……)

 

 人格が統合された結果だろう。今の雪は、『雪』の記憶を()()()でありながら()()()に捉えることが出来ていた。

 そうして抱いた結論。『雪』は清隆を『人間』に留めようとしていた。ただ、初恋とごっちゃになったことで、清隆に執着する理由を自分でも分かっていなかった。

 脱落後もその想いは消えず、むしろ会えなくなったことで想い自体はより強まったのだろう。――しかし、肝心要の部分はやはり分からないままだった。

 そして、清隆との再会を経て、漸く『雪』は『現実』を認識した。清隆はどうしようもないほどに合理化――マシーン化が進んでいた。『人間』に留めることも出来なければ、初恋も崩れ去った。

 言わば二重のショックを受けたのだ。元々、脱落以降は健常な精神状態でもなかったのだ。人格崩壊を起こしてもおかしくはない。

 その上で、療養に努めている最中、今回の一件で『雪』は清隆の『現在』を知ることになったのだ。クラスメイトや諸々の協力を受けながら『人間化』を進め、その一方で『ハーレムを築いている』現状を。――清隆のマシーン化を止められず、初恋まで叶わなかった『雪』にしてみれば、到底受け入れられることではないだろう。

 

(結果が、私を『主』とした人格の再構成だ。オリジナルは今度こそ死んだのか、或いは再び深い眠りに就いたのか。分からんな……) 

 

 ついつい外よりも自分を気にしてしまう。

 それも仕方ないだろう。今の今まで『姫野ユキ』としての自分に疑問を抱いてなどいなかったのだ。――正確に言うと、疑問を抱かないではなかったが、その上で受け入れていた。疑問を封殺していた。疑問を明らかにしようとすれば、自身の記憶喪失で傷付いた家族を更に傷付けることになると判断したからだ。

 その真相がコレである。ショックを受けない筈がない。今となっては『雪』のことも自分だと認識しているから、尚更羞恥心が強い。

 

(いや、家族にどう顔を向ければいいんだよ……!? 特に父親! 自分自身のしでかしたことながらめっちゃ恥ずいぞ!)

 

 記憶を失う前から、『雪』は家族を傷付けていた。心配する家族に目を向けることをしなかった。その挙句、娘の願いを叶えた父親の行動をきっかけにして記憶を失っている。

 

(そりゃあ、親の方も娘を『ホワイトルーム』に叩き込んだりしているが、その詳しい教育内容は知らされていなかったみたいだからな。謳い文句だけなら立派だったみたいだし、そういう点では親だって被害者だ。真にイカレているのは『ホワイトルーム』の運営陣で、そういう意味では情状酌量の余地はある)

 

 そういう点では『雪』にも情状酌量の余地があることは理解しているが、他人ではなく自分の行いと認識してしまったが故に素直には認め難い。複雑な心境である。

 そして、自分がぶっ倒れてからどれだけの時間が経っているかは不明だが、状況を鑑みると家族に連絡が届いていてもおかしくはない。

 何せ、端から見れば些細な世間話をしている最中、唐突に絶叫を上げて気絶し、こうして病院に担ぎ込まれているのだ。

 いくら基本的に外部連絡を禁止しているとはいえ、それも時と場合によりけりだ。少なくとも、『預かっている生徒が唐突に気絶した』という情報を伝えないわけにはいかないだろう。経過時間次第では面会許可だって出すかもしれない。でないと、後々の信用に関わる。

 悪評が広まって入学を希望する生徒がいなくなれば、如何な名門校だって運営できなくなるのが道理だ。

 ただでさえ秘密主義を取っているのだから、デマや根も葉もない噂の対象になりやすいし、それが悪評に転んだところで何の不思議もない。そんな前提の上で成り立っているからこそ、可能な限り『誠実』を心掛けて実行をすることを迫られるのも道理だろう。

 

(そもそも、カテーテルがセットされてるしなぁ~。それってつまり、『自力での排尿が期待できない』と判断したが故の措置ってことだろ……。そこら辺を踏まえれば、高確率で家族に連絡がいってるだろ……)

 

 そう判断できてしまうが故に、雪は行動を起こせずにいた。

 行動を起こすには羞恥心が邪魔をし、あれこれと言い訳を付けては目を背ける。そう自覚できていながら、一歩を踏み出すことが出来ない。

 そうして雪は現実逃避気味に思考を巡らせることに意識を割き――いつしか眠ってしまっていた。

 

 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢

 

(うおおおぉぉ……。気付けば熟睡しちまってたぜ。我ながら図太いな、おい)

 

 再び目を覚ました雪は、自己嫌悪に陥っていた。

 最初に目を覚ました時に比べて室内は随分と明るくなっており、カーテンも開けられていた。巡回の看護師なりが開けたのだろうが、雪はそのことに一切気が付かなかった。

 その事実を踏まえるだけで、考え事をしている最中にそのまま眠ってしまったことは明らかだった。そしてその眠りは、思いの外に深かったことも。

 だがその事実は、雪を開き直らせるには十分でもあった。つまるところ、考えても()()()()が浮かばなかった証明でもあるのだから。

 ならば、あとは『出たとこ勝負』をするしかない。そもそも、自分の考え過ぎの可能性も否めない。家族が訪れているとは限らないのだ。

 結論を出した雪は、意を決してナースコールを押した。

 

「姫野さん、目を覚ましたんですね!」

 

 程なくしてやってきた看護師は、開口一番にそう言った。

 そして、そこから現状について説明されたわけだが、雪は自分が殊の外長く意識を失っていたことを知った。

 

(マジか……。まさか十日間も意識を失っていたとは……。いやまあ、推測が正しく、『人格の統合』が行われていたんだとしたら、逆に短いのかもしれないが……)

 

 雪は経過時間の長さに衝撃を受けると同時、納得してもいた。納得しきれない部分もあるけれど、自分の変化を鑑みれば納得できる部分の方が大きい。

 

「それでですね。流石に数日も目を覚まされないとなると、こちらとしてもご家族に連絡を取らないわけにはいかず、ちょくちょくお見舞いに来てらっしゃいます。

 こうして姫野さんは目を覚まされたわけですが、それで即退院とはなりませんし出来ません。少なくとも、退院しても問題がないか一通りの検査が必要です。

 その間にご家族が再びお見舞いに来られる可能性は否定できず、その際は面会時間を確保することも可能ですが、いかがいたしますか?」

 

 熱を測ったり脈を取ったり、その合間合間に語られて、最後にはそう問いかけられた。

 

「お願いします」

 

 迷うこともなく、悩むこともなく、気付いた時には雪は即答していた。――つまりはそれが本心で、恥ずかしかろうが何だろうが、雪は家族に会いたがっていたことの証明だった。

 

「分かりました。ではそのように手配しておきます。ただ、あくまでも『タイミングが合えば』であることはご了承をお願いします」

「それはもちろん。本来なら、この学校にいて家族と会えることの方が例外なんですから」

「そう言っていただけると助かります。……それじゃあ、目も覚まされたので、ご飯の方も用意してもらいますね。と言っても、最初のうちは胃に優しいメニューになると思いますけど……」

「食べられるなら、それだけでありがたいですよ」

 

 そんなやり取りをして、看護師は部屋を去っていった。

 そして雪は、傍らに置かれていた端末を手に取り、目が覚めたことを友人に知らせたのだった。




本作の独自設定、『雪』が『姫野ユキ』となり、そこから『姫野雪』に至るまでを簡単に描写してみました。
0巻を読んでみたところ、清隆は『一般に中学二年の課程を修了する頃合い』に雪と再会してるんですよね。
で、そこでトラウマに苦しみながらも縋る雪を一蹴しているわけです。
それを見た結果、『人格崩壊してもおかしくないな』との感想がより強まりました。
まあ、本作では『雪』=『姫野ユキ』にしてる時点で、『ユキが演技をしている』か、『清隆やホワイトルームの記憶を失っている』のどちらかの可能性が高かったわけですが、0巻を呼んだことで比較的無理なく後者を採用出来たと思います。

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