ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
家族と再会し、言葉を交わし、会話を重ね、自分の現状を伝え、自分の希望を伝え、相手の願いを聞き――そうして、心なし気分良く退院できたと思っている姫野雪であったが、久しぶりに登校して早々にトーンダウンした。
「いや、これはどういう状況だ? 今って体育祭に向けての練習期間じゃなかったのか?」
ギギギと首を回しながら、雪は友人であるところのアズへと訊ねた。訊ねる相手が愛里じゃないのは、理路整然とした説明を求めてのことだった。残念だが、愛里にそれは期待できない。
体育祭に向けての練習というのなら、走ってナンボではないのか。それがどうしてダンスを行っているのか。
「う~ん、一概に説明するのは難しいんだけど……」
そう前置きしながらもアズは説明し、雪もどうにかそれを受け入れた。要は『何に重きを置くか』ということだ。
真面目に競技の練習をして、走って体力を付けたり、バトンの受け回しを練習したり、二人三脚における足の踏み出しを練習するのもいいだろう。
しかしそれは、アクシデントにより相手が変わった際も機能するかと言えば首を傾げざるを得ないのも事実。結局のところ、特定個人間での練習でしかないからだ。練習を積み重ねた相手以外と上手くやれる保証はない。
そういう風に考えれば、ダンスだって選択肢としては十分にありだ。『集団で一致団結した乱れぬ動き』をする必要があるからこそ、連帯感や協調性、リズム感が鍛えられるのは勿論のこと、身体を動かすのに違いはないので体力だって鍛えられる。
「ま、理屈は分かった。――分かったけど、まずは単純に走ることから始めていいか?
何せ、こちとら暫く入院していた身だからな。感覚にズレが出ている可能性は否めないんだ。まずはそこら辺を取り戻したい」
雪の希望をクラスメイトが断ることはなかった。
それに甘えて、雪はグラウンドを走りだす。正直に言って、雪は現在進行形で自分の肉体を持て余していた。
先日の一件を契機として、本来なら
問題なのは、にも拘らず現在身体を動かしている人格のベースは『ユキ』であり、そこに統合を果たしたことで、『雪』の記憶・経験・スペックにポテンシャルやらが一挙に押し寄せてきたのだ。
結果、厄介と言うか、それとも当然と言うべきか、無意識的に動く分にはスペックを十全に活かせるのだが、意識的に動かそうとすると齟齬が出るのだ。未だ完全な統合が果たされていない証左だろう。
早い話、『家と家財一式を丸々譲られたはいいが、どこに何があるかも把握できていないため、使いきれていない状況』というわけだ。
だからこそ、時間の経過と共に統合も進み齟齬も薄まると思うが、何もしなければそれだけ時間が掛かるだろう。
である以上、齟齬を無くすための一番の近道は『意識的な取り組み』を反復するしかない。そしてそれには、単純なことから手を付けるのが一番簡単だ。その点において、『走る』というのは『最も単純』と言えるだろう。
だから、雪はただ走った。ひたすらに走った。
「はっ……はっ……はっ……はっ……」
ひたすらに走っていると、次第に没頭していく。雑念が薄れていく。自分のこと、家族のこと、その他様々なことを棚上げし、『走る』という一点に集中し、それは齟齬の穴埋めを早めていく。百点満点とは言えずとも、80~90点の解答は『雪』の記憶と経験の中に既に存在しているのだ。
既に解が自分の中に存在するのだから、邪魔が無ければ引き出すのはそれだけ容易い。――もっとも、その『解』はあくまでも『ホワイトルーム』にいた頃のものであるから、決して百点満点足り得ない。
ただでさえ『雪』は『ホワイトルーム』を脱落したのだし、その後のブランクもあれば、身長体重を始めとした身体的な変化も迎えているのだ。当然と言えば当然のことである。
だが、最終的に清隆以外の全員が脱落したとはいえ、『魔の四期生』の最終四人に残るだけのポテンシャルとスペックを『雪』が持っていたのも事実である。だからこそ、瞬く間にブランクを埋めて適応していっても、決して不思議なことではなかった。大半は過去をなぞっているだけなのだから。
「っはぁ~……はぁ……はぁ……はぁ……」
自分で『掴めた』と判断したところで、雪は走るのを止めた。だいぶ集中していたようで、途端に疲労が押し寄せてくる。呼吸も荒い。体力の低下を殊更に痛感した。
「スッゲえな、姫野! お前、そんなに走れたのかよ!?」
そんな雪に嬉々として話しかけてきたのは柴田だった。クラス内きってのスポーツ青年は伊達ではなかった。
「ああ、どうやらそうみたいだな。つーか、私自身も把握してなかったんだよ。何せ、この間プールでぶっ倒れるまでは、一年ちょっとくらいの記憶しかなかったもんでな……」
「……え? いや、それってマジで?」
雪の返答に、さしもの柴田も呆気に取られた。
「マジ。……てか、姫野ってのも預けられた家の名字で、本名じゃないんだよな。早い話、私は双方の冷静さを保つべく、家族と距離を置く意味でここに来たんだよ。――で、ぶっ倒れたのを契機として記憶を取り戻したってわけだ」
「まじかぁ~」
「で、私が記憶を失う原因になったのが、そこにいる綾小路清隆っていう人非人でな。幼い頃を一緒に過ごした女の子が泣いて縋ったっていうのに、一切の慈悲を見せることもなく振り払い、辛うじて保たれていた人格と精神はそれによって崩壊したわけだ。
私はそれによって生まれた代替人格なんだよ。……少なくとも、私自身はそういう認識だ。
で、私をそんな境遇に追いやったマシーン少年は、生まれ育った施設からの監視の目が行き届かなくなった環境に身を寄せた途端、『人間』になろうとしてやがるってわけだ。おまけにハーレムを築いてやがる。
まったく、堪ったもんじゃねえよ。『オリジナルが私にブン投げるのも無理がない』と理解できるからこそ、余計に堪らねえ。――と言うわけで、清隆。殴らせろ」
柴田に答えた雪は、ついでとばかりに周りに聞こえるように事情を説明し、拳を握ると同時、ニッコリ笑顔で清隆を見やった。
「……お前、雪なのか?」
「おお、雪だぞ。もっとも、今言った通りの事情なもんだから、お前が知る『雪』かどうかは分からんがな。――が、それはそれとして、私は『雪』を継承することになったわけだから、幼気な少女の乙女心を傷付けたクソ野郎をブン殴る権利はあると思うわけだ」
清隆が驚愕を露わに雪へと確認する。その変化を嬉しく思う部分がないではないが、それはそれ。雪は拳を握った腕をグルグルと振り回しながら答えた。
そして、清隆は双方のやり取りを見守っていたクラスメイトによって拘束された。
「清隆くん。これはケジメだよ。清隆くんなりの理由はあったのかもしれないけど、女の子を傷付けたのは事実なんだから、その責任は果たさなきゃいけないんだよ」
「ですね。詳しい事情は知りませんが、『相手に理解してもらうこと』を放棄した清隆くんの責任です」
「まあ、何だ。お前の過去に同情しないわけじゃないけど、ここは姫野の肩を持つのが正しいだろ」
「同じくだ。恨むなら、綾小路先生を恨むんだな。そして、その恨みを直接綾小路先生にぶつけることだ。……正直、喧嘩の一つもしていない親子など『歪』としか言いようがない」
帆波、千尋、柴田、神崎……清隆の理解者たちが揃って清隆を拘束していた。よしんば清隆が四人を振り払っても、その外には桔梗にアズ、フォルテにひよりが待ち受けている。更には浜口に渡辺、克己に愛里、麻子も。
率直に言って、清隆に逃げ場はなかった。――仮に逃げれたとしても、クラス内に身の置き場は無くなってしまうだろう。
「それが、お前の限界だよ清隆。何だかんだ言って、お前には勇気がないのさ。
最初はホワイトルーム。次はこの学校のこのクラス。……『外』に踏み出す勇気が、見果てぬ大海に漕ぎ出す勇気が、お前には決定的に欠けている。
勝算がないと動けない、完全無欠の理屈マン。御大層なお題目を掲げた『ホワイトルーム』が誇る、集大成たる『最高傑作』の、それが現実だ。
だからまあ、そんな奴にお灸を据えてやるのも、壁を乗り越えるためのきっかけを与えてやるのも、幼馴染みの役目だろうさ。……歯ぁ食いしばれ清隆、お前のその凝り固まった観念、私が修正してやるよ!」
そして、雪の拳が拘束された清隆へと突き刺さった。
「ぐぅっ!?」
「うおっ!?」
「うわっ!?」
『きゃあっ!?』
清隆は拘束していた面々を巻き込んで地面に倒れ込んだ。
清隆は、茫洋とした目で天を見上げながら、その一方で過去を想起した。――果たして、自分が殴られたのはいつぶりだったか……?
考えても分からなかった。答えが出なかった。それも当然。清隆は『不要』と判断したものは即座に忘却してきたからだ。
「清隆。お前の災難は、お前が『適応する天才』だったことだ。ホワイトルームで生まれ育ったお前は、その才能故に余りにも早く『
そしてそのことに、『ホワイトルーム』が気付かなかったことだ。いや、気付いてはいただろうが、あそこはあそこの定義する『天才』しか『天才』と認めなかったからな。まあ、元より『天才』の定義なんて曖昧なもんだ。別におかしなことじゃない。
それが悪いとは言わないさ。事実、それによってお前は高い能力を身に着けたんだからな。――反面、脱落者である私たちは、その分だけ『人間』であれた。『人間』に留まることが出来た。
なあ、清隆。『雪』がなんでお前に縋ったか分かるか?」
雪が清隆を覗き込みながら問いかけた。
清隆は分からなかった。だって、脱落した子供のことなんて興味がなかったからだ。どうでもよかったからだ。それが自分の糧になることは無いと判断していたからだ。
「分からないな。脱落者を気にかける余裕なんてなかったし、そんな必要もなかったから」
それでも、清隆は答えた。当時の記憶を引っ張り出し、どう思っていたかを正直に答えた。
「だろうな。『雪』がお前と再会したあの時点で、お前はもう『ホワイトルーム』の理屈に完全に染まっていた。支配されていた。『マシーン少年』になっていた。
そりゃあ、お前に負けず劣らず『雪』の世界も狭かったからな。そういう点で言えば、お前に初恋を抱いたことも事実だろうさ。それが叶わないことにショックを受けたことも否定はできない。
だがそれ以上に『雪』が衝撃を受けたのは、お前が『マシーン少年』になってしまったのを直に確認してしまったからさ。『自分が脱落してしまったことで、お前を
雪による答えは、清隆にとって余りにも想定外なものだった。
「だとするなら、それは……」
それこそが、『慈愛』と言われるモノではないのか……?
「オレは、あの環境にいた時から、『愛』を受けていた……?」
そういうことになってしまう。そして、清隆は
「結果、その悲しみと自責の念から、『雪』は『自分は必要ない』と判断してしまった。それは『雪』の人格崩壊を招いた。
だが、防衛本能が働いたのか、或いは完全に崩壊することがなかったのか、それは『ユキ』という代替人格を生み出すに至った。『ユキ』は『エピソード記憶』こそ引き継がなかったが、『意味記憶』は引き継いでいたからな。擬態の程度はともかく、日常生活を送るに不都合はなかった。――とはいえ、所々に『雪』の影響を受けていたことも事実でな。それは髪を染めたり、人付き合いが苦手だったりと、行動の端々に表れた。
そしてそれは、家族との溝を深めるには十分で、互いに冷却期間を置く意味で『ユキ』はこの学校にやってきた」
清隆が衝撃を受けている間にも、雪は言葉を紡ぐ。
「そして何の因果か、『ユキ』というフィルターを通し、『雪』はお前との再会を果たした。そしてそれは『ユキ』にも影響を与えた。『ユキ』がお前との接触を拒まなかったのは、『雪』の影響が大きいだろう。
んで、『ホワイトルーム』による監視の目がないのをいいことに、お前は変わっていった。その才能を活かし、見る間に『人間』になろうとしていった。『適応の天才』なんだからおかしくはない。
それが『雪』は嬉しく――悲しかった。だって、自分には出来なかったことなんだから。
そうこうしている内に、お前はハーレムまで築いていった。その事実がまた、『雪』を苦しめた。
そしてあの日、世間話の中で、坂柳によって『姫野ユキ』は解剖された。暴かれた。
ただでさえ、生まれて浅い
で、今は代替であった筈の『ユキ』をベースに人格が統合され、『雪』の経験やら記憶やら諸々を引き継いだ『姫野雪』が主体というわけだ」
そこで雪は言葉を止めたが、清隆の混乱は続いていた。
『愛』を教わらなかったから知らず、知らないが故に認識できず、認識できなかったが故に『不要』と切り捨て、ここに来てそれを求め、与えられた。受け取った。――それが清隆の道程だ。
だがそれは、それ以前から清隆に『愛』を与えていた側にとってはどれだけの苦しみだろうか?
「お前の意識が不明だったのは、その間に『人格の統合』が為されていたから、という判断でいいのか?」
「ああ。つっても確証はない。あくまでも状況から私がそう認識しているだけだ」
周囲がシンと静まり返る中、口を開いたのは克己で、雪はそれに正直に答えた。
「手を取れよ、清隆。結果的に『ホワイトルーム』に振り回された者同士、私とお前の関係はこっからリスタートだ」
「……いいのか? お前の言を信じるなら、オレは……」
「いいんだよ。私が『いい』って言ってんだ。
ぶつかって、喧嘩して、反目して、距離を置いて、それでも仲直りして、そうやって『人間関係』ってのは強固になっていくもんだ。
私たちの場合、単に遠回りの回り道をしていただけだ。それでいい。それがいい。――改めてよろしくな、清隆」
手を差し出す雪の表情は笑みを浮かべている。
「……ああ。改めてよろしく、雪」
双方共にだいぶ変わってしまったけれど、かつて分かたれた二人の手は、今ここに再び握られた。
「いつか、志朗とかにも再会できたらいいな」
「どうかな……? オレは彼らを切り捨ててしまった側だから、恨まれていると思う」
「アホ。だから、再会を望むんじゃないか。謝って、たとえ許してもらえなくてもそれはそれ。そこから新しい関係を築いていけばいい。それが出来るのが『人間』なんだから」
「そうか……。そうだな……。いつか再会して、互いの変化を喜び合えたらいいな……」
思い出を共有する少年少女は、柔らかな笑みを浮かべていたのだった。
清隆を真の意味で『人間』にするには、『過去』の共有者=『ホワイトルームの被験者にして同期』が必要不可欠だと思います。
そういう意味での『姫野ユキ』=『雪』設定であり、である以上、過去の記憶を取り戻すのは必須でした。
まあ、人格が統合されたからといって、すぐにスペックを活かしきれるものではありません。
志朗とか雪については0巻を読む前から断片的に知ってたんですけど、0巻を読んだことでそこら辺が補強されたこともあり、急遽志朗たちも登場させることにしました。
端的に言えば各クラスのパワーバランスを取るためです。
魔の四期ベスト4は清隆→志朗→???→雪になってるんですが、この三番目の人って性別も不明なんですよね。
そういう意味では非常に使いやすい人たちが原作のモブキャラにいましたので、その人たちに志朗と???さんを宛がうことにしました。
0巻によると、名のある脱落者たちは丁寧なケアをして親元に返し、名無しの脱落者は用意した施設に送り、ホワイトルームのことを口外しないように調教した上で野放しにするのが既定方針みたいです。
これ、名ありは政財界の有力者の子供で、名無しは孤児ってことなんでしょうが、『有力者が孤児を養子に取る』って選択肢もありだと思うんですよね。
そんなわけで、本作では志朗と???さんは孤児で、タイミングは違えど同じ家に養子に取られ、その際に名前を変えており、高度育成高等学校に入学していることにしました。
『よう実』の原作はモブが多いからこそ、こういう力業が通用するのがいいですね。
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