ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
「ああ、池くん。今度の体育祭なんだけど、私と組んでくれない?」
体育祭用に増えたホームルームの最中、唐突に池は園田千代に提案された。
星之宮クラスに倣って参加表をオークションに掛けることにした茶柱クラスだが、それでも決める部分はあらかじめ決める。特に『借り物競争』の出場選手をランダムに任せるわけにはいかない。人脈の無い生徒が選出されたら悲惨な結果になる。
必然、ランダムに任せる部分やオークションに掛ける部分は星之宮クラスよりも少なくなるだろうが、それもチームとクラスを秤に掛けた結果だ。
そして、『二人三脚』の組み合わせも自分たちで決める部分だ。クラスメイトにして異性である千代が池に提案する以上、まず間違いなく推薦競技の『男女混合二人三脚』を指しているのは間違いなかった。
「園田……? するって~と、『男女混合二人三脚』のことだよな?」
クラスメイトではあるが、然程交流があるわけではない。そんな千代からの突然の提案に首を傾げつつ、池は確認のために問い返した。
「うん、そう。正志――坂上クラスの園田正志とも話し合ったんだけどね。今回の体育祭から本気出していくことにしたから」
「いやまあ、綾小路とか松下とかの例もあるから、他に手抜きしていた奴がいるのは不思議でも何でもねえんだけど――何で俺?」
そこが不思議だった。池は長年サボっていたツケが回って、自慢だった身体能力もかなり劣化している。最近は無人島試験を機に錆び落としを始めたが、まだまだ全盛期には遠く及ばない。
正味な話、それでも努力の甲斐あってクラス内では上澄みの方だと思うが、それは単に比較対象が酷すぎるだけである。学年で見ればまだまだ低い。
「私と組めそうなの、このクラスだと池くんくらいしかいないから。高円寺くんは期待できないし」
「いやいや、ちょっと待てって。高円寺を引き合いに出す辺り実力には自信があるんだろうけど、だったら尚更俺だと力不足だろ?」
「平常ならそうだね。でも、リミットを外せばその限りじゃないし、N.I.N.J.Aである君なら人為的に外すその術を持ち合わせてるんでしょ?」
千代のその言葉に、池は警戒せざるを得なかった。無人島試験を始め、割とポンポン口外した自覚はあるが、それでもN.I.N.J.Aのことを知っている者は限られる。
そして、その時の場面に千代はいなかった。
「……園田、お前何者だ?」
「私は『天才の量産』を掲げる特殊な施設で育ったんだよ。途中で脱落したけどね。ただ、『見込みあり』と判断された時点で一般には周知されないような濃い情報も詰め込まれたわけ。だから知ってる」
その返答に、池は驚愕しつつも納得した。
そして、そんな『知る必要の無いこと』を知っているからこそ、正志と千代は『ホワイトルーム』を脱落してもなお『どこぞの首輪付き』にならざるを得なかったのが実情だ。何せ、ホワイトルームの被験者というのは、基本的に政財界の有力者の子供か、さもなくば身寄りのない孤児しかいないのだから。
逆に言えば、孤児なればこそ引き取る際に名前を変えるのも割と容易い。或いは、家の力あってのことなのかもしれないが。
「もしかして、『ホワイトルーム』とかいう所か? 綾小路の同郷?」
「……知ってるの?」
池の確認に、今度は千代が分かりやすく驚愕した。
「ああ、綾小路から聞いた。――しかし、そうか。綾小路の同郷か。なら、知っててもおかしくはねえのかな……?」
「正直、こっちとしては清隆がいたのがネックでね。予想してもいなかったし、暫く様子見に徹さざるを得なかったの。
私も結構ドライな自覚はあるけど、私の知る綾小路清隆という男はハッキリ言って私以上に冷徹。骨の髄まで施設に染まっていると言ってもいい。彼がここにいる理由次第じゃ、気付かれた場合、退学に追い込まれる可能性が高かったから。
まあ、今以て理由は定かじゃないんだけど、これまで遠巻きに様子見した結果、ここにいるのは『施設の意向ではない』と判断したの。それに、これ以上手を抜いてると私たちの目的である『卒業』を目指す上で問題があるからね。リスクを踏まざるを得ないのよ」
「……そこまでなのか? 俺からすりゃあ、『無表情だけど割と愉快な奴』って印象なんだけど……。いやまあ、凄え能力と知識を持ってるのは知ってるけどさ……」
「そこなのよ。私からすれば、今の清隆の行動は施設にいた頃からは信じられないほど愉快に過ぎるのよ。あの頃のアイツなら、間違っても『ハーレム』なんか築かなかったわ。――その一方で、『肉欲を利用した女性の支配』と考えれば、
そう言った千代は、肩をすくめて溜息を吐いた。
「話を戻すと、平田くんの言うことは分かるのよ。三年間をフルに活用した長期戦のスタンスにも否を唱える気はない。――けど、特別試験次第じゃあ残れるか分からないのも事実。
例えばの話、『高額報酬と引き換えに誰か一人を退学にしろ。退学者を選ばないことも可能だが、その場合は報酬を得られない。なお、制限時間以内に決断できなかった場合はペナルティを科す』なんて試験内容だったら、普段から実力をアピールしてないと足切り候補に挙がってもおかしくはないからね」
「……そっか。そういう試験もあり得なくはないのか……。『次代を牽引する実力者の輩出』を謳っている学校だもんな……。
要は『自分たちでリストラする奴を選べ』って試験か……。で、報酬は『リストラした結果、その分の費用が浮きました』って意味で、ペナルティは『決断できずにいた結果、業績が悪化しました』って意味と考えれば筋は通る」
千代の提示した例題に、池は分かりやすく顔を顰めた。
「良くも悪くも、人は
その『諦め』が『自分の退学』であればまだマシなんだけど、『高卒資格は得たい』って考えるのが普通で、だからこそ『他人の退学』を考える人の方がきっと多い。
要は、『努力はせずに甘い蜜だけ吸いたい』って連中なんだけどね」
「多そうだな、うちのクラス。――てか、春樹の退学がなきゃ、俺だってその口だったろうし……」
清隆たちとの付き合いがあったからまだ努力をしていた方ではあったが、山内の退学の一件が池に大きな影響を与えたのも事実である。
まあ、実際は『山内春樹』を騙っていただけの別人だったわけだが、だとしても紡いだ友諠は本物だ。
かの豪華客船で偽山内と予期せぬ再会を果たした際、彼は言っていた。『来年は本来の名前と姿で高度育成高等学校に入学するつもりだ』……と。
そしてそんなことを聞かされれば、『再会した際に情けない姿を見せるわけにはいかない』と思わずにはいられない。だから、池も須藤も日頃から熱を入れて努力しているのだ。
「だからこそ、そんな『弱者の声』を一蹴できるほどの実力をアピールしておく必要があるのも事実でね。
そして、『孤軍奮闘』よりは誰かと組んでいた方がよほどいい。
で、そう考えると、『裏』を知るか否かは大きな指標になるし、候補は自ずと限られるわけ。――お分かり?」
千代は最後に軽く笑みを浮かべて。
そこまで言われれば池も分からないではない。
平田、鈴音、千秋……いずれも確かに優秀ではあるが、裏事情に精通しているかは怪しいと言わざるを得ない。
池だってつい最近まで『実家がN.I.N.J.Aの家系』という自覚がなかったから他人のことなんか言えないわけだが、それでもN.I.N.J.A繋がりでフォルテからそこら辺の事情は日々聞かされている。割かし訓練にも付き合ってもらっている。
そういう部分を加味すると、千代目線で考えた場合、確かに平田たちよりは池の方が組む相手として有望だろう。
「オーケー、分かった」
「正直、施設にいた頃を思い出すから、この学校の環境もそこまで好きじゃないんだけどね。
でも、養子としては結果を出さないわけにはいかないし、これもしがらみってやつね……」
そういう千代の表情は、嫌悪感がアリアリと出ていた。
「『結果を出せなきゃ価値はない』って施設で、私に正志、清隆のいた期は『特に過酷なカリキュラムが施されていた』って、脱落後に今の家に引き取られてから聞いた。
そのカリキュラムをクリアできたのは清隆だけで、正志はその前に脱落、私はその前、雪は更にその前。言い換えれば、『それだけ施設に染まっている』ことになる。幼少期からそんな施設で過ごし、それだけ長く身を置いていたこともあって、他人に対して無関心になりがちなのよ、私たちって……。
だから、私は人付き合いを場当たり的なレベルに留めてきた。それであれば、深く傷付けずに済むし、深く傷付かずに済むから。
一方の正志は『サッカー』っていうチームスポーツを選択した。それであれば、『チーム』という人間関係は維持できるから。
正味な話、施設の出身者は『能力はあっても社会不適合者』なのよ……」
溜息を吐いた千代だが、池には聞き逃せない部分があった。
「ちょい待ち。今、『ゆき』って言わなかったか? この場で無関係な名前を挙げるとも思わねえから、そうなると『俺も知ってる相手』ってことになるんだが、星之宮クラスの『姫野ユキ』ちゃんか?」
「ああ、言ってなかったっけ。そうだよ。彼女も私たちの同期。――もっとも、施設を脱落後、清隆との再会を契機に記憶喪失になったって聞いたけど……。
まあ、髪色とか髪形とかは変わってたけど、それでも以前の面影はあったからすぐに分かったよ。とはいえ、敢えて接触は図らなかったけどね。
で、自分がそんな目に遭わせた相手と何食わぬ顔で交流してるんだから、清隆の
だから、雪に気付かない。気付かないから、そんな残酷な真似が平然とできる。――そしてそれは、私も同じ。雪が脱落したのは私の一つ前だったから印象に残っているだけで、その前になると既にあやふや。相手を代えて、清隆と同じことをしていても不思議はない」
最初は平常心を心掛けていた千代だったが、最後には沈痛な表情を浮かべていた。
憧れていた『外』の生活。だが、興味の尽きなかったその実態は、知れば知るほど、身を置けば身を置くほど、施設とはまた別の意味で苦痛を伴うものでしかなかった。
現代の社会は、あくまでも『人間』を対象にしたものだ。しかしホワイトルームでの経験は、幼くして千代を『人非人』に仕立て上げていた。ヘタに憧れがあるから、ヘタに興味があるから、迎合することを捨てきれず、けれど迎合しきれずに苦痛を抱く。
それが園田の家に引き取られてからの千代の経験で、だから精神的安寧を図るためにも狭い輪に縮こまらざるを得なかった。
端的に言って、同年代の少年少女と比べて能力が違いすぎたし、精神性が違いすぎたのだ。
この学校に入学するに当たり、『一筋の希望』を抱かなかったと言えば嘘になる。
しかし、実際に入学して知ったその実態はかつての施設を彷彿とさせるものだったし、同じクラスには今までに輪をかけて程度の低い連中が揃っていたし、挙句の果てにはかつて別離を果たした清隆までもがいた。
率直に言って『負のトリプルパンチ』である。なお、清隆との再会に喜びはない。喜びを抱けるような相手ではない。聞きかじりとはいえ、雪への所業を鑑みれば尚更だ。
「綾小路……」
池もまた、額に手を置いて溜め息を吐かざるを得なかった。
清隆の、言わば『幼馴染み』からの心証が最底辺な事実に対する同情を覚える一方で、その所業を聞けば納得せざるを得なかったからだ。
池とてバカでスケベであけすけだし、イケメンを見ると嫉妬する一面もあるが、それでも個人的には弁えているつもりだ。能力を悪用して視力強化による覗きはしても、下着ドロまではしない。悪口雑言を言われれば言い返しもするが、それで泣かれてしまったらアタフタする。
自分がそんな人間だという自覚があるからこそ、自分が踏み越えられないラインを躊躇なく踏み越えている清隆を嘆かずにはいられない。
とはいえ、真に嘆くべきは清隆の所業に対してではなく、そうならざるを得なかった環境であり過去だろう。……そういう理解が働くから、尚更にやるせない。
「ともあれ、平田くんがリーダーに立ったことで、クラス内に改革を促している。手抜きを止めるには今がもってこいなのよ。
もちろん、協力してくれるなら代価は払う。具体的には勉強教えてあげるよ。学力に自信はないんでしょ?」
「そりゃあ、勉強を教えてくれるんなら助かるが……」
「正味、『慣れ親しんだ経験』ってのは、環境を代えても一朝一夕じゃ変わらなくてね。前述の通りに人付き合いもそこまでじゃなかったから、基本的に自己鍛錬に精を出してたのよ。ノルマも何もなかったから、逆にノビノビとやれたわ。大学の範囲もある程度は修めてあるわよ」
「普通に凄えな。俺には信じられねえわ……」
などという会話があったりしつつ、試しに走ってみたところ、割と息は合っていた。
片や高い能力を持っており、片や意図的にリミッターを外すことで短期的には追随できる。それでいて、程度の差はあれ双方共に『相手に合わせよう』という意識がある。……そう考えれば、ある意味では当然の結果だったのかもしれない。
これにより、千代は目論見通り『男女混合二人三脚』で池とペアを組むことが決まった。
同時、『実力を出す』と決めた以上は、可能な限りの推薦競技に出ることも表明したのだった。
本作における池は、『GS美神』の横島をある程度イメージしています。
池って、原作において清隆が実力を発揮しだした後も、暫くは彼に対する評価や扱いを変えてないんですよね。
見方を変えれば、池にとっては『能力や評価は付属物でしかない』という証明と言えるでしょう。あくまでも『行動』で相手を評価するわけです。
言い換えれば、『どれだけ凄い能力を持ってようが、池にとっての清隆は友人でしかない』ってことで、これって清隆にとっては凄い貴重なことだと思うんです。
ただ、それも清隆の方から捨て去ってしまったわけですが……。
本作は『正攻法の強さ』と『清隆の人間化』を描くのが目的です。
ぶっちゃけた話、清隆って『極めて高い吸収力』と『類稀な応用力』を持つ、言ってみれば『適応の天才』であることが原作で示されているんですよね。
そんな清隆が、『ホワイトルーム』の監視が一切届かない『高度育成高等学校』に身を寄せて、それである程度の時間があって、にも拘らず『一切の変化を示さない』状況そのものがおかしいと思うんですよね。
自由人が多過ぎるDクラスに配属されたなら尚更です。
清隆自身、『所詮は束の間の自由』と諦観に支配されていたことも一因だと思いますが、それでもおかしいと思わざるを得ません。
彼自身はホワイトルームから抜け出してきた身で、ホワイトルームや父親のやり方を否定したがっているわけですから、むしろ進んで『堕落』の道を歩まない方が不自然です。
篤臣やホワイトルームが清隆に執着するのって、清隆の能力を認めており、それを『道具』として使いたいがためですので……。
それを知っている清隆からすると、進んで『使いにくい道具』=『不良品』=『人間』になろうとする方が合理的だと思います。
そして、そう考えられるだけのスペックが清隆にあるのも事実です。
話が進んで清隆の実力が明らかになるにつれ、『この自由を維持し続けるためには……?』と、早期に考えて行動していない方が逆に不自然に思えます。
清隆が『適応の天才』でなければ、ホワイトルームの理屈に染まって変化しなくても不思議はないんですが、そうなると今度は前提が崩れます。
清隆が『適応の天才』だったからこそ、『魔の四期』のカリキュラムをただ独り脱落せずにいられたわけですので……。
本作は、筆者のそういう解釈の元に書かれています。