ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
「プランに関してだが、いくつか考えていることがあるんだ。まずはその一つを試してみようと思う」
言い捨て、一直線に目星を付けた生徒の方に向かう。だがある程度距離が近付いたところで速度を下ろし、改めて確認する。
神崎は怪訝そうな表情を浮かべながらも黙ってついてきている。オレのすることに興味があるのだろう。
それを横目に、オレは目星を付けた生徒へと声をかけた。ちなみに女子だ。
「すみません。こちらの席は使って大丈夫ですか?」
読書ではなく勉強に精を出していた生徒は顔を上げ、周囲を見渡す。
他に席はいくらでも空いている。わざわざ自分の対面に座る理由もないだろう。……おそらくはそんなことを思った筈だ。
「別に構わないけど、私、見ての通り勉強中だから。その邪魔はしないでね?」
だが結局は、不思議そうな顔を浮かべながらも許可を出してくれた。
『ありがとうございます』
神崎と二人、礼を言って対面に座った。
そのまま、何をするではなく静かに読書を続けていると、漸く機会がやってきた。女生徒が勉強に詰まったのだ。まあ、これもそこまでおかしなことではない。
未だ学校側からは断片的な説明だけしか与えられていないが、そこにいくつかの情報を足すと見えてくるものがある。実際、神崎たちBクラスはそれを念頭に置いて行動している。
言ってみれば、この女生徒も同じなのだ。本人が真面目な気質なのかもしれないが、その一方で何らかのボーダーに引っ掛かることを恐れていることは間違いないだろう。だから、こうして律義に自主学習しているのだ。
「そこはこうすればいいですよ」
一声かけて、勝手ながら彼女の広げているノートの空白部分に解決法を書き込む。
女生徒はまず驚き、次いでオレの勝手な行動に怒りの表情を浮かべ、しかし、それが正しいことに気付いたのだろう。
「ありがとう」
複雑な表情を浮かべながら、礼を言ってきた。
「ゴメン。あなた達に見覚えがないんだけど、どこのクラス?」
そして、小首を傾げて訊いてきた。それも当然だろう。おそらくは先輩であろう彼女が詰まった問題を難なく解いてみせたのだ。その時点で、彼女の中ではオレ――と、ついでに神崎――は、彼女と同学年か先輩として結び付けられる。
「オレは1-Dの綾小路清隆といいます。こちらは1-Bの神崎隆二」
「いち!?」
彼女は大声を上げて驚き、直後に今いる場所を思い出したのだろう。周囲にペコペコと頭を下げてから、改めてオレに向き直った。
「今、一年っていった?」
そして、今度は殊更に小声で訊ねてきた。
「はい。紛れもなく一年生ですよ。学生証見ます?」
同じく小声で返しながら、オレは自身の端末を操作して学生証を提示してやった。
「……本当に一年なんだ。自分が詰まった問題をアッサリと一年に解かれるって……」
学生証を確認した先輩はガックリと項垂れる。
「少々失礼。自分にも問題を見せてもらっても?」
気になったのだろう。神崎もまた小声で話しかけながら、問題を見せてくれるように頼みこむ。
「いいよ。どうぞ」
ショックを受け続けている先輩は、深く考えることもなく問題を神崎の元へとスライドさせる。
「……安心してください、という言葉が正しいかどうかは分かりませんが、同じ一年である自分にはサッパリです。一応、学力においては平均以上だという自負は持ってるんですけどね……」
神崎の言葉が聞こえたのだろう。テーブルに上半身を任せて項垂れていた先輩は、ノロノロと顔を上げた。
「端的に言えば、コイツ――綾小路が異常なだけでしょう。自分も詳しく知っているわけではありませんが、どうもだいぶ厳しい家庭環境だったらしく、学校に通うの自体、ここが初めてと聞いています。
そして実際、所々にそれを助長するような振る舞いが見え隠れしていました。例を挙げれば、カラオケでの選曲方法を知らなかったり、ゲームセンターで無表情ながらも興味深そうにアチラコチラへ視線をやったりですね。
極論を言ってしまえば、そこにコイツの過去を裏付ける要素が新たにもう一つ加わったに過ぎません。
同時、この問題をパッと見で解ける頭の良さを知ってしまえば、この無表情ぶりにも改めて納得がいくというものです」
器用なことに、神崎は終始小声のままで言い切った。そして、それこそがオレの狙いでもあった。小声はさておき、第三者に俺の過去を説明させることである。
少なくとも、神崎がオレ以上に
同じことをオレが説明したとしても、それは
「詰め込み教育の弊害……ってこと?」
結果、先輩は神崎の言葉にある程度の信憑性を持ったらしい。神妙な表情で神崎に確認を取る。
「おそらくは、としか言えませんが……。自分自身、コイツと出会って間もありませんし、加えてクラスも違うので断言は出来ません。断言できる部分も多くありません。確実なのは、今しがたの部分くらいなものです」
神崎の言葉を聞いた先輩は、暫し黙して考え込む素振りを見せた。そして持ち込んだ鞄から、他の教科を次々と取り出す。
「え~と、綾小路くんだっけ? よければ、他の教科も教えてもらっていい? もちろん、ポイントは払うからさ」
ビンゴ。どうやらこの人は、先輩としてのプライドよりも実利を取ることを選んだらしい。
「構いませんよ。オレで教えられることならば――と言いたいところですが、
「……大きく出たね」
オレの言葉を聞いた先輩は、引き攣った笑みを浮かべてそう返す。その反応は分からなくはないが、オレとしては紛うことなき本音である。
例えば国語。漢字の読み書きや文法系を問うものであれば問題はない。
だが、『以下の文章を読んでの感想を答えよ』などという問題であれば、途端に正答するのは難しくなる。オレの場合、大抵は
その場合は、傾向に合わせた答えを書くしかないし、『こういう風に答える傾向が多い』と教えるしか出来ない。模範解答として満点をもらえる可能性もあるが、
だが理科や数学の場合は、数式や科学変化といった明確な根拠がある。根拠に当て嵌めれば解が出て、それを正答として扱っている以上、こちらに関しては教えられない道理がない。
そして、オレは自身の言葉を有言実行してみせた。
各教科が終わった頃合いには、先輩は驚愕もそうだが、それ以上に見事な笑みを浮かべている。
「ねえ、もしよければ、これからも時折、こうして勉強を教えてくれない?」
そして、オレの狙い通りの言葉を発してくれた。勉強時間を挿んだからか小声ではなかった。
「構いませんよ。言った通り、オレはDクラスなもので。居眠り・遅刻・無断欠席に加え、授業中の私語や携帯操作をするクラスメイトばかりなんで、来月のポイントが入るかどうかも怪しいんですよね。だから、支給ポイント以外の収入手段を得られるのはこちらとしても望むところです」
返答ついでにちょっとしたカマかけをすると、先輩は見事に引っ掛かった。言葉にこそ出さなかったが、唇は動いたし、その表情は見事に驚愕を彩っている。
「……引っ掛けたね?」
「ありがとうございます」
直後、自身の失態に気付いたらしい先輩が顰め面で訊いてくる。オレはそれに礼の言葉で返した。婉曲的に認めたことになる。
「はぁ……。まあ、いいや。一週間も過ごせば既に分かってると思うけど、この学校は放任主義の側面が強いからね。学力に自信のない生徒は、自習と無縁ではいられないのよ。周りに訊こうにも、結局は同じ学生同士だからね。基本的にそこまでの効果は見込めない。
それが今までの私の状況で、そこに例外が現れた。それが君。綾小路くんの教え方は非常に分かりやすかったし、ポイントで教師役が頼めるなら、私としては逃したくないのよ」
そう言って、先輩はウンと伸びをした。
「心中お察しします。――もっとも、先輩がそういう人物だと目星を付けたからこそ、ここに座らせてもらったんですけどね」
「あ~、なるほど。妙だとは思ったけど、最初から目を付けられていたわけね……」
先輩は怒るでもなく、納得した様子でウンウンと頷いた。
「それで、オレからもお願いがあるんですがいいですか? と言っても、難しいことじゃありません。どうせなら、先輩のクラスメイトにも誘いをかけてほしいんですよ。オレとしても、収入口が多いに越したことはありませんしね」
「……ま、君からすれば尤もな意見よね」
「相場が分からないんでアレですが、一教科につき一ヶ月一万ポイントというのは高いですかね?」
「人によりけり……かな? 学校は放任主義で、オマケに塾もないこの環境もあって、実際に教えてもらった私としては十分にお釣りが来るとは思うけど、手持ちは人それぞれだからね。それでも、全教科一挙にとなれば高いと感じる生徒も多いだろうけど、自信のない教科に絞るんなら妥当なとこじゃないかな?」
オレの質問に、先輩は顎に人差し指を当てながら答える。
「どうせなら、申し込んで最初の一週間は無料の試用期間を設けたらどうだ? よくある手法だろう?」
「そうなのか?」
よくある手法だろう? と言われても、如何せんオレにはその判断が付けられないのだ。まあ、確かにザッと調べたところ、ネットの配信サイトとかスポーツジムとかではそういう手法を取っている感じではあったが……。
「それ、いいかもね。如何せん、綾小路くんが一年生であることには違いがないわけだし、私が誘っただけじゃあ受ける子はそんなに多くないと思う。精々が個人的に仲のいい子くらい? でも無料であれば、試しに受けてみようって子も現れるだろうし、自然とそこから口コミで広まっていくと思う」
だが当の先輩は、神崎の意見に同意を示した。
要するに、無料の試用期間を使って説得力を持てということだろう。言ってみれば、その実例が目の前の先輩と言える。
「何なら、オプションを付ければどうだ?」
「オプション?」
「ああ。口コミで広めていくのなら、申し込みを希望する生徒が先輩のクラスだけとは限らないだろう? その一方で、手持ちに余裕のない生徒は受けたくても受けられない。……そうだな?」
「ああ」
「その上で、人数が少ないうちはともかく、人数が増えれば日替わり制を取るなりしなければならないと思う。当然、初期から受けていた生徒ほど不満は溜まるだろう。
だから、この学校のルールを逆手に取る。
基本、平日の放課後に勉強を見る方針は変わらない。その上でポイントを上積みした生徒には、過去の試験成績やらを参考に専用に調整したプリントなんかを用意する。或いは、土日何かの休日も勉強に付き合う。……どうだ?」
神崎がドヤ顔で訊いてくる。
確かに、いい手段だとは思う。教師がオレ独りの都合上、人数が増えすぎればパンクするのは目に見えている。ならば、最初から人数制限を付けておけばいい。
平日の放課後、二~三時間。実際に見るのは所定の人数だけ。申し込む生徒が増えれば増えるほど割を食う生徒は増えていくが、最初からそれに同意できる生徒だけを受け付ければ問題は解決だ。
部活や何かで平日に時間を取れない生徒や、人数が増えて平日だけでは物足りなくなった生徒には、これまた人数に上限を設けた上で、別料金で土日を使ってプリントを用意する。最初のうちは手間だろうが、参考資料が増えれば増えるほどに手間が減っていくのは間違いない。
どうせ、特段やりたいこともない無趣味な人間なのだ。休日だからとてやりたいことも特にない。――正確には、『何がやりたいのかも分かっていない』と言うべきだろうが。
ホワイトルームで学べなかった事柄に興味があるのは事実だ。だがその一方で、それらはどれもこれもが等価値なのだ。どれが突出していることもない。だからこそ、自分一人となった途端、どれから手を付けるべきか選べなくなってしまうだろう。
結果、『ホワイトルームでは得られなかった休日を満喫しているんだ!』と自分で自分に言い訳を付けて、無為な一日を過ごす。……我ながら嫌な予測ではあるが、十分に現実味がある。
元より無為に過ごす時間であるならば、その時間を収入と引き換えにするのは十分にありだろう。
「本人に訊いてみなければ分からないが、或いはアズに増援を頼むのもありかもしれない」
乗り気になったオレに、神崎が付け足してきた。
「アズに?」
「ああ。確かなところは分からんが、アイツも底知れない部分を持っているのは事実だ。実際、うちのクラスが今から危機感を持って行動できているのも、結論から言えばアズのおかげだ」
「そうなのか?」
「ああ。入学初日、担任の星之宮先生から簡単な説明が行われ、その後に『質問はないか?』と問いかけがあった。その時、真っ先に挙手をしたのがアズだ。
持ち込んだ現金のポイント化は出来るか、アルバイトは出来るか、株式投資は出来るか……アズが発した質問はその三点だったが、先生の返事は全部否でな。
結果、アズは暴走して色々とぶちまけた。内容については口を噤ませてもらうが、その後の星之宮先生の行動は図星を突かれたようにしか思えなかった。そして、その反応が俺たちに危機感を共有させることになった。
その後も、俺たちであれば思いついても自己判断で否定してしまうような事柄や、そもそも思いつきもしない事柄など、例を挙げれば枚挙に暇がないことをやっている。部活荒らしがいい例だ。そんなの、俺たちは思いついても実行しようとは思わないし思えない」
最後には頭を押さえて神崎が言った。
「あ~、今噂になってる子ね? アレも、この学校だから許される部分ではあるわよね。……神崎くんのクラスメイトなんだ?」
「ええ、はい。アズと中学が一緒だった友人曰く、アズは海外の孤児院の出で、孤児院を出てから相当の苦労をしたらしいです。お金稼ぎ――ポイント稼ぎに熱を上げるのはそのためなんだとか。ゆくゆくは傭兵的な活動でポイントを稼いでいく気らしいです」
「傭兵か……。言い得て妙ではあるけど、能力があるのなら、この学校ではそれもありだね。実際、バランス取りが難しいのがこの学校でもあるから。勉学とプライベートだけでも難しいのに、そこに部活まで加わっちゃえば尚更。この学校の方針とシステム上、結局は
そして、それが部活動の実績にも表れている。いいとこまでには行けるし、その点では名門校・進学校の看板に偽りはないと言える。――けど、結局は
先輩はピッと人差し指を立てて。
確かに、その言葉は尤もだ。
部活説明会の時にもらったパンフレットによると、部活動の施設は並の学校よりも遥かに充実している。酸素カプセルなんかもあるらしい。そして、全国クラスの部活や選手も多い。――だがその一方で、どの部活にも優勝経験はない。
普通に考えて、上等な設備を持っていることはそれだけで有利なのだ。理論上、より質のいい練習を行うことが出来るからだ。それでここまで優勝経験がないというのも、それはそれで妙な話だ。
この学校が設立されて、既に十年以上が経っている。学校としては
しかし、足を引っ張る要素があるのなら、途端に話は変わる。義務教育の小学や中学と違い、高校からは退学がある。そして、この学校は
そう。生徒が退学に対して現実的な危惧を持っているのなら、部活への熱意がそれだけ削がれてもおかしくはない。熱意自体は減らずとも、現実的な練習時間が減ってしまえば同じことだ。結果を出すのがそれだけ難しくなる。
そして、オレが調べた常識の中にはこんな言葉がある。『学生の本分は勉強である』……と。
この学校では、これが文字通りの意味を持っているのなら、否が応でも勉強を二の次には出来ないだろう。裏を返せば、『本分を果たせない生徒は必要がない』ということにも繋がるからだ。必要がない=退学と考えるのは何もおかしくはない。
不意に、須藤のことが気にかかった。部活への熱意は認めざるを得ないが、その一方で普段の勉強を蔑ろにし過ぎているアイツは大丈夫なのだろうかと……。
だが、オレは即座にその考えを振り払った。オレは既にDクラスには見切りを付けたのだ。
クラス移籍にどれだけのポイントがかかるかは分からないが、普通に考えてバカ高いことに違いはあるまい。それだけのポイントを稼がなくてはならない以上、どうしたって自分のことを優先せざるを得なくなる。率直に言って余裕がない。そして余裕がない以上、見切りを付けた相手のことを考えてなどいられない。
「部活とアズに関してはさて置き、先輩はそういう感じでいいですか?」
「ん~、まあ、構わないよ。最初のうちは人数も少ないだろうしね」
「では、そういうことでよろしくお願いします。……あ、今回の分は試用ということでポイントは結構ですので」
「よろしくお願いします。……いや、流石にそういうわけにはいかないでしょ。私から口にしたことなんだし。それと、自己紹介が遅れちゃったけど、私は3-Cの綾瀬夏ね」
互いに一礼をした後で先輩は自分の名前を名乗り、オレと神崎は綾瀬先輩と連絡先を交換した。
暫し互いの間で『送る、いらない』のやり取りが繰り返されたあと、見兼ねた神崎の仲裁が入った。
結果、オレは一万ポイントの臨時収入を得たのであった。
原作での綾小路は、この時期、目立たないことに重点を置いてましたが、本作では神崎らと出会ってますし、過去に関しても一端を語っています。
必然的に、心情と行動にも変化が出ます。目立たないことを優先するのは変わりませんが、その対象はクラスメイトの向きが強いです。
普通に人間性で比較すると、原作からしてBクラスとDクラスではお話になりませんから。特にこの時期のDクラスは『問題児の集まり』以外に言いようがありません。
より良い対象を知ってしまえば、そちらを基準にしてしまうのは無理からぬことでしょう。
また、現時点では推測の部分が強いですが、『放任教育』や『クラス闘争』といった部分を加味すれば、『勉強の難儀さ』に思い当たるのは自然なことだと思います。
生徒同士で教え合うにしても、結局は同学年なので『学力優秀』な生徒自体が限られます。
そこにクラス闘争が絡めば、別クラスの生徒に教師役を頼むのは難しいですし、同じクラスでも難しいのは変わりません。出来の悪い生徒の方を優先的に面倒見るでしょうからね。
そうなると、結局は『授業時間外での自習』くらいしか選択肢がないわけですが、それでどこまで効果が出るかは怪しいところです。効果が出ないわけではないでしょうが、効率的とは言えないでしょう。絶対とは言えませんが、大抵はそうなる筈です。
本作の綾小路はそのように考え、そこに目を付けたわけです。
学力に不安を覚えている先輩はいる筈。その人物が真面目であれば、普段から自習をしている可能性が高い。その勉強場所に図書館を利用している可能性は捨てきれない。
そうして実際に図書館内を確認した結果、綾瀬先輩に行き当たった感じです。
綾瀬夏先輩は原作の登場人物ですが、3-Cということ以外は碌に情報がないため、使わせていただきました。
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