ようこそ実力至上主義の教室へ ~ギフテッドとN.I.N.J.Aと……~ 作:山上真
第18話:綾小路清隆は、己の成長を自負する。
Bクラスから訴えられたことを契機に、Dクラスの授業態度にも
煽りを食らってBクラスに移されることになった佐倉に関しては、言及する者がいない。オレ自身も、表立って言及することはない。
だがその一方で、オレにとっては嬉しい事実であることは間違いがなかった。個人意思によるクラス移籍が可能なことが明らかにされたからだ。具体的なポイントが分かったわけではないが、その事実が判明しただけで一歩前進である。
今回の佐倉の移籍に関しては、実に様々な見方が出来る。
一つは、問題児たちへの罰則として。実際、問題児たちからはポイントが没収され、それが佐倉の移籍費用に使われたとのことだ。
一つは、佐倉への救済として。と言っても、佐倉が選ばれたのは偶々だろう。『学力が低く、それでいて普段から授業を真面目に受けている生徒』。学校側が求めたその条件に、偶々佐倉が合致したに過ぎない筈だ。
一つは、問題提起をしたBクラスを評価して。Dクラスの環境は、佐倉――
今回の一件は、そんな風に捉えることも可能だ。そしてそのためには、足手纏いを押し付けても問題がない程度には、学校側が該当クラスを評価している必要がある。
一つは、現行の授業体制の問題点を学校側も認めればこそ。その前提があるから、本来必要になるだろうポイントを無視しての、生徒のクラス移籍を強行した。そう捉えることも十分に可能だ。
クラス移籍を行う場合、実際にどれだけのポイントがかかるのかオレたちはまだ知らないが、現実味がない程度にバカ高いだろうことは想像に難くない。この話を振った時の、放課後にオレが勉強を教えている先輩方の態度がそれを裏付けている。具体的な言及こそしなかったが、誰も彼もが理解を示す一方で不信を露わにしていたからだ。
だがまあ、商品の販売価格を決めるのはあくまでも店側だ。
一昔前に販売された商品があったとして、Aという店ではプレミア価格を付けて中古品をバカ高い値段で販売していた。ところが、Bという店では売れないからという理由で未開封の新品であるそれを、ワゴンで投げ捨て価格で販売していた。……こういう事例は、少ないながらもないわけではないらしい。
セール品のように、限定的に商品の値段を下げて販売する手法も当然のように横行している。
ならば、学校側が限定的に移籍費用を極端に値下げして特定人物に適用したところで、後からそれを知った他の生徒が文句を言う道理はない。自身も他クラスへの移籍を望んでいる生徒ならば感情的に不満があるかもしれないが、理屈の上ではそれで明確に損をしているのは学校側だけなのだから。
さておき。
既に月末を迎えている。もう間もなく四月が終わり、五月という新しい月に突入する。
そんな折の、三時間目の社会の授業。
「やれやれ。騒がしさは減ったが、不真面目なのは変わらんようだな……」
居眠りや携帯操作に精を出す生徒を目にした茶柱は、呆れたように呟いた。
「ま、そんなお前らにも、今日はちょっとだけ真面目に授業を受けてもらう」
「どういうことっすか、佐枝ちゃん先生ー?」
「月末だからな。お前らの学力状況を確認するため、小テストを行うことになった。そんなわけだから携帯はしまえよ。あと、そこで寝てる奴は起こしてやれ」
そう言った茶柱は、一番前の席の生徒たちにプリントを配っていく。一人が一枚を取っては後ろに回され、やがてオレの元にもそれが届いた。
問題を確認する。主要五科目で構成されており、一科目四問の計二十問。問題自体は実に簡単で、体感、受験の問題より二段階くらいは低いだろう。
反面、ラストの三問だけは桁外れに難しい。二、三年になってから習う範囲の問題だ。少なくとも、ちょっとやそっとの予習で解ける問題ではない。真面目に勉強していない生徒なら、尚更解ける筈がない。――まあ、オレは別だが。
にも拘らず、点数配分は各五点。間違いなく、何らかの作為を感じる問題構成だ。
ペンを手に取ったオレは、問題に取り掛かる前に
見出した結論は、難問以外の完答。ラスト三問を除けば、受験問題より簡単な問題が並んでいるのだ。個人の得意教科・不得意教科によって多少の差は出てくるだろうが、普通に考えると
もっとも、この結論とてBクラスの面々や先輩方と交流を重ねていればこそのものだが。それがなければ、安直に五十点にでもしていたことだろう。
世の中、理屈は大切だが、理屈だけでは回らないのだ。そのことを、オレはこの一ヶ月近い間にキチンと学んだのである。
その事実に、どういうわけかオレは無性に嬉しくなる。合理的に考えた場合、この程度のことはホワイトルームで学んだことには遠く及ばない。――だがその一方で、『天才の量産法を確立させる』などと嘯いているホワイトルームでは学んだことのない事柄でもあるからだ。
順当に考えれば、優先順位の結果だろう。頭ではそう理解している。
だが。
それでも。
だとしても。
この程度のことすら教えられなかった連中に、そんな大それた真似が可能だとは到底思えないのも事実なのだ。
その瞬間だった。
フッ……と心が軽くなったような気がした。
身体にまとわりついていた重しが、いくらか外れたような錯覚を覚える。
ああ、なるほど。暫し考えた末、オレは不意にその理由を理解した。
オレが現状の生活に抱いていた諦観。
未だ、高確率でオレがホワイトルームに戻るだろうことは変わらない。――だが、100%と99%では、確かに異なるのだ。
そしてそれは、オレの意思次第で変えられることでもあるのだ。
この国には、『病は気から』という諺がある。それに則った場合、オレ自身が最初から諦めていてはどうにもならないということだ。ゼロには何を掛けてもゼロだからな。
しかし、これまでの学校生活の結果、少なくともオレの
気分が良くなったオレは、スラスラと問題を解いていくのであった。――なお、余りに気分が良くなった結果、解く予定のなかった問題も解いてしまい、慌てて消したのは余談である。
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更に日が過ぎて五月を迎えた。オレは保有ポイントを確認する。……変化なし。どうやら、Dクラスの支給ポイントはゼロのようだ。
まあ、問題はない。それでも俺のポイントは日々鰻登りで増えている。やはり三年になればなるほど危機感を覚えているようで、オレの勉強会は口コミで瞬く間に広がっていった。
基本は図書館で行っているが、時には場所を変えてカラオケや飲食店で行っている。これは先輩の提案によるものだ。施設にもよるが、会費を払って優待会員になれば、個々の料金が割り引かれたり、個室を利用可能になったりするらしい。そして先輩の中には、各所の優待会員がいたりする。
図書館は確かに静かで勉強するのに向いた環境であるのは確かだが、その一方で飲食は禁止である。その一点だけは、どうしても勉強するのに向かないのは事実だ。――逆に、
代表者を優待会員の先輩にした上で割り勘すれば、一回の利用料金は然程でもない。カラオケのフリータイムならば尚のこと。他の部屋から届く喧騒を許容できるのであれば、長時間の利用が出来て、ドリンクバーで飲み物のおかわりに融通が利き、歌って気分転換も可能と、メリットは多い。唯一の難点は食べ物が割高なことだが、それとて多人数で摘まめる物をチョイスしつつ割り勘すれば、やはり一人当たりの出費はそれほどでもない。
また、ある程度の費用こそかかるものの部屋自体を貸し切りにしているため、他人の視線を気にしなくていい一方で、急な人員増加にもある程度までなら対応できるのも利点だ。図書館だとこうはいかない。その点でも、十分に必要経費と捉えることが可能だ。
一風変わった所だと、学校の会議室を借りたりもした。申請書類を提出する必要はあるし、誰かしら先生が同席することは否めないし、利用時間にも上限があるが、正当な理由があり、その上で無理矢理借りようとしないのであれば、無料で利用することができる。
手間こそかかるが、大人数が利用でき、部屋に鍵をかけることができ、持ち込みに限るが飲食も可能という点では、十分な利点がある。
神崎から聞いた話もあり、オレもまた別IDを購入済みだ。先輩方がそれとなく勧めてくれたことも大きい。別画面を確認されれば一目で分かることではあるが、パッと見では保有ポイントを誤魔化せるのは、確かに利点がある。
なお、IDの購入費用に関しては、手持ちに余裕のある先輩方がカンパしてくれた。オレに恩を売るということは、それだけオレからの見返りが期待できるということでもある。余りに度が過ぎた見返りを期待されるとアレだが、ちょっとしたことでその期待に応えることができるなら、オレとしても否はない。
星之宮先生に渡りを付けてくれた神崎には感謝である。ポイントの増減に関してはどの道履歴に残ってしまうが、敢えて確認しようとしない限り個人の履歴を確認する可能性が低いのも事実だ。クラス移籍を目論んでいるオレとしては、担任である茶柱に発覚するのは少しでも遅くしたいのが本音なのだ。
「取り敢えず、朝飯にするか……」
ポツリと呟いたオレは、フライパンに油を敷いて火にかける。程よく温まったところで無料の食パンを投下。これまた程よく焼き目が付いたところでフライパンから外し、適当な無料食材を挟むだけだ。これでお手軽サンドイッチの完成である。
どうせ誰に食べさせるわけでなし、オレが許容できるならそれでいいのだ。それに、これでもホワイトルームにいた頃の食事よりは遥かにマシである。
むしろ、オレの素人料理以下の代物を日々の食事として出してくる辺り、やはりホワイトルームの方がクソなのだろう。これでよくも御大層なお題目を掲げられたものだ。御大層なお題目を掲げる前に、まずは『人間』というモノのことを先に学んでこい。合理性だけで動く生き物など、身体が人間であってもロボットと大差ないのである。
オレの腕がまだまだ未熟なこともあるだろうが、ホワイトルームのことを考えたのも一因だろう。途端にサンドイッチが不味く感じた。
気分を入れ直して自室を出る。ロビーは人で溢れかえっていた。大方、碌にポイントについて考えていなかった連中が、支給ポイントが十万でなかったことに慌てているのだろう。
そんな風に見当を付けつつ、横目に通り過ぎて学校に向かう――途中、人波に呑まれている小柄な体躯が目に入った。流石に無視するのもどうかと思ったため、人垣を掻き分けてそちらに向かう。
「おはよう」
「あ、おはよう。……ありがとう」
流石に、身長が百四十cm台のアズに気付くことは出来なくとも、百七十cm台のオレが相手であれば話は別ということだろう。オレの通行に合わせて、アズを阻んでいた壁も意味を失っていく。
「こちらはポイントの変動がなかった。十中八九、ゼロポイントが支給されたんだろうな。――そちらはどうだったんだ?」
「ゼ……!? それは大変だったね……。いや、大変なのはこれからなのかな?」
「どちらとも言えるだろうな。それよりすまないな。うちのクラスは、そちらの慈悲を無にしてしまった」
「いや、そこに関しては気にしなくてもいいよ。五月蝿いと思ったのは事実だし、それでそっちにダメージを与えたのも事実だから」
「そう言ってくれると助かる。……佐倉は元気にしているか?」
オレのその質問に、アズは見るからに表情を変えた。
「なに、気になるの~?」
ニヤついた笑みを浮かべて、そんなことを言ってくる。それだけならまだしも、ゴリゴリと片肘まで押し付けてくる。――おい、止めろ。地味に痛いぞ。
「そりゃあ、元はクラスメイトだからな。これといった接点があったわけじゃないが気にはなる。それに、オレもそっちのクラスに移る気ではあるからな」
「隆二から聞いてはいたけど、それって本気だったんだ……」
アズは呆気にとられた表情で呟く。
「神崎の奴、伝えていたのか……。まあそれはいいが、神崎を名前で呼んでいるのか?」
「……? そりゃあ友人だからね。友人を名前で呼ぶくらい、何の不思議もないでしょ?」
アズは実に怪訝そうな表情でそんなセリフを宣う。……そんなものなのだろうか? オレ、神崎、柴田は友人であるつもりだが、互いに名字で呼び合っているんだが……。
考えてみるも分からない。分からないので、
「それで私たちの支給ポイントについてだけど……九万七千五百ポイントだね」
アズはそう言って、自分の端末のポイント履歴を見せてきた。確かに、五月の一日付で97,500ポイントが振り込まれている。
オレもまたアズに倣ってポイント履歴を確認してみると、同じく五月の一日付でポイントが振り込まれているが、その数値は0だった。
オレは溜息を吐きつつ、ズラズラと並ぶ履歴の中から一番真新しいそれをタップして詳細を表示させ、その画面をアズに見せる。画面を確認したアズは、見事に表情を青褪めさせた。
「え、マジで……? 可能性としては考えていたけど、本当に……?」
アズは呆然と呟く。端正な顔立ちが見る影もない。
まあ、仕方ないだろう。同じ学年なのに、片や97,500ポイントが支給され、片やゼロである。素直に受け入れ難くても仕方がない。
「しかしこうなると、そっちに移された佐倉が心配になってくるな。佐倉の人柄を鑑みると逆恨みされる恐れがある。すまないが、そっちでも注視しておいてくれ」
「それはもちろん。もう、佐倉は私たちのクラスメイトだから」
そうこう話している内に学校に着き、オレとアズは別れたのだった。
ま、そんな簡単にDクラスが変わるとも思えませんので。
個人的には順当な結果だと思っています。
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